魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第十話 焚火の語り

 しばらく歩いていると日が沈んでいき、夕暮れになっていく空を見た四人は、土の道から離れた場所の平原へと移動する。凹凸の少ない場所を見つけるとマリナが所持していたテントを設置することにしたのだった。

 

「マリナさん。これでいいですか?」

 

 アートが近場で拾ってきた、複数の太い木の枝を見せる。

 

「どれ?」

 

 テントを取り出していたマリナが、自身の手のひらを差し出して木の棒を受け取ると、小突いたりして注意深く確認した後に頷いた。

 

「これぐらい丈夫であれば杭として問題ないよ。さあ作業を始めようか」

 

 一行は協力してテントを組み立てていき、設置を完了させる。

 

「何とか太陽が沈みきる前に出来ましたね」

 

 夕焼け色に染まった大地の上で、コミが出来上がったテントを見て一息つくように手の甲を額に当てた。

 

「それで見張りは、どの順番でしようか?」

 

「その話なら、わしは役に立てぬから除外じゃろう。各自、食事はとるように」

 

 ベルがそう言うと我先にとテントの中へと入っていった。残された三人はどうするか悩む。するとアートが手を上げた。

 

「僕が最初でいいですか?」

 

「ああ、構わない。そうなると次は私かコミさんになるわけだが……」

 

「どうかしましたか?」

 

 コミは観察されているかのようなマリナの視線に気がつく。

 

「いやなに。今更なんだがコミさんは戦えるのかい? どう見てもそのようには見えなんだが」

 

 マリナの言うように、いかにも戦闘をした経験がなさそうな見た目をコミはしていた。

 

「確かに、マリナさんの言う通り、私は戦うことが出来ません」

 

「なら……」

 

「ですが、私でも魔物を抑止することだけなら出来ます。ご迷惑でしょうか?」

 

「あんまり信じられないんだが……」

 

「信じられないのは当然です。ですので少しだけお見せします」

 

 コミが詠唱を開始すると半透明な半円の障壁が現れた。

 

「は? ……え? これは……?」

 

 困惑するマリナは不思議そうに障壁へと手を伸ばすが、伸ばした手はそのまま通り過ぎた。訳も分からず、すぐに手を引っ込める。

 

「これがコミさんの…………そういえば名前決めてませんでしたね」

 

 マリナに説明しようとしたアートが思い出したかのように一拍停止すると、後頭部を掻いて思わず笑ってしまう。

 

「アートさん、名前はありますよ。プロテクションです」

 

「……コミさんがマホウを使う前に口に出していた……あの言葉が名前だったんですね」

 

「はい。それでマリナさん。今のままでは分からないと思うので、この壁を思いっ切り殴りつけてください。そうすれば分かるかと」

 

「……本当にいいのかい?さっき手が通過したと思うんだけど」

 

 動揺するマリナにコミは笑顔で、はいと答えた。

 

「……じゃあ……いくよ?」

 

 マリナは籠手を装着すると片腕を後ろに下げ、胸を引き絞るように張り、全力で拳を突くように障壁へと叩きつけた。砂埃が舞い周囲に鈍い音が鳴り響く。砂埃が収まるころに見えたマリナの拳は障壁によって遮られていたのであった。

 

 自身の拳を止められたことに驚くマリナはゆっくりと腕を引く。

 

「驚いたよ。まさか私の拳が止められるなんてね。……これで二人目か……いや、一人は人じゃなかったかな。そしてコミさんの言い分は分かった」

 

 息を大きく吐きコミを見つめる。

 

「それで私の実力はどうだったかな?」

 

「…………十分です。それにしても分かっていたんですね」

 

 コミは曇りのない瞳で見つめ返した。

 

「私がマリナさんの実力を確かめるために試したことを……」

 

「途中からだけどね」

 

 肩をすくめながらマリナは答える。

 

「それで二番、三番どちらがいいかな?」

 

「そうですね……では二番目でよろしいでしょうか?」

 

「問題いないよ。なら私が最後を務めよう」

 

 マリナがコミを先に眠るよう指示し、テントの中へと誘導しようとすると立ち止まったコミに顔を向けられる。

 

「マリナさんは眠らないんですか?」

 

「私は焚火で明かりを確保してから眠るとしようかな」

 

 その答えに納得したコミは先にテントの中へと入っていく。

 

「マリナさん。残っていた木の棒を集めました」

 

 先ほどの衝突により吹き飛んでしまっていた木の棒を、アートが一か所に集めていた。

 

「時間もないし早速、火をつけようか」

 

 近場に座ると火付けの道具を取り出しアートと一緒に火種を作る。火打ち石を擦り合わせ火花を起こして乾燥したワラに着火させた。

 

「点いた」

 

 火が点いたワラの火種が消えないように、少しずつ大きくして薪へと投げ入れる。すると徐々に他の木々へと着火し燃え広がり大きく変化していった。

 

「やっぱり火は落ち着くねぇ」

 

 マリナが火の独特な音が鳴り響く中、蜃気楼のように揺らめく炎を見て呟くと隣で黙って炎を固視しているアートに気がついた。

 

「どうしたんだい?」

 

「……」

 

 質問しても黙り込む姿に不振がっていると、おもむろにアートが口を開く。

 

「……僕が借りていた家……この炎のように……燃えちゃったんですよ……」

 

 ため息交じりに答えるアートは、どこか遠くを見つめるように炎の揺らめく先端に目を向ける。

 

「マリナさんは聞いたことがありますか? 炎の操術師グレン・ダルマのことを……」

 

 アートの口に出た人物に心当たりがあるか考えるマリナは思考した後、首を小さく横に振った。

 

「炎を操る暗殺者の話なら聞いたことがあるがグレン・ダルマという名前は聞いたことがないな……まさか……」

 

 何か分かったような様子でアートの方へと顔を向ける。

 

「はい……」

 

 彼は一呼吸おいて話始めた。

 

「そのグレン・ダルマが噂の炎を操る暗殺者です。もういませんが」

 

「もういないってどういうことだ?」

 

「言葉の通りです。僕が……やむを得ずこの手で……」

 

 アートが少し震える手を見つめ、拳を握りしめて震えを抑えた。

 

「……怖いんです。故郷で獣を狩った経験はあれども人を手に掛けたことがなかった自分が。そして、この旅が続く限り再び起こってしまうのではないかと思う自分が」

 

 語っている最中に無意識に出ていた涙をぬぐう。

 

「……それなのに君はどうして今も旅を続けているんだい?」

 

「それは……ベル博士とコミさんが……」

 

「いいや、それは君の気持でなく彼らの気持ちだ。私が聞いているのは君の気持ちなんだ」

 

 彼女の言葉にアートは体を震えさせ、無意識のうちに拳を握りしめた。自然と口から声が零れる。

 

「……僕は――僕はッ⁉」

 

 マリナが嗚咽と涙を垂れ流しているアートの背中をゆっくりと、さすった。

 

「旅はまだ続いているんだろ? だったら、これから見つけていけばいい。時が自然と答えを見つけてくれるさ。時神デオラギダ様が空から見守っていてくれる限りはね」

 

 その言葉を聞いた彼は鼻をすすり感謝を述べると、目にたまった涙を拭い取った。

 

「その状態じゃあ。見張りは厳しいだろ? 私が順番を代わるから少し休んできなさい」

 

 アートは再びマリナに感謝をするとテントの中へと入っていった。

 

「若いっていいな……」

 

 マリナがアートを見送るようにテントを見つめてから、ゆっくりと立ち上がり両手の拳を突き合わせる。

 

「さて、お待たせしたね」

 

 戦闘の体勢を取り、一度呼吸を整えるために息を大きめに吐いて目を閉じる。

 

「ここからは」

 

 口角を上げ、拳を握り込み、勢いよく目を開く。

 

「私と夜を楽しもうか!」

 

 月明かりと星々に照らされた大地に立ち込み始めた黒い霧が、姿を変えて魔物になりマリナへと襲い掛かるのであった。

 

 ♢

 

 時が経ち、暗い空が明るくなるころ夜に襲撃してきた魔物を退けた一行は、テントの片づけをしてフェニデリア街に向けて準備をおこなっていた。

 

「準備が出来ました」

 

 何か吹っ切れたように清々しい顔をしたアートがマリナに話しかける。

 

「その顔……どうやら悩みは解決したっぽいな」

 

「いいえ、まだ解決はしていません」

 

 アートのその言葉にマリナは首をひねる。

 

「どういうことだい?」

 

「しばらく考えることは止めにしようと思ったんです。マリナさんの言う通り時に身を任せることにしたんです」

 

「そうだったのか。ならこれから見つけていこう」

 

 マリナは納得したように一度頷き、アートの肩を優しく叩いた。

 

「アートさん、マリナさん、そろそろ出発しますよー」

 

 遠くからベルと共にいるコミが手を口に当てて片手を振って呼んでいる。

 

「行こうか」

 

 彼は頷き、マリナと一緒にコミがいる場所まで駆け足で向かうのであった。

 

「アートさん。何を話していたんですか?」

 

「何でもないよ」

 

「そうですか……」

 

 コミは少し悩むそぶりを見せたが気にしないように、ある方向へと指を差した。

 

「目的地は向こうです出発しましょう」

 

「その前に少し聞いていいかい?」

 

「どうしたんですか?マリナさん」

 

「いやなに。これなんだが……」

 

 マリナが懐から石の欠片を取り出して手のひらの上に置いて見せびらかした。

 

「魔物が残した物なんだが。これがあんたたちが言っていた石か?」

 

 その石の欠片は紫色に透き通っており、綺麗な輝きを放っていた。

 

「間違いないです」

 

 コミは麻袋の中から同様の石を取り出し、マリナの持っている石と並べるように手のひらに置いた。

 

「これは私たちが集めた石です。見比べてみてもらえば分かりますが、同じ物に見えませんか?」

 

「確かに同じように見えるな」

 

「でしたら、それは私たちの言っていた石で間違いないです」

 

「そうか。一応、魔物の核にぶつけてみて確認はしていたんだが……良かった間違ってなくて」

 

「え……ぶつけたって、どうやって?」

 

「魔物から落ちた石を投げつけて当ててみたんだ。これが上手くいってね。籠手が壊れてからは、ずっと節約のため投げてた。楽しかったよ的当て」

 

「上手いんですね……投げるのが」

 

「アートさんも練習してみるかい? 意外と便利だよ」

 

「またの機会にします」

 

「そっか」

 

「マリナさん。紫色の石の話に戻しますが、魔物は石以外落とさないはずなので違うものが落ちることはないと思います」

 

「コミさんの言う通り、確かに魔物は石しか落とさなかったな」

 

「そういうことです。それで他に聞きたいことはありますか?」

 

「いいや、ないよ。ありがとう手間をかけた。すぐに出発しよう」

 

 四人はフェニデリア街に向けて再出発する。土の道を歩いていると昨日までは見かけなかった動物たちがチラホラと姿を見せていた。

 

「鹿がいますね」

 

 コミが枝葉を食べている鹿を遠目で観察する。鹿や他の動物は人を見て警戒はしているのだが、逃げようとはせず食事を再開し始めた。

 

「この辺は魔物の被害がないのかの?」

 

「被害はないとは? 魔物が人を襲ったりするのは理解しているが、そもそも魔物は動物を襲ったりはするのか?」

 

「実際に見たことがないから何とも言えないのう。ただ人間と同じように襲うのであれば、という話じゃ」

 

「そう考えたら被害がないと捉えることが出来るな」

 

 ベルとマリナが話し合っていると目の前を何匹かの小動物が通過していく。一瞬、四人の方へと顔を向けるが、気にしていないかのように再び前を向き移動していった。

 

「動物ってこんなにも警戒心が全くないものでしたっけ?」

 

 アートが遠ざかっていく動物たちを横目に首をひねる。

 

「いや、おかしい。ここまで警戒心がないとすれば住処を追い出されたとかを考えるべきだろう」

 

「そもそも動物がここまで近寄ってくること自体が珍しいのじゃ」

 

「ではマリナさんの言う通り追い出されたのか、はたまた逃げてきたのか……どっちかもしれませんね」

 

 いまだに枝葉を捕食している鹿から目を離したコミが答える。

 

「どうなんじゃろうな。それもこれも街に着いたら何か分かるかもしれんの」

 

「おっあれは」

 

 動物の事を考えながら街に向かって歩いているとマリナが何かを見つけたように遠くにある一点を見つめた。

 

 マリナの見つめる先には一軒の民家が建っており、柵が周りを囲んでいた。

 

「あの家は?」

 

 同じように遠くを見つめたアートが疑問を口にする。

 

「ナバラさんの家さ。獣を狩る狩人の仕事をしていてね。仮拠点として街外れに家を建てているんだ」

 

 四人は家の柵にある門へと近づくと立ち止まった。

 

「いるかな?」

 

 マリナが門に付けられていた鈴を鳴らすが何も反応はなかった。

 

 柵の外から身を少しだけ乗り出してコミが家の方を目を凝らす。

 

「いないようですね」

 

「そっか……いなかったか。仕方ない諦めるか」

 

 一行は家から離れ、道に戻ろうと引き返そうとすると、フェニデリア街の方面から大声で声を掛けられた。

 

「俺の家に何か用かー⁉」

 

 声のする方から駆け足で高年に見える男性が近づいてきて、四人の前で立ち止まる。その男は無精ヒゲを生やし何やら金属の取っ手のついた長い木の棒を背負い。木の棒から伸びる紐を肩にかけていた。男はマリナの方を見ると驚いたように目を開く。

 

「拳聖殿じゃねーか! 今までどこに行ったんだ⁉ 街のみんなが心配してたぜ」

 

「ナバラ爺さん。今、その名前の持ち主は彼女だろう?」

 

「そうだった、すまねぇ……だが、拳聖と言われたら、どうしてもあんたの顔を思い出してしまう」

 

「それは過去の話さ。今の私は、ただのマリナだよ」

 

「マリナ……やっぱり、まだ違和感が拭えねぇ」

 

「徐々に慣れてもらえればいいさ」

 

「……分かった。ところで、隣の方々はどなたで?」

 

「彼らは仕事先のメティテス村で出会った旅人で、アートさん、コミさん、ベルさんだ」

 

 マリナに紹介された三人は一様に挨拶をする。

 

「これはどうも、俺の名はナバラだ。よろしく。しっかしあんたの顔はどっかで見たことがあるな」

 

 ナバラはベルの顔をよく見ようと傍まで近づくと、ボソリと呟く。

 

「拳聖殿がいるから、とやかくは言わねぇが、あんたとそこの嬢ちゃんは街に入らない方がいいだろう」

 

 彼はそれだけ言うと不思議そうにしているコミの方を横目で見てから、難しそうな顔をするベルのそばを離れ、マリナの方へと顔を向ける。

 

「気のせいだったわ。それで一緒に仕事で出て行ったフルグはどこにいる?」

 

「フルグはメティテス村の守護を任せたまま、だからここにはいないよ」

 

「守護? もしかして魔物のことか?」

 

「ナバラ爺さん。それをどこで知ったんだ?」

 

 マリナは問い詰めるような声で言うとナバラは気にもしない様子で答えた。

 

「なに、街の掲示板だよ。お前達が仕事で離れてしばらく経った後に、お触れとして貼られいた紙に書かれていたんだ。日没は危険な魔物が出るから外出しないようにとな」

 

「もしかして、領主様は知っていた?」

 

 いぶかしむ様にマリナは肩眉を上げる。

 

「いや、知らなかったはずだ。お触れを出したのは王都からの使者が来てからなんだ。知っているとすれば王都の連中だろう」

 

「そうだとしたら村に使者を出さないのは、おかしくないか?」

 

「使者は出したんだ。護衛付きでな」

 

「だけどメティテス村には来ていない……まさか」

 

 何かに気づいたマリナに対してナバラは呆れたように息を吐いた。

 

「ああ、戻ってきたのは、ごくわずかさ。全員、恐ろしい何かを見たように全身体を震わせていたよ。マリナ……さんは知らないはずだけど魔物は核を破壊すれば倒せるらしい。街の警備をしている者は弱いとか言っている。だったら使者と護衛が恐怖する別のものがいるという事なんだが、何か知ってないか?」

 

「……もしかしたら、あれと遭遇したかもしれないな……その核を破壊するという対策が通用しない魔物を私はこの目で見たんだ。おそらく、そいつのことだろう」

 

「そんな……魔物がいるのか。注意しないといけないな。それはそれとして核を破壊すれば倒せるって知ってたのか?」

 

「彼らのおかげだよ。だから私はこうして街にこれたんだ」

 

 マリナが自分たちの会話を黙って聞いている三人に顔を向けると同じように顔を向けたナバラは黙り込んだ。複雑な表情をした後、諦めたかのように溜息を吐いた。

 

「……まあ、いい。マリナ……さんとフルグの無事が知れただけで満足さ。そろそろ俺は狩りを始めるよ」

 

 ナバラが四人に対して軽く会釈をして家の中に向かおうとするとマリナが呼び止めた。

 

「待ってくれ。他に変わったことはなかったか?」

 

「んー。さっきの件で領主様の仕事が忙しくなったから面会を断っているって噂ぐらいかな。それ以外は特にないな」

 

「では動物達のことについては何か知らないか?」

 

「動物達? そういえば近頃、近隣で見かけることが増えたな。ただ、それだけだ。住処を追われた様子はなかったな」

 

「ありがとう」

 

 マリナの感謝の言葉を聞いたナバラは、片手を背中越しに振るとそのまま柵の中に入り、家へと向かっていく。それを見送る彼女は遠ざかっていく背中に向かって手を振り返すと三人の方へと体を向けて頭を下げた。

 

「お待たせして申し訳ない」

 

「大丈夫なのじゃ。マリナ殿のおかげで有益な情報を手に入れることが出来たし満足じゃの」

 

 ベルがアートとコミに顔を向けると二人は同意するように頷いた。

 

「まあ、そういうことじゃ。フェニデリア街までは、もうすぐかの?」

 

「ああ、もうすぐだ。ここから見えるだろう?」

 

 マリナが指を差す場所には城壁が見え、内側から壁を越えて家の屋根が見え隠れしていた。

 

「あれがフェニデリア街だ」

 

「では、行きましょう!」

 

 コミが嬉しそうに出発を告げ、我先にと歩き出すと残りの三人は顔を合わせてから追いかけるように出発するのであった。

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