魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第十七話 開戦前日

 先頭にいたミランダが近くにいる狼狽えている国の兵士に手紙を渡す。ふいに渡された兵士は慌てて押し印を確認すると、更に慌てるように王のそばで待機していた兵士に手渡した。その手紙は王の前で待機していた背広姿のフルカーヌと呼ばれる老人を経由して王の手元に届く。王は手紙の押し印を見て眉をしかめるが、すぐに封を開けた。中にある折りたたまれた紙を開き、書かれている文章に目を通す。すると王は立ち上がり、煌びやかな服装をして待機している老人の元へと向かう。

 

「枢機卿のミセラケール殿で仰せられるな」

 

「ええ、如何にも」

 

「教皇様はこの事をご存じで?」

 

「もちろんでございます。そのために私と私達の兵士であるテンプス騎士団を、応援と言う形で向かわせたのですから」

 

「感謝する。皆の物! よく聞け!」

 

 王は突如として玉座の間の中央に向かって声を張り上げた。

 

「ゲーマ王国側からの戦争を開始するという通達が今! この場に届けられた! 明日による開戦であると!」

 

 重鎮達が騒めく。あまりにも早すぎる開戦に慌てふためくように。しかし王が騒ぎを掻き消すほどに声を上げて話を続ける。

 

「皆の者が慌てることはよく分かる。しかし! 我らには強力な助っ人がいる! クラソカシア教の方々が、今回の戦争に参加表明を示してくれたのだ!」

 

 枢機卿のミセラケールが続けて言葉を述べる。それは教皇が今回の戦争に関わっているユグドラシル教団の教祖であるヴェルフェを生死を問わず捕獲するために、デルキルタス王国と協力して終戦へと導き、教団の企みを終わらせよとの命を受けたという話だった。

 

「そう言うことで我らの背後には教会がいるのだ! 魔物が来ようと負けることはない! 皆の者! 今すぐ開戦の準備を執り行え!」

 

 王の言葉に重鎮達の活気が高まり、我先にと玉座の間を後にしていく。部屋に残ったのは教会の者達と、共に来たミランダとマリナ、それとアート達三名、王と側近と少数の重鎮のみ。騒ぎが収まり扉が閉まると、教会の者達の中から男を傍に侍らせた女性が姿を見せアート達に近づいた。一行は巫女服を身に纏う女性に見覚えがあり驚いた。

 

「皆様、お久しぶりです。お腹を空かせていた所で出会った以来ですね」

 

「ミレディさん、お久しぶりです。あの時は助かりました」

 

 コミが頭を下げて感謝を伝えるが、彼女は当然のことをしたまでと話し、あの後はどうなったかのような心配するような言葉を述べていく。

 

 女性二人が会話を弾ませている他所でミランダとマリナが残った男二人に近づく。

 

「元気でよかったわ。通信器具が繋がらなくなったから心配してたのよ?」

 

「逃走している最中に壊れてしまってのう。心配かけたのじゃ。ところでよくこの場に来れたのう」

 

「あの後、私も脱走の手引きをしたことがバレてね逃げていたのよ。運よく教会で匿ってもらってから国が一体何をしでかそうとしているのか調べてたってわけ。ここまでは教会の方達と優秀な護衛の彼女と共に来たって感じ」

 

 ミランダが隣に居てアートの右腕を心配しているマリナの方へと視線を向けた。

 

「その右腕は……」

 

「少しドジをしてしまいまして……」

 

 ごまかす様に苦笑いをするアートとは裏腹にマリナは無くなってしまっている右腕を注視する。

 

「ごまかすことはないよ。エディア村での出来事は既にベルガータ卿から詳細に聞かされているから。しかし許せないな。とにかく、その腕では戦うことは無理だろう。後は私に任せておきな」

 

「そうしたいところなんですが……僕らが生きるためには戦争に参加しないといけないんです」

 

「どうしてなんだ?」

 

 マリナの疑問にアートが王都である首都フューリで起こった事件と、ゲーマ王国から逃げてきた二人の事が原因で密偵などと疑われていること、誤解を払拭するためには戦争に参加しなければならなくなったことを話す。

 

「そんなことが……」

 

「ところで、どうしてマリナさんはここに?」

 

「ああ、そのことなんだがな。あんた達が報告した中に私の構えと同じ人物がいたという話が気になってね。もしかしたら、あの子ではないかと思って……そこで調べるために昔の肩書を使ってここに来たのさ。ついでに戦争をしようとする王を殴りにね」

 

 筋肉に力を入れて軽く素振りをした彼女が笑顔で答える。

 

「そういえば他にも協力者がいるんだ。今は行動を別にしていて街を観光しているはずさ。あんた達と腰を据えて話したいと言っていたよ」

 

「どんな方ですか?」

 

「男性のベンターと女性のケイだ。二人は情報屋をやっているみたいでね。ケイの病気を治すために情報を探しているんだってさ。そこで事件の中心にいそうな、あんた達と話がしたいらしい。ケイの方が包帯を全身に巻いているからすぐに分かるだろう。見つけたら声を掛けてやってほしい。勿論、向こうが見つけたら話しかけるって言っていたよ」

 

「分かりました。その時は声を掛けさせてもらいます」

 

「そうしてくれ。まあ、その前に死ぬんじゃないよ。いくらコミさんの特別な力が扱えるからと言っても、その腕の上に君は一人の人間なんだ気を付けるんだよ」

 

 彼女は彼の肩を優しく叩いてからコミの元へと歩いていく。その当人のコミは先ほどまで会話していた相手のミレディが王と仲良く会話していることに困惑しているようで右往左往していた。

 

「どうかしたのか?」

 

「あっマリナさん。実は――」

 

 巫女であるミレディは海上国セフィトシアで重要な人物であるようで、何度か王と社交界などで交流したことがあったそうだ。たまたま神事のために帰国しようとしたところ戦争のことを耳に入れ、縁があったため馳せ参じたとのこと。今回の事は他国にも影響のある物だと思っているらしく、終戦へと導くために協力するつもりだったようで、王と会話をし始めたらしい。話についていけない自分は困っていたとのこと。

 

「何の会話をしているのですか?」

 

 いつの間にか王との会話を終えたミレディから、二人の会話の様子に疑問を抱くように声が掛かる。コミが慌てて彼女の疑問に答えた。

 

「ミレディさんの事です」

 

「ああ、私の事ですか。安心してください。今回の戦争は全面的に協力しますよ。ここで終わらせないと今度は私達かもしれませんから」

 

 三人が会話をしていると近づいてくる人物がいた。その人物は興味深そうな不思議そうな様子で見つめてくる三人にお辞儀をする。

 

「初めまして、私はニルス・ディストリアと申します。コミ嬢とは私の管理している島で起こった事件を解決していただいた以来ですね」

 

「お久しぶりです。あの時はアートさんの病院代を負担していただいてありがとうございます」

 

「いいのですよ。彼も英雄の一人ですから、事件を解決してくださったお礼として当然の行いをしたまでの事です。しかし、私はあなた達に謝らなければなりません」

 

「どうしてですか?」

 

 ニルスが申し訳なさそうに、自身の島の管理を隣国であるゲーマ王国に任せてしまったがゆえに今回の事態を招いてしまったことや戦争が終わったら島での失態を償うと口にする。

 

「私がしっかりとしていれば、君達にこんな負担を強いることもなかったのだが……本当に申し訳なかった」

 

「いえ、あんな出来事を予測できる人はいないでしょう。古代文明の遺物が未だに稼働しているなど……」

 

「……その言葉に感謝します。……会話中の邪魔をしてしまいましたね。最後に一つだけ伝言を」

 

 彼はプラト村で助けてもらった隊長のクライスが、王城にある医務室で三人を待っていると言う。そして会話をしているベルとアートとミランダの三人組の方へと歩いていった。頭を下げているあたり先ほどコミに話した内容であることは明白であった。

 

「皆さんは、あの噂の英雄だったのですね。でしたら戦争の犠牲は少ないかもしれません。少し安心しました」

 

「それは難しいかもしれないな」

 

「?」

 

「島を救った肝心の彼があの調子だ。本調子で戦えない」

 

 ミレディの言葉にマリナが否定するように首を振ってアートの方を見る。ミレディは彼女の視線の先へと顔を向けると言っている意味を理解した。彼の右腕は彼女が出会った時とは違い存在していなかった。最初に出会ったときは、まだ右腕は存在していたとミレディは記憶している。島を救ったのは自身と出会うまでの話であるため、マリナの言う通り、噂の通りの活躍が見込めないであろうことが分かる。

 

「あの腕は?」

 

「それは……」

 

 彼女の疑問に辛気臭そうな様子になったコミであったが辛うじて吐き出した。彼の右腕は教団の信徒によって斬られたのだと。

 

「ごめんなさい。不謹慎な質問でした……」

 

 空気が悪くなった二人の間にマリナが割って入るように口を開く。

 

「コミさんはそろそろ二人と一緒にクライスとかいう人に会いにいったらどうだい? 待っているようだっただろう?」

 

「そうでした。そろそろ行きますね。では失礼します」

 

 彼女が慌てるようにベルとアートがいる場所へと向かっていく。残された二人は少しだけ気を引き締めるように互いの顔を見つめる。

 

「この戦争を必ず終わらせよう」

 

「分かっています。非人道的な事をおこなう国を許すことはありません」

 

 二人は歩き出す。枢機卿と王が作戦を練るかのように難しい顔をしている元へと。そして会話に交えるように参加するのであった。

 

 ♢

 

 ニルスに言われ医務室へと向かったアートとコミとベルは、クライスがいると言われる部屋へと医者の案内で通される。中に入るとベッドに横たわっている人物を見つけた。クライスである。過去にプラト村で起こった魔物襲撃を三人と共に解決した人物だ。しかし彼は自身が呼んだ三人が来たのにも関わらず、顔だけを向けるだけで起き上がろうとはしなかった。

 

「来たようだね。御覧の通り私は動けないから、近くまで来てくれ」

 

 言われた通りに三人は近づくのだが鮮明になっていく彼の姿に戸惑いを隠すことが出来なかった。なぜなら彼の本来あるはずの手足がヒザやヒジの付け根にかけて存在していなかったからだ。残っているのは左足の片足のみである。

 

「これかい? 全く厄介なことに研究所に運んでいた死体が動き出して折られてしまったんだ。でも運が良かった方さ。他の兵士なんて相手の腕が貫通して……済まない今話したいことは、その事じゃないんだ」

 

 彼は一呼吸おいてから次の言葉を口に出した。

 

「問題は死体が動き出したことだ。奴は夜になると魔物の姿を取り戻し研究所で暴れた。君達も無闇に死体に近づくことは気を付けたほうがいい。私の様になりたくなければね」

 

「あの時、僕は確かに死んでいるのを見ました。本当なんですか? その話は」

 

「私だって確認している。信じられないかもしれないが先ほどの話は本当の事だ。証拠としては薄いが私の怪我がそうだ。後、死体である彼の身元が判明した」

 

「誰なんですか?」

 

「名前は……ヴェルフェ・オルクトル。ゲーマ王国の貧民街で暮らす浮浪者だった者だ」

 

「ヴェルフェ……教団の教祖と名前が同じ……」

 

 コミが思い出す様に口に出した。教会が捕まえようとしているユグドラシル教団の教祖の名である。

 

「ああ、私も名前を聞いてその者かと思ったのだが、どうやら家名が違うらしい。顔も似ていないから別人だと伝えられたよ」

 

「それもそうじゃな。教祖がいなくなれば教団自体が成り立たなくなっておるじゃろう。現に教団が動いているところから考えるに別人じゃろう」

 

「とにかく彼がゲーマ王国出身であることは間違いない。それなのに向こうの王様はだんまりを決めている。となれば人を実験台にして魔物を生み出している可能性が高くなるわけだ」

 

「そこに教団が関与している可能性が……」

 

「教会が出て来たという事は勿論その場合があるのだろう。今回の戦争はゲーマ王国と教団と魔物の三つを相手にしなければならない。過去に前例のない戦争だ。被害は未知数。絶対に死ぬんじゃないぞ」

 

「分かっています。僕達は戦争なんかで死ぬつもりはありません」

 

 三人はお互いに顔を合わせて頷いてから、アートが代表として答えた。

 

「それでいいんだ。君達は兵士ではない一般人だ。国のために命を賭けろとは言えない。生きて戻る。それだけを胸に秘めて置くことをお勧めするよ」

 

 彼はそれだけ言うと医者の検診の時間らしく三人を病室からの退室を促す。時間を取らせて済まなかった。明日の戦争に備えて準備を行うといいと付け加えて。

 

 病室から出た三人は医者とすれ違う様にして王城から外に出る。すると街の様子が少し騒がしいように見えた。その原因は兵士が慌ただしく動いているからである。そんな様子を住民達は不思議そうな顔で見つめている様だ。

 

「国民にはまだ伝えていないようですね」

 

「そりゃそうじゃろう。明日戦争になるぞといきなり伝えられても混乱を巻き起こすだけじゃ」

 

「しかしそれでは実際に戦争が起こった時に混乱するのでは? 明日なのですよ戦争は。そもそも国民を落ち着かせる猶予なんてないはずです」

 

「それはそうなんじゃがな……」

 

 三人が街の様子を観察しながら話して歩いていると、アートが思い出したかのように二人に伝える。自分達に会いたいという情報屋がいるらしく。その人物達は今まさに街の観光をしている最中なため、もし見つけたら声を掛けようと。男の名はベンター、女の名はケイと言う。特徴はケイの方が全身に包帯を巻いているらしく、今まさしく目の前にいるような人物と言いかけた彼は慌てて確認のために声を掛けに行った。

 

「もしかしてベンターさんとケイさんですか?」

 

「どちら様で?」

 

 露店に並ぶ商品を物色していた男女のうち男が包帯を巻かれた少女を守るように前に立ち、怪しむ様にアートを見つめる。

 

「僕の名前はアートです。マリナさんから聞いていませんか?」

 

「マリナさん? ……ああ! 君が噂で聞いたアートさんか! と、なると後ろの方がベルさんとコミさんか。名乗りが遅くなって済まない。俺の名はベンター。こっちがケイだ」

 

 ベンターと名乗る男は後ろで心配そうに二人のやり取りを見ていた少女の方へ向く。するとケイと呼ばれた少女は状況を理解したようでゆっくりとだが頭を下げた。

 

「ここで話すのもなんだ。向こうで話さないか?」

 

 ベンターが親指で差す場所は、テラス席のある喫茶店であった。一行は彼を先頭としてお店の席へと座り、店員を呼んで飲み物を注文する。商品が届いたところで会話を始めるのであった。

 

「単刀直入に聞くけど、君達は体から黄色い花が生える病気を知っているかい?」

 

 三人はベンターの言葉を聞いて驚く。黄色い花だけならまだしも体から生える病気の心当たりは知っている限り一つしかない。ただそれは過去に存在していた病気であり、今生きている人間では発症することはまずないと言っていい程の物である。

 

「……どこでそれを?」

 

 コミが声を振り絞るように口に出した。

 

「知っているのか……ケイ」

 

 彼の言葉に頷いた彼女は自身の腕に巻き付いていた包帯を取り払い少しだけ肌を露出させた。

 

「‼」

 

 三人は更に驚くこととなった。なぜならケイの腕から皮膚を貫くようにして黄色い花が生えているからだ。

 

「マリナさんが言っていた病気って……」

 

 コミが言葉を詰まらせている間にケイは包帯を戻していく。

 

「俺はケイの病気を治すために情報を集めている。先ほどの狼狽えからして知っているようだ。教えてくれるなら金は出す。頼む教えてくれ!」

 

 頭を机に叩きつける勢いで彼は頭を下げる。更に隣に居たケイも遅れて頭を下げた。

 

「その前に聞かせてほしいのじゃ。ケイ殿はどうして、その病気にかかったのじゃ?」

 

「それは……」

 

 ベンターが言いよどむ。話すかどうか悩んでいるようでケイの方へと視線を向けた。その彼女は首を振ると自身が話すと言い口を開いた。

 

「ベンター様に拾われる前に浮浪者として生活していた時からの病気です。いつ罹ったかは分かりませんが、この黄色い花は小さいころからずっと一緒でした。しかし成長するに連れ、花の数が増えていった次第です。私には分かります。このままではいずれ、花に浸食されて命が尽きるでしょう」

 

「いつ罹ったか分からないとな?」

 

「はい。気が付いたら生えていたと言った感じです」

 

「では浮浪者になる前はどこで何をしていたんですか?」

 

「アートさん。それは必要な質問――」

 

 ベンターが止めに入るのだが、ケイの制止によって彼は口を閉ざす。彼は聞き手に徹するようで腕を組み始めた。

 

「浮浪者になる前の記憶はありません。浜辺で目が覚めてからの私は既に浮浪者でした」

 

「浜辺?」

 

「はい。どうやら私は海から漂流してきたそうです」

 

「記憶がないのと海ですか……分かりました。とりあえず僕達が知っている情報をお伝えします」

 

 三人は絵本などで登場した黄色い花の話を二人に伝えていく。話を聞いていたベンターが苦々しい表情をした。

 

「そんなおとぎ話のような……」

 

「ええ、僕達もケイさんを見るまでは完全に信じられませんでした」

 

「ですが私の病気を見て確信したのですね。その話は本当であると……」

 

「はい。そして先ほどの話が本当であればケイさんの病気は治る可能性があります」

 

「青い花だったか……」

 

「私達は青い花を見ています。そこにケイさんを連れて行ってみてはどうでしょうか?」

 

「知っているのか⁉」

 

「ディストリア諸島は知っていますか?」

 

「あの魔物が初めて姿を見せたと言われる島だったな。そして戦争の元となる宝玉が発掘された場所でもあると聞いている」

 

「そうそこの島じゃ。宮殿の奥に宝玉が置かれていた部屋があるのじゃが、そこの地面に青い花が咲いておる。行ってみるとよいじゃろう」

 

 ベルが案内図を書いてやろうと誰か紙を持っていないか尋ねる。ベンターが持っていたようで一枚受け取ると書き始めた。

 

「ありがとう。ケイの病気を治せそうな希望が見えてきたよ。お礼をしたいのだが、いくら払えばいい?」

 

「金は要らないのじゃ。じゃが病気が治って、もし記憶が戻ったら教えてほしいのじゃ。病気にかかった時の記憶をの」

 

「分かった。その時はすぐに君達に話すとするよ」

 

 ベンターがケイに視線を向けると、彼女は返事を軽く頷く。案内図を受け取った二人は席を立ち上がると、すぐに島へと向かうと話す。これは奢りであると机の上にいくつかの硬貨を置いて去っていった。

 

 残された三人はこれからどうするか話し合い、とりあえずアートの剣の点検をしてもらうために鍛冶屋へと向かう。

 

「ここが鍛冶屋のようじゃな」

 

「いらっしゃい」

 

 店に入ると奥から髭面の男性がダルそうに机の上で手を枕にしていた。アート達以外に誰もいない店内で男性が欠伸をしている。どうやら暇を持て余していたようだった。

 

「すいません。武器の点検をしてもらいたいのですが」

 

「誰の武器だ?」

 

「僕の武器です」

 

 アートが腰につけていた短剣を鞘ごと机の上に置くと男性はすぐに状態を確かめようと剣を抜いた。

 

「これは……」

 

 眉をひそめ短剣をまじまじと見つめた後、アートの右腕を見る。

 

「お前さんのその腕、利き腕だろう? この特別な武器を、その腕で振るえるのか?」

 

「まだ左腕が残っています。剣が扱えるかは分かりませんが、今の僕には必要なのです」

 

「そうか……事情は分からんが点検はしてやる。今すぐでいいか?」

 

「お願いします」

 

「待っている間に今の実力を知っておくためにも試し切りだけはしておけ。いざという時、剣が振るえなきゃ意味がない」

 

 店の奥にある練習部屋と書かれた扉に指を差す。

 

「あそこだ。そこから試し切りが出来る部屋に行ける。いくつかナマクラを置いているから好きに使え」

 

 言いたいことを言い終えた男性は点検料金を提示する。ただその料金はアート達が所持している金額の半分以上を占めていた。あまりの高額な金額にベルが高くないかと苦渋を舐める。しかし魔石を使った特別な剣であるため通常の剣の点検と同じようには出来ないからこの金額なのだと言いくるめられ、しぶしぶ払うこととなった。

 

 懐が寂しくなった一行であったが、気を取り直して男性に言われた練習部屋へと足を運ぶ。アートが長方形の箱に入れられた武器の中から短剣を取り出すと、左腕で素振りをおこなった。

 

「うお!」

 

 しかし体勢が上手く取れず足がもつれて転びそうになる。何とか踏みとどまり再び素振りをしようとするが上手く扱うことが出来ず、剣に振り回される一方であった。

 

「やっぱり駄目じゃねぇか」

 

 見守っているコミとベルの背後から男性が鞘にいれた短剣を持って姿を見せる。

 

「もう終わったのかの?」

 

「比較的綺麗に使われてはいたのだが、刃こぼれしている箇所がいくつかあったから直しておいたぞ」

 

「アートさん! 剣の点検が終わりました!」

 

 何とか剣を振る形になってきた彼はコミの声に気づき彼女の方へ顔を向ける。手を小さく振っているのを見て小走りで向かう。

 

「点検が終わったぞ」

 

 アートの手に短剣が渡る。

 

「ありがとうございます」

 

「それで剣に振り回されているお前さん。どうしてまだ剣を握ろうとする」

 

「僕は……」

 

「俺には右腕がないせいで体の均衡がとれていないように見える。違うか?」

 

「そこまでして剣を握る理由は?」

 

「……確かに剣を無理して握る必要はないでしょう。ですが今は生き残るために大切な人達を守るために剣を握ります」

 

 受け取った短剣を見つめたまま男性に答えていくアートは柄を強く握りしめ顔を上げる。彼の目には確かな覚悟が映し出されていた。

 

「分かった。ついてこい」

 

 男性が振り向きもせず部屋の中央付近へと歩いていく。アートは黙って聞いていたベルとコミに促されるように男性の後を追う。

 

「来たようだな」

 

「一体何を?」

 

「なに、お前さんの覚悟しっかりと受け取ったってことよ。俺が形になるように少しだけ指導してやる」

 

 アートは男性の指示に従い左腕で剣を振っていく。途中上手く体勢がとれなくなると男性から体の修正を受ける。そんな修正を繰り返していくと、徐々にではあるがアートの剣を振る動作のブレが目に見えて減っていくのだった。

 

「よし、これぐらいでいいだろう」

 

 指導の時間がある程度経った時であった。剣を振るのを中断させられたアートは短剣を鞘にしまう。

 

「どうだ? さっきよりも剣を扱えるようになっただろう?」

 

「ありがとうございます。これで剣に振り回されずにすみます」

 

「まあ、これはあくまで付け焼き刃だ。今以上に上手くなるには相応の時間が必要になってくる」

 

「はい」

 

「分かっているなら大丈夫だろう。後は自分で強くなれ」

 

「ありがとうございます」

 

 鍛冶屋の男性に見送られて退店した一行は、現在お世話になっている大聖堂グブラスへと戻るため商店街の通りを歩いていく。長い時間、指導を受けていたせいで疲れが顔に出ているアートであったが八百屋の前を通り過ぎようとした時、ふと何かを思い出して立ち止まった。

 

 コミが急に立ち止まったアートに心配そうに声を掛ける。

 

「少し休憩しますか?」

 

「……そういえばコミさん。アルゴアップ、食べたくありませんか?」

 

「アルゴアップ! ここに売っているのですか⁉」

 

 はしゃぐ様に彼女は彼へと迫る。恐らく山越えのための食糧にできなかった事が相当堪えていたのだろうことがうかがえる。ミレディに手渡された時に食した味が忘れられなかったようだ。

 

 アートが八百屋へと向かい商品名を確認していく。しかし目に入る範囲にはアルゴアップは存在しなかった。念のため目当ての食品がないか店員を呼び寄せるのであった。

 

「メントさん。お久しぶりです」

 

「アート君じゃない⁉ どう仕事は順調そう?」

 

「あ、はは…………そ、それよりもアルゴアップってありませんか?」

 

「アルゴアップ? ああ! あの時アート君にあげたやつだね! どうしたんさ。気に入っちゃったのかい?」

 

「ええ、それで――」

 

「ごめんなさいねー。アルゴアップは現在売り切れていてね。おまけに次の入荷は分からないときたもんだ。結構人気商品だったから、おばちゃん商売あがったりだよ」

 

「入荷が分からないですか?」

 

「そうだよ。取引していた行商人からの配達が止まっちまってね。連絡も取れないときたもんだ。数日前までは来ていたんだがね……一体何してんだか……」

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「さあ? おばちゃんには分かんないよ。そうだ、一応商品にならないやつがあるんだけど、それでもよかったら持っていくかい?」

 

 メントはそう言うと店の奥へと小走りで向かっていき、両手に傷が多いアルゴアップを持って戻ってくる。

 

「仕事終わりに食べようと思っていたんだけどね。こんだけ傷だらけだから二つで一つ分の値段でどうだい?」

 

「少しだけ待って下さい」

 

 アートは断りを入れてから後ろで待っているコミに現状の事を伝え、購入するか判断してもらう。悩む様に考えていた彼女は購入することを決めたようだ。その話を隣で聞いていたベルが硬貨を取り出してアートに渡した。

 

「お待たせしました。購入することにします」

 

「毎度あり。そういえば、あの話は聞いているかい?」

 

「あの話とは?」

 

 購入したアルゴアップをコミに渡していたアートは疑問を浮かべる。

 

「知らないのかい? しばらくの間、夜は出歩かないようにと街の掲示板に張り出されたのよ。夜の散歩はおばちゃんの気分転換だったのに残念だわー」

 

「そうだったんですね。教えてくれてありがとうございます」

 

「いいのよ。それよりもお連れさんが待っているよ」

 

 メントはいつの間にか買い物に来ている客の相手をするために移動していく。残されたアートは後ろで待っている二人と合流した。

 

「アートさん。大聖堂に戻ってアルゴアップを食べましょう」

 

 目的の食品を手に入れた三人は大聖堂グブラスに戻る。コミによって、くし切りにされたアルゴアップを食しながら部屋で明日の支度をしていく。ただアルゴアップを食べるのに夢中だったコミが支度を終えたのは、男達の支度が終わってから時間が少し経過した後だった。準備を終えた一行が休憩していると新品同様になった剣を見ていたアートが口を開く。

 

「店主の方が言うように戦争でまともに、この剣を振るえるでしょうか?」

 

「先ほどの店主が『その腕で振るえるのか?』って言っていたからですか?」

 

「ええ、まず利き腕でない左腕でまともに剣を振ったことがありません。実際、試し切りをしてみて酷かったですから。コミさんも見てたでしょう? 僕が剣に振り回されるところ」

 

「それはそうですが……」

 

 アートが体勢を崩し剣の重心に引っ張られて転びかけていたのを離れたところからコミが見ていたのは事実。彼の言葉に何も言えなくなった彼女は口を結んでしまう。

 

「それだけじゃないじゃろう。片腕がなくなったことで上手く歩くことが出来なくなったのも原因じゃろう。こればっかりは慣れるしかないのじゃが……」

 

「時間がないってことですよね……」

 

「そうじゃ。店主の指導が入ったからと言って明日までに肉体を完璧に調整することは、いくら何でも無茶であろう。わしらの命運は王様がどこに配属してくれるかどうかになるじゃろうの」

 

「私達の配属先はどうなるのでしょう……」

 

「あの重鎮達の様子じゃと最前線とはいかなくとも前線にはなりそうじゃ」

 

 三人が話し合っていると部屋の扉が叩かれる音が聞こえてくる。ゆっくりと中の様子を探るように扉を開けた修道女が姿を見せた。彼女は晩御飯が出来たことを伝え終えると、会釈してその場を後にしていくのだった。

 

「取り合えずこの話はここまでにして、まずは腹ごしらえをしようなのじゃ」

 

 今日の晩御飯の献立の事を考えるように口に出しながら楽しそうにベルが部屋の外へと出ていく。

 

「アートさん」

 

「どうしたんですか? コミさん」

 

 ベルの後を続くように歩き出したアートが足を止める。彼は不思議そうに自身を引き留めたコミを眺めた。彼に見つめられた彼女は一拍置いてから決意を込めた瞳で「絶対に生き残りましょう」と口にする。それを聞いた彼は返事を返すのであった。

 

「はい……生きて帰って、一緒にオーシャンフェスティバルを見に行きましょう」

 

「……絶対ですよ?」

 

 アートの言葉にコミが嬉しそうに、しかし確認するように問うてから彼の手を掴み共に食堂を目指す。静かに扉が閉じられて誰もいなくなった部屋は、どこか明るい空気をかもし出していたのだった。

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