家の中から落ち着きのない足音が聞こえてくる。音を立てている主に呆れながらベルが声をかけた。
「少しは落ち着かんかい。コミなら大丈夫じゃ、少し疲れているだけみたいだからの」
その言葉に足を止めたアートは安堵しながらも不満をあらわにした。
「コミさんが無事なのはよかったです。ですが石扉に青白く光を放つ模様が浮かび上がったのは、コミさんが触れた時です。彼女は一体……」
「それはわしにも分からん。とにかくコミが起きるまで待つのじゃ。答えはコミが知っておろう」
「分かり……ました」
まだ不満に感じてはいたが、彼はおとなしく待つことにした。日が暮れ夜を迎える。
「コミはまだ起きぬ。明日まで様子を見よう」
「そうですか……」
夕飯を食べながら話をしていたが、少し寂しい空気が部屋中に漂っているのであった。
♢
日が昇り、辺りを明るく照らし、小鳥が鳴く。どうやら朝を迎えたようだ。気だるげな体を無理やり起こし着替え部屋を出る。
「起きたかい?」
既に起きていたベルがアート様子を繁々と見つめながら口にした。
「はい。ところでコミさんは?」
「まだじゃ」
「まだですか」
「そろそろ起きても可笑しくはないんじゃがの。もし起きなければ、町の病院に連れて行くのじゃ」
アートがそのことに同意するため頷こうとしたとき、玄関の扉から叩かれるような音が響いた。
「今日じゃったか」
「今日とは?」
「そうじゃな。定期的に調査の結果を文にして、別口で調査している軍へと渡すのが今日じゃったとういことじゃ」
ベルが席を立ち、扉を開けると大柄の男が現れる。
「ゲーマ王国軍調査兵団所属、オルフ副隊長であります。ベル博士、調査結果を受け取りに来ました」
「調査結果はこれじゃ。今回は期待しておくといい」
ベルの言葉に「おお」と喜び、結果が書かれた紙を受け取る。
「とても良いことです。期待していますよ。ところで後ろにいる方はどなたで? ベル博士の助手はコミ殿だけだと存じていますが……」
「わしの新しい助手のアートじゃ。今は三人で調査をしておる」
「なるほど分かりました。ではアート殿、私はオルフと申します。これからよろしくお願いします」
「アートです。こちらこそお願いします」
「ベル博士、助手を増やすのはいいのですが、今後は忘れず軍への報告を、お願いしますよ」
「悪かったのじゃ。以後気を付けるのじゃ」
「それでは私はこれで」
反省の気がないようなベルの返事に悩むそぶりを見せたオルフだったが、特に何も言わず町の方へと向かっていった。
「いい人でしたね」
「そうじゃな。オルフはいいやつじゃ。じゃが隊長であるデトロスには気を付けるのじゃぞ。あ奴は国の命令には絶対という奴じゃ」
「分かりました。気を付けることにします」
二人が、そうして話していると後ろから近づいてくる気配があり、後ろを振り返ってみると、そこには意識を失っていたはずのコミがいた。
「おはようございます?」
彼女の言葉と姿に二人は喜び、挨拶を返す。
「コミ、おはようなのじゃ」
「コミさん。おはようございます。体調は大丈夫ですか?」
「はい大丈夫ですが。なぜ私は家に戻っているのですか? 石扉の前にいたところまでは覚えているのですが……」
「コミよ。そのことで少し話があるのじゃ」
二人は彼女が倒れた前後の話をした。話を聞くたびにコミは反応を見せていく。
「――ということじゃ」
「そんなことが……」
「簡単なことでよい。あの時、何があったのじゃ?」
「声が……聞こえました」
「声? アートは聞こえたかの?」
「いいえ聞こえませんでした」
「わしもじゃ」
「ですが私には『扉に触れ開けと願え』と聞こえてきました」
「ふむ……続けてくれ」
「そして私は声に従うように扉へ触れました。そのときに意識が薄れていく感覚と共に全身から何かが抜けていくのを感じたのですが、気が付いたらベットの上だったわけです」
「何かが抜けていった……それが扉に書かれていたマホウなのでしょうか?」
「まだ予想ではあるが、その可能性は高そうじゃの」
「願うことがマホウ……」
コミはそれだけ言うと目を閉じる。しかし何も起こることはなかった。
「違うのでしょうか?」
「どうかの。コミは今、何を願ったのじゃ?」
「健康を……」
「健康を願ったのじゃな。でも何も起きなかった。それは願うことが間違っておるのか。願ったものが間違っていたのか分からぬの……」
三人は、なぜこのようなことが起こったのか悩んだが結局、何も分かることはなかった。
「ダメじゃ。分からないことが分かったことだけじゃの。アートよ福音には何か書いておらぬのか?」
「マホウという単語は出てくるのですが、詳細までは分からないです」
ベルは望むような答えが返ってこなかったのか悩む様に考え込んでしまった。空気が徐々に重くなっていこうとしたときコミが声を上げる。
「ベル博士。私はもう一度、石扉へと向かうべきだと思います」
「それはわしも考えていたのじゃが。コミは大丈夫なのじゃ?」
「はい。むしろこの分からない感じの気持ちの方が、大丈夫じゃないです」
「分かった。では今日はコミの大事を取って明日、皆で石扉に向かうとするのじゃ。アートも良いの?」
「ええ問題ないです」
解散した三人は明日に備えて準備を行うのであった。
♢
朝になり石扉の前に集合する。石扉は前に見た時と同じ状態で、青白い模様が光ったままでいた。
「青白い模様……神秘的ですね」
アートは石扉の美しさに見惚れていた。それにベルは同意しながら石扉に触れるが、何も起こらなかったため、コミに指示を出す。
「コミよ。もう一度触れてみるのじゃ」
コミは頷きながら石扉へと触れる。摩るような音を立てながら扉が開いていく。扉の奥に見えたのは土の洞窟だった。
「あんなに凝っている石扉だったのに、中は土の洞窟ですか」
「アート、コミ、この洞窟は奥まで続いているようじゃ。行くぞ」
ベルは背負った麻袋から角灯を取り出して明かりを灯し奥へと向かう。アートとコミはその後に続くように歩き出した。
長いこと奥へと進んでいくと下へと降りる階段を発見する。
「二人とも階段を見つけたのじゃ」
「階段ですか? 奥の方は真っ暗で見えないですね」
「進んで見るしかないようだ。気をつけて降りよう」
警戒しながら、階段を下りていくと広い空間に三人は出た。角灯の明かりが照らした床は土ではなく白い石に変わっている。更には目の前に淡く青白い光を放つ彫刻の物体があった。
「たびたび申し訳ないが、触れてみるのじゃ」
コミが触れると彫刻の物体から強烈な光が放たれた。突然の光に三人は目を閉じる。しばらくして光が落ち着いてきたので目を慣らしていくと、広い空間の全貌が明らかになっていく。
そこには巨大な宮殿と白い石と青い石で出来た宮殿へと続く橋があり、青い石にだけ、動脈のように青白い光が巡っている、そんな光景が広がっていた。
「こんな巨大な建造物が地下にあるとはのう」
「このように綺麗な景色は見たことありません。コミさんもそう思いますよね。コミさん?」
アートの問いかけにコミは聞こえていないようで宮殿の方に目が奪われていた。アートとベルは前に起こったことと同じ現象を感じたのか、すぐにコミを揺った。揺すられたコミは気づいたように辺りを見渡し、二人を視界に入れると申し訳なさそうな顔をする。
「声が聞こえたのです。宮殿の奥へと向かえと」
「宮殿の奥ですか?」
「そこに何があるというのじゃ」
「分からないです。でも宮殿の奥に早く向かわないといけないと、私の本能が訴えかけてきます」
「コミが、そこまで言うのであれば、宮殿の奥へ行ってみるとするかの」
二人が宮殿の奥へと向かおうと決めたのだが、アートだけは腕を組み深く考えていた。
「アートよ。何かあったのじゃ?」
動かないアートにベルは問いかけると、彼はおもむろに麻袋を開き本を取り出し紙を捲っていく。探していた場所が見つかったのか捲るのを止めた。何かに納得したように頷くと二人に開いた本を見せる。
「青白く光る石と似たような説明が書かれている所がありました。この地下には間違いなく福音に関する何かがあるに違いありません」
「なるほどの福音に書かれているのであれば、これから、わしたちが見るものは全て未知数な存在。ゆえに、この宮殿はその本とコミがいなければ、攻略不可能ということじゃの。分かった所でアート、コミ、宮殿へと向かおうぞ」
了承した二人を確認したベルは角灯の明かりを消して歩き出した。
静かな空間に三つの足音が鳴り響く。床からの青白い光と、光の粒子が空気中に漂う。そんな幻想的な空間に三人は目を奪われながらも足を宮殿へと運んでいくのだった。
「きれいな場所ですよね。でもどうやってこんな幻想的な景色を作り上げたのでしょう?」
「確かに、こんな幻想的な場所を、なぜ作れたのか疑問に思うのじゃ。じゃが、こんなにも発達した技術があるのに滅んでしまっているのが不思議じゃのう……」
「言われてみれば確かにそうです。どうして私たちよりも高い技術力を持ちながら滅んだのか……」
二人のやり取りを後ろで聞いていたアートは考える。どうして滅んだのか……自分たちが生きている世界よりも、はるか先の技術を持つ者たちが何故? と思考を巡らしていくと見えない点が見えてきたのか、あることに気づいた。
それの様子を見たベルは笑みを見せる。
「アートは何か分かったようじゃの」
「え? 何か分かったのですか?」
ベルの発言を聞いたコミはアートに問いかける。
「はい。ですが滅んだこと自体は分かりません。でも見えてきたものがあります」
「ほう。見えてきたものとは?」
「間違いなく滅ぼした存在がいたということでしょう」
コミは驚いたが、確かにそうでなければあり得ないと確信する。
ベルはその答えに満足そうに頷いた。
「確かにそうじゃな。滅んだということは滅ぼした存在もいなければならない。そうでなければ今頃、わしたちはこの技術を手にしておろうの」
「でも、これだけの技術を持つ者を滅ぼした存在がいるのであれば何故、私たちは滅んでないのでしょうか?」
コミの言うように、高い技術を持つ者たちが滅ぼされるのであれば、その者たちよりも低い技術を持つ、自分達など赤子の首をひねるよりも簡単に滅んでいるだろう。ならばその存在はどこにいったのだろうか? アートは考えれば考えるほど思考の海に沈んでいく。
「封印されたか、すでに存在しなくなっておるか、であろうな。さて入口に着いたの」
ベルの声に反応し思考の際に下に向けていた顔を前へと向ける。そこには巨大な扉があり、近くには門番のように鎧の騎士の巨像が存在していた。
「大きな扉ですね……私たちだけでは開けられませんよ?」
「そうじゃの。これほどの巨大な扉なぞ、わしらだけでは開けるのは無理じゃ。しかし、また扉なのじゃ……」
先ほど扉の謎を解決し、これから新しい謎を解明しようとやる気になっていたところに同じ問題が降りかかってきて、ベルは少し不満そうにした。
「ベル博士、扉を開けることは軍に協力してもらうことにして、いったん辺りを捜索してみませんか?」
「確かにアートの言う通りじゃな。ではいったん解散して捜索するとしようかの。捜索の中断はわしが合図を送るから、その時は一度この場所に落ち合おうなのじゃ」
三人は一度解散して捜索を始める。ただ門前にも関わらず、かなりの広さを誇っているため、怪しいと思うところだけを中心に見なければ、どれだけ時間があっても捜索しきれないほどであった。
各々が捜索しているとコミが巨像の前で二人を呼んだ。
「ベル博士、アートさん。こちらに来てください」
その呼びかけに二人は捜索を止め、コミの方へと集まる。
「コミさん。どうかしたんですか?」
「この像に何かあったのじゃ? 一見おかしなところは無い像じゃが」
「ここを見てください」
二人の疑問にコミは巨像の足元に指をさす。
「これは文字じゃな。まさか像の足元なんぞにあったとは。コミよ、わしが見た時にはなかったとは思うのじゃが、どうやって見つけたのじゃ?」
「像に近づいた瞬間、足元から光が溢れてきたのです。それで近くで確認してみると文字が浮かび上がってきました」
「なるほどの文字が浮かび上がったと。やはりこれらの捜索はコミがいないと難しそうじゃな。アートよ文字は読めるかの?」
「はい。開くには扉にマホウを使うらしいです」
「ふむ、ここでもマホウじゃと? そうなると……コミよ。扉に手を付けてもらえぬかの?」
コミは言われるがままに扉に手を付ける。だが特に何も起こらなかった。
沈黙が流れる。
「ダメです。何も起こりません」
彼女は苦笑いをしながら手を離した。
「前と同じような動作をしていたはずなのじゃが、何か違うのかの? コミよ何か願ってみたかの? たとえば……扉よ開けみたいな?」
「そういえば何も願っていませんでした。もう一度、試してみます」
目を閉じ、同じように扉に手を触れた。すると手の中心から光が伸びていき巨大な扉を覆ってから消えた。コミが手を離すと巨大な扉は独りでに開いていく。
「今度は開きましたね」
「あの時の考えは、あながち間違ってはなかったのかもしれんの。願うことがマホウの鍵。コミ! 今度何かをするときは願ってみるのじゃ」
開いていく扉を見ていたコミはベルの指示に頷く。
「はい、分かりました。ところで扉が開いたのですが中には入らないのですか?」
「そうじゃの。中へ入ってみるとするかの」
宮殿の中へと足を踏み入れようとしたとき……
突如として後ろから、甲高い音が鳴り響いた。
三人は驚き辺りを警戒する。すると先ほどまで巨像だったものに色が付いていくのが目に見えた。
「色が……」
巨像は黒の色彩を帯びていくと共に青い光がその後を追いながら彫りをなぞっていく。全身に行き渡ると目の部分が怪しく青に輝いた。
その瞬間、大きな音とともに目を開けることが出来ないほどの風が吹き荒れる。
風が止み目を開けると巨像は視界から消えていた。一体どこにと辺りを警戒していると三人の後ろから巨大な影が差しこむ。恐る恐る振り返ってみると――
手に持った剣を振り下ろそうとしている巨像がいるのだった。
「避けるのじゃ!」
ベル博士の必死の声に反応して全員は前へと飛び込む。その後から来た風圧が背中を押し、遠くへと転がった。急いで立ち上がると巨像の方へと顔を向ける。先ほどまで三人がいた床は粉々に粉砕されているのが見える。巨像は態勢を戻し、こちらへと視線を向けたのだった。
「ベル博士! 見逃してもらえそうにないですよこれ!」
「どうしたものかのう。コミ、おぬしならどうにかできぬか? こうマホウで」
「できませんよ! そもそもどうやって止めるのですか⁉」
ベルの提案にコミは無理だと抗議をする。いままでマホウというものが手に触れた時のみに発動したため試すにしても、まずは巨像に触れなければならない。彼女は、そんな危険を冒してまで試してみようとは思わなかった。そうこうしている間にも巨像は近づいてくる。
「ベル博士とコミさんは逃げてください!」
アートの言葉に二人は驚く。
「おぬし一人で一体どうするのじゃ! とてもじゃないが、あれを倒すのは無理だと思うのじゃ!」
「その通りです! そのまま戦っても死ぬだけです! 一緒に逃げましょう!」
二人は説得を試みたが、アートは腰に差していた短剣を抜きながら言った。
「倒すのは無理でしょう。全員で逃げるのも難しそうです。そうなれば唯一、この中で武器を持った僕が逃げるための時間を稼ぐ、それが一番理想的だとは思いませんか?」
「……確かにマホウという不確かなものを頼るよりかは理想的な提案なのじゃ」
「ベル博士⁉」
コミが信じられないというような顔をしながらベルを見た。だが彼女から見たベルは苦虫をつぶしたような顔をしている。きっと苦渋の決断であったに違いない。
「近くまで来ています。早く逃げてください!」
アートが叫ぶように伝えるとベルは逃げようとするが、コミが動いていなかった。ベルはコミの腕を引っ張り逃げる。
それを見届けた彼は巨像へと再び顔を向けると、既に目の前まで来ていた巨像が剣を振り下ろそうとしていた所だった。彼はすんでの所で横に飛んで躱すが、風圧により橋の手すりへと吹き飛ばされ、背中を強打する。激痛に我慢しながらも起き上がり前へと顔を向けるが、霞む視界で捉えたのは目の前で剣を振り上げている巨像だった。