星屑の夢   作:ハレルヤ

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6-3. バイブル求めてgo together!①

「わぁ、うわぁ……!」

 

 光の剣:スーパーノヴァを手に入れた翌日、時刻は真昼。ゲーム開発部の部室は、食欲をそそるチーズの香りが充満していた。

 リョウヤはエンジニア部に頼まれピザを作ることとなり、ついでに差し入れとしてゲーム開発部と先生の分も用意したのだ。

 興奮したような声を発したアリスは、幸せそうにピザを頬張っていた。

 ついでの量じゃない、とは口の中が涎でいっぱいになっていることを自覚したミドリ談である。持って来られたピザは、視覚と嗅覚の暴力だった。

 アリスの口周りに付着してしまったソースとチーズをユズが拭っているの見て先生は破顔していたが、口に向かって運んでいたピザを持つ手を止めてしまう。

 

「――え、何を使って作ったって言った?」

 

 今し方、雑談の中でリョウヤから奇天烈な単語が飛び出して来たからである。

 ゲーム開発部は然程の興味もないようで、中々食べる機会のないクオリティのピザに舌鼓を打っていた。そんな様子を満足気に眺めたリョウヤは、再び困惑の原因を口にした。

 

「天下統一スチームロコモティブ」

 

 聞き直しても名前は変わらなかった。

 きょとんとしていた先生の思考が単語のカタカナ部分の意味を導き出し、次いで昨日のエンジニア部との話を思い出す。

 ゲーム開発部があまり反応しなかったのはピザの力もあるが、何よりエンジニア部の名付けに慣れていたことが大きかった。

 

「スチームロコモティブってSL? あ、未来直行エクスプレス繋がりだったり?」

 

「合わせてデザインされた窯だよ。蒸気機関車でありながら、オーブンでもある」

 

 未来直行エクスプレスを冷蔵庫として活用し始めたリョウヤを見て、ウタハ達が設計製造したものだ。

 天下とは天火であり、つまりはオーブンだ。焼くことで全ての食材が統一(一つ)になるという意味らしい。

 二機が並んだ様は正しく圧巻なのだが、このまま行くと他の調理器具も列車になりそうで、調理をしている側としては少し気になる所だった。

 

「そう言えばウタハ先輩達って、結構な頻度でピザを出前してるって聞いたことあるかも」

 

「こんなに美味しいの食べちゃうと、出前じゃ物足りなくなりそう……」

 

「うーん……でもお兄ちゃんのピザって上品な感じに仕上がってるから、出前ピザとは系統が違くない? なんだっけ、リストラ? みたいな店で出そうなイメージ」

 

 幸せいっぱいな表情なのはアリスだけではない。ミドリもユズもモモイも、ピザに伸びる手は止まらない。それでも話は聞いているので、ピザを飲み込んで会話にも混じり始める。

 先生が「リストランテだよ……」とリストラというワードそのものにダメージを負いながら、モモイへ回答した。

 テーブルに並んでいるのはトマトの酸味とモッツァレラチーズのコクがハーモニーを奏でるマルゲリータや、魚介の甘味が詰まったペスカトーレ、とろとろの卵が他の具材や生地と絡み合うビスマルクといった有名なものから、チーズを使用しないピザであるマリナーラなどもあった。味が異なるので飽きなることがない。

 

「ウタハ達も言ってたな、それ。いかにも体に悪そうな遠慮のないカロリー爆弾を食べたいこともある! って」

 

 思い出したようにクッと笑い、リョウヤは炭酸飲料へ手を伸ばす。

 あー! とウタハ達へ共感を覚えるのはミドリ、ユズ、モモイ、先生。アリスにはよく分からないようで、リスのように口をぱんぱんにしている。

 ――結局、リョウヤはゲーム開発部にサポート役の助っ人として雇われる運びとなったのである。

 ユウカにも先生が確認済みで、先生が監督役となることが条件だった。

 ちなみに、報酬に関してはモモイが大きく頭を下げている。

 

「しゅ、出世払いでどうにか!」

 

「考えてみるとゲーム機本体もコントローラーも、修理費は本来なら結構な額掛かるよね……しかも、それが一つや二つじゃないから……」

 

「え、あっ! そ、それもどうか後払いで……ですね……」

 

 なんで今言うの!? とモモイは妹に刺され呻く。いや、言われてればその通りなのだ。思う所があるのか、ついつい敬語になり、言葉は語尾になるにつれて縮んでいく。

 

「ああ、別に構わないよ」

 

 ゲーム開発部の予想に反して、承諾は二つ返事だった。そもそも、修理費に関しては請求するつもりもない。

 

「代わりにゲーム開発部(みんな)が有名になった暁には、開発したゲームをうちの会社で扱わせてもらおうかな」

 

 リョウヤからすればヒマリからの依頼もあり、都合が良かったというのもある。

 ゲーム開発部は、揃って呆けた顔を向けてしまっていた。

 言われたことを理解すると、ぱぁっと花を咲かせる。

 リョウヤとしては「大成しなかったら扱わない」という意味なので複雑だったが、そんな胸中を知らない上に現状で実績が皆無……どころかマイナス方面に振り切っているゲーム開発部からすると、メリットもないのに無料で手伝ってもらえるという事実だけがあるのだ。

 リョウヤは、その場でぱぱっと契約書を作り上げた。

 まずゲーム開発部が目指したのはミレニアムプライスで受賞されるようなゲームを作ること――ではなく、昔のキヴォトスにいた伝説のゲームクリエイターが作ったとされる神ゲーマニュアル……G.Bibleを見つけ出すことだった。

 先生とリョウヤは「そういう方向に舵とるかー」と目を合わせてしまう。とは言え、同じ道の先駆者が残したであろうマニュアルには大きな価値があるのもまた事実だ。

 つまりリョウヤへの依頼内容は主に、G.Bible入手の手伝いである。尤も先生とリョウヤは、デバッグや差し入れ、経験談を話すくらいだろうと踏んでいた。これはユウカも同様で、先生から確認を受けた際には自身の遠回しな言葉をきちんと理解して貰えていたことに、喜びを滲ませている。

 そうして向かった先は廃墟群。

 ユズの武器は、携帯ゲーム機にアタッチメントを装着したようなグレネードランチャー。モモイの武器は、猫のストラップのぶら下がったアサルトライフル。ミドリはモモイの獲物とよく似ているものの、銃床にゲーム開発部のエンブレムのステッカーが貼られたマークスマンライフル。アリスは当然、レールガン・光の剣:スーパーノヴァ。

 揃って前線で戦えるメンバーだ。

 なので今回……リョウヤはサポート係としてゲーム開発部の部室に残っており、持ち込んだノートパソコンのキーボードを叩いていた。瞳にはコンタクトレンズ型の魔具も装備している。

 ゲーム開発部と先生が部室を出る直前、リョウヤは工房から一機のドローンを取り出していた。

 

「これ、ちょっと違うけどAWS2? リョウヤくんが使ってるのを見るのは初めてになるね」

 

 先生は「おー!」と少しの感動と驚きに包まれながら、窓から外へ澱み無く飛んでいくAWS2を見送っている。

 

「前にも言ったけど、アヤネみたいには操れないので悪しからず。一旦、先行させて様子を窺っておくよ」

 

 言葉こそ違うが、やろうとしていることはアヤネと同じだ。

 既視感を覚えた先生は、不意に「逆か」と口には出さずに否定した。

 

(アヤネちゃんがリョウヤくんの行動を見て学んだ、だよね)

 

 先生の口角が僅かに上がる。

 ドローンの先行による状況の把握。情報というアドバンテージを得ることの重要性。

 先輩の行動を見て、後輩は学んで来たのだろう。

 AWS2に一歩遅れて部室を後にし、向かう先は廃墟の一角。

 部室を出て行くとすぐに、最後尾を続く先生が朗らかに提案する。

 

「リョウヤくん。折角だし、お話してあげてみたらどう?」

 

 話を聞くだけでも得られるものがある、とはユウカも言っていたことだ。皆の記憶にも新しい。足を止めることはないが、ゲーム開発部の面々も軽く先生を振り返った。

 

『そもそも俺に、特別話せることなんかある?』

 

 返ってきた言葉は敵意や悪意は欠片もないが、何処か突き放すような台詞だ。しかし、心の底から疑問に思っているのが伺えた。

 事実、ミレニアムサイエンススクールが多くの技術者を抱えているのだ。その中で、リョウヤは特別に秀でているわけでもない。

 ユウカにも「あまり持ち上げてくれるな」なんて本気で複雑な感情を持っていた程だ。当人としては、貴重な話を提供できるとは考え難かった。

 先生の提案にユズは目を輝かせ、対してリョウヤの反応には肩を落とす。

 

「私はあると思うよ? 学校の先輩ではなくても、技術者としては先達なわけだし……経験談とかさ。あ、じゃあ質問に答える形っていうのはどうかな?」

 

 すぐさま別の手段へと方向性を変える案を出せるのは、流石の機転の良さである。

 それならまぁ、とリョウヤも難しい顔で首を縦に振る。

 

「でも私達もいざ聞こうとなると、何を聞いたらいいか……」

 

「珍しいのは……やっぱり起業?」

 

「き、起業したのは借金返済のためですよね……?」

 

 うーん! と頭を悩ますモモイに、ミドリは思いついたことを呟く。

 ユズは元から疑問を形にしていたのか、滑らかに口にしていた。自分達の作った作品の良し悪しは置いておき、一人のクリエイターとしては興味があるのだ。

 

「その為にヴェリタスとエンジニア部を抱き込むんだから凄いよね」

 

「パーティーメンバーを集めることから始めたんですね!」

 

 感心するミドリ。アリスは楽しそうに歩きながら、ゲームを使った例えを出していた。

 

『んー……うん。そうだな……知ってるかもだけど、起業自体は一人でも出来るんだよ。ただ、役員とかが欲しくてな。名前だけでも貸してくれないか? って頼んだ相手がヒマリとチヒロ、コタマにウタハだった。現三年生の四人』

 

 リョウヤはそっと記憶を辿る。

 事実は、ミレニアムで頼れる数少ない相手だっただけだ。その四人にしても、本音を言えば巻き込みたくはなかったくらいである。それでも頼んだのは、可能な限り秘匿して起業をしたかったからだ。アビドスの身内と行動を起こすのは、あまりに分かり易い。

 話が回り始めたことを確認すると先生は満足したようで、そっと口を閉ざして影になる。

 

『TS社は起業一年経たずに軌道に乗ってくれたけど、当初の予想だともっとゆっくりのはずでな。そもそもの俺が、事業だけに専念できる立場じゃなかったし……』

 

「あっ! アビドスは生徒が六人しかいない!」

 

「当時は……四人じゃない?」

 

 苦笑混じりにリョウヤが短く嘆息する。

 閃いたモモイへ投げたミドリの言葉に「あ、そうだよね……」とユズが得心した。

 ホシノ、リョウヤ、シロコ、ノノミの四人である。現在三年生の二人は初の後輩を迎え入れ、現在二年生の二人は当たり前に新入生だった。

 特に入学の時期は先輩も後輩もまだまだたどたどしく、問題は山積みだったのである。

 

『それでもスタートダッシュ決めて、早々に成長してくれた理由が――名を借りるだけのつもりだった四人が、創設どころかその後の運営にもガッツリ関わってくれたから』

 

 言の葉は、リョウヤ自身驚く程につらつらと出て来た。

 

『気が付かないうちに、四人で色々と話し合いがされていてな。俺は最後に纏めて報告されたんだ』

 

 本当に参るよ、と笑う顔は何処か誇らしげでもあった。きっと四人に対して、心からの感謝と尊敬があるのだと流暢な話し方からも察することが出来る。

 

「なんか意外かも」

 

「抱き込んだんじゃなくて、抱き込まれたんだ……」

 

「チヒロ先輩は報連相とかキッチリしてそうなのに……それだけ手を貸したかったってことなのかな」

 

 モモイ、ユズ、ミドリは驚くも、同時にアビドスの事情を踏まえると納得でもあった。決してリョウヤ個人で出来る規模の計画ではなかったのだ。

 リョウヤが自分から頼ることはないということを、ヒマリ達四人は理解していた。

 故にこそ、ヒマリの性格的な後押しもあり、四人は全てを決定してからリョウヤへと伝えたのだ。その際のリョウヤの驚愕した表情は、今でもハッキリ覚えている――とは、他ならぬヒマリ達の言葉だ。

 

『それは……どちらかと言うと俺の問題だな』

 

 困ったように、そして誤魔化すようにリョウヤは苦笑う。

 

『四人と出会った頃は、コミュニケーション能力が皆無だったんだ』

 

「え、わ、わたしみたいな……?」

 

 ユズが自虐めいた確認をしてしまったのは信じられなかったことと……自分と同じだったという可能性に興味を持ってしまったからだった。

 

『そんな可愛いもんじゃない』

 

 ククッと自嘲の笑いが溢れる。

 かわっ!? とユズは狼狽えていた。先生は口説き文句にも聞こえる言葉を発したことを意外に思うも、リョウヤが自身と比較して本気でユズの方が立派だと考えていることを感じ取って、嫌でも難しい表情を作ってしまう。

 

『話さない上に表情もない、文字通り幽霊みたいな奴でな』

 

 溜め息混じりに吐き出された言葉は、ゲーム開発部の三人にとっては信じ難い事実だった。アリスだけは、まだ実感が無さそうである。

 

「「うそ!?」」

 

 双子の二人は見事な息の合い様で、ユズも信じられないとばかりにぽかんとしてしまっていた。

 

「うんうん、そう思うよね。正直に言うと私も半信半疑だったけど、リョウヤくんの同級生が肯定してるから真実なんだなぁって」

 

 先生の保証を得て、漸く言葉を飲み込み始める三人。アリスは事の大きさが分かっていないのか「レベルアップしたんですね!」と笑みを浮かべ、リョウヤは「かも?」と淡く微笑んだ。

 

『ミレニアムでもヒマリやチヒロ達は当時を知ってるから、気になるなら聞いてみるといい。俺は……正直あまり話したくないし』

 

 短い溜め息のように息を吐き出す。そこに含まれた呆れと嫌悪は自身に向けられたものだった。

 気になる話ではあるものの、本人が言っている以上はヒマリやチヒロに聞けば済む。特に問い詰める者はいない。

 会話がひと段落つくと、タイミングよく廃墟群が見えてくる。

 先生はリョウヤからシッテムの箱へと共有されたマップや、敵の配置に目を通し始めていた。

 

「鋼の召喚獣……!」

 

 AWS2からエクステンションユニットである小さな盾が五つ展開され、メンバーそれぞれの周囲を漂い始めると、アリスはキラキラと瞳を輝かす。

 

「小さい盾だー!」

 

「ちょっと可愛いかも」

 

「こういうドローンの使い方って珍しいですよね……」

 

 モモイ、ミドリ、ユズの三人はツンツンと小盾をつつく。つつかれた小盾はクルクルと回った。

 小盾の操作をしているのがリョウヤだと思うと、ミドリの中での印象はやはり少し変わる。

 ユズはゲームのキャラクターや武器に流用できそうだとインスピレーションを受け、興味あり気に航空小盾を眺めていた。

 

『ハードは旧式だけど、ソフトは最新にしてある』

 

 部屋に残るリョウヤは映像を投影をする仮想のモニターと、モニター同様に実体のないキーボードも追加で用意していた。

 ゲーム開発部の反応には癒されながらも、指先は忙しなく踊っている。

 

『たださっき先生に言った言葉で察してる人もいるかもだけど、操作に関してはぶっちゃけ専門じゃない』

 

 はっきりと言い切ると、人差し指をピッと立てる。

 

『基本は自分で回避行動をとること。避けきれない時に防いでくれるかもしれない、くらいの認識でいてくれ』

 

「おっけー!」

 

「分かりました」

 

「は、はい……!」

 

「了解しました!」

 

 モモイ、ミドリ、ユズ、アリスが元気に承諾すると、リョウヤは満足げに頷いた。

 目的地周辺には敵性ドローンやロボットが跋扈している。

 オペレーターがいることで、敵の配置やルートは簡単に把握できた。けれど決して戦いがなくなるということはない。

 そして一度でも戦闘になれば、銃声に反応して敵が集まって来てしまう程に、辺りは敵性の反応が多かった。

 つまり、乱戦は免れない。

 

(なるほど、確かにリョウヤくんとアヤネちゃんでは動きが違い過ぎる)

 

 戦闘が始まると、先生は胸中で一人納得する。

 ゲーム開発部の面々は、初戦を終えてAWS2に多大な感謝を示した。それは間違っていない。事実として助かっているのだろう。対してリョウヤの歯切れは悪かったように見えた。

 本体であるベースユニットの移動速度も移動範囲もアヤネ以下。エクステンションユニットである小盾の動きは比べるのも烏滸がましい。

 人に衝突するということはなくとも、あまりに拙い印象を受けた。

 

(いや、違う……比較対象のアヤネちゃんが凄過ぎただけか)

 

 途中でリョウヤは、小盾をモモイ達の死角に配置すると報告している。これは防ぐ銃弾を絞ったということだが、アヤネの場合は邪魔にならないようにと気は遣っていても常に守る対象の周囲を円運動させていた。

 先生はかぶりを振る。

 早い段階で、守護範囲を絞って最低限の働きをすることを選んだ判断力を褒めるべきだろう。

 

「先生! 危ない!」

 

 ミドリが叫ぶ。

 戦闘中に余計なことを考え過ぎた! と先生がハッとなり、後悔するも遅い。離れた位置からグレネードランチャーが狙いを定めている。

 だが引き金が引かれるその刹那、遥か上空から迫る影あった。

 AWS2のベースユニットである。

 砲身へ特攻したドローンにより、銃口は足元へ向けられ、直後に爆発を起こした。

 爆炎に飲まれ、AWS2が吹き飛ばされる形で宙を舞う。

 

「っ、ありがとう! リョウヤくん!」

 

「ナイス! お兄ちゃん!」

 

 グレネードランチャーを構えていた人型ロボットと、周囲にいたドローンを二体纏めて吹き飛ばしながら先生への攻撃を防いだリョウヤへ、先生が感謝の、モモイが歓喜の声を上げる。

 拮抗していた戦況が傾いたことで、ゲーム開発部は敵勢力のロボットやドローンを殲滅することが叶う。ここで改めてAWS2の姿を現地組は確認できた。

 

「あ、AWS2が……!」

 

 ユズが泣きそうな瞳で呟く。

 今のベースユニットは外装が黒く焦げ、土に塗れ、火花を散らせ、配線が剥き出して電気が迸っている。エクステンションユニットの収納もままならない。辛うじて飛行している様相だった。

 

「ごめん、私のせいで……」

 

『気にしなくて大丈夫。元より戦闘用で、しかも盾役だ。どうしても破損し易い』

 

 申し訳なさに包まれる先生へと投げかけられた言葉は、あっさりとしたものだった。

 リョウヤ含め、対策委員会の面々は一度も先生の言った「身を守るシールド」の発動を見ていない。シールドの性能を把握していないということでもある。だからこそ、特攻に等しい運用で先生の身を守ることを選んだのだ。

 

『旧式なのを踏まえると、よくやってくれたよ』

 

 最新のAWS2である七つ目のバージョンはアビドス高等学校に配置されている。

 リョウヤではなくアヤネが使用するようになったからだ。

 旧い型なのは、工房に置かれていたからでしかない。ただ腐らせておくのではなく、何処かで使い道があるかもしれない。そんな考えから、修復して常備していたのだ。

 

『もう一踏ん張り、頑張ってくれ』

 

 それは誰に告げたわけでもない。

 自身が作り上げたモノへの祈りにも似た言葉だった。

 あまりにも小さな声だ。こちらには届かないようにと考えたのか、自然と溢れたのかは先生にも分からない。

 道具に精霊が宿るという伝承は何処にでもあるし、機工魔術士(エンチャンター)という非科学的な側面のある存在であることを知っていると、モノへ向けた言葉にも確かな重みがあった。

 先生がゲーム開発部の四人を見やると、機工魔術士(エンチャンター)を知らずとも何かを感じ取るような表情をしてAWS2を見つめていた。

 

「行こう! 皆!」

 

 モモイの力強い宣言を期に、一同は足に力を込める。

 

「AWS2の犠牲を無駄にしないためにも!」

 

 まだ生きてる! とリョウヤ以外から総ツッコミを受けたモモイは、勢いに押されながらも笑った。リョウヤも笑い声を溢す。

 何処まで計算しての発言なのかは分からないが、空気は確かに軽くなる。

 明るく元気な人材は、一人いるだけで空気を変えてもらえる。ムードメーカーというのは、心強く有り難い。分かっているからこそモモイがされたのはツッコミであり、批難ではなかったのだ。

 程なくして目的の廃墟の工場に入ると、すぐにAWS2は限界を迎えた。

 咄嗟に抱えたのはアリスだ。別に置いてきてしまっても構わない、と言ったリョウヤに「パーティーメンバーは見捨てません!」と力強く宣言してくれた。それがどれだけ嬉しかったかは、リョウヤにしか分からない。

 二人のやりとりを、僅かに心配を滲ませて他の者達は見守る。

 

「教会に連れて行けば、鋼鉄の魔術士ならば蘇生も可能ですよね……?」

 

『蘇生と言うより、次は別のモノになるかな。使えるパーツはあるだろうから、他の素材も使って……生まれ変わりというか、進化というか』

 

 縋るようなアリスに、リョウヤは嘘は吐かなかった。

 ぶっちゃけ一言で済ますのならリユースである。済まさなかったのは、リョウヤなりに言葉を選んでいるからだ。

 物持ちが良いのは美徳だが、バージョンアップという形で進化が確定しているAWS2の旧型を擦り続けるつもりもない。言ってしまえば、今回の使用で破損することは織り込み済みなのだ。

 

「つまり……ジョグレスですか!?」

 

『ジョグレス――造語か? ジョイントに、それから……』

 

「プログレスだね」

 

 アリスがジョグレス……より正確にはジョグレス進化という単語を知ったのであろう、デジタルなモンスターの活躍する育成ゲームが思い当たった先生が迷いなく補足する。

 首を傾げていたリョウヤだったが、得心すると感心を露わにした。

 

『ああ、合体進化か。上手いことを言う。その通りだよ』

 

 ジョイントが合体。プログレスは進化という意味を持つ。回収したAWS2の部品が、別の素材と合体して新たな姿になるのは、合体進化と言っても違和感はない。

 優しい声色のお褒めと……AWS2の進化が確定させられ、アリスは嬉しそうにはにかんだ。

 見守っていたモモイ、ミドリ、ユズがホッと笑い合うと、一同は揃って足を動かし始める。

 狭い廊下は薄暗く、同じ場所をくるくると回っているような錯覚を受ける。

 少しして、はたと動きを止めたアリスは周囲を一度見渡す。

 

「どこか見慣れた景色です……こちらの方へと行かないと行けません」

 

 記憶にはないが、セーブデータを持っているみたいです、と。この身体が反応しています、と告げるアリスの声には確信が込められていた。

 本人は何処かぼんやりしている風に見えるが、その足は淀みなく動いている。

 

「確かに、元々アリスがいた所に似てるけど……」

 

 アリスの後ろに続きながら、モモイが疑問を落とす。

 あれ? と首を傾げたのはユズだ。

 

「リョウヤさんには説明したことだっけ……?」

 

「「「あっ」」」

 

 モモイ、ミドリ、先生が声を重ねた。

 現地にいる生徒達が顔を見合わせて頷き合う。最後に三人の生徒達が先生を見ると、こちらも同様に首を縦に振った。

 アリスにもリョウヤへ説明しても良いか確認して、アリス発見時の事について共有が行われる。

 アリスは元々、ミレニアム自治区郊外の廃墟。立ち入り禁止区域の工場と思しき施設地下で発見されたことを告げると、リョウヤは興味深気に呟く。

 

『だから、この場も知っている……ね』

 

「それで納得するんですね……」

 

 言外に意外だと、ユズが小首を傾げた。

 

『一概に記憶障害と言っても種類があるが……思い出(エピソード)記憶がなくなっても言葉や知識を司る意味(セマンティック)記憶、運動の慣れなんか司る手続き(プロシージャラル)記憶なんかは無くならないんだ』

 

「あ、それ聞いたことあるよ。それぞれの記憶は容れ物が違うんだよね」

 

 まるで講義のような語りに、先生は「リョウヤが、アビドスでは講師役をすることも多かった」という話を聞いていたことを思い出しながら口にする。

 ゲーム開発部の面々は、まだピンと来ていないようだった。

 そうそう、とリョウヤは先生を肯定して続ける。

 

『体が覚えている、なんて聞いたことないか?』

 

「……ずっと乗ってなかった自転車に乗れるみたいなやつですか? 何年も泳いでいなくても、実際にはちゃんと泳げるとか」

 

 先生の補足で記憶が刺激されたミドリが、思い出したと言わんばかりに尋ねると、こちらもまた肯定される。

 

『それがプロシージャラル・メモリー……手続き記憶ってやつでな。繰り返しの反復によって獲得されて、一生忘れないレベルの強固な記憶になるんだ』

 

 はえー、と気の抜ける感心の声がリョウヤに届く。

 だから慣れ親しんだ場所であれば、記憶がなくとも体が道を覚えていることもある――と皆が納得する。

 それらしいことを言ったものの、機工魔術士(エンチャンター)であるリョウヤは知っている。

 魂とは記憶でもあることを。故に魂には経験して来たことも積み重なっているのだ。生前の人格も持ち合わせている。

 魂が唯のエネルギー体であれば、先生とフルカネルリの対話は成立しなかっただろう。

 

(今のアリスは記憶にはないと。なら、魂に宿る記憶か……?)

 

 或いは機体というのならば。ある種の手続き記憶として、精神(ソフト)ではなく肉体(ハード)の方に情報が電子的に残っているのかもしれない。

 

(でも食事は摂っていたな。いや、食事によるエネルギー補給を必要としているかは別か? 人型である以上、機能を人に寄せている可能性もある。なら味覚だけあっても可笑しくはないか。……と言うか、俺にはアリスが機体であると断定するだけの情報がない)

 

 ウタハの予想そのものには同意見であっても、あくまで分析からの予想でしかない。

 んー、気になる――とリョウヤは胸中で独言する。

 

(そもそも全てが機械(アンドロイド)なのかどうか。生身の人間ベース(サイボーグ)って線もあり得るんだよな)

 

 ぶっちゃけアリスが人間だろうと、そうでなかろうと、リョウヤが何か思うことはない。元より周囲に悪魔がいたのだから、種族に拘りもない。だが、それはあくまでも個人的な考えだ。デリケートな問題であることも分かる。

 一人考察を続けていると、アリスを先頭に進んでいた一向は光源を見つけたようだった。




ここすき10投票が増えて笑ってしまいました。
真面目な話、読者側に好まれた点が分かりやすいので参考になっています。
読了含め、様々な反応に感謝しています。
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