変化する思考
アート達が馬車の下で出発の準備をしている時である。エディア村の丘の上、調査兵団の副団長であるオルフの家に一人の影が差し込んだ。
「彼らは行ったようですね……」
赤い軍の鎧を着た男は辺りを見渡して誰もいないことを確認した。玄関の扉を開き中へと入る。すると部屋には一人の人物が立っているのが見えた。
「約束通り来たようだな。オルフ」
正体を隠す様にしている目の前の人物からオルフと呼ばれた男は一枚の紙を取り出して、見せびらかす様に手前で揺らしてみせる。
「ええ、こちらも約束を守ってもらいませんといけません。彼女はどこに?」
何かを探す様に部屋の中を見る彼に「ここにある」と人物は答え、近くの何もない床を見つめた。
「何もないようで――」
オルフが言葉を言い切る前に、何もなかった床から一人の屈強で白いローブを着た男が現れた。急いで携帯していた剣の柄に手を伸ばしたのだが、屈強な男の手によって鞘から抜くことが出来なかった。
「我々は争いに来たのではない。その剣は治めよ」
謎の人物からの言葉に、オルフは渋々剣の柄から手を放すと屈強な男は離れる。その男はいまだ正体を隠している人物の隣で待機するように移動した。
「それで、彼女は?」
オルフが再び質問すると、屈強な男が懐から小瓶を取り出す。その中には、一凛の淡く輝く黄色い花が入っていた。
「アンダリア……」
小瓶に近づこうとするオルフを屈強な男が停止させる。彼は睨むように男へと目を向けようとすると、謎の人物から提案を持ちかけられた。
「まあ、渡す前に聞いておきたい。お前はアンダリアに会いたいか?」
「?」
オルフは訳が分からないと言った様子で、小瓶に指を差し「アンダリアは、そこにいるではないですか」と答える。
「言っていることが理解できないか……そうだな……アンダリアと一緒になりたくはないか?」
「どういうことです?」
困惑しているオルフを他所に、謎の人物は屈強な男に命令し、ある物を取り出させた。それは……誰かの切り落とされた右腕であった。
「その腕は?」
血が滴っている新鮮な右腕を見て、オルフは気分を悪そうにする。
「この腕は、ある青年の腕であり、長い魔法の使用により耐性を得た腕だ。これを移植することにより、お前は彼女と共に永遠にいられることが出来よう」
「まさか!」
「お前の想像通りの人間だ」
「聞いてないぞ! 彼らを傷つけるなんて!」
オルフは怒りに剣を抜き放ち、謎の人物に襲い掛かろうとするが――屈強な男によって簡単に地面へとねじ伏せられた。
「話を聞いてからでも遅くない。この腕を移植すれば彼女と会話することができ、更に力も手に入る。実に魅力的な話だと思わんか?」
「もう既に、私の願いは叶っている。お前たち教団が彼女の病気を治してくれたんだろう? 手紙にはそう書いて……あった……」
「ああ……その話なんだがな……治せなかった」
謎の人物から聞こえてくる言葉にオルフは息を詰まらせる。
「いや……正確には、お前が腕を移植して実験に耐えてくれさえすれば、治すことが出来るといった感じだ」
「くっ……その……条件は……」
彼のその言葉を聞いた瞬間、謎の人物は高笑いし契約成立だと口に出すのだった。
♢
ある日の朝、首都フューリに一団体が押し寄せていた。数人の鎧を着こんだ兵士に連れられて、老若男女問わず大勢の人が夜逃げでもするかのように大量の荷物を持っているのが見える。
警備をしていた門番はあまりにも訪れる人数が多すぎることに、街の中へと応援を呼びに行ったり、人を引き連れている兵士に接触したりした。
急いで兵士の元へと駆けつけた一人の門番は何事かと尋ねると、一人の兵士が口を開いた。
「ただいまデルキスタス王国五番衛兵軍は任務にあたっていた調査を終えて、プラト村の難民を引き連れ帰還いたしました」
その言葉に門番は驚くが、すぐに敬礼し手続きをすると言って門の中へと駆け足で去っていく。その間に応援に来た兵士達が協力して検査を行い、午前中に何とか終了させることが出来た。ただ、あまりにも一度の検査が多かったため疲労して動けないでいる兵士が何人かいるのであった。
「ご苦労だった。後は私たちが門番として警備するから休んでいてくれたまえ」
「……クライス様」
疲労している兵士に語り掛ける男はクライスと呼ばれる五番衛兵隊長であった。彼はすぐに自分の兵を呼び出し、数人を門番として手伝うように仕事を与えると、自身は国王に報告とプラト村の住民が過ごせる部屋を用意するために移動する。
「着きました」
村人を連れてクライスが到着した場所は、人が数十人滞在しても問題がなさそうなほど巨大な屋敷が建っていた。
「こ、この屋敷は、どう見ても貴族様の屋敷ではありませんか……」
息をのみ込む様にクライスの近くにいた老人が口にする。他の人も落ち着かないように辺りを何度も見渡していた。
「ええ、ここは貴族の屋敷です。とは言っても私の自宅ですから慌てなくても大丈夫ですよ。カインはいるかい?」
彼が門番にとある人物がいるのか尋ねると、屋敷から背広を着こんだ老人が姿を見せた。
「お帰りなさいませ坊ちゃま。カインでございます。今日は随分と大人数ですが、いかがなさいました?」
綺麗なお辞儀をするカインと名乗る者にクライスは用件を伝えた。
「――他に聞きたいことがなければ、このまま私は王様に報告しに王城へと向かうが何かないか?」
問題ございませんと返すカインに彼は村人を任せて、自身の兵士と共に王城へと向かうのだった。
♢
村人を自身の屋敷に置いた後、クライス達は王城へとたどり着き王の面会を取りつけ、プラト村で起こった事件のあらましを報告した。
玉座の間で報告を聞いていた王が重い口を開く。
「ふむ、報告ご苦労であったクライスよ。そして、その死体が魔物となったゲーマ王国の住民だな」
王とクライスの間に置かれている布の上に存在するやせ細った男の死体に目を向ける。
「青い宝玉を寄こせと伝えられたときは、正気を失ったかと考えはしたが、ここまで落ちているとはな……」
王は悩む様に目を閉じてから、死体は研究所への移動を命じる。その後に自分達はゲーマ王国に対する緊急会議をおこなうと話すのであった。
「フルカーヌよ。緊急で重鎮たちを集めよ」
隣で立っていた背広を着たフルカーヌと呼ばれた男がお辞儀をすると、すぐに玉座の間から退出する。
「クライス。死体を研究所に運べ。重鎮が集まり次第、ここで会議を執りおこなうぞ」
「はっ」
玉座の間から退出していく王の背中を見送ったクライスは彼自身も遅れて退出するのであった。
♢
会議までの時間に死体を研究所へとクライスは兵士と共に運んでいく。
「クライス様。死体をどうなされるのですか?」
一兵士が死体を怪訝そうに見つめながら話す。布で包んで持ち運んでいるとはいえ死体には変わらない。嫌そうにしているのは無理もないことであった。
「会議で決まるだろうが、研究所へ運ぶ以上、魔物になった原因を調べるために解剖されるだろうな」
そんな会話をしている間に、研究所へとたどり着いたクライス達。研究員に事情を話し受け渡しが完了次第、玉座の間へと引き返すのであった。
♢
重鎮が集まった玉座の間で会議がおこなわれる。ゲーマ王国についてや、未知の生物、魔物について話し合うが過去に発生したことがない異例の出来事が多すぎて、なかなか話が進まずにいた。分かることがないかと詰め寄られていたクライスも実際に目で見たことがあるだけで、何も分からなかったため答えを出すことが出来ずにいる。
あまりの問題に会議が難航するかと思われていたが、遅れて男性が一人、玉座の間へと足を踏み入れた。その男の名はニルス・ディストリア侯爵。ディストリア諸島の領主であった。彼は一本の薄く紫色に輝く剣を王へと受け渡すと説明を始める。彼いわく島を救った英雄が使用していた剣と同じものであり、魔物を仕留めることが出来る唯一の武器であると。その説明を聞いた重鎮達は魔物に対抗するための量産の目途が立てられるかどうかニルスに質問を重ねていく。
ニルスが登場してから会議が次々に進んでいく様子に、クライスは安堵の表情を浮かべると呼吸を整える。そして意見を口にするのであった。
長引いた会議が夜まで続いたのち、クライス達が帰宅しようとしていた時であった。研究所から響き渡るほどの悲鳴が上がったのだ。その場にいた隊長の階級を持つ者達が兵士を連れて急いで悲鳴が聞こえる場所へと向かうとそこには、上半身が人で下半身がカエルの姿の顔がない魔物。クライス達が運んできたゲーマ王国の人。その人物がプラト村で死体になる前にとっていた姿と、そっくりな姿が研究員の千切れた首を持って存在していた。
♢
アートたちが出発した後のメティテス村で夜が来ようとしていた時であった。
見張りのフルグ・トラファスタはいつも通りに、診療所の屋根上に登って村を見渡す。夜になった村のいたるところに魔物が徘徊しているのが見える。そいつらは何かを探す様に辺りを見渡していたり、近づいてくる獣を捕獲して心臓付近を貪っていたりしていた。
「心臓だけ食べるとか相変わらず趣味が悪いぜ」
ほとんど綺麗な状態で死体になっている獣を見てフルグはゲンナリする。肉が残っているのにもかかわらず手を付けない魔物に、気味悪さを感じているようだ。そんな魔物の日常風景を見つめていると、誰かの小声が聞こえてきた。急いで声のする方向へと顔を向けると、そこには診療所を経営しているティレアがいたのだった。
「ティレアさんか。どうかしたのか?」
フルグは音を立てないように屋根から降りてティレアに話しかけた。
「そうなの。ミリアがどこに行ったのか知らない?」
「ミリアちゃんが? 流石に外に出てはいないだろう」
「実は――」
彼女が話すには、ミリアと喧嘩してしまい外へと出ていってしまったとのこと。話を聞いたフルグは困惑したが、自身が見落としていたことへの謝罪と、すぐにミリアを探すことに注力するのだった。
♢
村の外れにある森で一人の少女が泣いていた。そう、この少女こそティレアとフルグが探しているミリアという少女だ。喧嘩で怒りに任せた行動をとった彼女は、気が付くと迷子になってしまい泣いてしまっていたのだった。ごめんなさいという言葉が自然と口から零れ落ちる。薄暗い森の中で自信を狙うように徘徊する魔物が、ミリアをさらに恐怖へと陥れようとしていた。
「ひっぐ……ひっぐ……」
止まらない涙、言葉にならない声、彼女が見つかるのは時間の問題であった。草が掻き分けられる音、地面に落ちた枝が乾いた音を奏でる。泣きながらも声を必死に抑えようとする少女の上から影が差し込んだ。ミリアは辺りが突如として暗くなったことに不思議がるように、ゆっくりと顔を上げる。その先にいたのは――
上半身が人で下半身がカエルの姿の顔がない魔物であった。
「あっ……」
恐怖で涙が収まり、全身が震えはじめた。逃げようとするが、体が言うことを聞かず迫りくる手のひらを見つめる。
それは――その手のひらは――
少女を殺さず、頭を撫でた。
「えっ……」
困惑するミリアを他所に魔物は優しく掴み上げると自身の肩に乗せて歩き出した。
「……パパ?」
落ちないように抱き着いているミリアは、何を思ったのか魔物を見て話しかける。しかし、魔物は何も答えることはなく森の中を進んでいく。やがて、ミリアと魔物は森の外へと出た。すると声が聞こえてくる。メティテス村の方向から二つの人影がうろついているのが見えた。
魔物はミリアを肩から下ろすと、じっと見つめるように顔らしきものを近づけた。襲うこともせず、ずっとその場で見続けている。
「……ありがとう」
すっかりと涙が引いたミリアは魔物の頬へと手を伸ばそうとした時だった。
「ミリア!」
後ろから抱きかかえるように地面から引き離され、魔物との距離が遠くなる。そうミリアを捕まえて魔物から引き離したのはティレアであった。
「ティレアさんは後ろに下がってください!」
後から到着した連れのフルグが魔物へと攻撃を加えようと剣を振る。しかし、魔物を傷つけることはなく剣は金属音を立てて二つに折れた。
攻撃された魔物は反撃しようともせず立ち上がると、フルグとは見当違いの場所へと拳を振り下ろした。それは横からフルグに襲い掛かろうとする、狼の形をした魔物にぶつかり消滅させた。
「今のは……」
フルグが唖然としていると、ある事に気が付いて意思を正した。いつの間にか自分達は複数の狼型の魔物に包囲されていた。更に奥から顔面が空洞で体格が子供の魔物が姿を現す。
「新種か!」
焦るように警戒していると、先ほどまで近くにいた上半身が人で下半身がカエルの姿の顔がない魔物がいなくなっていることに気づいた。
「奴は……」
思考を巡らそうとしたフルグの意識外から轟音が鳴り響く。急いで音のする方へと顔を向けると、そこにはいなくなったはずの魔物が仲間であるはずの魔物を蹴散らしている姿が見えた。
「一体、どうなっている……」
困惑するフルグは魔物が何かをしようとしていることに気づく。道が出来ているのだ。それもメティテス村に続く道が。彼はミリアを抱えているティレアを引っ張り、魔物が作った道を駆け抜ける。時折、猛攻から生き残った魔物に襲われそうになるが、すぐに気づいた味方らしき魔物が助けてくれることによって、包囲網から脱出することが出来たのだった。
「……ここまで来れれば大丈夫だろう」
「……ありがとうございますフルグさん。しかし、あの魔物は一体……」
「分からん。ただ、俺たちを助けようとしていたことだけは――」
「パパだよ」
フルグの言葉を遮って告げるミリアに二人は困惑するが、少女は気にせず話を続ける。ティレアと喧嘩した後に出会った魔物からは父親と同じ感覚を得たのだと嬉しそうに語る。嬉しがる彼女いわく父親が帰ってきたのだと。
彼らはすぐに会いたそうに話すミリアを抑え込んで、診療所の地下へと送り込んでから深い溜息を吐いた。どう見たって人には見えない危険な魔物を父親と見なすのは無理があると。二人は、明日の朝には忘れてくれると助かると言いながら、先ほどの魔物について話し合うのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次は第二章の後編となります。