体力育成の後、寝不足でふらついていたところをツノ太郎が保健室に運んでくれた。
ベッドに横になり「ありがとう。もう大丈夫だよ」と言ったら。
「ふむ...人の子が眠るには子守歌を聞かせるのだったな」
「安心するがいい。」
「特別に、僕が聴かせてやろう」
「♪〜」
保健室の静かな部屋にツノ太郎の心地よい低音が奏でる子守歌。
リリア先輩の夢の中で何度も聞いた慈愛に満ちた歌たち。
ツノ太郎に届いてたんだ!そう思うと途端に具合の悪さなど気にならなくなり興奮気味に起き上がる。
「 ! っツノ太郎その子守歌」
私の反応に驚いたツノ太郎が幼い子を寝かしつけるように頭を撫で布団をかけながら言った。
「あぁ、多分乳母の誰かが歌ったのだろう」
「そっか...」
ツノ太郎はあの時卵で、まだ生まれてもいなくて、だから仕方が無いことだけれど、でも普段と変わらない声に微かに混ざる寂しげな色に違う!と、もしかしたら乳母の方も歌ったかもしれないけれど、二人の愛の歌だとツノ太郎に知ってほしかった。
リリア先輩の夢に入る前なら特に何も思わずそうなのだろうと「妖精も子守歌を歌うんだね!」なんて気にも留めかったかもしれないけれど、今は違う。
ツノ太郎に知っていてほしいと思った。
どれ程深くツノ太郎が愛されているのか、あの夢の中で見てきた全てを知ってほしかった。
「眠れや〜 眠れ〜 ♪〜♪〜〜歩むように〜」
あの夢の中で何度も聴いた、貴方への想いが私を通してでも届いてくれたら良いのに。
「人の子...」
歌を聞いた瞬間、
微かに頭に過る温かな声......
知らず熱くなる目頭......
胸の奥が騒ぎ出す、
雷に撃たれた様に瞳を見開き人の子から目が離せない。
「あの夢の中で、ツノ太郎のママとリリア先輩が歌ってたんだよ」
「......そうか...」
喉が張り付いてそれ以上言葉が出なかった。
(母上とリリアが...)
僕の世界は家族と護るべき民と忠臣たち元老院の者どもでできていて......
僕を恐れず深く愛してくれたのはお祖母様とリリアだけだった。
僕には父上も母上も居なかった。
僕が子供の頃、僕の家族といえばお祖母様とリリアだけだった。お祖母様は僕のお祖母様であると同時に王であり余り共に過ごせる時間はない。
リリアがシルバーを拾い育て、セベクがリリアに弟子入りし僕の周りは随分賑やかになった。
学園に入り相変わらず人々の考える事は理解し難いし、皆僕を恐れて近寄らないことに変わりはないが...人の子と出会い何かが少しずつ変わっていった。
「ツノ太郎のママ、ツノ太郎にそっくりで凄く美人だったよ、滅茶苦茶強くて怖かったケド...ボロボロのリリア先輩に何度も雷落としてリリア先輩死んじゃうんじゃないかってハラハラした。」
「リリア先輩、大昔にツノ太郎のママにプロポーズしたんだって」
「!...それは、初耳だな」
「ツノ太郎の卵、濃い紫水晶色で緑光がキラキラしてて綺麗だったよ」
「結構ずっしり重くてね抱えて逃げるとき割れちゃわないか心配だった」
「そうか...」
静かな部屋に私とツノ太郎のけして大きくない声がよく響く。
「リリア先輩本当に必死にツノ太郎の卵を孵化させるために走り回ってたんだよ、もう本当に危なかったんだよ...生まれてきてくれてよかった...」
「最初、リリア先輩がどうしてあんなに辛い夢を見ているのか分からなかっの」
「でも、沢山の悲しみの先にしか、ツノ太郎が生まれて来てくれた あの 一番幸せなときは来ないの。」
思い出して涙が溢れてくるから瞬きして乾かす。(生まれて来てくれて本当に良かった)
「人の子よ、礼を言うぞ」
「誰も教えてはくれなかったからな...」
ツノ太郎と私以外誰も居ない部屋の中窓から伸びる西日が全てをオレンジ色に染めてゆく。
「もう、眠るがいい...」
ツノ太郎の手が瞼に伸び、自然と目を閉じる。
いつも凛と気高く美しい漆黒の中から意外とお茶目だったり、魔王様みたいな高笑いが似合ったり色んな色を見せてるけど本当に時たまふとした瞬間出ては瞬きの間には消えている哀しい色がずっと気になっていた。
ツノ太郎は誰よりも強くていつか妖精王となり国を治める。
人間の王様でさえ孤独なものなのに、ツノ太郎はどれ程の孤独に耐えなければならないのだろう。
ツノ太郎の側にはシルバー先輩とセベクがいるけれど、シルバー先輩は人間でセベクは半妖、ツノ太郎が永遠の眠りにつくまで側にいることはできない。
もしかしたら二人が誰かと結婚して子供が生まれてそしてまたツノ太郎の家臣になっても、ツノ太郎は幾度となく大切な者たちを見送らなくてはいけない。
それに新しい大切な出会いがあっても、それは今ある大切な者たちの代わりではないし、代えられるものではない。
ツノ太郎は、どの生物もツノ太郎からすれば瞬きの間に消えてしまう儚い生命だと、そういうものなのだと諦観していた。
でも今回、ツノ太郎にとって家族であり、師であり、友であり、家臣であり、ツノ太郎の一部と言えるぐらい大きな存在のリリア先輩との永遠の別れが目前に迫りツノ太郎は壊れてしまった。
ツノ太郎はいつか来る全ての別れを遥か昔に覚悟していただろうけれど、実際に自分の深く愛する人との別れは初めてだったのだろう。
そんなの覚悟していたって辛すぎるもの。
永遠にそんな日が来なければいいのに。
こんな時ばかりは養老院の存在が羨ましくなる。
あんな自己的なのじゃなくツノ太郎を本当に思ってくれている存在がああやって近くに居てくれたらどれだけいいか。
あんなのが側に居ながらよくぞ真っ直ぐ育って...凄いよツノ太郎。
愛された記憶があるからといって別れの傷が癒える訳ではないし、愛された記憶があるからより一層耐え難い別れに心が引き裂かれそうになる。
でも、どれだけ自分が愛されていたか、いるか知っていれば遥か先の未来で、
幾度となく大切な者たちを見送り続けるであろう貴方が壊れてしまうことなく
その悠久の生を全う出来るんじゃないかと...
過ぎゆく者たちから贈れるものがあるとしたら...
それは例え、一人一人の力では小さな一粒の種かもしれないけれど...
やがて、貴方のいる大きな大地に撒かれた種から小さな草花がぽつり、ぽつり、と芽をだし
その長い生を全うする頃にはきっと貴方への愛で溢れたの美しい大地が貴方を包んみこんでくれるから。
実体は側に居られなけれどどうか貴方を愛する者たちがいることを忘れないで...
貴方はいついかなるときも愛されていると尽きることなく注がれ続ける愛が貴方を包んでいるから...
どうか自分を見失わないで、遥か先の未来でも貴方が心から満たされ笑えていますように。
皆の貴方への愛が、
悠久の時を生きる貴方の心を癒やすと信じて...
永遠に枯れることなく 貴方の大地を美しい草花がで満たし、貴方に寄り添い続けると信じて。
いつかツノ太郎が、貴方の隣で共に悠久の日々を歩める、同じくらい寿命が長い誰かと出会い、愛し愛され、結ばれそれで新しい家族が生まれ、笑顔の尽きない生を送れます様に...
「眠ったか...」
僕自身が生まれる前の出来事。
自分では夢の中でも介入できない、だから今まで真実を見ることも知ることもなかった。
あのオーバーブロットで一歩間違えば全てを無駄にしてしまうところだった。
「礼を言うぞ、人の子」
魔力も持たない人の子が世界を救うなんて、誰が想像出来るだろう。
僕を止めるなんて、流石僕が認めた友人だ。
転移魔法で寮へと帰る。
ディアソムニア寮のいつもは濃い霧がかかっている空も今は何処かマレウスの心のようにスッキリと明るかった。