ここは首都フューリ―の港口である。港口からでも見える首都の中央付近に存在する王城は修復工事をされていた。換気がよく効くほどの大穴は、ラアドベルク魔戦争を物語っていた。
港にいた国民が修復工事されている大穴を遠くから見つめる。
「もう戦争が終わってから、ずいぶん経つよな」
「急に戦争が始まるもんだから、おいちゃんビックリしちゃったぜ」
「国からの説明も無しに教会に集められるんだもんな。まさか戦争が始まるとは思いもしなかった」
「兵士達の話によると、国も国で唐突だったらしいよ」
「何が?」
「なんでも宣戦布告の手紙には次の日が開戦と書かれていたんだって」
「まじかよ……」
「だから国民を混乱させないようにしていたんだって」
「なんとなく理解できるが、それでも教えてほしかったぜ」
「まあ、いいじゃねぇかよ。痛み分け見たいな形だけど無事に終わったんだしよぉ」
「今は吟遊詩人の歌で盛り上がってるらしいじゃねぇか。戦争がどんなのだったかを歌で教えてくれるつーもんで」
「へぇ。あのラアドベルク魔戦争をか……」
「いっちょ。聞いてみようぜ」
国民は吟遊詩人の元へと向かい、用意された観客席に座った。吟遊詩人が歌を歌う。ラアドベルク魔戦争とはデルキルタス王国とゲーマ王国の国境に位置するラアドベルクと呼ばれる山脈が破壊されるところから始まった。
そして二ヶ国が戦争する最中に現れた魔物により戦場は混沌へと向かい、敵味方お構いなしに攻撃する魔物に両国は滅ぶのかと思われた。しかし戦場に現れた青白い光の奇跡により両国は救われる。青白い光は一筋の線となり、戦場を駆け巡り魔物を滅ぼしていったのだ。
しかしゲーマ王国の王はそれを良しとしていなかったのか戦争を再開する。青白い光へと突撃していった王は死闘の末、命を落とした。これによりデルキルタス王国側が勝利を収めたように見えたのだが……戦争はまだ終わってはいなかった。王城に出来た穴から溢れ出た謎の青白い光がデルキスタス王の命を奪うことで、この戦争は終わりを迎えたのだった。
吟遊詩人の歌が止まったと同時に拍手が巻き起こった。
「兄ちゃん! 最高だぜ!」
「いい話だった!」
歌を聞いていた観客のほとんどが吟遊詩人の横に置かれた箱に硬貨を入れて、満足そうな顔で去っていく。中には復興作業をしていた人たちもいたのか、自分の工事に戻っていった。
「~」
吟遊詩人は気持ちよさそうな顔で手に持った弦楽器を鳴らすのだった。
国民に広まったラアドベルク魔戦争には少し嘘が混じっている。それはデルキルタスの王の命を奪った存在だ。本当は空を飛ぶ謎の箱舟と共に姿を見せたユグドラシル教団がデルキルタス王を殺害し、壁を破壊して空へと逃亡をもって戦争は終わりを迎えたのだ。ただ、重鎮達は現場にいたアートと言われる青年を王殺害の犯人であると誤認して彼に罪をかぶした。しかしそれは間違いであると指摘され、彼を解放することとなったのだ。
現在のアートは疑いを晴らしてくれた一人の人の護衛として海の向こうにある海上国セフィトシア行きの船に乗っている。そんな出来事があったデルキルタス王国の首都フューリにある港に一隻の船が到着した。船から降りた男が背伸びをする。どうやら彼は長いこと船に乗っていたようで体のいたるところから音が鳴った。一通り体をほぐした後スッキリしたかのように満足そうな顔をしていると隣に一人の男が立つ。
「相変わらず凄い音だな。痛くないのか?」
「痛くない。痛くない。むしろ気持ちいいぐらいさ!」
「そうかい……」
にこやかに答える彼に、男はこれ以上は何も言うまいと言うように溜息を吐いた後、話題を変えた。
「しかし久しぶりだなここは」
「ああ、いつ以来だっけ? この地に足をつけたのは」
「ハッキリとは覚えてないが、異常に寒かったことだけは覚えている」
「雪が降っていたっけ? 寒がりだもんなトビーは」
「お前が鈍感なだけだアレックス」
「そうかぁ?」
アレックスは腰に手を当てて大げさに笑う。隣に居たトビーは少し呆れていた。
「いつまでもここに立ってないで早く依頼主に会わないか?」
「ニルス様からの重要な指名依頼ね……良くないことじゃなければいいんだがなぁ」
懐から取り出した依頼書を見て溜息を吐いたアレックスは頭を必要以上に掻く。
「恐らくあれじゃないか?」
「あれって?」
「島にあった山が崩れて箱舟が空を飛んだだろう?」
「ああ、あの事か。えらく島が揺れるから何事かと思ったぜ」
「その箱舟についての話だと思う。しかし、あの方の使いが港口で俺らを待っていると言っていたが……どこだ?」
トビーは待ち人である使いがいないか辺りを見渡す。すると自分達に近づいてくる背の高い女性が目に入った。彼はアレックスと共に女性に話しかけた。
「貴方がニルス様の使いですか?」
「ええ、私がニルス・ディストリア卿の使い。ミランダ・クラウシールよ。貴方達にとっては初めましてね」
互いに握手を交わした後、彼女が発言した言葉にトビーは違和感を感じ質問をした。
「俺らを知っているのか?」
「知っているも何も、貴方達はディストリアで魔物相手に交戦してたじゃない。アート君の知り合いだとも聞いているわ」
ミランダが当然の様に答えると、仲間外れ状態だったアレックスが彼女の手をいきなり握りしめた。彼は美人を見つけると声をかけてしまう癖がある。ただ鼻息が荒く興奮している姿で話しかけるため、毎度、距離を置かれてしまっていた。今回も手を握られたミランダが距離を置こうと足を後ろに下げていた。
「美人なミランダさん。アートとは親友です。良ければこの後、お茶で彼のことについて話し合いませんかぁぁぁぁ!」
彼女の気持ちを知ってか知らずか、まくし立てるアレックスにトビーが耳を引っ張り中断させる。強めに引っ張ったせいなのか耳が炎症していた。痛がるアレックスは涙目でトビーに睨みつけ、彼の耳元で話始める。
「なんだよ! 今いいとこなのに」
「お前は美人を見つけるとすぐ突っ走る。それよりも聞いたか?」
「何を」
「彼女はディストリア諸島で俺らを実際に見たかのように語っていた」
「アートに聞いたんじゃないのか?」
「そうであれば魔物相手に交戦してたと決めつけないはずだ。アートに聞いたのならば交戦してたらしいとか曖昧な答えになるはずだからな」
「どうして?」
「アートも俺達の活躍は見てないだろう。あいつは遺跡の中にいたのだからな」
「ああーなるほど。確かにアートは俺達とは別行動だったもんな。でも他の人から聞いた可能性はあるんじゃねえか?」
「その可能性は無い。他の人から聞いてもアートから聞いたと同様に曖昧な答えになるはずだ。そこから加味すると彼女は間違いなくゲーマ王国軍にいたと言える」
「何で」
「島で魔物を討伐していた時。俺達以外に外にいたのは同業者とゲーマ王国軍だけだからだ」
「そういう事か」
「島にいる時でも戦争を仕掛けた王国だと噂が流れていたほどだ。だから少し気を付けたほうがいい」
「りょーかい」
アレックスがトビーの耳元から離れると二人してミランダに向き直る。彼女は二人が話し合っている所を遠巻きに見ていたようで、話し合いが終わった二人に対して弱めに手を振っていた。
「待たせてしまって済まない」
「別にいいわ。それよりもディストリア卿の所まで案内するからついて来て」
ミランダの案内で二人はフューリ―の街の中を進んでいく。石で出来た広く緩やかな坂の通路にある商店街を通って、二ベル広場と呼ばれる公園へと出た。公園には沢山の子供が遊んでいる光景が目に映る。少し前まで戦争をしていたのが嘘だったかのように賑やかであった。そして二ベル広場の近くには宿泊施設がいくつも立ち並ぶ宿泊街がある。観光客なんかがこぞって進んでいく道へと入り、三人は宿泊街へと足を進めた。男二人が昔泊まった場所などを懐かしむ様に、話しているとミランダが立ち止まった。
「到着よ」
彼女が立ち止まった場所は庭があり煌びやかで豪華な建物が建っている場所であった。門にはアスラの宿と書かれた看板がつけられていた。
「ここは宿屋なのか?」
「そうよ。ディストリア卿はここで寝泊まりしているわ」
「なんだ王城じゃないのか。てっきり客人として泊まっているのかと思っていたわ」
「戦争が終わって一段落したから王城に長居出来ないのよ。それにディストリア卿はもう自分の領地に帰っていいのに善意でここに残って王国の復旧の手伝いをしているの」
「それで依頼の内容をそろそろ教えてくれるか?指名依頼なのに内容が書いてない何故なんだ?」
「それだけ外に出せない内容ってだけよ。詳しい話はディストリア卿が教えてくれるわ。行きましょ」
不思議がる二人を置いてミランダが先に宿の扉を開けて中に入った。宿の一階は円形状の広場となっており天井からぶら下がるシャンデリアが部屋中を照らしている。彼女は二階へと続く階段の近くにある受付でディストリア卿の客人が到着したことを伝えた。遅れて追いついた客人の二人は受付からの手続きを済ました後、ミランダと共にディストリア卿が泊っている部屋へと向かうのだった。
「広いな」
「俺達だってこんな宿に泊まれるなんて一生に一度あるかどうか……そうだ! 今のうちに目にしっかりと収めておこっ」
「田舎もん丸出しだぞ?」
「いいじゃねぇかよ。別に減りゃーしないんだし」
「現在進行で俺達の信用が落ちている気がするんだが……」
相方の行動に呆れたように眉間に手を添えたトビーがちらりとミランダを見た。しかし彼女は特に気にした様子はなく自分たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた。
「どうかしたか?」
「いいえ。何だか昔を思い出してね。あの頃が懐かしいわ」
「?」
「私の事はともかくあそこがディストリア卿の部屋よ」
ミランダが顔を向ける視線の先にある扉。あそこがディストリア卿が泊っている部屋だと言い、彼女が確認のために扉を叩いた時であった。
「貴方の客人が来たようね。わたくし達はそろそろお暇させてもらおうかしら」と中から女性の声が聞こえてきた。ミランダが急いで扉から離れると扉が開く。部屋の中からはドレスコードをした二人の男女が姿を見せた。
「初めまして客人。わたくしはサイレル・コートレン。コートレン家の娘でございます」
「こちらも初めまして。僕の名はガラレル・ロニベスク。ロベニスク家の長男だ。よろしく」
「ではわたくし達は失礼しますね」
言いたい事だけ言って去っていく二人の男女を横目に見送っていると部屋からニルス・ディストリアが姿を見せた。
「ようこそおいで下さいましたアレックス殿とトビー殿。廊下で話すのもなんですから部屋の中へどうぞ」
そう言って扉を開けたまま部屋の中へと戻っていく。一人席に着くと三人を手招きして手前の席へと座るように促した。三人は促された通りに部屋の中へと入る。アレックスとトビーはニルスの前の席に座り、ミランダは扉を閉めてからニルスの隣に座った。
「早速話を始めたいのだが、その前にディストリア諸島で箱舟が飛んだという事はご存じかな?」
「ご存じです」
「なら話が早い。今回の件は箱舟の事が関係している」
「……では空白の依頼内容はやはり箱舟の事」
「その通り。だが依頼を伝える前にまず、戦争中に起きた箱舟の到来について島で何が起こったのかを聞いておきたい」
「了解しました」
トビーは島の中心にある山を震源として、建物が倒壊するほどの地震が起こり山が崩れたこと、更に崩れた山の中心から地下にあったはずの宮殿が空に舞い上がったのを見たと話す。今回の出来事は、黒い魔物が島を襲った黒霧事件と同じぐらい大きな出来事だったため、島にいた人ならば見たと答える人が多かったのを確認しているらしい。箱舟が飛び上がった後はデルキルタス王国へと一直線に向かっていったのを機に見ていないとのことだった。
「確かに宮殿が空を飛んだんだね?」
「間違いありません。この目で確かに見ました。島の住民も見たと言っています」
「そうか……教えてくれてありがとう。では依頼の内容をっといきたいところなんだが、先に彼女達の事について話しておこう」
「彼女達とは?」
「先ほど会っただろう? 貴族の二人。サイレル公女とガラレル公子のお二人だ」
「そのお二人が今回の依頼に関係があると?」
「関係がある」
「箱舟とどのような関係が?」
「そうだな……単刀直入に言うと今回君達に依頼させてもらうのは先ほどの二人の尾行だ」
「尾行⁉ どういうことですか!」
「戦後の復興作業中に二人がユグドラシル教団と密会している所を目撃されたと報告があってね。話の中に箱舟という単語が聞こえてきたとの話だ。会話している時の表情が楽しそうだったことから何かしら教団と関係を持っているのではないかと調べてね」
ニルスがミランダの方を見ると彼女が複数枚の紙をトビーと、話についていけなくて腕を組んで遠くを見つめながら、いかにも聞いてますよと雰囲気をかもし出しているアレックスに渡す。
目の前に出された紙に気づいたアレックスは慌てて受け取った。
「その紙が調査による報告書だ。少し読んでみるといい」
二人は紙に書かれた文章に目を通す。内容は二人の男女の貴族が現在も教団に資金を出資している疑いがあるとのことだった。その他にも協力している可能性があり、箱舟の件で何か重要な秘密を握っている確証がわずかにあるため調査を続行する旨が記されていた。
「これは……」
「ここに書かれた内容が本当であれば国王を殺害した教団に協力したとして彼女達を国家反逆罪として捕えなければいけない。しかしこのまま泳がせておいて情報を集めたほうがいい場合がある」
「今回がその泳がせているほうがいい場合ですか」
「そうだ。そして尾行するにあたっても、相手は教団と手を組んでいる者だ。敵対になっても生還する実力がなければならない」
「そこで私達ですか……しかし実力ならば他にも候補がいたのでは?」
「確かに実力だけで見れば他にも候補がいる。しかし信用できる者となると少なくなってしまってね。そこで島の事件の解決に一役買った君達ならば信用できると考えたのさ」
「分かりました。そこまで信用されているのであれば依頼を受けましょう。アレックスもいいよな?」
「ん? …………あっ……ああ!」
「……とのことですので契約書を」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
ニルスが手を伸ばし握手を求める。トビーはそれに応え手を握った。
「ん? ああ忘れるところだった。彼女の事だ」
「ミランダさんに何か?」
契約書を受け取って相棒と共に名前を書いていたトビーはニルスの言葉に疑問を浮かべた。
「彼女はゲーマ王国で密偵をしていたクラソカシア教会の者でね。敵ではないよ」
「クラソカシア教会⁉ 話では戦争を境に援軍として来ていた教会の者は全員死亡したと聞いているのだが……」
「確かにミセラケール枢機卿を含め全員天に帰化したわ。ただ、そこに私は含まれていないのよ」
「どういうことだ?」
「私は密偵として動いていたの。戦争が終わるまで教会の身分を隠してね。だから教会の者として判別されなかった。それだけよ」
「そういうことか……今はどうしてニルス卿と一緒に?」
「それは私が答えよう。私が教祖ヴェルフェが乗った箱舟を調査している時だった。その時に彼女と出くわしてね。身分と現在教会がどのように動いているのかを説明されると共に協力を提案されたんだ。で、その提案を私が飲んだということさ」
「私の指令とディストリア卿の調べ物が偶然にも一致してね。今は協力しあっているわ。勿論今回の依頼はその中に入っているわよ」
二人の言葉にトビーが頭を抱えて黙り込んだ。
「……」
「なあトビー引き受けちまったけどよ。何だかとんでもない事に巻き込まれてないか?」
「……」
「お前が黙り込むってことは余程の事なんだな……はぁ……」
「今更依頼の取り消しは出来ないからね」
「……」
トビーが頭を抱えて視線を向ける先には、今しがた自分と相棒の名前を書いた契約書が……ニルスの手に掴まれて離れていく光景だった。
「……アレックス」
「なんだ?」
「彼女には気を付けたほうがよかったな……」
「別の意味でだったな」
その時吐いた二人の諦めた様な深い溜息は、部屋中に響くほど大きかったという。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次は第三章となりますがカクヨムに掲載の後、ハーメルンで投稿します。
カクヨムの文章を推敲してハーメルンに載せていますので、ストーリーが知りたい人以外の人はお待ちいただけると嬉しいです。
後、三章は海上国セフィトシアを舞台として、血が繋がらない二人の姉妹巫女を中心にストーリーが進む展開を考えております。