星屑の夢   作:ハレルヤ

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新年あけましておめでとうございます。

Extra enchant.1-2
5-4と5-6の五日前から始まる、葛葉邸での便利屋68とのお話となります。


EX-2.隠形……便利屋68

 葛葉リョウヤと便利屋68はアビドスで顔を合わせる以前から、お互いに連絡先を交換し合う程度の仲を築いている。それも言ってしまえば仕事上のやりとりの為ではあったのだが、プライベートな話をしたことがないというわけではなかった。

 リョウヤ達が、カイザーPMC理事に提示された期限の五日前。つい先日に争いまでして尚、互いに連絡先を消したりはしていない。その短い期間で共闘もしているので、関係性としては中々に奇妙なものである。

 便利屋68事務所にて、カヨコの携帯端末が震えた。

 着信の通知と共に画面に表示された名前がリョウヤであったことに、驚きが全くなかったと言えば嘘である。

 同時に、文句や恨み言ではないという確信も存在していた。

 カヨコの指は、すんなりと通話に応じる。

 

「……もしもし」

 

 事務所内には便利屋68の全員が揃っている。今後の動向を決めるべく話し合っていたのだ。

 カイザー社からの依頼は、ゲヘナ風紀委員会の介入もあって失敗という形に落ち着いている。風紀委員会が目を光らせている可能性がある以上は、便利屋68も事を構えられない。カイザー側もゲヘナ風紀委員会のことは知っているので、納得せざるを得なかったようだ。

 アルは意気消沈かと思いきや、元より乗り気でない依頼だったからか、実際に失敗という形で話が終わるとすぐに落ち着きを取り戻していた。

 カヨコはソファーに腰を下ろしたまま、いつも通りの雰囲気で通話を続ける。

 アル達はカヨコの態度や声音から、相手がリョウヤであると察しを付けて声を潜めていた。

 

「ニャーニャーゴロゴロ?」

 

 最中、あまりに突拍子もなくカヨコが口にした。別に媚びるように発言したわけではない。相手の言ったことを復唱したのが明らかで、しかしそれでも怪訝な視線は集まってしまう。

 その数時間後、太陽が完全に姿を消した頃。

 便利屋68は姿隠しの魔具であるWTCC-V2を纏って事務所を後にした。

 二年前、まだWTCC-V2が形にもなっていなかった時期がある。空間魔石はまた別の形をした認識阻害の魔具だったのだ。有り合わせの道具で作られたモノだ。その魔具ですらミレニアムサイエンススクールへの侵入を容易に可能としていた。ならば当然……方向性を定め、道具も素材も選別して作られたWTCC-V2であれば、誰に気が付かれることなく目的地へ辿り着けるというもの。

 

「鍵は……あった」

 

「コードは……ニャーニャーゴロゴロ」

 

 葛葉邸の玄関脇に隠された鍵をカヨコが拾い上げると、ムツキが語尾に音符でも付きそうな機嫌でテンキーを人差し指で叩く。

 電子ロックのパスコードは二八二八五六五六。語呂合わせはニャーニャーゴロゴロだった。

 二人の背後……WTCC-V2の都合上、密着していると言って差し支えない距離ではアルがハルカの肩を抱いている。

 玄関が開かれて四人が入室すると、屈み込んで靴を丁寧に揃えているアルを横目に「お邪魔しまーす!」とムツキが飛び出す。

 

「あっ、ニャーニャーゴロゴロくん!」

 

「……なんだろう、既に一生弄られる気がしてる」

 

 ちょうどリビングから廊下へと出てきたリョウヤは、揶揄うように笑うムツキの一言で乾いた笑いを浮かべる。

 カヨコへと電話をした際、予め合鍵を玄関脇に隠しておくこと。そしてパスコードを伝えたのだが「電子パスはニャーニャーゴロゴロ……」と口走ってしまったのだ。

 普段から考えていたということが、よく分かる。

 

「リョウヤくん、猫派だったんだね」

 

「別に犬が嫌いなわけじゃないが……」

 

 楽しげなムツキに困ったように笑むリョウヤへ、アルが助け舟を出すように口を挟んだ。

 

「はい、請負人さん。先日は助かったわ」

 

「……ああ、こちらこそ助かった。ありがとう」

 

 微笑みと共に渡された、たった今まで纏って来た外套は綺麗に畳まれていた。

 軽く頭を下げたリョウヤは、リビングの扉を指差す。

 

「そこのリビングで詳しい話を聞いてくれ。俺は、少しやらないといけないことがあるから」

 

 カヨコとハルカに軽く手を挙げると、カヨコは同じように応え、ハルカは勢いよく頭を下げた。短い挨拶を経て、リョウヤは早足に廊下の奥へと消えていく。

 便利屋の四人がリョウヤの出て来た扉へ入ると、対策委員会と先生が寛いだ様子で腰を落ち着かせていた。

 挨拶を済ませると、便利屋への依頼の詳細が語られた。

 対カイザーに向けた作戦は、ほぼ決まっている。

 便利屋68への依頼は、葛葉邸からカイザーPMC基地までのアヤネの護送。そしてPMCとの戦闘だ。

 オペレーターであるアヤネが現地へ赴くことは疑問だったが、学校へ籠城している風に見せかけた後は家で待っていろと言うのは酷である。皆が戦っているのなら余計にだ。それが分かるからか、誰も指摘する者はいなかった。

 これから五日間、外に出ずに葛葉邸に隠れていて欲しいという注文は、便利屋の四人にとっても正直かなりきつかったが衣食住……に加えて特別手当。百二十時間分の拘束報酬を払うと言われて陥落した。

 ――元より夜間の集合だったこともあり、あっという間に翌朝は訪れる。

 便利屋の四人は、アビドスの体操服や長袖のジャージに身を包んでいた。どうせ余っているからと贈られたのだ。

 アルは上下共にジャージ。カヨコは上が体操服の下がジャージ。ムツキは上下体操服。ハルカは上がジャージの下が体操服と、それぞれ個性の出ている着こなしだ。

 食事の用意が終わると、セリカが工房へリョウヤを呼びに行くこととなり、ムツキが「はいはーい!」と片手を上げた。

 

「その工房? っていうの、見てみたいなっ」

 

 私も、と正直な呟きをアルが溢す。

 いや気持ちは分かるけども、とカヨコ。

 ハルカもそわそわとしている。

 便利屋の四人も工房の存在は知っていた。武器の取り出しに関わっていることもだ。種は知っておいて損はない……そこまで冷静に分析している者が何人いるかは不明だが、なんにしても興味は津々だった。

 四人の予想に反して、許可はあっさり下りる。五日も拘束する以上家の中は基本的に自由で良いと、リョウヤが言っていたからだ。尤も、流石に工房は同行者ありと言明している。

 アル達を引き連れたセリカが、工房をノックするも返答がない。数秒だけ待つと、手慣れた様子で扉を開く。

 

「うわ……」

 

 セリカに続いて入室すると、ムツキがなんとも言えない声色で溢す。

 便利屋の四人が物珍しい工房に感動を覚えたのは、瞬きほどの短い時間である。すぐに視界に入ってしまったものに、嫌でも注目してしまったからだ。

 全員の視線の先に、リョウヤはちゃんといた。

 机サイズの作業台、それに合わされた椅子に座っている。

 ただし意識はなさそうだ。深く座り込み、顔は完全に天井を向いていて、口は小さく開いている。額と両目には覆うように濡れたタオルが置かれていた。

 規則正しく動く胸で眠っているのが伺えるが、その動きがなければ死体と勘違いしてしまいそうである。

 

「あの、物凄く……尋常じゃない程に疲れ切っているように見えるのだけれど……」

 

「下手をすれば三徹してるから……」

 

「さっ」

 

「静かに」

 

 アルが心配の色を濃くして呟くと、既に慣れてしまったセリカもまた同様の感情の伴って解答する。

 驚愕に声を上げ掛けたハルカの口を、そっとカヨコが覆った。

 

「今眠っているのも間違いなく仮眠で、正直どれくらい眠っているのかは……」

 

 セリカは複雑そうな顔で溜め息を落とす。

 直後、ホールクロックが鳴り響いた。

 リョウヤ……とハルカの体がビクリと震え、前者の目元のタオルがずり落ちる。緩慢な動きで頭が足元へ向けられると、抜き身の刃を思わせる瞳が開かれた。思わず体を強張らせてしまう程度に、威圧感を覚えさせる目つきだ。

 しかしセリカは当然のこと、便利屋も普段から鋭い眼光のカヨコと共にいるので怯むことはない。ただ……普段とのギャップは感じてしまう。

 

「あー……?」

 

 気怠げな声と共に体を起こし、セリカと便利屋の姿を視認すると、隈に乗っている瞳が目に見えて柔らかくなる。

 

「おっはよー! どれくらい眠れた?」

 

「……おはよう。アラームは一時間でセットした」

 

「豪勢な目覚まし時計だな……」

 

「それはただの趣味。中古品を安く買って改造した」

 

 ムツキが「一時間……」と小さくオウム返す。こいつマジか、と目は口ほどに物を言いっていた。

 高級感のあるホールクロックをアラーム扱いにしていることにカヨコは驚くも、作る側の人間特有の強みに納得するしかない。

 寝起きだからか普段よりも少し低い声でリョウヤは趣味と答えていたが、時計自体には様々な想いがある。ホールクロック自体はパラケルススの工房にもあったものだからだ。懐郷が形となった物と指摘されても否定は出来ないだろう。尤も、気が付いていた者はレセプションされているフルカネルリ以外はいないし、そのことに関してフルカネルリが微笑んだことを知る者もまたいない。

 

「アンティーク時計、良いわよね。うちの事務所にも……」

 

「合わないでしょ」

 

 この工房は奇跡的なバランス感覚の上で……と言うより、何処となくアンティーク調の強いデザインだからこそ違和感がないだけで、雑貨ビルの狭い事務所にホールクロックはあまりに不釣り合いだ。

 バッサリとカヨコに断じられ、アルはしゅんとした。

 その日は特に何事もなく終わる。

 リョウヤとアヤネ以外の対策委員会は登校し、エンジニア部から届けられた地雷などの物資を仕込んで過ごした。

 便利屋68は旅館にでもいると考え、ゆるりと過ごしている。リビングでテレビを見ながらお茶とお菓子を嗜むだけの時間は、中々に良いものだった。

 ――三日目。

 朝食は便利屋68の四人と先生、リョウヤ、アヤネ、セリカの八人で済まされた。

 ホシノ、シロコ、ノノミの三人は、昨夜のうちに学校へ再度向かっている。夜間警備の一環と同時に、カイザー側から細工をされないようにと泊まり込むためにだ。

 工房に籠るリョウヤと、PCルームでの遠隔操作などに慣れる必要のあるアヤネは葛葉邸に待機なので、他メンバーでのローテーションである。

 朝食後、リョウヤは「じゃあ、また後で」と即座に工房へと戻ってしまった。あまりの忙しなさに、口を開く者が一人。

 

「でもさぁ、流石に無理矢理にでも寝かせた方が良くないー?」

 

 ムツキである。彼女は両手の肘をテーブルに置いて支えとし、手の平に自身の頬を乗せた。茶化すような語調だったが、案じる気持ちが確かに混ざっているが分かる。

 

「それは本当にその通りなのですが……」

 

「今回はリョウヤ先輩の作ってるモノが必須なのよね……」

 

 アヤネとセリカが答えるも、複雑な胸中を晒した。

 ホシノ限定の空間接続先。ボックス型の魔具。……とリョウヤ以外は認識していたが、実際は加えて魔力の譲渡をするための魔具も用意する必要がある。

 どちらにしても、ホシノの安全面という点においてなくてはならないモノだ。だからこそ、対策委員会も先生も強くは言えなくなっているのだ。

 ムツキも「あー……」と返答に困ってしまう。

 

「請負人さんは三年生で副委員長だから、強く言えるのはそれこそ委員長と……」

 

 アルが先生に視線をやった。

 先生は複雑そうに苦笑を浮かべる。

 

「リョウヤくん、本当に自己管理はしっかりやってるからね。眠そうにしているところも見たことないんだ」

 

「逆にタチが悪いな……」

 

 カヨコが表情を歪める。言われてみればだが、昨日の朝にリョウヤを起こした際も、すぐにきっちりと目覚めていたように思える。

 欠伸の一つでも見せてくれるのなら、睡眠を促すことも出来るのだろうが、そんな些細な隙すら見せてくれないのは一周回って可愛げがない。

 

「それでも最近はちゃんと眠らせるようにはしてたんだよ? それもまぁ、両脇を二人で固めてやっとだったんだけど」

 

 あっけらかんと出た先生の言葉に、空気が停止した。

 

「両脇を」

 

「二人で」

 

「固めて」

 

「!? ……!?」

 

 アルからムツキ。ムツキからカヨコ。カヨコからハルカへと、驚愕のバトンが回されていく。見事なチームワークだ。

 

「「先生!」」

 

「あっ、これ世間的にはアウトか!」

 

 一手遅れたアヤネとセリカに声を上げられ、先生は右手の拳を頭に当ててテヘッと戯けてみせた。

 いや本当にごめんなさい、と四つの瞳に咎められている先生が続ける。

 アビドス組が本当に自然に一緒に眠るので、ついつい口が滑ってしまったのだ。

 

「意外と手が早い」

 

「いやいや、あの子の貞操観念は高いよ。ただ他の子に拘束されてると、途中で抜け出せないからね」

 

「え、あ、お、起こしてしまう……から……ですか……?」

 

 驚きを滲ませているカヨコへ、先生がきちんと注釈していく。カヨコは、先生の言葉だけでも納得したようだった。

 普段から周囲の反応を伺う気質の強いハルカが察すると、先生が首を縦に振る。

 

「まぁそれはそれで、何処までされるがままなの? って思わなくもないけど」

 

 ふふっ、と先生は笑う。

 尤もリョウヤの性質を信頼しているからこそ、女性陣も安心して共に眠っているという節も確かにあるのだろうとは思う。

 考えてみると、リョウヤはシロコからパパ扱いされていることもあった。父性に甘えている、そんな見方も出来るのかもしれない。

 

「シロコ先輩とノノミ先輩は引っ付いていたし、アヤネちゃんなんて先輩の上だもんね」

 

 初回のやらかしについてサラッと刺されたアヤネが「セリカちゃん!?」と慌てふためく。

 ちなみにセリカは、リョウヤの腰辺りの寝巻きちょんと掴むだけだった。

 

「眼鏡ちゃん、やるぅー!」

 

「意外と大胆なのね……!」

 

 ヒュー! とムツキが口笛を真似て茶化すと、アルは何処か感心したようだった。対して、アヤネは顔を真っ赤にして首を横に振る。

 

「ち、違っ! 誤解です!」

 

 アヤネは手を繋いで眠りに落ちたが、寝て起きたら上に乗ってしまっていたというだけだ。寝相の話でしかない。リョウヤの方は「何もしてないですよー」とでも言うように両手をピーンと伸ばしていた。

 意外だったのは、ホシノとは手を繋ぐだけだったことだろう。それを見たシロコが「日和ってる……」と半目を向けたのもアヤネやセリカの印象に残っている。ちなみに「どちらがですかー?」とノノミが尋ねた際の回答は「どっちも」であったし、ノノミも「ですよね☆」と共感していた。

 とは言え二年生の二人が特別密着しているだけで、その手を離さないのであれば繋ぐだけでも充分であるのも事実だ。

 

「私見だけど、対策委員会が相手だから密着も許してる気がするよ」

 

 アヤネへのフォロー兼ねて、まるで物語の探偵として振る舞うように先生は自身の顎に手をやった。話題を変えると同時に、確かな本音でもある。

 

「じゃあ試してみる? ね、カヨコちゃん」

 

「……私?」

 

「た、確かに、な、仲は良いですよね……」

 

「仲良いのは否定しないけど、程々の距離感だよ……プライベートで会う約束とかもしたことはないし」

 

 ムツキが玩具を見つけた子供のように笑う。カヨコは至って冷静だったが、ハルカにまで指摘された予想外だった。

 

「でもプライベートな連絡はしてるじゃない」

 

 アルも思う所があるらしい。

 味方いないの? とカヨコは面倒そうにぼやく。

 

「連絡はしてるけど……皆そうでしょ」

 

「でも一番してるよね? この前も、下着見えるからスカートでハイキックやめなーって送られて来たって言ってたしさ」

 

「言ってない。ムツキが勝手に横から覗いただけ」

 

 仲の良いやりとりに、先生の笑みが深くなる。

 アヤネとセリカにとっても、リョウヤが他校の生徒と関わる様を多くは見ていないので新鮮だ。慕われているのが分かり、表情が柔らかくなってしまう。

 七人の歓談は、セリカと先生が登校するまで続いたのだった。

 ――四日目。

 壁一面が本棚になっており、廊下に繋がる扉とは真逆の扉から庭に出られるようになっている一室が、葛葉邸の書斎だった。

 木目調の室内には一つのテーブルと一対のソファーが隅に置かれ、窓を純白のカーテンが飾っている。

 庭側はバルコニーとなっており、ベンチとテーブル、日差しと雨を和らげる屋根も付いている。付いている、というか恐らくお手製であることは見て分かった。

 庭に出るのも遠慮して欲しいと言われているが、書斎は好きにして良いと許可がされている。便利屋の四人は特別読書家ではないものの、暇潰しがてら顔を出していた。

 木と本の匂いが香る、落ち着いた空間だ。

 

「思っていたより本は少ないのね」

 

「自宅の書斎なら充分じゃない?」

 

「三桁は余裕でありそうだしね」

 

 アル、ムツキ、カヨコが感嘆混じりに部屋を見回す。

 本棚にやはりと言うべきか。何らかの専門書の方が圧倒的割合を占めている。

 寧ろ意外なのが、純文学やファンタジーといったジャンルの本も存在していることだ。恐らくと言うか、まず間違いなくアビドスの皆で過ごす為の部屋なのだろう。

 勉強会なども出来そうである。

 

「こ、これはなんでしょう……?」

 

 最後に入室したハルカが気が付いたのは、電気のスイッチの横に付けられたホルスターに差し込まれたリモコンだ。

 一見して、エアコンやテレビのものではないことが分かるデザインをしている。

 

「本棚切り替えたり、上げたりするやつ」

 

 不相打ちで背後から声を掛けられたハルカが「ひゃいっ!?」と飛び退くように声から距離を取り、アルがその背中を支えた。

 アル様……! と感動するハルカに、僅かに申し訳なさを感じながらリョウヤは説明を続ける。

 

「ミレニアムのエンジニア部が珍しく……本当に珍しく真面目に作ってくれた仕掛け(ギミック)でな」

 

((珍しくって二回言った……))

 

 そんなに言うほどなんだ、とカヨコとムツキが心をシンクロさせた。

 リョウヤがリモコンを手に取り、ボタンを数回押す。するとガチャッと音を立てて壁の本棚が奥に引き、別の本棚が姿を現す。

 同様の操作で、今度は床から本棚が生えた。

 便利屋の四人は言葉もなく唖然とする他ない。

 

「あ、眼鏡!」

 

「え、そっち?」

 

 リョウヤがする長方形のレンズをした眼鏡をムツキが指差すと、カヨコが思わずツッコミを入れる。

 

「本読む時には使うこともある」

 

 読むべき本は決まっているようで、リモコンを操作すると迷いなく一冊の本を手に取る。

 便利屋の四人には理解できない学術書の類の本を、リョウヤはパラパラと手早くページを捲る。

 集中しているのが分かる真面目な表情だ。

 どうやら作業の合間の気分転換ではなく、必要な情報を確認するために書斎へ顔を出したらしい。

 

「この眼鏡は速読のための道具なんだ」

 

「速読って道具で可能になるものなの……?」

 

「そういう機能のモノを作ったから。速く読むだけで記憶は出来ないけど、何度も繰り返し読めば嫌でも覚えはする」

 

 リョウヤは不思議がるアルへ当然とばかりに答えるが、当然ながら魔具である。世間にも出されていないモノだ。

 リョウヤの知識量の要の一つでもある。

 

「読書家が歓喜する眼鏡ね……」

 

 唖然としながらアルは溢した。エンジニア部が作ったという室内の仕掛けも相当に凄いのだが、眼鏡の方も大概だ。

 

「瞳と脳に負担掛かるから、何も考えずには使えないけどな」

 

 リョウヤもかつて、目や鼻から血を流すレベルで脳に負担を掛けさせた経験がある。

 本から視線を逸らすことはないものの、相応に丁寧な態度で返答は続く。

 

「それに小説みたいな登場人物の心情を読み解くような本だと、内容だけ暗記してもあまり意味はないし」

 

 使ってみるか? と本を棚に戻しながらリョウヤが確認すると、真っ先にムツキが手を挙げた。

 すんなりと手渡される眼鏡をまじまじと見つめるムツキに、リョウヤが使用方法と注意事項を説明していく。

 結局、速読体験会には四人全員が参加したのだった。

 それから数時間。

 

「私、社長もう辞める……」

 

「あ、アル様!? わ、わ、私は一生着いていきますよ!?」

 

「止めないで! このままじゃ何も変わらないのよ! それでも国家元首になれさえすれば!」

 

 アルとハルカが。

 

「ムツキ、ちゃんと出すもの出してもらわないと……ほら、あと一千万」

 

「待ってカヨコちゃん。一回落ち着こう?」

 

 カヨコとムツキが。

 

「俺にまた家族が増えるぞ」

 

「私は結婚もまだなのに……子沢山ですね、先輩」

 

 リョウヤとアヤネが。

 聞いた者を問答無用で困惑に叩き落とす会話を垂れ流していた。

 場所は葛葉邸リビング。

 僅かに開かれている扉から聞こえて来た言の葉達に、ドアノブへと伸ばしかけていた先生の手が止まる。

 後ろから続いていた対策委員会が訝しんだ。

 

「あ、て、転職失敗です……」

 

「社長から一転して無職!? そんな! 嘘でしょ!? フリーターですらないじゃない!」

 

「待って待って、ここで追加で一千万も持ってかれたらマイナスになっちゃう! 借金にまみれちゃう!」

 

「ルールはルールなんだから……諦めて転落して」

 

「子供が多すぎて車に乗らないな……」

 

「夫婦とニ男四女で八人もいる大家族ですからね」

 

 あ、ゲーム? と先生が扉を開けると、大正解だった。

 ソファー前のテーブルには、ボードゲームが置かれている。周囲には玩具の紙幣が散らばっていて、それなりの間を遊んでいたのが伺えた。

 両手を床について絶望しているアルと、それを慌てた様子で慰めるハルカ。

 ムツキが大事そうに持っている紙幣を引っ張りあっているカヨコ。

 既に七人乗っている六人乗りの車型コマに、どうやって八人目を乗せようかと頭を悩ませているリョウヤとアヤネ。

 

「あ、おかえりなさい!」

 

 扉が開かれると、アヤネが真っ先に発した。次いでリョウヤ。その次は意外にも人見知りの気があるハルカが、同様の言葉を紡ぐ。

 遅れてアルは四つん這いのまま気落ちした声音で、ムツキが紙幣を掴む力を緩めることなく笑顔で、カヨコも同様に紙幣を離さないままで対策委員会と先生の帰宅を迎える。

 

「ボードゲームをしていたんですね☆」

 

 パッと両手を合わせて、ノノミが顔を綻ばす。少なくとも、遊ぶ余裕がリョウヤに出来たということだからだ。これにはホシノ達も、何処か安心したようである。

 所謂、人生なボードゲーム……ルーレットで出た数字に合わせてコマを進めるすごろくゲームを、便利屋とリョウヤとアヤネは楽しんでいたのだ。

 程なくしてゲームは終了する。

 一位となったのはハルカだった。

 結果を見届けるとリョウヤが立ち上がる。

 

「ホシノ、帰ってきて早々悪いんだけど」

 

「うん、大丈夫」

 

 魔具が完成したと言っても、実証は済んでいない。時間にも決して余裕があるわけでもない。

 驚異的な速度で完成にまで漕ぎ着けているように感じるが……対策委員会の者達が工房からモノを取り出せるようになるメリットは非常に大きいので、構想自体はずっと練っていたからこそである。

 リョウヤとホシノは早々にリビングを後にして、工房へと降りていき、実証が終わると……後者は洗面所に立ち寄り、前者は真っ直ぐに再びリビングに戻っている。リビングではトランプ勝負が盛り上がっているようだった。

 この時点では、二人は契約の為の行為をしていない。ただし、契約書(スクロール)型の魔具による擬似的な契約(ギアス)では魔力の譲渡が上手くいかず、調整後に唇を通して契約をする了承をホシノに確認して終わっている。

 人間が悪魔と契約して機工魔術士(エンチャンター)にる手段は複数ある。契約書以外で手っ取り早いのが、肉体が性的に繋がることだ。

 しかし、それらは悪魔と人間の場合である。また今回、目的はホシノの機工魔術士(エンチャンター)化でもない。

 繋がりを持つことで魔力の受け渡しを可能とする事実に注目したリョウヤは、魔具を作るにあたって妥協点……というより性的な交わりを精一杯大きく解釈して、キスを代用にしようと考えたのだ。

 最終的には床に彫られた魔法陣が、ホシノへの魔力を譲渡する魔具となっている。陣の中でキスをすることで、魔力を譲渡するのだ。

 ホシノがリビングに戻る前、洗面所に寄って顔を水で洗ったのは火照りを冷やすためだった。

 

(おー、良い手だぁ)

 

 入室の際に見えた手札を見て、ホシノは熱を持った脳内を誤魔化すように感心する。先に戻っていた者がいることで、魔具は一度調整するという説明はされているようだ。

 ローテーブルを囲ってトランプ……大富豪をしていたのはシロコ、ノノミ、セリカ、アル、ムツキの五人。追加されたカウンターに合わせられた椅子に座り、先生はシッテムの箱を片手にニコニコと見守っている。アヤネとハルカは二人で飲み物を用意している所だった。

 生徒大好きな先生はともかく、だ。アヤネとハルカで何かしているというのは意外である。特にハルカは人見知りの気が強い。

 

「意外な組み合わせだねぇ」

 

「アヤネが飲み物用意するって言ったのを聞いて、率先して手伝いを申し出てくれたらしい」

 

 ホシノだけでなく、リョウヤにとっても驚きの組み合わせだったので、思わず先んじて指摘しまっていた。

 誰にでもなく呟かれたホシノに、ダイニングテーブルの席に着いているリョウヤが視線をタブレット端末から逸らすことなく返す。……こちらは顔を水洗いこそしていなくとも年相応に意識はしてしまっているので、ホシノの顔を直接見ることが出来てなくなっていた。あくまで自然に振る舞う辺りは、隠し事上手な両者共通の演技力であろう。

 二人の胸中を他所に、ハルカは不安を滲ませた。特にホシノは正面から殴り掛かった相手だからだ。

 

「えっ、あっ、その……ま、まずかったでしょうか……?」

 

「そんなことないよー、寧ろありがとうねぇ」

 

 戦闘などキヴォトスでは日常茶飯事だ。寧ろ今となっては、ホシノも「容赦なさ過ぎたかなー?」と反省していたりする。

 うへへと笑うホシノの緩い空気に当てられ、似通った優しい顔でアヤネも続いた。

 

「はい、とても助かっています」

 

 合計十一人もいるのだから食事やおやつ、飲み物の用意も中々に大変である。

 初日であれば謝罪の嵐だったかもしれないハルカ。しかし流石に慣れ始めているようで、相変わらず伺い立てる様子に怯えは見られるものの得意の「こめんなさい」は姿を潜めつつあった。

 そんな変化を知っているからこそホシノの声音は優しく、アヤネは柔らかい。

 ハルカはホッとしたように息を吐いた。

 

「やっぱり同じ学年っていうのが良いのかしら?」

 

「眼鏡ちゃん、雰囲気が優しいから!」

 

「ゲヘナとは全く関係ないのも良いんじゃない? それにリョウヤも緩衝材になってくれたし」

 

 ハルカの事情を便利屋68の仲間達は当然知っている。彼女はいじめを受けていた。それを救ったのがアルなのだ。

 自分達以外にも後輩が心を開けるのなら、それは喜ばしいことである。

 アヤネです、と一言だけ修正の言葉をムツキにぶつけるのは眼鏡ちゃん(アヤネ)。言いつつも、自分達の先輩同様に後輩を思うムツキ達の姿はやはり好ましい。

 そうやって、対策委員会と便利屋68は仲を深めながら過ごしたのである。




お気に入り登録、感想、評価、評価でのコメント、誤字報告、ありがとうございます。本当に励みになっております。

外伝やらサイドストーリー的な立ち位置のExtra enchant.1は、ここで一区切りです。
次の更新からレトロチック・ロマンに入ると思います。
最速であれば本作の連載開始日である今月24日、遅くともレトロチック・ロマンが公開された3月25日には投稿を再開したいと考えています。
私も人間なので絶対とは言い切れませんが、予定というか目標というか……書いておくことに意味があると思うので、ご容赦ください。

ゆっくりとした執筆の私ですが、今年も宜しくお願いします。
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