星屑の夢 作:ハレルヤ
ヴェリタスはキヴォトス最高のハッカー集団だと自負している。リョウヤもまた、彼女達以上のハッカーはそういないだろうと信頼していた。
場所はヴェリタス部室の休憩室。
時刻は早朝。
「モモイ、あなたのゲームのセーブデータを復活させるのは無理」
「うわぁぁぁぁん! もうダメだーーーー!」
システムやデータの復旧は数えきれないほど解決してきているヴェリタスの一人、ハレから無情な宣告を受け、モモイは割と本気で涙目にて叫んだ。
「そっちじゃないでしょ!? G.Bibleのパスワードは!?」
「それならマキが……ああ、来ましたね」
ミドリの鋭いツッコミを聞いて、コタマがタイミング良く開かれた扉に顔を向ける。
「おはよう! あ、今日はユズもいるんだ!」
「お、おはよう……マキちゃん」
言外に珍しいと滲ませたマキに、ユズ自身も同意見だ。ヴェリタスのメンバーはマキやリョウヤの存在もあって「大丈夫」とユズにも言える相手だ。寧ろ、精神的にしんどいのは移動中だった。
「ミド、モモはどうして泣いてるの?」
「ゲームのセーブデータが消えただけだから気にしないで」
「無情!」
普段は見る事のない大きなラウンドテーブルに突っ伏すモモイを眺めて、マキが気軽に愛称を使って問い掛けた。容赦のない実妹に、モモイは更に深く体を沈ませていく。
「リョウヤくん、難しい顔だね」
何か気に掛かることがあるのだろうか? と先生が僅かに真剣味を帯びる。
ゲーム開発部に加えて、リョウヤと先生もまた椅子に腰掛けテーブルを囲っていた。
「いや……組んでたプログラムが終わり際に消し飛んだとしたら、俺も凹むなと」
「それは私も凹みます」
「私も」
「ああ、書類でだったら私も経験があるよ。本当に泣きそうだった」
至って真面目にリョウヤが呟いた。
最早ボケにも近しかったがコタマとハレがこくこくと頷くと、先生も先よりよっぽど真剣に同意した。
そう考えると、モモイのように「もうダメだ!」と絶望するのもよく分かる。バックアップは大事なのだ。
ほら! とモモイが顔を上げ、ミドリが「はいはい、そうだね」と流し、本来の目的であるG.Bibleについて尋ねた。
ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイルの形式、作業者のIP、一度きりの転送記録から考えても確実――とマキは断言した。
だが問題は解決していないのだとも言う。
ファイルを開くためのパスワードが判明していないのだ。
「あのファイルのパスを直接解析するのは、多分ほぼ不可能。でもセキュリティを取り除いて丸ごとコピーなら出来るんじゃないかな……」
言葉とは裏腹に、マキに悲観的な様子はない。確信を持っているようだ。
「で、それをするにはOptimus Mirror System……鏡って呼ばれるツールが必要なんだけど」
ここに来て、マキは気まずそうに言葉を途切れさせる。
はて? と不思議そうな顔になるゲーム開発部と先生に対して、ツールの名前を聞いたリョウヤが何処か納得の反応をみせた。
「……それ、押収されたって言ってなかったか?」
「そう! そうなの! ちょっと前にユウカが急に押し入って来て、不要な用途の機器は所持禁止って!」
「鏡は勿論、他にも色々と持っていかれてしまいましたね……私の盗聴器とかも」
マキが怒りを爆発させ、コタマも深い溜め息を隠さない。
「その鏡って、そんなに危険なものなの?」
「そんなことはないよ。暗号化されたシステムを開くのに最適化されたツールなだけ」
「ただし、ヒマリお手製だ」
ミドリが浮かべた当然の疑問にハレはけろりと答え、リョウヤの注釈を引き継ぐ形で更に続ける。
「だから世界に一つしかないハッキングツールではある」
ぶっちゃけソレは危険なのでは? そんな本音を、各々がそっと胸にしまう。
ポン! とアリスが手を打った。
「ヒマリ先輩……魔導賢者ですね!」
「リョウヤ先輩の師匠とも言ってるよ」
「リョウヤ先輩の自称・姉でもあるね」
「先日、リョウヤを掛かり付け医にしましたと言っていました。リョウヤの患者でもあるという主張でしょう」
随分と妙な呼び名が増えた、と思う。マキ、ハレ、コタマが呆れ半分にヒマリの自称を羅列していく。当然、呆れの対象はヴェリタス部長だった。
アリスはジョブの多さに感銘を受けたようである。モモイが「私達のお兄ちゃんでもあるよね」と名乗りを上げ、ミドリが「何その対抗心」と半目を姉に向け、ユズは誤魔化すように笑う。
先生は「あらあら」と楽しげだ。
コホン、とハレが小さく咳払いをして話を切り替える。
「私達も鏡は取り戻したいんだ」
「取り戻さないと部長に怒られちゃうかもだし」
「そうですね。あれでリョウヤのセキュリティを突破できるか確かめたいですし……」
「試してもいいけど、結果は教えてくれよ」
マキが誤魔化すように笑い、コタマが眼鏡の縁を押さえてレンズを煌めかせると、リョウヤは不満もなく釘を刺した。
いいんだ、と乾いた笑いを浮かべるヴェリタス以外の面々。
「つまり、ヴェリタスとゲーム開発部は鏡という目的が一致している……ということ」
先生が分かりやすく纏めると、モモイは「なるほどね」と鼻を鳴らした。
マキが満足そうに笑いを溢す。
「流石モモ、話が早いね」
「旅は道連れってね」
通じ合うものがあったのか、二人はニヤリと笑う。
「私達は、共にレイドバトルを挑むパーティーメンバーということですね!」
「え、まさか……ヴェリタスと組んで生徒会を襲撃するつもり……!?」
アリスもまた二人の考えを理解し、ミドリは驚愕に顔を歪ませた。
怯えた表情を作ったのも一瞬、ユズは考え込む仕草をみせる。
「ただ問題もあってね」
「問題?」
気になる話題を上げるだけ上げてコップを口につけたマキに、ミドリが続きを促す。
「鏡は生徒会の差押品保管所に置いてあるんだけど、そこを守ってるのが実は――メイド部、なんだよね」
「え? め、メイド部って……もしかしなくても……」
「C&Cのことだよね? ミレニアムの武力集団、メイド服で優雅に相手を清掃しちゃうことで有名な」
作ったような笑顔でマキが説明すると、ミドリが唖然とし、ユズは凍り付き、モモイが普段通りの軽い調子で確認する。
そうそう! とマキは朗らかに肯定して続けた。
「まぁ些細な問題なんだけどさ~」
「そっかー! そうだねー、うーん、なるほど~……諦めよう!! ゲーム開発部! 回れ右! 前進っ!」
ほう、と即断即決にリョウヤは感心してしまう。
断言して立ち上がると背中を向けたモモイを、マキが「待って!」と縋り付くように止めている。
しかし、意見は変わらない。モモイとてG.Bibleは欲しいが、メイド部と戦うのは冗談じゃなかった。
「「……」」
「ああ、C&CっていうのはCleaning&Clearingの略でな」
先生とアリスの要領を得ていない様子に気が付き、リョウヤが問わず語る。
C&Cはミレニアムでトップクラスの戦闘力を持つ凄腕のエージェント集団で、メンバーの通常服装はメイド服を着用している。
その姿もあり、メイド部と呼ばれることもあります――とコタマが締めた。
先生とアリスから感謝の言葉を受けて、二人は含み笑う。
「それだけじゃないよ!」
四人のやりとりは微笑ましさすらあったものの、モモイは気にする余裕もなく声を荒げた。
「C&Cによって、壊滅させらた過激団体や武装サークルは数えきれないんだから!」
最後には痕跡も残さず、綺麗に掃除されてしまうのは有名な話なのだ。
「廃部は嫌だけど、これは話の次元が違う」
紛れもなく一人の姉であり、時に部長の代行をしていたモモイはキッパリと言い放つ。
「部活は守りたいけど、ミドリもユズもアリスも、危険には晒せない!」
モモイを説得することは難航した。ヴェリタスとしてもモモイの発言が間違っていないと理解しているからだ。
暫し平行線だった話し合いは、マキの「目標はメイド部を倒すことではなく、鍵の奪還」という言葉。コタマの提供した「メイド部部長のネルが今は不在」という情報により動きをみせる。
「「やってみよう」」
意外なことに、真っ先に首を縦に振ったのはミドリとユズだった。当の二人は互いに驚いたようで、顔を見合わせてしまう。
きょとん顔を作りながらも、先に言葉を紡いだのはミドリだった。
「ボロボロだし、狭いし、たまに雨漏りもする部室だけど、なくすわけにはいかない」
まだ過ごし始めて短い部室が、ユズのモモイの、アリスの脳裏に過ぎる。
悪い点も問題も色々とあるが、確かに虹のように輝く空間だった。
「今は……私達がゲームするだけの部屋じゃない――皆で一緒にいるための、大切な場所だから」
ミドリが決意を表明すると、ユズが強く頷いて「それに」と自分にも言い聞かせるように続ける。
「最初はわたし一人で始まった部活に、モモイとミドリが来てくれて。アリスちゃんを迎えられて。これからやっとって時なのに、無くなっちゃったら何も始められない」
今まではゲームで遊んでばかりだったのにって、言われるかもしれないけど――そう前置いて、それでも……だからと言って諦めることは出来ないのだとユズは思いの丈を吐露する。
「わたしは……まだまだ皆でやりたいことがあるから。きっともっと良いゲームを作れる……作るんだ、って」
だから可能性があるなら、やってみたい――二人の意思は決まっていた。
「もしメイド部と対峙することになっても、それがどれだけ危険だとしても……!」
「アリスちゃんのために、モモイために、ミドリのために……わたし達全員の為に、守りたい」
ミドリとユズがはっきりとした声を響かせると、アリスも大きく首を縦に振った。
「私達なら出来ます。アリスは四十五個のRPGをやって、勇者が魔王を倒す為に必要な、一番強力な力を知りました」
「力……レベルアップ? あ、装備の強化?」
「盗聴ですか?」
「EMPショックとか!?」
「ち、違います……」
モモイ、コタマ、マキから捲し立てられ、アリスは気圧されながらも否定した。
台無しだよ、とリョウヤがツッコむ。
「えっと……一緒にいる仲間です」
出鼻を挫かれてしまったものの、アリスはキリッと宣言する。
アリスにまで言われてしまえば、モモイも認める他ない。元より自分も、今のメンバーで部活を続けたいのだ。
「分かった――やろう! 生徒会に潜入して、鏡を取り戻す!」
覚悟を決めているようにも、やけっぱちのようにも見えるモモイは勢いのままにテーブルに片手を叩き付ける。
「ハレ先輩、何か良い案とかない!?」
ふっ、とハレは余裕あり気に微笑んだ。
「任せて。ただその計画を実行するためには、いくつかの準備が必要だね。色々と必要だけど、やっぱり一番はアリスの言う通り仲間かな」
アリスが嬉しそうに目を輝かせる。
「幸いリョウヤ先輩のおかげで、私達も親しくなってるし……絶対条件はクリア済みも同然」
言いながら、ハレは伺うようにリョウヤへ視線を向けた。
コタマもまた渋面である。
「ただ実際……リョウヤ先輩は何処まで噛める?」
「ちなみにネル先輩はリョウヤ先輩に興味あるみたいだから……ガッツリ協力してくれるなら、もしもの時には対応してもらいたいねー」
「美甘ネルが? 俺に?」
美甘ネルはミレニアムでは最強戦力だ。キヴォトスでも最強候補の一角に数えられている。
いざという時にはリョウヤをあてよう、というマキの顔にあるのは信頼だった。
マキから甘えるように振られたリョウヤは、困惑に眉を寄せている。
「二人とも三年生だし、もしかして知り合い?」
モモイが小首を傾げた。
「すれ違った事とかはあるから、お互いに顔と名前は一致するとは思う。思うが……直接話したことはない、はず。C&Cで話した……というか話しかけてくれたのはアスナだけだな。彼女を通してカリンとも話した」
リョウヤとて二十四時間三百六十五日、いつ何処で交わした言葉も、誰と触れ合ったかも記憶しているということもない。
特に一年生の頃などは、精神に余裕もなかっただろう。
記憶を辿ったリョウヤは、なんとも曖昧に言葉を濁す。
「そこから話がネル先輩にってことかな……」
ミドリが口にした推理が現実的だろう。
ヴェリタスのヒマリ、チヒロ、コタマ。エンジニア部のウタハ。四人と強い繋がりを持つリョウヤがいることもあり、ヴェリタスとエンジニア部は相応に親しくなっている。
ハレの言った必要な仲間……エンジニア部は「面白そうだから」と二つ返事で協力を了承した。
だがやはり、コタマと――エンジニア部を代表して足を運んだウタハはリョウヤの参加には難色を示す。
「自分で言うのもなんだけれど、エンジニア部はそれなりに問題を起こしている」
爆発とか、とウタハが言葉だけで戯けた。表情は依然として真剣である。
リョウヤは「本当に自分で言うことじゃない……」と小さく指摘し、先生は「まぁまぁ、最後まで聞こうよ」と嗜めていた。
「我々ヴェリタスもですね。それでもTS社に抗議や苦情が行かないのは、あくまで部活の問題であることと――」
「TS社に矢印が向かわないように立ち回っているからだね」
コタマが言葉の先を求めるように視線を流すと、ウタハは首を縦に振った。
「その辺は部長と副部長も……というか、二人の方が徹底しているでしょう」
「前者は特に過保護だからね」
コタマとウタハは、目を合わせて笑う。
チヒロ等は率先してセミナーに力を貸しているのだが、本来ならばヴェリタスとセミナーは対立している。仕事であれば手を貸していたのだろうが、進んでとまでになったのはやはり点数稼ぎの意味合いもあるのだろう。
「請負人や何でも屋は、なんの免罪符にもならない……か」
「……リョウヤ先輩が今回の作戦に参加するのは良くない?」
先生が重く吐き出すと、マキは不安を滲ませた。
「TS社への抗議……であれば、まだマシかもしれないね」
「真っ先に抗議がいくのはアビドスでしょう」
コタマとウタハが結論を下すと、部屋内の空気はどんよりと重くなる。
葛葉リョウヤが助っ人をしてくれるということのメリットを、先生とマキは勿論のこと、ゲーム開発部もこの数日で思い知らされている。
作戦の成功率を大きく上げてくれるであろう人材だったが、作戦に参加することのリスクは無視できるものではない。
「……リョウヤさんは、この件には関与しないでください……その、勝手な言い分かもしれないけど――」
ゆっくりと目を瞑ったリョウヤを見て、真っ先に口を開いたのはユズだった。
「もう充分に助けてもらいましたから」
「元々、タダ働きみたいなものだったもんね」
ユズが笑い掛けると、ミドリが続き、モモイとアリスも各々がマイペースに反応を示し始める。
「うぐっ……そ、それは……そう! 新作が爆売れしたら借金返済に寄付すれば良いよ!」
「それに魔術士は、既にG.Bibleを手に入れるというクエストを達成しています!」
アリスの宣言に「確かに!」とモモイ、ミドリ、ユズが声を重ねる。全く意識していなかったが、G.Bibleの入手自体は一昨日に済んでいたのだ。
ミドリが「でも寄付は良い案かもね」と同意して、ユズとアリスが頷き、モモイが「でしょ!?」と胸を張る。
コタマが「いつかゲーム開発部のゲームをうちで取り扱うことになるかもしれない、と言っていましたね」と、ウタハが「それも嬉しそうにね」と、二人揃って微笑みと共に暴露していく。
きちんと話がTS社に属する二人にも伝わっていることが、ゲーム開発部の面々には嬉しいことだった。
賑やかさを増していく部屋の中で、放り投げるように言葉が発せられる。
「あー、嫌だ嫌だ」
言葉通りの気配など露ほども感じさせず、リョウヤが天を仰いでいた。
そんな姿を見てウタハとコタマ、先生は優しく目を細める。
「どいつもこいつも、本当に優しいことで……」
皮肉気に言って、ゆっくりと目を閉じた。
リスクがあるから、と心配してくれているのも理解している。
そんな優しさが嬉しくて、どうしようもなく痛くて、痛みを感じることが心底から嫌になる。
リョウヤが優しさを外部に分かりやすく出力するようになったのは、ユメを失ってからだ。
つまり、誰かの模倣をした優しさだった。その事実が、どうしても心を軋ませる。
(分かってる……頭では)
優しくされる資格なんて本当はない、なんて考えるのは無意味である。何より、相手の気持ちを踏み躙るが如く所業なのだ。
借金問題が落ち着き、余裕が出来たことで、意味のないことを考える機会も増えてしまっていた。
昔の自分が嫌いだというのは、今の自分が好きであることとイコールではない。
僅かな弾みで、思考が悪い方へと手招かれてしまう。
意識して、切り替えるように努める。
そんなリョウヤの姿が、笑おうとして笑えなかった――ように、先生には映った。
(俺が居ては、余計な心配を掛けるだけか……)
力になりたい、と言えば嘘ではない。居場所を守りたいという気持ちは、どうしても分かってしまうのだ。
しかし同時に、自身が齎らすリスクも分かってしまう。
「――俺が優先すべきなのはTS社で。そのTS社はアビドスの借金を返すために立ち上げたものだ」
瞼を開き天井をぼんやりと見上げると、その姿勢のままで独白は続く。
「だからアビドスへ火の粉が降り掛かる可能性がある行動は、そもそもとって良い選択肢じゃない」
頭が下がっていく。風のない日の海の如く微かに揺れた瞳は、既にその痕跡を欠片も残していない。
「優先順位はハッキリしてる。これを誤魔化す事は、何よりアビドスの為にと動いてくれている人達を裏切ることにもなる」
つい先程、話題の中心になっていたコタマとウタハが「大袈裟です」「本当にね」と笑う。
そうか? とリョウヤが問うと二人はすんなりと頷いた。
「でも大事なことだね。TS社の創始者、アビドスでは二番手であるリョウヤくんがブレてしまうと示しがつかない。下の者は誰を信じたら良いか分からなくなってしまう」
大人である先生は理解を示す。
立ち場が上故に、リョウヤが抱える責任は多くなっているのだ。
「TS社も、今じゃ結構な人の飯の種になってるしな」
自覚しているリョウヤは小さく肩を竦めると、一つ深い呼吸を挟んで言った。
「ただ――それでも、ここで全部を投げ出すのも気分が悪い」
「つまり?」
「妥協点を探そう」
「……まぁ、リョウヤなら言うと思っていましたが」
確信を持ったウタハが問い掛け、リョウヤから放たれた答えに、コタマが納得の溜め息を溢す。
またしても「そうか?」と首を傾げるリョウヤに、またしても二人は仲良く肯首で応えた。
リョウヤは決まり悪そうに頭へ手をやり、コタマとウタハは更に笑みを深める。
対して、ゲーム開発部の面々は呆気に取られてしまっていた。
「それじゃあ詰めようか」
「議題は、鏡の奪還作戦に葛葉リョウヤが出来ること。条件はその際、アビドスとTS社に迷惑を掛けてはいけない……ですね」
ウタハとコタマは本当にリョウヤが選ぶ選択を理解していたらしく、考える素振りもなく会議を促す。
感極まっているゲーム開発部をどうにか落ち着かせ、会議は進んでいく。
テンポ良く始まった話し合いが纏まると、ウタハは早足に去って行った。
ほぼ同じタイミングを狙って、マキは泳がせた視線をリョウヤへ定め、けれど落としてしまう。
恐る恐る、マキは口を動かす。
「あ、あたし……リョウヤ先輩に迷惑になることを……勝手なことを――」
「マキ」
遮るように名を呼ばれ、マキは小さく体を震わせる。
「頼ってくれて嬉しかったよ、俺は」
顔を上げた先には、安心する表情があった。
「いつも頼ってばかりだからさ」
優しく笑ってくれた様を見て、マキは満面の笑みで頷く。
いつかリョウヤを“同じヴェリタスの仲間”と表現したのはマキである。
ヴェリタス製ジャケットを贈ろうと発案したのもマキである。
ヒマリも、チヒロも、コタマも。ハレも。リョウヤを仲間として認識していたのは事実だ。
ただ同時に、教え子や弟子としても認識していた。
リョウヤもヴェリタスだ、と改めて皆に意識させたのは紛れもなくマキなのだ。
言われた当人が嬉しくない筈がない。
教えを乞う立場であるが故に、リョウヤは受け取る側になりがちだった。技術然り、ジャケット然り。カイザーローンの現金輸送車の移動ルートと集金書類も然り。
だがら、リョウヤは本当なら恩を返したいのだ。
コタマに頭を撫でられて照れたように笑っているマキの姿もあり、部屋はすっかり和やかな空気である。
奪還作戦を前にして緩み過ぎている気もするが、緊張しすぎていても問題だ。誰も苦言を呈すことはない。
温かな空気につられて歓談は続く。
「でも二人が乗り気になるなんてね? 特にユズ!」
「そうかな? 正直、納得の方が大きいけど」
姉妹で正反対の感想を出すモモイとミドリ。
ミドリとしては、ここ数日のユズを見ているとなんとなく分かったというだけではある。
逆にユズとしては、遠慮のないモモイの反応こそ当たり前なのだと思う。ミドリには僅かな驚きを、モモイには胸中で同意しておく。
らしくないって自分でも思うよ、とユズは溢す。
「でも部活として認められる条件が変わったことに、気が付けなかったのもわたしのミスだし……」
「あ、それはお姉ちゃんのせいだから気にしないで大丈夫だよ。本当にお姉ちゃんのせいだからね」
「二回言いました!」
「それは反省してるよ! 本当にごめんね!」
発端となった部活動として認可される条件の変更は、セミナーが内密にしていたわけでもない。
各部長が集められた会議にて、変更は発表されたのである。
人の苦手なユズに代わりにモモイが参加する筈だった会議に、彼女はあろうことかソシャゲのドロップ率二倍キャンペーンを優先して顔を出さなかった。
事を思い出して顔を曇らせたユズに、ミドリは至って真面目に告げる。
アリスが声を上げると、モモイは気まずそうに目を逸らす他ない。
「……わたしだって変わりたいって思ったから」
「凄いな」
ユズがぽつりと落とすと、息をする如く自然にリョウヤは称賛した。
「え……えぇっ!?」
「変わった代表が何か言ってる……」
焦ったように驚愕を露わにしているユズの横で、マキが呟く。
代表て、と苦笑まじりにツッコミを入れたリョウヤが続ける。
「起点が違うから当然だけど、俺は別に他人が怖かった訳じゃないんだよ」
コミュニケーションに難があると言っても、リョウヤとユズでは理由が異なるのだ。
リョウヤにも当然、怖いことはある。だからこそ、恐怖に立ち向かうのにどれだけの勇気が必要かは分かっていた。
「だからやっぱり、ユズは凄いよ」
瞳に尊敬を映しているリョウヤを、ユズはしっかりと見つめ返して答える。
「それなら、わたしが勇気を持てたのは皆と――リョウヤさんのおかげです」
自分がリョウヤと同じだなんて思っていない。しかし、コミュニケーション能力のなかった人物が、今では存分にコミュニケーションをとっているのだ。
前例があるというのは、自分にも出来るかもしれないと思わせてくれる。
変わりたいと強く思わせてくれる。
「……それは光栄だ」
予想していなかった返答に驚かされるも、リョウヤはくしゃりと笑った。
作戦の仕込みは三時間後。決行は夜。
今はまだ午前中だ。日が落ちるまでに、一通りの準備を終わらせなくてはならない。
一先ず解散の流れになると、先生が不思議そうに部屋の大半を占めるテーブルに片手を添えた。
「ところでずっと気になっていたんだけど、この大きなラウンドテーブルってどうしたの?」
「あ、それは私も気になってた」
「昨日まではなかったよね」
モモイとミドリが思い出したように乗っかる。
円卓会議でした! とアリスは瞳を輝かせた。円卓会議は、参加者が対等な立場であるとの理念の下に行われる会議の一種だ。が彼女的にはゲームに登場することもある円卓そのものに、テンションを上げていたようだ。
「これは会議用ですね。ミレニアムでTS社に所属している……主にヴェリタスとエンジニア部が話をする時に使っています」
「この部屋なら盗聴盗撮の可能性が限りなく零だからってことで、会議部屋になるのは自然な流れだったんだよね」
「で、マキが雰囲気作りに円卓にしよう! と」
コタマが、ハレが、リョウヤが、口元を緩ませている。揃って一年生を可愛がっていた。これは、この場にいないヒマリとチヒロも同様である。
「エンジニア部にお願いしたら、ノリノリで作ってくれたんだよ!」
マキがニコニコとテーブルの下に片手をやった。
「なんと可変式!」
ボタン一つで円卓の中央にドーナツのように線が入り、中心部が迫り上がった。
「なるほど、ターンテーブルでもあるんだね」
モモイが意味もなくターンテーブルを回し始め、それを見たアリスも一緒になって回転させている中、先生が興味深気に息を漏らす。
食事の為にこのテーブルを、ヴェリタスとエンジニア部で囲うこともあるのだろう。その際の料理人は火を見るよりも明らかである。
マキが「折り畳み機能もあって、しまう場所にも困らない……あれ? これ売れるんじゃない!?」とはしゃぐ。
リョウヤが顎に手をやって思考の仕草を見せた。
「他にも幾つか仕掛けはあるが……確かに機能を絞って調整したら売れるかもな」
マキが破顔一笑したのと同時刻。