星屑の夢   作:ハレルヤ

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4-3.決して特別な日々じゃなくても

 扉が開かれると、アヤネは素早く椅子から立ち上がる。

 自身も疲労が溜まっているであろうにも関わらず、おくびにも出さない花のような笑顔を咲かせた。

 窓から差し込む夕陽と相まって、キラキラと輝いている。

 

「皆さん、お疲れ様です!」

 

 校門で便利屋68を迎え撃っていたメンバーが部屋に戻ったのだ。

 道中で話を纏めていたので、ホシノとリョウヤはつかつか歩み寄ると迷いなくアヤネの両脇を固めた。

 

「え? え?」

 

 遠出をしているのならいざ知らず。校門で戦闘を行い、すぐに戻ってくることもあり通信を切っていたアヤネは、状況が読めずに困惑する。

 左右の三年生を交互に見やり、正面の二年生と同級生に縋るような眼差しを向けた。

 

「本日のMVP……アヤネちゃんでーす!」

 

「はい拍手ー!」

 

 ホシノは左手でアヤネの右手を、リョウヤは右手でアヤネの左手をとると、両手を高く上げてみせた。

 アヤネはホシノよりも約十センチメートルほど高いので、ホシノは少し大変そうだ。しかし指摘する者はおらず「わー!」と拍手で喝采を起こしている。

 

「盾、凄かった」

 

「安心して立ち回れましたよ~」

 

「アヤネちゃんのおかげでとっても楽できたよ!」

 

 シロコ、ノノミ、セリカから遠慮のない褒め言葉をぶつけられ、頬を桃色に染めながらもアヤネは状況を理解する。

 

「え、あ……だ、そっ、それは! リョウヤ先輩にも出来ることですよね!? 私だって知ってるんですよ!?」

 

 だから特別凄いことではないのだと、自分を持ち上げ過ぎだとアヤネは声を上げた。

 几帳面なリョウヤは魔具には英数字からなる片式番号を設定している。使用感などのレポートを纏めるのにも便利だからだ。

 AWS2-V7とは航空を意味するアビエーションと兵器を意味するウェポン、S2はシールドを、V7は七つ目のバージョンを指している。当然、そこに行き着くまでに実戦使用されたこともあるのだ。

 アヤネは初めてAWS2の説明と使用するかを尋ねられた時に、シロコから元の使用者についても聞いていた過去があった。

 

「戦いの前にも言った通り、俺じゃ今日みたいな動きは出来ないよ」

 

 むず痒そうなアヤネに、リョウヤはその腕を解放しながら言い切る。

 

「リョウヤは確かにオペレーターしてた時に使ってくれたけど……おじさんとシロコちゃんとノノミちゃんに、それぞれ一機ずつだけだったんだよー? それでも今日ほど上手くは使えてなかったしね」

 

 同級生に倣い、アヤネの腕を離しながらホシノは一年生の二人が入学していなかった頃に記憶を馳せる。

 容赦のない評価でも、リョウヤに不満はない。忖度のない評価は好印象ですらある。

 かつてのAWS2には航空小盾は四機のみで、残りの一機は親機の周囲を回っていた。

 操作方法は当時と変わっておらず、専用のコントローラーを使うか、パソコンを使うか、眼鏡型の魔具を使うか、或いは全てを同時に使うか。

 その時はリョウヤが指揮や情報管理も同時に担当していたとは言え、アヤネとの差はあまりにも大きい。

 なにせアヤネは子機だけで十二機も稼働させていたのだ。

 

「私達としては、それでも充分有り難かったんですけどね」

 

 守ってもらったノノミ達からしたら感謝しかない。

 仮に一発の弾丸しか防げなくても、正直かなり助かる。確実に痛みは減るのだ。

 

「ん、ただ今日は最早封殺だったのは確か」

 

 一旦休憩しよー! とホシノが声かけをしながら着席する横で、ノノミとシロコも椅子の背に手をかけた。

 カヨコはリョウヤと密着してハンドガンを撃っていたので、航空小盾を割り込ませるのが難しかった。故にシロコの言う封殺というのは主に傭兵のことだろう。

 相性問題でしかないものの、ショットガンやグレネード弾であれば航空小盾を攻撃範囲や弾幕で抜けていたかもしれない。

 

「いや実際とんでもない動きだったよ。正面から受けるだけじゃなく、斜めに受けることで弾いたりして、盾への負担を減らしていたし……皆の動きも完全に理解していたね」

 

 シッテムの箱により戦いを俯瞰で観測し、指揮を出していた先生も感嘆しながら着席する。

 盾で受けるにしろ弾くにしろ、跳弾が仲間に当たる可能性も決してゼロではない筈なのだが、現実には一発たりとも被弾させなかった。

 

「それは、その……皆さんの戦いは何度も見ていますから……」

 

 オペレーターという立場上、ドローンによって対策委員会の戦いはいつも見ている。ある意味では先生の視点に近い。

 味方の咄嗟の判断や動き、癖なども把握していたのだ。

 アヤネは何でもないように言うものの、決して簡単なことではない。

 

「俺も使ったから分かるけど……味方への理解は当然として、人の配置や銃口の向き。武器の種類。環境も把握して、不測の事態を想定しないといけない。本当に凄いよ」

 

 むにむにと左前腕部を揉み解しながらリョウヤが席に着くと、テーブルに置かれているノートパソコンを正面に寄せる。

 顔を真っ赤にして立ち竦むアヤネを横目に、右手でキーボードを軽く叩く。

 すぐに画面にAWS2-V7の現在の状態が表示される。親機はともかく、盾となっていた子機の状態は悪い。航空小盾にカメラ機能を載せるのは難しいと判断するに充分な情報だ。しかしそれは、それだけ盾としての役割を全うしたことの証左になる。

 

「学校周りにカメラがたくさんあったから、確認出来ていただけですよぉ……」

 

 アヤネは茹で上がってしまっていた。

 校門の支柱などカメラが多く設置している戦場なのも良かったという主張は尻窄みしてしまう。

 穏やかな笑みを浮かべたリョウヤの言葉は揶揄いなどではなく、客観的な分析を踏まえた評価である。それはアヤネにも簡単に理解できるのだ。

 

「じゃあ、決議を採るよ~」

 

「アヤネが今日のMVPで文句がなく、ご褒美が必要だと思う人は挙手で」

 

 はい、せーの! とホシノとリョウヤが言葉を重ねると、もれなくアヤネ以外の手がすっと挙がる。

 さり気なくご褒美が追加されていて、当人は「えっ!?」と混乱させられていた。

 

「賛成六票ということはー?」

 

「可決!」

 

 リョウヤ。ホシノ。シロコ。ノノミ。セリカ。先生。綺麗な挙手を数えて、無慈悲な宣告が笑顔で下される。

 

「が、頑張ったのは皆さん同じじゃないですか!」

 

 先生まで! とアヤネから非難の目を向けられた先生は「それはそうだけどねぇ?」と笑い、二年生二人と一年生一人を見た。

 

「ご褒美はMVPだからでしょ? アヤネちゃん」

 

「ん、MVPじゃ仕方ないね」

 

「はい☆ アヤネちゃんに譲るしかないですね~」

 

 やれやれと。本意ではないと。口ではそう言いながらも、態度には全く表れていない。セリカもシロコもノノミも、それはもう楽しげにニコニコとしている。

 

「ご褒美は何にするのかな?」

 

「んー……アヤネちゃんは何か食べたいものとかある? ご馳走様するよ~」

 

 先生が尋ねると、ホシノはアヤネへと視線を向ける。

 当のアヤネは何か言いたげにするも意味がないと悟ったのか、目線をリョウヤに滑らせては戻して、口をもごもごと動かした。

 

「し、食堂で皆で作るのはどうでしょうか!?」

 

 リョウヤの手作りごはんって言ってくれても良いんだよ? そんな言葉をホシノは飲み込む。

 外食では高めにお金がかかる。名指しされたリョウヤ個人は喜ぶだろうが、一人の負担になるし、他のメンバーの立つ瀬がない。そう言った理由からのアヤネの提案を、否定する真似をしたくはなかったのだ。

 ただ対策委員会は皆揃ってリョウヤに胃袋を掴まれているのも周知の事実。ホシノ以外も気が付いたようで「可愛いなぁ」と口には出さずにアヤネに温かな視線をぶつける。

 否、気がついていない者が一人。

 

「皆で料理か……いいな、そういうのも」

 

 既にリョウヤはわくわくとしていた。

 文句がある者がいるはずもなく、話はすんなりと進む。

 学校食堂なら調理場にスペースもあるので、人が多くても問題もない。

 今までにも食堂を使ったことはあったが料理人は決まってしまっていたこともあり、満場一致でアヤネへのご褒美が決まった。

 しかし食堂には食材の買い置きがないので、一同は買い物へ向かうことへ。

 その際、既にノートパソコンを操作していたリョウヤは買い出しのメンバーから外されることとなる。

 

「え、アヤネが行くのに……?」

 

 おかしくない? と、なんとも言えない表情を浮かべるも「今から作業しておけば少しでも睡眠時間の確保ができるだろうから」と言われてしまうと言い返せない。買い出しにそこまでの人数がいるわけでもないのだ。

 校舎の出入り口まで買い出し係を見送ったリョウヤは、急ぎ足で保健室へと足を進めた。

 保健室の扉を開けると、迷うことなく棚を漁る。

 右手にとったのは、つい先日にセリカへ処方した塗り薬だ。

 

「やっぱり怪我したんだ?」

 

 扉から聞こえてきた声に、リョウヤは体を大きく震わせた。ゆっくりと顔を動かすと、ホシノが声色同様の呆れた表情を作っている。

 

「ホシノ……買い物はサボり?」

 

「食堂の準備も必要じゃない? ってセリカちゃんが」

 

 ちなみにホシノを戻したのは先生だった。恐らく先生もリョウヤの不調に気がついていたのだろうな、と指名された側としては察しがつく。

 

「ああ、普段あまり使ってないからな……」

 

 対策委員会の昼食は、外で済ますかお弁当になることが多い。

 アビドス高等学校の食堂は綺麗に保たれているものの、久しく使っていない食器や調理器具の洗浄はしておく必要がある。ラーメン屋でバイトを始めたセリカらしい着眼点に笑みが溢れる。

 

「それで質問の答えは?」

 

「怪我なんて大袈裟なもんじゃないよ」

 

「笑顔じゃ誤魔化されないからねー? ほら、座って左腕出して」

 

 まるで幼い子供を相手するようである。

 ホシノに椅子へと座るように促されながら、部位まで指摘されたリョウヤは「バレてらぁ」と苦笑う。

 

「そんなに分かりやすかったか……?」

 

 観念した風にリョウヤは白衣とブラザーを脱いでテーブルへと乗せると、ワイシャツの袖口のボタンを外して捲り上げた。青痣となった前腕部が露わとなる。

 カヨコから受けた蹴りの痕だ。カヨコ自身、ここまで痕になっているとは想像もしていないだろう。

 

「左腕を気にしてるのは見て分かったよ」

 

 ホシノがリョウヤの正面に座り塗り薬を受け取ると、青くなっている患部に優しく馴染ませ始める。

 

「……一応、油断してたわけじゃない。ただ判断は間違えた」

 

 痛みから時折り体を震わせてながらも、リョウヤは気まずそうに言い訳と反省を口にした。

 カヨコを相手にして油断はなかった。言い訳だが、それが事実だ。しかし魔力の使用を最低限に抑えている以上、蹴りに関しては避けるか、受け流すか、甲手のようなものを使うかするべきだった。

 手札を出し渋ったのは、悪癖とすら言えるかもしれない。

 

「別に責めてないけどね。大丈夫だと思ってたし、実際に無事に済んでるわけだから」

 

 ホシノは黙々と薬を塗っていたが、包帯に手を伸ばしたタイミングで口を開く。少しだけ淡々としていて、集中しているのが窺えた。

 ヘイローがなく、先生ほどではないにしても耐久性の低いリョウヤが戦うのを認めていたのがホシノだ。文句を言う資格がないと思っているし、戦うことを認めて許している以上は責任もあると考えているのだ。

 

「ただ……一人でこっそり痛みに耐えられてるのは嫌かな」

 

 心底お前が言うなって感じだけどねぇ、とホシノは自嘲した。とは言え、悪夢に苛まれ眠れないという隠し事を暴いたのはリョウヤだ。そこはお互い様だと言いたい。

 

「そう、か……そうだな」

 

 リョウヤは一拍置いて、真剣に包帯を巻いているホシノを見る。

 自分も相手も強がって、周りの人に格好付けて、心配をかけたくなかった。

 気持ちはどうしても分かる。

 

「これからは、せめてホシノには伝えることにする」

 

 口にして、深く長い溜め息が洩れる。

 それはそれで、ホシノ以外に対して複雑なのだ。しかしリョウヤのヘイローがないことを知っているのは、対策委員会ではホシノしかいない。

 リョウヤ自身は皆に話しても良いと思うのと同時に、いつどのタイミングで情報が漏れるか分からないので可能な限り伏せておきたいとも思っている。

 それに何より、知ってしまえば前線で戦うことを良しとはしないかもしれない。戦い自体は好きでも嫌いでもないが、守るために戦うことに不満はないのだ。

 

「時期をみて皆にも話さないとな……」

 

「怒られないといいねー? ……まぁでも私もか」

 

 悪夢に苛まれているホシノと、ヘイローも耐久もないリョウヤ。後ろめたさもあるが、隠し事という共通項に「うへへ」とホシノは笑う。

 

「はい、包帯ってこんな感じで良い?」

 

 包帯を留めると、ホシノはするりと手を滑らせてリョウヤの左掌を握る。何かを確認するようにむにむにと弄ぶ。

 

「ああ、ありがとう」

 

 そんなホシノの両掌を左手で包み込み、リョウヤは嬉しそうに微笑んだ。

 大丈夫、ちゃんと居る――それを伝えられる側と、伝える側。トラウマにも近しい感傷だ。

 お互いの存在を確かめるように、手の平から伝わる温かさと柔らかさを離すことが出来ないまま会話は続く。

 少しして、携帯端末が震えた。

 リョウヤへ必要な食材の確認のメッセージだ。携帯端末の振動と音に揃って体を震わせ、きょんとんとしてから目を合わせて笑ってしまう。

 それじゃあ食堂で準備してるねー、とホシノ。

 さっさとレポート纏めてくる、とリョウヤ。

 薬品香る一室で逢瀬のような時間は、そんな言葉で締め括られる。

 調理が始まった頃には、すっかり外は暗くなっていた。

 最初は料理があまり得意ではないノノミに着いて丁寧に教えていたリョウヤだったが、いざ時間が来るとそれはもう本気で調理に取り組んでいる。

 

「自分で作ったモノを完璧に使いこなしてくれたのが嬉しかったんじゃないかな」

 

 誰が見てもテンションの上がっているリョウヤに、当人以外は首を傾げてしまう。鬼気迫るというと違うが、あまり真剣が過ぎるがホシノの分析に納得も出来た。

 耳を傾けていたリョウヤは「そういうこと」と肯定する。

 作って満足して放置するという作り手もいるだろう故に、あくまで個人の意見と前置きをしつつ自論を展開していく。

 

「俺個人としてはモノは作って終わりじゃないと思っててな。例え飾り物であっても、実際に飾り付ける人は必要だろ? 自分か他人かの違いはあるだろうけど、使用者がいて初めて完結する」

 

 受け売りだが、と付け足すのを忘れない。

 思い出すのは遠い昔、フルカネルリから聞いた言葉だ。「モノは人や人の思いが、モノとの間に入るからこそ良い……まだ分からないかもしれないけど、いつか分かる時が来るよ」と。穏やかな笑みを浮かべ、彼はまだ幼いリョウヤの頭を撫でてくれた。

 今なら分かるよ――仮に地球へと戻っても、もう伝えることは出来ない相手に心の底から思う。

 

「自分が作ったモノを見事に使いこなして、大切な人達を守ってくれたなんてさ……作り手冥利に尽きる」

 

 受け売りでも、技術者としてのリョウヤの素直な考えだった。

 鏡がない故にリョウヤ自身は気が付かないが、かつてのフルカネルリと同様の穏やかな表情を浮かべている。

 

「しかも、それをやったのが大切な人達の一人であるアヤネちゃんだもんねー?」

 

「こればっかりは、作った者の特権だな」

 

 自分で作ったモノが、自分の後輩の技術で、自分たちを守ってくれた。どんな思いになるかは容易に想像が出来た。そしてきっと想像できる以上に、当人は嬉しく思っている。

 

「あぁそれは……堪らないんだろうね」

 

 先生の言葉には熱があった。

 ノノミが口元を緩め、シロコとセリカもうんうんと頷く。

 流れ弾を受けてアヤネがまた頬を微かに染める。けれど同時に「なるほど」と理解する。

 自分の心を満たした「嬉しい」や「誇らしい」といった感情を、先輩もまた感じていたのだ、と。

 そうして和気藹々と夕食が始まる。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は二十三時を過ぎた頃。

 いつもの部屋。いつもの席で、リョウヤの右手はノートパソコンのキーボードに置かれていた。

 窓から風と同時に、扉から人の声も流れ込んだ。

 

「空、見てるんだ?」

 

 アビドス高等学校のジャージを纏った先生が扉から顔を覗かせると、ぼんやりと開けっ放しの窓に顔を向けていたリョウヤがハッとなる。

 食堂で夕食中の雑談で、今日は学校に皆で泊まり込むことになったのだ。

 

「先生……」

 

 学校の倉庫には、大小様々な学校指定ジャージの買い置きが保存されていた。売れるような物でもなく、捨てるのも勿体無いのでと外泊時などに使われているのだ。リョウヤの家で皆がパジャマ代わりにしている理由でもあった。

 どうせだからと、先生にもとうとう支給されたのが三時間ほど前。嬉しそうにお礼を言う先生の姿は印象的だった。

 

「部屋に天体望遠鏡あったし、夜空を見るのが好きだったり?」

 

 先生は向かい合う位置に腰を掛けると、心地良さげに夜風を受け止める。

 よく見ているな、とリョウヤは少し驚く。先生にも自室は教えているし、用がある時には尋ねてきたこともあったので、扉の隙間から部屋内を見る機会はあっただろう。しかし、中に入ってもらったことはなかったはずだ。

 

「……少ない趣味の一つではあるよ、天体観測」

 

 何せ地球で見られた星々とはまるで違うのだ。

 知らないことを知る。見たことのないものを見る、というのは楽しい。モノ作りに疲れた際の気分転換にもなる。

 そっか、と先生は優しく微笑む。

 

「趣味があるのは良いことだね。……少ないってことは他にも?」

 

 趣味という趣味に時間を費やしているリョウヤの姿を見た記憶がなかったので、短い時間であっても息を抜いている様を確認できて安心してしまう。

 

「モノ作りとかもだけど、除くなら読書とか」

 

 隠すようなことでもないので、特に考える素振りもなく口にする。

 

「勉強家だねぇ」

 

「知らないことを知るのは好きだけど、それは物語もだよ」

 

 感心への返しに、僅かだが意外そうに先生は反応した。

 てっきり専門書の類ばかりを読んでいるのかと思ったのだ。

 

「リョウヤくんなら、あっという間に読めちゃうんだろうね」

 

「知識を得るのが目的じゃないんだから、ゆっくり読むようにしてる」

 

 速読は繰り返し読むことで記憶するには打って付けだが、心理や心情を読み解くには結局時間をかけて熟読する方が良いという経験談だ。

 

「先生はアニメ好きなんだっけ」

 

「アニメゲーム漫画、サブカルチャー好きだね」

 

 興味ある? と同志を増やすべく先生が続けると、リョウヤは「アニメなら作業中にでも見れるかな……」と呟く。時間を削っていることがひしひしと感じられて先生は胸が締め付けられたが、態度には出さないように努めた。

 

「ゲームもやりたいが……というか、先生。夜中にアニメ見てるけど」

 

 ゲーム開発部から借りているゲームも常に頭の片隅にあるので、ゲームもプレイはしたいのが本音である。というか単純にやったことのないことをするのは興味もあった。

 リョウヤも、文化を忘れると心が荒むことは分かっている。

 ふと、話している途中に先生のことで思い出したことがあった。

 

「あ、ダメだった?」

 

 胸の内を隠すのに幸いと、先生は大袈裟に首を傾げる。

 

「じゃなくて。あれ別にアニメに合わせてアラームで起きてるとかじゃないよな?」

 

 首を横に振るリョウヤ。先生に対しては工房に入りたい時は一声かけるように申し付け、テレビやお風呂の使用に関しては好きにするようにと言っていた。

 深夜にアニメを見ていることに文句はない。

 

「……」

 

「そのタブレットで仕事してて、作業が終わらないせいで夜中に。で、流れでアニメ見てる……だろ?」

 

 アビドスへの支援ついでに、シャーレから書類を取り寄せていることにも知っている。こちらは別に先生も隠していないので、隙間時間で書類を片付けているのは周知だ。

 葛葉邸で深夜帯に書類仕事をしている様子はないものの、タブレット端末を操作している姿は多く見ている。

 推理を聞かされ、先生はテーブルに両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってきた。

 

「な、何か欲しいものとかある?」

 

 最早それは答えである。

 

「別に脅すわけじゃない……!」

 

 吃る先生にリョウヤは思わず吹き出す。

 責めているわけではない。言う資格がないと思ったわけでもない。 

 ちなみに今最も欲しいものは時間である。

 

「時限のある中で結果を求めるのって大変だよな」

 

 くつくつ笑いながらリョウヤは、しみじみと言った。

 先生も仕事大変だな、という意図の言葉だ。ただの雑談で、然したることではない。

 しかし。

 この子は借金を全額返済するつもりで行動を選んでいる――ここに来て、先生は半ば直感的に理解した。

 時限というのが自身の卒業までなのか、寿命のことなのか、それは分からない。

 だが時限という単語そのもので、閃いたのだ。

 

(もちろん他の皆も返済を頑張っている。現状を打破する手段を考えいる。……けどリョウヤくんは、そう……既に明確なビジョンがある)

 

 想定する未来のビジョンに向かって進んでいる。

 恐らくそれが、ホシノにすら隠していること。

 では何故隠すのか? 情報の漏洩する可能性を限りなくゼロにしたいのか。未だ確定ではないから話さないだけなのか。或いは後ろ暗い手段なのか。正直、先生では判断つかない。

 ああ、いや。と先生は小さくかぶりを振った。最後の可能性を考慮する必要はない。でなければ、銀行強盗に反対の立場にはならないだろう。

 リョウヤが培ってきた人間性や善性は、既に知ることが出来ているのだ。

 先生は思考に沈んだ自分を訝しんでいるリョウヤに気がつくと、少し慌てて口を開く。

 

「ああ、ごめんね。今日の夕食は楽しかったなぁって」

 

 ふにゃっとした笑顔が自然と浮かぶ。

 苦しい言い訳だったが、しかし紛れもない本音だった。

 

「……そりゃ良かった」

 

 今日のMVP記念のように、何かと理由をつけて催し物をするということは少なくない。

 今日の実態はただの調理会の食事会だ。

 一年生二人。特に祝われる側はまだ慣れていないようだったが、それが可愛らしかったのは記憶に新しい。

 リョウヤも思わず相好を崩す。

 

「ハッピーアンバースデーはいくらあっても良い」

 

 アビドス高等学校に、学生らしいイベントなど碌にない。

 勉強会という名の授業はあっても、教師はいない。

 学校として機能しているかすら怪しい。

 だからこそ、楽しい思い出はいくら作っても良い。そう言い出したのは誰だったか。少なくともリョウヤではなかった。モノを作る側でも、思い出を作るという発想がなかったのだ。

 カタカタとキーボードを叩くBGMが流れ始める。

 両手で奏でられる音に、先生は密かに胸を撫で下ろした。どうやら、リョウヤの左腕の調子は戻ってきているらしい。

 

「ああでも、そう思うのも結局は自己満足なのかな……」

 

 一瞬だけ目を伏せた。

 何を為すにしてもリョウヤは自分の意思で行っている。罪滅ぼしであった。

 それを自己満足の偽善だと、自らを卑下することも多い。

 昔の自分が嫌いだ。

 変わろうとしなかった。

 選択を間違えた。

 根が暗いのだろうな、と思う。

 思考は暗闇に包まれ始めても、目は画面から、指はキーボードから離れない。カタカタカタと耳触りの良い音がテンポよく響く。

 

「……」

 

「……」

 

 誰かの役に立ちたい。必要とされたい。救いたい。守りたい。想像して、思い浮かぶ相手は一人二人ではない。

 

(でもそういうのは、きっと俺の我儘)

 

 漸く会話が不自然に途切れたことに気が付き、リョウヤが顔を上げると唖然とした先生がいた。

 

「……誰かの為に何かしたいっていうのは自己満足だから悪いこと、かな?」

 

 先生は真剣な表情で、言葉を選んでいるようだった。リョウヤが溢したものは弱音ではない。けれど確かに弱々しく聞こえたのだ。そしてそこに嫌悪が孕んでいて、対象は自分自身であることも感じ取れた。

 ならば、先生である自分のなすべきことは決まっている。

 

「風旙之論だった。分かってる、ごめん」

 

 リョウヤは納得すると同時に失言を反省をする。

 答えが出るはずもないのだ。

 自分で選んで行ったことならば、結局全てが自己満足と言えるのだから。

 それでも自然と口に出してしまったのは、場の空気とでも言うのか。答えが出してもらえると思ったのか。或いは、先生には話しても大丈夫と無意識に判断してしまったからか。

 リョウヤが情けなさそうに苦笑を伴って話題を切ろうとして、一切の迷いがない言葉が飛んで来た。

 

「人は誰かの為に強くなれるし、優しくもなれる。変わることだって出来る」

 

 青一色の晴天を切り裂く飛行機雲のように、はっきりと、力強い声色だった。

 

「だから私は――例え自己満足でも、誰かの為に何かを実行できるのは尊いことだと思う」

 

 瞳に映る生徒は、ポカンとしていた。

 それを偽善と笑いたくない、そう続けて先生は頬を緩める。

 

「後になって、ああしていれば良かったこうしていれば良かったってなるのはさ、きっと皆同じだと思う。でも何もせずに後悔するなら、自己満足でも行動して後悔したいかなって……これも個人的な意見でしかないけどね」

 

 先生はお茶目にウインクした。目の前の子供を、少しでも導けるようにと願いを込めて。

 リョウヤは見たことのない顔で先生を凝視していた。

 

「先生って」

 

 暫し先生の言葉を噛み締めて、ゆっくりと口を開く。

 

「うん?」

 

「先生なんだな」

 

「今までは先生と思われてなかった!?」

 

 思わず声を荒げた先生に、リョウヤは声を上げて笑った。

 言葉とは裏腹に、先生も楽しげにしている。

 

「指揮官かなって」

 

「否定できない!」

 

 子供のように笑っていたリョウヤだったが、改めて先生に目線を合わせる。

 すぐに気が付いて、優しく待つように先生も笑う声を途切れさせた。

 キヴォトスに流れる以前、自分は多くの大人に囲まれていたとリョウヤは自覚している。

 パラケルスス。アリーセ。フルカネルリ。ヒルブレヒト。ヤマト。ベル。ユウカナリア。

 種類とでも言うのか、性格とでも言うのか、タイプは様々でも間違いなく大人だった。指針となってくれていたのだ。

 今、リョウヤは再びそんな大人に出会っていたと理解した。

 それも自分が知る大人達とは、また違う種類の。

 

「今後ともよろしく……先生」

 

 ほんの僅かな間で悩みに悩んで出力された言の葉に、先生は満面の笑みで首を縦に振る。

 二人の語らいは、半目を浮かべた五つの顔が扉から覗いていることに気がつくまで続いたのだった。

 ――明日は、借金の返済日だ。




リョウヤはハルヒコと同世代設定(面識なし)ですが、時代背景を現代としています。じゃないとガラケーPHS時代になってしまうので。

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