魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第二十話 戦後

 ユグドラシル教団が空へと消えた後、両国で行われた戦争は人々に苦々しい記憶と共に終わりを迎えた。デルキルタス王国の王とゲーマ王国の王の逝去。国の重要人物が同時に亡くなった日でもあった。現在のデルキルタス王国は生きていた宰相が指揮を執り、国の復興に向けて動き出している。問題はゲーマ王国の方だ。非道な人体実験が民衆に明らかとなり反乱が起こった。王族は一人残らず処刑され、協力していた者も厳しい罰を受けることとなった。今は貴族の中でも支持率が高かったベルガータ伯爵が先導して、国の再起を図っているという。

 

 ヴェルフェを捕獲するために派遣されてきた教会の者達は、枢機卿含めて王城の地下深にある宝物庫で壁のシミになっているところを発見された。発見者は直視できないと答えるほど酷い状態だったという。この事の報告を耳にした教皇は静かなる怒りで、ユグドラシル教団の制圧に力を入れ始めるのだった。

 

「そうか……あれからもう数日がたったのか……」

 

 街で配られていた紙に書かれた内容を見ながら酒場で座っていたアートは、過去を振り返るように呟いていた。戦争で多大な功績を上げたはずの彼は王の死体がある現場にいたせいで王を殺した疑いを掛けらて牢獄に入れられていた。しばらく牢獄で過ごしていたのだが助けが来て疑いを晴らすことに成功し出獄。しかし一度犯罪者となった者を英雄として祭ることは出来ないという重鎮達による多数決の判断により、功績を引き換えとして少量の硬貨を渡され釈放となった。家がなくなり帰るところがない彼はコミと共にヴェルフェの後を追うため酒場に入りびたり、情報収集に明け暮れていたのだった。

 

 ――箱舟はゲールマトラ王国の方面に向かっているという情報を手にしたのですが……問題はお金ですね……

 

 ゲールマトラ王国とは機械の生産を主としている国だ。通称、煙で覆われた国とも言われ石炭による煙が常時吹き上がっている所でもある。この世界で使われている機械のほとんどはゲールマトラ製と言われるほどに人気が高く、常に新製品が出続けているため予約が後を絶たない状態らしい。そんな経済が発展されている国に向かおうものなら、少量の硬貨では関所を通ること自体、叶わないことが二人には理解できた。

 

「お金か……しばらくの間は復興作業の手伝いになりそうだ……」

 

 憂鬱そうに酒場の掲示板に飾られている紙を遠目で見つめる。複数枚あるがどれも復興作業の募集であることは間違いないであろう。溜息を吐いたアートが立ち上がろうとすると、酒場に巫女服を着た女性と商人の恰好をした男性が入店した。彼女と男はアートの座っている机まで来て「相席よろしいでしょうか」と尋ねる。彼から許可を得た二人は空いていた席に座った。立ち上がろうとしていたアートは座り直す。

 

「ここにいたのですね」

 

「お久しぶりです。ミレディさん……それと……」

 

「私は巫女の従者オポノです」

 

「困っている理由。お金ですよね?」

 

「……どうしてそれを?」

 

「私達も独自で箱舟の行方を調べていました。戦争中にディストリア諸島の山の中から現れ浮上した後、王城を通過し、現在はゲールマトラの周辺の上空に滞在しているとの話です」

 

「そこが奴らの言う空の島なのか?」

 

「違うと思います。その事については彼に聞いたほうがよいでしょう。オポノ」

 

 従者のオポノが酒場の外へと出ていくと、一人の青年を連れて戻ってくる。アートとコミは知っている。彼は王城で二人の男女を守っていた人であり、人造魔獣エルグラムスを倒すために協力してくれた人物だ。アートにとってはヴェルフェ(偽名ベル)からの手紙を配達してくれた人物でもある。

 

「彼はターバ。元拳聖デオラマーサの弟子です」

 

「修行の最中、師匠は思いをはせる様に空を見上げることが多かったんだ。『遥か遠く、私達は空の民だった』師匠が呟いた言葉はきっと教団が目指している空の島と関係があると思っている。俺は知りたい師匠がどこへ行ったのかを」

 

「遥か遠く……どこなんだ?」

 

「分からない。空の民と言っていた事から、もしかしたら師匠の部屋に情報があるかもしれない。家はゲーマ王国の首都オルフィルにある」

 

「……貴重な情報をありがとう。今すぐにでも行きたいけど……旅費がない」

 

「それならば大丈夫ですよ。アートさんには私達の護衛としてついて来てもらいますから。旅費はこちらが持ちます。それに、きちんと給料も出しますよ?」

 

「……」

 

 ――アートさん。この好機逃したらダメですよ!

 

「……よろしくお願いします」

 

「決まりですね。では、私達四人で……いえ、五人でしたね。出発しましょう」

 

「出発? まさか……」

 

「お察しの通り、このオポノ。すでに馬車を用意しております。すぐに乗り込んでください。出発いたします」

 

 オポノが酒場を出ようと歩き、その後をミレディが少し安堵したようについていく。残されたアートとターバも遅れて外に出た。オポノが言っていた通り、外には馬車が停車していた。三人いや四人は幌がかかった荷置きに乗るとオポノの鞭によって馬車が出発する。首都オルフィルにあるデオラマーサの家へと空の島の情報を手に入れるために一行は目指すのであった。

 

 黒い霧で出来た粘り気のある液体の魔物。名称メヘドロノーア。通称、黒の災厄と呼ばれた魔物により、朝や夜関係なく小型の魔物がさまよう戦地跡になってしまった平原を一行が進んでいく。襲い掛かってくる魔物を退け、馬車はブルトニヘムという機械が新たに作った道を通りゲーマ王国に入国した。首都オルフィルの関所を潜り抜け、ターバの案内を頼りに彼が弟子として訓練していたという家へと向かう。

 

「ここが師匠の家です」

 

 たどり着いた場所は街外れにある木々に囲まれた丘の上の一軒家。周りに障害物は無く、綺麗な空を見る事が出来るほどに景色がいい。ターバが先に馬車から降り、家の様子を確認しようと扉の取っ手を掴んだ時だった。彼の頭上から複数の四角い物体が降り注ぐ。それにターバが気づき後ろに下がり躱した後、地面に接触し爆発した。

 

「大丈夫ですか!」

 

 ミレディを始めとして一行はターバの元へと向かう。

 

「何とか……しかしあれは一体……」

 

 ――ゴーレム……

 

「あれがゴーレムですか?見たことない型ですね……」

 

 コミの呟きにミレディが、宙に浮きながら透明状態を解除して姿を見せた白銀の無機質な存在に目を向ける。伸び縮みする金属を身にまとった細身の人型に兵器をつけた存在は、右手の代わりにある巨大な砲身を一行へと向けた。

 

「\*・・%^^\%_]+>_$#^’{・\*€_\*#_。\{・€{#^#{・\*’{}{}_{}^。’+}{%+}*#_*\%+^]+>_*”%+\*€_\^‼(侵入者を発見しました。殲滅天使ケリラエル。これより対象を排除します‼)」

 

 白銀のゴーレムが砲身から光線を放出していく。それを一行は躱していくのだが、アートだけは他の人とは違う真剣な眼差しでゴーレムを見つめながら躱していた。

 

「今の言葉は……」

 

 ――聞こえるみたいですね。アートさんがいままで聞こえていたのは、ただの音ではなく古代語です。私と一つになった影響で言葉を理解できるようになったのでしょう

 

「三人ともあれは敵だ! 隙を作ってくれ! すぐに破壊する!」

 

 アートの言葉に三人は殲滅天使の攻撃を誘導するように行動を開始した。ターバが敵の視界を防ぐように地面の砂を拾い上げ投げつける。しかし殲滅天使は一瞬動きを止めただけですぐに行動を再開しようとする。ただその一瞬の隙をついて従者のオポノが鞭で縛り上げ動きを固定する。仕上げにミレディが薙刀の柄の方で叩きつけ殲滅天使を空中から地面へと墜落させる。

 

 ――魔法よ……導いて

 

 コミの詠唱で剣を手にしたアートがトドメと言わんばかりに突き刺す。機械が壊れたような電子音を発しながら殲滅天使ケリラエルは機能を停止するのだった。

 

「殲滅天使ケリラエル……それがこのゴーレムの名前らしいです」

 

「その名前はどこで知ったのですか?」

 

 ミレディがアートを怪しむ様に質問する。他の二人も不思議がっているようで気にしていた。

 

「コミさんと一つになったことで発音による古代語が分かるようになったみたいです」

 

「では、先ほど何か音を出していたのが……」

 

「はい。あれが古代語です」

 

 ――本当ですよ

 

「……分かりました。コミさん貴方が言うのであれば信じましょう」

 

「あのすいません。ずっと気になったんですが……そのコミさんってどなたですか? 俺達以外に人はいないと思うんですけど……」

 

 ターバが手を上げて辺りを見渡しながら質問する。

 

「まだ言っていませんでしたね。アートさんと一つになった女性の事です。今は彼と私にしか見えず、会話できません。アートさんターバさんに見せてあげてください」

 

 アートはミレディに言われるがまま上着を脱いだ。彼の穴が開いた胸には青い光の粒子が集まっていた。

 

「前に見た時も疑問ではあったのですが……なんで生きているんですか……」

 

 明らかに死んでいるであろう怪我をターバは不思議がる。当たり前である胸に穴が開いて生きている人間などいるはずがないのだから。

 

「青い光が見えるだろう? この光の集まりがコミさん。元々は人間だったんだけど俺を生き返させるために力を使った結果さ。死んではないよ彼女は俺の胸で生きているし、俺は彼女のおかげで生きている」

 

「……そうなんですね……」

 

 あまりの証言にどう返せばいいのか分からなくなったターバは、その場を乗り切るために曖昧な返事をするのであった。

 

「取り合えず脅威は去りました。家の中へ入りましょう」

 

「おっとそうでした。俺が開けますので!」

 

 ミレディが何とも言えなくなった空気をぶった切るように話すと、ターバが慌てる様に家の玄関へと行き、扉を警戒しながら開ける。何も起こらず一安心する彼はすぐに三人を呼ぶのであった。一行はターバを先頭にして中へと足を踏み入れる。家の中はホコリが被っている物もあったが比較的綺麗であるように見えた。

 

「こっちに師匠の部屋があります」

 

 ターバが奥にある扉を開ける。中は机や椅子、ベッドと本棚が置いてある比較的簡素な部屋であった。物は片付けられており、調べる場所と言えば本棚くらいしかなく生物や遺跡の図鑑などが目立っていた。怪しい物がないか一行が本棚と睨めっこしていると、ターバが場違いのように置かれた古ぼけた本を発見し手に取った。表紙は無地で何も書かれていない。彼は不思議がるように一枚目を捲ってみると、空に浮かぶ島の様な絵が描かれていた。

 

「これは……」

 

「ターバさん。何か見つかったのですか?」

 

 彼の呟きを聞いたミレディが尋ねた。

 

「これを見てください」

 

 ターバは全員が見やすいように机の上に置き、本を広げる。

 

「空に浮かんでいるような島が描かれた本がありました。もしかしてこれが空の島クウセウラなのかと……」

 

 確かに彼の言う通り、空に浮く島として描かれているのが空の島クウセウラの可能性がある。しかし、それを指し示す根拠がなく一行が本当なのか少し疑っていると、絵の下に書かれていた文字にアートとコミが反応を示した。

 

 ――クウセウラ……

 

「これは間違いなく空の島クウセウラです」

 

「本当なのですね」

 

「ええ、絵の下に書かれた文字。これは古代文字です。少し読んでみます」

 

 アートは本を手に取ると紙を捲り始める。しばらくして読み終えた彼は一拍置くと共に、本を机の上に戻した。

 

「どうやら空の島クウセウラとは、遥か遠く雲よりも上にある島だそうです。空中を漂い移動するみたいなので、現在どこにあるかまでは……それに雲の上に向かうための乗り物が必要です。あの空を飛ぶ箱舟のような物が」

 

「……空想上の話。昔ならそう言っていたのでしょうけど、これまでの出来事を考えると彼らが言っていた話は本当なのでしょうね……」

 

 ミレディが眉をひそめ、考え込む様に顎に手を当てる。

 

「空を飛ぶための乗り物……あの箱舟以外にあるのでしょうか?」

 

「ゲールマトラであれば可能性はあるかと」

 

「そうですね。ますますゲールマトラに向かわなくてはいけない理由が出来ました」

 

「ではすぐに向かうのですか?」

 

「いいえ。ゲールマトラに行く前に、まずは私達の国、海上国セフィトシアへ行きましょう。デルキルタスとゲールマトラの間に位置している上に、私達の国はゲールマトラとの交易を頻繁におこなっています。休憩と情報収集を兼ねて向かいましょう」

 

 ――セフィトシアと言えば……オーシャンフェスティバルは大丈夫なのでしょうか……

 

 コミが不安そうに呟く。彼女はオーシャンフェスティバルを楽しみにしていたため、中止になってしまわないか気が気でなかった。

 

「大丈夫ですよ。神事は必ずします。その理由も入れてセフィトシアに向かうのです。国民を不安にさせてはいけませんから」

 

「国民? もしかしてミレディさんって……結構重要人物だったりします?」

 

 ターバがミレディの顔色を窺うように質問する。どうやら彼は自身が失礼な事をしていないか心配なようだった。

 

「それはそうですが、今は旅の仲間です。敬語は必要ないですよ」

 

「ミレディ様。それはちょっと……」

 

 彼女の言葉に従者のオポノが冷や汗を掻くように狼狽え、腰を低めにして小さく声に出す。それを聞かされた彼女は何事もないように答えた。

 

「問題ないです。それよりも神事の時は皆さんに警備をお願いしたいと思います。もちろん事件がない限り、祭りを楽しんでもらっても構いませんよ」

 

 ――本当ですか‼

 

「本当です。特にアートさんとコミさんは長い期間大変でしたでしょうから」

 

 コミが喜び、精霊の姿になって空を泳ぐ。よほど嬉しかったのであろうことが彼女の舞に表れていた。

 

「しかし残念ですね。コミさんが人間だったのであれば、会場に上がってもらうことも考えたのですが本当に残念です。巫女服を着たコミさんを見れないなんて……」

 

 本当に悔しそうに拳を握りコミを見つめるのだが、その表情は徐々に何かを妄想するかのように歪んだ。ミレディの様子をうかがっていた男三人は何とも言えない表情で互いにどうしようかと顔を合わせていると、彼女が落ち着いたのか先ほどの出来事などなかったかの様に指示を出す。

 

「ではセフィトシアに向かいましょう」

 

 一人で馬車に乗った彼女であったが、一向に来ない三人を訝しむ様に見つめる。まるで早く来いとでも言うような視線に三人は悩みあうのを止めて急ぎ足で馬車へと乗り込むのであった。

 

 オポノの鞭により馬車が出発する。五人を乗せた馬車は海上国セフィトシアへ向かう船に乗るためにデルキルタス王国の港へと進んでいくのであった。

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