星屑の夢 作:ハレルヤ
まずは本作に興味を持ってくれて、まことにありがとうございます。
楽しんで頂けると幸いです。
Pr-1.ふたりぼっちだった二人
アビドス高等学校の一室。鏡に映るショートカットの髪と鋭い目つきを見て、小鳥遊ホシノは自分が夢を見ているということに気が付いた。
(うへ……こういうの明晰夢って言うんだっけ)
むにむにと自分の頬に触れている動作はホシノの意識とは関係なく行われているので、肉体の自由はないようだ。
この日を明確に覚えている故に、過去の記憶を見ていることもすぐに理解できた。
だとすれば、次の展開は――
「何、してるんだ」
――真横から同級生に声を投げられる。
声は、声変りを迎えたばかりの男の子ものだ。
ホシノが慌てて顔を向けると、宵闇のような黒い髪。首に巻かれたチョーカー。色のない表情と、想像通りの人物が立っていた。これは別にホシノが過去を見ているから想像が当たったわけではなく、当時から分かりきっていたことであった。何せ、アビドス高等学校には、もうホシノと少年の二人しかいないのだから。
「え、あ、いや……これは、ですね」
自分はこんなにもごにょごにょしていたのか、とホシノの意識は苦笑いである。
特に揶揄うつもりもない少年は、ホシノとはまた違う色のオッドアイで少女を見つめてくるばかりだ。
「これから新入生を迎えるに当たって、愛想がないというのは良くないと思ったと言いますか……」
ホシノの言い訳であり同時に確かに動機でもる言葉を聞き、少年は「なるほど」と無表情のまま納得した。
「俺も……どうにかしないといけないか」
ホシノを真似るように少年も目じりを指で下げてみたり、頬に触れてどうにか笑顔を作ろうと試みる。
ホシノは笑った。見たことのない少年の顔を揶揄うように。自分の顔も酷かったと自虐をしながら。
それは、二人が最愛の先輩を失って暫く経ってからの出来事だった。
「……うへ」
目を覚ましたホシノが体を起こし、夢とは違う長い髪先を意味なく弄る。
手作り感の強いソファベッドの上で少しだけ呆けるものの、辺りはすでに暗くなって来ていることに気がつき、頬を軽く抓ってみる。
もう夢ではないことを自覚し、眠っていた一室を後にして目的地を目指すことにするのに時間はかからなかった。
「あの日の夢は……初めて見たなぁ」
恐らく最もよく見るのは先輩を失った日の夢。
先輩の遺体を見つけた日。
泣きながら少年に八つ当たりをした。
少年の胸元叩きながら、うつ向いていたせいで少年の表情に――涙を流していたことに気が付くのが遅れた。
協力し合おうと話し合った。
二人で誓いを立てた記憶。
それにしたって……自分たちはあの先輩に影響を受けすぎじゃないか? などと自嘲しながら廊下を抜け、学園祭の事務局を流用した一室――対策委員会室の扉を開ける。
それに気が付き「ホシノ」と記憶より少し低くなり、しかし明るさを含んだ声が放たれた。どうやら帰り支度をしていたようだ。
「ちょうど起こしに行こうと思っていたんだ」
ホシノが変わったように少年、
まず無表情ではなくなった。チョーカーこそ相変わらず付けているが、校内では白衣を纏うことが多くなった。
「リョウヤ一人だけ?」
「今日は余裕もあったしな……いつもいつも遅くまで働させるのは先輩として不甲斐ないだろ?」
会話も、当時は最低限しか発さなかったとは思えない程に饒舌になっている。本人曰く「甘えていただけだった」とのこと。余裕もなかったが、とは口には出せなかった。
「なんて格好つけてはみたけど、じゃあ柴関ラーメンで待ってるからホシノ先輩を連れて来てくださいね! って言われちゃったよ」
出来た後輩たちにリョウヤは微笑みを浮かべ、ホシノもつられるように笑んだ。
「誰かさんは酷かったもんね~?」
「誰かさん達、な」
白衣を脱いで椅子の背もたれにかけるリョウヤが、微笑みを苦笑に変えてビシッとホシノを指さす。ホシノは「うへ」と気の抜けそうになる笑みを浮かべるも、思考は勝手に嫌なほうへと伸びてしまうのを止められなかった。
自分達の後輩くらいかつての自分達が良い子だったのなら、あそこまで先輩は自分を追い込むことはなかったのだろうか? だなんて。考えたところで意味のないことのはずなのに、そんなことを考えずにはいられないのだ。
「……」
「そんな顔じゃ、あの子らに心配されるぞ」
思わず黙り込んでしまったホシノだったが、自分を見つめるリョウヤの泣きそうにも見える瞳にかぶりを振った。
ホシノ同様、リョウヤもまた事ある毎に余計なことを考える。考えてしまう。思考が泥沼に嵌まり、沈んでいく。そんなことは、もはや言うまでもなくお互いに理解し合っている。
「うへぇ……最近はマシになってたんだけどねぇ」
「まぁ……そう簡単にはいかないわな」
不自然に会話が途切れたが、話題を変えようとリョウヤが鞄を持って壁に掛けられた鍵を手に取った。ついでとばかりにホシノの鞄も持ち、手渡してくる。
「戸締りは終わってるから、俺達もそろそろ合流しよう」
「先に食べ始めてると良いけど……うーん、待ってそう」
雑談を交えながらも並んで学校を出て、リョウヤは思い出したと一つの話題を切り出した。
「アヤネに連邦捜査部に支援要請を出して良いか聞かれたから、許可しておいた」
「……まぁリョウヤの稼ぎがあるとはいえ、根本的な解決にはならないもんね」
心情的には複雑だったが、要請そのものにコストがかからない以上は許可しない理由がない。
「例の先生……信頼できると思う?」
さてね、と曖昧に返したリョウヤだが期待している声音ではない。ホシノの問いかけもまた、諦観を孕んだものだった。
「そも、来るかどうかも分からないしな」
メリットないもん! とお手上げポーズをしてみせたリョウヤに、ホシノは幾分か下がったトーンで言葉を紡ぐ。
「来ても助けになるかどうか……っていうかこっちを利用しようとしてくる可能性もあるわけだしねぇ~」
「後者の手合いはもう飽きたな」
本当にどうして、子供を食い物にしようとする連中がこうも多いのか。一年生から三年生になるまでに、リョウヤもホシノも悪い大人を知りすぎた。
全員がそうではないと理解しながらも、心の奥では諦観が住み着いてしまった。擦れてしまった自覚もある。
「……俺達はいつも通り疑ってる位でちょうど良いだろ」
どうであれ。学校は勿論、後輩達に危害が及ぶことだけは、なんとしても阻止しなくてはならない。何故なら自分達は――先輩なのだから。
プロローグということもあり、少々短めになってしまいました。以降はもう少し増えていくと思います。
それでは、読了ありがとうございました。