リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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決戦【4】

 メレオロンがゴン・キルアと即座に合流できたのは、実のところそれよりも前に二人を発見していたからだ。

 いや、正確にいうとリンとレオリオも居る場で発見した。そして、ネフェルピトーと対峙する一部始終を見ていた。その経緯は十数分前に遡る。

 

 ナックル・シュートペアから離脱して自分にできることを探していたメレオロンは、西棟でのゴンの叫びに彼らがそこに居ることを知った。丁度、ゴンが怒りのあまり咆哮した時のものだ。そこから、合流する隙を狙って物陰に隠れ様子を窺っていた。

 そこからゴンの失言、リンの一撃とネフェルピトーを倒すまでを目撃する。護衛軍の一体が無事に倒された点、そしてパニックになったゴンがその場から離脱した点から、この時点ではどちらと合流すればいいか迷っていた。そこに、惨事が起こったのだった。

 結果的にゴンも戻り、キルアとゴンが他護衛軍を探して西棟を出ることになったので、そちらと合流する選択を取ったのだが。ミッション遂行にあたって全てが予定通りに運ぶなんて思っていなかったが、ナックルの行動に加えてゴンとリンのイレギュラー行動。ここまで想定外が起こることは想定していなかった。だからこそ、内心ではモラウの次には様々なことに意識を巡らせていた。

 

(あまりにも状況が変化し過ぎている。予想していたとはいえ、それ以上だ……)

 

 メレオロンのベースとなった人間は、成人して幾らかが過ぎたれっきとした大人だった。その精神はメレオロンにも引き継がれている。

 だからこそ、ゴンやキルア、リンやレオリオといったまだ年若い少年少女の心情を、落ち着いて観察している節があった。安定感のあるモラウや、経験は浅くとも成人しているナックル、シュートとは違う、若さゆえの不安定感を危惧していたからだ。

 もちろん仲間である以上、全幅の信頼を置いている。しかし客観的に見た時にどこか危うさがあるのも事実。だからこそ、噛み合った時には絶大なパワーがあるだろうとも踏んでいたのだが。

 

 そして、今回はそれが悪い方向に出てしまったらしいことも察していた。特にゴンはそれが顕著に出るであろうことは、決行前から察していた。あの底の見えなさこそがゴンの強さであり、弱さでもあると。

 しかし、それ以上に危ういのはキルアだった。だが、本当に辛いことを胸の内に仕舞うこの少年は、何があったか、何を感じたかなんて言わないし言えないのだろう。ならばこちらも、聞けないし聞かないという選択しか取れない。

 そう思っていたところに、ゴンがキルアに頭を下げた。このやり取りだけでメレオロンはキルアの心の澱がほんの少しだけ軽くなったことを察したのだった。

 

 今、把握している状況の中で一番の懸念点はリンとシュートの容態。特に、リンはあまりにも重篤なものに見えた。

 それは仲間の安否を心配しているのが第一ではあるが、万が一の際に更なるイレギュラーを引き起こす懸念だ。仲間(レオリオ)が助けようとしているのだからそれを信じてはいるものの、彼らに何かあった時、それが心の脆い仲間達の動揺を引き出すことは確実に思えたからだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 一方、原作と寸分違わぬ形でモラウとの戦闘から離脱したシャウアプフ。その際にモラウの武器も奪っており、どちらが勝利してもおかしくないこの戦いは、シャウアプフの完勝という形で幕を閉じた。

 もっとも、その後のモラウが原作そのままにモントゥトゥユピーからナックルを救えたことを思えば、この結果はどちらを優勢にしたのかは判断が難しい。しかし少なくとも、この時点でのプフは自身の勝利だと認識していた。

 

(どこを探しても王がいらっしゃらない! 敵に連れ去られた? いや、そのようなことはあり得ない。ならば、王が自ら向かわれたか……)

 

【蠅の王】(ベルゼブブ)によって上空から戦闘状況を判断する。これもまた、王のためにと作られた能力だ。しかし、肝心の王がどこを探しても居ない。襲撃直後にモラウの能力に囚われていたプフは、王がネテロと共に宮殿を出て行ったことを知らない。

 

(地下シェルターにヒナと兵隊蟻、そしてビゼフ。東棟兵隊蟻用控室に一名! 数日前捕らえた人間、もうすぐ産まれる模様!)

 

 能力で隠れているメレオロンは探知できなかったものの、モラウ・ナックルと戦闘しているユピーや、ゴン・キルアの位置取りを把握していく。そして西棟に飛ばした己の分身からも情報を得る。

 

(西棟二階にコムギと敵が二名、うち一名は瀕死状態! ……!?)

 

 コムギも治療中らしき様子ではあったが、それはプフの心の琴線にはなにも引っ掛からなかった。それよりも驚かせたのは、護衛軍である仲間だったものらしき肉塊が傍らに崩れていること。

 

(ピトーはやられましたか……。即ち、王の手を煩わせる可能性のある敵が居る! 速やかに排除すべき!)

 

 同じ護衛軍であろうと、仲間の死にシャウアプフが情をかけることはない。むしろ、その存在が王を揺るがすものであれば、仲間さえも排除しようという思考を持っている。

 それよりも彼を警戒させたのは、数十分の間に自分と同格の強さを持つ存在を殺す者が、敵に居るという事実だった。それは最悪の場合、王にも危険が迫る可能性を示す。シャウアプフはそう判断したのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「お前もそろそろ行け。俺らにできることはまだあるだろ」

「うん。……じゃあ、キルア。必ず後で会おうね」

「ああ。とっとと行ってこい」

 

 キルアが電力回復に時間を要するため、ここでゴンとキルアは別行動に移ることを選択した。メレオロンが再びナックル達の下へ向かったのは、これより少し前のこと。

 完全に一人になったゴンは、メレオロンを追ってモントゥトゥユピーと戦うナックルを手助けする方を選択する。この時点でシャウアプフとモラウが依然交戦中であると考えているゴンには、これ以外の選択肢がなかった。

 

(……全部終わったら、謝らないといけないこと、いっぱいあるや)

 

 メレオロンと同時に出発せずに少し時間を空けたのは、僅かな時間を使ってでも突き放してしまった相棒との距離を取り戻したかったから。数秒の誤差が未来を大きく変える場面でこの行動をとったのは、幼稚と捉えられる行動だろう。

 だが、ここで溝を作ったまま戦いに出るのはもっと危険な行為ともいえる。ここでのゴンの行動は、結果としては未来に影響を及ぼさない、可もなく不可もないものであったが。

 

 冷静になった眼で自身の行いを振り返ってみれば、あまりにも酷過ぎた。特にキルアに対しての言動は自分でも褒められる要素がないと理解している。姉の再三の注意に関わらず、一線までも踏み越えてしまった。

 

(姉さんのあんな怒った顔、初めて見た。……許してもらえるかな)

 

 それはヨークシンやG・Iで怒鳴られた時とは比べ物にならない剣幕だった。いや、怒りすら通り越し、あの瞬間だけは姉弟ですらなかったと言えるかもしれない。身から出た錆とはいえ、思い出しただけで少し胸が痛む。

 ゴンは成長した。自身の過ちを認め、冷静に感情を制御するよう努めている。だがそれでも、客観的に見た時、まだゴンはキルアに比べると覚悟が甘かったといえるだろう。相棒と心中する覚悟で挑んだキルアとは違い、ゴンはあくまで全員で生き残るハッピーエンドを疑っていなかった。それは酷く優しく純粋で、そして傲慢かつ愚かな思想だと、この後にゴンは気づかされることになる。

 

 石造りのひやりとした空間を移動する。ゴンの聴覚が石畳をひたひたと歩く音を捉えたのは、中央から東館に差し掛かるところだった。

 敵かと思い即座に戦闘態勢に入る。足音は戸惑う様子なくゴンに近づき、そして姿を現した。武装している様子はなく、タオル一枚しか纏っていないその姿は酷く無防備で。逆にそれが何かしらの能力を使用するための条件なのではないかと疑う前に、ゴンはその人物が探していた仲間であると悟った。

 

「パーム!」

「ゴン……!」

 

 無表情だったパームは、ゴンの姿を視界に映すとぱあっと顔を輝かせた。それは討伐メンバー選別の際に共に過ごしていた、日々包丁を研いではこちらを見つめていたパームとは別人のように晴れやかだ。

 キルアであればこの時点で少しばかり不気味に思っていただろう。だが、ゴンは全く気にしていない。

 

「良かった、無事だったんだ、ね……」

 

 それは、ゴン自身が人の外見を気にしない性格であるというのも、もちろん挙げられる。しかしそれ以上に、矛盾する記述ではあるがパームの外見がゴンの目に留まったからだ。ただし、ゴンの目に留まったそれは、人間のものですらない箇所についてだった。

 

「その姿は……」

「……こんな姿の私、嫌よね。人ですらなくなってしまったの」

 

 額には水晶玉を埋め込んだような跡。そして両の手足に浮き出る魚を彷彿させる鱗。肯定的に捉えるならば美しい人魚のような、否定的に見るならばヒトでなくなったキメラアントのそれだ。

 この時点でゴンは、パームが捕縛されてキメラアントにされてしまったと理解した。情報漏洩がどこまで起こっているか、これはカイトの改造とは全く別物なのか。思考を巡らせねばならないことに加えて、他のキメラアントに比べるとパームらしさ、人間らしさも残っているその外見。この段階でパームに出会った者ならば、誰もが同じような混乱を抱えたことだろう。

 だが、それでもパームは生きていてくれた。大切な仲間が無事であったことは、ゴンにとっては喜ばしいこと以外の何ものでもない。だからこそ、ゴンははっきりとパームの眼を見て言った。

 

「ううん、そんなことない。むしろ今の方がずっともっと綺麗だよ。仲間のために、人類のために覚悟してやってきたんだ。綺麗に決まってる」

 

 それは、心からの本心の言葉。パームはそれに対し柔らかく微笑んだ。

 

「行きましょう。王はどこにいるの?」

「うん。王は、……」

 

 ここでゴンの言葉は途切れた。一瞬の間にパームから距離を取り、無意識のうちに身を包むオーラを強くさせる。その表情は、信じられないものを視る眼で。それは間違いなくパームに向けられていた。

 ゴン自身も認識する前に身体が反応していた。それは、ゴンの背中に自然な形で添えられたパームの手が、本能的に敵のものだと感じさせる何かを孕んでいたから。後から追いかけて、冷静な部分がパームを敵ではないかと感じた、矛盾の根拠を分析する。

 

(なんでパームがそんなことを聞く? ミッションが始まった時点でパームの役割は終わっているのに……)

 

 ネテロは王を連れてこの場を離れ、護衛軍と王は既に分断されている。そうでなくとも、パームの役割はミッション遂行前に果たされるものだった。従って、今の段階でパームが王の居場所を尋ねる必要はない。初めに聞くならば、現時点での仲間の位置や戦況の方がよほど自然だ。

 

 ゴンはここまで、パームはメレオロンのように人間としての記憶を持った状態で蟻に転生したと理解していた。だが、それが根本から異なるのではないかと脳内で警鐘が鳴り響く。先程の矛盾に加えて、パームらし過ぎる(・・・・・)外見と仕草がそれを裏付けた。

 

 それは、パームの心までもが蟻になってしまった可能性。完全なる敵側に回ってしまって居る可能性だ。その場合、パームは味方から駆除対象へとなり下がる。

 

 本来ならば、それはゴンの心を完全に壊すのに十分なダメージとなっただろう。原作でキルアが懸念していた通り、そして身体を張ってパームを足止めしようとした通り。それだけ、仲間が壊されてしまうことは、ゴンにとってカイトを彷彿させる残酷な事実だった。

 それを寸前のところで引き止めたのは、感情的になったが故に起こった数十分前の出来事。あの時ゴンを殴って止めたリンは、今はゴンの傍には居ない。

 

「……うぅ」

 

 左腕を右手でギリと握り締める。爪を立てることで腕からは血が流れ出た。肉体を損傷させることは、当然ながら肉弾戦の勝率を下げることに繋がる。それでもゴンがその行為を取ったのは、少しでも正気を保つために他ならない。

 

(もう、同じ失敗はしない。姉さんに顔向けできるように!)

「? どうしたの、ゴン」

「……パーム、蟻に操られちゃってるんだね」

 

 冷静にパームを見据えて発された言葉。パームはぴたりと動きを止めると、じっとゴンを見つめた。先程ゴンを発見した時と同じ、あの無機質な瞳で。

 

「……心の中に溜め込んでいた気持ちを素直に開放することにしたの。それだけよ」

「っ……」

 

 噛み合っていない会話。それこそが人間ではなくなってしまった証明だ。ぢくりと心の痛みがゴンを突き刺した。

 だが同時に光も見えた。あまりにも生物らしさのない、機械のような言葉。それは、パームの自我が封じられて操られているだけである可能性。

 完全な人形にされてしまったカイトと違い、パームとは会話が成立している。記憶があり、話すことができる。まだ、間に合うかもしれない。オーラと髪を纏い、姿を変えようとするパームを前に、ゴンはオーラを強めた。

 

「好きな人って、結局は私の下を離れていくの。本当に大事な人ほどね。好きであればあるほど、あっけなくこの手から滑り抜ける」

 

 蛹から蝶に変態する様を彷彿させる変貌。ゴンは知らないが、それはリンの【桃色悪魔】(コピー能力)にも似通った要素のあるものだ。オーラの性質も変貌した後の結果も全く異なるものだが、いずれにせよ変身を終えたパームは大きく能力を向上させていた。

 

「じゃあ、殺しちゃえばいいのよね? 一生隣に置いておくためにさぁあああぁぁあああ!!」

 

【暗黒の鬼婦人】(ブラックウィドウ)はパームの感情によって姿を変える。漆黒のセーラー服を思わせる形に髪を纏ったパームは、直情的な攻撃をゴンに仕掛ける。『堅』によって瞬時にガードしたものの、それはズキズキとゴンの両腕を痺れさせた。

 

「パーム、思い出してよ! パームはそんなこと言わないよ」

 

 ゴンは、リンのように他者のオーラを視覚で判別することができない。しかし、本能でパームが操られていると確信していた。それは希望的観測だけではなく、本当の肉塊として操られていたカイトを見た後だからこその確信だ。

 念能力による操作ならば、能力者を倒さなければならない。それ以外のものならば、パーム自身でも操作に打ち勝てる可能性があるかもしれない。全ての可能性を加味して、攻撃を受け流しながら言葉をかける。周囲に居るかもしれない敵の影を探りながら。

 

 しかしそれは容易ではない。ゴンの傷は少しずつ増えていく。

 強化系といえど、パーム自身の戦闘力は高いものではなかった。それが今や、ゴンを超えるほどの力を備えている。それこそがキメラアントによって改造された証明でもあり、ゴンに肉体的な痛みと精神的な痛みを同時に与える。

 

「俺、ずっと心配してたんだ。一人だけで潜入することになって、プレッシャーもあって……。無事でいてほしいってずっと願ってた」

 

 ステップを踏んで幾度となく繰り出される拳。元に戻せるかもしれないとパームを傷つけることを拒み、必死に言葉をかけ続ける。

 

「他の皆もそうだよ。キルアだって、口は悪いけど心配してた。それに、姉さんも」

 

 だが、パームに反応はない。心底楽しそうにゴンを攻撃するその眼には狂気が宿っている。これが本当のパームの姿だったのではないかと錯覚しそうな程に自然な所作だ。

 

(……いや、パームはきっと元に戻る! もう同じ結果にはしない!)

 

 もしもパームがどのような手段を用いても元に戻らないのならば、こうして生かそうとするのは本来のパームが最も拒むことだろう。

 だが、どうしてもゴンはそれだけはできなかった。それはカイトが元に戻せないとわかった直後だから。そして、大量の血の中で眠る姉を見た直後だから。ゴンの良さでもあり悪さでもある直情的な意地だ。

 

「姉さん、口では『パームは討伐隊(メンツの中)で一番強いから大丈夫』なんて言ってたけど、気にしてるのなんて顔を見ればわかる。ノヴさんに怒った態度とってたのも、パームのことが大事だからだよ」

 

 姉の名前を出すと、じわりと涙が滲む。視界が揺らぎ、攻撃しようとしていたパームの拳が一瞬固まったように見えた。

 それは気のせいなのかもしれない。可能性を信じたくなる一方で、ゴンの冷静な部分はその可能性もあると言った。なぜなら、直後にパームに指示を出す声を聞いたからだ。

 

「やれ! 殺すのです一号!」

 

 ゴンの人間離れした聴覚は、小さくパームに囁きかける存在を認識した。ぼやけた視界を無理やり拭って眼を向けた先には、シャウアプフの分身がパームの髪に埋もれて下卑た笑いを見せる姿。それは、ゴンに勝利を確信させるより先に怒りを覚えさせた。

 

「……お前らがパームをこんなにしたんだろ!」

 

 パームの髪からシャウアプフの分身を摘まみ出す。数センチ程度の小さな分身は、ゴンの拳によってあっけなく潰された。声も残さずに死んだその身は、本体にも瞬時に通達される。

 だが、パームに変化は起こらない。むしろ指示をする者が居なくなったせいで、先程よりも人間らしさが消えた気がする。

 

(……パームも、カイトと同じなの? もう直せないの?)

 

 考えられるのは、先程のシャウアプフの分身は指示を出していただけで、パームを操作している能力者は他に居る可能性。だが、それよりも高いのはパームがカイトと同じように生物ですらなくされてしまった可能性だ。

 指示者が死んだからか、ゴンへのパームの攻撃は止んだ。しかし武装は解除されず、淡々と空虚な瞳を向けてくる。また、人として接する設定に戻されたのかもしれない。初めに会った時は違和感がないと思えたそれは、注意して見ればパームの記憶に基づいて作られたロボットのような人格だ。

 

「リン、そんなに私のこト、心配してくれテたの……」

「……うん。姉さん、俺のせいで大怪我しちゃったんだ。俺の、せいで……」

「辛かっタのネ、ゴン……」

 

 辛かった? 辛かった。いや、姉さんやキルアはもっと辛かった。重傷を負った姉を差し置いて自分が辛いなんて許されない。親友を傷つけたのは自分で、傷ついたのはキルアだ。パームが蟻になってしまって悲しい。それは自分だけじゃない。カイトを喪ってしまった。それは姉さんやキルアも同じだ。なにより、一番辛い思いをするのはミトさんだ。

 様々な気持ちが身体中を行き交い、また目頭が熱くなった。今度はそれを止める緊急性もなく、涙は際限なくこぼれ落ちていく。

 

「う……ん……。ううん、俺が辛いなんて言う資格、ない……」

 

 許されるなら、声を上げて泣きたい気分だった。だが、それを許される立場でもなく状況でもない。静かに涙を溢れさせるゴンに、パームはぎこちなくゴンを抱き締めてその背をさすった。

 いつまた攻撃されるかもしれないという警戒は、悲しみと悔しさと後悔がないまぜになってかき消されていた。熱い涙がパームの髪に染みこみ、次第にパームを覆う髪は解けて消えていった。

 

「……ゴン、辛い時は辛いって言っていいのよ。リンもわかってるわ」

「……パーム?」

 

 はっきりとゴンを見つめる眼差し。それは先程とは異なり僅かな不気味さも含まれない、純粋にゴンを大切に想うものだ。パームが元に戻ったのだと、理解した瞬間にゴンはまた涙が零れた。

 

「泣いているゴンを見ていたら、霧が晴れたように意識がはっきりしてきたの。……ミッションを終えたら、沢山話しましょう? 私達も、リンとも」

「うん……うん……!」

 

 優しく頭を撫でられ、このミッションが始まってからゴンは初めて喜ばしい出来事を得るに至った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 リンを治療するレオリオ。コムギもリンも意識がない以上、誰も聞いていないが、それでもレオリオは叫ぶ。悔しさと悲しみをぶつける当てがないからだ。

 

「くそ……くそっ! 完璧に治療できたはずだ! 身体の傷も戻ってる! なのに、なんで心臓が動いてねえんだよ!」

 

 レオリオが動揺していること。それは、完治したにもかかわらず、リンの心臓が鼓動をやめていること。それには、とある二つの想定外が起因する。

 

 レオリオの能力は、対象に周囲の生物のオーラを送り込んで、対象の治癒力を高めるもの。つまり、個人の治癒力を増幅させるものだ。どれだけ劇的に肉体が修復されようと、それを可能にしているのは医療による物理的技術ではなく、あくまで個人の自然治癒力。

 そのため、レオリオが能力を使用できるということは、裏を返せば対象の生命活動が継続している証明でもある。少なくとも今まではそうだった。

 

 だが、レオリオの能力は制約を見直したことによって大きく変質しつつあった。対象の治癒力に任せた医療から、注ぎ込んだオーラで直接的に患部を修復する医療へと。

 元々自身の能力の低さを加味してアバウトな条件付けの能力にしていたからこそ起こった、良く言えば成長であり悪く言えばイレギュラーだ。

 つまり、今のレオリオは対象の生死に問わず肉体を修復することができる。問題なのはそれに本人が気づいていなかった点だ。

 

 すなわち、レオリオが能力を発動した時、リンはすでに死んでいた。

 

 もう一つの誤算であり、想定外だ。必死になっていたためにキルアやゴンを含め誰もが気づかなかった、オーラの有無を判断すれば簡単に気づけた極めて初歩的なミス。

 何度もオーラを注ぎ込み、自身のオーラも尽きようとするほどの献身的な救護の末、リンは動かない。ここでレオリオはとうとう、心臓が動いていない、オーラが一切流れていないことに気づいた。

 

 それは、完全なる魂の喪失。もう、リンを救う手段は自分にはない。二度目の友の死にまたしても何もできなかったのだと気づいた時、レオリオは咆哮し泣き崩れた。それは意を決して救護のため突入したノヴが到着するまで、絶えることなく続いていた。

 

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