星屑の夢 作:ハレルヤ
委員長のホシノが会議の終わりを宣言する。同時に予定していたのか、ここぞとばかりに動き出す人物がいた。
「では先輩、座ったままで良いのでバンザーイってしてください☆」
ニコニコと笑みを浮かべるノノミだ。
「はい?」
軽快に側にまで寄ってきて、幼子にお手本を見せるように両手を上に伸ばすのノノミに、リョウヤは呆けた様子で思わず聞き返す。
「あ、じゃあこれも必要ですね!」
部屋の隅の小箱からアヤネが取り出したのは、どこにでもあるメジャーだった。小さな音を鳴らしながら、メジャーが数十センチメートル伸ばされる。
女子生徒の割合が多いだけあり、対策委員会室には裁縫箱が常備されているのだ。
「手足の長さと、ウエストとかも測らないとね」
「本当に衣装用意するんだ……」
察したシロコは両手をわきわきと動かし、セリカは半ば呆れてしまっている。とは言え前者は勿論、後者も反対する素振りはない。
採寸かぁ、と先生が感心する。必要なデータを理解しており、すぐさま確認に入るあたりにノノミは手慣れているとも思う。ついでに意思が強い。
「うへへ、別に拒否はしないよね~?」
「服着るくらいならしないが……俺だって皆のかわ――」
呑気にお茶菓子に手を伸ばしているホシノに、リョウヤは言葉を不自然に途切れさせる。
反射で出かけた言葉を、思考から無理矢理に止めたのだ。
「川?」
間を空けず、ホシノは容赦なく言葉でつっつく。緩慢とした動きをしていた割に素早い反応で、その顔は誰の目にも明らかにニヤついていた。
「海?」
「池?」
ホシノ同様、揶揄うようにシロコとノノミが続く。
「み、湖?」
「え、あっ、えっと……沼!」
その気はなかったが「ほらほら、アヤネちゃんも」とホシノに促されてアヤネが。アヤネ同様に二年生に急かされる形でセリカが、それぞれ煽りを入れる。
「かわ、なにかなぁ?」
腹筋云々からも分かっていたが、先生も遠慮が無くなって来ているようで、意地の悪い笑顔を浮かべていた。
しかし、だ。
相手が悪い。
「可愛いアイドル衣装の皆が見たい」
ドキッパリ。
別に言うのをやめた理由も羞恥心ではないのだ。そっちがその気なら、とリョウヤは一息に言い切った。
わーお、と先生は口から漏らす。
数秒間だけ部屋内がの時間が硬直し、僅かに室温が上がり始める。
「えへへ、私は大歓迎ですよ☆」
元々アイドル活動による返済手段を提案したのはノノミだ。全員分用意するというのなら嬉々としてする所存である。
「思いの外ストレートだね、先輩……」
珍しく照れたようにシロコは目を伏せた。いや、シロコだけではない。ノノミも、アヤネも、セリカも頬を染めている。
「別に言うこと自体に抵抗あったわけじゃないしな」
仕返しとまでは言わないものの、満足のいく反応にリョウヤは先程まで向けられていたものと同質の表情で微笑む。
ホシノだけが思い至ったようで、普段の調子で問いかけた。
「お義姉さん?」
「も、だし。そもそも俺の引き取り手……つまり義姉の父親は女好きだったからな、主に女性陣から反面教師にしろって言われてた」
義姉にユウカナリアや、ユウカナリア。他にもユウカナリアと、ベルといった女性悪魔たちを思い出すリョウヤ。ユウカナリアに関しては、かなり私情に塗れていたのが懐かしい。
「口説いてるみたいになるのが嫌だったってことだね」
疑問が氷解したホシノが結論つけると、他の面々も納得をした表情を浮かべる。
リョウヤが自分から女性に接触を持ちに行くのは、医療的措置を施す必要がある場合が多い。親しみを込めて頭を撫でる、背中を押す、肩を叩くくらいならばするが、リョウヤが普段よくシロコからされるような……抱き付くといった接触を女性にしたことはない。なんならそれも、対策委員会の一員以外にさせている所は見たことがなかった。
それに、とホシノは胸中で続ける。
(極力……気持ちは伝えておきたいから)
話がしたい、そうどれだけ願っても出来なくなってしまった人がいる。
明日が絶対に来るとは限らない。
元気な間に。生きている間に。言葉をきちんと伝えておくことの大切さは、かつて口数が少なかった人間ほど思い知らされているのだろう。
二つの理由から、リョウヤは逡巡したのだ。
口から「うへ」と漏れ出させたホシノに、次の瞬間リョウヤは無慈悲に宣告した。
「自分は関係ないって顔してるけどホシノもだからな」
死なば諸共ではないが、どうせアイドル衣装に身を包むのなら全員でだ。逃すつもりはなかった。こちらも、後輩達はもれなく賛成なので反論は出ない。
「…………」
ゆっくりと目を閉じて黙り込むホシノ。鳴き声すら発さないあたりに、如何にして乗り切ろうかと思案しているのが窺える。
「おじさんみたいな貧相な体が好きとか言っちゃう輩なんて、人間として駄目でしょー?」
グラマラスな女性が好みのくせに、とは口に出せなかった。
「別にアイドル活動するわけじゃないんだから」
「ん、あくまでリョウヤ先輩を喜ばせる催し」
自分を推す人間はいない旨を述べたホシノだったが、即セリカとシロコに反論さてしまう。
当たり前のように、ホシノのアイドル姿でリョウヤが喜ぶの式が成立していた。
「それだと俺が変態みたいなんだが……」
いや言ったのは俺だけど、と複雑そうに小さく溢す。そして、間違ってもいない。いないのだが、改められると印象がよろしくない。
「ドラマで見たキャバクラみたいです!」
心底から楽しそうなノノミに、リョウヤは思わず「追い討ち!?」と顔を引き攣らせた。
「アイドルやろうって言い始めたのはノノミ先輩なんですから……」
フォローしてあげてください、とアヤネは苦笑する。
漫才めいたやりとりに、先生が思わず吹き出す。笑い声が伝播していき、部屋が明るい雰囲気に包まれていく。
(変態みたいなんて言ったが……表情一つで思ってること分かるのも大概気持ち悪いか)
そんな中、リョウヤの笑いに自嘲の色が混ざり込む。
つい先ほど、ホシノが「口説いてるみたいになるのが嫌だった」と言った直後。うへ、と鳴いて一瞬だけ見せた表情でユメのことを思い出していたのが分かった。分かってしまった。
今を楽しい――リョウヤは素直に思う。そして「この場所に貴方がいたら、どんな顔をしていただろう?」とも。
(ああ、でも……こういうこと思ってるのもホシノと一緒なんだろうな)
それが嬉しいような、悲しいような。言葉にできそうにない思いは飲み込んでおくことにする。
皆で採寸することになり、きゃっきゃしている後輩からリョウヤは目を離す。
先生は慈愛を持って生徒を見守っていた。
ホシノはリョウヤと同じ目で後輩を見つめていて、視線に気がつくとリョウヤと目を合わせて笑う。二人揃って消え入りそうな笑みだ。ホシノもまた、リョウヤの考えがお見通しだった。
一通り採寸が終わると、各々が事情から部屋を去っていく。
夕陽が差し込む時間になると、対策委員会室に人影はすっかり減ってしまった。
残っている生徒はリョウヤとホシノの二人だ。
楽しく騒いでいた時間を思うとかなり寂しく感じるが、同時に慣れたものでもあった。懐かしさすらある。
「……とうとう直球な意見出ちゃったねぇ」
手元にあった書類を横に動かし、ホシノはテーブルに置いた自分の腕を枕にする。
「直球?」
ホシノがぼんやりと呟くと、離席していた先生が扉を開けながら首を傾げながら入室して来た。両手には缶飲料を抱えている。
「銀行強盗だよ~」
「ま、遅かれ早かれだったろうけどな……詐欺とかも意見としては出たことあったし」
ノートパソコンから手を離し、猫のように体を伸ばしながらリョウヤは言う。
差し入れどうぞ! と先生は自動販売機で買ってきた缶飲料を配ると、素直に返ってきたお礼を耳に入れながら椅子に腰を下ろした。
「やっぱりそこは不本意なんだ」
ホシノも大概な意見を出していたが、あっさりと引き下がっていたのは先生の印象に残っている。それも伝えたいこと自体が「生徒を増やさないといけない」だったことで納得していたが、やはり犯罪に手を出したくはないのだろう。
(……いや、二人の場合は後輩の手を汚したくないのかな)
反応を待つ合間に考えながら、先生は持っていた炭酸飲料を開け放つ。
小気味の良い音が小さく響く。
「うーん、不本意……と言うか、ねぇ?」
「とうとう後輩に言わせてしまった感が強いかな」
現状では返済可能だとは考えられなかったから、銀行強盗なんて手を訴えた。訴えさせてしまった。
リョウヤとホシノは笑い合う。それは、先生にも自嘲の笑みだとハッキリと分かった。思わず握った拳に力が籠る。
今の時間帯の如く、暗くなりかけた空気を霧散させるように軽い調子でリョウヤは先生に問いかけた。
「先生は何年でアビドスの借金返せるか分かるか?」
「え……八億七千六百万で、利子が七百八十万だから――」
「利子だけでパンクしかけてたら、ざっと三百年だよ」
あまりにもあっさりと告げられ、先生の頭が停止した。
言葉が出なかった。
簡単に返せる額だとは思っていなかったが、改めて日数にされると絶望的が過ぎる。不可能とすら思える。
生きているうちに返済しようとすると、シロコが無茶な案を出したのにも頷けてしまう。
「そりゃ、銀行襲うとかになるよね」
「逆にどうやって返済するの? って話だからな」
対案を出さずに否定だけするというのは、あまりに都合が良いと思う。
乾いた笑いの後に、二人は短く嘆息した。
「誰かさんはコッソリ何かやってるみたいだけど?」
「……いやまぁ正直に全部言う、なんていかないけども」
ホシノに半目を向けられて、リョウヤは半笑いを浮かべる。自分が裏で何かしていることを勘付かれているとは予感していたが、踏み込まれたのは初めてだった。
ふーん? と暫しリョウヤを見つめたホシノは、諦めたのか視線を外して缶ジュースを手に取る。話さないのか、話せないのかは不明だが、話せる時になったら話してくれるだろうという判断だ。
「リョウヤくん、何かしてるんだ?」
先生は純粋な疑問から口にした。特に問い詰める様子もない、答えてもらえなくても良いような、本当に小さな確認だった。
「言っちゃえば、各学園にパイプ作ってるのもソレだよ。ミレニアムでは技術を学ばせてもらったり、モノを作らせてもらったりしてるし……」
先生から視線を向けられたリョウヤは、観念した様子で言葉を続けた。
無駄なことは基本的にしていない。していないと言うより、する余裕がない。
「今回ゲヘナで風紀委員と知り合えたのもデカい。ミレニアムもゲヘナも大きな組織だから、味方になってもらえるなら最高。敵対しないくらいの関係でも充分ありがたい」
受け取ったカフェオレを口に含む。
ゲヘナ学園の生徒会である万魔殿に関しては、トップがリョウヤの想像を遥かに斜めにかっ飛ばしそうな印象だったので、ぶっちゃけ全く読めない。
「敵対……」
「世論とか」
「ああ、世間を少しでも味方に出来たら確かに大きいよね」
頑張っている子供を応援したくなる、というのは大多数の大人に共通する。特に外野で、お茶の間でゆっくりとしている余裕のある層には。
言われてみると、何でも屋めいたことをしているのも大きな納得だ。良い印象を抱いて貰えれば、それだけで味方になり得る。計算されている行動に感心して、先生はうんうんと頷く。
「……」
今の咄嗟の言い訳だったなぁ、とホシノは横目をリョウヤに向ける。明確に敵対するであろう相手を想定しているとしか思えなかった。かく言う自分も、想像できる相手はいるのだ。頭脳担当が気がついていないとは思えない。
暫くして、三人も学校を後にする。
「もしもし」
葛葉邸リビングにて、リョウヤは携帯端末を手に取った。
モモトークにて「先生は風呂入ってる」と送ったところ、返事代わりに電話が掛かってきたのだ。
「そっか、あの時のカタカタヘルメット団がね……」
話を聞き終わると、ダイニングテーブルを布巾で拭いていた手が一瞬だけ止まる。
記憶にも新しいカタカタヘルメット団の一員の姿が脳裏に蘇る。
「言ったろ? 好きにしていいって。なんでもかんでも、俺の許可を得る必要はないよ。しっかりと対応してくれてるだろうし」
手の動きが再開すると、穏やかな声音でリョウヤは苦笑を零した。あまりにも自分を立てすぎている。
「報連相は、まぁ最低限欲しいけども」
それでも立場はそっちの方が上だしな、と付け足すと電話口の相手は不満げだ。顔は見えていないものの、リョウヤには相手が口を尖らせている様が想像できた。ついつい頬が緩む。
「そういう意味では、寧ろ俺が敬語とか使わないといけないな……そんな嫌そうな声しなくても……」
立場の話以上に嫌そうな声色に、リョウヤは思わず声に出して笑ってしまった。釣られたような相手の声が耳をくすぐる。頬を膨らませて笑っているのだろう。
「ああ、分かってるよ。対等だろ? 今後ともよろしく、共犯者さん」
口元を釣り上げて笑うその様は、育ての親によく似ていた。
読了、ありがとうございました。