カ ス 嘘 ヒ マ リ   作:甘酒屋

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 ヒマリにカスみてえな嘘を吹き込まれたかったので初投稿です

 1/23 ヒマリ視点を削除、いくつか加筆修正を行いました。
 1/30  誤字修正を行いました。


「キヴォトスの蝉にはヘイローがある」

 

「先生、キヴォトスの蝉にはヘイローがあることをご存知ですか?」

 

 その声を聞いた瞬間、またか、と思った。

 隣に視線を向けると、その声の主である少女──明星ヒマリが、いつも通りの微笑を浮かべてこちらを見ている。

 

 いつからだったか、彼女はシャーレの当番でこちらへ来るか、私が彼女の【特異現象調査部】の部室に赴くたびに──つまるところ会う度に、嘘か本当かにわかに判別しづらい嘘を言うようになった。

 因みにそれらには知ったところでなんのメリットも無いのも特徴で、往々にして雑学どころか豆知識にも及ばない。

 

 それらは言うなれば、カスの嘘だった。

 

 どうやら今回はキヴォトスの蝉についてらしい。カスの嘘でも生徒の言葉なので耳を傾けると、ヒマリはぴんと指を立てて話し始めた。

 

 「正しくは幼虫の時にだけ、ヘイローが存在するのです」

 

 最悪だ。面倒なところを攻めてくるタイプだこれ。すぐに事実確認ができないせいで切って捨てることが出来ない。

 ついでに言うと今は冬だから、確かめるにはそこら辺の土を掘り返すしか無い。

 

 つまるところ、今私にできるのは彼女の言葉になるほどと頷くことのみであった。

 

 「へぇ、知らなかったよ」

 「えぇ、それもその筈でしょう」

 

 取り敢えず短い言葉を返すと、彼女も短い言葉で首肯する。だが会話はここで終わりではないことを、私は身をもって知っていた。

 

 「この「全知」の称号を持つ超天才美少女ハッカーだからこそ知りえたことです」

 

 ふふん、と上機嫌に胸を反らせる彼女の隣で、黙々と書類整理を実行する。こうなったらもう、頭はヒマリの言葉を聞いて、体で書類整理をこなすしかない。

 絶望的なマルチタスクである。おまけに暖房もヒマリの希望で30℃なのだから、体が白旗を上げようとしていた。

 

 「そんな超天才ハッカーに留まらず様々な分野に対する才覚とそれに負けない美貌をもつ私が、誰よりも先に先生へ伝えるのです。ちゃんと聞いて下さいね」

 

 と、ウィンクをしながらヒマリがこちらを見る。

 自己賛美とウィンクを同時にこなし、そのうえ釘まで刺してくるときた。マルチタスクが私より上手い。

 

 「こほん…ではそもそも、蝉の餌は樹液であることは世間一般では常識ですが、ここキヴォトスの蝉となれば少し違います」

 

 そこまで言って、ヒマリは書類の束から離れると、天を仰ぐように両手を開いた。

 手伝ってもらっておいて何だが、書類整理の手は止めないでほしい。

 そんな視線を華麗に無視すると、ヒマリはどこか誇らしげな顔を浮かべ、言った。

 

 「キヴォトスの蝉は……ヘイローを餌とするのです!」

 

 こっわ。

 

 「人食いじゃん」

 「いえいえ。先生、そうではないのです」

 

 生徒達のヘイローに飛びついてあの長い口を突き立てる蝉(幼虫)を想像して、思わず駆除に走ろうと椅子から立ち上がる。

 ヒマリはそんな私を制止すると、仕事が終わっていませんよというように書類の束の上へ私の手を置いた。

 

 いや、君もやってくれよ。

 

 「ヘイローにも新陳代謝があるのは先生であればご存知でしょうが───」

 「初耳だよ」

 

 ヒマリの方へ振り向くと、彼女は一瞬きょとんとした表情をこちらに向けるも、直ぐにいつもの微笑を浮かべた。さながら小学生に算数の問題を教える教師のようだ。

 まぁ先生は私であり、彼女が話すのは嘘か本当か分からない雑学モドキなのだけれど。

 

 「ふふ、ではそこから話しましょうか」

 

 そう言って人差し指をピンと立て、意気揚々と話し始める姿はコトリを彷彿とさせる。あちらは事実しか言わない以上、話の性質的にはこっちのほうがタチが悪いような気もするが。

 

 「私達が汗を流す様に…あっ、いえこの雪の結晶を人の形にしたようなbeautiful girl(美少女)である私は汗など出ないのですが…本当ですよ?」

 「はは、はいはい」

 

 解説を始めたと思ったら、あたふたとした様子でヒマリが言う。頬を朱に染め、念押しするようにじっとこちらを上目遣いで見るその姿を見れば、ある程度留飲が下がるというものだ。

 

 それはそれとして書類整理してほしい。切実に。

 

 「ヒマリ、そろそろ書類を」

 「ともかく…ヘイローは本人でも気づかないうちに、表面がぽろぽろと零れているのです。そう、この雪礫の中に光る一筋の花のような美少女とは無縁の汗のように」

 

 そう言って、ヒマリは汗を拭うように指の背で頬をなぞった。先のごまかしが成功していると疑わないその誇らしげな表情に、仕事してくれとは言えなかった。

 

 「それは通常であれば目に見えないほどの小さな破片です。そうしてそれは風に運ばれ、やがて土へとしみこんでゆく…」

 「…浸み込む?」

 「えぇ、ヘイローは水溶性なので」

 

 さも当然と言ったようにヒマリが頷くが、さらっと言われるものでは無い。

 

 雨に濡れたら命の危機じゃないか、ソレは。

 

 野宿が死に直結してしまうことに、便利屋の皆やRABBIT小隊の面々、結構ガッツリ雨に濡れていた元アリウススクワッドの子達の顔が脳裏に浮かび、思わず背筋がヒヤリとした。

 椅子から立ち上がった私の肩をヒマリが制止し、先程より多少低くなった書類の山へ私の手を置く。

 

 いや、だから君もやってくれよ。

 

 その視線を華麗にスルーすると、ヒマリは再度口を開いた。

 

 「そして地面に浸み込んだ細かなヘイローたちは格好の栄養源です。初めは、伐採などで木から樹液を得ることのできなくなった蝉たちだけが餌としていたのですが…世代を経るうちに、やがてその性質は蝉全体に伝播してゆきました」

 

 無駄に壮大な話になってきた。どうして私は予算の計算をしながらキヴォトスにおける蝉の進化の歴史を聞いているのだろう。そう思うと泣けてくる。しかもこれはおそらく、というか経験上ほぼ確実に嘘だし。

 

 「種類によりますが、大抵1~5年を土の中で過ごす…その中で様々な困難が襲い掛かる以上、ヘイローから得られる栄養はまさに彼らの生命線といえるでしょう」

 

 ついには蝉のことを彼らと呼び始めたうえに、話に身振り手振りが加わってきた。ヒマリの話にどんどんと熱が込められていくのが分かる。本当に何しに来たんだ君。

 

 「暗く(くら)い地下の中でヘイローに触れて初めて、彼らは自身が孤独ではないと知るのでしょうね…」

 

 ヒマリが同情するように視線を下へ向け、儚げな微笑みを顔に浮かべる。美少女を自称するだけ画になっているが、想像上の蝉に対する感想はどう反応すれば良いのか分からない。

 

 「美少女ではありません。"超""天才"美少女です。賛美する意味なら他の接頭語でも可としましょう」

 

 思考を読まないで。

 

 「ふう、話に熱が入り過ぎてしまいました。私の雪原のような純白の肌にも汗が浮かんできてしまいます。先生、暖房の温度を29℃まで下げましょう」

 

 さっき汗かかないって言ってなかったっけ、という言葉をすんでのところで飲み込むと、リモコンを操作して言われた通りの温度にする。

 下げても暑い。暑くて干からびそう。仕事してても暑いよ~。

 

 「…そうして幼虫の蝉は多くのヘイローを取り込み、様々な色や形を内包した幾何学的なヘイローを形作ります。それこそ、ある特定の種は虹色に輝く物を持っていて、ブラックマーケットでは高値で取引されるようですよ?」

 

 仕事も話もおわらないよ~。

 

 「ではその蝉たちが何故成長によってヘイローを失ってしまうかという話になりますが…実はまだ詳しくは分かっていないのです」

 

 「分かっていない」という彼女らしからぬ言葉に、思わず手を止めてそちらを向く。しかし彼女は私の視線を待っていたかのように真正面から受け止めると、やっと見てくれましたねとでも言うように目を細めた。

 やられた。そもそもハナから嘘であれば詳しく分かっていないも何も無いだろうに。

 悔しさを紛らわす様に再度机に向かうと、ヒマリはクスッと笑って切り出した。

 

 「しかしながら私の仮説を述べると…幼体から殻を抜けて成体となるときに、一度死を経験するからではないでしょうか」

 

 一気に真面目な声色へと変化したことを感じ、思わず体が少し強張った。かつてデカグラマトンとの攻防で見せたあの剣呑な雰囲気が突如として蘇り、思考のキレをそのまま表す様に、彼女の瞳が鋭く狭められる。

 向けられている対象はカスの嘘(推定)だけど。

 

 「さなぎから蝶へなるときに中が一度ドロドロに溶けるように、蝉も一度体を溶かし、再構築します。それは元々とは違う自分への変態…そう、文字通り「生まれ」変わっているといえるでしょう」

 「大人になるってこと?」

 

 熱の入っている姿と言葉に押され、思わず言葉を返してしまう。ハッとしてそちらを見ると、ぽかんと口を開けていたヒマリの顔が、みるみるうちにぱあぁと輝いてゆく。

 

 「…ええ、ええ!確かに外皮や体の不可逆性を考えるに…神秘によって保護される子供としての役割を放棄し、大人として生まれ変わっていることを表しているのかもしれません…!流石は先生、このミレニアムが誇る最高の超天才美少女である私にも無い視点をプレゼントしてくれるとは…!」

 

 しきりに頷きながら、嬉しくてたまらないと言った様子で噛み締めるようにヒマリが言う。普段の大人びた雰囲気とは違った年相応の少女のような姿に、思わず頬がほころぶのを感じた。

 これはいけない。普通に彼女のペースに呑まれてしまっている。流石天才を自称するだけあって、何というか引き込むのが上手い。

 

 「"超"天才です。称賛や程度の大きいことを示すのであれば他の修飾語でも可としましょう」

 

 だから思考を読まないで。

 

 「…ともあれ、再誕ともいえるほどの劇的な変化が影響を及ぼしていることは重要なファクターと言えるでしょう」

 

 急に真面目な顔にも戻ってそう言うと、ヒマリはペラペラと解説を続けた。

 

 「蝉のそのような点は、古来からの神秘…信仰を集める要素の一つといえます。かのオリオン座がかつては蝉座と呼ばれ、不死鳥のように生まれ変わりのシンボルとして信仰されていた時期があるように…」

 「無いよ…」

 

 無いよね…?

 

 「さあどうでしょう」

 

 疑わし気な視線を送ると、ヒマリは微笑を浮かべたままじっとこちらを見る。暫くにらめっこを続けると、ヒマリは折れたようにぱちりと目を閉じた。

 

 「まぁ、成虫となってからは樹液を満足に取れるので、必要無くなるというのもあるかもしれませんけれど」

 「それは良かった」

 

 ヘイローを狙った蝉が生徒を襲う可能性が無くなったことに、ひとまずほっと胸を撫で下ろした。

 

 「…しかし、最近は何と成虫なのにヘイローがある蝉の存在もまことしやかに囁かれているそうです…」

 

 声のトーンを少し低くしたヒマリが、驚かすときの様に両手の爪を立ててこちらを見る。

 

 「…それは、つまり…」

 「えぇ、恐ろしいことです…仮にそんな蝉が大量発生しては…!」

 

 如何にも深刻な事態であることを裏付けるようなヒマリの声に、思わずゴクリと喉が鳴る。

 モンスターパニックもののような映像が脳裏をめぐる。生理的嫌悪感を示すフォルムに、ヘイローを狙うという執拗さ、そして的の小ささから、各地で被害が───

 

 「まぁ全部嘘ですが」

 「仕事して!!!?」

 

 あっけらかんと言い放った彼女に、心の底からの叫びが出る。

 

 その後、「しょうがないですね」と渋々ながら仕事をしてくれたヒマリによって今日の業務は20分で終了した。

 何なんだ、本当に。

 





 
 ヒマリASMR発売おめでとうございます

 書き終わってから思ったけどキヴォトスにセミっているのかな。
 1/22 いるようです。ありがとうございました!

 
 書いててとても楽しかったです。
 好きがはやりすぎてキャラや設定にミスがありましたらごめんなさい。

 読んでくださりありがとうございました。
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