「じゃあママ、行ってくるね」
返事を待つこともなく、テリーザ・アトウッドは生まれ育った生家からしもべ妖精の"付き添い姿くらまし"で旅立った。ロンドンの裏路地に姿現しした後は、しもべ妖精に別れを告げてキングス・クロス駅に向かう。小柄な体には不釣り合いな大きなトランクを引きずりながら歩くテリーザに周りの人間は怪訝そうな目を向けた。典型的な経済の停滞からある程度状況はマシになったとはいえ治安がいいとは言えないこのご時世、あの子の保護者は何を考えているのだろうか。
しかしそんな視線などどこ吹く風、ふと人の目が逸れた瞬間にその少女の姿はキングス・クロス駅から影も形もなくなった。少なくともマグルの目からは。
テリーザ・アトウッド
列車の発車時間よりも少し早めの時間に無事に着けたことに安堵しながら、私は9と3/4番線からホグワーツ特急に乗り込んだ。
空いていたコンパートメントに入って早々にトランクを荷物棚にしまうことを諦め、他の人が入ってこない内に着替えてしまおうとブラインドを閉める。家に閉じこもって育ってきたため魔法族の友達がいないのはとっても不便だ。トランクも引き上げられないし、着替え中のコンパートメントを見張ることもできない。ロンドンを歩くため試行錯誤しながら揃えたマグルの服から制服に着替えながら、私は入学が決まってから幾度となくシミュレーションした友達を作るための会話パターンを脳内で復習する。初めまして、私の名前はテリーザ・アトウッド。テリーって呼んで。
さっと着替え終わってぶつぶつと呟きながらブラインドを開けると、コンパートメントの外からちょうどこちらを見たところであろう少年と目が合った。
「は、初めまして、私の名前はテリーって呼んで」
反射的に言ってしまったけどすぐ間違ったことに気づいた。しかもコンパートメントの扉は閉めっぱなしだから、少年からは知らない女の子が自分に向かって口をパクパクさせたようにしか見えないだろう。最悪だ。
けれど少年は幼いながらも立派な英国紳士だったようで、礼儀正しくコンパートメントの扉をノックした。私が扉を開けると、少し微笑んで挨拶してくれる。
「初めまして。僕は新入生のセドリック・ディゴリー。ここの席は空いているかな。空いていたら座らせてもらいたいのだけど」
「初めまして、私はテリーザ・アトウッド。空いているから、どうぞ」
どうやら同級生だったらしい。何とか持ち直せたことにほっとした。
セドリックはあまり審美眼に自信のないテリーザから見ても美少年だった。将来はさぞかし多くの女の子を泣かせるのだろう、きっと。初めての友達にしては少々高すぎる気もする、そんな失礼なことを思う。
しかしそんな私の思考は杞憂だったみたいで、それからすぐに別の新入生の女の子が席を探してコンパートメントの扉を叩いた。
もちろん断る理由もないので、コンパートメントに入ってもらう。セドリックと共に自己紹介をし、しばらくは会話に混ざろうと頑張っては見るものの結局二人の会話には入れなかった。人間関係難しいな、と思いながら諦めて薬草学の本を開いた。
セドリック・ディゴリー
ホグワーツ特急で初めて出会った女の子はどうやらあまり社交的ではないらしかった。艶々とした長い黒髪に色素の薄い金の瞳。整った顔立ちが小柄な体に不釣り合いだ。挨拶は交わしたものの、後からコンパートメントに入って来た新入生の女の子、アンジェリーナ・ジョンソンとクィディッチについて盛り上がっているうちに彼女はいつの間にか本を広げて読みふけっていた。
特急がホグワーツに到着すると、否が応でも心は浮き立つ。憧れていたホグワーツ。魔法大臣をしていた先祖も、祖父母も両親も、皆ここの出身だ。どこの寮に入ったとしても、立派な魔法使いになる。そう決意を胸に森番が操る船に乗り込んでホグワーツ城に向かった。周りの生徒は組み分けのことで気が気がない様子だ。僕も内心では少しどきどきしていたが、船で近くに座っているテリーザが平然としているので何とか平静を装っていた。幼く見える彼女より動揺しているなんて少しかっこ悪い。
副校長の厳格な雰囲気の魔女に連れられて大広間に入場すると、思わず息を呑んでしまった。周りの新入生たちも同じ様に呆けている。
その大広間は荘厳な雰囲気を漂わせていた。長いテーブルには僕たちを興味津々で眺める上級生たちがいて、上には夜空が広がっている。何千もの蝋燭が宙に浮かんでいて、生徒の座る4つの長テーブルと教職員席、そして目の前の古ぼけた帽子を照らしている。どうやらその帽子を被ることで組み分けが行われるらしい。帽子を被るだけなんて父の冗談だと思っていたけれど、どうやら本当みたいだ。なんだか拍子抜けだ。
そうして組み分けが始まると、それは案外あっさりと終わった。コンパートメントで一緒だったテリーザは早めに呼ばれて、少し長い時間帽子を被った後にレイブンクローに組み分けされていた。帽子は僕の組み分けにも少し迷ったみたいだったが結局ハッフルパフに入ることになった。アンジェリーナはグリフィンドールへ、父親同士が知り合いで名前だけ聞いたことがあるウィーズリー家の双子は僕と同級生だったようで、帽子は頭に触れるや否や「グリフィンドール!」と叫んだ。
知り合いが別々になったことに少し不安を覚えながらも、ハッフルパフの席につき先輩方から歓待されているうちにいつの間にかそんな不安は吹き飛んでしまっていた。