星屑の夢   作:ハレルヤ

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6-1. We're エンジニア!

 機械を作り、修理する専門家達をミレニアムではマイスターと呼んでいる。

 リョウヤが強い繋がりを持ち、対策委員会もお世話になったエンジニア部もまたマイスターの集まった部活だ。

 場所は、そのエンジニア部の工房でもある部室。

 鋼鉄を削るような音、金属を叩くような音、バーナーから炎の吹き出す音などが、今日も賑やかにハーモニーを奏でていた。

 人によっては不快でしかない騒音も、技術者達にとっては慣れ親しんだ音色であり、心地良さすら覚えてしまう。

 

「おや、お客さんだ」

 

 騒音の合間を縫って賑やかで楽しげな声が届き、軽く振り返ったのはエンジニア部の部長であるウタハ。紫色の長髪を小さく揺らすと、隣でタブレット端末を操作していたリョウヤも釣られるように体を向ける。

 

「先生にゲーム開発部と……あの子は――」

 

「うん、知らない子だね」

 

 二人の視線の先にいたのは、床にまで届いている長さを誇る黒い髪の生徒。

 

「モモイがヴェリタスに頼んで、学生登録を頼んだらしい。名前は天童アリス」

 

「それは思い切ったことを」

 

 名誉ヴェリタスであるリョウヤが知っていることを共有すると、ウタハはモモイへ感心を露わにした。

 

「あっ、お兄ちゃん!」

 

 モモイが大きく手を振った先にいたのは、葛葉リョウヤである。ウタハが「呼ばれているよ」と微笑むと、リョウヤは小さく手を挙げて応えた。

 

「……お兄ちゃん?」

 

「お姉ちゃん、リョウヤさんをお兄ちゃんって呼び間違えてから開き直ってるんです」

 

 首を傾げる先生に、ミドリが姉に対して少し呆れたような視線を向けて答える。

 ポン! と先生は手を鳴らした。

 

「ああ、保育士さんにママって言っちゃうみたいな? 確かにリョウヤくんって面倒見が良いもんね」

 

 先生自身も、リョウヤのお世話になっていると自覚している。

 対策委員会でパパ扱いされているのは、何も一人の男子生徒だからではない。家族には当然ながら息子……つまり兄や弟といったポジションは存在する。それでもパパ扱いなのは、年長者であることや性格面が大いに関係しているのだ。

 モモイはリョウヤに懐いているようだし、リョウヤもゲーム開発部は可愛がっている。呼び間違えるのも無理はないのかもしれない。

 

「だって構わないって言ってくれたもんねー?」

 

「別に悪口でもないしな」

 

 近付いて来ていたリョウヤにモモイがニコニコ笑顔で同意を求めると、特に気にした風もなく肯定している。

 

「こんにちは、ウタハ先輩、リョウヤさん」

 

「「こんにちは、ミドリ」」

 

 姉とは対照的に、落ち着いていた様子でミドリが挨拶する。リョウヤとウタハは一言一句違わず言葉を重ね、思わず顔を見合わせて小さく笑う。

 モモイとミドリがアリスの紹介を始め、加えて彼女の武器が欲しいという目的を告げると、ウタハは「なるほど」と口元を緩める。

 

「新しい仲間に良い武器をプレゼントしたいと。そういうことであれば、エンジニア部に来たのは正しい選択だね。ミレニアムにおける勝敗は、優れた技術者の有無に大きく左右される」

 

 自信に満ち溢れた声色で要約すると、すっと技術者とは思えない美しい指が伸ばされた。

 

「そっちの方に私達が作ってきた試作品が置いてある。どれでも好きな物を待っていくと良い」

 

「やった! ありがとう、先輩!」

 

「リョウヤの作ったモノはないから、それは先に謝っておくよ」

 

「あ、そうなんだ! でも大丈夫、ウタハ先輩達だってミレニアムが誇るマイスターだもん!」

 

 リョウヤをマイスター扱いし、ウタハ達のことも信じているというモモイの元気いっぱいな言葉を受け、二人と先生は揃って頬を緩める。

 なるほど、これは可愛がるのも分かる――一瞬きょとんとしたウタハが呟き、リョウヤの背中に軽く触れると「だろう?」とでも言うように得意気な笑みが返された。

 

「一年生のヒビキだよ。良ければ私が何か見繕ってあげる……」

 

 三年生の二人の背後から、ひょっこりと顔を覗かせたのはエンジニア部の一人である猫塚ヒビキ。何処か眠たげな瞳に、頭にはゴーグルを乗せた寡黙な生徒だ。

 ヒビキを混じえたモモイ達のやりとりが始まると、横で挨拶がてら先生とリョウヤが右手同士でハイタッチを交わす。

 パシッ、と小さく軽い音が響く。

 

「リョウヤくん、今日はミレニアムに来ていたんだね。っていうかピアス! 開けたんだ!」

 

 わっ! と先生が声を上げる。

 ピアスはまだ魔具でもなんでもない、ピアッサーで取り付けられただけの物だ。

 お洒落と言えばそうだが、あまりに小さい変化だ。相変わらずよく見ている、とリョウヤは感心してしまう。

 

「仕事とか手伝いとかでな。ピアスは開けたばかり」

 

 ヒビキを先頭に進むゲーム開発部、その数歩後ろを二人は和やかな会話をしながら続いていく。

 電話やカメラ通話で話すことはあったが、直接会うのはなんだかんだで久しぶりである。

 

「ちゃんと帰ってる?」

 

 暫しリョウヤを見つめ、先生はおちゃらけ揶揄うように尋ねた。

 

「もう飛べることを隠す必要もないから、ちゃんと毎日帰ってる」

 

 あの日、カイザーコーポレーションとの戦いで露わになった映像などの情報は、ヴェリタスが可能な限り隠匿してくれた。しかし、どうしても関与の難しいものもある。その一つが、人の口だった。

 リョウヤが飛行手段を持つことも、既に知る者は知る事実となっている。自身でも、そのことを理解している。故に今、ミレニアムへの行き帰りを飛行することで高速化させていた。

 バレてしまった手札を隠す意味はないのだ。

 

「最近は家に誰かしら居るしな……どうにもアレ以来、余計な心配を掛けてる気がするよ」

 

「良いじゃないの、慕われていて」

 

 リョウヤと先生の付き合いは、リョウヤが三十日間アビドスに帰らなかったことから始まっている。

 互いに懐かしさを覚えながら前者は肩を竦め、後者は微笑む。

 

「先生もミレニアムにいたんだな」

 

「ゲーム開発部から、力を貸して欲しいって連絡をもらったんだ」

 

 忙しそうだな、と笑うリョウヤ。先生は「君もね」と返して、当然とばかりに事情の説明をした。

 ゲーム開発部から先生へ送られた要請の手紙は、自分達が存続の危機に陥っているという助けを求めるもの。ただし最後の一文は「勇者よ、どうか私たちを助けてください」であった。

 ゲーム? と首を傾げる先生に、シッテムの箱のメインOSであるアロナは面白いと言いながらも「かなり切羽詰まっているということは、ひしひしと伝わって来ますね」と評した。

 手紙の内容がどうであれ、力が必要な生徒がいるのならば会うのが先生だ。迷いはなかった。

 

「そういえば指輪は?」

 

「作業中はどうしてもな……」

 

 左手の薬指を見て不思議そうな先生に、リョウヤは首にぶら下がっている紐をシャツの内側から引っ張り出した。姿を現した指輪に、先生も首から下げたネックレスの指輪をちょんと摘み「お揃いだね」と嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 歓談をしていると、武器を吟味しているアリス達の元に追いついていた。

 

「エンジニア部は技術(スキル)技量(レベル)も高いけど、色々と特徴的なモノを作るから、先生が好むような武器もきっと多いよ」

 

 アリス達から五歩ほど後ろで、リョウヤは感心混じりに告げた。

 

「……リョウヤくんがくれたネックレスケースみたいな?」

 

「俺も影響は間違いなく受けてるな」

 

 仕事や依頼で作る物、修理する物は当然ながら真面目に作業するリョウヤだったが、遊び心自体は存在している。余裕があるのなら、その遊び心は発揮するのだ。

 僅かな呆れと、少しの嬉しさを感じさせるリョウヤの態度に微笑ましさを覚えて先生は笑う。

 

(うん、柔らかくて良い表情だ)

 

 先生は胸の内で、安心の溜め息を溢した。

 今になってみると、カイザー社との問題が片付くまでは本当に肩の力が入り続けていたのが分かってしまうのだ。

 

「なら折角だし、私もちょっと見てみようかな」

 

 先生もアリス達に寄り、覗き込む。

 一見なんの変哲もない武器から、物珍しい武器まで彩豊かだ。

 興味深げな先生と入れ替わるように、人影がリョウヤの隣に躍り出る。

 二人のやりとりをコッソリ伺っていた身として「随分と懐いたものだね」なんて感想を抱いていたウタハだ。

 リョウヤが先生とアビドスで過ごした時間は一月もない。リョウヤの本質と当時を知る者としては、絆されるにはあまりに早いと驚きを隠せなかった。

 

「しかし……ふふ、私達からしたら弟の君がお兄ちゃんとはね」

 

「おっと、珍しいこと言った」

 

「そうかい? 私だって姉のつもりなんだけどな」

 

「……否定はし難いけども」

 

 ウタハは楽しげに、しかし悲しむ風を演じている。

 自身が兄扱いを受けるのが意外であることも、ウタハが姉であることも、リョウヤには否定が出来ずに乾き笑いを浮かべた。

 

「お姉ちゃんと呼んでくれても良いんだよ?」

 

 何処か悪戯な微笑みで、ウタハはリョウヤを覗き込む。

 そんな話をしていると、アリスのお眼鏡に適った武器が見つかったらしい。

 

「何か見つけたみたいだ」

 

 これ幸いにとリョウヤはウタハの提案を躱すも、背中には「照れ屋さんだね」と温かみのある声が届く。

 ちょうどエンジニア部員の一人が、姿を現した時だった。

 

「お客さん、お目が高いですね」

 

 ふっふっふっ、と不敵な笑み浮かべるエンジニア部の生徒に、アリスは「え、えっと……?」と困惑を隠せない。

 

「説明が必要なら、いつでもどこでも答えをご提供! エンジニア部のマイスター、コトリです!」

 

 朗らかに声を掛けて来たのは、ヒビキと同学年である豊見コトリ。左のアンダーリムが涙型の眼鏡が特徴……と言いたいが、胸の谷間にネクタイを挟んで下まで通していて、吊りスカートのホックは外れっぱなしでお腹が丸見えになっている事の方がよっぽど目立っている。これは網タイツ越しに足をふんだんに露出しているヒビキが霞む程の姿だった。

 ちなみに、アコとは違いリョウヤからの指摘はない。風紀を守る風紀委員会ではないし、格好に関しても女性悪魔で慣れたものだったからだ。

 

「コトリちゃん、久しぶり。ところでアリスちゃんが見てるこの大きいのは何?」

 

 まるで大砲の如く巨大な物体を前にして、ミドリが親しげに問い掛けた。

 

「良い質問ですね、ミドリ。これはエンジニア部の下半期の予算、その内の約七十パーセントをかけて作られた……エンジニア部の野心作、宇宙戦艦搭載用レールガンです」

 

 ふふーん! と鼻を鳴らし、得意げにコトリは答える。

 

「宇宙戦艦って……またとんでもないことを……」

 

「前にも確か……コールドスリープしようとして、未来でまた会おうって言いながら冬眠装置を作って大騒ぎ。挙げ句の果てに皆して風邪ひいてなかった?」

 

 モモイが唖然とし、ミドリは呆れ混じりに記憶を掘り返していた。

 

「……その未来直行エクスプレスなら、リョウヤが今でもよく使っているよ」

 

「冷蔵庫としてだけどな」

 

「食べ物をより未来に送れるようになったということだね」

 

「物は言いようだ」

 

 ウタハとリョウヤは気安いやりとりを交わす。テンポも良く、仲の良さが見える楽しそうな雰囲気を漂わせている。

 

「使い道と名前が釣り合ってない!」

 

 穏やかな二人を横目に、モモイはツッコミを入れるのを我慢できなかったようだ。

 

「部長代理も参加してくれていたら、成功していた可能性もあったと思うんですけどねー」

 

「でも、その部長代理のおかげで部費とは別に使える費用が増えたわけで」

 

 コトリとヒビキが笑い合うと、何処か悪戯っぽくリョウヤを見た。

 エンジニア部はTS社と提携している。部費とは別の費用とは、TS社で出した売り上げのことである。

 武器は取り扱わないTS社だが、エンジニア部が作る癖の強い物は何も武器だけではない。そして、その手の製品が一部でカルト的な人気を博していた。

 だからこそ、リョウヤは「俺は場を用意しただけだ」と困ったように笑い返す。元より売れるだけの物を作っていたのはエンジニア部なのである。

 また魔具であれば、何であれ作れるということでもない。作り手の腕は勿論、材料や器具の進歩にも大きな影響を受けるのだ。

 

「部長代理」

 

 本日だけで既に二つ目の、リョウヤへの呼称だ。先生がオウム返してリョウヤへ視線を向ける。

 リョウヤはコトリとヒビキの視線から逃げるように答えた。

 

「ヴェリタスの名誉ヴェリタス扱いと同じで非公式だよ」

 

「ヴェリタスで独占するのはズルいじゃないか……先日も頼ってはくれなかったし」

 

 プイッと顔を背けてウタハは唇を尖らせる。最初はヒビキやコトリを驚愕させた可愛らしい振る舞いも最早、見慣れたものだった。

 先日とは言わずもがな、アビドスとカイザーコーポレーションの一件である。

 エンジニア部に話を持ってきたのはリョウヤではなく、ヴェリタスだったのだ。

 

「それは正直に言って私も納得してない」

 

「私もでーす」

 

 ウタハだけでなく、ヒビキとコトリまでもが「ぶーぶー!」と便乗していた。

 ちなみにヒビキもコトリも工学分野でTS社に関わっているが、前者は服飾分野でも活躍していたりするので、関わりはエンジニア部としてだけではなく、仲は良好である。

 

「いや……うん、それは悪かったと思ってるが……急な出来事だったからさ」

 

 遠慮のない主張を受けて、リョウヤは困ったように視線をさ迷わせてしまう。

 

「元から色々と用意してあったんだよ」

 

「……あのスピードで届けられた時点で察してる」

 

 ウタハの言葉は言うまでもなく理解していた。

 エンジニア部から提供された地雷や移動型タレットでアビドス高等学校は要塞と化し、カイザーPMCを大いに苦しめたのだ。

 それだけの物資を一日二日で作れる筈もない。

 エンジニア部の三人からジトッとした半目をを向けられているリョウヤへ、助け舟を出したのは先生だった。

 

「やっぱり最初から準備していたんだ?」

 

 先生もそのことを感じていたらしく、疑問というより確認の体である。

 ウタハは「勿論」と即答した。

 

「私もアビドスの事情は知っていたし、リョウヤが戦うことになるであろう相手はチーちゃん達と想定していたよ」

 

 リョウヤはあまり頼ってはくれない。ウタハも、ヒマリも、チヒロもコタマも、よく知っていた。当人が望まないのは、関係ない者を巻き込まない為だとも理解している。

 ヒマリは渋ったが、リョウヤの意思を尊重しようと頷き合ったことはよく覚えていた。

 その上で勝手に話し合い、時が来たのなら力を貸そうと決めていたのだ。

 ウタハが「話が脱線してしまったね」とコトリを見やると、コトリは頷いて小さく咳払いをした。

 

「話を戻しますと……エンジニア部は今、宇宙戦艦の開発を目標としているのです」

 

 アリスの興味を惹いたレールガンは、その最初の一歩です! とコトリは胸を張った。

 大気圏外での戦闘を目的として開発された実弾兵器であり、ミレニアム史上でも初の試みなのだ。

 

「聞いてるとワクワクしてくる!」

 

「今回は上手くいってるんだ?」

 

「いや、予算に難がある」

 

 話したがりなコトリが自信満々に語ると、モモイのテンションが上がり、ミドリも興味を持ったようである。

 リョウヤはキッパリと断言し「開発費ってね、凄く怖いよ」と親指と人差し指で円を作る。表情は柔らかいものでも、声音は真剣そのものだった。

 えっ、と才羽姉妹は声を重ねる。

 

「予算の七十パーセントって言っていたよねぇ」

 

 先生の苦笑混じりの言葉に「あっ」と姉妹は再び声を揃える。

 

「ってそれ計画段階で分かるよね!? なんでレールガンだけ完成までいっちゃったの!?」

 

「愚問だね、モモイ」

 

 ウタハは気障に微笑んで見せた。

 

「ビーム砲はロマンだからだよ」

 

「……」

 

「その通りです!」

 

 ヒビキが強く頷き、コトリもまた当然とばかりに肯首する。

 モモイが期待するようにリョウヤを見つめた。この人はまだまともな部類だと認識していたからだ。しかしそれは、あくまでそう長くない付き合いだからこその印象でしかない。

 

「カッコいいよな」

 

「バカだ! 頭良いのにバカの集団がいる!」

 

 カッコいいという褒め言葉はレールガンか、或いはウタハ達へと向けたものなのか。モモイからのツッコミに、リョウヤは「はっはっは」と楽しげである。レールガン作成には全く関与していなかったので、いざ現物を見た際には感動したりもした。

 エンジニア部もまた、バカ呼ばわりされて尚不満は影もなく笑っている。

 リョウヤの趣味の一つが天体観測であることを思い出した先生は、寧ろ納得の方が強かった。宇宙への進出は間違いなく浪漫でもあるのだ。

 

「エンジニア部の情熱が注ぎ込まれた、この武器の正式名称は……」

 

「光の剣:スーパーノヴァ!」

 

 ヒビキとコトリが息を合わせて発表する。テテーン! と擬音が聞こえてきそうだ。

 リョウヤは小さく拍手をしている。

 

「また大袈裟な名前を……」

 

 ミドリは嘆息したが、琴線に触れた反応をした者もいた。

 

「ひ、光の剣……!?」

 

 アリスである。

 その瞳はキラキラと輝き、光の剣:スーパーノヴァへと注がれていた。

 

「わぁ、うわぁ……!」

 

 まだ出会って間もないのだが、それでもアリスと共にいる時間が一番多いモモイもミドリも見たことのない興奮具合だ。

 そうして、アリスから飛び出した一言。

 

「これ、欲しいです」

 

 え? とエンジニア部の三人が声を揃える。リョウヤも目を見開いていた。

 

「偉大なる鋼鉄の職人よ、あの龍の息吹が欲しいのだ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいのだけど……」

 

 アリスは独特の言い回しであるものの、声色は至って真剣なものである。

 うーん、とウタハは難色を示す。

 理由を察したのはリョウヤだった。周りに説明すべく口を開く。

 

「重量が百四十キロ超えてて、反動も大きいんだったか」

 

「光学照準器とバッテリーを足した上での砲撃で、瞬間的な反動は二百キロを超えますね!」

 

 それはキヴォトスの住人にも支えきれない負荷だった。

 二人の説明を聞いて、ウタハは肯首する。

 

「これを欲しいと言ってくれただけで、私達は嬉しいよ。ありがとう。持って行けるのならば本当にあげたいところなのだけど」

 

 その言葉に、アリスは目を輝かせた。

 ウタハの言葉はつまり、持ち歩けるのならプレゼントするということ。そして事実、アリスはクレーンでも使わないと持ち上げられないであろうレールガンを持ち上げてみせた。

 その重量と形状から、特に固定されることもなく置かれていた光の剣:スーパーノヴァが、あまりに呆気なく持ち上げられている。

 驚天動地といった様子で目を開いてしまっていたが故に、周囲の者は揃って次のアリスの言動への反応が遅れてしまう。

 

「えっと、ボタンは……これがBボタンでしょうか……?」

 

「ま、待って……!」

 

「……っ、光よ!!」

 

 ヒビキの急な静止に驚いたのか、アリスはそのまま引き金を引いてしまったのだ。

 レールガンからの轟音、更に続いて破砕する爆音が鳴り響く。

 

「ああああああああっ! 私達の部室の天井がぁっ!?」

 

 コトリが皆を代表して絶叫した。

 幸いだったのは砲身が上を向いていたことと、部室が最上階にあったことだろう。

 当然ながら怪我人は出ていない。工房の外が「なんだなんだ?」「エンジニア部がまた何かやらかしたぞー!」と騒がしくなった程度だ。

 着弾点の大半が吹き飛んだようで、降り注ぐのは粉にも近しい些細な欠片だけだ。

 小雨を手で払うように振るう先生とリョウヤは、穴の空いた天井を見上げて陽光に目を細めた。

 

「青空教室だね……」

 

「文字通りのな……」

 

 前者が呆然と呟き、後者も同様の様子で破壊された天井を眺めて呟き返す。周囲から反応はなく、各々が唖然と空を見上げていた。

 すごいです、と言葉を響かせたのはアリスである。感嘆している姿に、再び視線が集まる。

 

「アリス、この武器を装着します」

 

 ぐっと力拳を作ってアリスが宣言すると、ウタハは一拍遅れながらも頷いた。

 

「……約束だからね、構わないさ」

 

「ウタハ先輩、本当に良いんですか?」

 

「ああ、道具は使われてこそだ。光の剣:スーパーノヴァを、あの子以上に使える者はいないだろう」

 

 コトリが気遣うように問い掛けたが、ウタハの答えは変わらない。元より本音を話していたからだ。

 

「真面目な話、取り回しの為に少し弄る必要はあるか? 暴発は洒落にならない」

 

「ああ。後でアリスが持ち運びやすいように肩紐と取っ手を作ってあげて」

 

 話の流れでウタハが指示を出すと、リョウヤは返事をしながらも光の剣:スーパーノヴァの設計データを求める。

 

「なんだか凄いの貰っちゃったね! ありがとう!」

 

「ありがとうございます」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 モモイとミドリを見て、アリスも大きく頭を下げる。そんな二人をよそに、リョウヤへ設計データを送ったウタハは部長らしく更なる指示を飛ばしていく。

 

「いや、お礼はまだだ。ヒビキ、以前に処分申請を受けて……且つTS社でも売らないと判断したドローンとロボット、全機出してくれるかい」

 

「……うん」

 

「リョウヤは操作を」

 

「はいはい、そういう感じね」

 

「はい、は一回」

 

「……はい」

 

 光の剣:スーパーノヴァのデータに目を通していたリョウヤへ、ウタハから幼子に言い聞かせる如く指摘が入った。

 注意をされた弟と注意をした姉を横目にして、優しげな瞳をしたヒビキは小さく笑って早々に準備を始める。

 

「これってもしかして……」

 

 嫌な予感に、ミドリは冷や汗を流す。

 

「そう、その武器を本当に持って行きたいのなら――」

 

「私達を倒してからにしてください!」

 

 ウタハとコトリの宣言を受けて、ミドリとモモイが頼ったのはリョウヤであった。

 

「おっ、お兄ちゃん!」

 

 モモイは縋るような思いで声を上げる。ミドリもまた同様の感情が瞳に宿っていた。

 先生は一人気が付いたようで「あー、そっか……そうだよね」と納得している。

 

「うん? んー、まぁあれだ。その武器に関しては確認しておきたいんだろ。何せものがものだ」

 

「「か、確認?」」

 

 ウタハの考えを、リョウヤはきちんと理解していた。より困惑してしまうモモイとミドリとは対照的に、ウタハは弟分が考えを理解してくれていることに満足そうである。尤も、同じ技術者である以上は理解するだろうと確信はしていた。

 そんなウタハも表情を引き締める。

 

「と、言うより資格かな」

 

 言っている間にドローンとロボットが展開されていく。

 ウタハが説明を始めたことで、リョウヤは少し離れた位置に移動して手元にモニターとキーボードを投影した。

 

「持てる、撃てるだけでなく――問題なく使い熟せるかどうか……車の運転に免許が必要なのと同じだね」

 

 ヒビキは準備を終えると、リョウヤの横に並んで操る側に回る。ウタハが観察するが故に、ロボット達に混じって戦う役割となったコトリは渋い顔だ。

 渋面の理由は――コトリに限った話ではないが、戦闘は専門ではないからである。

 ウタハの言い分は最もで、モモイ達も納得する他ない。流れるようにリョウヤ達の準備が終わり、戦いが始まると資格試験の結果はすぐに下される。

 開始三分もしない内に、ロボット達の過半数が機能を停止させられてしまったのだ。

 モモイとミドリも参戦していたものの、その大半を薙ぎ払ったのはアリスだった。

 

「――光よ!」

 

 アリスの凛とした声を皮切りに閃光が走り抜け、ドローンとロボット諸共にコトリを飲み込んだ。

 その光景にリョウヤは背筋が冷たくなる。

 

(スゲー威力……あんなの当たったら死ぬ……)

 

 アリスとの模擬戦で煤に塗れているコトリを眺めて、リョウヤは心の底から「参加しなくて良かった」と胸を撫で下ろす。

 ヴェリタス製ジャケットは耐火性能も高く、エンジニア部での作業中でも問題なく纏える。それでも、掠っただけでも重症なり得る火力だった。

 その危険性を分かっていたからこそ、ウタハはリョウヤを参加させなかったのだろう。

 彼女もまた、リョウヤにヘイローがないことを知っている一人である。何せリョウヤがミレニアムに侵入していた理由の一つが、ヘイローを投影する魔具を作るためだ。

 ヘイローの詳細はウタハ達がリョウヤへと教えている。

 生徒達は互いのヘイローの形を認識できず、見ることも叶わない。しかし、存在しているかどうかは分かる。

 元より、呼吸のようなものだと言うヘイローの存在感は些細で儚いものなのだ。

 が、リョウヤの――と言うより、機工魔術士(エンチャンター)が持つ真紅の右目は、能力が拡張している。端的に言って、ヘイローを捉えることが出来ていた。

 形や雰囲気を強く感じ取れたのだ。

 後は見えているものを模倣して魔具を作り出すだけである。視覚では捉えきれない程に薄い映像と、魔力の付加(エンチャント)で可能だった。

 故にこそ、ウタハはリョウヤの耐久性がキヴォトスの者とは比べ物にならないほど低いことを知っていた。

 

「素晴らしい」

 

 アリスが光の剣:スーパーノヴァを扱う様を見て、熱の籠った言葉を溢すウタハ。いつかリョウヤが話したように、作ったものを使いこなしてもらえるのは嬉しいのだ。

 

「アリス、その光の剣は改めて貴方の物です!」

 

「わぁ、わぁっ……!」

 

「ふぅ、とりあえず良かった」

 

 立ち上がったコトリの宣言を受け、アリスは破顔した。ミドリもホッと一息吐いている。

 

「おいで、アリス。もう少し使い方を教えてあげる。それから取っ手の方だけは先に補強しておこう」

 

 ヒビキが優しく誘うと、アリスは跳ねるようについて行く。その後ろ姿を覗き見て、ウタハはリョウヤへと声量を下げて語り掛けた。

 

「どう思う?」

 

「どう思う、とは」

 

 普段通りでありながらも、僅かに真剣味の増しているウタハからの問い掛けの意味を察しながらも、リョウヤは敢えて確認の言葉を返してしまう。

 

「最低でも一トン以上あるであろう握力。発射時にもブレない体感バランス。強度や出力はさることながら、肌全体に傷すら見当たらない綺麗な肉体……いや、機体。つまり――」

 

「初めから厳しい環境での行動を想定している、か」

 

「加えて言うなら、ナノマシンによる自己修復もしているのだろうね。目的は――」

 

 両者共に技術者なのだ。

 一見して、アリスの特異性は把握できていた。

 

「今はやめておこう。結論を急ぐ必要もない」

 

「……そうだね」

 

 リョウヤは半ば強引に、言葉を濁して話題を打ち切る。ウタハもこの場で追究することはなかった。

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