走り出したアートの剣が青白い光で軌跡を描き、夜の戦場を明るく照らす。襲い掛かる触手に剣が触れると青白い粒子を作り出し消えていく。コミの作り出した剣で魔物を屠りながら戦場を駆けるアートは、まるで放たれた一本の矢のようにドラゴンの触手を生み出す液体の魔物へと接近していった。
液体の魔物はアートが接近するにしたがって触手の数を増やしていく。しかし切り伏せられる触手に効果がないのを理解したのか自身の体から幾千もの小型の魔物を生み出した。それはアート達がディストリア諸島で敵対した魔物。人の子供のような体格をしており、顔には口のように開閉する空洞が全体に存在する黒き子供であった。産声を上げたそれは一斉にアートに向かって飛び掛かる。
「数が多すぎる!」
黒き子供のあまりの多さに捌ききれないアートが黒い海に沈むかのように周囲ごと飲み込まれてしまうと同時に耳をつんざくほどの咆哮が響き渡った。息を大きく吸い込むほどの音が聞こえてくる……
いくつもの地面を強く叩きつける音が聞こえた瞬間にアートの視界が黒き子供から黒い火の海へと変わった。コミが咄嗟に作り出した障壁により一命をとりとめたアートはすぐに前を見据えると、そこにいたのは肥大化した上半身に羽毛を生やした下半身を持ち、頭の左横に一本の巨大な角を生やした赤黒く濁った一つ目の黒き四足の獣が複数存在していた。
「あれは扉を守っていた巨大な魔物」
アートの様子をうかがうように一歩も動かない仕草でさえ、宮殿で相対した時と同じであった。
――あの時は苦戦しましたけど……
「もう苦戦することはない!」
青白い軌跡を残して黒き四つ足の獣の背後にアートが現れると魔物は動き出す様子を見せないまま青白い粒子を作り出し消える。
振り返ることもなくそのまま走り出したアートは液体の魔物による数々の妨害を突破して接近する。液体の魔物の胴体を切り裂きながら奥へと進んでいった彼は、剣をより強く握りしめて奥に隠されていた核を破壊した――
――青白い光が液体の魔物の奥から溢れ出し辺りを照らしていく。やがて液体の魔物は胴体を青白い粒子へと変化させ消滅したのだった。
「終わっ」
「見えぬとはいえ、そこにいるのは分かっているぞ五十三番! 流石、教団が作り出した人工人間だ。作戦とはいえ、やはり逃がすべきでは、なかったな!」
一息つこうとしたアートの真横に巨大な槍が空から轟音を立てて突き刺さり、戦場で動かず青い光線を作り出すだけだったブルトニヘムが遅れるかのように空を舞い、彼を殴りつけようと落下する勢いで拳をふるう。しかしコミの力によって作り出された剣に受け止められるのだった。
「ほう。自分よりも巨大な拳を受け止めるか。ますます、その力欲しくなった。五十三番、我と共に来い。この世界を一緒に手に入れようではないか!」
――私の名前はコミです! 五十三番なんていう名前ではありません! 貴方の誘いなんて、ごめんです!
コミが必死に王の誘いを否定するが、王は聞こえていないのか反応を示さなかった。
「沈黙か……交渉は今! 決裂した! 今宵を持って死ぬといい!」
ブルトニヘムが引き抜いた巨大な槍が、アートの頭上へと降り注ぐ。難なく交わした彼であったが、すぐさま薙ぎ払う様に振るわれる槍の側面によって遠くへと吹き飛ばされた。急いで衝撃をそらし地面に着地しようと体勢を整えている間にブルトニヘムの開いた手が迫り、捕獲され、そのまま地面へと叩きつけられる。
アートの口から空気が吐き出され、言葉にならない声が出る。急いで立ち上がろうとした彼の脳裏に誰かの声が聞こえだした。
♢
「私はね。この世の中の人がみんな幸せになったらいいなって思っているの。エフティはどうかな?」
「僕もそう思っているよ」
「嬉しいな。ただ貴方と一緒の考えだなんて思いもしなかった」
「それはどういうことだい?」
「それは……ひ・み・つ」
「なんだそれ」
「でも、そんな世の中になったらいいね」
「ああ」
♢
「さあ、これで終わりだ」
巨大な槍を突き刺さそうと腕を高く上げたブルトニヘムだったが、唐突に姿勢を崩し片膝をついた。後ろには土まみれになったアートが手の甲で顔を拭っている。
「面白い。ならば! これならどうだ!」
黒い色彩が帯び、青き光が彫りをなぞっていく。それはまるでディストリア諸島にいた騎士形のゴーレムと同じ現象であった。
「今の声は……」
アートは変色していくブルトニヘムを見つめながら先ほど脳裏に聞こえた声について考えていると、再び声が聞こえ始めた。
♢
「彼女は彼女は無事なのか!」
「殿下……」
「そんな……そんな嘘だと言って……くれ……」
♢
――アートさん!
「よそ見とは感心せんな!」
青き光が更に輝きだし、暗い景色にブルトニヘムの輪郭が浮かび上がる。その者が残像を残しながら人差し指を天高く上げ振り落とした時、アートの上空から光の塊がいくつも降り注いだのだった。
地面へと衝突する光は巨大な穴を開けて消滅していく。
♢
「殿下! 正気なのですか⁉」
「俺の心は変わらん。この腐った世の中を変えるためには力を、圧倒的な力を持たなくてはならない」
(俺はこの世の中を変えて見せる。そのためにはまず己を捨ててでも力を手に入れなければならない。そのためには――)
「ユグドラシル教団の教祖ヴェルフェ。お主の提案に乗らせてもらおう」
(見ていてくれサリナ。私が君が望んだ世界を私が実現して見せる)
♢
いくつもの場面を繋ぎ合わせたかのように響く声に理解できず困惑するアートであったが、その答えはコミが持っていた。
――この声は殿下の過去にあった出来事のようです。
「殿下の過去?」
降り注いでくる光の柱を躱しながら疑問を口にする。
――殿下の乗っているブルトニヘムに搭載された青き宝玉。それが私達に殿下の過去を見せているのです。恐らく精霊となった私と一つになったせいでアートさんにも声が聞こえるようになったのかと。
「ではサリナというのは?」
アートがふと脳裏に出て来た名前を口に出した時であった。
「なぜ貴様がそれを知っている!」
サリナという言葉が逆鱗に触れたのか陛下は怒りを隠そうともせず叫び、ブルトニヘムの胸下に青い光を溜めていく。
何とか光の柱の攻撃から逃れたアートであったが気が付いた時には遅く。ブルトニヘムの放たれる光線の先に誘導させられていた。光が彼を襲う。しかし、コミの作り出した障壁により事なきを得るのだった。
あまりの速さでおこなわれる戦闘にアートの息が上がる。焼けただれた障壁の中で、目の前にいるブルトニヘムを睨みつけるが、その者は機械なため疲れている様子はない。このままではジリ貧になることは間違いないだろう。彼は悔しさのあまり歯に力を入れ食いしばる。
――ここまで強いとは……アートさん。ブルトニヘムの胸元に剣を突き刺してください。青き宝玉が陛下の乗っている場所を示してくれています。アートさんの体力的に好機は一度のみ、一気に決めましょう。
「どうした? もう疲れたのか? ならば今、楽にしてやろう!」
ブルトニヘムが握る巨大な槍が青い光に包まれる。空気が震え、地面にヒビができる。輝きがより一層輝いた瞬間、ブルトニヘムが残像を残し消えた――
槍が突然として出現し、アートと地面を巻き込んで突き刺さる。遅れて風が吹き荒れ、近くにあったものを何もかも巻き込んで吹き飛ばした。いつの間にか姿を現していたブルトニヘムが手に持った槍を地面から引き抜こうとした。
「いつの間に!」
ブルトニヘムの胸の上にアートが剣を突き刺して、しがみついていた。彼は握っていた剣をさらに深く突き刺そうとする。しかしブルトニヘムが抵抗するように体を揺らしたり拳で殴りつけたりしてアートを引き離そうと暴れる。
「くっ」
突き刺さった剣を残し空中に放り出されたアートをブルトニヘムが捕獲しようと掴もうとする。しかし体を捻って回避され空を掴まされた。
「なに!」
「まだだ」
アートは咄嗟にブルトニヘムの腕の上に降り立つと、腕をつたって走り出し突き刺さった剣に向かって飛び込んでいく。
「これで、終わりだ!」
落下の勢いと共に力強く上げた拳を柄頭へと叩きつけた。剣はより深く突き刺さり、青白き光の粒子を勢いよく解き放った。ブルトニヘムが内側から溢れ出た光の粒子によって機能に異常をきたしていく。いくつもの小さな爆発を起こしながら動きを止めていった。残されたのは息を整えようとするアートと立ったまま静止したブルトニヘムのみ。わずかな時が流れ、先ほどまで騒がしかった戦場に静けさが訪れる。風のなびく音が聞こえるほどに静かで、まるで戦争が初めからなかったかに思えるほどであった。
人が通れるほどに大きく穴の開いた胸元から王の姿があらわになる。柔らかそうな椅子に座っているその顔は、少しやつれているのが気にならないほどに皮膚がただれ、視力を失ったかのように白濁していた。
「よくぞ我を破った。褒めて遣わす」
王はアートがいる場所とは見当違いな場所へと顔を向けて声を出した。
「さあ、後は我を殺すのみ。その剣で突き刺せば戦争は終わる」
――どうして殿下はそこまで……
「どうした? 殺さぬのか?」
「サリナとは誰の事ですか」
「……遠い昔に我を置いてこの世を去った女性だ」
「では彼女の願いを――」
「叶える為さ……どうしてお主達がその事を知っているのかは知らぬ。だが負けたことは事実。……悔しいが我らの願望を叶えることが出来なかった。先ほどから沈黙を続ける五十三番の力がここまでとはな……」
――それは……
「コミさんの声が聞こえないのですか?」
「‼」
アートの疑問に王は何かに気づいたように高笑いする。そしてアートの方へ顔を向き直した。
「そうか……我には聞こえぬのか。これは、とんだ茶番劇だったようだ。最初から我には資格がなかったのだな……面白い」
奴はすぐそこまで迫っている。
王がそれだけ言うと穴から飛び出し、棒立ちでいたアートの隙をついてブルトニヘムから突き落とす。落下していく彼を見下ろしように顔を出し「勝者の報酬だ受け取っておけ」と笑っていた。
地面に不時着したアートは訳が分からなかったが、次の光景で王の言ったことを理解した。天高くから落下する一本の剣が、尋常ではない速度で王の背中を貫いたのだから。
「殿下……私も貴方も愚かな傀儡です。信じた者達に裏切られた気持ちは、どのような感情だったのでしょう……」
「あ、貴方は!」
アートとコミは覚えていた。目の前で王の死体に向けて話している人物は、調査兵団の副団長のオルフに見える。しかしゲーマ王国の鎧は来ておらず、代わりに右腕を隠す様にマントをつけ、黄色い花が入った小瓶を首からぶら下げていた。
「お久しぶりですアートさん。お元気してましたか?」
「自国の王を殺したのに、どうして平気な顔をしている」
「今回の犠牲は仕方ないものだったのです。私は彼らに逆らえませんから」
「だからと言って――」
「そうそう。君に感謝せねばなりません。おかげ彼女と一つになれたのですから」
――それは一体どういう事……
「それはですね……コミ殿」
「‼」
「驚く必要はありません。私も同じという事ですよ。君の腕を移植してからね」
オルフが隠していた右腕を見せる。それは明らかに本人の物とは異なる色を形をしていた。彼の後ろから青い光の粒子で出来た少女が姿を見せる。
「ああ、アンダリア。もうすぐ仕事が終わるから、もう少し待っていてくれ」
アンダリアと呼ばれた少女は嬉しそうに笑うと、オルフの頬に口づけをして姿を消した。
「彼女は私が生まれた時から丘の上で過ごしていたんだ。家から抜け出した私は彼女の歌を聞いて…………おっと、長話になるところだった。私はこれで失礼するよ」
オルフがブルトニヘムから青い宝玉を抜き取ると、上空から人が少数乗れるほどの船が彼の後ろで空中停止した。船の上に彼が飛び乗ると、そのまま上空へと浮かび上がったのだった。
星の輝きで照らされていた戦場の上に影が差し込む。アートとコミが見上げるとそこには――オルフが乗った船が小さな虫に見えるほど巨大な船が空を飛んでいた。二人はその船の材質に見覚えがある。なぜなら島で探索した宮殿と同じ、白い石を身にまとい、青き光の線を張り巡らしていたからだ。船はデルキルタス王国の王城へと移動していく。
「何が起こって……」
唖然とする二人を理解させる間もなく王城の横壁から爆発が起こる。破片が飛び散り、黒い煙が浮かび上がった。
――アートさん! 考えるのは後にして早く王城に!
二人は困惑している人々の合間をぬって走り出す。騒ぎが起こっている王城の中へと飛び込み、爆発の発生源にたどり着いた。
――ここは……玉座の間……
「開けるぞ!」
アートが扉を開けたその先には……兵士の死体が散乱した空間に小柄な白いローブの人物に剣で胸を突き刺されたデルキルタス王国の王。大柄な白いローブの人物に拳を交えて戦うマリナと、それを苦々しい表情で見守る若い青年と彼の後ろで泣き崩れている二人の男女。部屋の側面には大穴が開いている混沌とした光景であった。
「やっと会えたね……」
拳を構える態勢でマリナが大柄の相手に話す。
「一々、私の事を嗅ぎまわっていたのか?」
「そりゃそうだろう? あんたは今の拳聖だ。探す義務がある。どうして急にいなくなったりしたんだい? 教団なんかに入っちゃって……」
「あんたには関係ないだろう」
「関係あるさ。元、教会の拳聖として、妹分の安否を心配するのは間違っているのかい? おまけにいつの間に弟子なんか作ったんだい? お姉ちゃんビックリだったよ」
後ろで男女の二人を守るように立っている青年を横目に見る。
「……それがどうした? 私は、私の為すべきことをするために教団に入った。一族の願いを叶えるためにこの場に立つ私は、もう教会に戻ることは無いだろう」
大柄の白いローブを着た人物は構えていた拳に力を入れた。
「なら、私が力づくで連れ戻してあげるよ。あの時のようにね!」
マリナが先制で拳を白いローブの人物の顔面へと突き出す。しかし、首を曲げられて躱される。
「‼」
「そのままだと見にくいだろうから取ってあげたよ」
避けられたはずのマリナの拳の先には根元から破られた白いフードが掴まれていた。
「貴様!」
素顔を見せたその人物は、すぐにマリナの腕を掴もうとするが空を切る。マリナはすでに大柄の人物から掴まれる前に距離を取っており、握っているフードを地面に捨てた。
「すぐ焦ってしまう癖は相変わらずだ。ようやく顔を見せたね。拳聖デオラマーサ」
マリナの瞳に映る人物は、短髪で額に傷のある女性だった。
「デオラ? まだ終わらないの? もうそろそろ時間」
鈴が鳴る声で小柄の白いローブを着た人物が剣をしまい、部屋の壁にできた穴の外を眺める。
「……」
デオラマーサが黙って片腕を後ろに下げる。
「なんだい。もう終わりかい? 私としてはもう少し楽しみたかったんだが……」
マリナも片腕を後ろに下げる。
二人の闘気が見えてしまう様な緊迫した空気の中、二人が同時に動き出し時が進みだす。デオラマーサとマリナの拳がかち合い衝撃を生み出した。
「ははっ……デオラ、強くなったね……私の負けだよ」
ふざけたように笑うマリナの肉質な腕が胴体から離れ吹き飛んだ。勢いよく壁に叩きつけられた腕は形状を保つことはなく壁にへばりつく。
「……もう、いち……ど……聞かせて……おくれよ」
両膝をつき残った片腕で体を支える。
「どうして……弟子も、いるのに……教団なんか……」
「一族の願いだ。私はもう戻ることはない」
「そりゃあ……ざんね――」
マリナはデオラマーサの拳を背中に受け、倒れた。背骨を折られた彼女はもう動くことはないだろう。
「いやーどうだったかね? 姉弟子を殺した気分は」
部屋中に場違いな声が響き渡る。マリナとデオラマーサ二人の行く末を部屋の入口から見守っていたアートとコミの後ろから拍手が聞こえ始めた。慌てて二人は後ろを見ると、そこには小柄な白いローブの人物がいた。
「まて!」
制止しようとするアートの横を通り過ぎた小柄な白いローブの人物は何も気にしてないように歩き出し、デオラマーサと共に穴の方へと向かっていく。
「目的の物は手に入りましたか?」
「ああ、もちろん。これだ」
鈴の声の主が尋ねると、小柄な白いローブの人物は懐から翠色に輝く球体を取り出した。
「世界樹の果実の一つ。翠の宝玉。ようやく手に入った。二つの国を戦争させたかいがあったな。ところでゲーマ王国の方は手に入ったのか?」
「連絡によりますと既に二つ手に入れて箱舟に乗せているとのことです」
「優秀な部下を持って私は鼻が高いな。そうは思わないか? アート君にコミ?」
小柄な白いローブの人物がフードをゆっくりと取り払いアートの方へと顔を向けた。
――なんで……
「どうして……どうしてそこにいるんですか! ベル博士!」
そう、その人物とはアートとコミの二人と海の島を調査し、ゲーマ王国が起こそうとする戦争を終わらせるために、困難を共にした仲間のベルであった。
「君達は最高の傀儡だった。何せディストリア諸島の謎を解き明かすには、かなりの年月が必要だったはずなのに、福音の本を解読しあまつさえ遺跡の扉の封印を解いてくれた。おかげで私の計画は予定よりも早く進むことが出来たのだ。感謝しきれないな」
「その口調は……」
「ああ、この口調か? それは騙すために決まっているだろう? もちろん、この顔もな」
青い光がベルの顔を隠す様に輝いて消えると、初老の様な見た目の顔が姿を見せた。
「改めて自己紹介しておこう。ヴェルフェ・オルクトル。ユグドラシル教団の教祖をしている者だ。君達を戦争に巻き込み、両国を消耗させ世界樹の果実を手に入れる作戦、想像以上に上手くいった。大変だったが喜ばしいことだ。死んでしまったグレン・ダルマやエフティク・ゲーマもさぞ喜んでいる事だろう」
ヴェルフェは両手を叩き、わざとらしく笑っていると穴の元へ一隻が空中停止した。
「おや、時間のようだ。君達の道化役、楽しませてもらったお礼に一つだけ情報を与えよう」
ヴェルフェが懐から注射器を一本取りだして死体になって転がっているデルキルタスの王に刺した。シリンジを押し込み中に入っている黒い液体を注入していく。
「もし私の元に来たいのであれば、空の島クウセウラに来るといい。まあ、空を飛べたらの話だがな」
デルキルタスの王の体が人であった特徴を顔にのみ残して黒みを帯び肥大化していく。
「そうそう。エルグラムス・デルキルタスは過去に偉大な戦果を挙げるほどの暴れ将軍だったと聞いている。彼であれば薬の効果に翻弄されず、戦場の魔物よりも更なる力に目覚めるかもしれない。さて、私の実験による成功例となるがいい! 人造魔獣エルグラムス!」
人造魔獣エルグラムスと呼ばれ二倍に膨れ上がった存在は、黒い肉体に右腕を剣に左腕を盾に変化させる。そして腹の部分から口を生やし言葉にならない声で叫び散らかした。その背後にいたヴェルフェが二人の信者と共に船に乗り込んでいく。
「まて!」
「君達が生き残ることを期待しているよ」
ヴェルフェの最後に言い放った言葉と共にエルグラムスがアートの行く道を阻むようにして立ちふさがる。アートとコミはエルグラムスの背後から彼が空へと昇っていくその光景を黙って見送ることしか出来なかった。
エルグラムスが咆哮し、アートに向かって剣を振るう。剣速により発生した空気の塊が床を抉りながら飛び出した。その空気の塊はアートが躱した後も形状を保ち壁へと激突する。大きな傷跡を残して消え去った。
――アートさん。あの空気の塊を生み出している剣に直接当たるのは危険です。今の私達の状態では障壁で何度も守れるほど力が残っていません。なるべく躱すことに専念してください。
「分かった」
遠距離から飛んでくる幾つもの空気の塊を躱しエルグラムスに向けて剣を振り下ろそうとするのだが、左腕から生えている盾によって防がれて弾き飛ばされた。アートの剣を受けた盾は真っ二つに切断されていたのに、黒くて細い触手が瞬時に現れると盾を再構築する。
「厄介だな……」
――どうにかして……
「俺が援護します」
空気の塊を躱しながら声が聞こえてきた方に目を向けると、先ほどまで二人の男女を守るように立っていた青年が戦闘に乱入する。泣き崩れていた二人の男女の姿が見えないため、青年によってどこか安全な場所に誘導されたのだろうことが分かる。
「君は?」
「俺は拳聖の弟子です。足手まといには……なりません!」
「分かった。なら君は奴の気を引いてくれ。その隙に俺が止めを刺す!」
青年が先頭へと躍り出てエルグラムスの空気の塊を躱しながら小さな拳による打撃を加えていく。ちょこまかと動き回る青年を目障りだとでも言うように盾を横になぎ吹き飛ばそうとしているエルグラムスを横にアートが後ろへと回り込んだ。依然として青年の方に気を取られているエルグラムスをよそにアートとコミは剣に力を加えだす。青白い光が強く輝きだすと異変に気づいたエルグラムスが振り向こうとした。
――今です!
コミが合図を告げると同時にアートが剣を振り下ろす。青白い光の輝きは玉座の間全体を明るく照らしエルグラムスを切断した。エルグラムスはか細い唸り声を口からひねり出すと王の死体を残して消えたのだった。