星屑の夢   作:ハレルヤ

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ここすきの存在に今更になって気が付きました……今まで投票してくれていた方々、ありがとうございます。


5-4.負け舞台

 カイザーPMC理事から提示された期限日も、憎たらしい程の快晴だった。

 アビドスの砂漠、カイザーPMCの基地からそう遠くない場所でリョウヤとカイザーPMC理事が向かい合う。

 リョウヤの遥か後方、アビドス市街の至る場所で煙が上がっていた。

 何もない砂漠にはあまりに不釣り合いなテーブルと椅子が置かれ、カイザーPMC理事はパラソルの下で椅子に腰掛けている。

 呼び出された白衣のリョウヤは立ったままで、周囲を囲むPMCの兵士達を眺めた。

 

「答えは出たかね」

 

 アビドス高等学校の制圧へと向かった部下からの連絡を受け、笑みを深めながらカイザーPMC理事は問い掛ける。

 待ち合わせに市街地の様子が分かる場所を指定してくる辺りも含めて、相も変わらず脅迫的だった。

 傘下に入ると確信しているのか、カイザーPMC理事は手振りで部下に指示を出す。

 

「こちらを」

 

 部下がリョウヤの近くに寄り、差し出したのは職務内容も書かれた契約書だった。

 軽く目に入った箇所を、思わず読み上げてしまう。

 

「兵器開発……」

 

「TS社はしていなかったがね、君なら充分にやれるだろう?」

 

 理由を知らないカイザーPMC理事は、眉を寄せたリョウヤに見当違いの言葉を送っていた。

 TS社製の商品で戦闘に使えるモノは極端に少ない。と言うより、盾のように身を護る系統しか存在していない。

 小盾を展開して操るAWS2は、元々は商品なり得るか試す為に作り出したという経緯がある魔具だ。

 誰かを傷付ける兵器を商品にするつもりが、リョウヤには毛頭なかった。何故なら、他ならぬユメが争いを嫌っていたことを知っているからだ。

 時間は無限ではない。盾を搭載したドローン兵器などの開発には着手していても、攻撃性の高いドローン兵器の開発には大きな遅れが生じてしまっている。また、オペレーター適正の高いアヤネが入学したのが今年であることも大きい。それらが、自分達が使うための攻撃性ドローンがなかった理由である。

 ――リョウヤの遥か後方に位置するアビドス高等学校は、少し前には数百名の兵力に取り囲まれていた。

 

「爆破します」

 

 カイザーPMC兵士の無慈悲な言葉通りに爆音が響く。

 閉じ切られていた校門が、爆弾で破壊されたのだ。しかし直後に、バリケードが展開された。それも便利屋68戦で使用されたモノと比べて遥かに大きい。二メートル近い高さがある。兵士が舌打ちをした。全く知らない防衛ギミックだった。

 すぐに周囲の外壁を破壊し、壁の内側全体に張り巡らされていることに気が付く。

 元々外壁の敷地側に設置されていたバリケードが、破壊行為に反応して展開されてしまったらしい。

 

『こちら、アビドス廃校対策委員会です。攻撃部隊に告げます。今すぐ戦闘行為を停止してください。繰り返します――』

 

 学校の周りにまでよく通るアヤネの放送と共に、校舎の出入り口がシャッターで閉ざされ、窓には格子が降りる。

 

「ハシゴもってこい!」

 

 外壁を破る作業の横では、破壊ではなく越えていくことにシフトしたPMC兵士がハシゴを上がる。が、バリケードに手を乗せた瞬間「ぎゃっ!」と短い悲鳴を上げて後部に落下した。同時に、その体に電流が走っていたことも周囲は視認していた。

 

「電気トラップ!?」

 

 いつか便利屋68が予想したことは正しい。

 今のアビドス高等学校は要塞に等しくなっていた。

 しかし、カイザーPMCも素人ではない。程なくして外壁は破壊される。前線で直接抵抗されているわけではないので、比較的容易だったのだ。

 兵士集団が流れ込む。

 アビドス高等学校は校門から入ると左に校庭があり、正面にはプールが存在する。

 校舎への出入りは校庭を突っ切った先と、プールの手前を左に行った先だ。

 校庭に足を踏み込んだ途端、足元が爆発を起こした。地雷だ。それを合図にしたのか、校舎のベランダや屋上から無数の砲台が顔を覗かせる。

 

「おいおいおいおい……!」

 

 呆然としたような声が溢れ、その兵士は意識を失うこととなる。

 では校庭を突っ切らなければどうなるのか? 水が溢れ電気の流れているプール近くの出入り口には、移動型のタレットが構えていた。時間が経過すれば電流を伴う水が溢れてくるかもしれない。

 タレット自体は破壊さえしてしまえば済む話だ。

 が、それも簡単には叶わない。

 ベランダの砲台もタレットも、浮遊している小型の盾が防いでいるからだ。その小さな盾の数があまりにも多く、聞いていた話と一致しない。

 

「厄介だな、対策委員会!」

 

 簡単な仕事だと高を括っていた数時間前の自分を殴りたくなりながら、兵士達はアビドス高等学校の攻略を急ぐ。

 ――場所は変わり、キヴォトス某所。

 四十階以上の高さを誇る高層ビルの一つに、先生は一人で足をを運んでいた。

 遥か高い一室は、昼間にも関わらず薄暗い。誘われるように招かれると、窓のブラインドが上げられる。

 不意の眩しさに目を細めた先生は、一人の大人と相対していた。

 

「お待ちしておりました、先生」

 

 楽しげな声色で歓待される。

 自身を先生同様のキヴォトス外部の者と認め、異なった領域の存在であり、属する組織はゲマトリア。そして呼び名を黒服と言った大人はテーブルに両肘を乗せて腕を組んでいた。

 

(二人の言う通り、真っ黒だね)

 

 先生はひっそりと納得する。

 ゲマトリアは探究者であり、観察者であり、研究者と説明されるが、どうでも良かった。

 協力の誘いにもノータイムで拒否を叩き付ける程に。

 

「……目的は小鳥遊ホシノなのでしょうが、彼女はもうアビドスの生徒ではありません。届け出を確認されていないのですか?」

 

 黒服は呆れているようだった。

 挑発する物言いを、先生は気にした風もなく淡々と口を開く。

 

「しているよ。ただ顧問である私が、まだサインをしていない」

 

 それは即ち、ホシノの所属は未だ対策委員会であり、アビドス副会長であり――。

 

「今でも私の生徒だということだ」

 

 何を指し示しているのかは明白だ。

 厄介ですね、と黒服は小さく唸る。

 キヴォトスに於ける生徒と先生の概念は複雑で、重く、それこそ地球出身のリョウヤからしたら大分認識とは異なっている。

 担当生徒の去就には、先生のサインが必須だった。

 

「貴方達はあの子達を騙し、心を踏み躙り、苦しみを利用した」

 

 先生の自然体に下ろしていた腕に、力が入る。握った拳が熱かった。言の葉に感情が乗ってしまうのを抑えられない。

 

「ええ、それは否定しません。間違いなく、我々は悪と断じられるでしょう。しかし同時に、ルールの範疇です」

 

 対して黒服に力は入っておらず、気軽く自分達の悪辣さを認める。

 

「……そうだね。だからリョウヤくんもホシノちゃんも何も言わなかったし、ルールに乗っ取っていた」

 

 ルールを破った結果、後になって弱味として刺されるリスクを理解していた。

 何より、愛しい後輩達の手を汚す事を嫌っていた。優しく強い二人の三年生だ。

 

「ああ、アビドスの魔術士ですか。……一つ、取引をしませんか? 先生」

 

 わざとらしく思い出したように黒服は手を打って、破格の取引を持ち掛ける。

 アビドスの魔術士というワードに、先生は胸中で首を傾げてしまう。

 

「魔術士……いえ、葛葉リョウヤ。ホシノを諦め、且つ彼を我々に引き渡して頂ければアビドス高等学校を守ってあげましょう。残りの借金も責任を持って返済させて頂きます」

 

 黒服は本来なら、この後にリョウヤの元を訪れる予定だった。そして取引を持ち掛けつつ、こう囁くのだ。小鳥遊ホシノに会いたくはないか? と。それだけで、彼は自分達の手に落ちるだろうと確信していた。

 だが先生に興味を持ってしまった。仲間に引き入れたくなってしまった。少し、試してみたくなってしまった。

 黒服の予想に反し、持ち掛けられた取引に目を大きく開いた先生はやがて余裕のある笑み浮かべる。

 

「モテるね、あの子は」

 

「カイザーPMCの理事長ですか。あれの誘いには乗らないことは分かっています。何せ意味がない」

 

 目先の三億五千万を払ったところで、その後が続かない。リョウヤが、そんなことも分からないような馬鹿ではないと黒服も理解していた。同時に理解していないのがカイザー社だ。ホシノが残っているのならまだしも、いなくなってしまった今、唯一の三年生が後輩を無視して消えることはないだろう。それでも尚、リョウヤを刺せる唯一のウィークポイントなり得るのがホシノなのだ。

 囁くだけで足りなくとも、大切な者の苦しむ姿を見てしまえば否応なくアビドスを離れてくれるだろう。

 話が逸れましたね、と呟かれる。

 

「あの二人であれば、後輩達がアビドスで暮らしていけることに喜ぶでしょう。如何ですか?」

 

「お断りだよ」

 

 間髪入れずに、先生は断言した。

 

「どうあっても私達と敵対すると? 無力な貴方が」

 

 風紀委員会へとリョウヤが見せつけたように指に挟み、先生は大人のカードを見せつける。

 カードゲーム題材のアニメみたいで、ちょっと真似したかったんだよね! なんて本音は隠しておく。対照的に、黒服は沈んだ空気を纏う。

 

「……それは貴方の生を、時間を削るものでしょう? しまってください。あの子達よりもっと大事なことに使うべきです」

 

 黒服は間違いなく先生を案じていたのだ。同時にアビドスの生徒達を軽く見ている。

 

「子供たちより大事なものはない」

 

 迷い一つない力強い瞳と声だった。必要とあらば、躊躇いなく大人のカードを使用することが分かる程だ。

 黒服はひたすらに混乱してしまう。

 

「なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?」

 

 ぐらりと椅子から落ちるように立ち上がり、勢いのままに先生に詰め寄る。

 

「理解できません」

 

 それでも傷付けるつもりはないのか、衝撃を受けたように大きく仰け反り、両手を広げて天井を仰いだ。

 

「どうして? 先生、一体なぜそこまでするのですか?」

 

「研究者を名乗るなら自分で考えた方が良いんじゃないかな? 少なくとも、あの子達はいつも考えていたよ」

 

 子供のように疑問を口にする黒服に、痛烈な皮肉を返しながら先生は目を細める。

 

「ただ……一つ答えるのなら、責任を負う者こそが大人だ」

 

 自分の胸に手を当てて、ハッキリと意思を明言する。

 その役割を三年生の二人が、まだ子供にも関わらず必死に担おうとしていたのだ。随分と遅くなってしまったし、今更遅いかもしれないが、今度は自分がその役割を担おう。先生の心は既に決まっていた。

 

「でもきっと、言っても理解できないんだろうね……分かり合えないというのは、少し残念だよ」

 

 嘘ではない言葉を溢して、先生の目が伏せられる。黒服も同様の思いで「交渉は決裂ですね、先生」と呟く。

 

「私は貴方のことを気に入っていたのですが、仕方ありません」

 

 ゆらりと黒服は窓際に戻り、力なく椅子へと腰を下ろした。

 

「ホシノは今――」

 

「アビドス砂漠のPMC基地にいる、でしょう?」

 

 黒服が硬直する。

 ホシノの移動は済んだばかりだ。何故、先生が把握しているのか全く持って理解できなかった。

 初めて会った時、リョウヤからの返答で動きを止めたカイザーPMCのようで溜飲が下がる。

 先生は優雅に微笑んだ。

 

「私がどうして貴方の存在を知っていて、場所まで把握しているのかは気にならないかな?」

 

「そんなことホシノかリョウヤ、或いは二人から――」

 

 いや待て、と黒服の思考に静止がかかる。このタイミングで先生が問い掛けた理由が分からなかった。

 タイミングなら意味がない?

 そんな単純な話か?

 黒服に再び疑問の波が押し寄せる。

 

「ちなみにこれ」

 

 踵を鳴らして黒服の元まで寄ると、先生はテーブルに一枚の用紙を差し出した。

 

「葛葉リョウヤの……アビドス高等学校所属及び生徒会書記を認める保証書……」

 

「リョウヤくんもホシノちゃんも気が付いていたよ、生徒会の自分達がいなくなったらアウトだって。でも本当に凄いのは、二人とも更に一歩踏み込んだこと」

 

 出生記録も戸籍もないリョウヤが、どうして学校に通うことが出来たのか。

 それは生徒会長だったユメが保証していたからに他ならない。

 ユメがいなくなったことで、リョウヤは非公認の生徒会書記になっていたし、アビドスの生徒としても認められていない状態になってしまっていた。故にホシノがいなくなってしまえば、アビドスの生徒会は消失する……筈だった。

 

「私の生徒達を侮りすぎたね」

 

「リョウヤの存在証明が不透明であることに気が付いたのですか、彼らは」

 

 先生の自慢げな笑みを見て、黒服は堪え切れないと笑ってしまっていた。

 カイザーPMC理事は怒りに声を荒げていた。

 

「馬鹿な! そんなことが!」

 

 勢いと感情に任せて立ち上がったせいで、テーブルと椅子が倒れて砂が舞い散る。

 理事はリョウヤから、自身が生徒会入りしている保証を受けたことを説明したのだ。

 

「出来る人が来てくれただろ? つい最近」

 

 何処か得意げなリョウヤに、ハッとなる理事。

 

「シャーレの先生か!」

 

「今使われてるアビドスの校舎は生徒会が残っている以上、まだ俺達アビドスの所有地だ。随分と好き放題してくれてるな?」

 

 リョウヤは挑発的に笑い飛ばした。

 アビドス高等学校の生徒会は、一瞬たりとも消え去ったりはしていないのだ。尤もそもそものホシノが退学になっていないので、初めから理事と黒服の計画は破綻していた。それどころか、生徒会が一人増えたので難易度が上がっている。

 ……リョウヤは自身が生徒会であることは説明したものの、ホシノの退部及び退学が先生によって止められていることは教えていない。故に理事が出した結論は単純だった。

 

「いや……ならば貴様がいなくなれば良い! お前達! 腕は狙うな! 仕事に支障が出ては困る! ……む」

 

 物騒な誘拐宣言と同時に、理事に連絡入る。

 アビドス高等学校の制圧が完了したらしい。ホシノから対策委員会へ向けられた手紙を発見し、残すはオペレート室なる部屋だけとのこと。

 

「人質として価値はある。ああ、捕らえておけ」

 

 状況が好転したことで、理事は再び冷静さを取り戻していた。通信でアビドス高等学校を制圧している兵に最悪な指示を出すと、引き連れていた一個小隊にも命令を下す。

 殺すな。腕を狙うな。足はどうなっても構わない。そんな非道な命令を聞かながら、リョウヤは面倒くさそうに息を吐く。

 

(俺がどうして、学校の状況を知っているのかは気にならないのか)

 

 それはそれとして、理事の判断は正しい。

 一週間前と立場が逆転し、カイザーPMCが後には引けなくなっている。ならば、原因(リョウヤ)を取り除けば良いとなるは自然だ。

 既にホシノはPMCの基地にいる以上、リョウヤを捕らえさえすれば条件はクリア出来てしまうのだから。

 元よりセリカの誘拐を指示した前科がある。抵抗するような倫理観などないのだろう。

 リョウヤは工房に接続して、シリンジガンを取り出すと――迷いなく自身の首に押し当てた。

 自害する可能性に行き当たり、理事は慌てるも遅い。

 パシュッ、と軽い音を鳴らして注射器内の液体が体内に取り込まれる。

 

「イカサマはさっさと勝ち抜けないと目立つってな」

 

 自身に言い聞かせるような言葉と共にリョウヤの赤目が一瞬だけ輝くと、存在感が大きく膨れ上がった。

 只事ではないと判断した理事は、咄嗟に兵士に攻撃を命じる。

 アサルトライフルの発砲音が鳴り響き、砂埃を撒き散らした。

 次の瞬間、砂埃と弾丸は大きく周囲に弾け飛んだ。

 

「ベースユニット、招来完了」

 

 バサリと音を立ててパラソルが砂状に落下する。

 理事たちの視界が晴れると、リョウヤは右手に抜き身の刀を握っていた。が、目に付くのは両肩。いや、肩ではない。肩から拳に掛けてを守るように、だ。濃い青色で縁取られた雪のような白さの何か。

 長方形ではない。縦に長い平行四辺形に短い平行四辺形が付属した形の……長さの異なるカッターナイフの刃を二つ並べたような盾が、完全に浮遊しているのだ。

 

「エクステンションユニット、起動」

 

『Awakening』

 

 無機質な電子音声と共に二つの盾が三十度程の角度で開き、内部から鍔のない刀が飛び出した。

 計四つの細身の刃はリョウヤの背後に鋒を地面に、刀身を外側に向けて待機する。

 右手の中の刀が炎を纏うと、四つの刃は呼応し威嚇するように僅かに傾く。刀身の周囲の風景が僅かに歪んでいることもあり、その様はまるで翼を広げているようだった。




「あ! まさか貴方っ、ホーエンハイム! 何十年に一度来るって――スイス(バーゼル)の魔術士」
機工魔術士-enchanter- 18巻より
アビドスの魔術士、という呼称はここから来ました。

皆さんのガチャが良い結果になることを祈っております。
ちなみに私はまだ回していませんが、年末からずっと引くガチャ引くガチャで天井しているので、既に戦々恐々としています……。

感想、お気に入り登録、読了、ありがとうございました。
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