黒い雷を纏う巨鳥が大きな鳴き声を発する。まるで空気が振動するかのような様子に何か気づいたコミが口早に詠唱した。やがて辺りが光の発光と怒号で埋め尽くされる。
三人が光を遮るように急いで目をつぶり、警戒していると辺りの眩しさが収まってくる。明るさに慣れた目をゆっくりと開けた――三人は視界に入ってくる光景に驚きを隠せない。なぜなら、先ほどまで立っていた広場が凹凸の激しい場所へと変化していたからだ。
「これはマズいのう……」
ベルが獲物を仕留めきれなくて怒り狂う巨鳥を見て呟く。
「ベル博士! 何か解決策はありませんか⁉」
何度も、何度も、おこなわれる雷撃により展開していた障壁がひび割れていくのを見てコミが叫ぶ。
「とは言われてもの…………」
手に持っていた避雷針を見て、何かを思いついた彼がアートの方を向いた。
「アート! その手に持った避雷針を遠くの地面に向かって投げるのじゃ」
ベルの突拍子のない言葉に困惑した様子で空返事をしたアートは、言われた通りに遠くの地面に向かって避雷針を投げた。投げられた避雷針は地面に刺さる。
「……これにはどういう意図――」
未だ困惑するアートが質問しようとしたその時。障壁に向かって落ちるはずだった雷は進路を変え避雷針へと落ちた。
「上手くいって良かったのじゃ。では、残り二つを別の場所に投げるのじゃ」
ベルが投げる場所に指を差し指示する。
「分かりました」
先ほどの光景を見たアートは彼の言葉に強く頷き、指が差された場所へと残り二つの避雷針を投げた。
三人を中心として三角形を描くように地面に刺さった避雷針は、未だに降ってくる雷をその身に受け、電流を地面へと受け流す。しかし蓄電には限界があり余剰分が他の避雷針へと側電し、電気のネットが自然形成された。
「……助かりました」
少し息切れしているコミが安堵の表情を浮かべる。
空高く舞っていた巨鳥は、自身が生み出した雷が獲物に当たらない様子を見て急降下し
「これで、あ奴の雷は怖くないはずじゃ。今のうちにアートにマホウを使うのじゃ」
コミが障壁を解除し、急いでその場から離れるベルを後目にアートへとマホウを掛けようとすると、巨鳥がその機会を待っていたかのように急降下して襲い掛かろうとした。だがベルに投げつけられ割れたランタンにより皮膚が焼かれ悲鳴を上げる。狙いは大きく外れ、見当違いの所を鉤爪で抉った。
マホウを掛けられたアートは、その隙を狙って取り出した剣で肉を深く斬りつける。しかし巨鳥に纏っていた黒い雷が剣を伝いアートへと迫ろうとした。すぐさま剣から手を放し回避する。剣は巨鳥の肉に刺さったままの状態になった。
斬りつけられた巨鳥は更に悲鳴を上げ、力任せに羽ばたかせ舞い上がる。風が強く吹き荒れ、近くにいたアートとコミが風力により少し浮き上がった。狂い叫ぶ巨鳥は自身を傷つけたアートに向かって突進しクチバシを突き刺す。
繰り返されるクチバシの突き刺しをアートが回避していく。彼に当たらず地面へと刺ったクチバシは次々に大きな穴を作り出していった。
「隙が見えない……」
クチバシの猛攻から何とか大きく距離を取ったアートが呼吸を荒くして麻袋から新たな剣を取り出す。
未だに穴を生産し続けている巨鳥が、いつの間にかいなくなっていたアートに気づきクチバシで突くのを止めた。辺りを見渡し遠くに離れているアートを発見すると突進して口を開く。アートを捕食しようと口を勢いよく閉じた。バチンという大きな音が辺りに響く。
「アートさん‼」
ベルと共に放電が収まっていた一本の避雷針を引き抜こうとしていたコミが、巨鳥の閉じられたクチバシに向かって大声を上げる。
クチバシをゆっくりと開いた巨鳥は落ち着きのないように首を振りまくった後、翼をはためかせ空を舞おうとした。だが、それは叶うことがなかった。悲鳴を上げ体勢を崩した巨鳥は地面へと墜落する。うつ伏せになった巨鳥の尻付近には剣が突き刺さっていた。巨鳥は、すぐに起き上がり羽をばたつかせ風を巻き起こし勢いよく飛び上がる。
「アートさんはどこに――」
コミが辺りを必死に見渡していると、こちらに近づいてくる人影を見つけた。
「無事だったんですね!」
コミが抜こうとしていた避雷針から手を放し喜びをあらわにしていると、隣で避雷針を引っこ抜いて尻もちをついたベルが横目を向ける。
「喜ぶのは良いのじゃが、手を放すのは誠に遺憾なのじゃ。ほれ、早くこれをアートに渡すのじゃ」
避雷針を手渡されたコミは近づいてくるアートに向かって走る。
「アートさん。私たちが巨鳥を引き付けます。その隙にこの避雷針を巨鳥に突き立ててください」
「……分かりました」
コミから避雷針を受け取ったアートは巨鳥に突き刺すための機会をうかがう。
空を舞う巨鳥は近づくことを警戒して降りようとしなかったが、彼方此方に動き回るベルとコミに視線を変えた。急降下しクチバシを突き立てようとする。しかしコミの障壁によって阻まれてしまった。
その隙をついてアートが避雷針を巨鳥の背中に突き立てる。巨鳥は悲鳴を上げ暴れ回り飛翔した。何度も何度も大きな鳴き声を上げる。それは初めに三人を襲った雷が落ちる前に巨鳥が上げた声とそっくりであった。
障壁を張っているコミの元に、アートが急ぎ飛び込む。強烈な光が発光し怒号が周辺を埋め尽くしていった。
光が収まってくると、何やら焦げ臭い匂いが三人の鼻をくすぶった。慣らした目でその場の光景を視界に収めると、そこにあったのは黒く焦げた巨鳥であった何かが地面に転がっていた。
「おわっ……終わったのじゃぁ」
深い息を吐いたベルが尻から勢いよく、その場に座り込んだ。
「ええ、終わったようです」
コミが上を見上げると先ほどまで山頂を覆っていた黒い雲が薄くなり消えていく。
「あの雲も巨鳥が原因だったのでしょうか?」
同じく消えていく黒い雲を見ていたアートが呟くとコミが答えた。
「恐らくはそうでしょう。あの黒い雲はどこか魔物と同じような感じでしたから」
「しっかしのう。これほど地形を変えられる力を持つのがいたとは恐ろしいもんじゃ」
ベルは視線を先ほどまで三人が巨鳥と戦った形跡に向ける。地面は凸凹になり抉られた巨大な爪痕が残っている。雷により砕けた岩や表面が溶けてマグマになっているのも見かけた。
「コミのマホウや、シルク殿から受け取った避雷針がなければ、死んでいたかもしれんのう」
巨鳥に突き刺さっている折れた避雷針。それは未だに放電を続けている。
「確かに避雷針がなければ巨鳥をどうにかすることが出来ませんでした」
「それでこの後はどうします? 下山する前に休憩したいのですが」
「アート。それも良いのじゃが休憩するのは山を下りた時にしようなのじゃ。確かゲーマ王国だと、この付近の山の麓近くに村があったはずじゃ」
「メティテス村でしたっけ?」
「おお! そうじゃ。確かそんな名前じゃったの」
「ベル博士。一度、騎士団とともに訪れたことありましたよね」
「そうじゃったかの? コミ」
「何かの視察だった覚えがあります。しかし何も指示がなかったものですから観光だけして帰りましたね」
「なら忘れておるだけかの。さて、小休憩をしたし下山するのじゃ」
三人は自身の持った荷物を確認して無事に残っている二本の避雷針を手に取る。焦げた巨鳥を後目に登ってきた反対側からメティテス村へと下山を始めるのであった。
一行は山頂からの下山を始めてから、山の中腹まで来ていた。岩肌が見えぬほどに木々で覆われた地形を進んでいく。少し広い場所を見つけると、そこで休憩をしようと荷物を下ろした。
「う~んっ。ようやくゆっくりできますね」
コミが背伸びした後に二人を見ると。「流石に巨鳥を相手にした後に運動するのは体にきます」と言う。
「わしも体がガッタガタじゃ。年は取りたくないのう」
ベルとアートが腰を落とし、だらけていた。その様子にコミはクスリと笑う。
「私がご飯の準備をいたしますので、二人はゆっくりとして下さい。とは言ってもそんなにすることはないのですが」
コミはそう言い自身の麻袋から小袋を取り出し、中に入っている食料を水筒とともに二人に渡す。渡し終えたコミは腰をゆっくりと下ろし、その場に座った。
「ありがとうございます」
「ありがとうの」
「ではいただきましょうか」
三人は感謝を述べ手を合わせてから食べ始めるのであった――
「空が暗くなってきたのう」
早く食べ終えたベルが上を見上げ呟く。空が夕暮れへとオレンジ色に染まっていくのが見える。
「このまま下りるのは危険です。どこか一晩過ごせる場所を探しましょう」
アートが立ち上がり辺りを見渡した。
「そうですね。暗い中、足場の悪い場所で魔物に襲われでもしたら危ないですから」
片づけをしているコミがアートに同意する。
「なら、手分けして探すのじゃ。少し時が経った後に、もう一度ここに集合するのじゃ。あまり遠くに行くでないぞ」
ベルの言葉にアートとコミは頷き、一晩過ごせる場所を探しに向った。しばらくして約束通り三人は集合場へと集合し各々の成果を確認し合う。
話し合いの中でコミが現在地から少し進んだ場所に洞穴を発見したことを伝える。三人はそこで一晩明かすことに決め、コミの案内のもと洞穴へと向かうことにした。
道中で焚火のために枝木を拾い。目的地へとたどり着いた三人は荷物を地面へと下ろし一息つく。
「……島から戻ってきて数日は魔物なんか出なかったというのに」
洞穴の岩壁に背中を預けたベルが、麻袋から取り出した火打石を打ち合わせながら深くため息を吐いた。
「魔物から現れた人が持っていたゲーマ王国の紋章。あれが秘密を解く鍵かもしれません。おそらくですが黒い霧を出現させた誰かが王国のどこかにいるのでしょう」
「その線は拭いきれんのアート。まあ大体、目星はついておるのじゃがの」
「……殿下ですか?」
「その可能性もあるのう。じゃがコミ。わしはユグドラシル教団、あそこが怪しいと睨んでおるわけじゃ」
「ユグドラシル教団とは?」
「ん? あぁ……。アートは知らなかったのじゃな。遺跡で白いローブでフードを被り顔を隠している集団がおったじゃろう? あれがユグドラシル教団じゃ」
「フューリでも白いローブを着た集団がいました。あの人達がユグドラシル教団だったんですね」
「街中で見かけるのは教徒の方です。最近では勧誘をしつこくしているそうでクラソカシア教の司祭様が止めに入ることもあるそうです」
「クラソカシア教といえば時神デオラギダ様を信仰している宗教ですね」
「ええそうです。時をつかさどる神様で私たちが生きているのはデオラギダ様のおかげだと教えられています。どこの国でも信者の数が多い宗教で――」
コホン
「で、話を戻しても良いかの?」
少し咳き込んだベルを見てコミが黙った。
「それで怪しいというのじゃわの。コミは知っておるのじゃが、ユグドラシル教団がゲーマ王国にある城。ウオレミシア城に出入りしておるのじゃ」
「城に出入りしているのと黒い霧に何か関係が?」
「関係あるのじゃ。コミが連れられた城の地下、殿下と共におった事から黒い霧のことは知っておるはずじゃ。それに地下には実験室のようなものがあったのじゃ。ユグドラシル教団が何かしておることは間違いないじゃろう」
「やはりあれは見間違いではなかったのですね……」
コミが青ざめたような顔で頭を抱えた。
「なにか心当たりがあるのですか?」
「……はい……私は見ました。いいえ、見てしまったのです。大人が全身入れるほどの大きいガラスの筒の中に性別問わず人が液体に浸かっているところを……」
コミの話を聞いた二人は眉をひそめ、冷や汗を垂らした。
「……もしかしたら黒い霧を使って人体実験している可能性があるのう」
「その黒い霧は一体どこから……」
「分からぬ。しかし、わしらと同じように封印を解いた以外の答えがないのじゃ。じゃが、そうなるとコミと同じようにマホウを使えるものがいなければ封印は解けないのじゃ」
「となると別の方法があるのでしょうか」
「可能性はあるの。ただ、コミと同じ力を持つ者がおった場合、かなり気を付けなければならないかもしれんの」
「私と同じ力を持つ人……」
「気を付けなければならないとは、どうしてですか?」
「教団に協力しておることは間違いないじゃろう。わしらにとって味方であればよいのじゃが、敵であった場合は戦わなければならない可能性があるというわけじゃ」
「……僕らにとっての切り札が相手も使える可能性があるというわけですね。確かに気を付けなければなりません」
「そういうことじゃ…………。よし! 火が付いたのじゃ」
枝木に火を灯したベルが息を吐き、額の汗をぬぐった。
「日が暗くなってきましたので魔物が現れる前に、ご飯にしましょう」
洞穴に入る光が薄くなっていることに気づいたコミが提案を述べる。その案に二人は賛成するのであった。