第十五話 巡回する手紙
私達は確かに淡い青き光が戦場を埋め尽くすのを肌で感じた。私達は確かに見た戦場で描かれた青白く光る軌跡が魔物を葬っていくのを。絶望に打ちひしがれた私達の希望が戦争を終わらせたことを、きっと忘れはしないだろう。
戦争に参加した人々の声より抜粋
♢
コミがゲーマ王国へと連れられる前に住んでいた孤児院がある場所、エディア村に向かったアート達一行はユグドラシル教団によって滅んでしまった村の探索を終えフェニデリア街へと戻ってきた。しかし指名手配犯に指定されているベルとコミの二人は街に入れないためアートが依頼の報告をして帰るのを街の外で待とうとすると、商人のメレグロムが協力を申し出た。何とか二人をフードを被ったままバレずに街の中へ入れることに成功させ関所を通過。その後は旅を共にしていた者達と別れ、残った兵士と共にベルガータ卿に報告をするため屋敷に向かうのだった。
ベルガータ卿の屋敷に到着した一行は一緒に来ていた兵士の帰還の報告と共に面会を取り次ぐ。しばらくすると時間が取れたのかすぐにベルガータ卿の部屋へと案内された。
「久しぶりだねアート君。そしてお二人はベル博士とその助手コミ嬢だな。ようこそ我が屋敷へ」
ベルガータ卿は困惑する三人をソファーへと案内すると、別に取って食いはしないと笑ってから真剣な表情になった。
「依頼の報告だと耳にしている。早急で悪いが話を聞かせてくれ」
先ほどとは打って変わって、真剣な表情をするベルガータ卿に三人は慄くが、気持ちを落ちつかせて報告であるエディア村で起こった事を説明しようと話し始めた。
ベルガータ卿は三人の話を最初は黙って聞いていたのだが、徐々に顔のシワが増えていく。話の最後には苦虫をつぶしたような顔へと変化していた。
「先ほどの話は本当なのか……?」
信じきれないような煮え切らないような表情をするベルガータ卿は三人に目を向ける。
「ええ、本当です。エディア村の村人は誰一人いませんでした」
ベルガータ卿はアートの返事と残りの二人の頷きを見て一度目をつぶった。
「分かった。エディア村は軍と教団によって存在しなくなった。これは私にとって大切な領民を奪われたのと同一だ」
彼は拳を強く握り、目を開ける。
「私はこれから君たちの情報を交えて作戦を練らなければならなくなった。報告、感謝する。報酬は執事のガドラスから受け取ってくれ」
三人はベルガータ卿によって急かされるように部屋から追い出されると、後ろから執事のガドラスが姿を見せる。
「ご案内します。私の後について来てください」
頭を下げるガドラスに三人は言われた通り後をつけていくと一つの部屋へと通された。
「こちらで報酬をお渡しいたしますので、しばらくごゆっくりと寛いでいて下さい」
扉を閉めて去っていくガドラスを見届けた後、残された三人は話をしながら戻りを待つ。しかし一言二言話すだけの時間で彼は戻ってきた。
「こちらが報酬となります」
彼から受け渡された麻袋には大量の硬貨が入っているのか、アートが手に取った瞬間に重みに負けそうになった。何とか落とさずに体制を正すとガドラスを見る。その彼はにこやかな顔で口を開く。
「貴方がたの旅が良き旅である事を願っていますよ。では門前までお送りいたします」
一行は部屋から出て廊下を歩き屋敷の外へと向かう。外に出た三人は門番と執事のガドラスに見送られながら屋敷を後にするのであった。
「報告は終わりましたね。次は教会に行きましょう」
コミの言葉を皮切りに一行は人々が通行する道を横切り教会へとたどり着く。中に入り静かな大聖堂を進んでいく。やがて奥に着くと一つの巨大な女性型の像が鎮座しているのが鮮明になる。エディア村の教会にあった像と同じであった。更にその下には三人から背を向けて跪く一人の純白ながらも煌びやかな衣装を身にまとった人物がいた。
その人物は誰かが近づいてくる気配に気づいたのか、立ち上がって三人の方へと向くと「ようこそ迷える子羊たちよエルカナ大聖堂へ」と告げるのだった。
「司教のブラムマサラです。デオラギダ様に祈りを捧げるのであれば、どうぞ」
自身を司教と呼んだ男は三人の祈りの邪魔にならないように身を引こうとするがコミが引き留めた。
「私達は司教様に用があって、ここまで来ました」
「私に用ですか?」
「はい。これを……」
コミは懐から取り出したエディア村で入手したカルメラの手紙を司教に渡す。
手紙を受け取った司教は紙に書かれた内容を読もうとして固まった。しばらくして「これをどこで?」と聞くように口を開く。
「カルメラ修道院です」
「……そうですか……ついて来てください」
コミの言葉を聞いた司教は少し悩んだ末に、三人を教会内にある会議室へと案内する。
「ここであれば話し声は聞こえないでしょう。それで聞かせてもらえませんか? カルメラ修道院長に何があったのかを」
真剣な眼差しを送る司教にコミは修道院の中で目にした光景やエディア村で起こった出来事を説明していく。長い話を詳しく伝え終えたコミを皮切りに黙って聞いていた司教が目を伏せた。
「そんなことが…………ありがとうございます。彼女の勇気ある行動しかと、この胸に刻みました。このような信徒を持てたデオラギダ様も誇らしく思っている事でしょう」
司教は祈るように手を組んで目をつぶる。しばらく部屋の中が環境音のみ流れた後、彼は目を開けようとしたところでベルが口を挟んだ。
「祈りは終わったかの? では次はわし達の話じゃ」
ベルが麻袋から一冊の本と取り出して見せる。
「教会の地下に図書館らしき施設があったのじゃ。説明してくれるかの?」
「……それは信徒の教育のための――」
「そんなわけないじゃろう。施設に置かれた本はすべて古代文字で書かれているのじゃ。誰も解読できなかった文字のはずじゃ。誰も読むことが出来ぬのに教育など出来ぬじゃろう?」
「何が言いたいのです?」
「古代文字が書かれていた本は福音だけのはずじゃ。なのに教会側が大量に隠していた。更に事件を起こしたユグドラシル教団は施設にあった本を探しておったようじゃった。一体、教会は何を隠しているのじゃ?」
「……そこまで知っているのであれば、いいでしょう」
司教はベルの尋問に諦めたかのように話し始めた。元々、古代文字の本があると言うのは、教皇自らが門外不出として司教以上の人物と協力して隠していたのだが教会内で裏切者が出た。それがユグドラシル教団の長である教祖ヴェルフェ。教団は教会で大切に管理している古代文字が書かれたある本を探し出してデオラギダを降臨させ、自らの信仰対象の大樹を蘇らせるのが目的だと口にする。ただ、目的の本を盗まれないように厳重に保管しているので心配はなく。騒ぐことではないと話した。
「エディア村の本は囮なので問題ありません。後、これは教会の問題です。後のことは私たち教会がどうにか致しますので、この件からは身を引くことをお勧めします」
「ちなみに古代文字を読めるのは?」
「教皇様だけですが?」
ベルからの質問の意図が分からず司祭は首をかしげる。
「では教会はマホウを知らないのじゃな」
「マホウとは何なのですか?」
「その様子じゃと本当に知らないようじゃな。マホウとはユグドラシル教団が使う未知の力じゃ。そして、この件は既に教会だけの件では無くなっておる」
「それは……どういうことです?」
「ゲーマ王国が教団と手を組んでおり、コミの力を手にしてデルキルタス王国に戦争を仕掛けようとしておる。過去に類を見ない大きな戦いになるじゃろう」
「コミ様の力ですか? ……何かよく分かりませんが、そもそも貴方達は古代文字を読めるのですか?」
「読めるといったら?」
「……少々お待ちください」
司教が立ち上がり三人を残して部屋を出ていく。しばらくして一冊の薄い本を厳重に抱えて戻ってきた。
「この本の表題を読んでください」
「お主は読めぬのじゃろう?」
「ええ、ですが司祭になる時に一冊だけ表題を教えていただいています。なので貴方達が正解を答えることが出来たのならば話を信じましょう」
「ふむ……本をよく見せておくれ」
本を司教から受け取ったベルは首を傾げた後、アートに見える様に本を傾けた。
「読めるかの?」
「……これは……学習帳と書かれていますね」
「‼ まさか本当に読めるとは……」
驚くあまり目を見開いた司教はベルの話が本当の話だと認める様に降参すると本を自身の手元に戻し膝の上に置いた。
「しかしそうなると先ほどのコミ様の力というのは…………まさか!」
「そのまさかじゃ。何故かは知らぬがコミは本に書かれた未知の力を使用することが出来るのじゃ。わしらがこの件から身を引こうとしても、奴らは許しはしないじゃろうな」
「……私達の耳にもゲーマ王国が戦争を仕掛けようとしていると聞き入れてたはいたのですが、教団が狙うほどのマホウの力ですか……脅威になるかもしれませんね。私の提案としては狙われているコミ様を教会で保護した方がよいと思いますが」
「それは無理じゃな。マホウに対抗しゆるのは現時点にて同じくマホウを使えるものだけじゃ。教団が同じ力を所持している限りコミの力なしでは勝てぬ」
「…………分かりました。私は教皇様に先ほどの話を伝えますので、貴方達はこの手紙を持ってデルキルタス王国の首都フューリにある大聖堂グブラスへ届けてください。悪いことにはしませんので安心してください」
司教は印のついた手紙をベルに渡して三人を教会の外へと連れ出す。
「馬車や入門、船に乗る時に押し印を見せることで安全で優先的に移動する事が出来ます。どうか貴方がたの旅にデオラギダ様の加護があらんことを」
♢
エルカナ大聖堂の司教に見送られた三人は教会に頼まれた手紙を渡しにデルキルタス王国にある大聖堂グブラスへと向かうため、手紙の刻印を使い特に怪しまれもせずゲーマ王国とデルキルタス王国を繫ぐ港までたどり着いていた。出港まで時間が空いていたため、しばらく海を眺めていると汽笛の音が聞こえ始めた。それは三人が乗る船から出た音であった。
乗船するために運賃を水兵に渡し説明を受けてから、木材で出来た巨大な客船の甲板へと繋がった橋を渡る。甲板へと足を踏み入れると潮風が髪をさらうのだった。忙しく動き回る船員の邪魔にならないよう場所へと移動し、舷墻である柵に手を付ける。
「長かったですね」
背伸びをするように腕を上に伸ばしたコミが言葉を零す。フェニデリア街から出発し、正体を隠したままの移動はかなり堪えていたようだった。
唯一、正体を隠さなくて済んでいたアートは船の上から街を見下ろす。ゲーマ王国の首都であるオルフィルと言う街だ。本当であれば彼は青い宝玉の謎をこの場所で研究員であるベルとコミの二人と共に解き明かす仕事をしていたはずだった。しかし運命は残酷で、そのような未来は訪れることはなく、今ではゲーマ王国に追われ右腕を失ってしまっている状態。彼が自然な動きで右肩に左手を添えると、先ほどまで元気な様子でいたコミが痛々しそうにアートの右腕を見つめた。
「腕は……もう大丈夫なのですか?」
「ええ、コミさんや商人の方達のおかげで痛みはありません」
そんな会話をしていると汽笛が鳴った。どうやら今から船が出港するようで、隣で静かに港の様子を見ていたベルが「二人とも落ちないように手すりを掴んでおくのじゃ」と言う。
鎖の金属音が鳴り響きイカリが甲板に上がると、接岸されていた左舷である船の側面が離れて海路を進み出したのであった。
「何だか、遠くまで来たような気がしますね……」
三人が離れていく街を眺めていると、コミが懐かしむ様に街の中心に建っている城へと視線を向けた。
「そう言えばコミさんとベル博士は、あの城から逃げてきたんですよね」
「中々に苦労したがの」
「あの時はありがとうございました」
「お礼はいらんよ。あのまま連れ去られるコミを助けねばならなかった。ただ、これは時間稼ぎにすぎぬ、コミがいなくともいずれ戦争になることは間違いないじゃろう。今のところマホウの力に対抗できるのはコミの力と、それを扱えるアートだけじゃ。無責任じゃと思われても仕方ないが、いざという時は頼むの」
ベルが二人を見つめる。それは何かを期待している目であった。真剣な眼差しを向けるベルに対して二人は胸に手を当て目をつぶり、ゆっくりと頷いて返事を返す。それを見て彼が伝えようとした感謝は、波のゆったりとした音、大空を舞う鳥、甲板で騒ぐ客たちや船員によって搔き消された。
聞き逃した二人は不思議そうに先ほど何を話したのか問おうとするが、潮風を受けて気持ちよさそうにしているベルを見て、問いただすのを諦め、思い思いに休憩を始めるのだった。
船は北東の海上を進んでいく。三人が海から飛び跳ねている魚を見ていると汽笛が鳴った。
「ご飯の時間のようですね。食堂に向かいましょう」
お腹を押さえるコミの言う通りに三人は、いつの間にか静かになっていた甲板を歩き、船内にある騒がしい食堂へと向かう。食事をするときは全員がバラバラに開いている席へと座り、出された料理を堪能する。料理自体は海の上であるためか温かい物ではなく乾燥したパンと塩が塗り込まれた乾燥肉であった。口の中が乾燥していく感じながら食べ終えた三人は甲板へと戻る。
「デルキルタス王国が見えてきました」
アートの指差す先には遠くからでもよく見えるほどに王城の姿があった。デルキルタス王国の首都であるフューリが近づいているのだ。もうすぐ到着することが分かった三人は徐々に鮮明になってくる街を見つめるのだった。
船が接岸され街へと到着する。イカリが下ろされ固定されると汽笛が鳴り響いた。船員が梯子を掛けて街と船を繫げられ客が次々に降りていく。三人も列に並び、しばらく離れていた大地へと足を踏み入れた。
「大聖堂グブラスでしたね」
人の通行の邪魔にならない場所に移動した三人は司教のブラムマサラに頼まれた目的の確認を行っていた。
「はい。手紙を届けなければいけません」
コミが受け取った押し印が付いた手紙を取り出す。
「アートさん。案内をお願いできますか?」
「任せてください」
彼が「ついて来てください」と言うと一行は歩き出した。人ごみの多い道から奥へと進んでいく。過去に三人が出会ったニベル広場と言われる公園を横切り、大聖堂へとたどり着いた。門前には警備している守門がおり、コミが手紙に付いている押し印を見せて目的を説明すると、慌てるように大聖堂の中へと走っていった。しばらくして守門は一人の修道女を連れてきた。
「お待たせしました。早速ですが確認したいので押し印を見せてもらえますか?」
コミは言われた通りに手紙の押し印を見せると、修道女は難しい顔をしながらも三人に視線を向けた。
「間違いなくエルカナ大聖堂の印が押されています。疑いの目を掛けてしまい申し訳ありません。それで司教様なのですが今は王城にいますので、そちらに向かってください」
「王城ですか?」
「私も分かりませんが、どうも国が管理している研究所で問題が発生したとのことでして――。問題解決のために司教様が必要らしく出張しているようです」
「分かりました。王城に向かってみます」
「では、こちらをどうぞ」
修道女から一枚の紙を渡される。受け取ったコミは疑問を浮かべるように小首を傾げた。
「こちらを持っていけば問題なく司教様を呼べるかと思います。では、私は失礼しますね」
三人は大聖堂へと戻っていく修道女を見送ると、彼女に言われた通りに司教がいる王城へと向かうのであった。