クリスマス島の沖合に建設された14号石油採掘プラントから漏れ出した原油は外洋へと広がりつつあった。
「くそお!もう俺達じゃ手に負えねえ、救援はまだなのか?」
現場主任は流失を食止めようと船の上指揮を執っていたが、最早自分達では防ぎ様が無く救援を待っていた。
「先ほど連絡では、もう間もなく到着すると。」
作業員の1人が通信機から振り向いて答える。
「本当なのか?もう3時間以上たっているんだぞ。」
何時まで経っても来ない救援に主任は苛立っていた。
「主任、船が1隻接近して来ます!」
見張りに立って居た作業員が大声で主任に知らせて来たのはその時だった。
「やっと来たのか?」
主任がそちらの方を見ると、大型の艦船が近づいて来るのを見る。
「通信です・・・国連災害援助隊所属の輸送艦はるなです。」
作業員達が見守る中はるなは作業中の船に近づいて来る。
そのヘリコプター甲板上にヘリが待機していた。
「機関停止、中和剤散布用ヘリ1号の発進用意は?」
はるなの艦橋で艦長席から指示を出す恵理香。
「発進準備良し。」
担当乗員からの報告に艦長席の恵理香は頷いて指示を出す。
「直ちに発進、中和剤の散布を始めて下さい。」
停止したはるなの甲板から発進しヘリは海上に広がっている原油の上空に達すると中和剤の散布を始める。
ヘリから散布された中和剤は原油を覆うと固形化され、それを回収し焼却させるのだった。
プラントの周りに広がっていた原油全てがヘリから散布された中和剤により無害化されて行く。
「ヘリ1号より処理完了との報告です艦長。」
その報告に今まで厳しい表情を浮かべていた恵理香はほっとした表情を浮かべ言う。
「それでは回収作業を開始して下さい。」
恵理香の指示で作業艇が降ろされ固形化された原油の回収が行われる。
プラント上からその光景を見ていた作業員達は安堵の表情を浮かべたり肩を抱き合っていた。
「何とかなりましたね主任。」
作業員の1人がほっとした表情で主任に話し掛けて来る。
「まあな・・・だが完全に解決した訳じゃない。」
主任はそう言って顔中の汗を拭うと作業員に指示を出す。
「はるなを呼び出してくれ、まだ終わっていないとな。」
「襲われたって・・・一体何にですか?」
主任から連絡を受けた恵理香は嫌な予感に襲われつつ聞き返す。
『巨大な生き物にやられたんだよ、その結果がこれだ。』
そいつは突然海中から現れプラントに襲い掛かってきた、その為施設が破壊され原油が周囲に流れ出てしまったのだと主任は話す。
「それで・・・そいつは?」
『流れ出た原油の中に暫く居たようだがいつの間にか姿を消しちまった、まだこの辺りに潜んでいるかもしれん。』
恵理香は主任の話を聞きながら頭を抱えくなった、まあ前回に続いてなのだから仕方が無い話だが。
「分かりましたこちらで対策を考えますのでそのまま待機願います。」
『ああ頼むぞ。』
溜息を付きながら艦内電話を切り替えると恵理香は副長に尋ねる。
「原油の回収作業の方は終了しましたか?」
「はい回収を終え帰還中です。」
「ご苦労様でした伝えて下さい。」
そう言った後恵理香は艦内電話で通信室を呼び出す。
「救助隊本部のマーべリック准将に至急連絡を。」
『はい艦長。』
20分後に救助隊本部からの通信に出て来たマーべリック准将の第一声は・・・
『どうやら牧瀬艦長はこの手の事案に好かれているらしいな。』
と言うものだったので憮然とした表情で恵理香はそれに答える。
「・・・自分としては全く嬉しくないですが。」
それはそうだろうこんな事件に好かれていると言われても恵理香としては喜ぶ気にはなれない。
あの事件は衝撃的なニュースとして世界中に報道されていた。
『南太平洋に怪獣現れる!?』
オカルト雑誌だけではなく一般の新聞やテレビなどのメディアさえもそんなタイトルで報道したのだ。
はるながあの化け物(怪獣)に対処したシーンは前述した通りブルーシーの乗客が撮影していた。
また海底火山の噴火に突っ込み死んだ映像もあり誰も作り話や捏造だと言えなかったからだ。
事態を重視した国連の呼び掛けで各国の科学者による調査団が派遣され綿密な調査が行われる事になったのは必然な事だった。
そしてその調査団をその海域に運んだのは当事者だから当然だと言う事ではるなだった。
ちなみに調査団だけだでなく多数のマスコミ関係者も一緒に居た為恵理香が散々質問攻めにあったのは言うまでも無い。
まあある意味仕方が無い話かもしれない、何しろ子供向けの物語に出てくるだけの怪獣が本当に現れたのだから。
そしてその怪獣を戦闘艦で無い輸送艦で女性艦長の恵理香が撃退して見せたのだ。
もっとも恵理香にしてみれば怪獣は自ら火山に突っ込み自滅したので自分がやった訳ではないと思っているのだが。
だが前述の様に恵理香の作戦が怪獣をそうさせたのは確かであり、そういった意味で話題になるのは避けられなかったのだ、恵理香にとっては不幸な事に。
「・・・それで応援をお願いしたいのですが、はるなでは対応できません。」
その時の事を思い出して鬱になりながらも再度プラントを襲撃して来く事を懸念して恵理香はマーべリック准将に要請する。
いくら何でも前回の様に上手くいくとは思えなかったからだ、まあ恵理香にすれば何で自分ばかりこんな事に対処しなければならないのかと言う思いがある。
『・・・それなんだが牧瀬艦長、現状そちらに向かわせられる艦艇が無い。』
「それって・・・ああ!」
マーべリック准将の答えに恵理香は何かを思い出して叫んでしまう。
救助隊所属の艦艇の大半はソロモン諸島沖で起こった地震よる津波被害の救援を行う為集結していたからだ。
もちろんはるなも14号プラントの対応後向かう予定だったのだが。
『こちらに残っているのは哨戒艇くらいだ。』
その言葉に恵理香は艦橋の天井を見つめ壮大なため息を付く。
「つまり私達で何とかするしかないと言う訳ですか。」
何でこうなるのかと全てを呪いたくなる恵理香だった。
『まあ私としては牧瀬艦長が前回見せてくれた閃きに期待しているんだがな。』
准将の言葉に恵理香は再び深い溜息をついて見せるのだった。
「これが巨大有害生物いえ怪獣がプラントを襲った時の映像です。」
艦橋前面に設置された大型モニターにプラントの主任から提供された襲撃時の映像が映し出されていた。
ちなみに巨大有害生物と言うのは国連災害援助隊内での呼称で、言うまでもなく怪獣の事だ。
公的機関である援助隊が怪獣なんて呼称を使えないという事情で出て来た役所言葉だ。
まあお固いうえに長い事もあり皆怪獣の呼称で読んでいる、なおマスコミの報道や一般の人々の間では怪獣と言う名称で一致しているらしいが。
「・・・流れ出た原油を飲み込んでいますねこの怪獣は。」
映像には施設を破壊した後海面に流れ出た原油を飲み込んでいる怪獣の姿が写し出されていた。
「つまりこつにとっては餌という訳ですか。」
そうであれば再度の襲撃はやはり確実だと恵理香は確信する、何しろプラントは怪獣にしてみれば格好の餌場だからだ。
「爆薬を体内に放り込んで中から吹き飛ばすとか出来ませんかね。」
その映像を見て副長が思いついた事を提案してきたが。
「原油満載のやつにそんな事をしたら周りにどんな被害が出るか分かりません、それにどうやって飲みこみさせればいいのか。」
残念ながら前回の様にはるなは爆薬を積み込んではいない、それにあの怪獣が好き好んでそんな物を飲み込むとは思えなかった。
「副長、中和剤ですが残りはどの位ありますか?」
暫し考え込んでいた恵理香が傍らに立っている副長を見て問い掛ける。
「はっ?しばらくお待ちください。」
副長は一瞬戸惑ったが直ぐに持っていたタブレットを操作して言われた情報を検索し始める。
そんな中恵理香は周りの乗員達がそんな光景を見て何かを期待する様に見ている事に気づく。
乗員達にすれば恵理香がまた斬新な解決策を考えたと思ったのだろう。
「皆さん何を期待しているんですか・・・」
こんな事をしているとその手の特撮番組に出て来る怪獣撃退チーム呼ばわりされるそうだと恵理香は内心溜息をついてしまう。
その懸念は残念ながら当たってしまうのだが・・・この時点で恵理香は知る由もなかった。
6時間後はるなは14号プラントから30キロ離れた海域に来ていた。
「艦長、予定地点に到着しました。」
航法担当の報告に恵理香は艦長席を立ち露天艦橋に向かいながら指示を出す。
「機関停止、総員警戒配置に付いてください。」
「了解です艦長、機関停止。」
「総員警戒配置繰り返す総員警戒配置。」
機関担当と副長が指示を復唱し、それぞれ機関速力指示器の操作と艦内放送を始める。
艦内にアラーム音が鳴り響き乗員達が配置に駆け足で付いて行く。
露天艦橋に出た恵理香は周囲を持ってきた双眼鏡で見渡した後、既に配置に付いていたヘリ整備班の乗員に問い掛ける。
「ヘリ用燃料補給用パイプの準備は出来ていますか?」
「はい艦長、準備完了です。」
通常ヘリに燃料補給する為使用されるパイプは乗員達の手ではるな舷側から海面に向けられていた。
「まさかこんな使い方をするとは思いませんでした艦長。」
補給担当は複雑そうな表情を浮かべながら続ける、補給するのではなく海面にばらまくなど初めてだったからだ。
「申し訳ないですね、こんな方法しか思いつけなかったもので。」
恵理香はプラントから離れた場所に積んでいたヘリ補給用の燃料をばらまき、あの怪獣をおびき寄せる積りだった。
「艦長燃料の放出用意良し。」
「それでは放出開始。」
補給担当の報告に恵理香が頷きながら指示を出す。
「放出開始。」
海面に向けられたパイプの先から燃料が放出される海上に広がって行く。
双眼鏡でその様子を見守る露天艦橋上の恵理香と補給担当、そして周囲を監視する見張り員。
やがて恵理香は双眼鏡から目を離す艦長就任時に貰った懐中時計を取り出し暫し見つめた後指示をする。
「放出停止して下さい。」
「放出停止繰り返す放出停止。」
恵理香の指示で補給担当が連絡を入れ放出が停止される。
「微速前進、予定海域まで離れて下さい。」
「微速前進。」
「進路を050へ。」
機関担当と操舵担当が復唱するとはるなは燃料をばらまいた海域から離れて行く。
「さて・・・上手くいってくれると良いんですが。」
燃料が漂う海面を見つめながら恵理香はそう呟くと艦橋に戻っていったのだった。
『艦長!こちらに接近して来る反応を確認、方位070で距離7千です。』
艦長席でレーションであるおにぎりを食べていた恵理香はレーダー室からの報告に思わず喉を詰まらせて激しくむせる。
「か、艦長!これ飲んで下さい。」
そばで同じ様にレーションを食べていた副長が慌てて差し出したお茶で恵理香は喉に詰まったものを飲み込む。
「た、助かりました副長・・・総員警戒配置へ。」
息を整えて恵理香が総員警戒配置の指示を出すと、たちまち艦橋や艦内にアラーム音が鳴り響く。
「総員警戒配置!繰り返す総員警戒配置!」
慌ただしくなってゆく艦橋を恵理香はレーションを乗員に渡すと露天艦橋へ飛び出して行く。
「艦長、目標は予定海域へ向かっています!!」
双眼鏡で監視していた見張り員が露天艦橋に出て来た恵理香に報告して来る。
恵理香は構えた双眼鏡で接近して来る目標である怪獣を確認する。
「ヘリを発進、海域上空で待機させて下さい。」
露天艦橋で待機していた航空機担当が発進準備を整ていたヘリに連絡を入れる。
「ヘリ1号直ちに発進し予定空域で待機せよ繰り返す・・・」
指示を受けヘリが艦尾飛行甲板から舞い上がり予定空域へ向かう。
恵理香は艦橋の艦長席に戻ると艦内通話機を取り上げると通信室へ繋ぐ。
「ヘリに繋いで下さい、副長外部モニターに該当海域の映像を。」
「外部モニター作動します艦長。」
『ヘリ1号と繋がりました艦長。』
副長が指示を復唱するとモニターに予定海域の映像が映し出される、と共に通信室からヘリと通信が繋がったとの報告が上がる。
「ヘリ1号応答願います。」
『こちらヘリ1号、はるなどうぞ。』
外部モニターを見ながら恵理香がヘリに呼び掛ける。
「中和剤の散布の用意を。」
『了解、中和剤の散布の用意を開始します。』
怪獣は引き寄せられるようにはるながばらまいた燃料が広がる海面に近づいて行く。
それを恵理香と艦橋の乗員達は緊張しつつ静かに見守る。
やがて怪獣は到着すると海面上に漂う燃料をに飲み込み始める。
「ヘリ1号へ、中和剤散布開始。」
『中和剤散布開始します。』
燃料を飲み込んでいる怪獣の上からヘリが中和剤を散布し始める。
怪獣は燃料に中和剤が混じるが気にした様子も飲み込んでいたがそのうち様子がおかしくなり始める。
飲み込んだものを吐き出そうとしたい様だがそれが出来ず苦しんでいる、中和剤が燃料を怪獣の体内で凝固させた為だろう。
暫くもがいていた怪獣は海域から逃げだし海中へ消えて行く。
「やったのでしょうか艦長?」
副長が海中へ消えて行く怪獣を見ながら恵理香に問い掛ける。
「・・・そう願いたいですね、まああの様子では2度と戻ってくるとは思えませんが。」
緊張を解きながら恵理香が呟くと・・・
「「「流石です艦長!!」」」
副長や乗員達が一斉に恵理香を称え艦橋は歓喜に包まれる。
「いえまだそうと決まった訳では・・・って皆さん聞いてますか?」
残念ながらそんな恵理香の声は喧騒の中に消えるだけだった。
『期待通りだったな牧瀬艦長。』
報告を受けたマーべリック准将はそう言ってほほ笑む。
「追い返しただけですマーべリック准将、念の為この海域一帯に警戒体制を引いてください。」
『了解した、救助に向かっていたフリゲート艦数隻をその海域に向かわせている、はるなは暫く待機していてくれ。』
「了解です。」
その後恵理香は到着したフリゲート艦に警戒任務を引き継ぐと救助海域へ向かうように指示を出すのだった。
そしてこの事件の顛末だが・・・
『それではヘリからの中継に切り替えます。』
『見えますでしょうか海岸に怪獣が打ち上げられています、一週間前に14号プラントを襲った怪獣で間違い無い様です。』
テレビ画面に海岸に打ち上られ動かない怪獣とそれを取り囲むを援助隊員達の姿が映し出される。
『死亡しているのかまったく動きはありませんが、本格的な調査はこれから行われるようです。』
『分かりました、さて今回の怪獣出現についてですが。』
アナウンサーが出現から撃退される経緯をプロジェクターを使って説明し始める。
その過程で怪獣が中和剤入りの燃料を飲み込むシーンが映し出される。
「何故・・・?」
はるなの食堂で乗員達と食事しながらニュースを見ていた恵理香がその映像を見て絶句していた。
この映像は恵理香が救助隊と海上警備隊へ報告する為撮影させたものだったからだ。
つまり外部に出るはずの無いものだと思っていたのだから恵理香が驚くのも当然だった。
『今回牧瀬艦長はどの様にして怪獣を撃退したのでしょうか?』
『中和剤によって体内の燃料を凝固させ怪獣が餌を吸収出来な様にしたのでしょう、その結果餓死した・・・牧瀬艦長の発想は素晴らしいですね。』
アナウンサーの問いに解説役として呼ばれていた学者が解説しつつ称賛の言葉を送る。
何故か自分が指示した事まで知られていた、今回ははるな乗員以外に見ていた者が居なかったので外部に漏れる心配は無いと恵理香は安心していたのに。
「これで益々艦長有名になりますね。」
「私達も鼻が高いです艦長!」
乗員達に囲まれ絶賛されながら恵理香は呟く。
「きっと油と凝固剤の組み合わせは怪獣にとって食い合わせが悪かった所為ですね・・・」
恵理香は現実逃避気味にそんな台詞を吐き項垂れるのだった。
ちなみに画像やはるなが撃退したと言う情報がマスコミに発表されたのは、マーべリック准将のある思惑の為だった事を現時点で恵理香は知らなかった。