洋上に1隻の海洋調査船が漂っていた。
船体に大きな損傷は無いが、人の気配がまったく感じられなかった。
その船に漁船が接近して来ると接舷して漁師達が乗り込んで来る。
何度呼び掛けても返答が無かった為不審に思ったからだ。
「・・・これは?」
貨物船に甲板に降り立った漁師達は絶句する。
何しろ甲板上に船員達があちこちに倒れていたからだ、しかも誰一人として身動きしない。
漁師の1人がそっと倒れている船員に近寄って様子を見て腰を抜かしてしまう。
「し、死んでる!?」
皆一様に首元を抑え苦悶の表情を浮かべていた。
「え、援助隊に連絡を・・・」
漁師達は慌てて漁船に戻り国連災害援助隊に通信を送る。
援助隊から調査と収容の為の艦艇が到着するまで船員達は冷たい潮風に晒され続けたのだった。
12時間後・はるな艦橋。
「船員達が全員死亡ですか・・・」
援助隊本部のレイアから通信を受けた恵理香は驚きに絶句してしまった。
「それで死因は分かったのかい?」
恵理香の隣で聞いて居たケイが問い返す。
『検視の結果、全員窒息死だそうだ・・・私もこんな事例初めて聞く。』
検視書を見ながらレイアが困惑した声で答える。
「窒息ですか?」
恵理香とケイは顔を見合わせる。
『肺の中にガスらしい痕跡があった・・・これが原因で呼吸が出来なくなったらしい。』
被害者の肺の中を映した写真を見ながらレイアは説明を続ける。
「問題はそのガスの正体だ、どうやら既存の化学物質では無いみたいで、今の所正体は不明だ。」
レイアの説明に恵理香が眉を顰めつつ聞き返す。
「何かの毒ガスではないのですか?」
『私も専門ではないから何とも言えないな、一応研究所に調べて貰っているが・・・ちょっと待ってくれ。』
通信中にレイアに誰かが話し掛けて来たみたいで一旦話を中断しやり取りしている様だった。
『今サンプルを分析した結果が研究所から来た・・・やはり普通の毒ガスではないとの事だ。』
ケイがかって在籍していた研究所による痕跡を調べた結果をレイアが報告する。
「その結果をこちらに送ってもらえるかな。」
「ああ今送る。」
20分後分析結果がはるなに送られてくると、ケイはそれを自分のタブレット端末に表示させて検討を始める。
そして・・・
「はっきりとは言えないけど・・・何らかの生物の1部のかもしれないね。」
「・・・」
『・・・』
その報告にレイアと恵理香は驚きに声を出せなかった。
「つまりガス状の生物が原因だというのですかパーク博士?」
恵理香は何かの理由で発した毒ガスが原因だと考えていたのだが結果は予想を超えていた。
「その可能性があるって事だよ艦長。」
艦橋に暫し深い沈黙が落ち、恵理香と乗員達は深刻な表情を浮かべる。
『そんな生物が近海に居る・・・我々はそれを前提に対応を考える必要がある。』
沈黙の中レイアが恵理香達にそう見解を述べる。
『取り敢えずこの海域を通る船舶には厳重に警戒する様通達する、はるなも警戒を厳にしてくれ。』
「了解です、所で被害に合った船が所属している会社は何処なのですか?」
ふと恵理香は気になった点をレイアに聞く。
「アーウィン社の所有する船だよ牧瀬艦長。」
数日後・はるな。
『救難信号を受信、艦長至急艦橋にお越しください。』
休息していた恵理香は急いで艦長室を出ると艦橋に向かう。
「状況を報告して下さい。」
艦長席に座り恵理香が報告を求める。
「救難信号の発進座標は3ー21、距離10キロです。」
「所属と船名は?」
「アーウィン社の調査船コロンビア号です艦長。」
センサー担当の報告に恵理香は眉をひそめる。
アーウィン社と言う名前に・・・だが今はそれを考えている場合では無いと恵理香は意識を切り替える。
「直ちに救助に向かいます、総員警戒配置に。」
「はい艦長、総員警戒配置繰り返す総員警戒配置!」
艦内にアラーム音が鳴り響く。
「進路を3ー21に向けます、両舷全速前進。」
「両舷全速前進。」
恵理香ははるなの進路を遭難海域に向けるよう指示すると、航海担当と機関担当が指示を復唱する。
進路を変更し速力を上げてはるなは遭難海域へ向かった。
「艦長、座標3ー21に到着しました。」
報告を受け艦長席から立ち上がった恵理香が艦橋の窓から双眼鏡で船を見る。
「!?」
恵理香はその光景を見て絶句する。
それは赤いガスに覆われる貨物船の姿だったからだ。
「パーク博士?」
「どうやら私の推測は間違っていなかったみたいだね。」
ケイは恵理香の問いに肩を竦めて答えてる。
「ガス状の生き物・・・!?」
恵理香の傍らに立って居た副長が茫然とした声を出す。
やがて覆っていた赤いガスは船から離れると海中に潜り始める。
「レーダーに反応は?」
『・・・駄目です反応なしです艦長。』
恵理香はレーダー室からの返答に憮然とした表情を浮かべ、ただ海中に消えて行く赤いガスを見ているしかなかった。
「・・・援助隊本部に応援の艦を寄こす様に連絡願います。」
「はい艦長。」
悔しそうな乗員の声、その気持ちは恵理香も同じだった。
6時間後・はるな艦橋。
『コロンビア号の乗員は・・・残念ながら全員亡くなっていたそうだ。』
レイアの報告を聞き艦橋には沈痛な空気が流れる。
『パーク博士の説が当たっていたと言うわけだ。』
援助隊本部から送られてきた映像を見ながらケイは溜息を付きながら言う。
「まあ・・・喜ぶ気にはならないけどね。」
結果的には正しかった事が証明されたものの、多くの人命が失われているのだからケイとしては複雑な気分だったからだ。
「起こった事を悔やんでいても仕方がありません、今後どう対処するかを考えましょう。」
恵理香はそう言うとレイアに抱いた疑問を話す。
「一つ気になる事があります・・・襲われた船が所属していた会社なんですが。」
そう恵理香はその事が気になっていたのだ。
「アーウィン社・・・確か最初の船もそうだったね。」
ケイは恵理香の言いたい事を察して呟く。
「偶然なんでしょうかそれは?」
恵理香の疑問に暫し沈黙をした後レイアが本部の人間に問い掛けるのが無線越しに聞こえる。
『コロンビア号の場合付近に他の船舶が数隻いた様だ・・・そちらは襲われていない。』
「1隻で満足したのか、それとも狙いは最初からその船だったのか・・・」
レイアの返答にケイが指摘し恵理香が考えた後意見具申する。
「マーべリック准将、アーウィン社を調べる必要があると判断します。」
『分かった、至急調べるよう要請する。』
レイアは援助隊本部からアメリカ政府に調査を行うよう要請する事になった。
12時間後・ニューブリテン島沖合。
「間もなく予定海域です艦長。」
航法担当が海図台から海図を見ながら恵理香が報告する。
「総員戦闘配警戒配置へ。」
艦内にアラーム音が響き渡り乗員達が配置に着いて行く。
「機関停止。」
恵理香ははるなが予定海域に到着した事を確認すると警戒配置と停止を指示する。
「なでしこ発進準備をするようスタッフに伝えて下さい。」
今回はるなは海上警備隊のなでしこ型無人潜航艇を載せて来ていた。
日本から地震や海底噴火の調査の為派遣されていた無人潜航艇とスタッフで今回の作戦の為に輸送して来たのだ。
「では調査に入りましょう、パーク博士一緒に来てください、副長後をお願いします。」
「よし行こうか。」
「はい艦長。」
ケイを伴って恵理香は艦橋を出ると甲板に待機している潜航艇のコントロール用トレーラーに向かう。
既に隊員は準備を整えてトレーラー前で恵理香達を待っていた。
「お待ちしておりました牧瀬艦長、お手数をお掛け申し訳ありません。」
隊員は申し訳そうな表情を浮かべながら恵理香とケイを迎える。
「気にしなくてもいいですよ、事情が事情ですから。」
そんな隊員達に恵理香は微笑みながら答える。
「しかし艦長が潜航艇のオペレーション資格を持っていたとはね。」
ケイが感心した様子で言うと恵理香は照れながら答える。
「私もこんなところで役に立つとは思いませんでしたが。」
恵理香は潜航艇オペレーターが急病で操作が出来なくなった為、その代わりを務めることになったのだ。
警備艦隊学校在学中に恵理香はなでしこ型無人潜航艇のオペレーション資格を取っていたのだった。
別に深い意味はなかった、ほんの気まぐれだったのだが。
隊員達に案内されトレーラーに乗車すると恵理香はオペレーター席に座り点検を始める。
「発進準備完了、はるなへ潜航艇を海上へ降ろして下さい。」
『潜航艇を海面へ降ろします。」
点検を終えた恵理香が指示すると艦橋後部の折り畳み式のクレーンが甲板上の潜航艇を海上に降ろす。
「ワイヤーを解除。」
『ワイヤーを解除します。』
なでしこをクレーンからに吊り下げていたワイヤーが解除される。
「潜航開始。」
海上に降ろされたなでしこは操縦用のケーブルを引きながら潜航して行く。
「モニターを作動。」
コントロール室のディスプレイになでしこの搭載カメラが捉えた映像が映し出される。
「深度100、速力6ノット、現在のところ問題無し。」
なでしこを操作する恵理香が報告する。
「海底までは?」
「あと・・・300ですね。」
ケイの問いに計器を確認しながら恵理香が答える。
暫くコントロール室内に沈黙が落ちる、やがてディスプレイ海底が映し出されるまで。
なでしこは海底に到達するとそこで一旦停止する。
「・・・左舷500に金属反応を確認。」
センサーの表示を監視していた恵理香が言うと、別のディスプレーにその情報が表示される。
「接近させます。」
恵理香は操縦してなでしこを金属反応のあった場所へ接近させて行く。
そして映し出される擱座した潜水艇の映像。
「見つけたね恵理香。」
映し出された画像を見たケイが複雑な表情を浮かべながら恵理香に話し掛ける。
「見つけましたね・・・」
同じ様に複雑な表情を浮かべ恵理香は答える。
「ここの深度は400だよね?」
ケイが画像を見ながら尋ねる。
「ええそうですパーク博士。」
計器で深度を確認した恵理香が答える。
「この型の潜水艇の限界深度は200の筈です・・・やはりあの話は本当だった様ですね。」
怒りと悲しみの籠った恵理香の声にコントロール室内に居るスタッフ達も同じ思いを感じていた。
恵理香の予想通りアーウィン社には裏が有ったのだ・・・
連中は海底調査中に事故を起こし潜水艇と乗員を失っていたのだが、事故報告を偽証していた事がこれで分かった。
深度100の海底での資源調査だと主張していたが、実際は潜水艇の限界深度を超える深度で違法な作業を強行していたのだ。
既にアーウィン社は業務停止を命じられ、社長を始めとした幹部達は政府の厳しい尋問を受けている。
「問題はこの事故と例の赤いガスとの関係ですね。」
映し出された映像を見る限り操縦室は破壊され乗員は死亡しているのは確実だった。
「まさか幽霊があんな形を取った訳でも無いと思うけどね。」
ケイがそう言ってなでしこから送られて来るディスプレー上見て眉を顰める。
「・・・それにしてもこの辺一体酷い状況だね。」
ディスプレーに映る海底には様々なごみいや産業廃棄物らしきものが多量に存在していた。
アーウィン社はこの付近の海底に産業廃棄物を秘密裏に投棄していたのだ。
恵理香もは計器を操作して確認すると答える。
「その様ですね・・・この辺の海水の水質は最悪です、パーク博士もしかしてこれが?」
同じ様にデータを見て考えていたケイは恵理香に答える。
「この海底の水圧と様々な汚染部質にあの潜水艇の乗員が晒された結果あの様なガス状の生き物になった。」
無表情になったケイが恵理香の方を向いて自分の説を述べる。
「・・・そんな事が・・・」
スタッフ達が絶句する中恵理香はまたもや過去見た特撮作品にそんな話があったなと複雑な気持ちになっていた。
となると対処法はあれになるなと思ったが、それが自分のオタクからきた知識だと思うと恵理香はちょっと鬱になるのだった。
まあ変わってしまった原因は違うが、復讐と言う点ではそっくりだがと恵理香。
「これも私の仮説だけどね。」
そう言って引きつった笑みを浮かべるケイ。
「・・・」
コントロール室内に重い空気が流れる中、恵理香はディスプレイに視線を戻してケイに尋ねる。
「・・・彼がここに戻って来ると思いますか?」
「変わる前の記憶がどれだけ残っているかによるね・・・まあ私としてはその可能性は高いとみているけどね。」
ケイの返答に恵理香は頷くと指示を出す。
「では予定通り作業に入ります。」
恵理香はなでしこを操縦して潜水艇を近づるとマニュピレータを作動させる。
マニュピレータは潜水艇の操縦室に伸ばされて・・・
1時間後・洋上のはるな。
『艦長!至急コントロール室にお越し下さい。」
当直に付いていた副長が艦内放送で恵理香の呼び出しを行う。
呼び出しを受け恵理香がトレーラーにケイと共に入る。
「パーク博士の感がまた当たった様ですね・・・」
オペレーター席に座り計器とディスプレーを確認し恵理香がケイに言う。
「彼にとってはここにしか帰る場所は無いからね。」
悲しそうな笑みを浮かべてケイは答える。
掛ける言葉が見つからなかった恵理香は視線をディスプレイに向ける。
ディスプレイに擱座した潜水艇の周りに赤いガス状のものが覆っている場面が映し出される。
ちなみにこの映像を送っているなでしこは潜水艇からかなり離れた岩陰に隠れている。
「起爆装置問題ありませんか?」
『準備完了です・・・安全装置解除・・・良し。』
火器管制室から担当の返答が返って来る。
「・・・点火!」
暫しの躊躇い後恵理香が命じた次の瞬間激しい振動と共にディスプレイの映像が激しく乱れる。
乱れた映像やがてブラックアウトするが恵理香が指示する前に海上を映すカメラの映像が艦橋から送られてくる。
そこには海面を割って吹き上げる火柱が映し出され、はるなまで轟音と衝撃波が伝わって来る。
ガス状生物を殲滅する為恵理香は潜水艇に、アメリカ海軍から提供された高性能爆薬をセットして置いたのだ。
恵理香が見た特撮作品で特殊な爆薬で倒す場面を見て思いついたのだ、まあそんな都合のよいものが有るか分からなかったのだが。
マーべリック准将に確認したところ、特殊作戦用に開発された爆薬が有ったらしく直ぐに用意出来るだろうと彼女は請け合ってくれた。
アメリカ政府としては自国の企業が起こした不祥事なだけに全面的に協力するしかないだろうからとはレイアの言だ。
それをガス状生物が帰って来た所でなでしこを通し起爆した訳だ。
暫くして爆発で波打つ海面上に赤いガスが浮かび上がって来たが間もなく薄くなり消えて行くのがディスプレイに映し出される。
爆発の余波が収まった後恵理香はケイと共に甲板に出て爆発が収まった海面を見る。
「あれで死んだのでしょうか?」
「爆発でガス体とは言えあそこまでダメージを受けたからね・・・」
同じ様に海面を見ながらケイが肩を竦めながら答える。
「何となく哀だね、彼が復讐したい気持ちが理解は出来るけど。」
「ですがあのままにはして置けません、犠牲になった船員達は60人以上もいるんです。」
ケイの言葉に恵理香が海面を見つめながら言う、いくらアーウィン社の人間だったからと言え犠牲になって良い訳などない。
「これ以上罪を重ねさせない為にも・・・」
「自分達が止めなければならなかった。」、恵理香の言葉にケイは深く頷くのだった。
なおこの事件によりアーウィン社は解散、社長以下幹部達は様々な罪状により裁かれる事になった。
ただ事件の原因についてはアメリカ政府の意向で極秘事項とされ、ガス状の巨大有害生物の正体は不明とされた。
そして爆薬を仕掛ける前に恵理香が潜水艇から回収したIDカードは援助隊本部を通じて遺族に渡され葬儀が営まれる事になった。