星屑の夢 作:ハレルヤ
ヒフミを狙っていた不良集団から逃げ切った一向は、雑談混じりに探し物を続けていた。
「目的の買い物は終わってるんだよね~?」
「あ、はい。終わっています」
今日はペロロ様とアイス屋さんがコラボした限定ぬいぐるみを探しに来ました――他ならぬ本人から聞いていたので、確信を持ってホシノはヒフミに尋ねた。
質問の意図が掴めなかったが素直な返答に、ホシノは「うんうん、そうだよねー」と首を縦に振り、察したリョウヤが同級生の言わんとしていた提案を口にする。
「帰るなら送るよ」
ブラックマーケットの地理や状況は最低限、知識として持っている。本来なら一般人のヒフミをこれ以上付き合わせることはないのだ。
「え……そ、それなら報酬――」
鞄からお財布を取り出そうとしていたのだろうヒフミを、リョウヤが「いらんいらん」と腕を優しく掴んで引き止めた。
依頼として正式に契約を結んだわけではないし、途中たまたま力を貸しただけなのだ。
「リョウヤが契約書とかきっちり用意するタイプなのは知ってるでしょー? 逆にそれが挟まらない時は依頼じゃないから、報酬も受け取らないんだよー」
拘りとでも言うのだろうか? リョウヤはアナログとデジタルで契約書を用意し、依頼人にも謄本を渡した上で契約を結ぶ。
目的は、あくまで正式な手続きにすること。
依頼人が真面目であるほど、契約書の存在には気を配るし、内容を吟味して信頼にも繋がるのだ。
それこそ真面目なヒフミは、契約書の存在もあって初めての依頼に踏み出した口だった。
そんなヒフミに対してホシノとリョウヤは好印象を抱いている。他校の後輩であっても、可愛がってしまう位には。それ程に穏やかで優しい気質の女の子だった。
「それは……分かりますけど……」
ホシノの言っていることは、ヒフミとて理解できる。
アビドスの皆が打算から自分を助けてくれたとは考えもしなかったし、今も行動を共にしていたのは完全に流れでしかない。しかし、それで安心していたのも事実なのだ。
まだ短い付き合いだが人数が多いこともあり、間違いなく明るく楽しい道中だった。
『私達の探し物には、まだかかりそうですからね……』
「ヒントがないって、ちょっと思ってた以上に大変かも」
「ん、実際に歩いてみると広さを実感するね」
「はい☆ これは一日では厳しいかもしれません」
見守っていたアヤネ、セリカ、シロコ、ノノミも長期戦になるのなら無関係者を連れ歩くわけにはいかないと、三年生の二人に賛成の立場のようだ。
自分を邪魔に思っているわけではない、とヒフミも分かっている。ただただ心配されているだけなことも。
「……それなら! 私も皆さんを手伝います!」
対策委員会と先生に視線をやって、ヒフミは力強く宣言した。
リョウヤとホシノには既に何度もお世話になっているし、折角出会えた優しい人達の力になりたいと思ったのだ。
胸の前で両手の拳を握り締め、愛らしさと気合たっぷりである。
「……お役に立てるかは……わかりませんが」
直後、丸くした瞳の集中砲火に日和ってしまうのもご愛嬌。
ブラックマーケットは連邦生徒会の手が及ばない場所だ。様々な企業が違法な事柄を巡って利権争いをしている。
その広さは、学園数個分の規模だ。
探し物をする以上、人手は多い方が良い。
乾いた笑いを溢すヒフミは、ブラックマーケットにも詳しい。対策委員会は「よろしくお願いします!」と揃って頭を下げるのだった。
その間、先生は胸中で悶絶しながら見守っていた。
それから数時間。
辺りを確認しながら歩く。ひたすらに歩く。
成果がないせいで、精神的にも非常にしんどい。談笑をしながらなので雰囲気が悪くなることはなくとも、どうしても疲れは出てくる。
「……甘い匂いがする」
真っ先に気がついて顔を上げたのは葛葉リョウヤ、その好物は……甘い物。カフェイン飲料。
「あら、あそこにたい焼き屋さんが!」
ノノミが指差す先には、小さな屋台が旗を上げていた。
「ちょっと買ってくる」
「私も行きま~す☆」
ヒフミ、本日二度目の即断即決に立ち会う。
お財布を出しながらそそくさと屋台に向かうリョウヤと、踊るように追いかけるノノミ。
「そこは公園だね。一休みしようか?」
誰も口を挟む間もない行動力を目の当たりにしながら、先生は静かに笑う。
お土産としてのアヤネの物を含めて全員分買ってくることに疑いはなく、代金を受け取ることもないことが想像できる。
屋台の前で仲睦まじく話をしている二人を見て、セリカは小さく溜め息を吐く。またあの二人にお金を出させてしまった、と。判断が遅かった。次は置いていかれないように、密かに心に決める。
ちなみにリョウヤとノノミがたい焼きを買っている間に、先生はこっそり自動販売機でお茶を人数分購入していた。あまりにスマートな奢り方である。
空きスペースを無理矢理に埋めたのだろう。ベンチもない、滑り台オンリーの小さすぎる公園でブレイクタイムである。
アヤネも上空のドローンを待機状態に切り替え、空いた手でお菓子を摘む。
あっという間にたい焼きは姿を消し、雑談に花が咲く中。
「え、一ヶ月も帰って来なかったんですか!?」
リョウヤが依頼の受付を停止している理由を聞き、ヒフミは素直に驚きを露わにした。
「おじさんもねぇ、もうないと思ってたからビックリしちゃったよ」
『え……以前にもあったということですか?』
ホシノが無意識に使った言葉に、アヤネが気がつく。興味ありげにシロコとセリカの獣の耳が揺れる。先生の顔にも驚きの色が現れていた。
ホシノ以外の面々にとって、リョウヤが凡そ一ヶ月アビドスを開けたのは前回が初めてだったのだ。もうない、という言い方は確かにおかしい。
「前の時は……一年の頃に一度」
リョウヤが言葉を詰まらせた。
視界に映る光景にノイズが走るような感覚。
鮮明に蘇るのは今より髪の短い少女の叫び。
――今まで一体どこで! 何をやっていたんですか!?
輝きが消えてしまった双眸で。堪えられない涙は大粒で。真っ赤に腫らした目元で。やつれてしまった小さな体で。力のない掠れた声で。
耳を劈くのは、強いことを疑わなかった少女の慟哭。
全く想像していなかった、意識の外から叩きつけられた非情な現実。
「あっ!」
突然、ホシノが大きな声を周囲に響かせた。
直後、お茶がたっぷり残っていた缶が手から滑り落ちる。
反射的にホシノとリョウヤ以外の者が一歩だけ身を引くも、各々が慌てて動き出す。
乾いた地面だったが、吸水性は良くない。しみのように薄緑色が広がっていく。
「ホシノ先輩、濡れちゃってる」
「ハンカチハンカチ!」
シロコが少し強引にホシノを引っ張り、セリカと共に鞄からハンドタオルを取り出してホシノの濡れた服や足を撫でる。
「靴も濡れちゃっていますね」
「はい、ティッシュ」
ノノミと先生はかがみ込み、ホシノの靴にかかってしまったお茶にティッシュを押し付けた。
「流石にもう飲めそうにないですね……」
ヒフミは落ちた缶を拾い上げ、付着した汚れや砂を落としてくれている。
『ホシノ先輩、他は濡れたりしていませんか?』
現地にいないので出来ることがないアヤネは、せめてこれくらいはと心配そうに笑いかけた。
「うん。……皆、ありがとう。先生、ごめんね? 折角買ってもらったのに」
正しく至れり尽くせりである。
くしゃりと前髪ごと右目を隠すように片手で抑えたリョウヤを、視界の隅に収めながら「うへ」と鳴く。
「そういうこともあるよ、気にしないで!」
されるがままだったホシノは、自分に注目を集めるように頭を下げた。桃色の長髪が大袈裟に揺れる。
心からの感謝と謝罪だ。
先生も優しい顔をしているし、他の皆も同様の表情で頷いている。わざとじゃないのなら仕方がないのだ。
隠された意図に気が付いたのは……リョウヤ一人。
(嫌なフラッシュバックの仕方をしたせいで、気を遣わせてしまった……)
とっくの昔に自己分析は済んでいる。三十日や一ヶ月という特定のワードが、トリガーになってフラッシュバックするという事実はない。
そも、あの出来事を忘れたことなどないのだ。いつだって記憶の隅には、悔恨と共に残っている。
仔細を思い出すことも数えきれないほどあった。それで動揺したことはなかったし、ましてや涙を流す可愛げがあるわけでもない。
(だからと言って、唐突且つ鮮明に呼び起こすなよ)
初めてのフラッシュバックにしては悪質なタイミングだった。
あれではホシノが気に病む、とリョウヤは自身の脳に悪態付く。吐き気のように込み上げた自己嫌悪の溜め息を、どうにか飲み込んだ。
話題を変える為。深掘りさせない為。ホシノは意図的に缶を落とてくれたのが明白だった。
その上で、ホシノ自身に注目を集めた。おかげで、僅かに様子の違うリョウヤは見られることなく済んだのだ。
言葉に詰まったのは気にも留めないか、記憶を辿ろうとしていたと解釈してもらえたことだろう。何せ、顔には大きな感情を出していないのだから。アヤネに関しては、気が付いていても尋ねる機会は選ぶ性格だ。
(どうして学習しないかなぁ……)
ホシノもまた失言に胸を痛める。
頭痛が酷い。
余計なことを言って、誰かを傷つけた。
取り返しのつかない罪を犯したにも関わらず。今もまた、意味なく傷を抉ることとなってしまった。
……当時、自分たちがまだ一年生だった頃。リョウヤは姿を消すことが多かった。だからというわけでもないが、仲が特別深まることもなく、かと言って嫌うこともなく、たった一人の先輩を中心にした関係で日々は過ぎ去る。
何処に行って何をしていたなどと、どの口で糾弾していたのだろうか。それまでは碌に気にしたこともなかったくせに。しかも、彼は遊び歩いていたわけではない。
先輩に言われていたにも関わらず、連絡先の交換も先送りにして。そのせいで、肝心な時に連絡ができなかった。
リョウヤは連絡に難があると言っても、あくまで返事が遅いか無いかの話であり、メッセージそのものは遅かれ早かれ確認している。電話なら気が付いて、手が空いてさえいれば応じてくれる。事情を説明すれば……どんなに遅く見積もっても、戻ってくるのに三十日もかけることはなかっただろう。
もし。
もし仮に。
あの太陽のような先輩を、二人で捜索することが出来ていたのなら――。
「ビックリしたな、大丈夫か?」
吐息混じりなリョウヤの言葉に、ホシノの思考が遮られる。
ビックリしたな、はフラッシュバックを起こした自分自身に向けられていたように思えた。
既に普段の雰囲気を纏っていて、凪いだ穏やかな瞳がそっとホシノを捉える。
「大丈夫だけど……いやー、おじさんも歳かなぁ」
お互いに大丈夫……なのだ。
ふっと肩の力が抜くように、柔らかで緩い笑みでホシノは「うへへ」と溢す。
目と目が交差しただけだったが充分だった。
嬉しいことも、悲しいことも、痛みのような思いも、共に分け合って歩いて来たのだ。
心を少し寄せ合うだけで、胸から後悔やもどかしさは払うことが出来た。
セリカが「ほとんど同い年でしょ」と小声でツッコむと、小さな笑いに包まれる。それが嬉しくて、ありがたい。
小さなハプニングはあったものの、空気は再び落ち着きを取り戻していく。
休憩もそろそろ終わるかと考えたその時……ドローンで警戒を再開してくれていたアヤネが、少し慌てた様子で報告する。
『お取り込み中、失礼します! そちらに武装した集団が接近しています! ただ……これは……』
気になることがあるようで歯切れが悪い。
「……あ、あれはマーケットガードです!」
「ブラックマーケットでも最上位の治安機関か」
公園からひょっこり顔を覗かせたヒフミが狼狽え、リョウヤが説明がてら軽い調子で呟く。
『現金輸送車を護衛しているようなのですが……その、考えすぎかもしれませんが――』
不確定情報故にアヤネは言葉を濁した。ホシノは言いたかったことを読み取ると、複雑そうに口にする。
「……私達が今朝、返済した相手かもしれない?」
『ホシノ先輩……はい。同型の車ですし……どうしても気になってしまって』
現在地から視界に入るほど大きなビルが、ブラックマーケットで最も大きな闇銀行で、キヴォトスで行われる犯罪の十五パーセントの盗品が流されている。
ヒフミからつい先ほど教えてもらった情報だ。
それらを踏まえてホシノとアヤネの会話を聞いていると、どうしても嫌な予感が湧き上がってくる。
「闇銀行はそこだったよね? 近くに行ってみよう」
言うや否や、確かめるしかないとシロコは踵を鳴らして公園を後にする。
「時間も経ってるし、輸送車の護衛なら俺達が暴れたこととは関係なさそうだ」
「それなら堂々と行く方が良さそうだね」
リョウヤが小走りでシロコに並び、先生はゆっくりと歩き出す。判断としては妥当で、ホシノ、ノノミ、セリカ、ヒフミは頷き合ってから追いかけた。
移動は当然、車の方が速い。
現金輸送車とマーケットガードが、七人を追い抜いて行き――闇銀行に吸い込まれていく。
入り口側で集金確認書類のやりとりを始めたのは、アビドスに毎月来ている銀行員だった。
「あの車、カイザーローンですか……?」
「ヒフミちゃん、知ってるの?」
現金輸送車に貼られたマークを視認したヒフミに、ホシノは意外そうに問いかけた。
お嬢様学校とカイザーローンに、縁があると思えなかったからだ。
「カイザーローンと言えば、かの有名なカイザーコーポレーションが運営する高利金融業者です……」
「有名? マズイの?」
「カイザーグループ自体はグレーだよ。合法違法の間」
シロコが僅かな不安を滲ませて疑問を口にする。
重々しく説明したヒフミは、皮肉っぽく微笑するリョウヤの言葉を「はい」と頷いて肯定した。
「トリニティの区域にも進出していて、生徒への悪影響を考慮した結果……ティーパーティーも目を光らせています」
ティーパーティーとはトリニティ総合学園の生徒会だ。
ヒフミを通してリョウヤがコンタクトを取ろうとして、ティーパーティー側に拒否られた過去があったりする。お嬢様学校なだけあってガードが硬いな、なんて適当な感想を抱いたのが懐かしい。
「アビドスの皆さんは、カイザーローンから融資を……?」
「借りたのは私達じゃないんですけどね……」
窺うヒフミに、なんとも言えなさそうな複雑な笑みでノノミが返す。
「アヤネちゃん、今の車の走行ルートは調べられる?」
「多分オフラインだけどな」
あ、こいつ既に調べようとしたことあるな? ホシノがそんな心情を乗せて半目を向けると、リョウヤはわざとらしく肩をすくめた。
『……リョウヤ先輩の言う通りですね。全てのデータをオフラインで管理しているようです』
対策委員会の集めた資金が犯罪に行使されている可能性があるという事実に先生が拳を強く握りしめ、セリカは唇をキツく結んだ。
「さっきサインしてた集金確認、あれを見ることが出来れば……或いは……」
「私たちのお金がブラックマーケットに流れていたか分かる……?」
自信なさげにヒフミが出した手段を聞いて、セリカはゆっくりと噛み締めるように言葉にした。
シロコが「さすが」と独白する。
「でも考えてみたら、書類はもう中ですし……無理ですね」
ブラックマーケットで最もな強固なセキュリテイを誇る銀行だ。目を光らせているマーケットガードも多い。
変に期待を持たせてしまった申し訳なさに襲われ「あはは……」とヒフミは誤魔化すように小さく笑う。
「うん、他に方法はないよ」
自己完結したシロコは二人の先輩に向き直り、ヒフミを大いに困惑させる。
「ここは例の方法しか」
「なるほど、あれかー。あれなのかぁー」
「…………」
「あ! そうですね、あの方法なら!」
「何? まさか、あれ? まさか私がいま想像しちゃったあの方法じゃないよね?」
『もしかしなくても……その、あれですよね……?』
乗り気なシロコに対して反応はまちまちだ。
だがアビドス組は全員が思い至っていた。
うーん? と悩んでいるホシノ。
考え込むように瞑目するリョウヤ。
ナイスアイデアです! なんて言い出しそうなノノミ。
嘘でしょ? 違うよね? と先輩四人を見やるセリカ。
眼鏡を外して目元を押さえるアヤネ。
それぞれが個性的なフリーズを起こしていた。
「あのぅ、話が見えないんですけど……どんな方法なんですか?」
「それは多分……」
対策委員会の状態を見て答えが返せるとは思えなかったヒフミが、縋るように先生に頼ると覚悟を決めた表情でシロコへと視線を向ける。釣られると彼女は既に変身を済ませていて、思わず「はいっ!?」と声に出してギョッとしてしまう。
「うん……銀行を襲う」
額で数字が主張する青い覆面を被ってシロコは言ってのける。
唐突に、リョウヤの携帯端末が震えた。外出中はマナーモードにしているので音はでない。
犯罪に足を突っ込むかもしれないというタイミングでの着信に、携帯端末を取り出したリョウヤに視線が集中する。
――師匠属性超天才美少女ハッカーの助けが必要ですか?
表示されているメッセージに、リョウヤは小さく息を呑んだ。
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