星屑の夢 作:ハレルヤ
ガタンガタンという音に合わせて体が揺らされ、セリカは呻き声を漏らしながら意識を取り戻した。
横になっていた体を勢いに任せて起こす。
「ここは? 私、さらわれた!? あ、ぅ……」
頭に鈍痛が響き、片手で押さえてしまう。
揺れが止まらないせいで痛みは継続しているものの、ぐっと堪えて辺りを見渡してみる。暗く狭いが、移動しているトラックの荷台のようだ。
(ヘルメット団め、どこに連れて行くつもりなの……?)
壁に手を付きながら立ち上がると、僅かに空いた隙間から入り込んでいる光に気がつく。
「外、見えるかな」
利き目を隙間に近づけると、すぐに砂漠と線路が目に入った。
先日に得たカタカタヘルメット団のアジトの場所の情報は、セリカにも伝わっている。すぐにアビドス郊外の砂漠であることを理解した。
つまり、携帯端末での連絡が取れない。
(あ、それ以前の問題か)
ポケットに携帯端末はないし、鞄もない。武器も当然、没収されていた。
セリカは長い溜息を吐き出し、ゆっくりと座り込んだ。壁にもたれ掛かると、自然と口が動く。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせる言葉だった。
カタカタヘルメット団に囲まれた際、セリカはポケットに手を入れて携帯端末を操作していた。モモトークからの発信だ。
慣れない動きだ。案の定、行動自体はすぐにバレた。が地面に落とされた携帯端末には、対策委員会グループでの発信画面が映し出されていたのを視認している。
(ていうか、あいつら……私のスマホを踏み付けてたわよね!)
絶対に壊された! と憤慨しながら、セリカは自分が今なすべきことを考える。
時間はわからないが、場所を踏まえるとすぐに助けは来られない。
武器がないことは……リョウヤが来てくれさえすれば解決する問題だ。
ならば、待つしかない。
体力を温存して、助けが来た時には対応できるようにする。セリカはそう結論付け、瞳を閉じた。それからどれくらいの時間が経っただろうか。トラックの揺れもおさまって久しいが、一向にカタカタヘルメット団からの接触はない。
けれど漸く、外から誰かが話をしているのが聞こえてきた。
(誰か来た!)
どうしよう? とセリカは頭を悩ます。先に助けが来た時の場合しか考えていなかった。
もし自分を移動させるのが目的ならば、逃げ出せる可能性がある。しかし敵地のど真ん中だ。数の暴力が恐ろしいのは、つい先ほど身を持って味合わされた。それならば、助けが来るまでは大人しくしておくべきかもしれない。
ガチャガチャと荷台の扉が音を立てる。
(うぅ、もう時間がない……)
焦燥感に襲われていたセリカだったが、次の瞬間目を見張った。
荷台の扉を、何かが貫いて来たのだ。
何か、ではない。一目で刀身であることが分かった。あまりにもすんなりと貫通して来たために、脳が理解できなかったのだ。
その刀身が扉の取手となる箇所を囲うと、四角く切断された金属片が音を立てて落ちる。
外は暗闇だったが、既にセリカの目は慣れていた。四角い隙間から覗く白衣をハッキリと認識する――その凡そ二十分前。
カタカタヘルメット団アジトの一キロ程手前で軽トラックを降りた対策委員会の一向は、徒歩でアジト内に侵入していた。
侵入そのものは簡単だった。外で活動しているカタカタヘルメット団が少なかったからだ。時刻は深夜になっている。見回りはいたが、多くが休息しているのだろう。
「発電機周りなのに人が少ないね」
もっと見張りがいると思った、と先生が不思議そうに首を傾げた。
発電機のあるコンテナのは周りには、たったの二人しか人員が配置されていなかったのだ。
「ん、確かに。結構、重要な物だと思うけど……」
見張りとなる二人も、不意打ちとはいえ発砲することもされることもなく対処できる戦力だった。
シロコも疑問に思っている様子だ。
「もしかして他にも置かれているのでしょうか?」
『いえ、ここにある物だけだと思いますが……』
そうですよね、とノノミはすんなりアヤネに同意した。
アヤネは電線を辿ることで発電機の場所を割り出しているので、他にあるとは思えない。それはノノミとて理解しているので、本気で他に発電機があると考えたわけではなかった。うーん、とノノミは可愛らしく首を傾げる。
答えを出したのは、ホシノだった。
「というより――」
倒れ込んだヘルメット団を極太ワイヤーで縛るシロコとノノミに、周囲を警戒している先生とホシノ。リョウヤは発電機にノートパソコンを繋いでキーボードを叩きながら、耳だけを傾けていた。
「――ヘルメット団からしたら、まだ私達アビドスに誘拐はバレてないつもりなんじゃないかなー?」
「……俺たちへのコンタクト手段が学校を通すしかないからか」
対策委員会の面々が、カタカタヘルメット団と連絡先を交換などする筈もない。セリカの携帯端末は放置されていたし、学校に連絡したところで生徒は残っていないであろう時間帯。
誘拐しても、翌朝にならなければ取引が出来ない状況なのだ。
ホシノの分析をリョウヤが補填すると「あー!」と納得の声が上がる。
ちょうどリョウヤの作業も終わりを迎えた。ノートパソコンを工房へと戻すと、それだけでホシノ達に作業の終わりが伝わったようだ。
「仕込み終わったぞ」
一息吐いて発せられたリョウヤの言葉の三分後、一度ヘルメット団アジトの電源が落ちる。その一分後に復旧し、再び落ちる。
発電機の調子が悪い、とヘルメット団に思わせるためだ。
暗闇の中、懐中電灯などの光が多数目に入る。それが全て、敵である。人員を集めていただけあり流石に多いが、物陰に潜むリョウヤ達に気がつく様子はない。
「ある種の探知機だね」
蛍のように輝く光を見て、先生は呟いた。
ドローンによる上空からの捜索では、どうしても見つけられない位置にいたヘルメット団も多かったのだろうことが分かる。
光源を一瞥したリョウヤは、コンタクトレンズをつけ終えたところだった。
「アヤネ、同期の方は?」
『問題ありません! サーモグラフも機能しています、先輩』
暗視機能もあるコンタクトレンズ型の魔具である。ドローンを通して、見ているものをアヤネのパソコンに同期しているのだ。且つ、アヤネ側で映像の解析を行なっている。
リョウヤとアヤネで用意していたシステムが、これらである。初の実戦投入だが、問題なさそうでリョウヤもアヤネも一安心だ。
「はい、じゃあ皆行くよ~」
ホシノが宣言すると、視界が最も良いリョウヤを先頭に移動を始める。
夜間といっても近くに居れば互いの位置は分かるのだ。ヘルメット団を避けつつ、予めアヤネが絞ってくれた探索エリアへと向かう。
あとはトントン拍子だった。
トラックの荷台に一人閉じ込められている人がいるのは、サーモグラフィーで一発で。そんな状態になっている人物は一人しか思い至らないからだ。
「鍵、閉まっているよね」
先生が確認がてら扉に手をかけると、ガチャガチャと音を立てた。
鍵あるかな? と振り返る先生の視界に、機械的な日本刀を持つリョウヤの姿が映り込む。
「斬ろう」
「斬鉄!?」
先生が驚愕するのも無理はない。
鉄製の扉を斬ることのできる日本刀が、漫画やアニメ以外であるとはそうそう思えなかった。
リョウヤは当然可能な魔具を用意したし、先生以外は「やると言った以上、できるんだろうなぁ」と漠然と思っているので何も言わない。
銃を使えば確実でも、同時に居場所と存在をヘルメット団に露呈してしまう。稼げる時間は多いに越したことはない。
「振動でって言えば伝わる?」
「リアル高周波ブレード……!?」
軽トラックでの浪漫云々の会話を思い出し、なんとなく「好きそう」だと思ったリョウヤだったが、想像通り先生には伝わったらしく目を輝かせてくれた。作る側の人間としては嬉しい反応で、ついつい笑みが零れる。
サーモグラフィーもあり、セリカの距離が離れていることを視認していたリョウヤは、バターを切断するように荷台の取手周りをなぞる。
「セリカ発見!」
『こちらも確認しました! バイタルに異常もありません!』
開け放たれた扉の向こうには、警戒しながら立っているセリカの姿がある。シロコとアヤネが嬉しそうに声を上げた。
ホシノがホッとした表情を浮かべる。
「大丈夫ですか? セリカちゃん」
「怖くて泣いたりしてないかなー?」
「怪我はないか? 痛いところは?」
怒涛の勢いだった。
十人十色な反応を受け、セリカに喜色の混じった苦笑が浮かぶ。
「うん、体は痛いけど大きな怪我はないから大丈夫」
セリカは全員に視線を配り、噛み締めるようにゆっくりと歩く。
「泣いたりも、してしないよ――だって怖くなんかなかったし」
リョウヤに手を借りながら、荷台から降りる。片目を閉じて断言したセリカには、確かに恐怖の色は無い。
「来てくれるって、分かってたから」
それは確信だった。
笑顔で言い切ったセリカに、先生は「強い子だ」と表情が緩む。
(いや、強いのは皆かな?)
信じる強さ。信じられる強さ。
皆の絆が目に見えているのだ。先生は一歩離れた位置で目元を押さえた。そんな先生の様子に気がついた者はいない。何せ、皆して感極まっていたから。
シロコとノノミは抱きしめようとして、セリカが体の痛みを訴えたことを思い出し踏み止まる。ホシノは状況が状況なので我慢した。
「セリカ」
名前を呼ばれ、セリカは自身の腰に手を回して支えてくれているリョウヤに視線をやる。泣きそうにも見える、穏やかな顔をする先輩の顔がそこにはあった。
「ありがとう」
無事でいてくれたことが、信じてくれていたことが、どうしようもなく嬉しい。その結果出力された、実にシンプルな言葉だった。
「えっ!? なんで先輩がお礼言うの!? みんなにお礼言わないといけないのは私だから! っう……」
見たことのない表情でお礼を言われたセリカは、盛大に狼狽えた。つい捲し立てるように言葉を紡ぎ、痛みに呻く。馬鹿じゃないの? 私、と呆れてしまう。
リョウヤの気持ちを理解できたのはホシノだった。一度失った経験がある者同士だ。不安はどうしてもあった。
嬉しそうに「うへへ」と笑い、ホシノは声を掛ける。
「元気そうじゃーん? って思ったけど、流石に辛そうだね……動けそう? セリカちゃん」
「ホシノ先輩……うん、平気。ちょっと痛かっただけ」
『良かった……セリカちゃん……』
「アヤネちゃん、ごめんね、心配かけて」
今にも涙を流しそうなアヤネを見て、心配させてしまったことに申し訳なさを感じつつも、やはり嬉しいとも思ってしまう。自分をここまで思ってくれる人がいるのだと。
セリカの瞳に活力が増していく。
「安心したよ」
「先生も来たんだ……」
「伊達にストーカーしてないよ」
「……ばーか」
今朝に自分を追いかけ回した先生が茶化すように言うと、セリカは呆れと感謝を込めて毒吐く。
先生はセリカの感情を分かっているように優しく笑ったが、遠くに見える光に「おっと」と溢す。
懐中電灯やヘルメットライトの灯りが、こちらに向かって来ているのが見えているのだ。
発電機近くのヘルメット団は意識を奪った上で拘束しているし、発電機そのものに細工されたことは理解したであろう。そして今このタイミングで発電機を細工するのならば、やるのはアビドス高等学校の生徒で、目的はセリカだとは簡単に推理できる。
ヘルメット団が、セリカの元に集まってくるのは自然だった。
「流石にバレちゃったみたいだね」
先生が浅く嘆息する。
とは言え、それは想定内だ。セリカは自分の近くに監視がおらず、見回りも禄に来なかったことを知っていた。この辺りはヘルメット団に軍隊のような規律があるわけではなかったこと、ホシノの考え通り「今日は別にサボっても大丈夫」とヘルメット団員が高をくくっていたことに起因している。が、リョウヤ達は実際に監視や見回りがサボっているかは分からない。また、ドローンでの索敵にも限界があることを理解している。
故に上記の、発電機にヘルメット団を集める手段をとった。
ヘルメット団を可能な限り一カ所に集め、その人手が減った間を使い確実にセリカを保護する作だったのだ。
「そしてここは敵陣のど真ん中」
シロコは強気な微笑みを浮かべた。やることは決まっているのだ。セリカが保護できた以上、恐れるものはなかった。
アヤネが意識を切り替え、ドローンを操作してモニターに映った情報を報告する。
『前方にカタカタヘルメット団の兵力、多数確認。更に巨大な銃火器も確認しました! 徐々に包囲網を構築しています!』
「手際が良いですね……連絡手段があるのでしょうか?」
「まぁあっても無線とかかなー?」
アヤネの情報を聞いたノノミが疑問を口にすると、ホシノが短く応えた。なるほど、とノノミは納得する。何かしらの連絡手段を用いていなければ、ここまでスムーズに連携を取れないはずだ。
戦闘中も情報の共有をされる可能性があるということである。
「一応、武器は俺が普段使うものを渡しておくな」
「うん。ありがとう、先輩」
リョウヤの立ち位置は毎回異なる。足りないポジションを埋めるという意味でも、それぞれの得意とする銃火器は工房に用意してあった。
真剣な声色のリョウヤから武器を受け取り、セリカは笑みを浮かべる。
「それじゃー、堂々と突破して帰りますかねー」
「気を付けて。奴ら改造した重戦車を持ってる」
「アヤネちゃんが見つけてくれたやつですね」
「ん、Flak41改良型だね」
ホシノの散歩にでも向かうような軽さの言葉を聞いて、セリカが自分を襲った戦車の情報を渋面で告げる。
戦車そのものはアヤネがドローンで発見していたので、ノノミが再確認するように口にし、シロコがきちんと戦車の名称を出した。情報の共有、確認である。
セリカは「頼りになるなぁ」と頬が緩んでしまう。
「本当、どっから仕入れてくるのか」
肯定するようにリョウヤが呆れ半分に溢し、先生! と呼びかける。先生は真面目な顔で振り向いた。
「作戦、覚えてる?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、指揮は頼んだ」
首を縦に振ってサムズアップした先生に、リョウヤは満足そうに頷いた。
戦闘開始である。