星屑の夢   作:ハレルヤ

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更新からもう四ヶ月とかマジ? ということで生存報告がてらの外伝となります。
時系列は先生がアビドスを訪れる二十日前スタート。ゲヘナでのお話です。


Extra enchant.1
EX-1.Welcome Gehenna Academy


 先生がアビドスを訪れるよりも以前。ミレニアムサイエンススクールからアビドスに帰る途中、リョウヤは美食研究会に文字通り誘拐されている。

 まるで宇宙人(グレイ)を扱うかのように両脇を固められたのだ。え、なに? と疑問を口にするより素早く、路肩に停まっていた車に連れ込まれた。

 

(まぁエイリアンではあるんだけどな……)

 

 胸中で戯けてみたのは、車に連れ込まれる直前のこと。

 某モンスター映画のこともあり怪物だと思われがちだが、エイリアンとは異邦人や外国人という意味もあるからだ。正しく今の自分だった。

 抵抗していなかったのは、掴まれただけの拘束の時点で抜け出せないことを悟ったからである。

 膂力が違い過ぎた。既に諦めもついていたことだが、どうしても嫌になる。

 が幸いにもリョウヤには工房との繋がりがあるので、逃げ出すにしても後の方が良いと判断したのだ。下手人達から殺意や害意を感じなかったのも大きい。

 連れ込まれた車内で誘拐犯とは思えぬ明るさの美食研究会から要求を聞き、依頼として引き受けることとなり、最終的には風紀委員会とのドンパチに巻き込まれることとなる。

 銃声や爆発音をBGMに作り上げた料理は美食研究会の口に入ることはなく、彼女達は連行されていく間際にわざわざ「ミレニアムから連れて来たんですよー」と暴露していた。その理由は後に分かることとなる通り、些細な嫌がらせであり悪戯である。当事者が否定しなかったのは、実際にミレニアムにいた時に誘拐されているので間違っていなかったからだ。

 リョウヤは無傷で保護され、一先ずゲヘナ学園へと風紀委員会と共に帰還していた。

 対策委員会の仲間達に話した通り、熱烈に自己PRを行なったのだ。

 繋がりのなかったゲヘナ学園、その風紀委員会と懇意になるチャンスだ。躊躇いはなかった。

 意外にも、すんなりと雇われることが決まる。

 

「何でも屋……つまりは便利屋ですか。正直、良い印象はありませんが……」

 

「便利屋は何も彼女達だけじゃない。葛葉リョウヤは機械と料理、医療方面に強いことで有名よ。それから……契約書をきちんと用意する、だったかしら?」

 

「ああ、公的な手続きにした方がお互い安心だから」

 

 アコが渋い顔をしたのは、脳裏に便利屋68が過ぎったからである。対してヒナは冷静に持ち得る情報を共有して伺うと、視線を向けられたリョウヤが人当たり良く肯首した。

 決して無警戒ではないホシノの同級生ということもあってヒナは前向きであり、契約書によって一定の信用を担保したことが重なり契約は成立したのである。

 契約のための書類を用意すると去っていくアコの背中を見て、リョウヤは思わず呟く。

 

「あの格好は風紀を乱していないのか?」

 

「……」

 

 ヒナは何も答えてはくれなかった。見事なポーカーフェイスのせいで、そこに込められた感情は読み取れない。

 少ししてアコが戻ると、契約内容を詰めることなる。

 リョウヤ自身が言う出来る事は多いものの、実際にどのレベルであるかは働きを見ないと分からない。

 試用期間を設けることになるのは自然の流れだ。

 初日は風紀委員会の書類整理を手伝うことで終わりを迎えた。

 二日目、リョウヤは風紀委員会本部にて風紀委員の生徒三人に捕まっていた。ヒナが近付くと、風紀委員達は両者に頭を下げて去っていく。

 

「……今のは?」

 

「美食研究会に頼まれて作った料理、完成していたからさ。捨てるのも勿体無いから、良かったら食べてくれって言ってあったんだ。そのお礼と感想を言いに来てくれた」

 

 昨日の出来事である。

 四人の雰囲気から揉め事ではないとヒナも理解していたが、流石に予想外の理由だった。

 いや、許可そのものはヒナが出したのだ。リョウヤから食べて欲しいと言われた、先ほどの彼女達から「どうしましょう?」と伺い立てられた際に。

 わざわざ感謝と感想を告げる程の一品だった、ということだろうか。リョウヤの嬉しそうな表情、部下達の満足そうな表情。どう考えても、料理は高評価だったとしか思えない。

 ここでヒナ、閃く。

 書類整理に於ける有能さは把握できた。折角ならば、とヒナはいつも忙しそうな部活動に連絡を取った。

 そうしてリョウヤを案内したのは第八学生食堂前。

 呼び出した生徒にヒナが、リョウヤに起こった事のあらましを話し始めると――赤い瞳に黒い髪をツインテールにしている額から生えた二本の角が特徴的な生徒・フウカは、これでもかと言う程に大きな反応を見せた。

 

「美食研究会に拉致された所を保護したのだけれど……」

 

「貴方も!?」

 

「……も?」

 

 言葉尻を捉えて、リョウヤは小首を傾げる。

 

「私も何度も経験が……」

 

 記憶を辿り、死んだような光の消えた眼となるフウカ。リョウヤがヒナへと視線を流すと、彼女は呆れたように頷く。

 言われてみれば、美食研究会の犯行はかなり手慣れていた。常習犯だったらしい。

 

「あっ、ごめんなさい。私は愛清フウカ。給食部所属の部長を務めている二年生です。よろしくお願いします」

 

「アビドス高等学校、廃校対策委員会の三年、葛葉リョウヤだ。こちらこそよろしく」

 

 挨拶を経て、右手同士が触れ合う。

 ゲヘナ学園の給食部は文字通り生徒の給食を用意する部活で、深刻な人手不足な環境でもある。

 風紀委員会も大概多忙だが、給食部も誰かを雇い入れるという点に於いて優先度の高い部活だ。

 給食部の現状、リョウヤの立場を説明すると、ヒナは急ぎ足で風紀委員会本部へと帰っていく。

 野外テーブルのベンチに、二人は向き合うような形で腰掛けた。

 

「えっと、改めまして。料理が得意なんですよね?」

 

「って言っても店を構えてるわけでも、給食を作ってるわけでもないが……とりあえず何か作ってみようか?」

 

「うん、確かに私達としてもどの程度できるのかは知りたいかも……」

 

 作ってる様を見れば、手際も分かる。給食部としては猫の手も借りたいのだが、だからと言って何も考えずに雇い入れるのは流石に迂闊だ。

 フウカは返答にも聞こえる独り言を溢す。無意識に敬語が崩れてしまうのは、誘拐被害仲間としてのシンパシーを感じてしまっているからだった。

 

「ちなみに得意料理はなんですか?」

 

「普段から作るから一般的な食事は当然として……甘党だからデザートかな。ケーキ、パフェ、パイ、プリン、一通り作れる」

 

「今ちょうど発注ミスで卵と牛乳が溢れているから……」

 

「プリンだな」

 

「プリン!!」

 

 お願いします、と心労の籠った瞳のフウカからそんな言葉は紡がれなかった。真横から元気で、そして幼い声が響き渡ったからである。

 二人が少し驚いた様子で顔を向けると……金髪に、百三十センチもないであろう低身長。天真爛漫な雰囲気を全身から醸し出している少女が、瞳を髪色同様にキラキラと輝かせていた。

 

「イブキちゃん、こんにちは」

 

「こんにちは! フウカ先輩!」

 

 クレヨンとスケッチブックを大事そうに抱えていた丹花イブキがフウカへと挨拶を返すと、次いでリョウヤへと向きなおる。

 

「はじめまして! 万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の丹花イブキです!」

 

「ご丁寧にありがとう。そして、はじめまして。アビドス高等学校廃校対策委員会の葛葉リョウヤです――プリンが好きなのか?」

 

「はいっ! プリンも好きです!」

 

 ビシッと片手を綺麗に上げてイブキが答え、リョウヤに一瞥されたフウカはこくりと頷いた。

 知り合ったばかりであっても、流石にこの程度の意図のやりとりは可能だ。イブキという非常に分かりやすいピースが挟まってくれたおかげだった。

 

「じゃあプリンを作ってもらえますか?」

 

 フウカの微笑みを受けてリョウヤが首を縦に振ると、携帯端末を取り出して時間を確認する。

 

「おやつ時、三時に……この食堂で?」

 

「それが良いと思います」

 

「試験運用なら意見は複数あった方が良いよな?」

 

「そうですね、そこは――」

 

 小気味良いやり取りを経て、二人の優しい視線がイブキを捉える。

 

「イブキちゃんにお願いしちゃおうかな」

 

 フウカの提案を受けて、イブキは眩しい笑顔を浮かべたのだった。

 また後でねー! と元気に走り去っていく少女を、二人は小さく手を振って見送る。

 

「初等部か? あの子」

 

「十一歳だけど飛び級で高等部一年生ですね」

 

 それはまた、とリョウヤが目に見えて感心する。自分が十一歳の頃と比べると幼さこそ大きいものの、それ以上にしっかりとした印象だ。少なくともコミュニケーション能力に関しては比べるまでもなく、リョウヤが大敗しているだろう。

 フウカが給食作りに戻るタイミングで、リョウヤもまた食堂入りする。

 約束の時刻には、複数個のプリンが完成していた。

 当然レシピも無しに作っているし、用意された材料しか使っておらず、手際も非常に見事。

 普段から料理をしていることが事実なのは明白で、フウカ含め給食部員達はかなり早い段階でリョウヤの採用を決定した。寧ろ、逃してはならないと鬼気迫る風ですらある。

 

「俺は、俺が思っていた以上に子供が好きらしい」

 

 子供好きを初めて自覚したリョウヤの柔らかい視線の先には、時間通りにルンルンでやって来たイブキがいた。今は同じ生徒会に属する仲間の一人――ボリューミーな臙脂色の髪の生徒・棗イロハと並んでプリンに舌鼓を打っている。

 

「んー! おいひぃー!」

 

「これ……本当に美味しいですね……」

 

 初めはイブキの満面の笑みに破顔していたイロハだったが、自身もプリンを食べてみて目を見開いていた。

 そんなイロハがマコトへとリョウヤのことを報告したことで、生徒会経由で給食部に雇われることとなるのは、少ししてからのお話。

 給食部で調理を手伝っているとあっという間に日は暮れ、同日の深夜。

 寝泊まりに関して、リョウヤは風紀委員会の空いている一室を提供されている。

 シャワーは生徒がいなくなった時間帯に、学校設備のものを使用していた。

 シャワー帰りに明かりの点いた一室があることに気が付いていたリョウヤは、その部屋へと向かって扉をノックをする。

 

「どうぞ」

 

 返事の主はヒナだ。

 失礼します、とリョウヤが入室する。他にも誰かいるかもしれないと考えていたが、部屋の中には一人しかいない。

 

「……何か用かしら」

 

「いや、明かりが見えたから」

 

 何処か淡々とした質疑応答の後、ヒナは「そう」とだけ返す。既に日付を跨いでいる。よくあることとは言え、事務仕事を早々に処理してしまいたかった。

 机の上にマンションとなっている書類を見たリョウヤが退出して行くのを、ヒナは視線を向けることもなく感じ取る。

 少し素っ気なかったか、と反省が過らないわけではない。

 意外なことに、暫くするとリョウヤは戻って来た。流石に予想外で、思わず一瞥してしまい理由を把握した。

 

「珈琲を淹れてきた」

 

「……ありがとう」

 

 差し出された珈琲を口に含むと、ヒナは「美味しい」と僅かに頬を緩める。言ってはなんだが、アコとは比べ物にならない。本当に同じ物を使っているのかすら疑問に思ってしまう程に美味だった。

 喜んでもらえたことで、リョウヤもまた雰囲気に喜色を滲ませる。

 

「何か手伝えることは?」

 

 問い掛け、リョウヤが自分の珈琲に口をつける。

 積極的なのは、やはり自身を売り込むためだ。打算的でしかなく、自己嫌悪は増していく。

 

「ない……とは言わないけれど」

 

 答えつつも、ヒナが目線を向けた先には時計があった。

 

「時間のことなら気にしなくていい、俺も慣れてる」

 

「……」

 

 肩を竦めるリョウヤがアビドスの人間であることを、ヒナは知っている。

 生徒会の仕事が学校に関するものだけならば、そこまで忙しくはならない。しかし、キヴォトスでの生徒会の仕事は治める区の管理も含まれている。

 在校生が僅か六人のアビドスが、普段から多忙なことは明白だ。ヒナはすんなり納得し、数十枚の書類の束を差し出す。

 パラパラと軽く書類に目を通したリョウヤが瞳を丸くすると、ヒナが辟易と返した。

 

「なんだ、この書類……」

 

「万魔殿……主に生徒会からのものよ」

 

「こんな……」

 

「子供が考えたような要求?」

 

 言葉を失うリョウヤへ、ヒナの歯に衣着せぬ物言いが届く。

 

「いや……まぁ……その、なんだ……イブキは大分しっかりした印象だったんだが」

 

 話を逸らす他ない。

 それほどまで酷い書類内容だった。

 

「生徒会……と言うより生徒会長から目の敵にされているのよ、風紀委員会は」

 

「で、無意味な書類を大量にって話?」

 

「たまに重要な物も紛れ込んでいるわ」

 

 意識してなのかは不明だが、森の中に木を隠すが如く所業である。おかげで結局、一から十まで目を通す必要が出てくるのだ。

 

「タチの悪いトラップだな……ああ、これか。風紀委員会の規模縮小に内容が飛躍させられてる」

 

 そこまでする? とリョウヤは呆れと僅かな感心を滲ませる。そもそもゲヘナ風紀委員会の仕事は、風紀委員会と直接会うことのない状態でも知っていた。単純に治安維持と表現しても、ゲヘナの治安もあってあまりに重要な組織だ。

 手渡した数十枚の書類。その大半を占める塵芥に紛れ込んだ重大事案の書類をすんなりと発見したことで、ヒナの中でリョウヤへの評価が上がる。

 

「書類を選ってもらえるかしら?」

 

「重要案件とそれ意外か、了解」

 

 紙の捲られる音とペンの走る音をBGMに、夜は更けていく。

 それからもリョウヤは給食作りに従事しながら、風紀委員会の手伝いをする。隙間時間では個人から修理依頼を熟すなど、中々に忙しない日々を過ごすこととなった。

 日が昇るより早く食事の仕込みを始め、深夜にはヒナを手伝う。

 ヒナが夕食を摂る暇すらない日には、リョウヤが夜食を用意するようになるほど二人は気安い関係になっていた。

 

「――ホシノと俺のことを?」

 

 リョウヤが視線を書類に向けたまま問うと、ヒナも同様に書類から目離さずに「ええ」と肯定する。

 雑談を交わす頻度も、初日とは比べ物にならなない。

 今、ヒナが話題に上げたのは一年生の頃にホシノを警戒し、その過程でリョウヤのことを調べたことがあるというもの。

 勝手に警戒され調査されていても、リョウヤが怒ることはないとヒナの中で確信する程度に仲は良くなっていた。

 

「小鳥遊ホシノ、彼女は一年生の頃は随分と変わった……そして貴方も」

 

「あー……」

 

 会話をしながらでも手は止まらないリョウヤだったが、今回ばかりは止まって気まずそうに頭を掻いた。手を止めるな、なんてことはヒナも言わない。普段一人でのペースを考えると、少し手を止めること位はなんの問題にもならないからだ。

 しかし、珍しくはある。ついつい表情を確認してしまうのも無理はない。

 

「昔の自分、好きじゃないんだ」

 

 視線に気がつき困ったような顔で溢した言葉には、どうしようもなく本音が滲んでしまっていた。

 

「……大人しい子だったわね」

 

「変に気を遣わなくていい」

 

 ヒナからフォローを受けて、リョウヤはクッと自嘲する。

 コミニュケーションを疎かにしていたのだ。

 地球では周りの大人が察してくれた。キヴォトスでは周りが頑張ってくれた。

 

「結局、周囲に甘えていただけだ」

 

 頬杖をついて、ヒナの瞳から逃げるように書類へとリョウヤは目を落とす。

 ミレニアムサイエンススクール所属で既知の三年生は「大人になったんだね」と感心もするが、本来ならもっと早い段階で形にしておかなくてはならなかったと、当時の自分よりよっぽどしっかりとしているイブキと出会ったことでより強く感じさせられた。

 

(あの子程、と言わなくても。コミュニケーション能力は必要だった……そんなこと、もっと早くに気がつけば良かったのに)

 

 馬鹿だよな、とリョウヤは胸中で吐き捨てる。

 対してヒナはだからこそ成長したのだろう、と納得である。同時にリョウヤの様子から切っ掛けにも察しがつく。

 切っ掛けとなったのであろうユメに起こったことを考えると、この話を続けようとは思えなかった。

 空気が悪くなったわけではない。

 お互いに落ち着いた雰囲気の人間だ。会話がなくとも気まずくなることもなく、息苦しさもない。

 時間は足早に過ぎていく。

 風紀委員会と給食部を中心に本格的に手伝い始めてすぐの頃に、イロハを伴って食堂へと姿を表したのは――すらりとした体に鋭い目を持つ生徒。

 独特な笑い声が妙に印象的だった。

 

「キキキッ、私こそが万魔殿のリーダーである羽沼マコト様だ! 葛葉リョウヤとはお前だな!」

 

「お、おう……はじめまして――」

 

 勢いに気圧されながらも挨拶をしたリョウヤを遮り、羽沼マコトは自信満々に長い銀髪を言葉と共に揺らす。

 

「その能力を評価して、このゲヘナ学園食堂でお前を雇ってやろう! プリン係としてな!」

 

「プリン係」

 

 話は大きくなり、マコトの一声で学園そのものがリョウヤを雇用するとが決まった。

 プリン専門として。聞いたこともない係の呼称を、リョウヤは唖然と復唱する。

 言い方を変えれば、デザートの料理人。パティシエだ。言葉の奇抜さに驚きこそしたものの一瞬置いて理解して「よろしく頼む」と頷く。

 しかし実際のところ問題がなかったわけではない。話を詰めていく中で判明した、その頻度である。

 食事というのは基本的に毎日三食摂るものだ。マコトの主張は、最早リョウヤに転校させるような日数だったのある。毎月の大半、というより毎月丸々だ。

 これには、出来るだけ敵を作らないように立ち回っていたリョウヤも困ってしまった。いや、意思は固まり切っている。転校することは絶対にない。

 けれど、マコトが生徒会長という立場なことが非常に宜しくなかった。何よりイブキを心底から喜ばせたことが琴線に触れたらしく、リョウヤを高く評価しているせいで絶妙に断り難い。軋轢を生じさせずに断らねばならなく、口元を引き攣らせて頭を必死に回転させる。

 そこへ一石を投じたのはフウカ。

 マコトが先の宣言したのは、給食作りをリョウヤが手伝っている最中だったからだ。

 流石にリョウヤに、そこまでさせるつもりはない。結果として彼女は、申し訳ないと思いつつもヒナを頼ったのだ。

 ゲヘナの風紀委員長と生徒会長は剣呑な雰囲気で話し合い、どうにかこうにかリョウヤを月一のプリン係兼給食部助っ人に落ち着かせた。

 決定打となったのは、話し合いに途中で顔を覗かせたイブキに提案したリョウヤの一言。それは「月に一度のイベントって心が踊らないか?」というハッピーアンバースデーを大事にする者らしい、なんでもない日を特別な一日するというもの。素直なイブキは、この提案に俄然乗り気になってくれたのである。

 地味に風紀委員会の仕事量が増やされたことに関しては、風紀委員会がリョウヤを個人的に雇う方向で補うとヒナは決めたが、決してマコトの前で口にはしない。邪魔されたらたまったものじゃなかった。

 そうして隙間時間もゲヘナで名を売るために働き、日々は忙しなく過ぎていく。

 

「お~! ありがとう! 記念に一緒に写真撮ってもらって良い? SNSに上げるのもオッケー?」

 

 時に――夜桜キララといった一般の生徒達の腕時計やアクセサリーなどの小物を直し、

 

「……死体を見たことあるんですか? 何度も? えっ、本当ですか?」

 

 時に――救急医学部の手伝いの中で氷室セナの鉄仮面を驚きに染め、

 

「助かります……あの、給食の手伝いとは別に料理を作ってもらうことって出来ますか? 前に美食研究会に用意していたものを食べた子達が、凄く美味しかったっていつも言うんです」

 

 時に――風紀委員会に属する目元が隠れたおかっぱの生徒に大型のサーチライトの修理と改造、ついでに料理を頼まれ、

 

「ありがとう、いただきます」

 

 時に――食事の暇すらないヒナへ手作り弁当を提供し、

 

「おや、見つかってしまいました。私のことは気にせずにどうぞ」

 

 時に――万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の戦車を整備する際にサボタージュ中のイロハと遭遇し、ひっくり返って脱ぎ散らかされている靴下を無視できず綺麗に畳み、

 

「リョウヤさんはアビドスの生徒だったんですね~」

 

 時に――桃色の長髪に二つの角を持つ一年生、ジュリに料理を教えたりと奔走していた。こちらに関しては全く解決の糸口が見られなかったため、間違いなく心残りとなっている。

 給食作り以外にも多くの仕事をこなして、リョウヤはゲヘナ学園を去る。

 余談だがジュリの作り上げた自我のある料理を見て「持って帰りたい、凄い解析したい」と真顔で口走ったリョウヤを、フウカが全力で止めるというエピソードもあった。

 温泉開発部の鎮圧を最後の仕事とし、多くの生徒に惜しまれつつもアビドスに戻り――先生との邂逅を経て数日。

 リョウヤは休息がてら、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の書記・元宮チアキから貰っていた冊子である週刊万魔殿(ぱんでも)に目を通していた。

 

(よく出来てる。……こういうのはアビドスの宣伝に使える、か? 会社でも……社外報とか社内報はあるもんな)

 

 感心しながら、アイスティーを口に含む。

 内容はイブキの可愛さを広めるためのものが大半だが、参考になる部分は大いに存在しているのだ。

 一先ずTS社の方で社報に関して提案してみようと決めた時、携帯端末に着信が入る。

 表示されている名は愛清フウカ。

 フウカから連絡が来るのは初めてのことだった。連絡の難についてお説教をされたばかりだったからこそ、不思議に思いながらも少し慌てて通話に応じる。

 

「はいはい、もしもし」

 

『あ……リョウヤさん?』

 

「ああ、フウカ。何かあったか?」

 

 二人が個人的な連絡を交わすことは少ない。稀にフウカは新たなレシピに関してリョウヤに意見を求めることとなるが、この時点では一度もなかった。

 故にこそ、珍しいと言わんばかりの問い掛けである。

 

『えっと、前に作ってくれたプリンのことなんですけど……レシピを教えてもらえませんか?』

 

 返したフウカの声は暗い。暗いというか重い。気乗りしていないのが明らかだった。

 

「……横で見てなかったか? フウカなら充分に再現できると思うんだが、というか別に特別なことは何一つしてな――」

 

『隠し立てするつもりかァ!』

 

 フウカから携帯端末を引ったくったマコト、渾身の怒声。

 反射で携帯端末を耳から離し、リョウヤは「うるせー……」とぼやく。

 奥の方からは「私のスマホ!」とフウカの叫びが聞こえ、思わず同情してしまう。

 そんなフウカの周りでは、他の生徒会メンバー達がプリン作りに精を出していた。

 マコトのように怒りを露わにしている者はいないのか、ワイワイと楽しげな声がリョウヤにも届いている。

 

「……あのな、フウカは俺が作ってる様を横で見てたんだ。材料も手順も把握してる」

 

 違いが出るとしたら魔力付加(エンチャント)だが、ゲヘナの給食作りでは特に意識しては行ってはいない。

 

「彼女は本当に料理上手だから、その指示に従って調理したなら間違いはない」

 

『味が違うから言っているんだろうが!!』

 

 言い聞かせるリョウヤに、マコトは尚も噛み付いていく。

 普段から料理をする者としない者では手際に差も出るだろうよ、などと思いつつも早々に「わかった、わかった」と早々に折れる。マコトとの付き合いはあまりにも短いが、その強烈な気質を把握するには充分過ぎたからだ。

 

「もう完成はしているんだよな? 騙されたと思ってイブキに食べてもらってくれ」

 

『イブキに出せるものではないと――!』

 

「あの子が満足しなかったら俺が責任をとるから。転校でもなんでもする」

 

『……言ったな?』

 

 イブキが喜ぶ。イブキが美味しいごはんを食べられる。冗談抜きにその一点でのみリョウヤを評価しているマコトは口元を吊り上げ、特徴的な笑いを溢す。

 尚――結果として、イブキは満面の笑みを浮かべることとなった。

 

『そういうわけで、時間を取らせて申し訳ありませんでした……』

 

 携帯端末を通して、フウカは深々と頭を下げる。やってらんねー! という本音が幻聴として届く。

 アビドスの事情を知っているからであろうフウカの心底からの謝罪に、リョウヤは同情の孕んだ苦笑をしてしまう。

 

「はは……解決したようで何より」

 

 マコト達万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)からリョウヤへの連絡はなかった。対してフウカは律儀にも同日の夜に電話をくれたのだ。

 

『うん、本当に。でも、よく確信持てましたね? イブキちゃんが満足するって。終わってみれば、私も当然だとは思いましたけど……』

 

「マコト達が誰を想って調理したか?」

 

『はい、つまりそういうことだったんですよね?』

 

 フウカはマコト達の調理過程を見ていたし、最低限の味の保証は出来ていた。それでも自分たちで試食してマコト達が満足しなかったのは、事前にリョウヤのプリンを食べた経験があったからだ。

 リョウヤは意識した魔力付加(エンチャント)はしていない。違いを感じたのなら、それは無意識にされた魔力付加(エンチャント)の影響でしかないだろう。

 勿論、普段から料理をする者としない者の手際の違いもある。比較対象としては差があり過ぎた。それでも並々ならぬ執念で補ってみせたのだから、見事と言う他ない。なんなら少し怖いという本音は隠しておく。

 

『誰のために作ったのか……愛情の対象って言うんですかね? とても素直に、より強く、想いは込められたんだって、イブキちゃんの笑顔を見て思っちゃいました……ちょっと異常な気もしますケド』

 

 フウカの表情は呆れたような疲れたようなものたったが、嬉しさや優しさは声に馴染んでしまっていた。

 人によっては美味しくなかった物でも気を遣って「美味しい」と評するのだろうが、側で見ていたからこそ分かった。イブキは心の底から美味しいと感じていたことが。

 フウカは魔力付加(エンチャント)を知らないし、当然機工魔術士(エンチャンター)でもない。しかし、一料理人として気持ちの籠った料理が持つ力をきちんと理解していた。いや、正確には忙殺で忘れかけていたことを思い出したのだ。

 

(料理は誰にでも出来る魔力付加(エンチャント)か……)

 

 リョウヤもまた、心が温かくなっていく。

 無意識下に漠然と美味しくなるように思って作られた料理と、特定の誰かを喜ばせたいと願って作られた料理。

 今回の一件で、どちらが良いかは明白だ。何せマコト達のイブキに向けられた感情は非常に大きい。それは会ったばかりのリョウヤが見ても明らかだった。

 機工魔術士(エンチャンター)ではない人間の魔力付加(エンチャント)を、このような形で実感するとは考えてもいなかった。

 アビドスの同級生や後輩から振る舞われる料理も、言ってしまえば魔力付加(エンチャント)されていたのだろうと気が付いて口元が緩む。

 

「フウカ、わざわざ連絡ありがとう」

 

 それは細やかな出来事でしかない。けれど大きな感動だった。

 

『いえいえ、こちらこそご迷惑をお掛けしました』

 

 感情の籠った感謝の言葉に、感謝の思いを込められた返答がなされる。

 

「いや、終わってみれば元気が出たよ」

 

『……そうですね。私も改めて、想いを込めて料理をする大切さに気が付けました』

 

 明日からも頑張ろう、そんな気持ちに二人はなれたのだ。穏やかな空気で通話は終わった時、両者共にスッキリとした表情を浮かべていた。

 翌日……解放された美食研究会に拉致られたフウカは、自分達料理人の気持ちを踏み躙られたような気がして、過去一番の抵抗と怒りを覗かせることとなる。

 リョウヤがゲヘナ学園にいる間、美食研究会の拘束は解かれなかった。目的がリョウヤだと分かっていたのだから当然だ。だからということもあり、フラストレーションの溜まっていた美食研究会の行動は早かった。

 美食研究会の部員三人が何やら騒いでいる中、会長の黒舘ハルナは銀色の髪を小さく靡かせて、赤い瞳を愉快そうに輝かせながら口を開く。

 

「今日はいつもよりガッツが凄かったですね、フウカさん。お元気そうで何よりです」

 

 ゲヘナ学園は今日も平常運転である。




書きたかったのは料理と魔力付加(エンチャント)の話だったのですが、なんやかんやで文字数が一万オーバーに……分割するか迷いましたがそのまま投下です。

本話が今年最後の更新となります。
(少し早いですが)皆さん、良いお年を。
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