魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第九話 出発

 三人が眠る部屋の外から扉を叩く音が聞こえてくる。その音に気づいたアートが眠気に襲われている体を無理やり起こして扉を開いた。外から扉を叩いていたのは、昨日の話し合いの途中で朝の警備をしていたマリナと交代し、夜の警備のため外に出ていったフルグであった。

 

「おはようさん。よく眠れたかい?」

 

「……おはようございます? もう朝なんですか?」

 

「おう。もう朝だ。ここは地下だから太陽が昇ったかどうか、分からないところが難点だな」

 

 アートの疑問にフルグが笑いながら答えていると、部屋の中で寝ていた残りの二人が鈍い動きで上半身を起こした。

 

「どうか……したのですか?」

 

 後ろから投げかけられる声にアートは振り向く。

 

「朝ですコミさん」

 

 続けてフルグが部屋の中に向かって声を上げる。

 

「朝ごはんが出来たから呼びに来たんだ」

 

「だ、そうです」

 

「もう……朝なんじゃの。地下じゃから、分からんかったわ……」

 

 三人のやり取りを眠そうに聞いていたベルが口を開く。

 

「全員起きたようだな。朝ごはんは食堂で食べられるから、準備が出来たら向かってくれ。もし場所を忘れたなら遠慮なく聞いてくれよ」

 

 フルグが後ろ向きに手を振りながら、その場を後にしていくのを見送ったアートは部屋の扉を閉めた。

 

「すぐに向かいますか?」

 

「すぐに向かった方がよいじゃろ。ほれ、早く背中のワラを払ってくれ」

 

 背中を向けたベルが必死に引っ付いているワラを、後ろに回した手で取ろうとしているのを見せる。しかし背中に手が届いていないため、ワラは全く取れていなかった。

 

「私が払いますから、ベル博士はおとなしくしていてください。アートさんは私の背中をお願いします」

 

 ベルに一番近いコミがすぐに近寄って背中のワラを叩き落とす。アートも扉から離れ、コミに近づき背中のワラを落とす。

 

「なら、わしがアートのワラを落とそうかの」

 

 ベルがアートの背中に近づきワラを落とし始めた。

 

 三人は円を描くように座り直し、互いの背中についているワラを落とした。

 

「さて、ワラを落としたことだし食堂に向かおうとするかの」

 

「そうですね」

 

 背伸びしたアートが答えると一行は部屋を後にするのであった。

 

 ♢

 

 食堂にたどり着いた三人は出された朝食を口にする。料理は昨日の夕飯と同じ芋であったが、お腹を満たすには充分であった。食べ終えた三人はティレアに断りを入れてから食堂で次の目的地の確認のために地図を机の上に広げるのだった。

 

「今、私達の現在地がメティス村です。ここからエディア村に向かうとなると……」

 

 コミが地図の上に置いた指を滑らせる。

 

「ここです」

 

「フェニデリア街ですか」

 

「はい。この街を経由した方が早くたどり着きます」

 

「ところで、この街はどんな所なんですか?」

 

「ゲーマ王国にある領地の内一つ、ベルガータ伯爵領に位置する首都じゃ。メティスもその中に含まれていたはずじゃ──のう」

 

 ベルが答えている途中で顔の向きを変えると、そこにいたのはティレアだった。

 

「どうかしたんですか?」

 

 アートもティレアが近くに立っていることに気づき、疑問を投げかける。

 

「いえ。フェニデリア街という声が聞こえてきたもので」

 

「もしかして昨日いっていた助けを求める人って──」

 

「想像の通りかと。私達はベルガータ卿。その方に助けを求めたいと思っています」

 

「しかし、自分の領地にある村をこんなことになるまで、ほうっておいているのはなぜじゃろうな」

 

「聞いてみないことには……」

 

「まあ、分からんの。ところで、わし達に何か聞きたいことでもあったかの?」

 

「ええ、そうです。フェニデリア街に向かうのであれば、ぜひマリナと共に向かってほしいのです」

 

「ベル博士。いいんじゃないですか? 行く先が同じならば」

 

「私も賛成です」

 

「二人が良いのであればいいのじゃ」

 

「それでは──」

 

 賛同を得られたティレアが、その場を離れようとしたが、ベルによって引き留められた。

 

「少し待つのじゃ。この本はティレア殿が所持していると聞いておるのじゃが、どこで入手したのか教えてもらえんかの?」

 

 借りていた本を彼女に見せると、ティレアは少し悩んでから答えたのだった。

 

「その本は、村にあった小さな教会で見つけた物です。子供達が退屈にならないように持ち帰った本の一冊ですね。その本がどうかしましたか?」

 

「いや、読んでみたら面白かったのでの。購入したいと思っておったのじゃ」

 

「ごめんなさい。購入したわけではないので、どこに売っているかまでは……」

 

「残念じゃ。そういう事なら諦めるとするのじゃ」

 

「そうですね。では、マリナの同行のお礼にその本を差し上げます」

 

「いいのかの?」

 

「構いません。他にも本がありますし、救援が終われば心配することはないでしょう」

 

「ありがとうなのじゃ。引き留めて済まなかったの。では、マリナを呼んでくるのじゃ。わしたちは先に診療所の外にいると伝えておくれ」

 

 ティレアは感謝を述べるとマリナを呼びに食堂を後にしていく。

 

「わしたちも移動するかの」

 

 ベルの言葉により、一行は地図を片付けてから診療所の外へと向かうために、地上への階段を上り、昨日ぶりの隙間だらけの建物に戻ってくる。

 

「朝日が眩しいのう」

 

「しばらく地下にいたせいか日差しが気持ちいいです」

 

「空気もおいしく感じます」

 

 軽く伸びをした三人は、床に空いた穴にハマらないように避け、診療所の外に出る。眩しい朝日に照らされた一行は深呼吸をおこなうと、後ろの診療所からマリナが大量の荷物を持って姿を見せた。

 

「待たせたね」

 

「いえ、それほど待っていませんよ」

 

 コミがにこやかに言葉を返すと、マリナは嬉しそうにして腕の筋肉を見せた。

 

「私の筋肉は今日も絶好調だ。しかしティレアも心配性だね。ここからフェニデリア街まで私の筋肉さえあれば何の心配ないのに……」

 

 マリナが姿勢を決めながら自身の筋肉を見つめる。

 

「そんなこと言わずに……折角ティレアさんが話を取り付けたんですから……」

 

 マリナの発言にアートが気を悪そうにしていると、コミが思いついたように手を合わせた。

 

「そうだ。折角ですしフェニデリア街について道中、詳しく教えてくれませんか?」

 

 いまだに自身の筋肉を見ていたマリナは、話題をそらそうとしているコミと気を悪くしているアートに気づいた。

 

「おっとすまないね。別に非難しているわけじゃないよ。それにあんた達となら道中は安全そうだ。フェニデリア街についてなら私が知っている範囲で教えるとしよう」

 

「ではよろしく頼むのじゃ」

 

「こちらこそよろしく頼む」

 

 ベルとマリナが握手する。

 

「そうだ。忘れないうちに、これを渡しておくよ」

 

 マリナが荷物の中から大きめの麻袋を一つと小さめの麻袋を一つ三人の目の前に置いた。

 

「マリナさんこれは?」

 

「これかい? 昨日言っていたじゃないか。物資を渡すって。早く中身を確認してくれ」

 

 マリナに急かされた一行は二つの麻袋を開く。大きめの麻袋には武器が大量に入っており、小さめの麻袋には食料が入っていた。

 

「感謝するのじゃ」

 

「いいのいいの。約束だからね。準備が出来たら私を呼んでくれ。診療所の壁際で休憩しているから」

 

 マリナはそういうと診療所の壁際へと向かい背中を預けた。

 

 三人はなるべくマリナを待たせないように素早く準備をおこなうのであった。

 

「マリナさん。準備が出来ました」

 

 コミの呼ぶ声と手を振っていることに気づいたマリナが近づいてくる。

 

「準備が出来たようだね。じゃあ出発しようか」

 

 その場にいた四人はマリナの合図と共に足を進めるのであった。メティス村にある壊れて応急処置がされた門から外に出ると、フェニデリア街へと続く土の道を歩きだす。

 

「外は荒らされた形跡がありませんね。村の中はあんなに荒れていたというのに」

 

 一行が道を歩いていると、目の前の光景と村を交互に見てコミが不思議そうに話す。彼女の言う通り今、四人が歩いている土の道やそばの平原は、誰かに荒らされたような形跡がなく綺麗に整えられている状態であった。

 

「あー……それは私にも分からないんだ。村の辺りは私達が掃除しているから綺麗なのは分かるんだけど、少し離れただけで誰も手を付けていないかのように綺麗なんだよ。まるで村だけが荒らされたかのようにね」

 

 マリナが首を振って呆れたような仕草をする。

 

「村だけが荒らされる……魔物に知恵でもあるのでしょうか……」

 

「あ奴らの行動を見る限り、その様には見えなかったがのう。ところで話は変わるのじゃが、わし達がここに来るまで商人とかは来ておったかの?」

 

「ん……?」

 

 ベルの言葉にマリナは顎に手を当て歩く足を止める。

 

「どうかしたかの?」

 

 目を斜め右上に向けたマリナがぼそりと声に出した。

 

「何か言いましたか?」

 

 アートが不思議そうに背の高い筋肉質な彼女をのぞき込む様に首を傾げた。

 

「いや……そういえば村が襲撃されてから、長いこと商人が来ていなかったなと」

 

「もしかして旅人もか?」

 

「ああ、あんたたちが来るまで誰一人として村に立ち寄った者はいなかった」

 

「…………」

 

「ベル博士……」

 

「街がどうなっているかは分からんが、覚悟はしておいた方がよさそうじゃの」

 

「流石に領主様がいる街だ。村みたいには、なってはいないと思うのだが」

 

「わしだって守っているのがベルガータ卿じゃから大丈夫とは思いたいのじゃが、自身の領地にある村が異常事態だというのに行動を起こさないとなると、身動きがとれない状態になっておる可能性があってのう」

 

「そう言われると…………覚悟しとくか」

 

 深く悩んだ末にマリナは溜息を吐くと、止めていた足を動かした。

 

「あくまで可能性の話ですから、一度街の人に聞いてみましょう。もしかしたら何か分かるかもしれません」

 

「ありがとうコミさん。あくまで可能性……まだ希望は持つべきだな」

 

「マリナさん。辛気なお話はここまでにして、フェニデリア街はどのような街なのか教えてもらえませんか?」

 

 苦笑いをして場の空気を和ませようとアートが気を遣うように話すと、便乗するかのようにコミが続く。

 

「私も知りたいです。街に行ったことはあるのですが、観光で来たことはなかったので有名なお店とか教えてほしいです」

 

「そういえばそうじゃったの。仕事でしかコミを連れていってなかったのじゃ」

 

「約束したんだから教えるさ。さて、何度も話に出ているベルガータ卿は全員知っているから置いとくとして……初めに街の名物なんかを教えよう」

 

 マリナが話すにはフェニデリア街はゲーマ王国の領地の中でも交易が盛んな街らしく、さまざまの場所から商人が集まっているのが見れるようだ。そのためか街の出入り口から始まる大通りは商人の道と言われ、大量のお店が横並びで訪れた人を歓迎してくれるほどの活気な街らしい。

 

「そのあたりは知っています。街に入った瞬間から大きなお店が、たっくさん並んでいるのを見ましたから」

 

「そういえば買い物をしていく客をうらやましそうな顔で見ていたのう」

 

「……そのことは忘れてください」

 

 コミが、余計なことを言うベルをジト目で見つめると溜息を吐いた。

 

「到着したら楽しめばいいさ。今は仕事じゃないんだろう?」

 

 マリナがコミの肩を手で二度軽く叩くと、一拍置いて話を続ける。

 

「それでおすすめの場所と言えば、牛乳を凍らせた甘い氷菓子を売っている店があるんだ。名前はサバナンスで仕事終わりに食べるあの甘さは最高だ。その次点でバッカランという酒場がおすすめだ。店主のバッカさんが出す料理は他の料理店にも劣らない美味さだ。おっと思い出したらよだれが……」

 

 マリナは口から飛び出した唾液を腕で拭い腹の虫を鳴らした。

 

「ベル博士。街に着いたら早速向かいましょう」

 

 コミがベルに向ける態度をそのままに目を向ける。

 

「許しておくれ。街に入れたら向かうのじゃ……それはそれでマリナよ。街のどこかに情報屋を名乗っている者はいないかの?」

 

 ベルがコミに謝るように少し頭を下げると、自身に降りかかる視線にいたたまれなかったのか会話の趣旨を変えた。

 

「情報屋? ……いや、そんな話は聞いたことがないな。バッカさんなら何か知っているかもしれないし、一度聞いてみては?」

 

「バッカ殿は物知りなのかの?」

 

「ああ、バッカさんは物知りだ。酒場の店主をしていると、いろんな情報が耳に入ってくるらしい」

 

 マリナは意気揚々とバッカという店主について語りだす。

 

「たまに相談役として客の話し相手になったりしていると言っていた。その人の悩みを解決できそうな人が酒場にいた場合には紹介したりもしているんだ。それに私もバッカさんに仕事を紹介してもらっている身だ。だから一度相談してみるのは一つの手かもしれないよ」

 

「相談料はどれぐらいかかりそうかの?」

 

「ものによりけりだ。お金がかからない場合があるし、かかる場合もある。あんた達が何を知りたいかによるな。まあ、お金に関しては私が払ってやるよ。お金だけは沢山あるから……」

 

 マリナは少しだけ感傷に浸るような目でメティス村がある方角を見つめる。

 

「すまない。少し、しんみりしちゃったな。まあ、お金のことについては気にしないでくれ。バッカさんには私からの紹介として話しておくよ」

 

「ただ情報を知りたいだけなのに、どうしてそこまでしてくれるのですか?」

 

 コミが不思議そうにマリナへと尋ねる。

 

「それはだな。ラアドベルク山脈を越えて国を渡ってきた人が、私から話を聞かずに情報屋に聞きたい話があるというなら、それはただの世間話ではなさそうだと思ってね。余計なお世話だったかな?」

 

 マリナは小首をかしげて、不思議そうにしているコミに問いかけると、代わりにベルが答えた。

 

「分かった上で協力してくれるなら、余計なお世話ではないのじゃ。しかし、よくそれだけの情報でよく分かったの」

 

「私は何でも屋をしているからな。些細な情報でも見逃さないようにしているんだ。生き残るためにね」

 

「何でも屋ですか? もしかしてアレックスさんとトビーさんを知っていますか?」

 

 マリナの何でも屋という言葉にアートが少し嬉しそうに聞く。

 

「いいや、知らない。聞いたことのない名前だな。だが、何でも屋であるならどこかで会うかもしれん」

 

 思ったような返答が来なかったアートは、残念そうに意気消沈した。

 

「その口ぶりからするに、何でも屋が複数あるように聞こえるのじゃが……」

 

「ん? なんだ知らないのか? 酒場の数だけ何でも屋があると言われるぐらい一般に広く知られているよ。個人が依頼という形で酒場の掲示板に紙を貼るんだ」

 

 マリナは手で形を作り説明していく。

 

「そうすると依頼を受けたいという人が店主に紙を渡して、適正に問題なければ依頼を受けることが出来るんだ。先ほど言った悩みを抱えている人に紹介できる人がいない場合も掲示板に貼られることがあるよ」

 

「それは誰でもできるんですか?」

 

「依頼を出す人、受ける人、誰でもだ。だから危ない依頼が張り出されている場合もあるし危ない人が受ける場合もある。ある程度は店主が確認しているが見逃してしまう場合だってある」

 

 マリナは自身の頭を何度か指でつつく。

 

「最終的には私たちの危機管理能力が頼りでしかない。それでも仕事として成立しているのは信用と信頼と実績があるからなんだ」

 

「だからバッカさんの所で聞いてみたらと言ったんですね」

 

 コミが思い出したかのように、マリナの言葉を聞いて頷く。

 

「まあそういうことだ。さて、ずいぶん歩いたことだし休憩にするかい? 太陽が真ん中あたりに位置しているから、ちょうどいい頃合いだと思うのだが」

 

「そうじゃの……フェニデリア街へは後どれぐらいで着きそうじゃ?」

 

「うーん。この調子であれば次の昼ぐらいまでには着くかな?」

 

 おでこに手の側面を当てて、遠くを見るようにマリナは辺りを見渡す。

 

「なら、日が沈む前ぐらいまでは歩いて、休憩した方がよさそうじゃの」

 

「そうか……夜があるんだったな。あんたたちはメティス村に着くまでいつもどうやって夜を過ごしてきたんだい?」

 

「山にあった洞穴などに入り、僕とコミさんが交互に出入り口の見張りと守備を務めていました」

 

「うーん。ここは平原だから洞穴を使って周囲を守ることは出来そうにないな。だとするとベルさん以外の三人で交互に見張るしかなさそうだ」

 

「そうなりますね……」

 

 コミが疲れたように返事をすると同時に、アートがマリナの筋肉を見ながら質問する。

 

「マリナさんは魔物と戦えますか?」

 

「心配はいらないさ。これでも何でも屋の仕事として獣達と戦いを繰り広げたことがあるんだ。それに魔物との戦闘を経験済みだし、あんたたちに弱点を教えられてる。今度こそあの身に筋肉の素晴らしさを叩きこんでやる」

 

 そう言うと金属がはめられている籠手を取り出した。

 

「なら心配はないかの」

 

「ああ。……そうだ、私ばっかりが話しているのもなんだし、折角だからあんたたちの旅路を聞かせてくれよ」

 

 マリナの言葉に気前よくアートとコミが返事をすると、日が暮れる前まで談笑しながら土の道を歩くのであった。

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