星屑の夢   作:ハレルヤ

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水曜日ではありませんが更新。
前話の一週間前の出来事となります。


5-5.オレンジ色の空の下

 キヴォトスに来てから、ずっと帰る手段を探していた。

 けれど同時に、ユメに恩を感じてもいた。だから学校の物を修理したり改造したりと、恩を返すための行動もしていたのだ。

 ユメの誘いでアビドスに入学して暫くした頃、リョウヤの中で優先順位は変化しつつあった。

 帰るための研究をするにしても、ユメの力になるにしても、工房があった方が良い。

 そう思ったからこそ、工房の完成を急いだ。

 地下の空間を作ることはミレニアムの親しくしてくれている人達が手伝ってくれたが、機工魔術士(エンチャンター)としての工房を完成させるのは自分が一人でやるしかない。

 仕上げるのには、一ヶ月近い時間を費やした。

 これでもっとユメの力になれる――そう考えて久しぶりの登校をした時、生徒は自分を含めて二人にまで減っていた。

 そんなことを思い出したのは、昨日の戦闘でボロボロになってしまった市街を歩いていたからだろうか。感傷を外に出すように、リョウヤは息を吐き出す。

 

「お、セリカちゃんに……アビドスの。皆揃って、珍しい所であったな」

 

 カイザーPMC理事からアビドスの信用評価を下げられ、保証金を請求されたその日。

 帰りの列車を降り、バス停に向かって少し歩いた時だった。横から聞き馴染みのある声が投げかけられたのは。

 

「これ、屋台? どうして……」

 

「うん? ああ、店の修理費を出して貰えるって連絡は届いてるよ。ありがとう」

 

 柴大将から声をかけられて皆が視線を向けると、大将は屋台の整備をしていたのだ。

 セリカが不思議そうにしているの見て、大将は感謝を込めて頭を下げる。

 

「とは言え、準備にまだ時間が掛かるんだろう? それに直すにしても一日二日じゃ無理だ。そんな休んでたら腕が鈍っちまうってんで、昔使ってた屋台を引っ張り出したんだよ」

 

 見ての通りまだ整備中なんだが、と大将は朗らかに笑う。そこに悲壮感は一切ない。

 ゲヘナ風紀委員会からアビドスの修理費に補填がされるが、それはまだ先になる。何せ、被害状況の確認も今朝にしたばかりなのだ。

 

「味があって素敵ですね」

 

「だろう? これはこれで、良いものなんだ」

 

 二人の大人は穏やかに言葉を交わしていた。

 先生が「こういう屋台で、一人食事をするって結構な憧れがあります」と言うと、柴大将も「わかるよ、大人になったんだって実感が湧くというか……」と分かり合って笑う。

 

「じゃなくて! ……大将は知らないの? その、アビドスは――」

 

 割り込んだは良いものの言葉に詰まり、セリカは小さく俯いてしまう。

 既にアビドスの大半はカイザー社の手に落ちている。柴関ラーメンの土地も例外ではない。

 ぎゅっと拳を握り、何も言えなくなってしまった後輩に代わりホシノがアビドスの現状を柴大将に説明する。

 話を聞いた大将は、特に驚いた様子もない。

 

「――そうか、君達は知らなかったのか」

 

 少し前から退去通知を受け取っていた、と驚きを隠せていない面々に柴大将は何でもないように告げた。

 

「それでもずっとあの店を営業して……これからも屋台で。修理が終わったら、また店に戻ってくれるんですね」

 

「……子供達が必死にどうにかしようして来たのを見てたからなぁ」

 

 言葉を失う対策委員会を見て、先生が熱のある言葉を溢す。

 柴大将は困ったような、照れたような、自嘲するような笑みを浮かべた。

 

「もし仮にアビドスの建物と土地の所有権がない、と君達が知っていたとして。それで全てを投げ出すようなことはしなかっただろう? これは確信だ」

 

 ぽつりと語り始め、対策委員会は黙って耳を傾けている。絶対に聞き逃してはいけない、そんな気がしていた。

 

「一介のラーメン屋に出来ることなんて、それこそラーメンを提供するだけだ。だけど、そうだな。せめて最後の最後までこの地に残って、アビドスの生徒達の行く末を見守るくらいしないと――一人の大人として、あまりに情けないじゃないか」

 

 自嘲の色が混ざっていた理由が分かった。柴大将は己の無力感を嗤っていたのだ。

 その上で、自分に出来ることを実行すると決めていた。

 

「それにうちがなくなると、セリカちゃんのバイトも出来なくなっちゃうだろう?」

 

「……確かに、折角慣れたわけだしな」

 

 戯けた笑みの柴大将に、二つ程の呼吸を挟んでリョウヤは声を繋げる。声色はひどく情感的だった。

 

「この前、食堂使った時もテキパキしてたもんね~」

 

「そうですね☆ すっかり飲食店の店員さんでした」

 

「ラーメンも作っていたよね」

 

『はい、とても美味しかったです!』

 

 声が震えてしまうのではないかと対策委員会は思いながら、各々がリョウヤに便乗する。

 柴大将は話を聞いて、嬉しそうに頬を緩めた。

 アヤネのご褒美という体で行われたハッピーアンバースデーの日の話である。

 唐突に褒めちぎられたセリカは、顔を真っ赤に染めてしまっていた。

 先生は安心しながら微笑む。大将に声を掛けられるまでの空気は、些か重過ぎで。そんなものは君達に似合わない、と強く思っていたのだ。

 努力を見てくれている人がいるということが、最後まで付き合ってくれる人がいるということが、大きな衝撃となって対策委員会を襲っていた。

 普段通りを装っても、今日の出来事が多過ぎて感情はぐちゃぐちゃになっている。

 

「私――……私達、頑張るから!」

 

 先輩達に文句を言うでもなく、セリカは柴大将に力強い笑顔を向けた。大将は「無理しすぎないようにな」と優しく笑む。

 予想していなかった出会いを経て、柔らかさを取り戻した雰囲気を纏って対策委員会は学校は戻って来ていた。

 部屋に入り、それぞれが定位置に座るとホシノが探るように口を開く。

 

「――説明はしてくれるの?」

 

 勿論、とリョウヤは考えることなく頷く。

 

「まず改めて自己紹介を。俺、葛葉リョウヤはトラオム・シュテルン・カンパニー創業者の機工魔術士(エンチャンター)だ」

 

 最後の一言以外は、全員がすんなりと受け入れられた。

 既にカイザーPMC理事から明かされていたことで、戻って来るまでの間に咀嚼できていたからである。

 

「エン、チャンター……?」

 

 全く聞き覚えのない単語にセリカはホシノを一瞥したが、三年生の先輩は首を横に振った。同様にノノミ、シロコ、アヤネ、先生にもかぶりを振られ、全員の視線がリョウヤに集まると「キヴォトスには俺だけだから」と小さく笑った。

 

「前提として、俺はキヴォトスとは違う場所で生まれ、生きてきた人間だってことを踏まえて欲しい」

 

 ホシノだけは、リョウヤにヘイローがないことを知っている。故に、可能性の一つとして考えていた。何かに堪えるようにギュッと瞳を閉じる。

 先生が自分の顔を指差した。

 

「それは……私と同じってこと?」

 

「同じかは分からないけど、外出身って意味ならそう。俺は違う次元から来てるんだ。異世界出身、と言った方が分かりやすいか?」

 

 あまりにすんなりとされた突拍子のない説明で、ポカンとしている仲間達に「まぁ聞いてくれ」と苦笑う。

 いつかきっと話す時が来る。そう確信していたが故に、リョウヤはつらつらと流れるように言の葉を紡ぐことが出来た。

 

「気が付いたらアビドスにいて、すぐに違う次元にいることを理解した。それは、直前に自分のいる次元とは別に多くの次元があることを知っていたから」

 

 そもそも地球に於いても、人間の次元と悪魔の次元が存在しているのは、機工魔術士(エンチャンター)や悪魔であれば周知の事実だ。

 キヴォトスに流れる直前、リョウヤはユウカナリアから一つの頼まれ事を受けていた。

 愛する人、フルカネルリが最後に何を研究していたかを調べて教えて欲しいというもの。

 フルカネルリの工房で、彼が最後に学んでいたことが量子力学や超弦理論であることはすぐに分かった。派生して重力などエネルギーのことを研究していることも。

 この時点で、世界と世界を分け隔てている断層が十一以上あることを知ることが出来ていた。

 噛み砕いて説明したからか、皆難しい顔をしながらも話には着いて来られているようだ。

 

「フルカネルリは、次元と次元の狭間に干渉しようとしていたんだろうな……恐らく、開かれた次元の扉……いや、空間の亀裂かな……それに俺は呑まれたんだ」

 

 切っ掛けとなったのは、研究で使われていたのであろう空間魔石の欠片を拾ったこと。リョウヤの魔力により魔石にエネルギーが過剰に補填され、閉じ切られていなかった空間の亀裂を誘発させた。

 それこそがリョウヤがキヴォトスへと流れ着いた理由……と、本人は考えている。

 口にしないが、その程度で済んだのは幸いだった。

 何せ、次元に干渉したことでフルカネルリは命を落としている。超高密度のエネルギーが肉体に流れ込んだことで、見るも無惨な姿になってしまったのだ。

 

「それでキヴォトス、正確にはアビドスで目覚めて……数日彷徨っていたところを保護された」

 

 語るリョウヤの語調はどこか遠い。何かを懐かしむような響きを持っていた。

 保護してくれたのが、他ならぬユメだったのだ。躊躇うことなく手を取り、家へ招き入れて傷の手当てをし、食事を用意して――思考が逸れそうになり、リョウヤは一度目を閉じる。

 ここまでが前提の話だ。

 皆が情報を受け入れるのを待って、話題は機工魔術士(エンチャンター)へと戻っていく。

 

「俺の生まれた次元では、少ないながら存在していたのが……悪魔と契約を交わしてモノを作る力と魔力を付加する力を得た者、機工魔術士(エンチャンター)

 

 リョウヤは語りながら立ち上がると、部屋内に常備されているグラスを並べ始める。

 氷が入れられ、カランコロンと小気味良い音が響く。

 話に集中するあまり、誰一人として飲み物を用意するリョウヤを手伝いにいく様子がない。

 

「元から物作りしてたから前者の能力に関してさっぱりだけど、後者の魔力の付加……エンチャントって言うんだけど、こいつがされたモノが魔具って呼ばれてる」

 

 モノを作る力と言われても漠然としているし、契約前から作り手であれば実感としては薄い。パラケルススもオマケと言っていた。

 

「魔具……文字通りなら、魔法のかかった道具……みたいなものかな」

 

 先生が例を挙げると、セリカは「それなら分かりやすい……」と呟く。

 リョウヤは肯定し、分かりやすいのは良いことだと声にして感心する。先生は少し照れた様子だった。

 

「こういうモノが作りたい、ああいうモノが作りたい。そういう思いも、作ってる間に勝手に魔力付加(エンチャント)される」

 

 モノを作る時に依るところは一つ、自分の中の倫理。自戒と善行と信念。道を踏み外すな、とリョウヤはパラケルススから教えられている。それが機工魔術士(エンチャンター)のルールの一つなのだと。

 

「どういうつもりで作っているかが反映されるってこと?」

 

 シロコが問いに頷かれると、彼女はジッと頷き手を見つめる。分かりやすかった? と瞳は雄弁に語っていて、リョウヤは「分かりやすかったよ」と微笑む。実質褒められたと同義なので、シロコは満足そうだ。

 二人のやりとりに周囲が和む。

 

「この学校でならそれこそソーラーパネル。シャワーとか水回り、電化製品辺りは効率や耐久面を魔力付加(エンチャント)で強化してるし……最近ならセリカのスマホもだな」

 

 ポケットから携帯端末を取り出した素直なセリカが可愛らしく「見ても分からないよ」とリョウヤは優しく言ってグラスを配る。

 

「ただ……機工魔術士(エンチャンター)の特徴として右目が赤くなる。こいつは能力が拡張した証で、幽霊とか妖精が見えるようになったりしてな。普通は見えないもの、付加された魔力にも気が付けるようになる」

 

 右目の真紅は後天的なものなのだ。

 自身の赤い目を指差すリョウヤに、ノノミがきょとんとしながら問い掛ける。

 

「……いるんですか? 幽霊」

 

「キヴォトスで見たことはないな」

 

「見えるのに苦手なんだ? ホラー映画」

 

「あれはジャンプスケアが嫌いなだけだ」

 

 揶揄うようなホシノに、リョウヤはビシッとツッコミを入れる。さらっと特に話したことのないホラー苦手が暴露されていたが、先生以外は特に気にした素振りはない。どうやら学友達には知られていたらしい。

 

「確かに誰でもビックリしますよね」

 

 あはは、とアヤネは苦笑しながら納得した。

 ジャンプスケアとは、ホラー映画やゲームで大音量や恐怖を煽る音、画像を不意打ちで叩き付けてくる演出のことだ。

 リョウヤは医者故に血液や内臓などは見慣れているのでグロテスク系には耐性がある。機工魔術士(エンチャンター)故に幽霊や妖精にも耐性がある。それはそれとして不意打ちのビックリ要素には驚かされるのだ。

 短い時間で気分転換すると、先生がさりげなく話題の修正を図る。

 

「じゃあTS社は……」

 

 うん、とリョウヤは肯首して答えた。

 TS社を知っている者は納得する。TS社は需要と供給が釣り合っていない。その理由は魔力を付加をする者が一人しかいないからだと理解したのだ。

 

「魔具を売ってる。全部が全部、一から俺が作ってるわけじゃないけどな」

 

 完成品が葛葉邸に届けられ、工房で魔力付加(エンチャント)をして出荷作業に入ることも多い。

 先日、工房が片付いていたのは出荷された後だったからだ。

 キヴォトスの科学力で作られた物と魔具を比べると、性能そのものに大きな差はないことも多い。ただしそれは、同じ素材で同じモノを作ろうとすると大きく変わってくる。魔具は魔力付加(エンチャント)によるブーストが掛かるからだ。例えば同じ鉄製でも、硬化の魔力付加(エンチャント)がされると頑丈さに大きな違いが出てくる。

 だからこそ売れるし、カイザーPMC理事は原理の分からない技術を持つリョウヤを求めているのだ。

 

「でも……傘下に入ったら……先輩ってどうなるの?」

 

「学校は辞めさせられる、かな」

 

「生徒減らすのも目的だろうしねぇ」

 

 シロコが不安げに溢すと、リョウヤは見解を隠さずに述べ、ホシノはすんなりと肯定した。

 

「そんなの絶対ダメ!」

 

「はい! それではなんの意味もありません!」

 

「そもそも俺の一存じゃ会社は動かせないよ」

 

 勢いの凄いセリカとアヤネに、リョウヤは小さく笑うとゆっくりと歩き、座っているノノミの両肩に両手を置いた。

 訝しむ視線が二人を貫ぬく。

 

「で、こちらが本社社長のノノミさんです」

 

 あまりにあっさりと、リョウヤは自分の共犯者を打ち明けた。

 

「社長の十六夜ノノミです☆ 安心してください! 我々TS社がカイザーコーポレーションの傘下に入ることはありません!」

 

 己の肩に置かれた手の平に、ノノミは自分の手を重ね、キリッとした笑みで宣言する。

 空気が一瞬の硬直を挟み、炸裂した。

 

「「「えええええええええええええっ!?」」」

 

 一年生の二人と先生が大きな声で驚愕し、部屋の中が揺れる。

 ホシノは二人を凝視し、シロコは目をパチパチと瞬かせた。

 先生はホシノにすら打ち明けていなかった様子にも追加で驚かされるが、思い返せばホシノはリョウヤが何か隠していることを察していた。恐らく、この事実こそが正体だったのだろう。

 場が落ち着くのを待って、ノノミがゆっくりと語り出す。

 

「私がアビドスの借金を肩代わりすると言った時、ホシノ先輩は止めて……叱ってくれましたよね」

 

 叱られたと言いつつも、そこにマイナスの感情はない。寧ろ嬉しそうでもあった。

 またしても知らない情報が開示され、リョウヤとノノミを行ったり来たりしていた視線が後者に集中する。

 

「え? あー、うん……」

 

 そりゃ止めるでしょ~? 混乱しつつも、ホシノは意思を曲げない。言い淀んだのは、叱ったつもりはなかったからだ。ノノミが善意から提案してくれたことは分かっていたのである。

 結果が変わらないなら、過程や手段はどうでも良いなんてことはない。そんな話をしたことは、皆の記憶にも新しい。ノノミを止めた事そのものは、誰も疑問に思わない。

 はい、とノノミは真っ直ぐな瞳で首を縦に振った。

 

「私の認識が甘くて……先輩が正しくて、優しかった……でも、それでも私も何か力になりたかったんです」

 

 ノノミにとって、ホシノから注意を受けたことは大切な経験だ。先輩の二人は教師ではない。しかし、教えて導いてくれているという点において近しいものだと感じていた。

 もっと知りたい。

 もっと役に立ちたい。

 そう思わせてくれる、尊敬する二人の先輩。

 努力する切っ掛けである二人を見て、同時に身を正してきた。

 ノノミは自分に何が出来るのか悩んだ。

 悩んで、考えて、一つ思い付いた。

 

「リョウヤ先輩に、先輩の作った物を売れれば……と提案したんです。実家の伝手で何か出来るかもと。その時に教えてもらいました。起業するつもりがあるということを」

 

 ノノミの言葉を肯定するようにリョウヤは頷く。

 

「で、初期費用を貸してもらった」

 

「貸してもらったって……」

 

 九億もの大金を借りたとはホシノも考えないが、それでもホシノは批難の視線を同級生に向けてしまうの我慢できなかった。

 

「あ、大丈夫です! 一ヶ月で返して貰えちゃいましたから!」

 

 起業直後から一部で話題になり、売り上げが鰻登りとなったのだ。……話題になった理由をリョウヤは把握していないが、ノノミは知っている。何故ならノノミが相談したのだ、ヴェリタスに。直接会うことがなくとも、会話をする手段はある。

 特にヴェリタスは、通信した事実を隠し通すことが出来る集団だ。容易かった。……ヴェリタスがSNSなどを利用してTS社を世間に認知させた(バズらせた)のである。

 ついでに、彼女達の手でノノミの口座のデータを偽装している。ノノミの背後にいるネフティス本社にも気が付かれてはいないだろう。

 事前準備も対策もした上で、決行された起業だった。

 そう、TS社はミレニアムサイエンススクールのエンジニア部やヴェリタスといった、他校の生徒達が在籍している会社でもあるのだ。

 

「すぐに返す返さないの話じゃなくてねー?」

 

「ホシノの気持ちを裏切るような真似を――」

 

「私が引かなかっただけなんです」

 

 ホシノへ頭を下げようとしたリョウヤの言葉を、ノノミは強い意思の籠もった声色で遮った。

 む、と三年生二人は停止する。そんな二人のうち特にホシノへと、先生がやんわりと言葉をかけた。

 

「先輩としての気持ちは察するけど、後輩には後輩の気持ちがあるんじゃないかな」

 

 ノノミはノノミで自分が使えるお金の強みを理解している。そしてホシノに言われた言葉の意味も、きちんと理解していた。

 考えて、考えた。

 そして、九億の返済を自分が家の力で行うのは言うほど簡単でもないのでは? と気が付いた。いや、正確には実行した際のリスクへと思い至った。

 何故なら、ノノミは家の希望を捻じ曲げてアビドスに入学しているから。その事実が、後々にどんな影響を及ぼすかが分からない。

 実家にはお金が減っていることを隠した方が良いと判断した結果、ヴェリタスに口座の細工を願い出たのだ。

 ホシノは諦めたように溜息を溢す。それは自分自身に対して呆れているようにも見えた。

 

「謝らないでくださいね、ホシノ先輩」

 

 同級生と後輩の気持ちを汲めていなかったと自覚したホシノの感情を読み取ったように、ノノミは優しい瞳を向ける。

 

「ぶっちゃけ何の相談もしてなかったの俺だしな」

 

 自嘲しながらリョウヤはホシノを見た。

 ノノミに打ち明けたのは、それこそ彼女から似たような提案受けてしまったからでしかない。

 

「リョウヤ先輩もですよ? 情報の漏洩を警戒して、敵を騙すならまず味方からを実行していただけなんですから☆」

 

 有無を言わせないノノミの圧に、リョウヤは「あ、はい」と返す他なかった。

 三年生二人が、年下の女の子一人にタジタジとなる様は少し面白い。

 

「よっし! この話は終わり!」

 

「リョウヤ先輩が……TS社が傘下に入らないことは分かりましたからね」

 

「ん、ノノミがいるなら安心」

 

 セリカが申し訳なさそうな三年生二人を気遣い話を切り、アヤネは安心した様子を隠さず、シロコの信頼を受けてノノミは嬉しそうに破顔する。

 隠していたことに関しては、誰一人として話題にしない程度に気にする人物はいない。ノノミの言う、敵を騙すならまず味方からが全てだった。事実……少なくともリョウヤの立場をカイザーPMC理事は把握していなかったし、ノノミが社長とは露程も想像していないようだった。

 そんな後輩達を見て、優しく目を細めたホシノもまた情報の共有を始める。

 

「おじさんも一つ共有しておきたいことがあるんだよね」

 

 黒服のことである。

 リョウヤと共に皆に打ち明けると決めたものの、その後の怒涛の展開で結局ここまで話す機会が訪れなかったのである。

 

「「駄目だからね」」

 

「「はい、当然です!」」

 

 話を聞いてシロコとセリカが即断し、ノノミとアヤネがすぐさま首を縦に振る。

 うへへ、とホシノははにかんだ。

 リョウヤも温かい瞳で見守り、先生は笑みを深くした。

 とは言え、とリョウヤが表情を改める。

 

「実際問題、ならどうする? って話だ」

 

 そう、結局このままでは何も解決しない。

 友情や愛情を持って選択するだけでは、どうにもならないこともいくらでもある。それが現実だ。

 言葉に詰まる者が大半の中、口火を切ったのはホシノだった。

 

「リョウヤさ~、気が付いてる? アビドスからいなくなったら駄目な生徒」

 

「ホシノと俺。生徒会所属だから」

 

 迷いのない解答である。

 あ、と後輩達が納得の声を漏らす。三年生の二人は明確にアビドス生徒会に在籍しているのだ。活動が停止しているとは言え、解散したわけではないということでもある。

 

「それで確認なんだけど、異世界人のリョウヤが入学できたのって……」

 

「あの人の一存……いや、そうか……」

 

 ホシノから問い掛けを額面通りに捉えたリョウヤだったが、すぐに考え込む仕草を見せる。

 

「え、なに? どういうこと? あの人?」

 

「もしかして戸籍などもないって話ですか……!?」

 

「それを保証できる人というと……生徒会長さん、ですよね」

 

「ん、でも生徒会長はいなくなってる……」

 

 疑問符を頭に浮かべるセリカ。解答には驚愕しつつもアヤネは即座に行き当たっていた。

 ノノミとシロコもヒントを得て、答えに辿り着く。

 

「今はもう保証がされていない……?」

 

 セリカもまた同様で、重々しく口を動かした。

 なるほど、と先生は顎に手を当てる。

 

「カイザー社がアビドスの生徒を減らそうとしているのは、厳密には生徒会を完全に失くそうとしていたんだね」

 

 生徒会が消失すれば、学校が持つ権利も消失してしまう。それは同時に、今アビドスが使用している校舎の建つ土地の所有権もなくなるということ。

 全ての情報が繋がったことで、疑問が氷解していく。

 

「だから、おじさんにだけ執拗に黒服は誘いを掛けて来てる……だと思うんだよねー」

 

 先生に頷いたホシノは、リョウヤに対して「どう?」と伺い立てる。

 実際のところ、黒服はホシノ達が考える以上にリョウヤにも興味を持っていた。そのことを先生が知るのは……一週間後。

 黒服はホシノを手中に収め、リョウヤも引き摺り込む算段だった。

 

「最も効率的なのは、ホシノ個人を奪うことだったんだろうな」

 

 もし仮にホシノが最速で首を縦に振っていた場合、とっくの昔にアビドスはカイザー社の手に落ちていたということなのだから。

 

「それでもカイザーの理事がTS社を欲しているのは魔具の存在、ですよね」

 

 ウンザリしたようにホシノを肯定したリョウヤは、ノノミの言葉を聞いて更に嫌そうな色を濃くする。

 

「カイザー社を動かす確実な手があると思わない?」

 

「……負け舞台を用意してやるのか」

 

 悪どい笑みを浮かべる同級生の言わんとしていることを、リョウヤは正確に把握して瞑目した。

 カイザー社がアビドスに対して、細工を施したカードで行ったゲームは既に終了している。今になって文句を言ってもどうしようもない。

 ならば今度はアビドス側が都合の良い舞台を用意してやれば良い、とホシノは言っているのだ。

 

「……ホシノ先輩が黒服との取引を受けるということ、ですよね」

 

 アヤネの予測通りの選択をした場合、カイザー社と黒服はアビドス生徒会が消えたと判断するだろう。

 

「リョウヤ先輩は生徒会じゃないから、カイザーは……あれ? そうなると、どんな風に仕掛けてくるんだろう……」

 

 土地が奪われて終わる? とセリカは呟くも即座に首を振った。そんなに生優しいとは思えない。シロコとノノミが同意するように肯首する。

 

「学校に生徒が残っていれば、力ずくで追い出そうとするかも」

 

「残っている市民に対しても、同様のことが言えるかもしれませんね……」

 

 カイザー社が過激な手段を用いることは、既に分かり切っている。そこに、付け入る隙が生じるかもしれない。

 けれど、だ。その時に生徒会が存在しているのであれば、とホシノは不敵に笑う。

 

「生徒会が存続していればカイザー側からの不当な攻撃になる……」

 

 セリカも思い至る。

 つまり、と声を合わせた生徒達の視線を受け、先生は満面の、しかし悪い笑みを浮かべる。

 

「私の出番だね? 対策委員会の正式な顧問にもなれば、ホシノちゃんの去就に私のサインが必要になって……保険にもなるかな」

 

 シャーレの先生であれば、最速で極秘に承認することが可能だ。

 それも、凡ゆる手続きと申請をすっ飛ばして。

 実際に申請し、保証するのは一週間後の朝となった。ギリギリまで隠し通したいからである。

 作戦が形を帯び始め、空気が軽くなり始めた中、アヤネが心配するように声を落とした。

 

「でも、ホシノ先輩は確実に一度敵の手に落ちるんですよね……」

 

 シロコが着席していたリョウヤの後ろへ流れるように回り、その腕を真横に伸ばすと、脇の辺りをわさわさと触れ始める。

 

「ん、確か……この辺に……」

 

「ぷへっ……」

 

 聞いたことのない声を上げるリョウヤにホシノ、ノノミ、アヤネ、セリカ、先生の視線が集まり、次の瞬間に揃って顔を逸らして口元に手を当てる。

 プルプルと小刻みに震え出した面々に「普通に笑って良いけど?」とリョウヤはぼやいた。

 

「あれ? こっちだったかな……」

 

 変な声を出したことに僅かに頬を染めているリョウヤは、楽しそうなシロコの目的を察して大人しくしている。くすぐったそうに小さく身を捩ると、かしゃっと微かに音を立てて手元にデリンジャーが姿を現わした。

 

「ポケットピストル!?」

 

 先生が興奮したように言う。リョウヤくんは一体どこまでされるがままなの? そんな疑問は衝撃で吹っ飛んでしまった。

 

「わぁ、よく知っていましたね☆」

 

「ん、伊達に――」

 

「はいはい、触ってないのね」

 

「……セリカからの理解度が順調に上がって来てて嬉しい」

 

 むふん、とシロコは満足そうだ。

 

「このままいけばアイコンタクトだけで通じ合えそうだねぇ」

 

「ちょっ、変なこと言わ……いや、それはそれで良いことなのかもしれないけど……」

 

 それだけ仲良くなったということなのだ。そう考えると決して悪いことではない。戦闘時なども役に立つかもしれない、と徐々に小声になっていったセリカに「デレた」と全員の心が一致する。

 

「ですが武器を隠し持っても……検査されたら一発ですよね」

 

「金属検査に……着替えも、させられるかもしれません」

 

 アヤネとノノミが難しい表情で、未来を予測していく。

 先生が思い出したように指をパチンと鳴らした。

 

「あ、ならリョウヤくんの工房から転移させるのは? やっぱり難しい?」

 

「あれはどっちかって言うと、空間の接続なんだが……工房は俺自身の魔力を捕捉してて――」

 

 分かりやすくリョウヤが虚空に腕を突き立てると手の平が姿を消し、ゆっくりと引き抜いていくと徐々に手の平と掴んだ高周波ブレードが姿を表し始める。

 おおー! と感動と驚きの声が木霊した。

 少しずつ時間を掛けられると、空間接続の意味がよく分かるというもの。一瞬で物体を転移させているわけではないのだ。

 作戦を少しずつ煮詰めていると、外はすっかりオレンジ色に染まっていた。

 話がある程度纏まると下校することとなり、やるべき事がハッキリしたリョウヤは即座に立ち上がった。脱いだ白衣をノノミが受け取る。

 

「ホシノちゃん? 大丈夫?」

 

 時折り感じていたホシノの違和に、話が終わったことを期に先生が気遣いの声を掛けた。

 

「うん……あー……うん」

 

 鞄を片手に抱えて急ぎ足のリョウヤも、動きを止めて扉の前で振り返る。

 ホシノの怯えたような視線が、そんなリョウヤに触れた。

 

「――いつかは帰るつもりってことだよね……?」

 

 それは葛葉邸にではない。

 元の次元にである。

 そちらの研究に時間を割きたいのではないか? 或いは、本当は既に帰る為の手段を持っているのではないか? 聞いてはいけないと思いつつも、一人帰ろうとする姿を見て聞かずにはいられなかった。

 尋ねた者と尋ねられた者以外が息を呑んだ。

 そうだ、と皆が理解する。

 事故でキヴォトスに漂着したということは、望んでやって来たわけでない。

 血が繋がっていないとは言え、家族がいることも聞いていた。

 ならばリョウヤは――そんな視線を受ける中心人物は、けろりと告げる。

 

「いや、その気はない」

 

 返答に躊躇いはない。

 帰りたい場所は確かにあった。

 伝えたい言葉も確かにあった。

 それでも理解していた。

 パラケルスス達は、きっと既に自分がいないことを受け入れていると。大人なのだ、彼らは。……仕方がないと割り切ることを、清濁併せ呑むことが大人の証明ではない。が、歳を重ねるにつれて自分の気持ちを誤魔化して生きていく術も、上手いガス抜きの仕方も知っていくものなのだ。

 リョウヤ自身ですら、心の整理はついている。

 

「まぁ実際こっち来て暫くは、戻るための手段を探してたよ」

 

 知ってしまえば、幽霊生徒となっていた理由の一つであることは明確で、先生達も妙に納得してしまう。

 ただリョウヤからしたら今更だった。

 一年生の時点で既にもう、地球に戻るのかキヴォトスに残るのかで揺れていたのだ。

 答えはとうの昔に出ている。

 

「俺はずっとここにいる――帰る場所は、ちゃんとあるから」

 

 窓から差し込む夕日に照らされ、体の力を抜いて浮かべる笑顔に嘘はない。

 リョウヤとて人間なのだ、未練はある。

 しかしパラケルスス達への気持ちを整理できても、今度はホシノ達と……もう一度別れを経験しろと命じられたのなら抗うだろう。

 どうしようもなく離れ難くなってしまったのだ。

 それほどまでに、大切になってしまった。




リョウヤがいなくなったことで、一番長く曇るのは多分なんやかんやでユウカナリアちゃん(機工魔術士-enchanter-本編通して成長するキャラクターなので、正確には喉に刺さった小骨程度だったものが、時間が経つにつれて大きくなります)。

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