王城へとたどり着いた三人は修道女に言われた通りに一枚の紙を門番へと見せる。すると門番である彼は訝しむ様に紙を受け取ってから考え込むと、何かを思い出したかのように門の内側にいる兵士へと声を掛ける。
声を掛けられた兵士は門番から紙を受け取り確認すると、すぐに王城の中へと走っていく。しばらくして兵士は一人の人を連れて戻ってきた。彼は三人に司教様が客室で待っていると伝え、門番に門を開けさせた。その後は連れて来た使用人である女性に案内を任せるのだった。
城の中へと入った三人は使用人の女性に司教が泊っている客室へと案内される。扉の横に立っている兵士を後目に扉を叩き、入室の許可を貰って入ると、そこには煌びやかで純白の服装をした男性が椅子に座っていた。
男によってソファーにうながされた三人は遠慮するかのように座る。すると目の前に座っている男が口を開いた。
「ようこそ、いらっしゃいました。私がグブラス大聖堂の大司教パラピエンプスです。それで彼女からの手紙に書いてあったブラムマサラ様の手紙。早速で申し訳ありませんが、渡してもらっても?」
言われた通りに、コミは押し印が入った手紙を渡す。
手紙を受け取った大司教は、すぐに折りたたまれた紙を開いて中身を確認していく。一通り読み終えた彼は三人の方へと顔を向けた。
「事情は分かりました。私はこの話を殿下に伝えようと思います。ベルさんとコミ様は私と玉座の間へ。アートさんは私が用意した馬車に乗って大聖堂の近くにある修道院で右腕の治療を受けてください」
立ち上がった彼が「ついて来てください」と言うと扉を開けて廊下へと出る。扉の近くに立っている兵士に内容を伝えてアートの方へと振り向いた。
「アートさんは彼の指示に従ってください」
大司教はアートにそれだけ伝えると、残りの二人を連れて玉座の間へと向かった。彼と二人は長めの廊下を歩き、二人の兵士が守っている巨大な扉の前へと足を進める。兵士に事情を説明し王との謁見を希望した。一人の兵士が廊下の壁沿いの扉を開けて中へ入っていき戻ってくる。もう一人の兵士に話しかけた後、持ち場に戻り殿下との拝謁が許された事を口にした。二人の兵士が巨大な扉を開ける。
「さあ、行きましょう」
完全に開ききった扉の先へ大司教が歩いていく。ベルとコミは大司教の後に続き、玉座の間へと足を踏み入れた。すると奥にある玉座に一人の年取ったような男性と、その横に立つ背広を着た老人らしき男性がいた。目の前にいる大司教が片膝をつき頭を下げるに習い、二人も同じ姿勢を取ろうとしたが、玉座に座る男が肘置き場に置いていた方手の甲を頬に当てると口を開いた。
「今は非公式であるため楽な姿勢でよい。パラピエンプス殿には研究所の件でお世話になったからな。それで余に伝えたい事とは何だ?」
「ゲーマ王国の件と教団の件です」
「ふむ……それは戦争の事か?」
「ええ、エルカナ大聖堂の司教であるブラムマサラ殿から送られた手紙にはゲーマ王国はユグドラシル教団と手を組み戦争をおこなおうとしている事が書かれていました」
「疑うようで悪いが、それは本当の事か?」
「間違いありません。魔物が現れた件も教団が関与していた事が原因のようです」
「教団が魔物を?」
「詳しい話は彼らから聞いた方が良いでしょう」
「彼ら? そう言えば、まだ名を聞いておらぬかったな。名は何と申す」
王に名前を聞かれた二人は順番に自己紹介をする。
「ベル殿とコミ嬢か……我はデルキルタス王国の王にして名をエルグラムス・デルキルタスである。それで先ほどの話だが、教団と魔物について教えてもらいたい」
「まず、わしらはゲーマ王国から逃げてきた者であり、元々は研究者をしていた者じゃということを前提に話をさせてもらうのじゃ」
ベルの発言に王は眉をひそめたが、話が先だと言うかのように沈黙した。
王の沈黙を了承ととらえたベルは話す。島の事から始まり、コミの事や魔物、教団、エディア村で起こった事などを詳細に伝えるのだった。
「そうか……お主が噂に聞くベル博士か。時代を進めたという研究者にあえて光栄だ。それにコミ嬢と今ここにはいないがアートだったか。三人でディストリア諸島の危機を救ったとニルスから聞いている。感謝するぞ」
「殿下からの有難きお言葉、感謝するのじゃ」
「青い宝玉を分けようともせず持ち去り、ましてや戦争を始めようとする王国。彼の話や大司教の言葉、重鎮達による会議により余は判断を下そう。ゲーマ王国とユグドラシル教団はたった今、我らにとって悪になった。この事は後日、正式な場にて執り行う。以上だ」
王はそれだけ言うと、玉座の間から背広を着た男性と共に部屋を後にした。取り残された三人も退出して、大司教の客室まで戻ることとなった。
戻ってきた三人は部屋の扉を開ける。すると、そこには治療を終えたアートがソファーに座って帰りを待っている姿があった。
「お疲れ様です。王様との拝謁はどうでしたか?」
「緊張しましたぁ」
コミが疲れたように深く息を吐きながらソファーへと座る。残りの二人も彼女の後に続いて座った。
「アートさん傷の治療は問題ありませんでしたか?」
「ええ、修道院での治療のおかげで、だいぶ右腕の痛みが良くなりました。大司教様、感謝します」
「いえいえ、良くなって良かったです。それで貴方がたの今後の話なのですが……行くところがなければ、しばらく私の教会で過ごしてほしいのです」
「それは、どうしてなのじゃ?」
「簡単なことです。殿下の言う正式な場には貴方達も出席でしょう。そのしばらく間だけでも私達が身をお守りしますという事です」
「どうして、そこまでしてくれるのですか?」
「ブラムマサラ殿からの手紙ですよ。貴方達を丁重に持て成してくださいと最後に書かれていました。それ以外にもコミ様の事もありますし、アートさんの家は火事で無くなったと聞いています。どうしますか?」
コミとベルは大司教の火事と言う言葉と同時にうつむいてしまったアートを見て、諦めたかのように提案を受け入れるのだった。
♢
大司教からの手配で王城に到着した馬車に乗り込む。窓から見える街並みを横目に見ていると大聖堂へと到着した。先に降りた御者が守門に説明をすることで修道女が姿を見せる。三人は彼女によって案内された一つの部屋を借りることとなった。
「ここでお過ごしください。ご飯の時はお呼びしますので。では私は失礼します」
お辞儀をして去っていく修道女を見送った三人は部屋の中に入ると各々、好きな場所に座って休憩する。
「ようやく休めるような気がします」
ベッドに座ったアートが息を深く吐く。それを見ていたコミも椅子の背もたれに深く腰を預けていた。ベルはというと先にベッドに寝転がり、寝息を立てていた。
「長い旅路でしたから、疲れが溜まっていたのでしょうね」
「確かに長い旅路だった。ただ、まだ国同士の戦争が残っている。これからが本番なのかもしれない」
「戦争は止められるのでしょうか? デルキルタス王国はゲーマ王国に対して対等な戦力を持っていないと思うのですが」
「人の戦力だけなら対等だろう。ただゲーマ王国には魔物とエディア村で見た機械人形を従えていて、マホウを使える者がいるという不確定要素がある。純粋に考えればゲーマ王国の圧勝だと思っている」
「魔法に対抗できるのは私達だけですけど……」
「ベル博士には悪いけど、僕がこの状態じゃ。それも無理な話だろう。相手にどれだけ使える者がいるのか分からないし、あの子がいる。僕の右腕を斬ったあの子が」
アートがなくなった右腕を感慨深そうに見つめる。するとコミの表情が少し暗くなった。
「ごめんなさい。旅に連れてきてしまった私が悪いんです。こんなことになるなんて……やっぱり教会で安静にしていたほうが……」
「いいんだ。確かに右腕は無くなってしまったけど、軍にマホウがどのように脅威になるかを教えることが出来る。僕は僕の出来ることをして、この国を人々を守ろうと思う。勿論、コミさんも」
「そこまで…………」
不安げにしていたコミは思いを振り切るように激しく横に首を振ってから言葉を口にする。
「分かりました。アートさんがそこまで言うのであれば止めることはしません。そ・の・代・わ・り。私がアートさんを守らせてください」
「そこまでしなくても――」
「いいえ。これは私の我儘です。島の事や旅の事も全部アートさんがいたから……私は今ここで生きているんです。ですから、お願いします。守らせてください」
訴えるように伝えてくるコミに彼は諦めた様に頷いた。
「そこまで言うのであればお願いします。ですが、自分が危ないと思ったら逃げてくださいよ。足手まといを連れていく理由がありません」
「理由なんていりません。私が守りたいと思ったからです。それに五体満足の私と五体満足でないアートさん。どちらが足手まといですか?」
「それは……」
「私達は仲間ですよ。少しは頼ってください。私は……もうアートさんが傷つくのを見たくありません」
「……」
彼女の言い分に負けた彼は「好きにしてください」と言って、コミに背中を向けてベッドに眠ろうとする。
そんな彼を見てコミは一言「はい!」と嬉しそうに口にするのであった。
♢
ご飯時になるまで休憩していた一行は、夜に修道女から食事に呼ばれ、教徒と共に食卓を囲む。食事を終えた一行が与えられた部屋へと戻ろうとした時、修道女に呼び止められた。何でも教会内に湯汲場があると言われ、コミが一番喜ぶ。長いことしっかりと肉体を洗うことが出来なかったため、好意に預かり体を清めることとした。満足いく持て成しを受けた後、一行は翌朝まで眠るのであった。
朝になり朝食を食べていると、修道女から大司教からの伝言で王城に出席しなければならないと聞かされ向かうこととなった。
兵士に大司教の部屋へと案内される。扉を叩き返事を聞いてから入った一行は大司教と一緒に王がいることに驚きを隠せないでいた。平然としている大司教に座るよう言われ、三人は戸惑いながらも座る。
「驚かせてすまないな。どうしても公表前に我が国出身のアートと顔を合わせておきたくてな。余はエルグラムス・デルキルタスである。我が民として歓迎させてもらう」
いきなりの自己紹介にアートは戸惑うが、何とか言葉をひねり出して自身の名前を伝えた。
「お主の活躍はニルスから聞いておる。島の事件を解決したとかな。しかし意図的ではないにせよ、ゲーマ王国の暗殺部隊を連れ込み、そこの二人と我が国を混乱させたのは事実。それなりの覚悟はしておいた方がいいだろう」
王の言葉にコミが「アートさんは悪くありません。私達がアートさんに頼ったせいです」と反論するが、王は必死になる彼女を制止するようにゆっくりと首を振った。
「アートだけではないお主達も覚悟が必要だ。それに余に言っても無駄だ。すべては重鎮達がどう思うかでしかない。なに、悪いようにはせぬ。島の英雄達よ」
伝えたいことを、すべて言ったのか王は「では、失礼する」と立ち上がり部屋を後にしていった。残された四人のうち三人が落ち込むように下を向けていると、今まで黙っていた大司教が口を開いた。
「悪いことはしないと言っておりましたので処刑されることはないでしょう。混乱させたのは事実でも島を救った事も事実です。幸いあの時の強襲で死者はありませんでしたので、そこまで落ち込むことはないと思います」
励ます大司教だったのだが、三人が立ち直った時間は励ましてから兵士に玉座の間へと呼ばれるまで掛かったのであった。
兵士に案内され玉座の間へと移動する。中にはすでに大勢の人が待機していた。四人も他の人達と同じように待機する。しばらくすると王が現れ、玉座の前で立ち止まった。
「皆の者。今日は急な徴集に参加していただき感謝する。それで集まってもらったのは会議で話し合ったゲーマ王国の事である」
ゲーマ王国という言葉に重鎮達がひそひそと会話をし始める。
「気になっている者もいるようだが、話の途中だ静かにするように」
王が会話をしている者達に視線を向けると、待機していた兵士が持っていた槍の石突を床に叩きつけ威圧するかのような大きな音を鳴らして黙らせた。
「では再開する。とある筋からの情報により、かの国はユグドラシル教団と手を組み、魔物を使い我が国に戦争を仕掛けようとしていることが分かった」
王の言葉に重鎮達は騒めく。中には一体誰がとか言う者もいた。
「静粛に、魔物が存在するのは研究所での事件で分かっていると思うが、ゲーマ王国が教団と手を組んで戦争を起こそうとしていた事は分かっていなかった。おまけに魔物やマホウという未知の力を使って戦争を起こそうとしている」
一人の重鎮が手を上げる。
「無礼を承知で質問をさせていただきます。魔物の事は報告書で理解していますが、マホウとは一体何の事でしょうか?」
「マホウとは我らが理解できない未知の力だ。魔物を作り出したのもマホウによるものだろう。そして、その情報を持ってきたのは彼らだ」
王がアート達が立っている場所へと顔を向けた。すると一行の近くにいた重鎮達が自分ではないというように王の視線から離れていく。開けてしまった場所に一行だけが残り注目の的となり、重鎮達が不信そうに見つめていた。
空気がよくない方向へと向かおうとしていると大司教が三人の前に立ち、視線を一身に受けた。
「その情報は間違いありません。隣国であるゲーマ王国で司教を務めているブラムマサラ様からの手紙に書かれていました。信用に値します」
「ということだ。理解したか?」
王の確認に一人の重鎮が手を上げる。
「大司教様の話は理解できましたが、その……情報を持ってきたという方々はどちら様でしょうか? 一見教会の方ではないように感じます」
一人の重鎮の疑問に他の者たちも同意するように声に出すと、王が静まるように言ってから答える。
「その者達はパラピエンプス大司教に手紙を送り届けた者であり、ゲーマ王国から逃げてきた者でもある。二人は亡命者であり、一人は国民だ」
「今この時期にゲーマ王国からの亡命ですって!」
王の発言に重鎮達が騒めき始める。敵国からの密偵ではないか、王や大司教が言うのであれば無害ではないかなど、皆、口々に言いだしていく。中には処刑を望む声なども口に出していた。
「彼らは本当に信用たるものなのか?」
「大司教様がおっしゃるのならば信用できるのではないか?」
「いやしかし、その手紙自体が偽物という可能性もないのか?」
「そうだとしたら大司教様の目が悪かったということになる。そんなことがあり得るのか?」
「巧妙に模倣されていたのであれば気づくまい」
「そう言われるとそうなのだが……」
「それよりもあの者達には見覚えがある。少し前に首都で火事があっただろう? それを引き起こしたゲーマ王国の暗殺部隊を彼らが連れてきたという情報が出回っている。今回も敵国と手を組んで私達を陥れようとしているに違いない。間違いが起こる前に処刑するべきではないか?」
納得のいく答えが出ないのか重鎮達が頭を悩ましていると、騒ぎを見守っていた王が動く。
「静粛に、この話は不満に感じる者がいることは既に分かっていた。だから余は、かの者達に罰を与えることとした。それはこの戦に参加することだ」
王が条件を付けてアート達の罪を軽くしようとするが、納得できない者がいるのか反対の意見が飛び込む。不信を覚えていた大部分の重鎮達は一人の反対の声に反応して反対の声を述べる。時はすでに遅く波紋のように広がってしまった反対の声に王や大司教では重鎮達の暴走を抑えることが出来なくなっていた。このままアート達の処刑が決まってしまうかと思われた時であった。突如、玉座の間の扉が開かれる。玉座の間で飛び交っていた言葉が止まり、部屋の中にいる全員が音を立てた扉の方へと顔を向けた。
「待たせたわね」
そこにいたのはアート達が知っているの者であった。ゲーマ王国の研究員ミランダとメティス村で出会ったマリナ、エルカナ大聖堂の司教ブラムマサラが複数の信徒を連れて現れる。更に信徒達が横脇に退き作り上げた道を通る者がいた。姿を見せたその人物は大司教よりも更に煌びやかな服装をした老人であった。