『ギルバート諸島の沖合で海底火山が噴火を始めて数日が経ちましたが、現在も活発な活動が続いています。』
激しく噴煙を上げる様子を中継しながらアナウンサーが伝えている。
『またこの噴火によって起きた津波の被害はかなり広範囲に及んでおり国連災害援助隊による救援活動が今も続けられており・・・』
テレビやネットで映し出されるその光景にある者は大自然の驚異を感じ、ある者は自分がその場に居ない事に安堵しながら見ていた。
だが中継に映し出されていない海底下であるものが目覚めた事にその時点で誰も気づいていなかった。
数日後海底火山から数百キロ離れた海域を1隻の貨物船が航行していた。
「進路010、速力12ノット、航行は順調ですね船長。」
貨物船のブリッジで乗員がディスプレーを見ながら報告をする。
「うん順調だな・・・とは言え海底火山の事もあるし警戒を忘れすに・・・」
船長がそう言って注意を促そうとした時だった、レーダー画面を見ていた船員が慌てて報告して来る。
「船長!左舷より本船に接近して来るものがいます。」
「何だと一体どこの船だ!?」
船長は海図台から双眼鏡を取ると左舷側の見張り所に出て接近してくる物に向ける。
「なっ!?」
双眼鏡の視界に入ったそれを見て船長は絶句する。
「せ、船長あれなんですか!?船に見えないですよ。」
隣に立ち同じ様に双眼鏡を向けていた見張りの船員が驚愕した表情を浮かべて聞いて来る。
「俺に分かるか!?・・・ありゃ化け物にしか見えん。」
船に接近して来る巨大で黒い物体は船や既存の生き物に見えず船長はそう答えるとブリッジに戻り指示を出す。
「機関全速!救難信号を出せ。」
「機関全速。」
「通信室救難信号を・・・」
船員達が大慌てで指示を実行して行く。
「!?更に速度を上げて接近中・・・駄目だぶつかる!!」
次の瞬間、激しい振動がブリッジを襲い乗員達が壁や機器類に叩きつけられ悲鳴を上げる。
『船長!機関室に浸水です。」
「速力低下、操舵不能。」
乗員達の切羽詰まった報告に船長は真っ青になる。
「くそっ!!全員退避を・・・」
船長がそう叫ぶが船体は急速に傾き多くの乗員を道連れに沈んで行き、後には残骸だけが漂っていた。
船を沈めた原因は何時の間にかその姿を消していた。
「救難信号の発信座標に到着しました艦長。」
沈んだ貨物船の残骸が浮かぶ海域に救難信号を受信した国連災害援助隊所属のおおすみ型輸送艦『はるな』が現れる。
元々国連災害援助隊は環境汚染や異常気象などによって引き起こされる大規模災害の対応の為各国が艦船や人員を持ち寄りを結成した国際組織だった。
本部はハワイ諸島オアフ島にあるパールハーバーに置かれている。
はるなは日本の海上警備隊から警備艦や補給艦と共に援助隊へ派遣されて来た輸送艦だった。
被災した島への援助物資の輸送を終えパールハーバーへ向かう途中ではるなは救難信号を受信しこの海域に駆けつけて来たのだった。
そのはるな艦橋の艦長席に座って指示を出しているのは艦長の牧瀬 恵理香三等海佐。
警備艦隊学校を優秀な成績で卒業しはるなの艦長に抜擢された女性だ。
「了解です、両舷停止。」
「両舷停止。」
恵理香の指示を受け機関担当の乗員が速力指示器を操作しはるなを停船させる。
「作業艇を降ろして捜索を開始して下さい。」
停船したはるなは両舷に搭載された作業艇を降ろす。
「総員警戒配置に。」
「はい艦長。」
作業艇の発進と警戒配置を指示すると恵理香は右舷見張り所に出て双眼鏡で漂流物を見渡す。
その漂流物が漂う海面を2隻の作業艇が遭難者を探している。
「艦長!作業艇1号より救助者を発見したそうです。」
報告を聞き恵理香が作業艇1号に双眼鏡を向けると、数人の乗員が救命胴衣を着けた男性を海中から引き上げている様子が見える。
やがて救助者を引き上げた作業艇1号がはるなに戻って来る、既に医療班が受け入れ態勢を整えて待機しており直ちに艦橋構造物内の医療室へ運び込む。
その後捜索は続けられたが結局あの1人以外救助者を発見出来ず恵理香はこの後ろ髪を引かれる思いのまま帰港を指示する。
「進路をパールハーバーに、あと本部へ状況を連絡して・・・」
その時だった艦長席に設置された艦内電話がコール音を鳴らす。
「はい牧瀬です。」
『こちら医療室です、艦長申し訳ありませんがこちらに来て頂きのですが。』
医療室の医務官からだが様子が変な事に恵理香は眉を顰める。
「救助者の事で何か有りましたか?」
救助者に何か問題があったのかと思い恵理香が聞く。
『救助者が・・・その訳の分からない事を言っていて。』
「・・・分かりました取り敢えず向かいます。」
『はいお待ちしています。』
艦内電話を戻した恵理香は後の指揮を副長に任せると医療室へ向かった。
重傷者用の第1病室へ入った恵理香は医務官に救助者の寝ているベットに案内される。
「艦長の牧瀬です、何か有りましたか?」
頭に包帯を巻かれ荒く息をしていた男性はその声に目を開け恵理香を見ると表情を歪ませて叫び出す。
「化け物が・・・突然現れたんだ・・・逃げようと速度を上げたら・・・船に体当たりして来て助けてくれ!!」
男はそう叫ぶと頭を抱え暴れ出し看護師達が慌てて押さえつける。
「鎮静剤を!急いで。」
医務官が指示すると看護師が注射器を持って駆けつける。
注射器を受け取った医務官は抑え込んだ男に注射するとようやく静かになり皆安堵の表情を浮かべる。
「目が覚めたからこればっかり叫んでいて・・・かなり錯乱している様です。」
恵理香は医務官の説明に男を見ながら考え込む。
「化け物と言っていましたね・・・船が沈んだショックで錯乱してそんな事を?」
「可能性はあります、ただこんな例は聞いた事はありませんが。」
確かに船が沈んだショックでこんな言葉を発する船員を恵理香も聞いた事は無かった。
『艦長!緊急事態発生、艦橋へ至急お戻りください。』
その時だった医療室にあったスピーカーから突然恵理香を呼び出す声が飛び出す。
その声に恵理香は医務官に後を任せ医療室を急いで出ると艦橋へ向かう。
「一体何が?」
艦橋に戻った恵理香が尋ねると副長が振り向いて報告する。
「本艦に接近中の船舶があるのですが、こちらの問い掛けに応答が無く、識別信号も確認出来ません。」
航行する船舶は識別信号を発信する事を義務付けられている、それが無いうえに問い掛けに答えないと言うのは明確な国際航海法違反だ。
「方位及び速力は?」
「左舷20度、速力15ノットです。」
恵理香は双眼鏡を持つと左舷側の見張り所に飛び出す。
「か、艦長あれは一体?」
見張り所で左舷側を監視していた乗員が双眼鏡の視界に入ってきたものを見て恵理香に問い掛けて来る。
「・・・怪獣?」
「か、かいじゅう?」
乗員の問い掛けに双眼鏡で同じくそれを見ていた恵理香が思わず答えてしまう。
「いえ・・・私にも分かりません。」
慌てて誤魔化すが恵理香には浮き沈みながらはるなに接近して来るそれが昔テレビで見た怪獣にしか見えなかった。
恵理香は乗員達に話していなかったが、実は幼い頃から怪獣番組好きだったのだ。
それこそ同年代の友人達が女の子向きの番組を見ている中で、一人怪獣の登場する番組を見続けていた。
これは多分に近所に住んで居た従兄の影響が大きかった、幼い頃の恵理香は彼と一緒に居る事が多かったからだ。
まあその後は成長するにつれ恥ずかしいと思う様になり、怪獣ものから女の子向きのものに変えてたのだが。
実際はその後も陰で見続けており、警備隊に入る際の動機の一つにもしかして怪獣と戦える?と人には言えないものも有ったりする。
とは言え実際にそんな事有る訳無いと流石に恵理香も思っていたのだが・・・
今目の前に現れたものを見てこんな事が実際に起こるなんて、何て言うめぐり合わせなのだろうかと深い溜息を内心付く。
「目標更に接近して来ます!艦長指示を。」
艦橋から副長がハッチ越しに顔を出して恵理香に叫ぶ。
我に帰った恵理香はよりによって輸送艦で怪獣と戦う羽目になるなんてと思いつつ艦橋に戻る。
怪獣番組で警備隊は強力な武装を持った警備艦や特車(戦車を警備隊ではそう呼ぶ)で戦っていた。
だが今恵理香が乗艦し指揮を執っているのは個艦防御用にガトリング砲2基と12.7mm重機関銃しか装備していない輸送艦だ。
それが果たしてあの怪獣に効果有るのか恵理香には確信が持てなかった。
だが躊躇している時間は無かった、恵理香には乗員と艦に対する責任が有り、それを放棄する事は出来ないのだから。
「本部に救援を要請、両舷全速・・・」
「通信室、本部に救援を要請して下さい。」
「両舷全速!」
副長が通信室へ救援の要請を指示し、機関員が速度指示器を操作しようとした時だった。
「命令を変更します。」
「「艦長それは!?」」
恵理香の突然の指示に副長と機関員が驚いた表情で聞き返す。
「要請では無く状況の報告を、あと機関停止して下さい。」
「状況を本部に連絡を『我正体不明の生物に遭遇せり。』と。」
「機関停止します。」
副長と機関員は一瞬困惑するが直ぐにその指示を復唱して実行して行く。
「目標の動きは?」
再び見張り所に出た恵理香の問いに見張り員は双眼鏡で目標を見ながら戸惑った声で答える。
「停止しています・・・これって?」
監視している乗員の隣に行き双眼鏡で同じ様に目標を見ながら恵理香は答える。
「思った通りですね・・・あいつははるなの機関音に反応しているんです。」
恵理香は生存者の船員が「逃げようと速度を上げたら・・・」と言った事を思い出し直感したのだ。
あの怪獣は船舶の機関音に反応して襲い掛かって来るのでなはないかと、まあ似た様な話を特撮ドラマを見たと言う事もあったのだが。
『正直言って信じがたい話だが、現状を鑑みる限り牧瀬艦長が正しいと判断せざるを得ないな。」
艦長席に据えられたモニターに映し出された、国連災害援助隊本部のレイア・マーべリックアメリカ海軍准将はそう言って溜息を付く。
本部に連絡後すぐにマーべリック准将から通信が入って来たのだが、はるなが撮影している例の怪獣の映像に信じられない様子だった。
「あいつが船舶の機関音に反応する以上、不用意な接近は危険です、やはり航空機による処理が適切かと。」
高速であればあるほど機関音は大きくなる、つまり通常の戦闘艦艇でも攻撃の為接近すれば逆襲を受ける恐れが有ると恵理香は意見具申した。
『それには同意するが、そうすると対応出来る艦艇が現状では無い。』
この場合航空機やヘリを搭載した艦艇が適任だが援助隊所属のそれらは現在離れた海域にあって直ぐには対応できない。
「そうであるならはるなをこのまま待機させ監視しますので、民間船をこの海域に近づけさせない様に・・・」
「艦長、この海域に接近中の船舶を確認!識別信号によれば客船ブルーシーです。」
対応出来るまではるなでこの海域に留め、民間船を近づさせない積もりだった恵理香だったが事態は最悪の展開を迎えてしまった。
「ブルーシーに機関を直ぐ止める様に連絡を!」
艦長席から立ち上がった恵理香が指示を飛ばす。
「は、はい艦長、通信室へブルーシーに機関を止め待機する様に連絡を。」
艦内電話で副長が通信室へ恵理香の指示を伝える。
『間に合わなかったか・・・』
マーべリック准将は眉間にしわを寄せ呻く、恵理香同様その事を懸念していたのだが。
今回事態が特殊過ぎた、誰も巨大な生物が船舶を襲ったなんて話を真剣に受け止められず、民間船への警告が大幅に遅れてしまったのだ。
「左舷後方にブルーシーを確認。」
左舷見張り所に出た恵理香ははるなの後方に停止したブルーシーを双眼鏡で確認する。
「艦長、ブルーシーより何故停船させられたのか理由を教えろと抗議が入っているそうですが。」
副長が通信室からの報告に苦笑しつつ伝えて来る。
「前方に見える怪獣に船を沈められたくないのなら大人しくしていろと伝えて下さい。」
その通信を受け怪獣に気付いたブルーシーから『後あれは何なのか?』と問い合わせが来たが。
「緊急事態以外応じなくて良いです。」
あれが何なのかなんて恵理香にだって答え様が無いのだ。
ちなみに恵理香はあれを怪獣と呼び最初は戸惑っていた乗員もそう呼ぶ様になっていた。
まああれをそう呼ぶ以外無いからとはるな前方で佇む怪獣を見ながら恵理香は思って溜息を付く。
「さてこうなれば我々で対処するしかありませんね・・・」
『確かにな、だが何か手は有るのか牧瀬艦長?』
はるなだけであれば予定通り応援が来るまでこのままの積もりだったがブルーシーが居る以上そうもいかなかった。
民間船を長時間危険に晒すのマーべリック准将も恵理香も避けたかったからだ。
暫し考え込んでいた恵理香はマーべリック准将に自分の考えた作戦を話す。
『・・・危険だな、だが私にはそれ以外の作戦を思いつけないな、許可する牧瀬艦長。』
「ありがとうございますマーべリック准将。」
通話を終えた恵理香は指示を出す。
「施設(工兵)班長を呼んで下さい。」
「はい艦長。」
数分後艦橋に来た施設班長に恵理香はある指示を出す。
「積み込んである土木工事用の高性能爆薬に無線式の起爆装置を付けて岩礁に設置するですか?」
班長は恵理香の指示に困惑した表情で返す。
はるなにはある島で起きた大規模な土石流で流れ出た港を塞いでいる大岩を爆破する為に高性能爆薬を載せていた。
施設(工兵)班はその作業を行う予定ではるなに乗艦していたのだ。
「了解です艦長、1時間で準備します。」
「お願いします。」
班長はそう答えて艦橋を出ると爆薬の準備の為倉庫に向かう。
「副長、LCAC(エア・クッション型揚陸艇)1号の発進準備をお願いします。」
「了解ですLCAC1号の発進準備に入ります・・・これから一体何を?」
副長は恵理香の指示を復唱しつつ問い掛けてくる。
「怪獣を追い払います・・・目の前で花火を上げてね。」
副長や艦橋の乗員はその言葉に顔を見合わせるのだった。
『艦長、ヘリに爆薬の搭載完了しました。』
「直ちに発進、座標3-11に有る岩礁に設置して下さい。」
『了解、座標3-11に有る岩礁に爆薬を設置しに向かいます。』
艦橋後方のヘリコプター甲板からヘリが発進し岩礁に向かう。
20分後設置に向かったヘリから報告が入る。
『こちらヘリ1号、爆薬の設置完了、これより観測任務に入ります。』
ヘリは爆薬設置後そのまま現場に待機し現場からの中継を行う任務に付く。
「了解です、LCAC1号は発進、座標3-11の岩礁へあいつを誘導して下さい。」
ウェルドックから発進したLCACが速度を上げると怪獣の目の前を掠める様なコース取る。
怪獣は機械音に反応すると後を追い始める、LCACは恵理香の指示通りに岩礁へ誘導して行く。
「岩礁まで3分です艦長。」
「点火用意・・・LCAC1号は岩礁通過後急速離脱して下さい。」
ヘリからの中継を見ながら恵理香が指示する。
その指示通りLCACは乗り上げて岩礁を越えると再び海上に戻り急速に離れて行く。
そして怪獣はLCACを追いかけ岩礁に直進して行く。
「点火。」
「点火します。」
怪獣が岩礁に近づいた事を確認した恵理香の指示で施設班員が爆薬の点火用コントローラーを操作して爆発させる。
怪獣は自分の目の前で上がった火柱と破片に顔面を直撃され胆を潰したのか急速にはるなとブルーシーから離れて行くのだった。
「撃退出来たのでしょうか?」
離れて行く怪獣を見ながら副長が恵理香に聞いて来る。
「撃退は出来たかもしれませんが倒すまでは行かないでしょうね。」
溜息を付きつつ恵理香が答える。
「艦長トラッカー(対潜哨戒機)が接近中です。」
レーダー担当がディスプレーから顔を上げて報告して来た。
上空にこちらへ駆けつけてくれた救助隊所属の空母から来た双発の対潜哨戒機2機が現れる。
恵理香はそれを見ると通信室に電話を繋ぎ指示を出す。
「怪獣は南に逃亡、追跡をお願いしますと要請して下さい。」
『了解しました艦長。』
これでようやく終わったなと恵理香は安堵の溜息を付くとブルーシーに安心すよう伝える様に指示を出して艦長席から立ち上がり伸びをする。
なお怪獣を追跡しようとしたトラッカーだったが結局見失ってしまった、まあ潜水艦とは勝手が違ったらしいので仕方が無いが。
その後はるなとブルーシーは戻ってきたトラッカーに護衛されながらこの海域を離れて行くのだった。
『ギルバート諸島の海底火山噴火ですが、ようやく活動が弱まりつつあり・・・』
数日後噴煙を上げる上空を飛びながらアナウンサーが再び状況を伝えていた。
『国連災害援助隊は引き続き警戒を呼び掛けていて・・・ってあれは!?』
その時アナウンサーは海面に突如として現れた巨大な物を見て叫ぶ。
『あれは1週間前に現れた怪獣の様です・・・あっ噴火に突っ込んで行きます!」
叫ぶアナウンサーと声も無いスタッフの眼前で怪獣は激しく噴き上げる噴火に突っ込むとのたうち回る。
「・・・・」
アナウンサーとスタッフはそれを呆然と見つめいるしかなかった。
やがて怪獣はその噴火の中に沈んで消えて行くのだった。
もちろんその映像は即世界に大々的に報道される事になる。
それは先に報道されたブルーシーの乗客の撮っていた映像と共に大きな話題を提供した。
後に国連より依頼された学者達の調査によりあの怪獣は海底火山噴火によって目覚め現れたと発表された。
そして爆発により恐れを抱き目覚めた場所に戻ろうとして誤って海底火山に突っ込んでしまったと結論付けられたのだった。
つまり恵理香が行った作戦が結局のところ怪獣を退治するのに貢献したのだと人々は確信した訳だ。
こうして恵理香は幼い頃からの夢(?)を叶えた訳だが、もちろん彼女が喜ぶことはなかったのは言うまでもない。