星屑の夢 作:ハレルヤ
「ただいま」
「お邪魔します」
お説教が決定したとは露知らず、リョウヤは先生をおぶりながら対策委員会室の扉を開け放った。普段と変わらないリョウヤの言動に各々が「おかえり」と返そうとして、止まる。
「――え!? 何!? 誰!?」
数秒の硬直の後、代表するように声を荒げたのはセリカだった。あまりに自然な流れで、知らない大人が背負われながら入ってきたのだ。当たり前の反応だった。
リョウヤの肩に頭を乗せた先生が「あ、いい反応……」と呟く。先の発言と合わせても、随分と余裕が出てきているのが分かる。
面識のない大人に、ホシノが一瞬だけ目を細めたのがリョウヤの視界に入った。瞳こそすぐに柔らかくなったものの、ジッとリョウヤ見つめる瞳は「説明して」と雄弁に語っている。
「こちら、お客様だ」
言葉と共に丁寧に降ろされた先生は、元気よく「おはよう!」と朝の挨拶をする。
「わぁ、びっくりしました……お客様だなんて、久しぶりですね」
リョウヤの背中が空いたことを確認したノノミが人当たりの良い笑みを浮かべながらリョウヤに近づき、持っていた白衣を着やすいように広げた。ありがとう、とリョウヤが白衣に腕を通す。
「そ、そうですね……でも来客の予定は……」
予定を確認すべく、アヤネがタブレットに目を落とす。
あまりにも自然な動きで行われたリョウヤとノノミのやり取りは珍しくもないのか、指摘する人物は一人としていない。先生だけが少し驚き「これ弄っていいやつ?」などと考えていたが、他の面々の様子からスルーすることにする。今はもっと大切なことがあるのだ。
「シャーレの先生です、よろしくね」
朗らかな笑みで、なんでもないことを言うように先生は自己を紹介し一礼した。
一瞬の静寂を挟み、対策委員会室は騒がしくなる。
「連邦生徒会シャーレの先生!?」
「わぁ☆ 支援要請が受理されたのですね!」
「ん、アヤネはお手柄」
三者三様の反応である。
アヤネは驚き。ノノミは喜び。シロコはアヤネの頭に手を伸ばしている。
「うんうん、良かったねぇ」
はい! 満面の笑みをホシノに浮かべたアヤネ。
「これで先輩達の負担を減らすことができますね!」
「……大変なのは主にリョウヤだけどね~」
図らずとも皮肉を言ったような形になってしまったと考えたホシノに、アヤネとノノミの返しは少々光が強すぎた。アヤネに皮肉を言われたなんて発想はなかったし、ノノミが皮肉を言ったわけでもない。それが逆にホシノには堪える。誤魔化すようにリョウヤへと目を向けてしまう。
「いや、一番体張ってるのは――」
ホシノだし、みんな頑張ってるだろ……と続けようとしたリョウヤ言葉を遮る形で轟音が辺りに響き渡る。
「じゅ、銃声!?」
ノノミが声を上げ、セリカが急の大音量に体を震わせ、シロコが目を鋭くした。
窓に近づこうとした先生を、リョウヤが腕を掴んで止める。ヘイローのない肉体が流れ弾に当たると危険だからだ。
ホシノ達が窓から外を確認すると、武装集団の侵攻は始まっている様子だ。
「いつもの?」
「うん、カタカタヘルメット団」
リョウヤの問いにホシノが答え、揃って短く嘆息した。淡々としたやりとりをした先輩二人の隣でシロコが「性懲りもなく……!」と怒りを露わにする。
「リョウヤ、今日はここから援護よろしく〜」
慌ただしく装備に手を伸ばし始める後輩を視認しながら、ホシノはリョウヤにだけピンポイントて指示を出した。
「……分かった、よく見ておく」
リョウヤの返答で意図がきちんと伝わっていることを理解したホシノは満足げに頷き、後輩達より一手先に飛び出していく。
「わ、ホシノ先輩また一人で……!」
「私たちも急ごう」
「オペレートは任せてください!」
「はーい、出勤です☆」
「気をつけてな」
あっと言う間に部屋にはリョウヤと先生の二人だけなる。
てきぱきと流れるようなやり取りで、襲撃にどれだけ慣れているのが先生にもよく分かり、複雑な気持ちが表情に現れてしまう。
「先生、危ないから窓から離れて」
「あ、ごめん、ありがとう……でも一応、シールド? バリアみたいなのあるから大丈夫!」
へぇ? と興味深そうにこぼしながら、リョウヤはいつの間にか持っていた狙撃銃を片手に開け放たれた窓に腰を下ろした。
馬鹿みたいに青い空の下、銃声が鳴り響いているのは違和感が大きかったもの、リョウヤがそれを感じていたのは最早遠い昔だ。
「指揮は私がとっても?」
「うん? うーん……分かった、じゃあこれ」
傍に来た先生の提案に乗ることにしたリョウヤがインカムを手渡す。
「先生が指揮を執ってくれるそうだ、お手並み拝見といこう!」
先生がインカムを付けると、真横とインカムの両方からそんな言葉が聞こえてくる。ギョッとして横を見ると、リョウヤが挑発するように笑っていた。
他の生徒からの反応はまちまちで、不満がありながらも先輩が言うのならという生徒もいるが、ひとまずは指示に従ってくれるらしい。
「――任せて」
発破を掛けてもらったと大きく頷いた先生を横目に、リョウヤはスコープを覗く。
戦場ではいつも通りホシノが前陣に切り込み、剣と盾の役割を持って後輩を守っている。
ホシノから援護を頼まれこそしたが、リョウヤは別に狙撃を専門としているわけではないのだ。ホシノの横で並んで戦うことも多いくらいだ。
そもそも、油断さえしなければ今更カタカタヘルメット団に後れをとることもない。それでも敢えて援護と言ったのは、先生を傍で監視するための建前でしかない。そしてリョウヤは、先生の能力を測るために指揮を任せたのだ。
結論だけ述べると、カタカタヘルメット団の襲撃はなんなく撃退した。
加えてホシノの「逆に奴らの前哨基地を襲撃しちゃおう」という提案を実行し、こちらも無事に成功を収めることができた。
そして今。
「え、なに……?」
リョウヤは大いに混乱していた。
出入り口の前に椅子が移動させられ、そこに座るように言われたのは良かった。何かわけがあるのだろうと思えた。断る理由もない。だが、正面真ん中にホシノ、そのサイドをシロコとセリカが固め、後方のノノミはリョウヤの二つの肩を押さえている……となると、困惑せざるを得ない。
「ノ、ノノミ……動けないんだけど……?」
「まぁまぁ」
自分が動けないことを悟ったリョウヤだったが、肝心の物理的に押さえ込んでいる後輩は楽しげに笑うだけだった。
状況を理解できていないのはリョウヤ以外では先生だけだが、特に口を挟む様子はない。当人としては既に、この程度なら問題ない関係なんだろうなと結論が出ているからだ。微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべている。
「分からない~?」
「……ヒントは?」
「お説教」
「お説教!?」
ホシノが普段通りのテンションで宣言したので、裁判長! とリョウヤはアヤネを見た。アヤネは苦笑いを浮かべている。
「先輩、こちらをご覧ください」
裁判長がリョウヤに近づき、持っていたタブレットの画面を向けた。
先生が横から覗き込むと、カレンダーにも似た画面が表示されている。あ、予定表か! と先生は小さく呟く。
「あれでもコレって……」
一見しておかしな点があることに先生は気がつく。
先月の半ばから十日間ミレニアムサイエンススクールと書かれている。そしてミレニアムサイエンススクール最後の日から二十日間がゲヘナ学園となっていた。
アビドス高等学校の人間の予定とは思えないのだ。
「先輩が頑張ってるのは私たち全員分かってるし、本当にありがたく思ってるよ? 思ってるけど、その」
「ん、一ヶ月帰ってこないのはどうかと思う」
セリカが申し訳なさげに言葉を切り、シロコがジトッとリョウヤを見つめて言った。先生は驚愕した。
「れ、連絡はした……よな?」
しどろもどろな言い訳を聞き、アヤネが再びタブレットを操作する。
リョウヤ[ゲヘナに来た]
リョウヤ[しばらく働く]
画面に映し出されたモモトークのメッセージを見て、先生は一言。
「これだけ!?」
驚愕の叫びに、リョウヤ以外がうんうんと頷く。
詳しく言うのならリョウヤのメッセージの下には、対策委員会の面々からのメッセージが続いているのだが、全てが既読でスルーされていた。
「返信したかったんだけど、時間帯がですね……」
思わず敬語で零してしまった本音は、失言だったとリョウヤはすぐに気がつき右手で口元を覆う。
「時間帯? それって早かったり遅かったりってこと?」
セリカの疑問に、リョウヤは口を閉じ、
「また睡眠時間削っていたんですか?」
後ろ上からノノミが問い、
「早朝と深夜しか空き時間がなかったんですね……」
アヤネは既に確信を持っている。
そしてここまで聞けば誰でも真実に気がつく、つまりは詰みである。
観念したリョウヤは渋々と口を開こうとして先生を見、最初に自分がしている事を説明しておくことにした。
「先生には言ってなかったけど、俺は依頼を受けて報酬を貰うっていう仕事をしているんだが……」
何でも屋みたいなものか、と先生は理解する。
ミレニアムでの仕事を終えてアビドスに帰ろうとしたところ、ゲヘナ所属の生徒にゲヘナ内の飲食店に連行されたのだ。
半ば拉致に近かったものの、料理を作ってほしいというので、それを依頼として受けることとなった。
問題は連行された飲食店は何の許可も出していなかったことだ。故に占領された飲食店を解放すべく、ゲヘナ風紀委員会が現地に現れる。
リョウヤに依頼を出した生徒達……美食研究会と風紀委員会でドンパチが始まり、風紀委員会が勝利して場を収めることとなる。
そこまで聞かされた面々は「えぇ……」と困惑を露わにしていた。
「もしかして、拘留?」
「あぁいや、自分から売り込んだ」
シロコが不安げに首をかしげ、リョウヤが「大丈夫だよ」とやんわり否定する。
「料理以外にも機械も作れるし修理できるヨー、そこそこ戦えるヨー、書類仕事もできるヨー、って」
リョウヤが各学園と繋がりを持ちたいと思っていたことを、対策委員会は理由も含めて知っている。ゲヘナ学園と関係を持つチャンスがあるとなれば、それこそ拉致紛いの行為をされていても利用するだろう。
ゲヘナ風紀委員会ともなれば尚更だ。
「食堂手伝ったり、書類仕事とか色々してたんだが……あー……いや、その辺はいいか」
うん、いいな。と自己完結したリョウヤに、ホシノは「それで睡眠時間は~?」と詰めてくる。
「え、あー……」
「ちなみに今日は?」
歯切れの悪いリョウヤに対するホシノの追撃はやまない。ニコニコしているように見えるホシノの雰囲気は、とても笑っているとは言えない。
「今日は?」
絶対に答えさせる意思がホシノの声には宿っていた。後輩達も先生も同じ思いである。
「三十分かな……」
「それは仮眠だね」
絞りされた言葉は、先生がツッコミのように指摘する。
「……シロコちゃんとセリカちゃんで、リョウヤの腕動かないようにしてくれる?」
「は?」
ホシノの唐突なお願い。意味は分からずとも、特に圧のない頼み事にシロコとセリカは二つ返事で返す。
「ん、わかった」
「よく分からないけど……これでいい? ってシロコ先輩くっつき過ぎじゃない!?」
「先輩、体温低いから」
低いからなんなんだろう? と不思議がるセリカをよそに、シロコは満足げな表情である。
リョウヤ個人の力は、対策委員会の中でも貧弱だ。何せ神秘を纏っていない。機工魔術士である以上、契約した悪魔から魔力を譲渡されているが、それも決して多くはない。
魔力による肉体強化を可能としているものの、普段の日常でするものでもない。魔力に余裕がないので、緊急時以外で消費する真似はしたくないのだ。
素の肉体による強さに関しては、例を上げるのなら腕相撲が分かりやすいだろうか? 対策委員会内で腕相撲した場合には、最下位になる程度しかないのがリョウヤだ。
背後から肩を掴んでいるノノミ。両手で腕と胸部を押さえるセリカと、ほぼ抱きついているシロコ。椅子の背もたれ。それぞれが前後左右と上で止めているので、リョウヤはもう頭しか動かせない。
「ホシノ……?」
この状態から自分は一体どうなるのか? 断頭台にでもいる気分になり顔を引き攣らせたリョウヤの疑問に答えるべく、ホシノはアヤネに顔を向けて言葉を発する。
「アヤネちゃん、メイク落としっていま持ってる? あるなら貸してほしいんだけど……」
「あ、はい!」
アヤネが鞄から取り出した拭き取りシートのメイク落としを受け取ったホシノは、片手でリョウヤの頬をペタリと押さえ、空いた手に持ったメイク落としで瞳の下部を優しく拭った。
そして生まれる……否、姿を現すのはあまりに黒く濃い隈。
(ごめんミレニアム自治区で会った子! 速攻でバレた!!)
揃ってコンビニ限定スイーツを手に取ろうとしたせいで、手と手が触れ合うという少女漫画さながらの展開だったが、第一声が「隈ヤバッ」だった少女に謝罪する。睡眠時間を確保する気がないならせめて、とオススメの化粧道具と簡単な使い方を教えてくれたのだが、まさか初日で――
(――いや初日じゃないか? ゲヘナでは指摘されなかったし)
意味のある行為ではあったのだろう。
この場合はホシノの洞察力が優秀だったのだ。ホシノからすれば、つきあいの長い相手の微妙な変化だ。少しちゃんと観察すれば分かって当然である。
連絡についてする説教よりも、眠っていなことを説教したいのが本音だが、優先すべきは睡眠をとらせることだ。
最早、誰も笑みを浮かべていない。ただただ真剣な表情である。
この日、リョウヤは帰宅させられた。
読了、ありがとうございました。