星屑の夢   作:ハレルヤ

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誤字報告、ありがとうございました。
いつも本当に助かっています。


5-3.暗雲

 ゲヘナ風紀委員会とアビドス廃校対策委員会の邂逅から一日。

 幸いにも怪我人は出なかったものの、物的被害は大きい。シロコ、セリカ、先生の三人は朝から現地へ確認に赴いていた。

 アヤネはオペレート室で調べ事を。ノノミは何もしないでいるのも落ち着かないと学校の清掃を始め、リョウヤはホシノと共にいつもの部屋で椅子に腰掛けていた。片やノートパソコンに、片や書類の山に手を付けている。

 普段と変わらない日常の中にいるようにホシノは口を開く。

 

「昨日、また接触してきたよ」

 

「……黒服、か?」

 

 リョウヤが横目に確認すると、ホシノは書類を整理しながら頷く形で返した。

 僅かに目を瞬かせたリョウヤも一度だけ会ったことのある黒衣の大人を、彼女は黒服と呼称していた。

 

「その反応ってことは、やっぱりリョウヤは特にされてないんだね」

 

「前の時もそうだったけど、あいつにとっての優先順位は俺の方が低いんだろうな」

 

 黒服の話し方的にホシノはメインプランだが、リョウヤは恐らくサブプランですらない。完全に別枠の、興味と観察の対象といったところだろうという印象があった。

 

「その優先順位は高くても嬉しくないかなー」

 

 昨日、ホシノが対ゲヘナ風紀委員会戦に間に合わなかった理由が黒服との会談だったのだ。

 ホシノは露骨にゲンナリとしていて、リョウヤは同情しながら苦笑する。

 

「アビドスの借金、半分受け持ってくれるって」

 

「前回と比べて、随分と吊り上げて来たもんだ」

 

 たった一度しか接触していないリョウヤとは違い、ホシノは幾度となく黒服から接触され、黒服が気が付いているのかは不明だがその都度リョウヤと共有していた。

 当然、目的が小鳥遊ホシノの身柄であることも含めて。

 

「……皆にも話すべきだよね」

 

 ホシノとリョウヤを目的とした者、或いは組織が存在することは認識していたのだ。

 今までは黒服とカイザー社に繋がりがあると思っていなかったこそ、個人の問題として捉えていた。余計な心配をかける必要はないし、自分が断り続ければ済む話でしかないと考えていたのである。

 

「他人事じゃなくなる可能性か……何処の企業に属させる気なのかは聞いてない?」

 

「流石に言わないねー。まぁ逆にそれが答えな気はするけど」

 

 だがもし、黒服とカイザー社が繋がっているのなら話は変わってくる。結託して、何かしら仕掛けてくる可能性が浮上してくるのだ。いや、最初から結託していたのかもしれないが……生徒の退学もカイザー側の目的であると推測できる以上、黒服からの誘いはあまりにも怪しい。

 

「なら話そうか」

 

「うん、おっけー」

 

 リョウヤがふっと微笑むと、ホシノはにへらと笑む。

 木漏れ日の中、話は呆気なく纏まった。

 ノートパソコンのキーボードを叩く音と、紙が捲られる音やペンで書き込む音をBGMに過ぎる穏やかな時間は宛ら嵐の前のようである。

 清掃を終えたノノミと、外に出ていた三人が帰ってきたのは暫くしてからだった。

 

「まずはこちらを」

 

 同様に部屋に戻ったアヤネは、プリントアウトした数枚の紙を重々しくテーブルに置いた。

 一目でリョウヤは印刷された内容を把握する。

 

「地籍図か」

 

「はい、直近までの取引が記録されているアビドス自治区の土地の台帳……つまり、土地の所有者を確認できる書類です」

 

 分かりやすく色分けされている地図の、大半を埋める色こそがアビドス高等学校のものだと誰しも考える。が、結果は真逆。

 アビドス自治区の大半が、アビドス高等学校のもの……ではなくなっている。

 

「なに、これ……」

 

 立ち上がったセリカは、テーブルに両手を付いて呆然とした。

 

「現在の所有者は……カイザーコンストラクション……」

 

 ホシノもセリカと似たような反応だ。いや、二人だけではない。シロコもノノミも先生も驚愕に表情を歪めている。それほどまでに、アビドスの土地の所有者がアビドス高等学校にないことは異常なのだ。

 リョウヤが「アコが言ってたはこういうことか」と渋面を作る。アヤネはよく似た顔で、そんな先輩に頷いた。

 

「昨日から気になっていたんです。他の学園自治区の付近、と言っていましたから」

 

 既に砂漠化している本来のアビドス高等学校本館。その周囲数千万坪の荒地。まだ無事な市内の建物や土地も、カイザーコーポレーションの手に落ちている。

 残っているのは、自分たちが使っている校舎と周辺の一部だけだった。

 あまりの状況に絶句してしまうのも無理はない。

 

「俺の家の周り、いつの間にか空き家じゃなくなってるのか。先生には嘘言っちゃったな」

 

 リョウヤが初めて会った日のことを思い出し乾き笑いをすると、先生は「気にしないで」と慰めにもならないと分かりつつ返すことしか出来ない。

 

「リョウヤくん、あの家はいつ買ったの?」

 

「一年の頃」

 

「じゃあ、その頃はまだ大丈夫だったんだね」

 

「うん……んー……いや、確か……まだアビドスに残ってるけど、出ていくことを決めちゃった人から買えたみたいなこと言ってたな」

 

 辿るように、当時聞いた話を思い起こす。

 もしかしたら、当時でも残っている土地は珍しかったのかもしれない。自分の為にと空き家を探してくれていた可能性に行き当たり、リョウヤの胸の奥に鈍い痛みが走る。

 

「あ、買ったのは他の人なんだ」

 

 想定していなかった事実に、先生は少し驚いたようだった。

 

「……当時の生徒会長だよ」

 

 後になって気がついたことだが、かなりぼったくられていた。カイザー社より先にユメが買取を希望していたのか、カイザー社より高く売れそうだからユメへと提供したのかは今となっては分からないが……いや、わかっている。売る以上は誰だって高く売りたい。けれど。それでも。アビドスの市民だった人に、法外の値段を吹っかけられていたのは少し悲しい。

 じゃーん! と現葛葉邸の前で両手を広げ「今日からここがリョウヤくんのお家だよ!」と満面の笑みを浮かべてくれた先輩は、一体どんな気持ちでいたのか。

 仕方がないと割り切っていた? そもそも知らなかった? それとも気にしていなかった? 想像して、思い出して。頭がエラーでも起こしたかのようにリョウヤの呼吸が一瞬止まる。

 いつかホシノちゃんと三人でお泊まり会とかしたいね! 同じ日に聞いた彼女のそんな細やかな願いは、終ぞ叶わなかったのだ。

 

「土地売っちゃってたの、生徒会だよね。学校の資産の議決権あるの、その学校の生徒会だけだし」

 

 生徒会長と聞いた瞬間に「うへ」と溢したホシノは思い当たっていた想像を言葉にする。

 

「……はい。ですので、生徒会がなくなった二年前から取引は行われていません」

 

 取引もなくなったが生徒会も同時になくなっている。つまり在校生が決定的に減ってしまったということだ。その事実もあり、アヤネは顔を曇らせていた。

 

「二年前なら、ホシノ先輩とリョウヤ先輩っていたんだよね……?」

 

 セリカがおずおずと尋ねる。

 二年前、というのはホシノとリョウヤにとって激動の年だ。その事は知らないものの、二人がいてこれほどの惨状なのは理解できなかった。

 当時の話が出来る二人は、努めて平静を装って言葉を選ぶ。

 

「おじさんが副会長で、リョウヤは書記だったよ。まぁ私達が生徒会入りした時点で、残ってたのは会長だけだったから……三人だけの生徒会だったんだけどね」

 

「在校生自体は二桁いたんだけどな。ただ教員はいないし、授業もなくなってたから……学校として機能してたかは微妙かな」

 

 それでも大切な二人と出会うことの出来た場所と年代だったし、リョウヤに至っては初めての学校生活でもあった。

 いつも通りに振る舞っている三年生二人だけが、今の自分達にどこか力が入っていないような弱々しさがあることに気が付く。それを誤魔化すように笑みを浮かべてしまうのは、悪い癖だった。

 

「その頃の生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内随一のバカでね……私も嫌な性格の新入生で」

 

「俺は俺で色々と難のある幽霊生徒」

 

「本当に何もかもめちゃくちゃだったよね~」

 

「名ばかりの生徒会だったな」

 

 二年生と一年生、そして先生が「信じられない」と目を見開いて、笑い合っている二人を眺める。皮肉などではなく、本当に心の底から想像ができなかった。

 

「そんな感じだったから、私達もあまり詳しくは知らないんだよねぇ」

 

 ごめんね、とホシノは力なく笑う。

 謝るようなことではないですよ、とノノミが微笑みかけた。うんうん、と他の者達も頷く。

 それぞれの学校の自治区は学校のもの。当たり前すぎて、誰一人として気がつくことが出来なかったのだ。

 当時はリョウヤもキヴォトスに来たばかりで余裕がなく、伝え聞いていた情報を鵜呑みにしていた。その後も再度確認していないことを怠慢とは笑えない。

 セリカが改めて頭を悩ませる。

 

「じゃあどうして、前の生徒会がカイザーコーポレーションに土地を売っちゃったのかは分からないんだ……」

 

「実は裏で手を組んでたとか」

 

 一つの可能性としてシロコが上げた。しかし、本気で思っているわけではなさそうである。

 

「いえ、その可能性は低いと思います」

 

「そうだねー。あくまで憶測だけど、ちゃんと学校のためを思って、色々と頑張ってたんじゃないかなー」

 

「つまり、借金のために土地を……」

 

 アヤネがきっぱりと否定し、ホシノは願望にも近しい考えを述べ、ノノミが言葉を詰まらせてしまう。

 当時の時点で学校の借金はかなり膨れ上がっている。

 アビドスの土地には高値が付くはずもなく、それでも売りに出さざるを得なかった。例え借金自体を減らすことが叶わずとも、必死に現状を打破しようと努力していた。その結果としては、あまりにも惨い。

 

「そういう手口もあるよね」

 

「だよなぁ……」

 

「え?」

 

「アビドスは悪質な罠に嵌められたのかもしれない」

 

 思わず呟いた先生に、リョウヤは眉を寄せる。セリカが思わず聞き返すと、先生は拳を強く握って答えて説明した。

 アビドスにお金を貸したのはカイザーコーポレーション。

 カイザーローンが学校の手に負えない額を貸し、利子だけでも払ってもらうために土地を売るように仕向ける。

 最初は要らない砂漠や荒廃した土地を。それから徐々に、病がゆっくりと体を侵食するように市街地にまで手を伸ばしてきた。

 だがアビドス生徒会がなくなったことにより、土地を購入する手段がなくなってしまう。それでも最後の土地、今使われている学校を奪うためにヘルメット団を利用していたのだろうと推察できてしまう。

 

「……カイザーの狙いがアビドスの土地なのは、これで確定だよね」

 

 ホシノが奥歯を噛み締める。

 ここまでは既に予想が出来ていたことだ。

 確定情報になったのは大きいものの、結局まだ対策する手段がない。しかし一昨日にはなく、今ならある情報が一つ。

 

「ヒナが言ってたな……砂漠でカイザーが何かしてるって」

 

 昨日手に入れたばかりの、詳細は全く分からない情報だ。

 カイザーが砂漠で何をしているのかが分かれば、目的が分かるかもしれない。

 知った所で何かが変わるとは限らない。

 けれど、行かざるを得ない。

 アビドス砂漠には学校から駅までをバスで、そこから先は列車を用いて進むことになる。

 普段から壊れたドローンや警備ロボット、オートマタが徘徊しているので、強行突破する他ない。

 数える程度の戦闘を終えると、漸く捨てられた砂漠にまで辿り着く。

 

「いやー……久しぶりだねぇ、この景色も」

 

 万感の思いでホシノが呟き、リョウヤも何処か遠くを見ているようだった。

 シロコが小首を傾げる。

 

「ホシノ先輩は、ここに来たことあるの?」

 

「うん、生徒会の仕事で何度かね」

 

 ホシノはすんなりと肯定し、今度はセリカがリョウヤに尋ねる。

 

「あ、じゃあリョウヤ先輩も?」

 

「何度かな……回数はホシノよりよっぽど少ないよ」

 

「そういえば幽霊って」

 

 幽霊とは、本当に霊体なわけではない。学校に来る頻度が少なかったということだ。

 思い出したような先生の言葉に、リョウヤは困ったような笑みを浮かべた。そこに後悔と儚さを感じとり、思わず口を噤んでしまう。

 

「もう少し進めばそこにはなんと、かつてアビドス砂祭りが開かれていたオアシスが!」

 

「え、オアシス? こんな所に?」

 

 フォローするようにホシノがわざとらしく盛り上げ、セリカが素直に釣られてくれる。自然に皆の注目が集まっていた。

 

「まぁ今は全部干上がっちゃったんだけどねー」

 

「元はそこらの湖より広かったらしい」

 

 リョウヤもまた、ホシノに乗っかる形で話題を変える。

 とは言え聞かされたから知っているだけで、三年生の二人も見たことがあるわけではない。

 

「砂祭り……私も聞いたことがある。アビドスでは有名なお祭りで、凄い数の人が集まるって」

 

 記憶の蘇ったシロコに「そうそう!」とホシノが笑みで顔を彩る。

 

「別の学校からもお祭り見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進む何十年も前のことだけど」

 

「砂漠の中のオアシスで行なわれるお祭りか……きっと凄く美しかったんだろうね」

 

 先生は寂しげに砂漠を見渡した。

 雑談の合間を縫って、リョウヤはアヤネへと目的地まで後どれくらいかを尋ねてみる。

 

『ゲヘナの風紀委員長から教えられたセクターまではもう少しで――っ……先行させていたドローンの反応が消えました……!』

 

 道中でアヤネが混乱は最低限に、神妙に報告した。その手はどうにかドローンの状況を探ろうと、忙しなくコンソールを叩いていた。

 

「理由は分かるー?」

 

『いえ……気が付いた時には既に』

 

 僅かに目を細めたホシノの問い掛けに、アヤネは歯を噛みしめる。

 リョウヤも考え込むように顎に手を当てた。

 

「撃ち落とされたのか、電波が遮断されたのか……」

 

「でも電波に関してはリョウヤくん気を遣ってるよね?」

 

「故障することが百パーセントないと断言も出来ないけどな」

 

 アヤネが一人寂しくないようにと、電波の送受信範囲と強度を上げていたのは、問いかけた先生以外も知っていたことだ。

 性能を信じられていることは嬉しくも、確実なんてものはないとリョウヤは苦笑を浮かべた。

 

「きな臭いねー。もしカイザーが私達のことをちゃんと調べてるなら、ドローンを多用することは把握してるだろうし」

 

 対ドローンを想定した技術を用意している可能性はあると、ホシノは半ば吐き捨てるように嘆息する。

 

「こちらの動きが把握されているということですよね……」

 

「……それって日を改めた方が良いってこと?」

 

 ノノミが不安を口にし、セリカも表情を強張らせる。

 既に砂漠にまで来てしまっているが、今なら確かに帰ることも出来るだろう。こちらの姿を観測されている可能性もゼロではない以上、選択肢には入ってくる。

 苦い反応を見せたのホシノだった。

 

「うーん……その上で行かざるを得ないのが現状なんだよね」 

 

 真っ当に借金を返せるのならそれで良いのだが、現状はほぼ不可能。近いうちにアビドスは破産する。その時をカイザー社が何もせずに待つことはないだろう。何せ、既にテロ行為を受けているのだから。であれば、対策委員会もカイザー社の情報を集めて対策をとるしかない。

 

「もし仮にこちらのドローンを処理されていたのなら、俺達がカイザーへなんらかのアクションをとったことも気が付かれてるだろうな」

 

 対策委員会はドローンを主軸にしているのだ。

 ドローンを解析されても、魔具なのでそう簡単に対策委員会のモノと発覚はしないだろう。しかし、前述のことから推測は容易にされる。証拠もでっち上げられるかもしれない。

 恐らく退路はもう断たれた、とリョウヤは無情な結論を下す。

 

『ドローンの先行は判断ミスでしたね、申し訳ありません……』

 

 ギュッとスカートの裾を握り締めるアヤネ。

 

「そんな謝る程のことじゃないよ~」

 

「俺達も許可したしな」

 

「今までそれで助けられて来たわけですしね☆」

 

「ん、それにドローンをピンポイントで対策してるなんて分かるわけがない」

 

「そうだよ、気にしないで!」

 

 アヤネは自分を責めているようだったが、誰一人としてそのようなことは思っていない。自分に出来ることを精一杯やっただけなのだ。皆、理解している。

 仮に責任があるとすれば、それは三年生の自分達だとリョウヤとホシノの二人は考えていた。

 ドローンを破壊された可能性が浮上したことで、カイザー側が自分達を意識していることと、今も観測しているかもしれないと認識できたとも言える。

 どちらにしても足を運ぶ必要があったのだから、どんなことでも予め想定しておけるのはありがたい。

 

「ドローン対策、たまたま今日だけしていたわけじゃない……よね」

 

「言い方を変えると別にドローンに限らず、対空迎撃手段があるだけだが」

 

「意識している……かもしれませんよね」

 

 先生の言葉を聞いてリョウヤは可能性を広げるも、ノノミの言うようにカイザー社が対策委員会を意識している線の方が濃い。

 寧ろ、その方が自然だ。

 カイザー社が相手をしているのは、対策委員会なのだから。

 

「――行こう」

 

 止まってしまっていた足を再び進めるべく、ホシノが力強く決定する。

 熱砂を踏み締め続けて、どれくらいだろうか。干からびたオアシスの近くまで行くと、砂漠とは不釣り合いの人工物が姿を現した。

 張り巡らされている有刺鉄線は優に数キロメートルあるのが、目測だけでも理解できる。

 

「こんなの、昔はなかった……」

 

 唖然とするホシノの横で、リョウヤは工房から単眼鏡を取り出して覗き込む。

 探るように視線を彷徨わせ、見覚えのあるロゴを見つけると共に書かれた文字を読み上げた。

 

「カイザー……PMC」

 

「カイザー? こいつらもカイザーコーポレーションってこと!?」

 

『はい、カイザーコーポレーションの系列会社で……』

 

「もうどこに行ってもカイザー、カイザー、カイザー! 一体なんなの!?」

 

 地団駄を踏む勢いでセリカがぶちまける。

 

「それにPMCということは……」

 

「Private Military Company……つまり民間軍事会社」

 

 ノノミが途切れさせてしまった言葉を先生が引き継ぐと、セリカも相手の危険さや異常さを理解した。

 

「ぐ、軍事!?」

 

『ヘルメット団のようなチンピラとはレベルが違います。組織化されたプロ……文字通り軍隊のようなものです!』

 

 対策委員会はカイザーPMCのなんらかの拠点から、少し離れた位置から観察をしている。

 すると用意していたとでも言うようなタイミングで、ヘリコプターが飛び立ち、トラックが一台、こちらに向かって来るのが目視できた。

 

「ん、迎撃する?」

 

 当然しない。

 セリカとノノミにそれぞれ右手と左手を掴まれ、シロコはしゅんとした。

 あはは、と先生が乾いた笑いを溢す。

 リョウヤとホシノは微笑みを浮かべながらも、こちらに向かってるヘリコプターとトラックを油断なく睨んでいた。

 

「――やはりアビドスか」

 

 軍事ヘリコプターが威嚇するように上空で待機する中、軍事トラックからは高級感漂うスーツを着こなす大柄な大人が降り立ち、不遜に言った。

 ホシノには見覚えのある相手だ。だが決定的に違う点もある。

 目立っているのはバックパック。

 トラックを降りると、リュックでも背負うように装備している背部のユニットから、ラインが展開。両肩から足元にかけて巨大な上下に伸びる六角体が現れる。大柄な体の半分以上ある巨大な二つの盾だった。

 見た目ほどの重さはないのか、特に重量の影響もなさそうに振舞っている。

 

「勝手に人の私有地に入るのは感心しないな」

 

「それ言ったらアビドスを歩けなくなるだろ」

 

 後輩と先生を守るように一歩前に踏み出した三年生のうち、男子生徒の方がぴしゃりと言い返す。

 

「ふっ、成程。気が付いたか……だが少し遅すぎたな」

 

 リョウヤは自宅を売って欲しいと言われたことがない。しかし、自宅周りは一件残らずカイザー社に買われている。それは一件程度ならと見逃されたとも思えた。しかし、同時に挑発の可能性も考えていたが……目の前の相手の楽しげな態度から確信へと至る。

 

「先輩、この人は……」

 

「なんだ、私を知らないのか。後輩の教育はしっかりとすべきだろうに」

 

 セリカがリョウヤに頼るのを鼻で笑い、さながら教師と生徒のようなあまりに気安い言葉と視線がリョウヤに向けられた。

 

「私はカイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。そして、君たちアビドス高等学校が借金をしている相手でもある」

 

 正確にはカイザーコーポレーション、ローン、コンストラクションの三社の理事であり、PMCの代表取締役も兼任している――とカイザーPMC理事は隠すことなく打ち明ける。

 

「折角だ。古くから続くこの借金について、話し合いでもするとしようか」

 

 お茶会でもするような軽快さで、カイザーPMC理事は切り出した。

 

「貴方がアビドス高校を騙して――」

 

「シロコッ!」

 

 リョウヤから咎めるように声を上げられ、シロコは体を震わせて目を瞬かせてしまう。

 ハッとなるリョウヤ。目的が制止であっても、褒められる行為ではなかったと反省する。

 

「……ごめん、怒ってるわけじゃないんだ。取引は合法。記録も残ってる。その言葉は口にするべきじゃない」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 しゅんと獣の耳(ケモミミ)が折れてしまったシロコを見て、リョウヤは縋るようにノノミを見やった。

 すぐさま意図を理解し頷いたノノミは「大丈夫ですよ」とシロコを抱き寄せる。

 

「先輩に救われたな。さて……わざわざここに来たのは、我々が何をしているのか気になったか。どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由を確かめるためか?」

 

 対策委員会は自己紹介をしたわけではない。それでもセリカをリョウヤの後輩、リョウヤがシロコの先輩と、関係性は把握されていた。やはり相応に調査はされているのだろう。

 カイザーPMC理事は自分に酔いしれるように振る舞い、対策委員会の返答を待たずに話が進められる。

 

「それならば教えてやろう。私たちはアビドスの何処かに埋められているという、宝物を探しているのだ」

 

 満足したかな? と余裕綽々に問い掛けながら、カイザーPMC理事は懐から何かを投げ捨てた。

 音を立てて砂に沈み込んだのは、反応がロストしてしまった対策委員会のドローンだ。大きく破損しているのが見て取れる。

 アヤネが息を呑んだ。

 

「だが、残念なお知らせだ。不法侵入及び偵察行為で、君たちの学校の信用が落ちてしまった」

 

 カイザーPMC理事が掲げるように携帯端末を操作した瞬間、アヤネの通信を通して電話のコール音が響き渡る。

 アビドス高等学校への電話は、オペレート室でも応対できるように子機が置かれているのだ。

 逡巡して、アヤネは電話に手を伸ばす。

 

『こちらカイザーローンです。現時点を持ちまして、アビドスの信用評価を最低ランクに下げさせていただきます。変動金利を三千パーセント上昇させる形で調整。それらを諸々適用した上で、来月以降の利子の金額は九千万円でございます』

 

 それでは引き続き期限までにお支払いをお願いいたします、と感情もなく告げられる。応じたアヤネが取り付く島もなく、電話は容赦なく切られた。

 くっくっくっ、とカイザーPMC理事が堪え切れないとでも言うように笑う。

 

「加えて、九億円に対する保証金も貰っておくとしよう。一週間以内に、三億五千万を預託してもらおうか」

 

「ちょっ、嘘でしょ!? 本気なの!?」

 

 セリカは表情を歪め、大きな声が広がる砂の海に響き渡る。

 ノノミが視線を鋭くし、シロコも目を見開いて黙り込んでしまう。

 

「本気だとも。しかしまぁ三億五千万さえどうにかなれば、来月の返済は可能なのではないか?」

 

 わけが分からなかった。

 今まででさえギリギリだったのだ。九千万など払えるはずがない。困惑を隠せない対策委員会の大半を見て、カイザーPMC理事はリョウヤを不思議そうに眺めた。

 

「なんだ、話していないのかね? トラオム・シュテルン・カンパニー社長――葛葉リョウヤくん?」

 

「社長は俺じゃない」

 

 トラオム・シュテルン・カンパニー。通称、TS社。

 機械製品の販売から始まった企業で、他にも服や医療品。最近では「毒キノコ、食べられるようにしちゃいました!」なんてフレーズでトチ狂った加工食品も販売している新企業だ。毒キノコ食品は、リョウヤが美食研究会から変な影響(インスピレーション)を受けてしまった結果誕生したという経緯がある。……普通は食べられない物故に、結構な売り上げを叩き出していた。

 ホシノ、シロコ、アヤネ、セリカ、先生が驚く間もない早さでリョウヤに否定され、自信満々で言い放ったカイザーPMC理事が硬直した。ここに来て初めて、ペースが乱れたようで溜飲も下がるというもの。とはいえ、言ったことは事実でしかない。

 

「俺は作り手だぞ。モノ作って、社長業務までこなす暇はない」

 

 当然とばかりに言い放たれる。

 正直できそう! 先生と対策委員会は揃って口には出さないように堪えながら、リョウヤに驚愕を孕んだ瞳を向けた。

 説明してもらいたかったが、状況が状況だ。下手をするとカイザーPMC理事に余計な情報を与えることになってしまう。ぐっと我慢する。

 

「なるほど、それは失礼した。社長が偽名なのはどうかと思うが……それを隠し通せている点も含めて、私は君を高く評価している」

 

 心の底から出た言葉なのが分かる声色だ。

 リョウヤに対してだけは随分と甘い対応に感じられて、ホシノやセリカ等は目の前の敵対者に気持ち悪さを覚える。

 

「TS社諸共、カイザーコーポレーションの傘下に入る気はないかね? 提案を飲むと言うのなら、相応のポストを用意しよう。それに、そうだな……保証金代わりにもしようか」

 

 それはつまり、リョウヤ及びまだまだ小企業のトラオム・シュテルン社に三億五千万もの価値を感じているという発言だった。或いは大半は、前者一人に対する期待値なのかもしれない。

 あまりの好待遇ぶりに息を呑む者……はいなかった。土地だけではなく、自分達の先輩、或いは同級生が奪われる可能性に行き当たっていたからだ。

 リョウヤ以外から敵意の乗る視線を向けられて尚、カイザーPMC理事は涼しげだった。

 

「社長でなくとも一週間あれば説得も可能だろう? そもそもの話、我々の傘下に入れば今より潤沢な資金を使えるのだから」

 

 先生のように選択肢を提示しているようで、決定的に違う。カイザーPMC理事の提示は脅迫だった。

 出来なければ、一月すら越えられないのだと。

 

「……みんな、帰ろう」

 

「ホシノ先輩……!?」

 

 ホシノが力なく出した結論に、唇を噛んでいたセリカが顔を上げる。

 

「これ以上ここにいても意味はないよ。それに一週間はくれるみたいだし」

 

「副会長も賢いようだな。そう言えばもう一人、賢そうな君達といた……ああ、思い出したよ。あれは確か、バカな生徒会長だったか」

 

 刹那、目尻を釣り上げて愛銃を向けかけたホシノの腕をリョウヤが抑える。ホシノにとって、ユメを乏しめるのは明確に一線を超えていたのだ。

 三年生の二人は他の面々より一歩前に出ていたことが幸いし、ホシノの見たこともない形相は見られることがなかったが、爆発した怒気に後輩達は言葉が出ない。

 ホシノは止めてくれたリョウヤに感謝をしつつも、同時に驚きもあった。自分と同様に攻撃を仕掛ける可能性があると思ったからである。

 

「リョウ――」

 

 ホシノは名前を呼びかけて、ビクリと止まる。マグマの如く赤い瞳と優しい深緑の瞳に、凍った月にも似た冷え切った光を見たからだ。自分とは違い、怒りでクールダウンするタイプだったらしい。

 

「あの二つのシールドはリパルションフィールドを展開する。ホシノでも簡単には抜けない」

 

「リパルション……斥力」

 

 自らが設計し組み上げた盾の機能をリョウヤが淡々と説明すると、後ろから見守っていた先生は単語の意味を溢す。満足そうにカイザーPMC理事は頷いた。

 

「ああ、実に良い商品だった。しかし解析が我々ですら出来ない。プログラミングも独特でね……」

 

 当然である。

 リョウヤのプログラムは悪魔が好んで使う共通語(コモン)へ一度変換してから再変換して組んでいるのだ。モノにもよるが、一から作っているシステムも多い。

 魔具の作成には固有のコードが発生するので、そのラベリングもまた機工魔術士でなければ容易く理解はできないだろう。

 リョウヤが知る限り、プログラムを解析して更に分析して解読したのはヒマリだけだった。逆に言えば、キヴォトスでリョウヤの扱うプログラムを把握しているのは彼女しかいないことになる。

 それだけでも、他企業に対する圧倒的なアドバンテージだ。

 だからこそカイザーPMC理事からのリョウヤは評価が高く、何がなんでもものにしたいと思われているのだ。

 黒服はホシノを強く欲している。それはカイザーPMC理事もだが……企業としてはリョウヤにこそ大きな価値を感じていた。

 

「存外、悪くない時間だった。君達が望むならヘリで送っても構わないが……如何かな? お客様」

 

 必要ないと冷たく返してホシノは踵を返して歩き始め、セリカはカイザーPMC理事を睨むことをやめて追いかける。

 口を開いたのは残された三年生だった。

 

「最後に一つだけ――イカサマはさっさと終わらせて勝ち逃げした方が良い」

 

 リョウヤに感情のない瞳で忠告され、カイザーPMC理事は「肝に銘じておこう」と軽薄に返す。このタイミングでの忠告は、負け犬の遠吠えとしか思えなかった。

 

「では私からも一つ――大金に目が眩んだのだろうが、取引相手は選んだ方が良い。おかげで我々は素晴らしい盾を手に入れたが、君からしたら敵に塩を送ったことになる」

 

 TS社と取引した盾をわざわざ装備して来た理由は、リョウヤへと講釈をして優越感に浸るためだったらしい。

 カイザーPMC理事への返答は、白衣を翻すで済ませるリョウヤ。その際にシロコと目が合うと、彼女は不安に瞳を大きく揺らした。

 リョウヤは歩み寄って、シロコの頭を軽く撫でて「帰ろう」と柔らかく微笑みかける。ノノミも頬が緩んでしまっていた。

 

「……!」

 

 怒るということがなかった先輩に声を上げさせるのは、どうしようもなくシロコの心を重くしていたが、たったそれだけで纏わりつくような暗く重い感情は雲のように軽くなる。

 ピコン! と獣の耳が立ち上がった。寄り添ってくれていたノノミに二人でお礼を告げ、三人一緒になって先を行く二人へと続く。

 

「では、そういうわけなので」

 

 最後まで残っていた先生は「失礼」とカイザーPMC理事に短く挨拶し、早足にその場を後にした。

 その一週間後、小鳥遊ホシノは手紙を残してアビドス高等学校を去ることとなる。




TS社ですが2-2でも一度出てきていた単語だったりします(急に生えてきたわけじゃないし、性転換でもないです)。

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