星屑の夢   作:ハレルヤ

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二話同時プラスあとがきの投稿、その一話目となります。


5-6.この空に希望を

 カイザーPMCとの取引当日、空は嘘のように晴れていた。

 清々しいほどの晴天で、穏やかな風が吹いている。そんな光景が一切ない薄暗い空間には、僅かな電灯とノートパソコンの画面が光源となっていた。

 

「大人しくしていろよ」

 

 重々しい音と共に扉が閉じられ、電子ロックがされる。

 場所はアビドス砂漠のPMC基地、地下。

 時刻は早朝。

 小鳥遊ホシノが収容されたのだ。

 後は実験場の方の用意が整い次第、輸送するだけの段階にまで来ていた。

 

「今、目が光ってなかったか?」

 

「は? 気のせいだろ。猫じゃあるまいし」

 

 モニターに映る、狭く薄暗い一室に閉じ込めたホシノの瞳は特に光っていない。

 冷静な雰囲気で隅に腰を下ろしたものの、それだけだ。諦観しているようにしか見えない。

 それもそうか、とカイザーPMC兵士は気楽に雑談を始める。

 程なくしてアビドス高等学校の九割が制圧された。

 狭い空間でモニターと睨めっこしていたアヤネは、眼鏡を外して大きな溜息を吐き出す。

 

(ここまでですね……)

 

 残るはオペレート室のみだった。その旨とホシノが残した手紙の存在をカイザーPMC理事に連絡している兵士を確認すると、眼鏡のレンズを磨くアヤネの携帯端末がピコリと鳴る。

 同時に、オペレート室の扉が爆破された。

 銃を構えた兵士がオペレート室に飛び込み、呆けた声を出す。……オペレート室は裳抜けの殻だったからだ。

 カイザーPMCは事前情報としてオペレーター用の部屋があることを知っていた。

 数多くの固定砲台、移動型タレット、特殊ドローンの操作を、その一室でこなしていると判断していた。それも、操作対象の多さから複数人で。

 だが蓋を開けてみれば、大人数の入れる部屋ではない。挙句、誰一人として姿がない。

 慌ててカイザーPMC理事に連絡を取ろうとして気がついた。通信が遮断されている。

 アヤネは携帯端末に届いた「都合の良さそうな連絡いれてくれたから、そろそろ通信を遮断するわね」というチヒロからのメッセージにお礼の返信を送りながら、迷いのない足取りで階段を上がっていく。

 

「あっ、眼鏡ちゃん!」

 

 葛葉邸リビングにアヤネが顔を出すと、ムツキが明るい笑顔を向けた。その手にはソファー前のテーブルに置かれたリョウヤの眼鏡型魔具を持っている。どうやら勝手に付けたり外したりと遊んでいたらしい。

 ご苦労様ね、とダイニングテーブルの椅子に座るアルが微笑む。

 

「こ、こ、これ……良かったら……ど、どうぞ……」

 

 ハルカがおずおずと飲み物の注がれたグラスを差し出すと、アヤネは柔らかい笑みでお礼を告げる。

 アヤネは基本的に穏やかな空気を纏っているので、同じ一年生ということもあってかハルカも短い期間で懐き始めていた。便利屋の先輩三人は、そんなハルカの良い傾向を密かに喜ぶ。

 空間魔石を利用した認識阻害の外套型魔具であるWear Tool Cognitive inhibition Cloak-Version 2(WTCC-V2)を纏い、夜のうちに呼び出された便利屋68は、ここ五日ほど極秘で葛葉邸に泊まり込んでいた。

 

「ここに来たっていうことは……」

 

「はい、アビドス高等学校は制圧されました」

 

 カヨコが複雑そうに問い掛け、アヤネが目を閉じて肯定する。

 しかし、すぐに信頼の籠もった視線が便利屋68を捉えた。すっかり葛葉邸に馴染んだ四人は、今か今かとアヤネの言葉を待っていた。

 

「計画通り、今はゲヘナ風紀委員会が学校を取り囲んでくれたようです」

 

 今頃、学校を制圧していたカイザーPMCはパニックになっていることだろう。

 

「なので――お待たせしました、便利屋68の皆さん」

 

 アヤネの言葉を聞いて、アルは挑発的に、けれど頼り甲斐のある笑みを浮かべた。

 

「仕事の時間ね!」

 

 アルの号令に便利屋一同は武器を構え、力強く返事をした。

 アヤネはさもアビドス高等学校にいるように通信でカイザーPMCに警告を促しながら、葛葉邸から兵器の操作をしていたのだ。但し、全てを操っていたわけではない。一部はミレニアムサイエンススクールのエンジニア部が担当していた。

 便利屋68への依頼は、葛葉邸からカイザーPMC基地までアヤネを護衛することである。

 時間軸にしてアヤネと便利屋の出立から暫く経った頃。

 目的地であるカイザーPMC基地には、三人の対策委員会の姿があった。

 

「ねぇ、今更だけど……こんなに密着する必要あるの?」

 

「ん、でも見つからないでここまで来られた」

 

「もしかして暑いですか? 黒いと熱を集めますからね。はい、スポーツドリンクをどうぞ」

 

「あ、ありがと……」

 

 カイザーPMC基地に一度の戦闘もなく辿り着いたのはシロコ、ノノミ、セリカだ。

 セリカは便利屋68から返却されたWTCC-V2を羽織り、シロコとノノミが抱き付くように引っ付いていた。

 こくこく、と喉を鳴らしてセリカは水分補給する。他二人も倣うようにペットボトルに唇をつけた。生き返るような心地だ。

 

「ヴェリタスの皆さんからの情報によれば、この辺りに長距離狙撃兵器があるはずなのですが……」

 

 姿を隠しているとは言え、堂々と敷地内を出歩くような真似はしていない。

 キョロキョロとノノミは周囲を見渡す。

 破壊しておかなければ、砲身はリョウヤへ向けられるだろう。

 長距離狙撃兵器が爆破されるのは、それから少ししてからのこと。

 

「なん、だ……それは!?」

 

 カイザーPMC理事が声を荒げる。

 リョウヤは契約書を軽く放ると、羽虫でも払うように右手の刀で一閃した。契約書は炎に包まれ、跡形もなく焼失してしまう。

 誰かを傷付けるモノを売らない、という拘りはあくまで販売しないというだけ。自分で使わないわけではない。

 時限がある故、用意しておけたのがAWSS……盾のベースユニットと刃のエクステンションユニットから成るアビエーションウェポンだけだった。

 

「理事! お逃げを!」

 

「あ、ああ……いや待て……これがある」

 

 兵士の一人が忠言するも、理事はTS社製の大盾を展開するだけに止まる。

 さながらリョウヤへと見せつけるようであったが、当のリョウヤは完全に自立して浮遊している盾を展開している。どう考えてもバックパック型よりも高性能で、忌々しげに奥歯を噛む。

 

「俺は医者だから、どの程度で生存に問題が出るかは把握してる。遠慮なくやらせてもらう」

 

 行け、とリョウヤが命じると背後に待機していた刃が二振り飛び出す。

 一本は軍用トラックを容易に貫通した。数度繰り返されると、呆気なくトラックは爆炎に包まれる。

 もう一本は理事の周り、リパルションフィールドのギリギリ範囲外をグルグルと浮遊して砂漠の砂を巻き上げた。驚愕する理事や兵士を他所に、砂嵐はあっという間に大盾諸共理事を包み込む。

 その時既にリョウヤは兵士の一人に滑空するように肉薄し、飛び回る刃は更に二本増えている。

 風を魔力付加(エンチャント)している三本の刃は高速で飛来し、兵士を襲う。

 魔具には属性の概念がある。それは火や水ではなく、人間属性(ヒューマン)悪魔属性(デビル)無属性(ニュートラル)だ。一言で表すのなら、何を対象にしているかの違いがある。

 人間に対して悪魔属性の魔具は効果を発揮し難い、ということ。

 攻撃性の高いモノでも、属性が合わなければダメージは少なく出来る。やりようによっては、全く効果がないようにすることすら可能だ。

 AWSSは中間である無属性寄りの人間属性。

 人間属性のキヴォトス人である兵士に対しては、致命傷になり得ないので安心して叩き付けることが出来た。

 

(まぁ死んでなければ治療できるけどな)

 

 悲鳴を上げる兵士を他所に、冷たい瞳でリョウヤは刀を払う。

 すると右手の刀に付加された魔力の炎が、飛び回る風を纏う刃に乗って遠慮なくばら撒かれた。

 炎を風に合わせる為に組み合わされた二つの魔具なのだ。

 

「銃弾が止まる! やはり理事の盾と同じ系統の物か……!」

 

 近接戦闘を行なっている以上、リョウヤと兵士達の距離は近くなる。

 兵士が密着しているに等しい距離に銃を突き付け引き金を引いても、弾丸は銃口から出て即座に止まってしまっていた。

 理事のリパルションフィールドは外殻となる場所を斥力で止めるが、リョウヤのモノは外殻という制限はないらしい。

 一発の銃弾は点での攻撃。

 リョウヤは動き続けている。

 二つの理由から斥力を一瞬強く働かせ弾丸を失速させるだけで、斥力から解放された時には既にリョウヤの移動は済んでしまっていた。

 

「こいつッ、後ろに目があるのか!?」

 

 リョウヤの背後から不意打ちをしようとした兵士が振り返ることなく刃に射抜かれ、近くで見ていたもう一人の兵士が目を見開く。

 

「かもな」

 

 リョウヤは淡々と声にした。

 説明する義理はなかったが、リョウヤ自身の空間認識力は高くない。アビドスであれば高いのはアヤネであり、戦場を俯瞰で捉えている先生も非常に良いものを持っている。

 そんなリョウヤが止まることなく動き回る剣を正確に操れるのは、検索(サーチ)と呼ばれる悪魔や機工魔術士(エンチャンター)技能(スキル)だった。

 魔力が稲妻のように迸り、周囲の状況をリョウヤに伝達しているのだ。

 魔力は目には見えないので、サーチしていることは感知されることもない。

 空間認識力が低くとも、サーチを多用すればアビエーションウェポンの操作は如何様にもなるのだ。

 普段から多用しないのは、単純に魔力が足りてないからでしかない。

 大盾のリパルションフィールドで強引に砂嵐を突破しようとする理事の動きも把握しているので、理事の動きに合わせてエクステンションユニットである風を纏う刃を操り砂嵐を移動させることすら可能だ。

 

(……っ)

 

 ギシリと体が軋み、リョウヤは舌打ちした。サーチによる脳の負担も大きいが、肉体の負荷の原因はもっと根本的なもの。

 シリンジガンで体内に取り込んだのは、リョウヤ自身が工房に溜め込んだ魔力と魂の力を圧縮したものだ。

 それを直接体内に摂取することで、強制的な力のバーストを起こしたのである。

 百パーセント超えて三百パーセント超のエネルギーをふんだんに使用している……つまり、オーバーフロー状態となっているのが現状だ。

 あまり時間を掛け過ぎると、ボロが出てしまうのは想像に難くない。

 左手を工房に繋いで玩具にも見えるハンドガン型の魔具を取り出し、倒れている兵士達に向けて打ち込んでいく。

 発砲されているのは、弾丸ではない。

 規則正しい蜘蛛の巣にも似たネットが発射されている。

 ただし蜘蛛の糸のように脆くはない。

 三十人の兵士を個別に極太のワイヤーのような網で捕えると、今度は銃身横のボタンを押し込む。

 ジジッと鈍い電子音を響き、磁力に引き寄せられるように兵士を包む網は引き寄せ合った。

 

「邪魔だから、ちょっと向こうに行っててくれ」

 

「理不尽ッ!」

 

「理不尽じゃない戦いなんかあるのか?」

 

 兵士の渾身の叫びを、リョウヤは皮肉げに笑って吐き捨てる。

 右手の刀に纏わり付くように、飛び回っていた刃が寄り添い始め大太刀を形取ると――腕を大振りに振るう。

 紅蓮の突風が吹き荒び、捕らえていた兵士達をまとめて吹き飛ばした。

 ぐえっ! とカエルが潰れたようや声は、リョウヤには届かない程に距離が空く。理事が砂嵐から解放されて見たのは、そんな光景だった。

 

「馬鹿な…… 一個小隊だぞ……!」

 

 信じ難い光景を前に、呆然と溢す。

 砂嵐を起こしていた刃がリョウヤの元に戻ったのだ。戻った、というより戻したが正しいか。最早、意味がないと判断したのだ。

 四つの風を操る刃が『Underneath』という電子音声と共に盾の中へ戻っていくと、ガシャッと小気味良い音で閉じられる。

 

「増援を……おい、聞こえないのか!? ……っ!?」

 

 それでも大盾に対する信頼がある理事は、呑気にも見える通信を入れる。が、通信網は既にヴェリタスに掌握されていた。加えてPMC基地が爆煙を上げる。長距離狙撃兵器が破壊されたのだ。だが、それだけに止まらない。基地の外部からも攻撃がされている。

 その音を合図に、閉じ込められていたホシノも動き出す。

 金属検査や着替えに関して、皆の推測通りになった。

 

(流石に下着は取られも、変えさせられもしなかったけど)

 

 ホシノが捕えられた際に着替えさせられたのは、入院患者が着るような簡素で薄い一枚。ただの布にも等しい服だった。

 ホシノは無意識に唇に指を当てる。

 今朝、ホシノとリョウヤは契約を結んだ。

 手段は接吻、キスだった。

 悪魔と人間の契約ではなく、ましてやホシノが機工魔術士(エンチャンター)になるためのものでもない。

 魔力を分け与える為だけの契約。

 血判の必要なスクロールでは、魔力が譲渡されなかった。想定していて尚、リョウヤはかなり狼狽えていたのでホシノの印象に残っている。

 次に試したのがキスだった。

 言ってしまえば唇と唇、つまりは体内と直結する扉同士の接続で、リョウヤからホシノへと魔力は流れ込んだ。

 ホシノに魔力は定着しない。

 サンプルケースがないので理由は不明だが、電池と似たようなものなのだろう、そうリョウヤは言っていた。送った魔力は常に減り続けている。

 幸いリョウヤは二日前に準備を終えたので、その時に検証は済んでいた。

 今日は充分な量の魔力を渡されているのだ。その分だけ、唇を重ね合わせた時間は長くなっている。

 

(結局……二回もキスしちゃった……)

 

 検証時と今朝。

 唇に未だ感触が残っていた。

 リョウヤが赤くなっている姿も記憶に焼き付いている。……なんて言っても、自身が平静だったかと問われると答えはノーなのだが。

 

「うへへ……」

 

 工房で唇が触れ合ったことを思い出すと頬どころか全身が熱を帯びるが、慌てて頬を両手で引っ叩いた。

 ジンジンと痛む頬に比例して、頭は冷静になっていく。

 まだまだ状況は逼迫しているのだ。

 表情を引き締めて、意識を集中させる。

 小さな手の平の周りが歪み、姿を現したのはアビドスの制服だった。ホシノは工房にアクセス出来るようになったわけではない。工房内のボックス型の魔具の中身にアクセス出来るようになっただけだ。

 だが充分だった。

 最大の強みである、現地でなんの道具にも頼らずにモノを取り出すという行為が実現されるのだから。

 このために、魔力が必要だった。

 アクセス先には下着や制服は勿論、最低限の飲食物と――愛銃。

 手早く制服を纏い、次いで取り出したショットガンで扉の鍵を強引に破壊して蹴破ると、見張りは一人しかいなかった。それも、牢獄内を監視する映像から目を離している。

 

「お前っ、ぐっ……!」

 

「はい、ごめんねー……あ、謝る必要ないか」

 

 先程の爆発に人が割かれているようだ。

 ホシノは今も続く爆発の原因が後輩達だと把握している。

 

(予想より派手にやってるねぇ……)

 

 改めて、立てた作戦を思い起こす。

 まずホシノが黒服の誘いを受ける。アビドスから生徒会が消失したことで、残った生徒達を追い出すためにカイザーがアビドス高等学校を襲撃する。

 その際には市街地も攻撃されているが、こちらはリョウヤの共犯者(ノノミ)がTS社に雇い入れたカタカタヘルメット団……戦車隊の少女達が対応、住民の避難誘導を担当していた。

 アヤネは学校にいることを装って抵抗する。学校が制圧されたのなら、ゲヘナ風紀委員会の一部が学校を制圧したPMC兵士を制圧する。その際、折を見てヴェリタスがカイザー側の通信を遮断するのを忘れない。

 ヴェリタスへ依頼をリョウヤが出した翌日には、宛先不明の者達から大量の移動型タレットや固定砲台、地雷が提供された。送り主がエンジニア部であることを察したリョウヤがウタハへ連絡すると、彼女は「自分達には頼ってくれないのかい?」と唇を尖らせた。結果、エンジニア部員でリョウヤと関わりある者が極秘にアビドス高等学校の防衛にタレット操作などの形で遠隔参加する。

 学校の制圧後、葛葉邸PCルームで兵器を操っていたアヤネは同家で待機していた便利屋68と共にホシノのいるPMC基地へ。

 ホシノの場所は、リョウヤから借り受けた魔力をビーコンにして判明させている。

 その間、リョウヤはカイザーPMC理事を。先生は黒服の対応。そして、終了後に合流する手筈となっていた。

 

「あいつ、手を抜いていたのか……」

 

 アビドス市街地外周、砂漠との境界で、呆然とするイオリにヒナは小さく首を横に振った。

 

「手を抜いた……? それは違う」

 

 間違いなく本気で対応はしていた。ただし、今日の為に切れる手札は温存していたのだろう。

 二人の部隊は外周から内側に向かい、暴れているPMCに対応をする役割だ。追い込み漁はあらかた済んでいる。

 学校に敵勢力が集中していることもあり、楽な仕事だった。前戦に出ていたイオリも既に戻り、ヒナの隣でリョウヤの様子を観測している。

 

「いずれ来るであろう戦いに備え、徹底して手札を隠し続けて来た。けれど、それまでが本気じゃなかったわけじゃない。使える手札で、本気を出していたわ」

 

 そして隠していた手札は、今日で露呈した。

 リョウヤの戦闘力もまた、評価が大きく上がっただろう。

 

「二年以上、耐え忍んで……けれど同じ手はもう使えない」

 

 初見殺しは一度しか使えないのにも関わらず、先生はゲヘナ風紀委員会に協力を要請した。つまり、リョウヤは他校に手の内を晒す事を良しとしたということだ。

 それは、何よりもカイザーコーポレーションを優先したということ。

 意思。決意。若しくは覚悟。

 先生から足を舐められたことも忘れて、イオリは形のない強さを瞬きも少なく眺めていた。

 

(もしもの時は手助けしようと思っていたけど……)

 

 トリニティ総合学園も来ているようだ。

 ヒナは風紀委員会だが、政治的な立場ではない。全く気にしないわけにはいかないものの、トリニティも今回は自分達と同じでアビドスに協力するつもりらしい。ならばやはり、放置で良いだろうと結論を付ける。リョウヤへの援護も必要なさそうだ。

 ヒナはリョウヤより「トリニティとは、あまりは仲良くなれてない」と聞いていたのだが、現状を見るに「やっぱり力になってくれる人もいるじゃない」と頬を緩めた。

 トリニティ所属でアビドスの力になることを望んだ生徒……ヒフミがティーパーティーへとカイザーコーポレーションの話を持ち込んだのは、奇しくもゲヘナ風紀委員会がアビドスに襲来する前日だ。

 元々、彼女にも別れた日にヴェリタスから貰い受けたデータに関しては説明がされている。

 それが通すべき義理だと思ったからだ。

 

「カイザー側が生徒に悪影響を及ぼす証拠を明るみに出します」

 

「ん、何もしてくれなくて大丈夫だから、その事実を観測できる場所に来てほしい」

 

 そう、観測してくれているだけで良かったのだ。

 学校は違うが同学年の生徒達からの真剣な頼みに、ヒフミは二つ返事をしていた。

 昨日の出来事である。

 ティーパーティーへ報告をあげた際、ある程度の裁量権を与えられていたヒフミは、アビドスが何かしら行動を起こすと踏んで牽引式榴弾砲・L118を携えて謎の紙袋マスク(ファウスト)として参戦した。

 現時点でカイザー側が不当にアビドスで破壊活動をしていることも、生徒へと行われた四肢の欠損を匂わせる脅迫行為も明らかになっている。

 ノノミ達先遣隊が基地内の長距離狙撃兵器を破壊し外套を脱ぎ捨てた姿を確認したヒフミは、射撃の担当者達と共に火力支援を始めたのだ。

 

『この介入は人道に基づいた行為です!』

 

 驚きに包まれた対策委員会にファウストが通信で説明すると、紙袋の少女は両手をぐっと力強く握り締めた。

 実際のところ、ヒフミがファウスト化する意味はない。ぶっちゃけてしまうと、彼女は最初から介入する気満々だった。

 紙袋を被り、トリニティは関係ないと言い放つ予定だったのだ。必要がなくなったのは、当然ながら理事の発言だ。ファウストになったことを彼女が思い出して真っ赤になるのは、もう少し経ってからとなる。

 

『なので、私達も援護します!』

 

 アビドスとしてはカイザー社の悪辣さを、他校の生徒会に知ってもらえるだけで良かったのだ。

 にも関わらず、ヒフミは力を貸してくれた。戦ってくれた。

 基地敷地内に潜入していた三人と、そこに合流したアヤネの胸に熱いものが込み上げる。

 基地内に兵士は少ない。ほとんどがアビドスの学校と市街地に回されているからだ。

 ヒフミへと感謝の言葉を送った対策委員会と便利屋は、残りの兵士を打ち倒しながらホシノとの合流を目指す。

 トリニティの支援で派手な演出となった基地を背景に、理事はリョウヤを睨み付けていた。

 

「……」

 

 睨むだけの度胸があるのは、やはり大盾の存在が大きい。ホシノですら簡単には抜けないと断言した以上、リョウヤでも難しいと判断を下していた。睨みながら、必死に思考を回す。

 だがリョウヤは嘲笑うように携帯端末を掲げる。それは、一週間前に理事がアビドスの信用評価を最低ランクに下げた時の動作と同じだった。

 途端に理事を重力が襲う。

 

「がっ、な、なんだ……重い……!?」

 

 リョウヤは自分の作ったモノの性能を把握している。だからこそ、大盾の展開するリパルションフィールドのギリギリ外に砂嵐を作り出せたのだ。

 当然、内部に含まれたシステムも把握している。

 

「キルプロセスだ」

 

 無情に宣告した。

 携帯端末を操作して、大盾の効果を消したのだ。本来の重さに戻っただけだったが、理事に支え切れるものではなかったらしい。

 

「き、キル……プロセス……だと……?」

 

 自分の膝に手をつき、必死に体を支える理事に歩み寄るリョウヤ。砂に足が沈む音が響く。

 左手に持ち替えた刀が、ガシャンと音を立てる。排熱のために刃側と棟側を分離させたのだ。砂漠でなければ蒸気の立ち上る熱量だった。

 刀とは対照的な氷の視線で、冷たい声が発せられる。

 

「取引相手は選べ、だったか?」

 

 理事の脳裏に、一週間前のやりとりが蘇る。

 そして理解した。

 リョウヤは取引相手を選んでいたのだ。選んだ上で、機能を殺す機能を仕込んだ大盾を売っていた。

 流石に理事ほどの立場の人間が嬉々として使用しているとは考えていなかったが、モノを使われた際の対策は最初から用意していたのである。

 理事はリョウヤへの優越感で装備してきていたが、正しく仇となったのだ。尤も、装備していなくとも逃しはしなかった。真っ先にトラックを破壊して足をなくし、砂嵐に閉じ込めたのだから。

 連れて来た兵士を遠くに離したのは、TS社製品にキルプロセスを仕込まれている可能性があるという証言を減らすため。

 そこまで考えて――目の前で足を止め、グッと右手の拳を握った様に理事は慌てて口を開こうとする。

 

「余計なお世話だ」

 

 理事の顔面にリョウヤの右手がめり込んだ。

 

「ぐっ、ぶぇへぇ!!」

 

 汚い悲鳴を上げて、理事は派手にひっくり返る。

 意識を失ってぴくぴくと震えている姿を見ながら、一週間前にユメを嘲笑われたことを思い出す。

 いや、そもそもユメが命を落とす切っ掛けとなったのも――。

 リョウヤの頭が凍てついていく。

 ユメのことだけではない。この大人のせいでどれだけホシノが、シロコが、ノノミが、アヤネが、セリカが苦労したか。傷付いたか。心を痛めたか。

 余韻も残心もなく、自然と左手の刀を逆手に持ち、高く掲げていた。

 振り下ろしてしまえば、全てが終わる。

 

「だっ!」

 

 不意に大声が響いた。

 

「めっ……だァァァァァッ!」

 

 ドドドド! と重機のような足音を鳴らして、リョウヤは左方からの来訪者に飛びつかれる。

 咄嗟に握っていた刀を工房に戻したことを褒めたかった。

 

「それはダメ! だよ! リョウヤくん!」

 

 リョウヤを押し倒した犯人は先生だ。

 馬乗りになって叱り付けるように、言い聞かせるように、泣きそうな顔で先生は声を上げた。

 あまりの勢いに面食らいながら、リョウヤはククッと可笑しそうに笑って右手で瞳を覆い隠す。

 

「ああ……そうだな……そうだよな」

 

 今度は先生がきょとんとした。

 すんなりとリョウヤが認め、全身の力を抜いたからだ。

 

「刃物持ってる方に突っ込むの危ないよ、先生」

 

「え、私そんな危ないことしてた?」

 

「してたしてた」

 

 戯けるようなリョウヤの様子を見て、先生は安心したように上から退いた。

 手を差し伸べながら「ごめん、重かったよね?」と謝罪する先生に、リョウヤは「俺の方こそ余計な心配かけた」と頭を下げる。

 

「あっさり引き下がってくれたし、やっぱり本当はその気はなかった? ホシノちゃんとフルカネルリさんに、念の為気に掛けて欲しいって忠告されてたから私も過剰になっちゃってたかも」

 

「え……」

 

 ポカンと口を開けて、リョウヤは先生を見つめてしまう。

 今、あり得ない名前を聞いた気がした。

 

「作戦を立てた日に、ホシノちゃんからは自分がそうする可能性があるからって言われたよ。フルカネルリさんは夢の中で会ってね――」

 

 美しい黄金の髪の毛に、リョウヤ同様の赤い右目。穏やかな表情を浮かべた青年は、先生の夢の中に現れたのだ。

 はっきりとした意識で、先生は明晰夢をみていることに気がつく。

 場所はリョウヤの工房へと続く白い廊下だった。

 

「これ……鳥に炎、なのかな」

 

「そう、パラケルススの紋だ」

 

 工房の作業場、その扉の紋章をマジマジと見ていた先生に、背後から優しい語調が飛んでくる。

 びくりと体を震わせて振り返ると、一度も会った記憶のない青年が法衣を羽織って立っていたのだ。

 

「パラケルススはリョウヤの義理の父、まぁ親子揃って認めないだろうが……そういうところもそっくりだった」

 

 えっと? と不思議そうな先生。そこに警戒の色はない。青年の雰囲気があまりに柔らかかったからだ。

 

「ああ、失礼。オレはフルカネルリ。機工魔術士(エンチャンター)だ。貴方のことはリョウヤの中から見ていたから……うん、皆に倣ってオレも先生と呼ばせてもらおうかな」

 

 誰かを先生と呼ぶのは懐かしい、そう言ってフルカネルリは微笑んだ。

 

「リョウヤくんの中……?」

 

「オレは死人だから。魂の残滓とでも言うのかな。本当に僅かだけれど魂が、キヴォトスに来る直前にリョウヤの中に入ってしまったんだ」

 

 フルカネルリの魂の大半、それこそ九割九分はユウカナリアが魔石に移している。本当に僅かな魂が、リョウヤと共にキヴォトスに渡った。

 次元、世界が違うからか、随分と長く保ったものだ。

 あっけらかんと口にしたフルカネルリの推測では、キヴォトスという環境のおかげだった。

 

「――待て待て待て! 人の肉体に二つの魂が入ると……」

 

 話の途中だったが、リョウヤは思わず指摘してしまう。その例を知っていたし、どういった処置をパラケルススが施したのかも知っているのだ。

 

「うん、本来ならどちらも消えると彼も言っていた」

 

 聞かされた先生も大いに慌てふためいたが、フルカネルリは安心させる声音できちんと解説してくれた。

 例外だったのはリョウヤの方なのだと。

 

「――レセプター?」

 

 先生はフルカネルリの言葉を復唱した。

 

「能力、或いは体質だな。受け入れる器……オレも専攻じゃないから詳しくはないんだが、リョウヤの生まれ持ってのものだ」

 

 場所はパラケルススの紋が刻まれた扉の向こう、工房の内部に移っていた。

 別れを惜しむ様な寂しげな笑みで、フルカネルリは作業台を撫でる。

 

「レセプションされたことに気が付いても、最初は消えるつもりだったんだ」

 

 そっと胸に片手を当てて、フルカネルリは目を伏せた。

 

「だがリョウヤがキヴォトスに流れた原因はオレにある。この世界でたった一人、あの子を置いて自分だけいなくなるなんて真似が出来なかった」

 

 ユメと出会って尚、暫くの間リョウヤは孤独を感じていた。

 必死に帰る術を探していたことも知っている。

 誰にも相談できずに、長い夜をただ一人で過ごしていたことも知っている。

 何か出来るわけではない。話すことも出来ない。けれど、全てをほっぽり出して消えることはもっと出来なかった。

 先生は一瞬だけ混乱する。

 リョウヤの話と違ったからだ。だが、直後に理解した。

 

(この人は、本気で自分のせいだと思ってるんだ……)

 

 確かにフルカネルリが死んだことが、ユウカナリアに依頼を出させる切っ掛けになっている。しかし、受諾したのはリョウヤ自身だ。

 原因ならばユウカナリア、それこそリョウヤにもあると言える。

 目の前の男性は雰囲気通り優しく、そして責任感の強い人だった。

 

「先生も知っての通り、リョウヤは善人だ。けれど同時に冷酷な面もある。特に身内が傷付けられたのなら、躊躇いなく剣を抜くだろう。とは言え、人は誰しも大切な者を傷つけられたのなら牙を剥くものなんだがな……」

 

 キヴォトスに来たことで、傷付けられるの判定も随分と変化しているが本質は変わらない。

 仮に非情な選択をしても、それは本人の選んだ道だ。けれど、それでも、リョウヤには友と共に陽だまりにいて欲しかった。

 これはオレのエゴだな、とフルカネルリは胸中で自嘲する。

 

「カイザーPMCの理事と顔を合わせた時、リョウヤは間違いなく天秤に掛けていた。殺した方が良いのかどうか。自分が理事を殺害した時のメリットデメリットを計算していた」

 

「っ!?」

 

 先生は息を呑む。

 その辺り、パラケルスス譲りの冷酷さであることをフルカネルリはよく知っていた。

 パラケルススは神医だし、好んで人を傷付けることもしないが「戦うなら逃げ切るか、殺し切る」と戦闘に関しては無慈悲な考えを持っている。所詮は生存競争なのだからと。

 何をしたら。どうしたら。よりアビドスの……同級生と後輩のためになるのか悩んでいるリョウヤは、間違いなくその教えを受けていた。

 

「実際の判断は、その時にならないと分からない。しかし、可能性はゼロじゃない」

 

「それはつまり……リョウヤくんがカイザーの理事を足止めする際に……」

 

 フルカネルリが顎を引く。

 

「だから先生。どうか、あの子を気に掛けてあげて欲しい」

 

「それは勿論。ホシノちゃんも心配してたし。でも私は大丈夫だと思うけどなぁ……」

 

 先生としては杞憂なんじゃないかと思った。未来の話だが、現実に刀を理事に振り上げている様を見た時は驚かされた。しかし、その後の反応を見ると何れにしても命を奪う真似はしていなかったように思えてならない。

 

(だってリョウヤくん()は分かってるよね? 自分で自分を天秤に掛けた時、共に対策委員会の皆が乗ることを)

 

 小さく頭を下げたフルカネルリだったが、考える素振りもなく先生が答え、次いで出したホシノの名前に「彼女も」と笑みを深めた。

 

「ユメと出会い、ホシノと出会い、先輩になって。パラケルススには悪いが、変わっていくリョウヤを見るのは感慨深かった」

 

 幼いリョウヤに聞かせた「いつか分かる時が来る」という言葉への返答も得られた。リョウヤは伝えられないと悔いていたが、確かにフルカネルリへと届いた言葉だ。それがどんなに嬉しかったか。

 ユウカナリアの事は気にかかるものの、残滓の自分に出来ることはなかった。魔石に移動された自分が上手くやっていることを祈るしかない。

 

「リョウヤはリョウヤの好きに生きなさい。オレもパラケルススもそれを望んでいる――彼はそう言って笑って、消えていったよ」

 

 フルカネルリは慈愛に満ちた表情だった。親から子に向けるものとは些か遠い。宛ら叔父が甥っ子に向けるような、そんな顔だった。

 正確には、最期の言葉は先生への感謝の言葉で「よく出来た人だな」と素直に感心してしまったし、もっと話してみたかったとすら思ってしまった。そう思わせる人だった。

 フルカネルリは最期の挨拶に、リョウヤの夢に現れるつもりだったが状況が変わってしまったのである。彼はストッパーを求めた。白矢が立ったのが先生だったのだ。

 リョウヤの背中に乗り、空を飛んでPMC基地に向かう中、先生は包み隠さずに全てを伝えていた。

 

「そっか……」

 

 ずっと見守っていてくれたんだ。そんな言葉が、風に溶けて消える。

 ユメがいなくなって以来、リョウヤは他者の言葉遣いや態度を参考にするようになった。

 その中でも多くの割合を占めていたのはフルカネルリだ。誰に聞いても、彼は良く出来た人と評されていた。リョウヤ自身も、そう思う。

 だからこそ、コミュニケーションの手本としたのだ。

 

「もう一度、話したかったな……」

 

 呟き、小さくかぶりを振る。

 直接顔を合わせてしまったのなら、別れ難くなっていたかもしれない。それに何より、ユウカナリアにも悪い。

 肩に置かれた負ぶっている先生の両手に、気遣うようにきゅっと力が入る。大丈夫だよ、と淡く笑って返す。

 短い時間の空の旅で耳に届くのは、いつの間にか風の音だけとなっていた。

 リョウヤは条件次第で自分が飛べる旨を、対策委員会と先生には共有している。

 普段のリョウヤに飛行能力はない。しかし、魔力が補充されると浮遊程度なら可能となる。

 浮遊し、更に魔具を駆使することで飛行をするのだ。

 今回ならばAWSSの二つの盾が飛行を補助していた。

 リョウヤがPMC基地内に降りてくるのを、下からシロコ、ノノミ、アヤネ、セリカ――ホシノが見守っていた。

 少し離れた場所には便利屋68が、当たり前のように飛んできた姿に目を見開いてる。風紀委員会との一件で予測はしていても、驚きは隠せなかった。

 

「良かった、みんな無事みたいだよ」

 

 AWSSの二つのシールドが滑らかに動き、姿勢制御をサポートしてくれている。ゆっくりと地面に向かう中、先生は微笑みを浮かべた。

 ああ、と短く返答される。

 音もなく着地すると、即座に先生が背中から降りる。リョウヤは周囲にサーチを走らせながら早足で進む。上からも見えていたが、PMCは撤退していて、既に基地内にはいないようだった。

 応えるようにホシノも歩みを始め、一歩後ろから二年生と一年生も続く。

 

「え」

 

 三年生の二人が触れ合える距離まで近付いたその刹那、ホシノは呆気にとられた。

 糸が切られた人形のように、リョウヤの体がぐらついたからだ。

 リョウヤ先輩!? リョウヤくん!? ホシノがすぐに抱き止められたものの、後輩達と先生が慌てて二人を取り囲んだ。

 便利屋68も困惑して距離を詰めるも、微かに動くリョウヤの「あ、れ……?」と不思議がる声が聞こえたのでホッと息を吐いた。

 

「そうか……オーバーフローさせていた、から……肉体に負担が……」

 

 一人で勝手に分析し、勝手に納得する。

 工房に溜め込んだエネルギーを体内に摂取する手段はいくつかある。一週間程前、ゲヘナ風紀委員会と一悶着あった日。ミレニアムから戻ってくる際に使ったのは錠剤タイプのモノだ。

 こちらは比較的ゆっくりとブーストされていたし、上限値を超えるモノでもなかった。

 今回、使用したのはシリンジガン。正確には液体化させたエネルギーの摂取だ。爆発的に魔力を増し、リョウヤの上限値すらも上回った。

 勿論、上昇率の違いを理解して使っている。用途に応じられるようにしているし、そもそも自分で作っているのだから当然だ。

 工房でテストした際には起こらなかった現象なので、調整と確認は必要だろうと頭の片隅にメモをする。

 大丈夫、少し疲れただけ――そう言うつもりだった。

 けれど思いに反して、動いたのは口ではなく二つの腕だった。

 ホシノが僅かな照れと、確かな驚きの声を漏らす。

 

「リョウ、ヤ……?」

 

 胸に顔を埋めたままリョウヤの腕は、縋り付くようにホシノの肩に回されて、ぎゅっと力が入っている。

 リョウヤは、高い熱でもあるかのように気怠さを感じていた。身体が弱まったことで精神にも影響をきたしているのだ。

 ホシノの体の温かさと心臓の鼓動に、堪えきれずに心の奥底にあったものが囁くように滲み出る。

 

「良かった……間に合った……」

 

 ()()()()()()()()のだ。

 掛け値なしの想いは、その体温と共にゆっくりとホシノの体に染み込み、瞳を大きく揺らしてしまう。

 ユメを失ったことは究極のトラウマだ。その時にリョウヤは何をするでもなく、気がついた時には全てが終わっていた。あと一日でも早く工房が完成していたら、と何度考えただろうか。たった一日では何も変わらなかったかもしれない。けれど変わっていたかもしれない。或いは一度作業を切り上げて、学校に顔を出していたのなら……間に合っていたかもしれない。

 噛み潰したように、口の中に苦味が広がる。忘れてはならない。忘れられない。原点の記憶だった。

 

「いや、違う……ごめん……大丈夫……無事で、良かった」

 

 慌てた様子もなく、ボーッとする頭に僅かだが冷静さを取り戻してリョウヤは取り繕う。

 今回の作戦、ホシノの役割の一つは謂わば囮。カイザーPMCにアビドスを攻め込ませる為の餌役だ。

 彼女はPMC基地内側から対策委員会と合流する予定だった。

 大丈夫。大丈夫なのだと。どんなに言い聞かせても、決して消えることのない不安があったのだ。

 

「先輩……」

 

 セリカの大きな目に、透明な雫が浮かんだ。

 思い返せばカタカタヘルメット団に攫われた自分を救い出した際も、リョウヤは泣き出してしまいそうな顔をしていた。

 救われたセリカも、近くにいたシロコも。ノノミも。先生も。ドローンで観測していたアヤネも。その事には気が付いている。

 セリカの無事な姿に安心したのだ、と漠然と捉えていた。気持ちは分かると共感もした。

 しかし、事ここに至って漸く理解する。

 リョウヤが言った「帰る場所」は「アビドスの――対策委員会の皆がいる場所」なのだ。

 自分達がいなければ意味がない。

 それだけならば重いと感じる者もいるかもしれないが、リョウヤは事情が違う。

 元々は家族もいる孤独とは程遠い人間が、キヴォトスという世界にたった一人で投げ出された。

 家族や友達という温かさを知る者が、全てが存在しない冷たい世界に放られた。

 そこで得られた帰る場所。

 温かさをくれる人達。

 血の繋がらない家族、友と唐突に別れて次元を超えた。キヴォトスではユメとの別離を経験した。

 失うかもしれないという恐怖は、一度でも失ったことがあるからこそ大きなものが襲ってくる。

 セリカを失っていたかもしれない。

 ホシノを失っていたかもしれない。

 その恐怖は、きっと想像を絶していた。

 いつでも優しく、強く、毅然としている人。だけど今だけは、その肩がとても細く思える。

 こんなにも怯えた姿をしていたのか――そんな驚きと、確かな納得。

 初めて本当のリョウヤを見つけたような気がした。

 

「ごめん、離れるから――」

 

 胸元に縋り付いていることに気がついたリョウヤが少し慌てたように、離れるべく腕の力を抜こうとして、自分の背中に回されている腕に力が入ったことを感じ取る。

 

「リョウヤ」

 

 抱きしめる体から伝わる温かさと同じ温度の声がホシノから溢れた。

 

「たくさん頑張ってくれて、ありがとう」

 

 今日だけではない。

 今までずっと、文字通り寝る間を惜しんで皆を護るために努力して来てくれたのだ。理解してしまえば、睡眠時間を削ってまで活動していたことにも納得せざるを得ない。

 

「ちゃんと護ってくれたよ」

 

 離さないように、けれども優しく、慈しむようにホシノは改めてリョウヤを包み込んだ。

 リョウヤの頭にホシノの頬が触れると、彼女の耳に小さく息を呑む音が届く。

 

「やめてくれ……本当に、泣くから」

 

「泣いたって良いよ……ね?」

 

 自身への情けなさを過分に含むリョウヤの言葉に、ホシノは笑って周囲へ目を配す。

 

「わわっ」

 

「きゃっ」

 

「あ、私も~?」

 

 シロコは絶対離れないと言わんばかりに、リョウヤとホシノに抱きついてしまっていた。それもセリカとアヤネを巻き込む形で。

 ちょっとシロコ先輩! セリカは咎めるように口に出しかけて、シロコがぐすりと体を震わせたことに気が付くと、自身の目元をぐしぐしと擦った。瞳を潤ませるアヤネも同じ気持ちだったようで、一年生二人は思わずリョウヤとホシノを掴む手に力を込める。

 

「ホシノ先輩が無事なことも嬉しいですから」

 

 だからシロコはリョウヤだけでなくホシノにも抱き付いたのだ。

 そんなシロコ達とは反対側から、そっと寄り添うノノミの頬にも濡れた後が残っている。

 泣きそうだと言ったリョウヤは、自然と笑顔になっていた。小さく笑う声が溢れると、それは伝播していく。

 泣いても良いと言ってくれたことが、今は少し嬉しいとすら思えた。

 皆といられることが、どうしようもなく幸福だった。

 ただただ無力だったあの時とは違うのだ、そう感じることが出来たのだ。

 

「――貴方達、やっぱり本当に最高よ! ね、依頼を受けて良かったでしょう!?」

 

「えっ、あ、は、はい! アル様っ!」

 

「いや、今混ざっちゃ駄目でしょ社長……!」

 

「あははー! まぁ場所が場所だし、移動する切っ掛けは必要でしょー!」

 

 飛び出すように騒ぎ出した便利屋68もあり、目頭を熱くしていた先生は「あらら」と優しく微笑んだのだった。




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