星屑の夢   作:ハレルヤ

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5-2.絡まる糸②

 事が起こったのは、アルが会計を終えた時だった。

 柴関ラーメンの出入り口が爆音を響かせて吹き飛んだのだ。

 ガス爆発などではない。

 明確に店の外からの砲撃だった。

 延焼を起こしていないのが救いだろう。

 

「けほっ……た、大将さん、無事かしら?」

 

「あ、ああ。ありがとう……だけど一体なにが……?」

 

 アルは咄嗟にレジ台の裏に飛び込み、紫大将を庇う形でしゃがみ込んでいた。

 ハルカもまた店内に飛び込み、扉に手を掛けてちょうど外に出ようとしていたムツキとカヨコは外に飛び出すことで直撃は避けている。しかし、立ち上る煙に噎せるのを我慢できない。

 出入り口付近に他のお客はいなかったのは幸いだった。

 ゴロゴロと転がりながらも咄嗟に体を起こすムツキとカヨコは、すぐさま頭を上げて敵対者を視認しようとする。

 

「一体なんなのさ……」

 

「あれは……!」

 

 その間にも外の二人に向かって砲弾は降り注いでいた。少ないとは言え民間人がいることを知らないのか、知っていて尚なのか。恐らくは前者なのだろう、周囲への被害は全く配慮されていない。

 

「血も涙もないなー……これじゃあ、どっちが悪党が分からないじゃん」

 

 ムツキが軽い調子で呟くも、表情からいつもの懐っこい笑みは消えていた。

 とうとうムツキとカヨコが出てきたことを確認した飲食店……柴関ラーメンに対しても攻撃が始まってしまう。残りの便利屋を炙り出すつもりのようだ。

 賑わっていたお店といっても、あくまでアビドスの中ではの話になる。騒ぎになった決して多くはない民間人達に対してアルは「裏口から逃げなさい!」と声を張り上げ、ハルカに裏口までの護衛を命じ、慌てて出入り口から外に飛び出す。便利屋社長も漸く敵対者の正体を確認した。

 

「ふ、風紀委員会!?」

 

「あ、アルちゃん。店の人たちはー?」

 

「それは大丈夫よ」

 

 ムツキが柴関ラーメンがこうも気に掛ける理由は、一重にリョウヤの存在である。惚れているなんてことは断じてないが、良い友人くらいには思っているのだ。そんな友人のお気に入りのお店であり、住んでいる自治区であり、親しくしているであろう市民達への攻撃。特に紫大将は今日も「アビドスの子達の友人だろう?」と色々とサービスしてくれたのだ。思うところは当然ある。

 そしてそれは、便利屋68の総意だった。

 

「それじゃあ……どうしてくれようか?」

 

 くふふ、とムツキは笑う。怒っている人間特有の獰猛な笑みだった。

 

「委員長はいなさそうだし、どうにかなるかな」

 

 カヨコの瞳にも剣呑な光が宿っている。

 どうせ逃げるにしても、戦う必要はあるのだ。そこに少しくらい、私情を持ち込んでしまっても構わないだろうと思う。

 そんな二人を見て、アルは口元を釣り上げた。

 

「さぁ! 仕事の時間よ!」

 

 便利屋68とゲヘナ風紀委員会の戦闘が本格的に始まったことで、アビドス市街地に銃声と爆音が響き渡り、道路は砕け、建造物には弾丸がめり込んでいた。

 対策委員会が定期的に警邏をしているし、夜間はホシノが学校の見回りついでに街を回りもしている。いくら治安が良くないと言っても、ここまでの惨状になったことはなかった。

 

「……イオリ、新たな人影が」

 

 眼鏡に、真紅の手袋とタイツが印象的なゲヘナ学園一年生・火宮チナツが静かに報告する。

 

「ん? あれは……確か、アビドスだっけ? 公務の執行を妨害するなら敵だ」

 

 前髪で片目を隠す褐色肌のゲヘナ二年生である銀鏡イオリは、銀色の長いツインテールと尻尾を揺らして断言した。

 

「ならば大人しくしてもらいたいものですね。しかし、事情を説明するのが先かと」

 

「必要? それ。うちの厄介者どもをとっ捕まえるための労力が惜しい。邪魔するなら叩きのめせば良い」

 

 猪突猛進というか、過激が過ぎるイオリにチナツは小さく嘆息する他ない。イオリは間違いなく真面目なのだが、どうにも融通が利かない節がある。

 風紀委員会が確認したように、遅れて現場に到着したのはシロコ、ノノミ、セリカ、先生の四人だ。皆がボロボロになった市街地に息を呑む。

 

『あの腕章は……ゲヘナの風紀委員会! 便利屋68が風紀委員と戦闘をしています!』

 

 映像を確認したアヤネが苦悶の表情を浮かべて言った。

 

「風紀委員が便利屋を追ってアビドスまで来たってこと!?」

 

『そのようですね。しかし、私たちに友好的では……ないかもしれません』

 

「アヤネちゃん、先輩達と連絡はまだつきませんか?」

 

『はい。ホシノ先輩は普段なら、ここまで連絡がとれないことはないのですが……リョウヤ先輩も移動中なのか、連絡が途絶えています』

 

 オペレート室でパソコンと携帯端末、置き型電話の子機を忙しなく操りながら、アヤネはセリカとノノミの疑問に流れるように答えていく。

 

「この状況で私たちがすべきことは……」

 

「便利屋をこのまま風紀委員会に引き渡すのかどうか、かな」

 

 アビドス市街地でゲヘナの風紀委員会と便利屋が戦闘中というのは、あまりにも混沌としていた。

 そんな時に限って、いつも頼りにしてきた二人の三年生が揃って外している。今までに例のない状況にノノミが必死に思考を回し、先生がそっと一つの選択肢を提示する。

 

「リョウヤ先輩には悪いけど、風紀委員会を阻止する。他に選択肢はない」

 

 シロコが静かに、しかし怒り浸透といった声色で言い切った。

 

「言われてみたら、先輩にも何にも連絡はなかったんだよね……仲良くなれたって喜んでたのに」

 

 口に出すと、セリカにもふつふつと怒りが湧き上がってくる。

 リョウヤが今日のことを教えられていれば、他の対策委員にも情報は共有されただろう。だが、現実は違う。

 ゲヘナの問題児がアビドス自治区に潜入しているから捕えに行きます、風紀委員会からそれすら報告して貰えなかったということだ。

 

「組織力が違いますから、協力を求められたかは分かりませんが……連絡さえあれば、出来ることもありましたよね」

 

 ノノミが悲しげに目を伏せ、先生もリョウヤから「敵対しないだけの関係でもありがたい」と直接聞いていたので複雑だ。

 努力が全て身を結ぶほど人生は甘くはないだろう。しかし、どうしても胸は痛む。

 アヤネが意を決して口を開く。

 

『ゲヘナ風紀委員会が戦術的行動をとったのはアビドス自治区です』

 

「政治的論争が生じるってこと……?」

 

 セリカは同級生の言わんとしていることを察した。それでも自信はなく伺うように言葉にすると、アヤネは頷いて続ける。

 

『便利屋の皆さんが問題を起こして来たのは事実です。しかしだからといって、他の学園の風紀委員会が我々の許可なく、こんな暴挙を敢行しても良いという意味ではありません』

 

 アヤネも思う所はあるようで、努めて淡々としているのがよく分かる。

 アビドスの生徒として、やるべきことが決まった瞬間だった。

 武器を構えた面々を確認して、チナツが仏頂面で口を開く。

 

「アビドスの生徒達、臨戦態勢に突入しました」

 

「面倒だな、たかが四人で。こっちは一個中隊級の兵力なのに」

 

 呆れていることを隠すこともなくイオリは溜め息を晒した。

 

「だけど売られた喧嘩を買わないなんてことは、風紀委員会として出来ない。総員、戦闘準備!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、イオリ。アビドス側に民間人が……この方は……シャーレの先生!? この戦闘、行ってはいけません!」

 

 チナツが先生の存在に気が付き顔色を一転させる。しかし、一人焦っている間にもアビドスとの戦闘が始まってしまっていた。最早、言葉では止められそうにない。

 便利屋68は戦闘不能に近い状態まで追い込めたが、拘束までは出来ていない。それでもイオリだけでなく、他の風紀委員も勝ちを疑う者はいなかった。

 仮に便利屋68が無傷であっても、現地にいるアビドスの生徒は僅か三人。多勢に無勢。数の暴力が恐ろしいことは言うまでもないのだ。

 結果は分かり切っている、とイオリは確信していた。だが、その確信は大きく外れることとなる。

 

「――私たちが負けた!?」

 

 アビドス三人の地力の高さ。強固なチームワーク。アヤネの情報管理。先生の指揮。何より、先輩の気持ちを裏切られたことに対する怒りから、感情が大きく昂っていた。ダメ押しに、風紀委員会は便利屋との戦いで消耗もしている。柴関ラーメンの裏口から回り込んだハルカによって、不意打ちで大打撃を受けてしまったことが間違いなく効いていた。

 対策委員会が睨みを効かせる中、先生がゆっくりと口を開く。

 

「久しぶりだね、チナツちゃん」

 

「……先生がそちらにいらっしゃる時点で撤退するべきでした。私たちの失策です」

 

 先生がキヴォトスに来て、初めて出会った生徒達の一人がチナツだった。故にこそ、チナツは先生の指揮の強力さ……恐ろしさを理解していたのだ。

 お互いに残念な再会となってしまった。

 

『アビドス廃校対策委員会の奥空アヤネです。所属をお願いします』

 

 粛々と告げられる。

 こういった対応が出来ることこそ、ホシノとリョウヤが会議などでも重用している所以だろう。

 セリカだけでなく、シロコとノノミもまだ一年生のアヤネに頼り甲斐を感じる程だ。

 

『それは私から答えさせていただきます』

 

『通信……?』

 

「アコちゃん……」

 

「アコ行政官……?」

 

 唐突に割り込まれた通信にアヤネだけでなく、イオリとチナツも驚きを隠せていなかった。他の風紀委員たちも響めいている。

 

『こんにちは、アビドスの皆様。私はゲヘナ学園所属の行政官、アコと申します。今の状況について少し説明させて頂きたいと思いますが、よろしいでしょうか?』

 

 首にぶら下げられたカウベル、手首から覗く枷のような装飾、横から見るのは憚れる胸部の特徴的な服装と、リョウヤに「あの格好は風紀を乱していないのか?」とツッコミを入れさせたゲヘナ学園三年生の天雨アコが表面上は穏やかに乱入する。

 

「――少しと言わず、きちんと説明してもらいたいな」

 

 もう一人の乱入者の声は、空から降ってきた。

 声を聞いただけで、対策委員会の顔色が明るくなる。

 綿が落ちるように音も立てずに、リョウヤは対策委員会と風紀委員を遮るようにふわりと降り立った。

 風紀委員の何人かは驚きながらも上空へと目を向けるも、煙が立ち上る先には青天が広がっており、ヘリコプターなどの影はない。

 どのような手段かは分からないが、上空から一人で来たらしい。

 

「え、は? ミレニアムがゲヘナとアビドスの問題に介入するのか!?」

 

 混乱に塗れたイオリの大きな叫びに、風紀委員会以外の空気が凍り付く。

 ミレニアム? と対策委員会と先生が声に出して首を傾げ、隠れて様子を伺っていた便利屋のうちアルとハルカは対策委員会と同様の考えから不思議に思い、カヨコとムツキは自分達と同じだと察していた。

 

「……俺はアビドスの所属だ、入学した時から今に至るまで」

 

 リョウヤは左手でポケットを弄ると、アビドスの校章が刻まれた証明書を人差し指と中指で挟んで見せつける。

 

「嘘つけ! 今だってミレニアムの制、服……を……」

 

 勢いのあったイオリの言葉が、リョウヤの纏っているジャケットを凝視したことで萎んでいく。

 ミレニアムサイエンススクールの制服によく似た意匠だが、きちんと確認すると節々が異なっていたからである。

 

「……詐欺だ!」

 

 この場の風紀委員全員を代表とする渾身の叫びだった。

 

「失敬! ミレニアムの仲良い連中が、制服は無理だけど似ているのをって用意してくれたんだぞ」

 

「え、あ、いや、それは……ごめん」

 

 理由を聞くと、確かに失敬である。友好の、或いは親愛の証に対する物言いではない。

 結構本気で不満を口にしたリョウヤに、イオリは思わず素直に謝罪してしまう。決して悪い子ではないのだ。

 

「思い返せば、その服を着ているところを見るのは初めてでしたよね……アコ行政官はご存知でしたか?」

 

 溜め息混じりにチナツが言う通り、風紀委員が見たリョウヤはヴェリタスジャケットを羽織っていたわけではない。左手の前腕部に掛けるように畳んで歩いている姿を見ただけだ。それも風紀委員会が彼を保護した初日だけ。即ち、ミレニアムの制服らしき物を持っていることを確認したにすぎなかった。

 

『……いえ、美食研究会もミレニアムから連れてきたとしか言っていませんでしたから。雇ったのも、委員長が彼のことは知っているから問題ないと判断したが故にですね』

 

 考えてみると、美食研究会はわざと風紀委員会に虚偽の情報を渡していたのだろう。それも恐らく、ここまで大きな問題になるとも考えていない悪戯程度の考えで。それはそれで腹立たしいが、しっかりと経歴を確認していなかったのは自分達の落ち度だ。

 リョウヤがゲヘナ学園で行なったことには、機械の整備や修理も含まれる。機械系に関しては今でも高く評価されていることもあり、ミレニアムサイエンススクールの生徒と疑うものはいなかったのだ。

 

「その委員長は俺の所属も知ってる筈なんだが」

 

『!?』

 

「後はフウカとジュリと……イブキにも話したかな」

 

 ゲヘナ学園給食部、二年生の愛清フウカ。一年生の牛牧ジュリ。

 同学園生徒会、万魔殿……パンデモニウム・ソサエティーの一年生である丹花イブキ。

 給食部とは食堂の手伝いを経て仲良くなり、イブキには手作りプリンを通して懐かれたのだ。それがきっかけで月一で雇われることとなったのである。

 特に文字通り死ぬほど忙しい給食部にとっては、正しく救世主となっていた。加えて前述した機械系の仕事、風紀委員会の手伝い。それらが重なった結果、深刻な睡眠不足を誘発したのである。

 リョウヤが思い出しながら言い放つと、アコは口元を盛大に引き攣らせた。

 

『寧ろそれでどうして私達に話していないんですかねぇ、貴方は……!』

 

「言ったろ? ヒナが知ってたからだ」

 

 ホシノを調べる過程で、リョウヤのこと知っていた――とは、他ならぬヒナの言葉だった。随分と変わった、とも。

 マウントですか!? 仲良しアピールですか!? そんな言葉をアコは飲み込む。顔が引き攣って、笑顔の仮面が剥がれてしまいそうである。

 当然リョウヤにそんな意図はないが、実際ヒナとはかなり仲良くはしていた。

 

「で、だ……この惨状に関して聞きたいんだが」

 

『……全員、武器を下ろしてください』

 

「対策委員会もだ」

 

 アコは溜め息を隠さずにハッキリと命令を下し、僅かに目を細めていたリョウヤもまた同様の指示を出す。両者に従い、全員がゆっくりと武器を下ろす。

 アコの存在は他の風紀委員の体を緊張させているのにも関わらず、リョウヤは気安い態度で接していた。

 二人のやりとり。そして、やりとりそのものに何も言わない他の風紀委員の様子からも、元来の知人であることを感じさせるには充分だった。

 

『先ほどまでの愚行は、私の方から謝罪させていただきます』

 

 全員が武器を下ろしたのを確認して、早々にアコは目礼した。

 

「なっ、私は命令通りやったんだけど!? アコちゃん!?」

 

『命令に、まずは無差別に発砲せよなんて言葉が含まれていましたか?』

 

「い、いや……状況を鑑みて必要な範囲で火力支援、その後に歩兵の投入……戦術の基本通りにって……」

 

 声を荒げたイオリだったがアコから恐ろしさを感じさせる笑顔で問われ、勢いが削がれていく。

 

『ましてや他の学園自治区の付近なのだから、その辺りは注意するのが当然でしょう?』

 

(なんだ……?)

 

(今なにか……おかしかったような……)

 

 リョウヤとアヤネの二人は引っ掛かりを感じるも「失礼しました」とアコに話を続けられ、何故疑問に思ったのかを深掘りする時間がない。状況が状況だ、他にも優先して考えることが多すぎる。

 

『私達ゲヘナの風紀委員会は、校則違反をした方々を逮捕するために来ました。あまり望ましくない出来事もありましたが、まだ違法行為とは言い切れないでしょうし、やむを得なかったということでご理解いただけると幸いです』

 

 飄々と言い切られた説明が、予め用意されていたものであろうことは明白だった。

 それを感じ取ったシロコとセリカがムッとし、ノノミが「まぁまぁ」と諌める。

 

『風紀委員としての活動に、ご協力をお願いできませんか?』

 

 アコの表向き穏やかな視線の先にいるのはリョウヤだ。

 三年生のアビドス所属であれば、重要なポジションであると判断したのである。

 リョウヤが姿を現した時のアビドスの生徒達の安心し切った様子から見ても、間違いないと確信していた。

 

「兵力チラつかせながらお願い、ねェ?」

 

『それを踏まえて、賢い貴方なら適切な答えを出せるでしょう?』

 

 リョウヤは皮肉げに、アコは自信に満ちた笑みを、それぞれはっきりと浮かべる。

 風紀委員会から見たリョウヤは戦闘員ではない。戦えることは当然知っていて過小評価もしないが、本質は事務能力の高い技術者であり料理人というイメージだ。

 それでも、龍と虎の睨み合いとでも言うのか。三年生で且つ所属組織の二番手という共通点のある二人の間で見えない火花が散り、否が応でも空気は重くなっていた。

 え、怖っ! と風紀委員の誰かが呟く。

 

(まぁ実際、こちらに便利屋を庇い立てる合理的な理由はない)

 

 視界の端にコソコソと動いている便利屋68を収めながら、リョウヤは頭を回転させる。

 アル達の背後にいる者達については、既に予想がついているのだ。

 前提として、場所がアビドス自治区である以上は便利屋を捕える理由はある。が協力を要請されると、便利屋68メンバーがゲヘナ所属である以上は風紀委員会へ引き渡しの義務が発生してくる。

 ……引き渡して風紀委員会が引くのなら、有りではあるのだろう。

 柴関ラーメンや市街地の惨状は誠に遺憾だが、正式に抗議すれば済む話だ。店のやり直しは、まだ出来る範疇である。言ってはなんだが、キヴォトス……特にゲヘナではよくある話でしかない。

 だが、疑問は残る。

 

「確認だが、便利屋68を捕らえるためにこれだけの人数を動員したのか?」

 

 答え合わせのために、リョウヤは風紀委員会を大きく見渡した。

 

『ええ、彼女達の実力は貴方もよく知る所だと思いますが?』

 

 さも当たり前のようなアコに、アルは当然とばかりに小さく頷く。アルを見て嬉しそうにしているハルカ。ムツキはそんな二人を眺めて「くふふ」と笑い、カヨコはアコへと疑念を募らせていた。

 

「この場にいない、近くで待機してる連中もか?」

 

 リョウヤから迷いのない返答をされ、アコの体が僅かに震える。

 アヤネの操るドローンが慌てて大きく旋回を始め、少し後に秘匿通信でリョウヤの情報の裏付けをとったことを報告した。

 

「三時、六時、九時、それから十二時の四方に置いてる兵力があるよな」

 

 リョウヤは空を突っ切ってミレニアムからアビドスに戻って来ているが、すぐさま地に降りたわけではない。風紀委員会の配置など、色々なものを遥か上空から視認していたのだ。

 アコを含め、隠していた兵力の詳細を語られた風紀委員会に嫌な汗が伝う。

 

「これだけの大人数を便利屋68の四人を捕える為だけに集めたのか? ……違うよな。目的は別にあるだろ」

 

 詰将棋でもするように、次から次へと言葉を完結させていく。返答というより、反応を見ているようだった。

 

「俺……のことは、そもそもアビドスの生徒だって知らなかったな。となるとホシノか、シロコか、ノノミか」

 

『変な勘繰りはやめてもらえます? 何度も言っているように、目的はあくまで便利屋です。ただ、確実に捉えるために――』

 

「アヤネ、セリカ。――先生」

 

『……』

 

 畳み掛けられ、一瞬だが確実にアコの表情から色が消える。それは本当に刹那的な変化だったが、対してリョウヤは「なるほど、そっちか」とわざとらしく発声する。

 

「!?」

 

「な、なんですって!?」

 

「先生を、ですか……!?」

 

「……私?」

 

 リョウヤに分かりやすく結論を付けた素振りを見せられ、シロコは目を見開き、セリカとノノミも動揺を隠せない。先生だけは、何処か他人事な雰囲気で自分の顔を指差す。

 

「先生……いや、シャーレか? 大方ティーパーティーがシャーレに興味を持ったから、慌てて調べ出したってところかな」

 

 ヒフミの行動早すぎない? 昨日の今日だぞ、とリョウヤは胸中で苦笑する。

 昨夜の時点でトリニティ総合学園の生徒会であるティーパーティーに報告を上げて、風紀委員会が情報を得ていればギリギリ間に合うくらいだろうか。

 報告は電波一本で済むとは言え、風紀委員会の情報部も優秀過ぎる。

 

(……いや、流石にスピードに違和感があるな)

 

 ヒフミの行動でティーパーティーが動き、風紀委員会が気がついた。可能か不可能で言えば可能だ。

 だがもう少し現実味を出すのなら、元よりティーパーティーは先生、つまりシャーレに興味を持っていて、風紀委員会は以前からそれを知っていた。ヒフミの今回の報告でティーパーティーは本格的に、或いは改めて調査を始めたことで、事前情報のあった風紀委員会はすぐさま同様の調査を始めた……辺りだろうか。

 本筋とはあまり関係のない思考を、リョウヤは一度遮断する。

 ふふっ、とアコが笑い声を溢したからだ。

 

『ああ、貴方は医者でもありましたね。こちらの僅かな反応から分析されてしまった、ということですか。呑気に雑談なんてして良い相手ではありませんでした』

 

 余裕を装っても、腹芸で一手先を行かれた感は否めない。バレても構わないと言えば構わないが、アコは妙な敗北感に歯噛みする。

 

『仰る通りです。私もシャーレについては知りませんでしたが、ティーパーティーが知っている情報は知っておく必要があります。なので、チナツさんが書いた報告書を確認しました』

 

(……それって、私がチナツちゃんと初めて会った時の報告書だよね?)

 

(確認が遅くないです……?)

 

 シャーレと先生についてチナツが纏められる出来事が、先生の中では一つしかない。それは、先生が初めてキヴォトスに訪れた日の出来事だ。当然チナツはいつの報告書か把握しているわけで。二人仲良くツッコミたい衝動に襲われるも、空気を読んで我慢する。

 ……風紀委員会は尋常じゃなく忙しいので仕方のない部分も大いにあるのだが、先生は風紀委員会がリョウヤの情報をしっかりと確認していなかった理由の一端を見た気がした。

 

「連邦生徒会長が残した謎の組織、シャーレ。大人の先生が担当している超法規的な部活……である以外の情報がない。流石の行政官殿もお手上げだったわけだ」

 

『悔しながらその通りです。しかし、どう考えても怪しいのは確かでしょう』

 

 返す言葉もない、と先生が小声で溢した。あまり自覚していなかったのだが、言葉にされると怪しさ満点である。本音を耳に捉え、リョウヤも思わず笑いそうになってしまうが咳払いで誤魔化す。

 

『これからトリニティとの条約を結ぼうという時に、不確定要素は放置できませんから……せめて、条約が無事締結されるまでは私達風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです』

 

「便利屋68は切っ掛けか」

 

『本気で捕らえるつもりではありましたが……同時についででもあったことは否定しません』

 

 ピキリ、とアルの額に青筋が走る。

 

『ご存知の通り、我々は必要でしたら武力行使をします。一度その判断をすれば、一切の配慮をしません』

 

 アコは再び選択肢を提示し、余裕の笑みで回答を急かしてくる。最早、脅しであることを隠してすらいない。この辺りが、あのゲヘナで風紀委員をやれる所以だろう。

 二人のやりとりを横目に、カヨコはアルの肩を軽く叩いた。

 

「社長、逃げるなら今しかないよ。次の戦闘が始まったら、もう後戻りは出来ない。リョウヤへの義理も果たしてる。風紀委員会はああ言ってるけど、私達とアビドスを同時に殲滅するつもり。でも、アビドスがあっちの気を引いてくれるなら、包囲網の薄いところから……」

 

「ふふふふふふふっ」

 

 アルが堪えきれないと笑い声を漏らし、カヨコは言葉を切って訝しむ。

 

「ねぇ、カヨコ。貴方もうとっくに私の性格、分かってるんじゃなくて? こんな状況で、ついで扱いをされて……背中を向けて逃げる?」

 

 リョウヤのアコから情報を奪う話術には心が踊ったが、その後の風紀委員会の態度はいただけない。

 

「そんな三流の悪党みたいなこと! 私達便利屋がするわけないじゃない!!」

 

 烈火の声色と燃え盛る瞳で、アルが感情を爆発させる。

 待ってましたとばかりに、ムツキがにんまりと笑う。カヨコは一人頭を抱えた。

 

「あの生意気な風紀委員会に一発喰らわせないと気が済まないわ!」

 

「アル様……っ」

 

 憤慨に頬を染めるアルに、ハルカが感激の吐息を溢す。

 同時に、対策委員会もまた答えを出そうとしていた。

 シロコはリョウヤへ近寄り確認する。

 

「先輩、ここは戦うしかない……よね?」

 

「そうだな、先生をと言われると他に選択肢はない。尤も、先生がゲヘナに行くことを望むのなら話は変わるけれど」

 

 扱い自体は悪くされないと思うよ? とリョウヤは先生を横目に戯ける。だが本音だった。風紀委員会は問題児に対しては苛烈でも、一般的な生徒にとっては気の良い連中だ。先生は言葉通り、庇護されるだけだろう。

 先生の気持ちは決まっていた。

 

「今の所、その気はないかな」

 

 シロコとリョウヤ、そして先生の鼎談を聞いていたセリカが威勢の良い声を上げる。

 

「よっし! 便利屋! 協力してもらうわよ!」

 

「先生を皆で守りましょう、良いですよね?」

 

 セリカだけでなく、ノノミまでもが手を取り合えると確信していた。

 一度は共に食事をした仲であり、リョウヤとの関係性も知っているからだ。二人に迷いはない。

 

「!? 話が早いな……」

 

「当たり前よ! この私を誰だと思ってるの? 心配は無用! 信頼には信頼で報いるわ! それが私達、便利屋68のモットーだもの!」

 

「はいっ! 絶対に成功させます……!」

 

「くふふ、楽しくなって来た」

 

 カヨコはぎょっとしたが、アルは高らかに笑って答える。当然、ハルカとムツキにも異論はない。

 対策委員会と風紀委員会の交渉が決裂したのは明らかだった。

 

『想定外もありましたが、それを除けばまぁ想定していた状況ですね』

 

 アコは優雅に、そして強気に口元を吊り上げると「まぁ良いでしょう」とひとりごちる。

 

『風紀委員会、攻撃を開始します。対策委員会と便利屋を制圧して、先生を安全に確保してください。先生はキヴォトスの外部の人なので、怪我をさせないように充分注意を』

 

『敵、包囲を始めています! 待機していた戦力も移動を開始、向かって来ています!』

 

 アコが支持を飛ばすと、負けじとアヤネが声を張り上げた。

 戦闘が始まり、リョウヤが先生へと最早恒例となる言葉を贈る。

 

「先生、指揮は頼んだ」

 

「うん!」

 

 対策委員会と便利屋68は一度戦っている。お互いの戦法を大雑把にだが把握しているということだ。また、指揮をとる先生にとっても便利屋68の獲物や得意戦術を知れていることは大きい。

 先生を中心に、手早く作戦会議が始まる。

 

「リョウヤくん、スタングレネードはまだある?」

 

「最近よく使ってるからラスト一個」

 

 仮にも自作の品なので補充する暇がなかったが、手元に見る機会が急に増えたスタングレネードを工房から取り出すと、見たことのない爆破物にムツキが興味津々といった様子で観察してくる。

 

「初手で使ってしまっても?」

 

「出鼻を挫くわけか、了解」

 

 対策委員会と便利屋68は合わせて現在九人。対して風紀委員会は数えるのも馬鹿らしい人数を揃えている。

 突っ込んでどうにかなるものではないことは皆分かっているので、先生とリョウヤのテンポの良いやりとりに耳を澄ませていた。

 

「後はそうだね……溶接用のマスクとかある?」

 

「勿論……サングラスとかも工房に置いておくべきだったな」

 

「それをムツキちゃんに」

 

「くふふ、先生怖いなー」

 

 ムツキは成すべきことを即座に理解してにんまりとする。

 すぐに作戦は実行された。

 こっそり溶接マスクを被ったムツキが飛び出すとあまりのアンバランスな風貌に、流石の風紀委員も長短の差はあれど動揺してしまう。その隙に、リョウヤは最後のスタングレネードを炸裂させた。

 スタングレネードを視認して咄嗟に目を閉じるなどの対策がとれたのは、風紀委員会でもごく少人数。

 リョウヤはコンタクトレンズ型魔具により、ムツキは当然マスクによって閃光によるダメージがない。

 ムツキは十八番の爆弾をリョウヤに渡しておくことで、二人で目の眩んだ風紀委員会へのプレゼントとする。

 容赦のない花火が咲き乱れ、爆発を合図に次々に他のメンバーも攻撃に参加し、多くの風紀委員を戦闘不能に追い込んでいく。

 今日のリョウヤは狙撃銃と大型の盾を扱う後衛だ。ミニガンをばら撒くノノミ、狙撃をするアルと共に、シロコ、セリカ、カヨコ、ムツキ、ハルカを援護していた。

 便利屋68が対対策委員会を想定して十字路へと仕込んでいた爆弾も先生の指示のもとで爆発させることで、ゲヘナ風紀委員会第一中隊、第三中隊と次々に一時的な撤退を余儀なくされて尚……アコに焦りはない。あくまで一時的な撤退でしかないのだ。

 

『風紀委員会、第三陣を展開してきました』

 

「便利屋、一回下がってくれ……アル、ちょっといいか?」

 

 モニターに視線を走らせるアヤネからの情報を聞いて、リョウヤが呼び掛けると、アルは素直に近くに寄ってくる。

 

「なにかしら?」

 

「これ、持っておいて。密着してれば四人くらいなら範囲内に入れるから」

 

 押し付けるように手渡したのは、夜空の色をした外套だった。

 

「使い方は、首の留め具のところのスイッチ押すだけだ。ここな」

 

「え? ええ、分かったわ……だけど、これって一体……」

 

「空間を歪めることによる認識を阻害する機能がある……ま、気休め程度だけど」

 

 着の身着の儘でキヴォトスで目覚めたリョウヤが所持していたのは、最後の最後に拾っていた空間に作用する石の欠片だった。悪魔や機工魔術士には、空間魔石(くうかんませき)と呼ばれている石だ。

 欠片といえど特性は残っている。

 小さいせいで空間を歪めて捻じ切るなどの攻撃転用は難しいし、魔具にしても認識を阻害する効果は弱いが、決して無意味ではない。……大層なことを言っても、光の屈折を歪める程度の代物だ。正直な話、この後に来るであろう人物に通じるかは疑問が残る。

 

「はい?」

 

 あまりにも自然に言い放たれ、アルがぽかんとリョウヤを見つめてしまう。

 魔具に関してはリョウヤにとって大したことではないので、アルの反応の意味を「魔具そのものの機能ではなく、渡した理由」として捉えて話を進める。

 

「こっちくる時に上から見えたんだよね……ヒナが」

 

 ヒナの真っ白で長い髪は、背後から見ると毛量もあって存在感が大きい。小柄な生徒故、背中はほとんどがふわふわで埋まっている。見間違えということはないだろう。

 

「えっ、ヒナが来るの!? 無理無理無理! 逃げないと!」

 

 びくーん! と体を震わせ、禁断症状のように慌てふためくアル。魔具の機能への驚きは消し飛んでしまう。先程までの勢いは何処へやらの情けない姿だったが、相手が鬼の風紀委員長であれば仕方がない。

 リョウヤは苦笑して落ち着くようにと告げる。

 

「その時に電話して、ヒナが今回の件に噛んでないことは確認してある」

 

 認識を阻害して遥か上空に陣取っていれば、目立つこともなく周囲を観察できた。電話も然りだ。

 

「アコの独断ならそれで話がつくから、時間が稼ぎたかったのか……ただし、そこに私達がいると話がややこしくなる」

 

「時間稼ぎは充分だから、これを使って逃げてってことだね」

 

「理解が早くて助かる」

 

 カヨコとムツキはすぐに意図を察し、リョウヤも満足そうに首を縦に振った。

 ただ、と思い出したように付け足される。

 

「壊すのは良いけど、失くさないようにだけしてくれ」

 

 リョウヤがアビドスで気がつく直前の記憶は、フルカネルリの工房で止まっている。

 研究内容からして、空間魔石は間違いなく彼の物だ。

 フルカネルリは故人だが、恋人であるユウカナリアは存命だった。返す機会があれば、空間魔石は彼女に渡したかったのだ。その機会が来る可能性は低くとも、遺品ともいえる魔石なので失いたくはない。

 アル達が肯首すると、不意に風紀委員会が騒ついた。

 慌ててアルは外套を羽織り、ムツキ達が引っ付く形で寄り添った。左手側にハルカが遠慮がちに、右手側ではムツキがカヨコを挟み込むようにアルへと抱き付いている。そこまで引っ付かなくて大丈夫、とは敢えてリョウヤも口にしない。あらー! と先生が微笑む。

 

『ひ、ひ、ヒナ委員長!? い、委員長がどうしてこんな時間に?』

 

 どうやら、ヒナからアコに通信が入ったようだ。アコは焦りからか、言葉を吃り過ぎてえらいことにっている。

 

『アコ、今どこ?』

 

『わ、私ですか? 私は……その、えっと……げ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……そ、それより委員長はどうして……出張中だったのでは?』

 

『さっき帰ってきた』

 

 アコは独断を通すために、昨日の今日で風紀委員会を運用する必要があった。

 目的の達成条件はアビドスに先生と便利屋68が集まっている且つ、ヒナがゲヘナを留守の期間。

 その期間がいつまで続くのか分からない以上、アコは即座に行動に移さざるを得なかったのだろう。

 

「思いっきり嘘言ってるじゃん……」

 

「本当に行政官の独断行動だったんですね……」

 

 セリカとノノミが呆れ返った視線を飛ばす。

 

「でも絶対に後からバレることだったと思う。先輩、風紀委員長と連絡できるんだよね?」

 

 シロコがちらりとリョウヤに目線をやった。

 

「だから俺がいたのは本当に想定外だろうな。それでも条約云々は本音だから、実際に先生の確保をしてしまえば委員長もそこまで怒りはしないだろう……ってところかな」

 

『どうせ判明してしまうのなら、せめて実利をとろうということですか』

 

「単純に後に引けなかっただけの可能性もあるよね」

 

 リョウヤとアヤネが冷静に分析し、先生も中々に遠慮がない可能性を上げている。

 その間もアコの嘘を伴った言い訳は更に続く。

 

『そ、そうでしたか……! その、私は迅速に処理しなくてはならない用事がありまして、後ほどまたご連絡いたします! 今はちょっと立て込んでいまして……!』

 

『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』

 

『え? その、それは……』

 

 ヒナは当然それだけで追求を止めやしない。風紀委員会のトップである以上、自分の部下達が何をしているのか確認するのは普通である。

 しどろもどろになっているアコへと、王手は掛けられる。

 

「『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?』」

 

 その声は、二つに重なっていた。

 

「……え」

 

「い、い、い、委員長!? い、一体いつから!?」

 

 チナツが愕然とし、イオリが声を荒げる。

 

『え、えええええええええええ!?』

 

 直後、アコの悲鳴ににも似た絶叫が周囲に木霊した。

 情報ってやっぱり武器だな、とリョウヤは改めて強く認識しながら当のアコに少しだけ同情してしまう。

 

「アコ、この状況……きちんと説明してもらう」

 

 よく通る毅然とした声で、瞳を鋭く尖らせたゲヘナの風紀委員長が降臨したのだ。

 

「先輩、あの方が……」

 

 風紀委員長の存在感と、風紀委員会に迸る……アコの時とは比べ物にならない緊張に驚きながら、ノノミは問い掛けるように先輩を呼ぶ。

 リョウヤは小さく笑って頷く。

 

「空崎ヒナ、ゲヘナの風紀委員長だ」

 

 空崎ヒナ。

 ゲヘナ学園三年生、風紀委員会の長。

 冠のような大きなヘイローに対して体は随分と小さいが、ホシノという前例を知っているので彼女の実力を知らない対策委員会も侮るようなことはない。

 

『そ、その……これは……素行の悪い生徒たちを捕まえようと』

 

「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はアビドスとシャーレに対峙してるように見えるけど」

 

『え、便利屋ならそこに……い、いない!? さ、さっきまでそこにいたはず……!』

 

 キッ! と音が鳴りそうな勢いでリョウヤが睨みつけられるも、どこ吹く風といった顔だ。

 早々に睨むことをやめ、慌てて弁明しようしたアコだったが、ヒナは「だいたい把握した」と一蹴する。

 

「察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ってところね。でも私たちは風紀委員会であって生徒会じゃない」

 

『……』

 

「シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会。そういうのは万魔殿のタヌキたちにでも任せておけばいい」

 

 切れ長の瞳でヒナはそう言うと、アコへ容赦なく謹慎を命じた。

 じゃり、と音を立ててリョウヤが一歩前に出る。すぐにヒナも気が付き向き直った。

 

「状況、どこまで理解してる?」

 

「事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒たちとの衝突。けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実」

 

 違う? と確認され、真面目な雰囲気を纏ったリョウヤは頷いて素直に認める。

 お互いに主張はあるが、結局は妥協点を模索する必要がある。嘘を言ったとしても現地にいた風紀委員会に確認すれば判明してしまうので、今後を考えるのなら嘘を言う意味はない。

 お互い騙くらかすのではなく、事を収めることを目的としているのだ。

 面倒がなくて助かる、とヒナは心底思う。

 では、それらを踏まえてどうするのか? そうリョウヤが切り出そうとして、またしても新たな人影が現れ間延びした声が風に乗って届けられる。

 

「うへ〜、こいつはまた何があったんだか。凄いことになってるじゃ〜ん」

 

 リョウヤが知る限り、唯一ヒナとまともにやり合え尚且つ勝利する可能性のある同級生――小鳥遊ホシノだ。

 ホシノ先輩! と後輩の四人が破顔した。

 ヒナが僅かに驚いた様子でホシノを眺める。

 

「……小鳥遊ホシノ。聞いてはいたけど、本当に変わった。人違いかと思うくらいに」

 

「……私のこと知ってるの?」

 

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒をある程度把握してたから」

 

 その過程でヒナはリョウヤのことも知ったのだ。尤も、こちらは注意すべきと判断されていたわけではない。戸籍などがないという意味では警戒対象だったが、戦力的にも性格的にもホシノと比べるまでもなかった。

 それにと、ヒナはリョウヤへと視線を流す。

 

「リョウヤも、自分の学校の生徒たちに関しては饒舌になっていたし」

 

「そんなに言うほどか?」

 

「言うほどよ」

 

 迷いのない即答だった。

 リョウヤは解せなさそうだったが、ホシノは呑み込み顔だ。

 ん! と先生が何かを堪えるように口元を押さえる。他校に行って、その学校の生徒に言われるほど、自分の学校の同級生や後輩についてリョウヤが語っているのは想像通りだし、対策委員会の皆のことが好き過ぎるのがよく分かるからだ。

 ただしイオリやチナツといった他の風紀委員会からしたら「そんな雑談するような仲だったんだ……」なんてことを思ってしまう。しかし無理もない。大抵が深夜、既に誰もいなくなった風紀委員会の一室で行われたものなのだ。

 ……ヒナもまた、仕事のために己の睡眠時間を大きく削っている者だ。それこそリョウヤ同様に三時間睡眠もざらだ。それはつまり、リョウヤならヒナの稼働時間に問題なく付き合えるということでもあった。必然的に仲は深まる。

 

「私も戦いに来たわけじゃないから……イオリ、チナツ。撤収準備を」

 

 淡々と指示を下し、対策委員会に向き直るとヒナは躊躇いもなく頭を下げる。

 

「事前通達無しでの無断兵力の運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の長として、アビドス高等学校に対して公式に謝罪する。今回出した被害に関しての補填は追って連絡を」

 

 ようやくホシノは事情を理解し、得心がいく。

 あっさりと頭を下げられセリカ達が唖然とする中、ゆっくりと頭を上げてヒナははっきりと宣言する。

 

「今後、ゲヘナの風紀委員会が無断で侵入することはないと約束する。どうか許してほしい」

 

 便利屋68はどうするのかとイオリが声を上げたが、ヒナは一睨みで黙殺した。

 普段ならホシノがアビドス代表なのだが、今回は当事者とは言い難いので、伺うように彼女はリョウヤを一瞥する。

 リョウヤは一瞬置き、結論を下した。

 

「こちらも結果的にとは言え、ゲヘナ風紀委員会の公務を妨害してしまったことに関して謝罪を。アビドス高等学校は、風紀委員会の言葉を受け入れる。補填の旨、了解。感謝する」

 

 形式ばった言葉の後にリョウヤが頭を下げるとホシノとノノミ、アヤネも倣い、それを見てシロコとセリカが少し慌てて続く。

 謝罪も貰い補填も約束された以上、対策委員会としても落とし所としては納得するしかない。

 こちらこそ感謝を、とヒナが再度小さく頭を下げる。彼女としても、ここでアビドスやリョウヤとの関係を悪くしたくはないのだ。

 今後も依頼を出したいという打算と友情の念から、ヒナは名を呼んでリョウヤを手招いた。誘われた側も素直に従い、足を動かす。

 

「後で連絡するつもりだったけど、直接会えたし伝えておきたいことがある」

 

 リョウヤの赤い右目と左の碧眼が、ヒナの紫色の瞳と交差する。

 

「カイザーコーポレーションは知ってる?」

 

「……ああ」

 

 予想していなかった名前の出現に、体を強張らせながらも頷くリョウヤ。何処で誰に何を聞かれているか分からないヒナは声を落とした。

 

「これはまだ万魔殿もティーパーティーも知らない情報だけど、アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」

 

 万魔殿にも未だ上げていない報告を聞いたリョウヤは、思考が深く沈みかけているのがヒナにもよく分かる。それでも今、伝えるべきだと思ったのだ。

 

「アビドスには必要な情報だと思って」

 

 ヒナは昔からアビドスのことは知っていて、つい最近にリョウヤという当事者からも話を聞いていた。

 風紀委員長といっても、ゲヘナ学園では良好な人間関係を築いている程に慕われている善人だ。

 友人に手を貸すのも吝かではなかった。

 

「そう、か……ありがとう」

 

 一拍の後、どうにか感謝が絞り出される。

 教えるべきことを教えて、ヒナはすんなりと踵を返した。

 

「帰るよ」

 

 たった一言で風紀委員会の全兵力は、凄まじい速さでアビドス郊外へと消えていく。

 一糸乱れない動きに、ヒナの統率力の高さと普段の訓練の結果が出ていた。

 

「うへー、結局おじさんは状況が分かってないんだけど、何があったの? リョウヤはミレニアム行ってたよね?」

 

「あっ、そう言えばリョウヤ先輩、どうやって帰ってきたの!? 早すぎない!?」

 

 今の今までの荒んだ空気を払拭する柔らかい態度のホシノの言葉を聞き、セリカは思い出したと問い掛ける。

 リョウヤは悪戯が成功した子供のように笑って、顔の前で上を指差した。

 

「空なら信号待ちも渋滞もないし、何より直線で良いよな」




Q
リョウヤって空を飛べるの?
A
以前にも似たようなことを書きましたが、後々に本編内で描写します。

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次回の更新も一週間後となります。
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