星屑の夢   作:ハレルヤ

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7-1.First Fantasy

 夕日の差し込まないヴェリタス部室、その休憩室をゲーム開発部と先生が訪れると、日中に訪れた時にはいなかったチヒロとユウカが顔を合わせていた。

 

「あ、ユウカちゃん」

 

「先生! それに……ゲーム開発部が揃って、どうしてここに? 余裕あるの? 大丈夫?」

 

 大丈夫? とユウカは心配を滲ませてしまっているのだが、無情にも気が付いたのは先生とチヒロだけである。

 

「えっと、リョウヤさんの話を聞きたくて……」

 

 ミドリの返答に、ユウカは虚を衝かれたようだった。

 十七時になるとリョウヤはミレニアムを後にし、今はヴェリタス他メンバーの姿もないようだ。

 

「ユウカこそ、なんでここに?」

 

「仕事よ、仕事」

 

 モモイの問いに、ユウカはヒラヒラと軽く手を振りながら返す。動作には、どうしようもなく疲れが滲んでいた。

 ネットワークセキュリティに関する仕事の話なのは、ヴェリタスという部室とチヒロの存在から明らかだ。

 廃墟から帰ってきた時にも訪れていたが、ごたごたしていたので結局リョウヤの話は聞けていない。何より、話したくないと言った当人がいたのだ。とてもではないが、聞けなかった。

 改めてリョウヤの話を聞きたい旨を告げると、チヒロは僅かに考え込む仕草をみせる。

 

「ふーん……それって私が聞いても大丈夫?」

 

 ユウカもリョウヤの技術者としての実力や、会社を立ち上げた者であることは知っている。とある一件から、ユウカが属するセミナー……つまり生徒会では有名な人物でもあったからだ。場合によっては依頼をすることもあるかもしれない、とも思う。正直、かなりの興味があった。

 

「リョウヤさんは、チヒロ先輩達に話を聞いてくれって言っていたので……」

 

 ミドリの言葉で視線が集まると、チヒロは「……あの子も隠しているわけじゃないしね」と頷いた。

 チヒロが飲み物を用意しようとすると、先生が手で制してその役割を買って出る。

 

「そもそもの始まりは……二年前にエンジニア部で起きた事件で――知らない間に工具が使われていたこと。ウタハから私達にその話が回ってきたの」

 

 先生へ感謝を伝えたチヒロは、ゆっくりと噛み締めるように語り出した。

 

「盗まれているとかではなく、使われている……ですか?」

 

「盗まれたわけじゃないから物は残っていても、使用されれば変化……悪く言えば劣化して行くでしょう? ウタハは、その僅かな痕跡に気が付いた」

 

 小首を傾げたミドリの問い掛けに、引っ掛かって欲しいポイントに引っ掛かりを覚えてもらえたチヒロは微笑んだ。

 

「情けないことに私やコタマじゃ原因も犯人も突き止められなかったのだけど……部長、ヒマリは違った」

 

 何を――否、誰を思い出したのか、チヒロは優しく笑んで続けた。

 

「犯人は一人の男の子だった」

 

 瞑目してから出された解答に「え?」と皆揃って自然と声が溢れた。

 

「それって……リョウヤくんが?」

 

 代表して確認をしたのは先生である。あまり口を挟むつもりはなかったが、思わずと言った様子だ。

 当時、認識阻害を可能とする外套型魔具であるWTCC-V2は完成していない。

 ユメが所持していた災害時用のポータブルラジオを一つ貰って改造し、中に空間魔石を埋め込んだそれは、電源を入れることで認識を阻害する魔具となった。

 性能も低く、簡易な魔具であったが未知の技術故にチヒロやコタマ、ウタハには突破できなかったのだ。

 つまり当然、答えはイエス。チヒロは淀みなく首を縦に振って続けた。

 

「ウタハ達も怒っていたわけじゃないんだけどね。工具を勝手に使われていたと言っても、技術を持っていることも丁寧に扱われていることも分かったらしくて」

 

 唖然としている一同を見て、チヒロは小さく笑う。

 

「それからはヒマリを中心に策を練って、あの子を捕まえた。捕まると思っていなかったみたいで、当時にしては珍しく驚いた顔をしていてね」

 

 当時にしては珍しく、という文言にピクンと反応した一年生が一人。

 ずっと気になっていたのだろうユズが、珍しくも先輩相手に率先して口を開いた。

 

「あ、あの……その頃のリョウヤさんって……コミュニケーションは……」

 

 人の苦手な後輩の言いたいことを悟ったチヒロは「ええ」と柔和に肯首した。

 

「本人にも聞いたでしょうけど……確かにあの子はコミュニケーションに乏しかった。別に人見知りではなかったと思うけどね」

 

 チヒロは複雑そうに声を落として言の葉を紡ぐ。最後は誤魔化すような笑顔だった。

 分かっていても尚、ユズの目は大きくなる。

 

「自分がなんでも出来ると自惚れていたわけでもない。ただ……自分で可能なことは自分でする。知らないこと、分からないことは学ぶ。成すべき事を成す。改めて考えると、自立心が強かったのかな」

 

 ユメが命を落としてからは、成さねばならないのだと強迫観念へ姿を変えていった。

 いなくなってしまった人に代わり、自分がその人の願いを叶えるのだと。幸いなのは「ホシノと共に」の一文がついていたことだろうか。尤も、そのホシノもまたリョウヤと似たような心情なようなので、チヒロ達からしたら心配はあった。

 影を宿したチヒロの顔色が、作ったようにすっと明るくなる。暗い顔では相手に気を遣わせると思ったからだ。

 

「リョウヤなりに頑張ったんだよ? 笑顔だって練習して。人と接するに当たってどうしたら良いのか、私達に聞いたりして来てね。相手のファーストネームを呼ぶようになったのも、その方が親しみを感じるからってヒマリが言ったからだったかな」

 

 本当だったんだ、とユズが無意識に呟く。別にリョウヤの言葉を信じていなかったつもりはない。ただ、実感としてはあまりに薄かったのだ。

 それは決してユズに限った話ではない。以前から話には聞いていた先生ですら、今になって漸く飲み込み始めていた。

 

「じゃあ、どうして変わろうと思ったのか、変わらねばいけないと考えたのか――理由は色々あるんだろうけど、やっぱり大きいのは自分が先輩になるから」

 

 ユメの身に起きたことを、チヒロが話すことはしない。知ってはいるが、それはただ情報を知っているだけだ。情報と理解は、イコールではない。

 安易に触れて良い領域ではないのだ。

 

「その時期の記録は残ってるんだけど……あの頃の自分を嫌っているのも本当なんだよね」

 

 どうしたものか、とチヒロは頭を悩ませる。

 百聞は一見にしかず。見てもらった方が、今との違いは分かりやすいだろう。

 弟分がどれ程の成長を遂げたのか自慢したい、なんてのは自分の我儘だ――許可も無しに、というのは抵抗がある。真面目な性格のチヒロは、当然とばかりにそう考えていた。

 

「記録……?」

 

 アリスが不思議そうに呟く。

 

「うん、葛葉リョウヤの百問百答」

 

 途方のない数字に「百!?」と驚愕が重なった。

 ヒマリ、チヒロ、コタマ、ウタハの四人が質問を用意し、投げ掛ける役も順に兼任したのだ。

 懐かしさを覚えて、チヒロの笑みが深くなる。

 

「ただ質問に答えるだけじゃなくて、人当たりの良さを意識させてね。その姿を映像で確認して、私達が口を出していたんだ」

 

「面接の練習みたいだ……」

 

 苦笑う先生は、何処かげんなりとしていた。

 

「口の両端を両手の人差し指で押し上げて、笑顔を作ろうとしてるリョウヤとかも映ってるんだけど……」

 

「なにそれ凄く見たい!」

 

 先生は打って変わって「えー!?」と両手を合わせて瞳を輝かせた。百面相である。

 言うだけ言ったチヒロは「アビドスの対策委員会に許可が取れたらね」と悪戯っぽく笑う。

 今となっては非常に貴重な映像だった。

 アビドスとカイザーコーポレーションの問題が落ち着いた後、対策委員会はヴェリタスとエンジニア部に感謝を告げに来ている。その際、僅か数秒に編集された映像が対策委員会に提供されたことを、リョウヤはまだ知らない。

 

「ただ……まぁそもそもの話。そこまで頼られるようになるまでも時間は掛かったんだよね」

 

 自嘲するチヒロ。もっと積極的に関わりに行けば良かった、という大きな後悔があった。

 あの頃、最も率先してコミュニケーションを取りにいっていたのはヒマリだ。次点で、リョウヤの技術に興味を持ったウタハだろうか。

 たられば、の話に意味はない。だが、コタマもまた同様の後悔を抱いているとチヒロは話したことがあった。

 チヒロもコタマも、ウタハも、ヒマリでさえも、全てが終わってから二年前にアビドスで起こった事を知った。

 リョウヤがミレニアムに顔を出せば世話を焼く。けれどそれでも、わざわざ周辺環境を探るなんて真似はしなかったのだ。

 あの頃もっとリョウヤと親しくなり、アビドスそのものと繋がりを持っていたのなら或いは――罪なき生徒が命を落とすことはなかったのかもしれない――なんて、身勝手なことを想像してしまう度にチヒロは自己嫌悪に陥っていた。そしてそれは、何もチヒロに限った話ではない。

 コタマがリョウヤに対して盗聴や場所の探知を繰り返すのも、間に合わなかったという過去の影響が間違いなくある。

 ブラックマーケットといった危険な場所にリョウヤが行くと通知が入るという、過保護が過ぎるシステムを組もうと提案したのは他ならぬコタマだった。

 気が付けなければ、間に合わなければ、人は人を助ける為の行動すら起こせないことを思い知らされたのは、決してリョウヤだけではないのだ。

 

「ヒマリがね、今にも泣き出しそうな……迷子みたいな瞳をした子を放っておける筈がないって。言われてやっと、私達もどうしてリョウヤを大なり小なり気に掛けていたか自覚した」

 

 先生は感嘆する。次元規模で迷子であったリョウヤの事情を知っているからだ。今は分からないが、ヒマリも当然そのことを知らなかった筈なのだ。一見して直感したというのなら、とんでもない洞察力だ。

 

「保護者同伴謝罪事件って、そういうことかぁ……」

 

 ユウカが遠慮がちに呟くと、チヒロは小さく吹き出した。

 

「保護者」

 

「同伴」

 

「謝罪」

 

「事件……」

 

 先生、モモイ、アリス、ユズが、それぞれきょとん顔でユウカを見つめる。

 

「リョウヤさんがミレニアムに無断侵入を繰り返していたことを、セミナーに謝罪に来たことがあったの」

 

 次いで、ユウカは「TS社設立の時期にね」と注釈した。

 先生は納得する。弱みになり得てしまう事実があるのなら、先んじて謝罪してしまった方が周囲からの評価は下がり難いだろう。恐らく、他の問題に関しても謝罪は済んでいるのだと察しが付く。

 

「その時にヒマリが同伴したのよね。リオが何をするか分かりませんから! って」

 

 チヒロが呆れ笑いをした。

 当然ながら、リョウヤは「謝罪くらい自分一人で出来る」と一度は断っている。

 絶対に駄目です! と断固たる姿勢をとったヒマリの姿が、ミレニアムサイエンススクール現会長・調月リオとの関係を表していた。

 

「でも話を聞くと、会長の存在関係なく……」

 

「着いて行ったと思う。罰せさせるわけにはいかないって。……リョウヤからしたら、色んな意味で複雑だったんじゃないかな」

 

 少なくとも今のリョウヤが「結果が変わらないなら、過程や手段はどうでも良い」とは言わないことを知っている先生は、うんうんと強く頷く。

 罪というには少し大袈裟だが、きちんと清算しておきたかった筈だ。

 

「というか実際、その時もリョウヤそっちのけでヒマリとリオが言い合っていたって聞いているし……」

 

 嘆息するチヒロを、現場に居合わせていなかったユウカはまん丸になった瞳で見つめた。

 結果、リョウヤに下された罰は謝罪文の提出で済んでいる。何かを破損したわけでも、誰かを傷付けたわけでもない以上、大きな問題ではない。

 ゲヘナ程でなくとも、ミレニアムもまた施設の破壊などが相応に起こっているが故の判決だった。

 

「それも含めて色々あったから、私達には迷惑しか掛けてないって後ろめたさを感じているのよね。リョウヤだってたくさん助けてくれているし、周りに良い影響を出しているのに」

 

 小さな溜め息と共に、チヒロは本音を吐き出す。

 助けられているという自覚のあるゲーム開発部は覚えがあるようで、各々が「確かに」と納得顔である。

 

「ヴェリタスで、ゲーム開発部の皆に馴染み深いのはマキね。あの子がTS社に所属したのはつい最近なのだけど」

 

 モモイが閃いたとばかりに「あっ」と溢す。

 

「もしかしてTS社のロゴが変わった時?」

 

「正解」

 

 TS社のシンプルなロゴを眺めて「私ならこういうデザインにするのになー!」と簡単に描いてみせたのは、ヴェリタスのエンブレムを生み出した直後のマキである。

 マキとしては日々の何気ない雑談だった。

 当時からTS社に属していたチヒロとコタマ、ハレが居合わせ、ヒマリやウタハ、そしてリョウヤへ話とデザインを持ち帰ったのだ。

 結果、マキをスカウトしたわけである。

 

「悪戯の頻度は減ったし、規模……とでも言うのかな? それも小さくなった。私やコタマ、部長からしたら、何故なのかが明白だった」

 

 チヒロはゆっくりと眼鏡を外して、取り出したセリートでレンズを磨き始める。

 微かに思い当たる節があったようで、ユウカは「言われてみれば……」と溢す。

 答えに行き着いた先生が、温かな声色で口にする。

 

「自分の行動でTS社に迷惑が掛かるかもしれないから?」

 

 チヒロは大きく首を縦に振った。

 マキとて普段、チヒロ達に迷惑を掛けても良いと思っているわけではないだろう。だがきっと、そこには甘えにも似た感情が存在している。

 しかし、リョウヤに対しては? と聞かれると、少し変わってくる。何せ、彼は事情があまりに異なる。

 一生徒が数人がかりでも返すには桁の違う借金があり、返済のために起業までした。請負人として働いていることも知ってしまった。

 その上で、ヴェリタスへ教えを乞うている。それもまた、返済のための側面が大きかったことは明らかだ。

 マキは、弟子であるリョウヤに迷惑を掛けたくない。

 マキは、自分を尊敬してくれている相手に格好悪い姿を見せたくない。

 プログラミングやデザインに関して一日の長があるのだから……と考え、行動に変化が起こったのだ。

 流石にグラフィティーに関しては、その性質もあってか難儀しているようで、ヴェリタス三年生と二年生の三人とヒマリも、どうにか解決策を模索している所だった。

 

「他にも話しても良さそうなのは……物作りを始めた理由かな」

 

 おぉ! と期待が部屋内に広がる。

 シンプルながらも、非常に気になる話題だった。

 

「家族の役に立ちたかったんだって」

 

 百問百答の中で「義姉の……家族の役に立ちたかったから」とリョウヤは答えている。

 予想可能でありながらも、実際には予想できなかった解答だった。

 幼い頃から機械が好きで、何かを分解しては組み直しをしていた――などであれば、すんなりと腑に落ちていたかもしれない。

 好きから始まったのではなく、出来たから始まったわけでもない。誰かの為にから始まっていたのだ。

 先生だけは平然としていたが、他はやはり、予想していなかった様子である。

 

「“故郷にいた俺の周りの奴らって、皆が何かしらの専門家で。俺なんかより、よっぽど技術も技量もあって。手助けなんか必要ともしていなかった。ちょっとやそっとじゃ追いつけやしない。だからもっと早く、もっとたくさんの技術を学びたかった”」

 

 チヒロは一言一句違えず、当時の言葉をそのまま紡いだ。

 

「そう言っていたよ」

 

 コミュニケーションに難があると言っても、人間性には特に問題がないと判断するには充分な動機である。

 そして、聞き手達は納得と同時に驚かされた。

 リョウヤは、自分の能力が霞む技術者に囲まれていた――納得だ。今のように学んでいたのだろう。

 だが――追いつけない、と焦りを滲ませる程の技術者がいるというのは驚愕なのだ。

 大人である先生は、リョウヤが「簡単に追いつけない」とまで言うのも理解できた。自身が最も得意とすることを、自分よりもっと得意としている者達がいることを――世界の広さと残酷さを、子供達より少しだけ知っていたからだ。

 

「……こんな所かな、話せるのは。ひとに話をさせるなら、予め何処まで話して良いかくらい言っておいて欲しいよね」

 

 ヴェリタスのブレーキ役らしく真面目なチヒロは眼鏡を掛け直すと、負の感情をいっさい感じさせずにリョウヤへの小さな不満を口にして話を打ち切る。

 

「まったく……あのミスターワンマンプレイめ」

 

 悪戯な子供を叱る似た声色で、チヒロは優しく瞳を細めた。

 対策委員会でも「自己完結人間」と呼称をされていたと先生が声に出して笑うと、チヒロも釣られ、笑顔は伝播していく。

 話をしてくれたことにお礼を言って、明るい雰囲気でゲーム開発部はヴェリタス部室を後にした。

 

「レベルアップして進化していたんですね!」

 

 部室への帰路で、アリスが無邪気な笑顔を作る。

 モモイがケラケラと笑って同意している後ろを歩くユズは一人、記憶を辿っていた。

 それはリョウヤと出会った日のこと。

 今学期が始まって少し経った頃。特別なことは何一つないその日、モモイとミドリはエンジニア部の工房に訪れていた。

 

「直してあげたいのは山々なのだけれどね……」

 

 モモイとミドリへ顔を向けることなく、忙しない手を止めることもなく、ウタハは後輩からのお願いに申し訳なさを滲ませた。

 

「うっ……やっぱり……」

 

「申し訳ないが、仕事が立て込んでいるんだ。夜には時間がとれると思うから……」

 

「あ、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。結局はゲーム機ですから」

 

 モモイは落ち込んだ様子を見せるものの、ミドリは至って冷静だった。

 尤も、モモイがごねるということもない。二人がエンジニア部の工房に顔を出した時から、予想が出来る程の忙しなさが空気から感じ取れていたのだ。

 お邪魔しました、と姉妹は揃ってエンジニア部の工房を後にしようと踵を返す。

 するとタイミングよく、見知った顔が近付いて来ていた。

 

「あっ、リョウヤさん」

 

「こんにちは、リョウヤさん」

 

「こんにちは、モモイ、ミドリ」

 

 才羽姉妹とリョウヤの出会いは、劇的なことは一つもない。

 初めて顔を合わしたのは、ミレニアムサイエンススクールの食堂だ。ヴェリタスと共にリョウヤが昼食を摂っていた際に、マキが同級生の二人を部員達へ紹介したのだ。

 挨拶を聞き「ああ」と反応したのはウタハである。

 

「ちょうど良いタイミングで来てくれた。今日の授業は終わったのかな?」

 

 ウタハの揶揄うような授業という単語は、ヴェリタスでのハッキング講座である。

 

「そう――で何かやることがあるかな、とこっちに来た。いつも通りの流れ」

 

「それなら二人に力を貸してあげて欲しい。ゲーム機の修理だね」

 

 部室へ帰ろうとしていたゲーム開発部の二人が、勢いよく顔を向けた。

 

「えっ、リョウヤさんってゲーム直せるの!?」

 

「元々、リョウヤの専攻は機械工学だよ」

 

 作業中であるのにも関わらず、ウタハが微かに笑ったように見えた。何処か自慢するような気配もある。或いは、ハッカーなだけでなくエンジニアでもあるという主張だろうか。

 それを聞いて、モモイとミドリは喜色を滲ませた。

 そうして、リョウヤはゲーム開発部の部室にやって来たのだ。

 入室すると、モモイとミドリは赤いソファーに座るようにリョウヤを促した。

 扉を後ろ手に閉める際、YUZUと書かれたプレートの付けられている青いロッカー、その微かに開かれた隙間から見える誰かと目が合ったが、リョウヤは触れることもなく二人の指示に従う。

 ゲーム機の修理で使うであろう部品と工具は、エンジニア部が提供してくれるということだった。言われた通りに、適当に中身を見繕って持って来ていた工具箱を床へと置いておく。

 重量を感じさせる音が響いた。

 

「これと、これと、これと……後これと……」

 

 予め準備はしていたようで、モモイの動きに迷いはない。

 モニターに繋げて遊ぶ家庭用ハードから、手元で遊ぶ携帯ハードまで、作られた時代も含めて多種多様のゲーム機がソファーの周りに並べられていく。

 ミドリから差し出されたジュースの入ったグラスを受け取り、お礼を返しながらもリョウヤは驚きの色を瞳に宿す。

 

「多いな……これ一度に全部壊れたのか?」

 

「流石に詳しい日時は違いますけど、ほとんど同じタイミングでした……」

 

「タイマーでも仕込まれてたのかって思うよね」

 

「開発してる会社がそれぞれ違うし、そもそもレトロハードってだけでしょ」

 

 モモイがやけっぱちに言い放ったのは所謂、ハードを壊す時限爆弾のようなシステムのことだ。ゲーム機に限った話でもないが、壊す事で新しく買わせる仕組みがあるという根も葉もない噂話である。

 ミドリの冷静沈着な指摘には、モモイも「分かってるけどさぁ……」と自身の発言が八つ当たりであることを認めていた。

 

「一個一個、片していきますかね」

 

 二人のやりとりに小さく笑うと、家庭用ハードをテーブルに置く。

 工具箱を開いて、一分もしない内に家庭用ハードは中身を露にした。淀みのない動作に感動しながら、モモイは急かすように確認する。

 

「どう? 直せそう?」

 

「……これならエンジニア部から預かった物だけでも事足りそうだ」

 

 ほんの数秒だけ基盤の剥き出した家庭用ハードを見つめ、リョウヤは早々に結論を下す。

 やったぁ! とモモイがはしゃぐ。ミドリも嬉しそうに表情を崩していた。

 テンションの上がった二人だったが、テキパキと動き始めたリョウヤの手を見て思わず黙り込む。

 モモイが時折ゲームのコントローラー等を投げるので、エンジニア部に修理を頼るのは今回が初ではない。しかし、今までは修理して欲しい物をエンジニア部に持ち込んでいたので、修理している様を見た事がなかったのだ。

 実際に修理している様子を見てみて、苦にならない。どころか、見ていて楽しいというのは中々に不思議な感覚である。

 

「……」

 

 そんな三人の姿を、ロッカーの中からこっそりと覗っていた者が一人いた。

 

「――後は動くか確認だけど……」

 

 暫くしてリョウヤが顔を上げると、モモイとミドリはジッと直していたゲームハードを見ていたようだった。

 あー、とリョウヤが気まずそうに頭を掻く。

 

「ごめん。ずっと待たせてたのか。こっちは気にしないで好きにしていてくれ。こいつは直ったと思うから、起動確認がてら遊んでてくれても良い」

 

「ううん! 見ててすっごく面白かった!」

 

「うん、やっぱり技術があるのが分かる動きって凄い……」

 

 申し訳なさを滲ませたリョウヤへ向けられる、モモイとミドリの顔は明るい。

 

「確かに! ゲームの神プレイとかも見てて楽しいし、似たようなものかな……」

 

「そうかもね、どっちも芸術的というか……」

 

 はたと動きが停止する才葉姉妹。

 

「「あっ!」」

 

 モモイとミドリは、互いの発言で何かを思い出したように声を重ねた。

 事ゲームプレイというジャンルに於いて、技術のある芸術的神プレイを魅せる人物が脳裏を過ったのだ。

 きょとんとするリョウヤに、ミドリが「ゲーム開発部には、もう一人部員がいるんです」と説明する。

 

「部員って言うか部長なんだけどね」

 

「そこのロッカーにいる子か」

 

 モモイの補足を聞いて、リョウヤはすんなりと返した。

 ガタン! と一際大きくロッカーが揺れる。

 

「あ、気が付いてたんだ」

 

「部屋来た時に目が合った」

 

「え、それで最初からずっとスルーしていたんですか?」

 

「出て来たくない奴を、無理矢理に出すつもりはないからな。それに初めて二人と会った時にもマキが、ゲーム開発部にはもう一人いるって言っていただろう? ある程度の予想は出来た」

 

 モモイの中のリョウヤへの評価は、今日だけで随分と上がっている。自己完結していることよりも、感心が勝っていた。

 ミドリは、ユズの存在に気が付いていたことよりも、気が付いて尚スルーしていたことに驚いてしまう。

 

「我らがゲーム開発部の部長のー?」

 

 モモイが楽しそうにロッカーへ視線を向けて、自己紹介のし易い流れを作り上げる。

 

「……は、花岡ユズ……です……」

 

 流石に自己紹介はしなくてはと考えていたのか、ロッカーから出てくる気配こそないもののユズのか細い声が届く。

 

「あの、気を悪くしないで下さい。ユズちゃん、人と話すのが苦手なんです」

 

 自己紹介を促してくれたモモイと、光るミドリのフォローにユズは人知れず感謝する。

 リョウヤは気にした素振りもなく「そうか」と一言だけ呟き、穏やかに自己紹介を返す。

 

「アビドス廃校対策委員会副委員長の葛葉リョウヤだ、よろしく」

 

 それを聞いたユズは「アビドス……」と誰にも聞こえない程の呟きを落とす。

 かつて製作したゲームのプロトタイプが酷評され、学校でも話題になってしまったことが心の傷になっているユズにとって、学校が違うというのは少しだけ気が楽だった。

 

「――なるほど、それで人が苦手になったのか」

 

 リョウヤが再びゲーム機の修理に取り掛かり、モモイは動作確認の体でゲームを始め「おー、ちゃんと動いてるー!」と喜びを滲ませると、ユズの人見知りの理由についても片手間に説明していた。

 

「私とお姉ちゃんは、その時のゲームに感激してゲーム開発部に入部したんです」

 

 ミドリは相変わらず、リョウヤの作業を興味深げに眺めている。

 そうそう、とモモイが画面から目を逸らすことなく妹を肯定した。

 

「私達は本当にハマったんだけど、皆して文句ばっかりで嫌になるよね」

 

 唇を尖らせる姉に、妹も「せめて言葉は選んで欲しいよね」と首を縦に振っている。

 

「で、でも……わたしがあんな酷いゲームを作ったのが悪いから……」

 

 二人の想いは心底嬉しかったが、過半数を超える評価が低かったのも事実だ。

 ユズは自虐するように口にして、一人落ち込んでしまう。ゴトッ、とロッカーの扉に額がぶつかって涙目である。

 

「あんな酷い、か……」

 

 意味ありげな呟きと共に、一瞬だけリョウヤの作業が止まる。何か失言があったのか、とユズは体を震わせた。

 

「自分の作ったものを、あまり悪く言わない方が良いと思う」

 

 ユズの予想に反して、真摯な響きが部屋に響き渡る。

 

「作った物も可哀想だから」

 

 ユズにはどうしてか、それが自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。

 

「まぁでも……作った物に満足できない、足りないって思う気持ちは分かる」

 

「え……ほ、本当ですか……?」

 

 思い当たる節があるようで、リョウヤは自嘲した。

 ユズは、モモイとミドリがあれだけ感心した程の技術者の言葉に戸惑いを隠せない。

 

「俺も初めて作った物の出来は、とてもじゃないが自慢できないし……今だって――……でも多分これは、何かを作る人間の多くが一生抱える感情だろうな」

 

 何処までいっても、作った物に満足することはない。クリエイターとは、そういうものなのだろう。

 

「だからせめて、次に活かさないとって思う」

 

 作業が一度止まり、リョウヤが顔を上げる。

 ロッカーの隙間から覗いていた瞳と、赤と碧の瞳が確かに交わった。異なる二色は、真剣味を帯びている。

 今日が初対面である筈なのに、ユズの体は震えることもない。双眸に怯えの色も浮かばない。

 

「技術も技量も積み重ねだから。ゲーム開発に関して俺はあまり話せないが、きっとそれは同じなんじゃないか?」

 

 言うだけ言って、我に返る。

 

「なんて、あまり偉そうに言える立場でもないんだけどな」

 

 ユズだけでなく、モモイとミドリの視線までも集めていることに気が付いたリョウヤは、誤魔化すように「クッ」と笑った。

 当人が意識したわけでもなく。先生に言われるまでもなく。自然と先達としての役割を果たしていたのだ。

 ゲームオーバー! とテレビから流れると、モモイが「あっ」と画面に視線を戻す。

 その性質もあって、ユズは同じ学園の生徒とすら交流は少ない。先輩はおろか、同級生とすらである。

 そのせいか、リョウヤの言葉は強く印象に残った。きっとモモイとミドリにも残っているだろう。しかし、それでも。自分の方が、より色濃く残っているという自負がある。

 波紋は今も広がり続けている。だからこそ、意外だった。信じ難かった。

 

(リョウヤさんも、わたしと同じだった……)

 

 初めて出会った頃のリョウヤは、今とそう変わらない。アビドスとカイザーの一件以降、僅かに明るくなったと感じていたが誤差だろう。と言うより、明るくなって当然の出来事である。

 つまり、一年生の終わりから二年生の間に大きく変わったということだ。

 眼前を賑やかに歩くモモイとアリスを優しく見つめて、ユズはぎゅっと拳を握った。

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