魔法が忘れ去られた世界で願いを   作:六角ルビー

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第七話 黒い霧の獣

 時がたち、夜風により体が冷え込んできたころ、外に出ていた二人は体を動かし始めた。

 

「冷えてきましたね。そろそろ戻りませんか?」

 

 アートが家に戻らないかと提案する。

 

「そうですね……ありがとうございます。おかげで、気持ちの整理が出来た気がします」

 

 彼女はアートの肩に乗せていた頭を離し、胸に手を当て言葉を続ける。

 

「私の心は今でも、王様や宰相を疑うことができません。私が、なぜ配属されたのか、それはディストリア諸島の謎を解明していけば、おのずと王様と宰相の真偽にたどり着けるのではないかと思っています。その時に私は判断します。だから──」

 

 一つ呼吸を置き、アートに向かって訴えるように顔を向けた。

 

「お願いです! それまで待っていてはくれませんか」

 

 その言葉に少し考える素振りを見せたアートは、立ち上がりながら手を差し伸べた。

 

「コミさん、僕も疑うのは真偽を見極めてからにします。ですから今は、お互いにディストリア諸島の謎を解明しませんか?」

 

「……はい」

 

 コミが差し伸べられた手を掴み、立ち上がったその時であった。

 

 二人の目の前に広がる草木の中から、黒い霧が立ち込め始めた。それは、やがて形を形成していき、一匹の黒い霧で出来た狼が現れる。口らしき所からアートとコミに対して威嚇しだした。

 

「一体あれは……」

 

 突然の出来事に二人は唖然としたが、狼が大きく口を開き飛び掛かってくるのを見て、咄嗟にアートはコミの手を引っ張って避ける。

 

「狼の姿をしているのに、全体が霧で出来ている見たことのない動物です!」

 

「あれは、本当に動物なんですか!?」

 

 狼の攻撃を避けながら二人は分析していく。

 

「なんじゃあれは!」

 

 家の外で騒ぐ音に反応して玄関を開けたベルが暴れている狼を見て叫んだ。

 

 狼は、その声に反応してベルに飛び掛かった。狼が近づいてくるまでに、ベルは素早く扉を閉める。狼は飛び掛かった体制のまま、閉められた扉へと頭をぶつけた。ただ痛みはないのか、平然として態勢を整えると、再びアートとコミへと標的を戻すのだった。

 

 家の窓から短剣が飛んでくる、それはアートから近い地面へと突き刺さった。

 

「アート! その剣で戦うのじゃ!」

 

 窓から顔を出しベルが叫ぶ。

 

「ありがとうございます!」

 

 彼は地面から短剣を抜き、狼へと構える。

 

「援護します!」

 

 コミの詠唱により光が、アートの体に吸い込まれた。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 声に反応した狼が、飛び掛かってくる。彼は攻撃を避けながら首へと切りつけるが、抵抗も無しに剣が素通りしていく。

 

「なっ!」

 

 何事もなかったかのように地面へと着地した狼はアートを睨みつけている。

 

「剣が通用しない……」

 

 アートは攻撃が通じていないことに戸惑ったが、目の前の狼は容赦なく攻撃を繰り出してくる。咄嗟に剣を盾にするが、先ほどと同じように狼の頭を剣が素通りするのを見て、回避に切り替えようとしたが間に合わない。牙が彼を切り裂こうと閉じられた時だった――すり抜けるはずだった牙は剣に接触し弾かれた。

 

「剣に当たった……」

 

 戦いを後ろで見ていたコミがアートに向かって叫ぶ。

 

「アートさん! もしかしたら、狼の牙だけは接触が出来るのかもしれません! 牙を狙ってみてください!」

 

 コミの言う通りにアートは牙へと攻撃を加えて見るが、そのまま剣は抵抗もなく素通りした。

 

「コミさん! 当たらないです!」

 

「なら、狼の攻撃時にしか接触できないとしか考えられません!」

 

 アートの攻撃は当たらないのに向こうの攻撃は当たってしまう。そんな状況でどうすれば切り抜けることが出来るのかと、彼は焦りながら次々と繰り出される攻撃を、剣で捌いていく。

 

「待たせたのじゃ! アート! 奴の弱点は通常の狼と同じ心臓付近じゃ!」

 

 ベルが玄関から見える君を操作しながら現れ、狼の弱点を知らせる。

 

 弱点を聞いたアートは反撃しようとしたが、長い攻防の果てに体力が失われていたようで、膝をついてしまった。

 

 息を必死に整えるアートへと狼が襲い掛かる。

 

「アートさん!」

 

 コミが駆けつけ、膝をついたアートを庇うように抱きしめた。彼女を中心として青白い光が溢れていく。

 

 魔法よ……導いて——

 

「プロテクション!!」

 

 コミの体を中心にして半透明な半円の障壁が展開される。その壁に衝突した狼は弾かれ、後ろへと後退した。

 

「コミさん? 僕は……まだ生きて……」

 

「はい、生きています。アートさん立てますか?」

 

 彼はコミに支えられながら「何とか立てそうだ」と言い、立ち上がった。威嚇した状態の狼に剣を向ける。

 

「今度こそ終わらせる!」

 

 怯んでいる狼に近づき剣を心臓付近へと突き刺す。するとパキンという音が鳴り響き、狼は黒い霧と共に霧散した。夜の静けさが戻ってくる。まるで何事もなかったかのように――

 

「何とかなったの。アート、コミ、あれは一体どこから現れたのじゃ?」

 

「突然現れた黒い霧が集まり狼になりました。それ以外は何も分かりません」

 

「コミさんと同じです。黒い霧が狼になった、そして……」

 

 アートは地面に落ちている狼が唯一残した石を拾う。

 

「……剣に当たり割れてしまった、この紫色に透き通る石だけを残して消えました」

 

「確かに見える君が反応しておる。それこそが先ほどの狼の核なのかもしれんの」

 

 二人の会話をよそに、コミが欠片を拾って月にかざすと明かりが反射し、薄く紫色に輝く。

 

「綺麗ですね。宝石といわれたら信じてしまいそうです」

 

 彼女は欠片を、しばらく眺めていると突如として欠片が淡い紫色に光を放つ。その光はやがてコミの体の中へと吸い込まれていき欠片は灰色の石に変化した。

 

「今のは……」

 

 先ほどの現象に全員が唖然となったが、すぐにベルがコミの無事を確かめる。

 

「大丈夫なのじゃ⁉」

 

「……大丈夫です。むしろマホウというのを使ったときに疲労していた、体の疲れが取れたような気がします」

 

「そう言えば巨像と戦った時とは、ずいぶん違ってはいたのじゃが。あれもマホウというものかの?」

 

「使った感覚が同じでしたし、おそらくは……」

 

「ふむ……分からないことが、どんどん増えていくのう」

 

 顎に手に当てながら、ベルは先ほど起こった現象に対して考え始める。

 

「ごめんなさい」

 

 突然なコミの謝罪にベルは慌てて顎から手を外し顔を向けた。

 

「いや、別に攻めてはいないのじゃ。むしろ研究者としては、この展開はバッチこいなんじゃ。アートもそう思うじゃろう」

 

 弁解をしながらアートに助けを求める。求められたアートは頷いた。

 

「そうです。この謎を解明していくのが、僕の目的なので文句ないですね」

 

「……ありがとうございます」

 

 ベルは話を振ってから、現在二人の関係が悪化していたことに気づいたが、アートとコミが受け答えしている様子に安堵した。

 

「それにしても、二人とも仲直りは済んでいたようじゃな」

 

「ええ……今は、お互いに島の謎を追うことにしました。謎を追うことにより、王様と宰相の真偽を知ることができるかもしれません。それまで僕は、疑うことをやめにしました」

 

 アートがコミと二人で決めたことについて話すとベルは頷く。

 

「それで、いいと思うのじゃ。わしも証拠がないのに、自身の国の王を疑ってしまったのじゃ。すまんのコミ」

 

「いいんです。私も少しカッとなっていました。こちらこそごめんなさい」

 

「わしも真偽を知るまでは、疑うことは止めにしておくのじゃ。コミ、アートこれからもお願いするのじゃ」

 

 ベルが頭を下げながら言う。その言葉に二人は、こちらこそお願いしますと返事をした。

 

 夜風が強くなびいた事により、三人は体が冷え込んでいるのに気付いた。どうやら長く風に当たりすぎていたようだ。

 

「先ほどの獣以外の反応はせぬの。寒くなってきたことじゃし、紫の石を拾ってから家に戻るのじゃ」

 

 三人は落ちた紫の石を拾い集めてから家へと戻る。その後ろ姿は少し温かく感じられた。

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