星屑の夢   作:ハレルヤ

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1-1.シグナル変わるとき

 その日は、よく晴れた日だった。

 砂漠となったエリアの寒暖差は大きいものの、市街地エリアならば比較的過ごしやすいであろう天候で、散歩やサイクリングにはもってこいに思える。

 小鳥の囀りも響くアビドスの郊外にリョウヤは佇んでいた。

 

「……大丈夫か?」

 

 時刻は朝八時。

 リョウヤは眼前で倒れ伏している人間の大人へと声を投げた。

 倒れている人物の体は呼吸で動いているので、死んでいるということはないのが一見して分かる。眠っているだけならば、別に問題はない。

 

「う……み……」

 

 呻く大人に、澄んだ海にも似た快晴の下でリョウヤは「海?」と首を傾げた。

 

「み……みず……くださ、い……」

 

 まさかとは思ったが、遭難者だった。リョウヤは驚愕するも、恐らくはキヴォトス外から来た人間で、しかも初めてアビドスに来たのなら迷子になるのも無理はないかとも思う。

 そんなリョウヤの何も持っていなかった手元には、いつの間にかスポーツドリンクのペットボトルが握られていた。それを干乾びる直前の大人へと手渡すと、数秒かけて渡された物を認識したようで、ボトルの蓋へと利き手が伸びた。

 

「……!」

 

 すぐにでも水分補給したいであろう大人の手が、ペットボトルの蓋で停止する。

 

「……開け、られません……」

 

 絞りだされた呻き声にも似た言葉に、リョウヤは黙ってペットボトルを回収して蓋を回す。弱り切っている相手を責める趣味はないのだ。

 

「ありがとう……」

 

「気にしなくていい。それよりちょっと触るぞ」

 

 ボトルに口をつけた大人に余裕はなく、リョウヤの発言に反応することもなく水分を流し込んでいる。無反応を肯定と受けと立ったリョウヤは、大人の額に手を当て、次いで手首を軽く握った。

 

「少し熱いか……それにわずかに頻脈。栄養も足りてなさそうだ」

 

 僅かに言葉を呟き、リョウヤは結論を出す。

 

「軽い脱水症状と栄養失調だな」

 

 目の前の大人はスーツを纏っている。先日に提出した支援要請。十中八九、噂の先生である。ただ、まだまだ新しいはずのスーツは、砂埃によって随分と汚れてしまっていた。それだけの情報でも、相手が誰でどんな状況なのかは優に推測できる。

 最初は勢いよく、その後もチビチビとボトルに口をつけていた大人だが、体温も下がり頭が冷えたようだ。

 ゆっくりと立ち上がった大人は、真っ先にお礼を口にした。

 

「どうもありがとう、君は命の恩人だね」

 

「大げさ……とも言い難いかな」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべながら頭を下げた大人を、リョウヤは苦笑いを浮かべつつ観察する。

 薄汚れて尚、清潔感を感じさせる人だ。細身で、柔らかい印象の顔立ち。何より気になるのは、聞くだけで安心してしまう声。

 現状でもあまりに魅力的な人間だった。

 

「うん、これ以上遭難していたら本当に命が危ないと思っていたんだよ」

 

 だからありがとう! と続けた大人に、リョウヤは「頭を上げてくれ」と応えた。

 

「それよりなんでこんな所に?」

 

「えっと、私アビドス高等学校に行きたかったんだけど……場所って分かるかな?」

 

 リョウヤの予想が確信へと変わる。たはは、と自嘲の笑みを浮かべる大人が先生なのだと。

 当然か、と心の中でぼやく。

 ――葛葉リョウヤは、キヴォトスの外から訪れた人間だ。

 より正確に言うのなら、訪れたという表現は正しくない。ある事故により、流れ着いた者である。

 元居た場所では、機工魔術士(エンチャンター)と呼ばれる存在だった。

 キヴォトス外出身故、本来ならばヘイローのない人間っだったが、あまりにも無いことが目立つためにホログラムで投影するに至った過去がある。

 

「あ、私こういう者です」

 

 大人は少し慌てて名刺を差し出し、リョウヤが受け取ると更に顔写真付きの証明書を取り出した。リョウヤが無反応だったことで、自分が高等学校に行こうとしている不審者と思われる可能性に行き当たったのだ。

 

「あぁいや、ごめん……少し昔を思い出してた」

 

「昔を?」

 

「俺もこの辺で迷ったことがあったんだ」

 

 懐かしい記憶だった。混乱と困惑で冷静さを失いかけていた時に、リョウヤは後に先輩と呼ぶ少女に拾われたのだ。

 君も! と親近感から喜ぶ先生。つられてリョウヤも笑みを浮かべ、最初の質問に答えるべく口を開いた。

 

「案内するよ、俺もアビドスの生徒だから……て言っても、制服着替えるために一回家だけど」

 

「それは大丈夫!」

 

 グッと親指を立てた先生に、リョウヤが「こっちだ」と告げ歩き出そうとする。同様に歩こうとしていた先生の体が大きく傾き、咄嗟にリョウヤが体を支えた。

 

「ご、ごめんね……思っていたより疲れてたみたいで……」

 

「動けそうにないか?」

 

 結論を言うと、先生は自分で歩くだけの体力の回復はできていなかった。

 自分を背負って欲しいという先生の提案を受け、リョウヤは人ひとりおぶりながら目的地を向かうこととなる。

 

「乗り心地が悪くても文句は言わないでくれよ」

 

「大丈夫、むしろ良い匂いするし……というかなんか、おんぶし慣れてる? 感じがする」

 

 気楽な会話をしながら、最初の目的地であるリョウヤの家に辿り着く。

 家は横に長めの三階建て。庭に車庫付きと、かなりの豪邸に思えたがリョウヤ曰く「アビドス郊外なんて空き家ばっかりで、ほとんど格安だよ。いつ砂漠化するか分からないし」とのこと。言われてみれば周囲に人の住んでいる気配はなく、当たり前にコンビニやスーパーもなかった。先生自身が数日この辺りをさ迷っていたので、立地は確かに良くないと納得せざるを得ない。

 帰宅したリョウヤは着替えるより先に、手軽に食べられるお菓子と飲み物を持って玄関で待つ先生に差し出しておく。

 

(優しい子だー)

 

 チョコバーを齧りながら待つ先生は、ほくほく顔で着替えが終わるのを待つ。

 こざっぱりとした玄関での待ち時間中に、時計が目に入ってふと思う。もうすぐ九時になるので、時間はかなりギリギリなはずだ。自身を生徒と言った少年は、なぜこの時間にあんな場所にいたのだろう? と。家の場所はアビドス内でも、当人はアビドスの外から来たように思える。思い返せば検温や脈の確認と、医者のような動作をしていたのも気になる。

 うーん、と頭を悩ませているとすぐに当人が戻ってきた。

 

「あ、制服似合うねぇ!」

 

「どーも」

 

 聞けば答えてもらえるだろうと先生が疑問を口にするより先に、左手で学生鞄を持つブレザー姿のリョウヤが何かの鍵を――否、先生にもなんとなく想像がつく物の鍵を、靴箱の上から右手に掴み言った。

 

「時間が時間だからバイク乗るけど、後ろで良いよな?」

 

 先生は「あ、はい」と頷く。質問は頭から消し飛んだ。鍵に付けられたかわいくデフォルメされた魚のキーホルダーが、あまりにも衝撃的だった。

 魚が好きなのかな? と予想する先生をよそに、リョウヤは先生を連れて扉から出ていく。家はオートロックだが、鍵が閉まったかはきちんと確認する。

 組み上げ途中なのか分解途中なのか、あられもない姿の車が納められた車庫内からバイクを引っ張り出すと、今度こそ二人はアビドス高等学校へと向かうのだった。

 そして場所は移り、リョウヤと先生の目的地。アビドス高等学校、その対策委員会室には既に委員会のメンバーが揃っていた。

 

「リョウヤ、もうすぐ学校着くって」

 

「あ、連絡来たんですね!」

 

 ホシノがデフォルメされた魚のキーホルダーのついた携帯端末を眺めながら告げると、眼鏡を掛けた真面目そうな印象の女生徒――奥空アヤネが嬉しそうに反応する。

 アヤネに影響を受けるように室内の雰囲気が少し明るくなったので「モテモテだねぇ~」とホシノが眠そうに瞑した。

 

「報告だけして来て既読はつかないけどね」

 

「ん、自己完結人間」

 

 どこか呆れを含んだ声音にホシノに、バッサリと評価を下すのは砂狼シロコ。銀髪セミロングで、水色の瞳だが瞳孔の色が左右で違う……つまりリョウヤとホシノ同様オッドアイの女生徒だ。

 対策委員会におけるリョウヤは間違いなく頼りになる人間だが、数少ない欠点の一つとして連絡に難があるのが共通の認識である。

 

「でもちゃんと連絡はしてくれたのですね! 偉いです!」

 

「それは成長してて偉いんだけど……流石に今回は……」

 

 十六夜ノノミが大きな胸の前で両手を合わせ、嬉しそうにフォローするベージュの小さく長髪が揺れる。対して黒見セリカはフォローできないと苦笑いを浮かべ、赤い瞳には呆れを滲ませた。ノノミ自身も反論する気はないので曖昧に笑っている。

 

「帰ってきたら、みんなでお説教だねぇ~」

 

 ホシノの提案には満場一致で「はーい!」と返って来たのであった。




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