星屑の夢 作:ハレルヤ
現金輸送車の移動ルートと集金書類に関するデータは、その日の夜にはリョウヤの自宅に置かれたパソコンに届けられた。
驚くべき速度だったが、流石にヒフミは帰宅が済んでいる。
葛葉邸寝室に置かれた覆面を回収し、改めてリョウヤを含めた覆面水着団で写真を撮ったりと楽しく過ごした後に、リョウヤがバイクで駅まで送り届けたのだ。そんな彼女は別れ際に「カイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と関連がある証拠を得られたら教えて下さい! ティーパーティーに報告します!」と心強い言葉を贈ってくれた。
対策委員会はというと、久しぶりに全員揃って葛葉邸に泊まることに。
そんなこともあり集金書類のデータは、全員ですぐさま内容の確認をさせてもらうことが出来た。
葛葉邸のパソコンルームは地下に存在する。
人一人で入ることを想定しているので、決して広くはない。何せ、自宅地下だ。スペースに限界があった。
「リョウヤ先輩の上に二人くらい座れば……」
「だとしても、全員は入れないでしょ~?」
シロコが上げた天然めいた案は、ホシノが「うへへ、楽しそうどけどねぇ」と前置きながらツッコミを入れた。ノノミは俄然乗り気で、アヤネは苦笑い。セリカは呆れ、先生は「ちょっと見たい」などと宣っていた。
そんな軽いやりとりを経て、結局はリョウヤが一人で入室し、送られてきたデータを印刷することとなる。
物として残すのはあまり好ましくはないが、工房内で確認して燃やしてしまえば問題ではないという判断である。
壁に剣や銃の掛けられた通路を抜け、鳥や炎を思わせる紋章の刻まれた大仰な扉を開け放つ。
「こっ、これが! リョウヤくんの工房……!」
使用者に医療のイメージがあるからか清潔さを感じさせると白亜の工房に、初めて顔を出した先生は目を輝かせた。
対策委員会の面々は入室経験があるので先生ほどの反応はないが、一年生の二人だけはあまり経験がなく興味深げである。
大きな作業台テーブルもあれば、小さな作業台テーブルもある。前者は片付いているものの、後者の一つには薬品らしき物が入った瓶が並んでいた。
だからといって殺風景なわけではなく、天球儀が二つ飾られていたりと洒落てもいる。
モノを作るための工房と聞いていたが、機材の他にもノートパソコンなども置かれていた。
本当に手広くやっているな、と先生は改めて感心してしまう。
「やっぱり、ここ……凄く落ち着く」
なんでだろう? とシロコが小さく首を傾げると、ノノミが「安心する空気……のようなものがありますよね」とほんわかした笑みを浮かべる。うんうん頷いてアヤネとセリカも同意を示した。
「特別リョウヤの気配が濃いからねぇ、この工房」
ホシノが「うへへ」と柔らかく目を細める。
以前にもホシノは「リョウヤの気配が残っている」と発言したことがあった。
当人はあまり意識していなかったが、空気や気配と言われて改めて考察してみる。
(空気、気配……が残留。……魔力? それか魂が持つ力か、若しくは両方か)
魂が力を持つ、というのは知っている知識だ。
白亜の工房には主であるリョウヤの魔力と、その魂が持つエネルギーが色濃く漂い満ちている。
リョウヤに包まれているとすら言えるかもしれない。
機工魔術士のように能力が拡張した瞳があるわけではない以上、視覚で捉えているわけではないのだろう。しかしホシノの言葉に揃って納得しているということは、何かしら感じ取ってはいるようだ。
(ちょっと照れてる?)
先生が「椅子足りないな」と言い出したリョウヤを見てくすりとした。
そしてそれは正しい。真面目な考察をしたのは、自分の気配で安心すると言われたことに嬉しさと照れがあったからなのだ。
当人は更に誤魔化すように口を開く。
「機材とか作りかけのモノには触らないでくれな……まぁ今はそこまで置かれてもいないんだけど」
ちょうど今はモノの少ない期間だったので、勝手に触れられた所で……ではあるのだが、設計図などもあるし、機材には危険なものある。誤魔化しと言っても無意味な発言ではない。
はーい! と先生含め全員から素直な返事がされる。
リョウヤは満足そうに頷いて、印刷した紙を空いている作業台に置いた。自分自身は印刷時にも移動中にも目に入っている。もう目は通し終わっていた。
ホシノが代表して印刷された用紙を手に取ると、各々が覗き込む。
「うわぁ、赤裸々だねー」
ホシノは普段通りの口調だったが、表情は至って真面目だった。
書き込まれていたのは、アビドスで凡そ八百万を回収したこと。そしてカタカタヘルメット団に対して、任務補助金という名目で五百万もの大金を提供した事実。
現金輸送車の移動ルートから、アビドス高等学校の借金の半分以上がそのままカタカタヘルメット団に流されていたことが分かってしまう。
予想していても、外れていて欲しい情報だった。
だが同時に分からない。
学校が破産すれば、貸し付けたお金も回収が不可能になるのだから。
「えっと……お金が回収できないってことは、私たちが返済できなくなったってことだから……」
セリカは自分が考えることを苦手としているのを自覚している。だからこそ、情報を吟味、分析するために疑問や確認を口に出すようになった。自分で考えることを止めるつもりはないものの、それ以上に最適な解を導き出す者が多くいるからだ。
リョウヤが「……最高の着眼点だ」と自身の親指と人差し指で顎を挟むと、セリカは褒められたことに驚きながらも頬を僅かに赤くする。
「俺たち学生が学校から出て行かざるを得ない状態になるってことだ」
「……お金ではなく、生徒を排除することが目的ということですか?」
疑問に答える筆頭の二人のうち一人のリョウヤが辿り着き、二人目であるアヤネは疑問を持ちながらもすぐさま腑に落ちたらしく、ハッとなって口を手で覆った。
ホシノが目を鋭く細める。
「学校が持っていた権利がなくなる……?」
「まさかカイザーローンの目的はアビドスそのものということですか!?」
顎に手をやっていたホシノの呟きに、ノノミが珍しく声を荒げた。
シロコの目が大きく見開く。
「それなら学校を襲撃させる理由にも説明がついちゃうのか……」
先生はシーリングファンの回る天井を仰いでしまう。
対策委員会を自主的にアビドスから追い出せても良し。借金の返済が不可能になり強制的に追い出せても良い。
襲撃は対策委員会に対してはストレスにもなり、嫌気がさせばアビドスを去るという選択肢が生まれるかもしれないし、単純にお金を稼ぐ余裕を奪うことにもなる。
廃校になったところでアビドスの自治権がカイザー社に転がり込むわけではないのだろうが、確実に宙ぶらりんとなる時期が生まれるということになる。或いは借金の形にでもするつもりなのか。どちらにしても予めそうなるタイミングが分かっていれば、後は如何様にもなるであろうことは想像に難くない。
「そうなってくると気になるのが」
リョウヤがアヤネに目配せすると、想像通り同じことを考えていたらしく首を縦に振った。
「はい、そうまでして何故? ですね。動機が分かれば、対策を考えることも出来ますから」
「でも流石にちょっとデータ足りないよねぇ」
ホシノが小さく嘆息する。
言ってしまえば今の砂漠化し続けるアビドスに、そこまでの価値があるとは考え難い。
求めているからには何かしらの価値を見出しているのは明らかだが、今日までに得ている情報から推察するのは出来そうになかった。それでも口頭で確認するのは、全員の頭の隅に置いておくためだ。
ホシノから印刷用紙を受け取ったリョウヤは、マッチで着火すると炉の中に放り込んだ。
用紙は跡形もなく燃えていく。
リョウヤの横でシロコが小さな火を眺めながら、攻める姿勢からの疑問を口にする。
「このことでカイザーを責めることは難しい?」
「どう、でしょうか……大きな企業なので、法律の専門家も火消しを目的とする人材も確保していそうではありますが……」
アヤネが唸るのを横目に、リョウヤは溜め息を溢す。
「金銭取引は全て正当な手続きなことも問題になる」
「テロ行為といった妨害工作を止めることは出来ても、結局一番の問題である借金はなくならないですからね……」
勿論テロをやめさせることには意味があるが、それでもノノミは頭を抱えてしまう。
正当云々の話では、そもそも今回のデータも正当に手に入れたいものではない。改竄されていると主張される可能性も高い。故に第三者機関に調査をしてもらう必要があるが、時間を掛けば証拠などどうにでもされてしまうだろう。
「んー、後あれだね。私達が現状をキープ出来てる理由って、向こうがこっちを下に見てるからだよねー?」
「情報収集能力を見せたことで我々の評価が上がり、より苛烈な手段を用いてくる可能性……ですか」
「なりふり構わない輩はどんなことをしでかすか分からないし、冷徹になられるのは何より恐ろしいってな」
ホシノはため息を溢し、アヤネと渋面を作ってしまう。吐き捨てたリョウヤには実感が伴っていた。
見下されているのなら、足元を掬う機会もあるだろう。しかし本気で対応されてしまったのなら……人材や組織力、財力でアビドス側は圧倒的に負けているのだ。
沈黙が重くのしかかる。
「……リョウヤくん、カイザー社のことは結構知っていたの?」
空気を変えるべく先生が思い出したように尋ねると「そこ踏み込むんだー」とホシノが意外そうに呟く。
そうなの? と素直に驚いたような顔でシロコとセリカがリョウヤへと視線を向ける。
「いやほら、前に敵を想定しているみたいなこと言っていたから」
ミレニアムやゲヘナと敵対しない関係を維持したいと言ったあの時は、世論を味方につけたいと……恐らく嘘ではない言葉で返されたと記憶している。
カイザーのことを知っていた所でリョウヤが責められることはないと断じられた故に、先生も遠慮なく聞くことが出来た。
「……俺がハッキングを学びたかった理由の一つだよ」
リョウヤは小さく笑った。
日常の中で行われた雑談を覚えていることに感心してしまう。先生は本当によく話を聞いている。
「裏で手を引いてる連中を考えて、真っ先に頭に思い浮かんだのはカイザーだ。理由は分かる人もいるんじゃないか?」
「動機がないように思えても、今のアビドスが最も関わりを持つ企業であることには変わりないから……ですね」
同様の発想をした経験のあるアヤネがすぐに答える。
昼間に話した通り、カイザー社はグレーな企業。それは立ち回り方が上手いということだ。悪く言えば小賢しい。否が応でも疑念は募る。
「疑念を確信にするための情報を得る、そのためにハッキング技術を学んでいた……」
実際、疑いのある企業や組織は他にもある。一つ一つ可能性を潰していくしかなかった。その手段の一つがハッキングなのだ。
先生が行き当たった理由に、リョウヤは頷いて苦笑すると溜め息を落とした。
「まぁぶっちゃけ、だったら最初から教えてくれてる人達に頼れよって話ではあるんだけどな……」
「その辺りは気を遣いもするでしょー? 結果が変わらないなら、過程や手段はどうでも良いなんてことないんだしさー」
ホシノもリョウヤ同様に黒衣の大人を知る者だ。同時に、一人の後輩に全ての借金を丸投げにすることを良しとしなかった者でもある。
気持ちはよく分かった。
また外野だからこそ言えるが、協力を要請した相手に裏切られる可能性もあるのだ。慎重にもなる。……とはいえリョウヤがミレニアムの協力者を疑っているとは思えないので、こちらは杞憂なのだろう。
聞けば、今回に限ってはミレニアム側からの強制的な協力である。だからこそ、力を借りることとなった。そうでなければ、頼るつもりはなかったと容易に想像できる。
善意の押し付けとも言えるが、そうまでして手助けしてくれる程にリョウヤが慕われているのは素直に嬉しくもあった。
「ミレニアムの方々がハッキングという形で直接的にカイザー社へと手を出してしまうことと、先輩が個人的に教えを乞うことは違いますからね」
「あ、下手したらミレニアムそのものを巻き込むことになっちゃうんだ……」
そのリスクを負ってでも、今回ヴェリタスは力を貸してくれたのである。
ミレニアムサイエンススクールに出入りしているアビドス高等学校の生徒はリョウヤだけだ。徹底して、個人だけの繋がりにしている。
ノノミの言葉を聞いて、セリカも納得顔だ。
理解が得られたリョウヤも、僅かだが確実にホッとしていた。
先程までと比べ、幾分か軽くなった空気で七人は工房を後にする。
それでも困惑、行き場のない怒り、疑問から思考が纏まらないまま夜は更けていく……のだが、本日はもう一つイベントが起こった。
時刻は夜十一時四十分を過ぎた頃。
工房にいたリョウヤは作業を切り上げてシャワーを浴び、リビングへと顔を出す。目的はキッチンだったのだが、意外なことに全員が揃っていた。
ホシノはソファーに座るノノミに膝枕をされているし、その正面にセリカが座り、ダイニングテーブルにはシロコとアヤネ、先生が腰を下ろしていた。
「お、全員集合」
頬が上気していたのは何もシャワーのせいだけではない。
最近はもっぱらリョウヤと先生の二人だし、誰かが泊まりに来ることも多いが、リョウヤ一人で過ごすことも当然多い家だ。
そこにこうも大人数が集まり、歓談していたのが分かる笑顔を浮かべられていると、家そのものが体温を持ったかのような気さえする。
「お風呂入ったってことは眠るの~?」
グラスにミネラルウォーターを注ぐリョウヤへと、ホシノはノノミの太腿の柔らかさを味わいながらも問い掛けた。
ああ、とリョウヤ。
「一旦寝て――……寝る」
「「一旦寝て、起きるつもりなんですね」」
短い返答の後に言葉を止めて分かりやすく訂正してしまうと、ノノミとアヤネが批難の声を重ねた。
「いや寝る。寝ます」
「三時間?」
ジトっとした瞳のセリカからの鋭い指摘に、冷や汗を流すリョウヤは黙り込んでしまう。
対策委員会の皆と自宅で過ごしているというのは、リョウヤにとって幸福の時間だ。つい気を抜きすぎてしまう、迂闊な発言をしてしまう程度には。
「想像通りだね」
「じゃ、皆で眠ろっかー」
チラリとシロコが視線をやると、ホシノは小さく頷いて立ち上がった。
リョウヤの自室と、先生が借りている一室、対策委員会で使っている大部屋は同じ階に存在している。
一緒に向かい、部屋の前で「おやすみ」と言い合うことがリョウヤは好きだった。
「じゃあ――」
挨拶の言葉を紡ぎながらリョウヤが扉に手を伸ばすと、パシッと軽快な音が微かに鳴らされる。
「……ホシノ?」
絡めとるように手の平を攫われ、その犯人を不思議そうに眺めたリョウヤ。誰の真似なのか、ホシノは分かりやすく作られた満面の笑みを浮かべていた。
「えー、先ほど協議の結果、リョウヤは私たちと同じ部屋で眠ることになりましたー」
「はい?」
「その上で拘束しちゃいます☆」
「ん、絶対に逃がさない方法を先生が教えてくれた」
「先生が拘束手段を!?」
狭い廊下にリョウヤの驚きが響く。ホシノの緩い雰囲気での宣言にも面食らいはしたが、続け様のノノミとシロコの笑みを浮かべながらの言葉が衝撃だった。
「いや、私もね。ちょっとは悩んだんだよ? 年頃の男女だからね。でもよく考えると、寝かし付けるのが目的なわけで。それってまぁ、子供の相手をするのに等しいかなって」
てへっ、と先生は笑う。
爛れたことにはならないという確信があった。いや、元より軽々しくそういった関係になることはあまり想像できなかったのだが、それでも世間的には無しだろうとは先生とて考えた。
しかしそれでも……どうにかしてリョウヤを眠らせようと苦心するホシノ達へと、既に考えついていた案を暴露してしまったのである。
「先輩が理由あって起きていることは、私たちも分かっています」
「でもせめて、毎日はやめよう?」
昨日は三時間眠ったのだとリョウヤは言ったが、三時間が平均睡眠時間とは言っていない。そして昨日、眠った場所は学校である。イコール、仮眠室でありホシノ達もいた。周囲に対策委員会がいたからこその睡眠時間で、自宅で一人で眠った際の睡眠時間は……それこそ三十分すらあり得るのだ。なんなら、徹夜している可能性すらある。
けれどやはり、眠っていない理由が理由だ。妥協点として、毎日の睡眠時間を削るのはやめるように求めるしかない。
アヤネとセリカに、言い聞かかせるように言われたことがトドメだった。
「……はい……ちゃんと眠ります……」
か細い声で、リョウヤが折れる。
心配の色が濃い瞳の一年生に、縋るように見上げられてしまえば最早どうしようもなかったのだ。
先生達は既視感を覚える。恐らくは先日のアルとハルカのやりとりだ。先輩とは後輩に弱い生き物なのであろう。
大部屋では、布団は三対三で並べられ枕は全て内側に置かれていた。ホシノが言うには、誰が何処で眠るかはローテーションするらしい。
おやすみ、と言い合って数時間。
布団は人数分あるにも関わらず、真ん中に人が固まってしまっている。
今日は二年生の二人がリョウヤに引っ付く形で眠っていた。
先生曰く「起こしてしまう可能性がある以上、側でくっ付かれていれば起きられないよね?」とのこと。ちなみにその先生は、仮眠室とは違い距離が近すぎるという理由から隣室で眠っている。いいのか? それで、とリョウヤはツッコまずにはいられなかった。先生からしたら信頼しているだけである。
真上の布団に入るのはホシノだ。ホシノに寄り添うアヤネとセリカ、両サイドの二人と合わせて五人の愛らしい寝息を聞きながら、リョウヤはボケッと天井を眺める。この部屋で眠るのは初めてなので、なんやかんやで新鮮さはあった。
(パラケルススなら、なんで手ェ出さねぇの? とか言うんだろうな……)
自身と同じ黒い髪をした育ての親の、軽薄ながらも本気で驚いている様子が目に浮かぶ。
リョウヤの腕を枕にしているシロコと、リョウヤの腕の内側に入って体に抱きついているノノミ。言うまでもなく、色々と感触が分かる程に密着してしまっているのだ。
(でもベルも、そういうことは結婚してからって言ってたしな)
ベルはお腹周りが丸出しで、風が吹けば胸が見えてしまうのではないかと思う桃色の装束を纏った女性悪魔だったが、服装の割に貞操観念が高かった。リョウヤのことは子供扱い……というか実際に子供だったのだが、十四~五歳の頃でも会う度に抱きしめて猫可愛がりをしてきていた。おかげさまで、女の子に密着されることに耐性が出来ていたのである。
僅かに懐郷の情に浸りながら「しかしまぁ」と吐息を漏らす。
(先生も随分と……よく見てる)
先述の起こしてしまうからという推理は、百点満点の分析だった。
外しているのは、布団に残っていても眠っているとは限らないという点のみ。
肉体は間違いなく睡眠を求めている。一度は深く眠り、けれども目が覚めた。
体感的には三時間ほどだろうか。とっくに癖となっているようで、自然と目が覚めてしまったのだ。
対策委員会の女の子たちに、男と寝るなんてさせておきながら結果はこうだ。
どうしようもないな、と自嘲しながらも「ゆっくりと考える時間は必要か」とリョウヤはゆっくりと目を閉じたのだった。
翌朝、リョウヤが布団に残っていたことで先生の発案は成功という形で纏まった。各々がハイタッチを交わしたりと大盛り上がりである。
それから更に数時間後、アビドス高等学校のいつもの部屋にはノノミとホシノ、そして先生の姿しかなかった。
「人数少ないと、やっぱり少し寂しいね。リョウヤくんもミレニアム行くって朝早くに出て行っちゃったし」
「シロコちゃんはトレーニング、アヤネちゃんとセリカちゃんは図書館で勉強と言っていましたね」
「いやー、セリカちゃんもすっかり勤勉になったねぇ」
ホシノがしみじみと溢す。
現二年生組発案の体験入学。その期間中に勉強会を開いた頃は、心底しんどそうな雰囲気だったのが懐かしい。
本人がいさえすれば「ママは嬉しいでしゅよー」なんて言葉が飛び出していたことだろう。リョウヤとアヤネの影響を受けているのが明白で、ノノミと先生も顔を綻ばせる。
暫くして、所用からホシノが学校を後にした。
先生はシャーレから取り寄せた書類やシッテムの箱で捌ける仕事を。ノノミは書類整備や、整理整頓に時間を費やす。
午後にはシロコ、アヤネ、セリカの三人も合流する予定だ。
時間は少し遡り、ホシノ、ノノミ、先生が登校した頃。
便利屋68は地理の把握も含めて、再びアビドスの街中を彷徨い始めていた。
アビドス高等学校襲撃を依頼してきたクライアントに対し、アルがテンションに身を任せて「次が本番です!」といった旨の宣言をしてしまったために、結局は気乗りしない対アビドス戦を実行しなくてはいけなくなったからだ。それが昨日の出来事。口は災いの元だった。
当のアルは未だに引き摺っているようで、最後尾をとぼとぼと歩いている。
「リョウヤくんと戦ってみてどうだった? カヨコちゃん」
「……立ち回り方が巧かった。相手を圧倒する戦い方じゃないけど、戦ってる側からしたらやり難いことこの上ないタイプだよ」
自分の射線上に対策委員会が重なることはなかったし、逆に便利屋68と傭兵はかなりの頻度で重なっていたこと思い出し、ムツキに尋ねられたカヨコは端的に説明する。
「うわ、それはやらしいね」
「ほ、他の皆さんも強かったですよね……」
「人数以外は風紀委員会に匹敵するとさえ思う」
一昨日はアビドス高等学校校門という、アビドス側にアドバンテージのある戦場だった。
周囲は道路も含めて綺麗に整頓され、校門そのものもバリケードに改造されていた。あの分では、校門から校舎に続く道にも色々と仕掛けがありそうである。とてもじゃないが、攻め込みたくはない。
「あの、あの辺りはどうでしょうか!?」
交差点をハルカが自信なさげに指差す。
今はアビドスを誘い込んで、リベンジを果たすためのポイントを捜索しているところだ。
いいねー! とムツキは悪戯な笑みを浮かべた。
「四方からの攻撃は流石にあの盾じゃ防ぎ切れないと思うしね」
「露骨に罠ですって感じもない場所なのも良いかな」
ムツキとカヨコから太鼓判をもらったことで、ハルカは嬉しそうにはにかむ。
「アルちゃーん、いつまで落ち込んでるの?」
「お、落ち込んでいるわけじゃないわよ!」
「ほらほら、手早く仕掛けないと! バレちゃったら全部おじゃんなんだから」
ポイントも決まり、スイッチ起爆式の爆弾を仕込み終わると、便利屋68は食事を摂りに行くことにする。
ちょうど近くには、あの美味しいラーメン屋があるのだ。
早速向かい、雑談混じりに舌鼓をうつ。
(……廃校寸前の学校の近くの割に賑わってるの、リョウヤが色んな所でオススメしてるからかな)
思えば、この店をオススメしてくれたのはリョウヤだった。
それでも他の自治区の人気店の来客とは比べ物にならないのが、ほんの少し悲しい。
各自地区で出没している故に気にしていなかったが、アビドスのラーメン屋を好んでいる時点で、アビドス所属の可能性について言及しておくべきだったとカヨコは今更ながら反省する。
時刻は午前十一時に差し掛かった頃だった。同じ時、場所が大きく変わってミレニアム。
「「「……」」」
ミレニアムサイエンススクールの廊下では、首から入校許可証をぶら下げたリョウヤが大量の荷物を手に持ちながら、猫耳のようなヘッドホンが特徴的な小柄な女の子二人に捕まっていた。
二人のうち桃色な女生徒は、姿を見るや否やリョウヤの正面に立ちはだかったのだ。なので正確には一人の女の子に捕まっている。
「貸したゲームはプレイしてー……?」
「ないんだ、ごめん」
期待の籠った上目遣いで見つめてくるミレニアムサイエンススクールの制服姿の少女に、ヴェリタスのロゴが刻まれたジャケットを羽織るリョウヤは心底申し訳なさ気だった。
「お詫びじゃないが、これ差し入れ」
「えっ、ケーキ!? いいの!? ありがとう!」
ヘッドホンや服飾に桃色が目立つ女生徒・才羽モモイがショックを受けるより手早く差し出すと、嬉々としてケーキ屋のマークが描かれた菓子折りを受け取る。わーい! と全身から喜びが滲んでいた。
隣のモモイによく似ているが配色に緑色の目立つ少女、才羽ミドリが「ちょろいよお姉ちゃん……」と呟きながらも甘い香りに頬を緩ませ、お礼を言って頭を小さく下げる。
差し入れ作戦は初だったが、やりとり自体は初めてのことではないので対策を用意する程度にはリョウヤも手慣れて来ていたのだ。それだけ貸し出されたゲームに触れていないということなので、心は少し痛む。
「アビドスの事情は教えてもらったでしょ? 忙しいのに、無理言ったら駄目だよ」
ミドリは姉より真面目な性格だ。
エンジニア部から聞いたアビドスの借金事情。それを解決するためにリョウヤがあっちへ行ったり来たりと奔走していることを知った以上、無理強いはさせられないと姉に言い聞かせる。
モモイは理解はしながらも、唇を尖らせた。
「それは分かるけど……やっぱり感想聞きたいしさー……それに、ゲーム自体はやりたいって言ってたよね?」
「ああ、それは本音。体が二個とは言わないけど、追加で腕が二本と目があればやってた」
至って真面目に言い放ったリョウヤに「モンスターじゃん!」とおかしそうに笑うモモイ。ミドリも「そういう事も言うんだ」なんて少しズレた感想を抱きながら小さく笑んだ。
リョウヤのミレニアムサイエンススクールでの交友関係の一つに、才羽姉妹と今この場にはいない花岡ユズが属するゲーム開発部が上げられる。
切っ掛けはモモイが壊したゲームのコントローラーを、手が空いていたことからエンジニア部に代わり修理したことだった。
ゲーム開発部はアヤネとセリカと比べても大分幼い印象の一年生三人組なので、以降もついつい世話を焼きたくなるのだ。
ユズにも宜しく、と二人に別れを告げると「次来る時にはプレイしておいてねー!」といつもと同じ言葉を投げかける。ミドリは姉に呆れながらも、小さく手を振って見送った。
目的地には迷うことなく辿り着く。
予め連絡をしていたからか、ヴェリタスの休憩室には部員が全員揃っている。
「いらっしゃい、リョウヤ」
「会うのは久しぶり……でもないですね」
「大体、半月ぶり?」
「いつもなら一ヶ月くらい空くから、ちょっと新鮮な気もするね」
リョウヤが顔を出すとチヒロ、コタマ、ハレ、マキが歓迎してくれた。普段であればこうも待っていてはくれないので、マキの言葉を借りると「新鮮」である。
表情が緩んでしまう。
「昨日は助かったよ。これ、お礼に色々買ってきた」
ガシャッと音を立てて紙袋とビニール袋を置くと、チヒロ以外の三人が早速群がり始める。
親しいが故の遠慮のなさだった。
「やった、エナドリ」
ビニール袋に詰まったエナジードリンクとコーヒー、紅茶の山に手を突っ込んで、ハレは好物を見つけると静かに破顔した。
「飴、どら焼き、サンドウィッチ……おお、有名なやつもある。あっ、あたしコレ好き!」
パッと商品を取り出すと、リョウヤに掲げて嬉しそうにヒラヒラさせるマキ。
「片手で食べられる物が多い辺り、流石によく分かっていますね」
紙袋の中身は道中で買ってきた食料品だ。眼鏡を煌めかせ感心するコタマの分析通り、片手で食べられる物を多めに選んでいる。作業中でもつまむことが出来るからだ。
チヒロが「あんた達ね……」と眼鏡の奥で目を細めたが、各々きちんとお礼を言い始めたのを見てお叱りの言葉はしまい込む。
「本当にありがとう、こんなにたくさん」
「礼を言うのはこっちだよ。おかげで銀行にカチコミなんて真似をさせないで済んだ」
身内への小さな溜め息を溢した後、チヒロは優しく微笑んだ。リョウヤは肩を竦めて答える。
「同じヴェリタスの仲間なんだから、そんなに気にしなくていいのに。貰えるものは貰うけどね!」
時間制限やセキュリティレベルによっては、チームでハッキングすることもハッカーとして珍しくないのだ。
名誉ヴェリタス部員とでも言うべきか。マキの言う通り、リョウヤはヴェリタスの部員として認められている。ミレニアムサイエンススクールの制服をベースにしたヴェリタスのロゴ入りのジャケットをもらった時は素直に感動してしまった。
貰ってからは、ミレニアムサイエンススクールに赴く際は毎回着ているほどだ。副部長達が可愛がってる理由これかー、とは一年生のマキ談。二年生のハレも妙に納得してしまった。ビジュアルではなく、内面の方に可愛げがあるのだ。
リョウヤは楽し気な光景を暫し見つめ「チヒロ」と名を呼ぶ。チヒロが「うん?」と優しく返す。返事をすることなく今度はコタマの名を呼び、ハレ、マキと続ける。
今回の件についてはこれで最後だから、と雰囲気が物語っていた。
「改めまして、本当にありがとう。うちの連中も感謝してた」
今回助けてもらったことに関してお礼を言うのはこれで最後だから。わざわざ前置きしてまでしたリョウヤが大きく頭を下げると、どういたしまして! とヴェリタスの部員達がニコニコと声を揃える。
顔を上げたリョウヤは、くしゃっとした笑顔だった。
チヒロは「この子が問題児三人にも良い影響与えてくれらなぁ」なんて思う。……とは言え自分も今回の
実態はともかく、ヴェリタスはホワイトハッカーを標榜にしているのだ。
コーヒーとお茶菓子の歓待を受けたリョウヤは、あの短時間で集金記録や現金輸送車のルートを割り出した理由を聞くなどして一休みしていた。
ハレやマキは学校こそ違うが、リョウヤを先輩と呼ぶ。ハッカーとしては自分達が師だがヒマリほど強調するつもりもないし、部室には自分達が入学するより早くから顔を出していたからだ。
「日を改めたらリョウヤ先輩でも可能だっただろうから、昨日を条件にするけど……車だけオフラインにしても意味がないんだよ」
早速もらったエナジードリンクを開けて、ハレは静かに告げた。ヒントだけで、リョウヤは答えを導き出す。
「そうか、追跡自体は別に車に拘る必要はない。それこそスマホでも出来る……」
車がオフラインでも、乗組員の携帯端末はインターネットに繋がっていたということだ。
そういうこと、と言ったハレの声には確かに満足の色がある。教え甲斐があるのは、中々気分が良い。
クールな印象の少女だが喜怒哀楽は当然あるし、それは表情にも声にも出るのだ。
ハレを補足するように、マキもまた口を開く。
「書類の方は銀行でデータとして取り込みは中々しなかったから、結局スマホとか監視カメラの映像から出力したんだよね」
「……データ化していてなくてもハッキングで抜ける映像情報はある、か」
セリカ誘拐事件の際にカタカタヘルメット団の音声という、形のない情報を抜いたことを思い出す。聴覚で得る情報と視覚で得る情報の差はあれど、どちらも携帯端末の機能を応用した手段だ。
リョウヤは顎に手を当てて「流石」と新たな学びに感心する。
「応用力……柔軟性か? どうにも上手く活かせてない気がするよ、俺は」
悲観があるわけでも、嫉妬があるわけでもない。どんな分野であっても、自分より遥かに上の者がいるというのは有り難い。教えを乞う以上は頼りにもなる。
「リョウヤ先輩、本来は機械とか作る側でしょ? 簡単に追い付かれたら、あたし達の立場がないよ~」
えへへー、と褒められたマキが嬉しそうに笑う。
「それに医者でもあるんだから、寧ろよくやってると思う」
ハレはAIやドローンを得意としている。前者に関してはリョウヤを超えているし、基礎学力も当然高い。既に多くの成果を出しているのも有名な話だ。だからこそ、なのだろう。カフェイン好きという共通点を抜いてもリョウヤとは話が弾む。
「二足超えて三足の草鞋ですよね」
「その上、何でも屋までやって……体は大丈夫?」
じゃあ四足歩行だ、とマキが戯ける。
医学。物理工学。情報工学。これらは更新が世界中で続き、進歩し続ける分野だ。常に学習していく必要がある。
リョウヤは更に何でも屋として働いている。実際にはアビドス高等学校での仕事もプラスされるし、隠し事も忙しい。昆虫である。
「ハッキングやプロジェクトっていうのは、それぞれの専門家が集まって複数人でやるものなんだから……どれもこれも自分一人で、なのはリョウヤの悪い所だよ?」
自分がやらなくてはならない、そんな強迫観念があるのだろう――とはチヒロも察していた。どうしても心配はしてしまう。
「……一応これでもマシになってる、はず」
後輩には自己完結人間と呼称されたこともある。鋭い指摘は耳が痛い。リョウヤは曖昧に苦笑うしかない。
穏やかな歓談を楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎていく。不意にチヒロは思い出したように尋ねる。
「そういえば、部長の所にはもう?」
「いや、こっち先に来た方が荷物減らせるから」
元々、ヴェリタス部室に一番に訪れるつもりだった。
特異現象捜査部はヒマリとエイミから成る部活で、ヴェリタスは現在ヒマリが抜けていて四人となる。ゲーム開発部は三人だ……こちらはケーキ六つなので、大して重くもない。寧ろ倒さないようにと気を遣うことに疲れた。
荷物の大半をヴェリタス部室で減らし、他にも配る予定だったということだ。
工房からモノを取り出すにはマーキングが必要なのである。アビドス高等学校のような特定の場所且つ小さな物なら自分の魔力で可能だが、基本的には工房側で処理を施す必要があるのだ。
だからこそ今回は途中で買ってきていて、両手一杯に袋を抱えていた。
「合理的だとは思いますが……大丈夫なんです?」
「拗ねたりしない?」
コタマの確認だけでは要領を得なかったリョウヤだが、チヒロの苦笑いで理解する。
誰が拗ねるのか? そう、ヒマリである。
彼女は確かに自尊心が高い。しかし同時に打たれ弱い面もあるのだ。一番初めに顔を出すどころか、最後であることが確定している現状に一抹の不安を覚えてしまう。
「そこまで子供じゃないだろ……きっと……多分」
「おそらく?」
「メイビー?」
マキが揶揄うように言うとハレも便乗し「不安になってきた」と口にしてリョウヤは立ち上がる。
ひとまずヒマリのいるであろう特異現象捜査部の部室に向かおうと紙袋に手を伸ばしかけた瞬間、リョウヤの携帯端末が振動する。
電話の着信だった。
画面には奥空アヤネと表示されている。
「もしもし」
『先輩、大変です! 柴関ラーメン付近で爆発が!』
苦笑していたチヒロとコタマだったが、電話に出た途端に目を細めたリョウヤに異常を察する。
電話口の相手が大きな声を出していたおかげで、穏やかではない内容が筒抜けだった。
「ああ……うん、分かった。すぐに戻る」
一言二言の後にリョウヤか携帯端末をポケットに仕舞うより早く、チヒロが「ヘリは必要?」と視線をやりながら尋ねた。
「有難いけど、大丈夫。……それよりそっちの荷物をヒマリに頼む」
言うや否や、リョウヤは忙しなくヴェリタス部室を後にする。背中に「気をつけてね」「助力が必要ならいつでも言ってください」「お土産、ありがとう」「またね!」そんな温かい言葉を受け止めながら。
余談だが、その日の夜。リョウヤはヒマリからモモトークにスタンプで爆撃されることとなった。慈悲なのか、手動によるものだったが、それが逆に如何に拗ねているのかを分からされた。
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