魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第六話 複雑する気持ち

 コミが開けた扉の先には吹き抜けの礼拝堂に存在していた。左右にある廊下の中央付近に一階へ向けて降りることが出来そうな階段があるのが確認できた。

 

 扉の取っ手を掴んだままで、中の様子を見るコミが口にする。

 

「ここは礼拝堂ですか?」

 

「まさしく、そうじゃの。地上で発見される遺跡の礼拝堂と素材が違うだけで、ほぼ作りは同じなのじゃ。しかし、ここまで形が残っておるとはのう」

 

 彼女の後ろから部屋を覗き込んだベルが肯定する。

 

 三人は中へと慎重に入り、辺りを見回す。するとアートが天井に所々で欠けている絵が描かれているのを発見した。

 

「天井に描かれている絵は一体……」

 

「あれは天井画じゃな。しかし人々が崇拝している大きな木、あれは一体何なんじゃろうな」

 

「不思議な木です。あの崇めている人たちが古代にいた人達なのでしょうか?」

 

 ベルとコミの会話にあった。大きな木を崇拝している人にアートは違和感を覚えたようで難しい顔をすると、何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「ベル博士、コミさん、おそらくあの木は古代人が崇めている神、アールドの可能性があります」

 

「あの木が神様なのですか!?」

 

 アートの言葉にコミが驚く。

 

「ええ、石柱に書かれていたんです。神アールドを崇めていること、そしてマホウを使うと」

 

「まさか古代文字が石柱にも書かれていたのじゃな。しかもマホウという言葉と、その神様と言うアールドが一緒に書かれていたと」

 

「その話だとアールドという神様がマホウを授けたということになりますね」

 

「そういうことになるじゃろうの。さらに崇めているところを見るとマホウというものは古代人にとって無くてはならないものになっていたのかもしれんの――」

 

 キィ……

 

 三人が会話をしていると一階の方から音が響きだした。

 

「今の音は?」

 

「下の方で何かが開いた音がしました」

 

 アートの疑問にコミが答えていると先ほどの音に一早く一階を確認していたベルが二人を声を小さくして呼ぶ。

 

「下のほうを見るのじゃ」

 

「これは一体……」

 

 なるべく音を立てずに近づいた二人はベルと同じ方向を見ると、一階の開いた扉から大人の腰ほどの高さを持つ、四足歩行の蜘蛛らしき存在が複数、現れた。

 

「蜘蛛でしょうか? それにしても大きいですし少し巨像に似ているような」

 

 コミは少し嫌そうにしながら部屋中を歩行する蜘蛛らしきものを洞察していく。

 

「騎士の巨像と同じく体の溝に青白い線が動脈のように通っておる。間違いなく蜘蛛に似せた巨像じゃ」

 

 蜘蛛形の巨像は自身の中央にある大きな青い瞳を使い、光を放出しながら辺りを見回している。まるで何かを探すように動く蜘蛛形にアートは首を傾げた。

 

「もしかして、あれは警備しているのでは?」

 

「確かに軍の警備と、やり方が変わらぬ」

 

「それだと下に降りるのは危険ですね。どうしますか? しばらく居なくなりそうにありませんが……」

 

「しばらく隠れて様子を見るのじゃ。すぐに、この場から去ってくれると嬉しいんじゃがのう」

 

「もし去らなかった場合は?」

 

「その時は殲滅じゃの。倒すときはあの青い瞳が弱点じゃ」

 

 いつの間にか展開していた見える君で弱点を探し出していたベルに二人は、その用意周到さにあきれながらも返事をした。

 

 三人は隠れて、しばらく様子をうかがっていると、周囲の確認を終えたとでも言うように蜘蛛形の巨像は来た道を引き返していった。

 

「行った……ようじゃの」

 

「戦闘にならなくて良かったです」

 

 安堵した三人は一階へと警戒しながらゆっくりと降りる。

 

「吹き抜けからでも確認はしましたが、やっぱり祭壇ぐらいしかないです」

 

「しかし、祭壇に飾られているのは十字架はなく鳥の像があるのう」

 

「そう言われたら、そうですね」

 

 ベルとアートが辺りを捜索していると、祭壇の近くにいたコミから「こっちに来てください」と呼ばれる。呼ばれた方に向かうと、一冊の本が置いてあった。

 

「この本は?」

 

「まだ開いてないのでわかりません」

 

「わしが捲ってみよう。何があるか分からぬから、二人は警戒しておくのじゃ」

 

 恐る恐るベルが本を捲るが、特に何も起きなかった。

 

 警戒していた二人は安堵の表情を浮かべると、ベルの左右から本を覗き込む。

 

「何かありましたか?」

 

「うむ、読めはせぬのじゃが。文字の横に先ほどの巨像が絵として描かれておるの」

 

「福音と同じ文字で書かれているようですが、文字の配置が違いますね。しかも絵まで載っているとは」

 

「もしかしたら、内容が違うのかもしれん。アート、何が書かれているのか読めるかの?」

 

 本を渡されたアートは文字を翻訳する。書かれていたのは巨像の名称と、どんな役割を持っているのかが書かれていた。

 

「なるほどの、これは巨像の辞典じゃったわけじゃな。それで今まであった巨像は、どんな名前でどんな役割を持っておるのじゃ?」

 

「まず初めに彼らは巨像とは呼ばず、まとめてゴーレムと呼ばれているようです」

 

「あれは巨像ではなくゴーレムというのですね」

 

「はいゴーレムです。それで初めに出会った騎士形はナイトといい、先ほどの蜘蛛形はスパイダーと書かれています。ナイトは防衛の役割をスパイダーは警備の役割を持っているようです」

 

「ではゴーレム達は、それぞれの役割に沿った動作のみを、おこなっておるんじゃな?」

 

「そうですね。本が正しければ役割以外の行動はできないかと……」

 

「役割以外の行動がとれないのであれば、新しいゴーレムが現れたとき、この本で探せば事前に対策が取れますね」

 

 本の御かげでゴーレムの対策が出来るため捜索が楽になるとコミが喜ぶ。

 

「じゃが読める者がアートだけなのが事実。戦闘中に本を読む時間などないのじゃ」

 

「申し訳ないです。出会った時に教えていれば、問題なかったのですが……」

 

「構わん。プライドが邪魔をしておったのじゃろう。わしじゃって初めて出会う者に、ようやく掴んだ研究の成果を教えはせぬ。しかし、あの時とは違って教えようとしてくれるということは、わしらはアートに信頼されたということじゃ。その信頼に応えて、この本はアートに預けておくの」

 

 渡された本をアートは麻袋に入れようとすると「後で返すのじゃぞ」とベルが冗談ぽく言いながら辺りを見渡す。

 

「あとは……スパイダーが入ってきた扉のみじゃの。結局、戦闘になるかもしれぬ。警戒しながら突撃するのじゃ」

 

 コミがアートに向けて詠唱すると、彼は扉に警戒しながら身を寄せた。

 

「準備はできたかの?」

 

「完了しました」

 

 アートの返事にベルは頷き……「突撃」と命令を下した。指示を受けた彼は一気に扉を開き中へと突撃する。

 

 すぐに彼が入った扉の奥から戦闘音が響き始めた。しばらくすると音は収まり、扉からアートが姿を現す。

 

「殲滅完了しました」

 

「ご苦労じゃったアート。早速じゃが、扉の奥はどうなっておったかの」

 

「二階の廊下と何も変わらなかったです」

 

「では二階の時と同じように捜索するだけですね」

 

「コミのいう通り、捜索じゃな。さて行こうなのじゃ」

 

 アートを先頭に三人は扉を通過し廊下に出ると戦闘によって壊れたスパイダーが複数、転がっていた。

 

「はえー、これは派手にやったのう」

 

「やりすぎましたかね」

 

 ベルの一言に、アートは申し訳なさそうに言う。

 

「大丈夫じゃ。完全に壊れていたほうが、警戒しなくて済むからのう」

 

「ベル博士、見える君が反応していません?」

 

「おお。コミよ、よく気づいたのじゃ」

 

 ベルが画面を覗いてみると見える君が、中間辺りの部屋に対して反応していた。三人は、見える君が反応した部屋へと向かう。

 

「ここですね。反応を示していたのは」

 

 扉を開けると、二階の時と変わらず中は寝室であったが、今まで見てきた部屋よりも、少しだけ豪華な見た目となっていた。

 

「ところどころに、金が細工されています。他の部屋より少し豪華ですね」

 

 部屋の中を見渡しながらコミは言うと、置いてある机に優しく触れた。

 

「ベル博士、反応はどこからですか?」

 

「反応は……今まさにコミが触れている、机の引き出しの中からじゃのう」

 

「引き出しの中ですか?」

 

 コミが机の引き出しを開けると、複雑な彫りがついた金属の棒が現れる。それをコミは不思議そうに手に取った。

 

「複雑な彫りがありますが、これは一体……何でしょう?」

 

「見える君からの反応からするに、その金属からは何かが漏れているようじゃ。じゃが、それ以外は分からんのう。福音の内容には書いておらぬのか?」

 

「似たような棒が書かれた所があります。どうやら鍵らしいのですが、どこで使えるかまでは分かりませんね」

 

「これが鍵とはの」

 

 ベルは鍵と呼ばれた金属を見つめながら、麻袋から小袋を取り出す。

 

「とりあえず、この中に入れておくのじゃ。もしかしたら重要なものかもしれぬからの」

 

 ベルがコミに小袋の口を開けて差し出し、手に持っている棒を入れてもらうと、麻袋の中へと戻した。

 

「さて、もう反応はしておらぬし他はなさそうじゃ。廊下へ出るかの」

 

 三人は廊下に出ると他に怪しい所がないか確認しながら廊下を渡っていった。

 

「端まで来ましたが、何もなかったですね」

 

「見える君も反応なし。コミは何か見つけたかの」

 

「いえ、何もありませんでした」

 

「コミもなしとなると、あとは目の前にある扉だけじゃの。この扉の先は入り口に戻るだけだと思うのじゃが、開きそうかの?」

 

「はい、何も問題なさそうなので開きそうです」

 

 コミはそう言うと扉を開ける。その先はベルが言っていた通り、エントランスホールであった。

 

「入り口に戻ってきましたね。ちょうどいいですし、一度戻りませんか?」

 

「アートのいう通りじゃの。一度戻って休憩と情報の整理を行うのじゃ」

 

 エントランスホールに出た三人は一度、家に戻ることにして宮殿を後にする。どうやらかなり長い間、捜索をしていたようで外に出ると日が沈みかけていた。

 

「だいぶ遅くまで捜索していたようで日が暮れてきましたね」

 

 コミが見上げながら呟く。彼女の言う通り空は太陽が沈みかけており、夕焼けに包み込まれていた。

 

「完全に日が暮れるまでに急いで帰りましょう」

 

 三人は日が沈み切る前に急ぎ足で家へと帰った。家に着いた三人は一度休憩してから、夕飯を食べ始める。

 

「お腹がペコペコじゃわい」

 

 ベルの言葉にコミがクスリと笑う。

 

「アートさんなんて家に着いた途端、お腹を盛大に鳴らしましたからね」

 

「それは忘れてください。今、思い返しても恥ずかしいです」

 

「忘れておきます。ですから沢山作りました。おかわりできますよ」

 

「コミ! おかわりなのじゃ!」

 

「すぐに入れてきますね。アートさんも遠慮なく言ってくださいね」

 

 空の皿を受け取ったコミはそう言いながら席を立ち、台所へと向かっていく。その後ろ姿を自然と目で追っていくアートにベルが声をかける。

 

「アートも、おかわりが欲しかったのじゃ?」

 

「いいえ、欲しかったわけではありません。ただコミさんだけが何故、マホウというものを使えるのかが気になって……」

 

「確かにそうじゃが、コミは一般の者と変わらぬ。軍の健康診断では異常な所はないのじゃ。そうじゃのコミ」

 

 話をしていると、いつの間にか戻ってきたコミが、ベルに料理を渡しながら「そうです」と同意する。

 

「私はエディア村という長閑な村で生まれただけの人です。その村が特別ということはなく、ごく一般的な村ですので私がどうしてマホウというものが使えるのかは分かりません」

 

「ゲーマ王国の東に隣接しているデルキルタス王国の者には、あまり知られてはおらぬが、エディアという村はゲーマ王国の最北西端に位置する村じゃ。他の村と大して変わらぬ自然が多く空気がおいしい所じゃな」

 

 ベルはそれだけ言うと口に料理を運ぼうとしたが、何かを思い出したのか途中で止めて更に話し出す。

 

「そういえば……コミを研究員の一員に加えたのは王様じゃったな。あの時の王命は驚いたのじゃが、今思うと不思議じゃのう。何の知識も持たぬものを、研究員に加えろなんての。今回の調査だって連れていけとの命令じゃったし。コミは何か知っておるかの?」

 

「いえ……分かりません。私も王国に連れられて来た時は、王国軍の研究員に入れられるとは、夢にも思っていませんでした。ただ、孤児だった私を連れて帰ったのは宰相です。ですが、あの方が私に対して入れ込むような事は考えられません」

 

「なんと! 宰相が連れてきおったとは……」

 

「もしかして王様と宰相は何かを知っている? そうでなければ、今回の出来事でコミさんが重要な役割を持っているなんて、都合が良すぎるような……」

 

 アートの考えにベルは首を振って否定する。

 

「それはないじゃろう。もし知っておるのであれば、まず福音の本を解読せねばなるまい。しかし現状、王国は解読できておらぬ。わし達でさえマホウを知り、この目で見たのは今回が初めてじゃ。研究員のわし達よりも先に、王様や宰相が知っておることはないはずじゃ」

 

「では、なぜ王命を使ってまでコミさんを?」

 

 アートが疑問を口にしていると、コミが机を手で叩きつけ勢いよく立ち上がった。

 

「……私は……私は……疑いたくないです」

 

 彼女は、それだけ言うと、ふらつきながら部屋を出て行く。扉が閉められた後の部屋は重苦しい空気が漂った。

 

「疑いすぎました……」

 

「恩がある者を、疑われてしまっては無理もないの。じゃが、コミ自身もどこかでは分かっておるのはずじゃ。しかし信じていたいけど信じられない、なぜ宰相が自分を選んだのか疑問に思ってしまう。しばらく一人にさせたほうが、良いかもしれないの。さて、さっさと食事をすまそうなのじゃ」

 

「はい……そうします」

 

 アートは時間を掛けて料理を無理やり喉に通して食べ終える。片づけをすまし、部屋へと戻ろうと廊下を出た時、コミが玄関から出ていくのが見え、アートは居ても立っても居られずに追いかけて玄関を出る。すると、玄関の扉の隣で膝を抱えて座り込み、下を向いているコミを見つけた。彼は口を滑らすように彼女の名前を口にする。

 

 上から声をかけられたコミは驚くように顔を上げてアートの方を見る。その顔は少しだけ涙の跡が残っていた。

 

「……アートさん、ごめんなさい。突然、出て行ってしまって……疑いたくないのに疑ってしまう私が嫌で……どうしたらいいか分からなくって……」

 

 コミは一言、話すたびに泣き出しそうに涙を浮かべる。そんな彼女の隣にアートは、そっと腰を下ろして座った。

 

「コミさん……僕のほうこそ、ごめんなさい。コミさんの気持ちもわからず疑いすぎました」

 

「いいんです。私の心が……弱かっただけなのですから」

 

 ――コミは少しだけ傍に居させてくださいと言い、アートの肩にもたれた。夜の静けさの中で風が優しく二人の頬なぞり、月明かりが空から照らす。それは複雑な感情を、優しく包み込んでいくようだった。

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