星屑の夢   作:ハレルヤ

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7-4.GB 〜ミラー奪還作戦!〜

 まだ明るかった頃、アリスはミレニアムタワーへ乗り込んだことで捕縛されていた。

 ミレニアムの生徒会・セミナーは、ミレニアムタワーの最上階を専用スペースとして使用している。鏡の在処である目的地は、そのスペースの西側だ。

 最上階に行くには必ずエレベーターに乗る必要があり、そのエレベーターは指紋認証システムが搭載されている。

 アリスは指紋認証によって閉じられた扉を突破する手段として、力押しを選んだ。

 結果として指紋認証機を破壊。丸々取り替えさせることに成功した。

 時間が経つと太陽が西の空に沈み、夜が始まりを迎える。

 月がその姿をすっかり空に晒した頃、他のメンバーも動き出す。

 ミレニアムタワー内の監視カメラでモモイとミドリの動きを確認し、二人を脱出不可能と言えるポイントまで進ませ、C&Cの二年生であるアカネが姿を晒した。

 

「私はC&Cのコールサイン・ゼロスリー。本名は……内緒ですので、謎の美少女メイドとでもお呼びください」

 

 物腰柔らかなメイドが、優雅に笑う。

 

「あっ、アカネ先輩!」

 

「特技が暗殺で有名な、あのアカネ先輩?」

 

「一応、秘密のエージェントなのですが、いつの間にそんな知られ方を……正体を明かさない系ヒロインは、もう時代を遅れなのでしょうか……?」

 

「色々知ってるよー。コタマ先輩によると、最近どうやら体重が……」

 

「その情報漏洩は流石に問題ありますよね!?」

 

 漫才めいたやりとりを経て、アカネは黒い縁の眼鏡の奥を驚愕に揺らすこととなる。

 暗がりにいるモモイとミドリだと思い込んでいた二人が、マキとコトリだったからだ。

 ヴェリタスは、既にミレニアムタワーの監視カメラに細工を終えていた。

 タワー内のオペレーションルームでアカネやユウカが見ていた映像は、偽装されていたのである。

 同時刻、侵入者を発見したことで自動で各セクションの閉鎖が始まった。

 アカネは指紋登録を済ませていたが、当然そちらも対策済み。

 マキとコトリはアカネの拘束を成功させる。加えて付近のセクションにいたセミナー書記・生塩ノアをも閉じ込めてみせた。

 アリスによって破壊されていた指紋認証機器は、僅か一時間で新しく導入されている。

 エンジニア部とリョウヤがゲーム開発部と繋がりを持っていることを知っていたユウカは、エンジニア部を頼ることもTS社を頼ることもしなかった。

 優秀だな、とリョウヤが本心からユウカを褒めたのが数時間前。

 

「ただ今回ばかりは、TS社を頼ることが正解だったわけだ」

 

 弟分に頷くと、ウタハは小さく笑った。

 エンジニア部製でもなくTS社製でもない機器をユウカは導入したつもりだったが、その機器は実の所エンジニア部製だったのだ。

 本来のエンジニア部製より少し低スペック。作成者の名前も変えていたことで、ユウカは騙されてしまったのである。

 逆にウタハが言ったように、TS社製の物を選んでいたのなら話は違った。

 細工してしまうとリョウヤが今回の作戦に関与しているという疑念を、大きく高めてしまうからだ。

 エンジニア部製であれば仕組みも詳しく把握できている。ヴェリタスであればモモイ達の指紋を登録することも、反対にセミナーやC&Cの指紋を弾くことも容易いと言うわけである。

 

「さて、もう少しで鏡がある所に……」

 

『モモイ、伏せて!』

 

 拍子抜けするほど簡単にエレベーターを使い、気の抜け切ったモモイへ、ハレが通信機を通して警告を飛ばす。

 えっ? とモモイが間抜けな顔を晒すと、轟音が響いた。

 モモイの頭上を、凄まじい威力の弾丸が掠めたのだ。

 

「――なるほど、悪くない」

 

 ミレニアム・第三校者屋上にて、黒に近い褐色肌の生徒、C&C所属の二年生・角楯カリンは、モモイ達の壁を背にした動きをスコープ越しに見てひとりごちる。

 

「しかし移動速度、パターン、風速、全て把握した。次は百パーセント当てる」

 

「それはどうかな? 私の計算では、君の弾丸があの子達に当たる可能性は零パーセント……だ」

 

 自分一人しかいない筈の屋上で返ってきた言葉に、カリンは素早く反応した。

 

「誰――」

 

 髪とスカートを揺らしてカリンは勢いよく振り返り、冷静沈着な雰囲気を揺らがせる。

 

「……は?」

 

 そこに立っていたのはウタハであったが、何より先に目に付いたのは得体の知れない物体だった。

 困惑を表情に浮かべたカリンへと、ウタハは自信満々にプレゼンテーションを始める。

 

「紹介しよう。エンジニア部新作、全ての天候に対応可能な二足歩行型戦闘用の椅子、雷の玉座さ」

 

「なんで椅子を歩かせ……カタパルトまで付いている!?」

 

 特徴のある……ボケているという表現も当て嵌まるかもしれないエンジニア部の新作を前に、C&Cではブレーキの役割を果たすことも多い常識人のカリンはツッコミを我慢できない。

 とは言え、カリンもプロフェッショナル。やることは変わらないと、会話のキャッチボールを終えると、ライフルの一射をもって雷の玉座をひっくり返した。

 雷ちゃん! とウタハが悲痛な声を上げる。

 後に、足をバタつかせる雷の玉座を見ていたリョウヤに「虫みたいだった」と評され、エンジニア部は甚く落ち込むことになった。

 

「その椅子があっても、奇襲で来るべきだった。遮るものもない屋上での正面戦闘は、それこそ計算ミスだろう?」

 

 足をバタバタさせている雷の玉座改め雷ちゃんを「面白い」と認めながらも、カリンは落胆の色を滲ませた。

 ウタハは余裕に微笑みを浮かべてみせる。

 

「君の言う通り、遮るものは何もない――そう、天井すらもね」

 

 人差し指をピンと立てるのと共に、物理的な衝撃がカリンを襲う。

 ミレニアムタワーの反対側から、ヒビキが曲射砲で放った一撃である。

 これによりウタハとヒビキが、カリンを抑えてみせた。

 アカネとカリンの二人を足止めに成功したことで、モモイとミドリ、先生は目的地の近くまで辿り着くことに成功する。

 

「お、やっと来たね!」

 

 だが、C&C所属の三年生・一之瀬アスナが青色の瞳を輝かせて立ち塞がった。

 

「遅かったね、だいぶ待ってた――あれ? リョウヤくんいないんだ? いると思ってたんだけどな~」

 

 外れちゃったか~、とアスナは天真爛漫な笑顔を浮かべる。

 

「それでは改めまして! ようこそ、ゲーム開発部! それから……先生、だっけ? そう、先生だ! リョウヤくんから話は聞いてるよ~」

 

「うん、シャーレの先生です。よろしくね。ところで一体どんな話を……」

 

「じゃなくて! アスナ先輩!? どうしてここに!?」

 

 今は敵同士でも、事が終われば関係は変わる。生徒は皆、先生からしたら守り導く対象である。先生は片手を小さく挙げて応えていた。

 が、流石に状況が状況だ。ミドリのツッコミめいた指摘が炸裂する。

 

「どうしてって言われても~……なんとなく?」

 

 予感や直感でここに待機していた、とアスナは言った。

 第六感でリョウヤの存在も予見していたということだろう。先生は「彼の協力は最低限にしようとした、ウタハちゃんとコタマちゃんの判断は正しかったわけだ」と冷や汗を流す。

 アスナのコールサインはゼロワン。それはC&Cの二番手を示しており、決して飾りではない。

 戦闘が始まると、アスナはたった一人でモモイとミドリを圧倒していた。

 先生の指揮があってもモモイとミドリは劣勢。更にはカリンがウタハを盾にすることでヒビキの砲撃を制してしまい、結果として自由にしてしまう。

 アカネもまたシャッターを爆破して拘束を脱していたようで、アスナに並び、最終的にはユウカまでもが前線に出向いてきていた。

 膨大な数のロボットも視認できる。

 弱り目に祟り目で絶望的な状況だ。

 モモイもミドリも、廃部の未来を想像して泣き出しそうだった。

 だけど、それでも、まだ諦めるわけにはいかないと奮起している。

 ここまでは予想できたことだ。セミナーとC&Cを相手にして、楽に鏡を取り戻せるなんて考えていないのだから。モモイとミドリの瞳から光は消えていない。

 

「まだ……まだまだ粘る!」

 

「うん、時間さえ稼げばきっと……!」

 

 リョウヤから預けられた認識阻害の外套を纏ったアリスが、或いはセミナーに潜入しているユズが鏡を入手してくれる――それが、モモイとミドリが差押品保管所まで辿り着けなかった際のプランだった。

 希望を捨てていない二人を見て、先生もぐっと拳を握り込む。

 ユウカ達は勝ち確信するも、第三者の気配が唐突に現れたことで隙を見せることとなる。

 

「光よ!!」

 

 凛とした声と共に、激しい光の奔流がアスナをロボット群諸共に飲み込んだのだ。

 ミレニアムタワーから突き抜けた光の線は、糸のように細くなり消えていく。

 どうやらアリスは、仲間達と勝利()を手に入れることを選んだらしい。

 アリスが参戦したことで戦闘音は激しさを増していく。繰り返し突き抜けていく閃光の眩しさに、リョウヤは目を細めた。

 閃光弾を使うというヒビキの機転により、ウタハも形勢を逆転している。

 カリンの援護もなく、アスナは戦闘不能。ロボット群も残っていない。ユウカとアカネだけでは、先生指揮下のモモイ、ミドリ、アリスを抑えきれなかった。

 程なくして、鏡を取り戻したという報告がリョウヤの携帯端末に届く。

 ふぅ、とリョウヤが一息吐く。

 

(問題なさそうだ)

 

 錠剤で魔力をブースト後、空中移動を目的とした魔具を使い、屋上にまでウタハとヒビキを送り届けていたリョウヤは、二人とは別の建物の後一歩で落下という位置で待機していた。

 リョウヤの出来る奪還作戦への干渉について、遠隔から援護や機器への干渉も案には上がったものの、前者はヒビキが、後者はコタマとハレがいる。

 直接的な援護攻撃は当然ながらNGだ。オペレートは音声を拾われてしまう可能性がありハレが、ハッキングによるモモイ達へのフォローはヴェリタス部室を使えるコタマが適任だった。

 結論としてウタハとヒビキの二人の送迎と、緊急時に飛行能力を用いた避難誘導、高所からミレニアムタワーの出入りする人物の監視、それらがリョウヤに与えられた役割だ。

 些細な仕事だったが、皆が心強いと喜んでくれていた。向けられた笑顔が、ひどく印象に残っている。

 

(俺が……何か出来る筈、役に立てる筈だって思いたいだけだってのにな)

 

 コタマやウタハなどは、そんな心情は把握されているような気はする。だからこそ本来なら送迎すらさせたくなかった二人も、自分に何かさせてくれたのだろうと思えてならない。

 それでも今回、役に立てたとは言い難い。タワー内に唐突に現れたネルの存在を発見できなかったからだ。推測は出来る。彼女は地下道からタワーに入ったのだろう。

 溜め息は風に攫われて消えていく。

 どれくらいそうして立ち竦んでいただろうか、既にゲーム開発部もエンジニア部もヴェリタスも撤退を始めていた。

 

「……帰るか」

 

「釣れないこと言うなよ、ミスター猫被り」

 

「――」

 

 今二人がいる場所は、大地を蹴る人の姿がほとんど見えなくなる程の高層だ。

 ヘリポートはあるものの、当然ヘリが近付いてきた様子はない。

 そもそも戦場にもなっていないのだ。夜の闇もあり、人一人など目立ちようがない。

 にも関わらず、真後ろから聞こえてきた声に顔を向けて、リョウヤは「嘘だろ?」と溢して口元を引き攣らせた。

 

「あ? 何がだ」

 

「ここ、屋上なんだが」

 

「お前だっているじゃねぇか」

 

「ああ……まぁそうなんだけどな」

 

 メイド服の上にスカジャンを羽織っている小柄な生徒、C&Cのリーダー、メイド部部長のネルが当たり前のようにリョウヤを鋭く見据えている。

 先ほどまでの情報では、ネルはミレニアムタワーにある差押品保管所にいた筈だ。

 アリス、モモイ、ミドリ、先生の潜む差押品保管所に現れたネルを、ユズがセミナーを装うことで移動させたのだ。リョウヤはそう認識している。そして、それは正しい。

 近くはあっても、そもそも異なる建造物だ。経過した時間から逆算しても、ミレニアムタワー最上階から来るには厳しい筈である。

 

「一体どこから……」

 

 リョウヤの疑問に、ビッ! とネルが親指を立てて示した方向はミレニアムタワー。ただし、今いる階層よりかは上だ。

 光の剣:スーパーノヴァによって大きく破損したフロアだろう。

 

(跳躍を駆使して建物伝いに……?)

 

 上から下に……落下を利用しながらならば、確かに可能性はある。しかし、大した身体能力と胆力だ。

 ネル自身が気配を潜めていただろうし、高所故の風の音も時折挟まれて気が付けなかったらしい。

 既に戦闘の余波で壁もガラスも砕けている指差す場所には、アカネと、アカネに支えられるアスナの姿がある。

 リョウヤの視線に気が付いたのか、アスナがにへらと笑って気怠げに手を振った。

 

「こうして話すのは初めて、だよな?」

 

「ああ?」

 

 アスナへ軽くを手を振るのも早々に切り上げたリョウヤが尋ねると、ネルは訝しむような顔を作る。

 

「え……違ったか……?」

 

「――いや……」

 

 含みのある反応はリョウヤの言葉が間違っていることを語っている気がしたが、ネルは特に反論するつもりもない様子だった。

 態度から心中を察しながら、リョウヤは気になった言葉についての詳細を求めようとするも、ネルは鼻を鳴らした。

 

「雑談はもういいよな」

 

「……そうだな、俺はもう帰る。散歩の途中だったんだ」

 

「そんな言い訳が通ると思ってんのか?」

 

「酷いな。散歩中にドンパチが聞こえてきたから、気になって様子を見に来ただけだぞ」

 

 通信機を通して筒抜けている会話は小気味良く、聞いていると「実は相性悪くないのでは?」と思わざるを得ない。

 

「暴れてた連中の仲間じゃなくても、侵入者には変わらないだろ? この建物もセミナーの管理下だしな」

 

「そうか、ならせめて俺も仕事をしよう」

 

 ネルが反射的にサブマシンガンを構えるより先に、リョウヤは背中から倒れるように屋上から飛び降りた。驚愕しつつもすぐさま走り、ネルは飛び降りた先を確認する。

 

「ッ!?」

 

 ほぼ同時に、影が眼前を通り過ぎた。それも、下から上に向かって。

 正体は――エンジンの装着されたスノーボードのような板に足を乗せたリョウヤ。

 空中移動に特化した魔具だ。

 

「クソっ……!」

 

 自身が元いた場所に飛び込んで行ったリョウヤを見届けて、ネルは盛大に舌打ちした。

 ネルが元いた場所、つまりはアリスが光の剣:スーパーノヴァを派手にかましたフロアは酷い有様だ。

 移動用魔具を工房へと戻し、リョウヤが軽く辺りを見渡す。椅子やテーブルが散乱しているし、電灯は割れていて、瓦礫まみれの酷い惨状だ。ユウカやセミナーのメンバーは、既に場を離れているようだ。事が終わった以上、被害の確認や処理の方に忙しいのだろう。

 来訪者にアカネが身を固くする。

 

「葛葉リョウヤ、さん……」

 

 おう初めまして、などと呑気な言葉がアカネに贈られる。次いで、へらへらとした態度で続く。

 

「怪我あるなら診るぞ」

 

 モモイとミドリ、そしてアリスによる挟撃を受け、アカネもまたメイド服を汚し、眼鏡にはヒビが入ってしまっている。

 いえ、と遠慮するアカネ。ぱっと見ただけでも大きな怪我はないので、リョウヤとしても言っておいただけだ。

 

「そう警戒するな、本当に怪我を診に来ただけだから。調べれば分かることだが、俺はTS社から直接こっちに来てる。ここでの一件に関与はしてない」

 

 アカネは面識のない相手を前に険しい表情だったが、これは状況のせいである。

 気になって様子を見に来ただけ、とリョウヤはネルに対しても発言していた。それ自体は通信を繋いでいるメンバーに筒抜けていた。ハレがリョウヤを通して、アカネ達はネルを通して聞いている。

 

(……散歩中に事件が起こっていた。だから状況を伺っていた。怪我人がいるから医者としての仕事をする。筋は通っていますね)

 

 アカネとて、リョウヤの全てを信じているわけではない。ただ発言と状況に矛盾はなさそうだ。

 言い訳としては単純だったが、市民の義務を果たそうとしているだけである。

 医者として働くと主張されたことで、手を出すわけにはいかなくなってしまった。

 促されるままに、アカネは瓦礫の上にアスナを座らせる。

 

「あははは、ありがと~。もう全身痛くてさぁ、ビクンビクンしてるの」

 

 へらりと笑ってお礼を言うアスナは、言葉通り体を震わせてしまっているようだ。その手を取り、リョウヤは工房から洗濯バサミに似た機械……パルスオキシメーターを取り出して指先を挟む。

 一見して光の剣:スーパーノヴァの痕跡であると分かっていた。以前にコトリが喰らった時に見ていたからだ。流石に頑丈だなぁ、というのが率直な感想だった。

 

「脈拍が早いな。全身打撲の症状も見られる。火傷は軽度。大きな怪我はないみたいだ。大人しくしてれば良くなるだろうが……痛み止めいるか?」

 

「くださ~い」

 

「いいか? 痛くなくなるだけだからな。痛みが引いても暴れるなよ?」

 

「あれ? もしかして、わたしのことアホの子だと思ってる?」

 

 安静にしてろってこと! とリョウヤは吹き出す。

 唇を尖らせるアスナが思っているような理由から、念押ししたわけではない。どちらかといえば「戦闘を仕掛けて来ないで欲しい」という願望だ。

 工房から痛み止めの薬とミネラルウォーターのペットボトルを取り出して手渡すと、感謝の言葉が返ってくる。

 そして、ガシャン! と散らばったガラスを踏み付ける音が響いた。

 

「ったく二度手間だ」

 

 コールサイン・ダブルオーがミレニアムタワーに帰還したのだ。

 バサバサとジャケットとスカートを揺らす姿に、今度ばかりはリョウヤも絶句した。

 

「ンだよ、その反応は。さっきも言ったけどな、自分はどうなんだよ」

 

「あ、天丼だ」

 

「天丼ですね」

 

 アスナとアカネが天丼ネタと判断できるということは、C&Cにも会話は聞かれていたということである。

 それ自体は、何もおかしなことではない。

 

(いや、それよりも……可能か!?)

 

 ネルはリョウヤへ「お前も移動してるだろ」と言ったが、先程の上から下へ向かう移動とは訳が違う。下から上への、大きな移動。

 建物間も一メートルや二メートルでは決してないのだ。

 魔具を活用したリョウヤとは違い、何か道具を用いていた風にも見えない。

 

(切り替えろ。実際に美甘ネルは来た。なら今、過程を気にしても仕方がない)

 

 かぶりを振って、リョウヤは怪我人であるアスナから離れ始める。

 

「治療に関しては感謝するけどな。だからって見逃しはしねぇよ」

 

 アスナへと視線をやった後、ネルはカツカツとフロアの中心に向かって足を進めた。

 

「こっちも仕事だからな……ま、私情が含まれてることは否定しねえけど」

 

 胸の前で左手の平に右手の拳を打ち付け、パシッ! と乾いた音を鳴らすネル。

 

「お前らは手ぇ出すなよ」

 

 怪我人であるアスナから離れた事から本人も察していたのだろうが、それでもアカネは同情の孕んだ瞳をリョウヤへ送った。

 横顔だけを軽く向けてアスナ達へ命を出したネルを眺めながら、リョウヤは情報を整理する。

 

(思いの外、しつこいな。個人の判断か? いや、仕事――仕事か。C&Cはセミナーの直轄だったな)

 

 自分に仕事の依頼を出したのがヒマリだった事が過ぎる。

 

(ヒマリに対してリオが動いた、或いはリオに対してヒマリが、というのは穿ち過ぎか? 仮にだったとしても、今更になってリオが俺に仕掛ける理由が……)

 

 リオもまた三年生。リョウヤがリオと初めて顔を合わせて三年目という訳ではないが、間違いなく面識はある。何かしらのアクションを取るにしても、今になって起こす理由が思い浮かばない。

 ふと、リオもまた技術者であることを思い出す。

 

(リオ……でなくとも、技術者の協力があったとするのならば、美甘ネルがこっちに戻って来られた理由にも説明はつくか)

 

 小さな足が力強く床を蹴った事で、リョウヤは注意を引き戻す。

 ネルは一息で距離を詰めると跳ね、リョウヤの顔へと拳を振るう。一歩退がることで避けられると、ネルは続いて右から左、左から右と拳を突き出す。その全てを、リョウヤは外側へと弾くように流して捌いた。

 ぴたり、とネルが動作を止める。

 一拍置くと、バク転の要領でリョウヤの顎目掛けて足を蹴り上げた。

 緩急をつけることで意表を突いた一撃さえも、半身を横に逸らすことで空を切らされる。

 

(浮いている……当たるッ!)

 

 頭を上げて睨んで来ているネルは、中空で上下が逆さまの体勢だ。リョウヤは咄嗟に自身の足を突き出す。

 リョウヤが当たると半ば確信していた右足が伸び切るより先に、ネルが動く。ネルはリョウヤの右足へと、猫のように両手を添えたのだ。

 

「ッ!?」

 

 リョウヤの右足を軸にして、ネルは体勢を立て直す。

 鞭のように撓った足が、目を見開いたリョウヤの頬を捉えた。

 普通の――地球の人間であれば骨が砕けていたであろう一撃に、リョウヤは声もなく後退ってしまう。

 離れた位置で「うわ、入ったぁ!」「あれは痛いですね」とアスナとアカネが場違いなテンションで感想を溢す。スポーツ観戦でもしているかのようで、ネルが敗北する事などは欠片も想像していないのが窺える。

 

「……」

 

 違和感を覚えたリョウヤが口の中身を吐き出すと、床に赤色が小さく広がった。

 それでも尚、鉄の味は消えない。

 

(口内が裂けたか……あぁクソ、内も外も痛い……が、思っていた程じゃない。武器を抜かないことを踏まえても手加減されている、か?)

 

 口の中を切っても素知らぬ顔のリョウヤを見て、ネルは苛立ちを隠せない。

 

「解せねぇな」

 

 心情をそのまま表現するように、ネルは片足で床を叩いた。

 

「お前は弱い……わけじゃない」

 

 一連の動作で多少は落ち着きを取り戻したのか、淡々と評していく。

 

「反応は良いし、反射も悪くねぇ」

 

 そして、その評価も決して低くない。

 恐ろしい程に冷静な分析だった。

 

「反応と反射って違うの? 反応は良いけど反射は良くないってこと?」

 

 はいはーい! と手を挙げて横から口を挟んだのはアスナだ。

 あまりに素直な疑問には、視線を向けることもなくネルは答える。

 

「……反射はそのまま反射神経だ。考えてからの動きじゃねぇ。けど反応自体は良いんだよ、こいつは」

 

「反射神経は特別秀でていないものの、反応速度は優れているということですか? 何処か矛盾しているような気もしますけど……」

 

 今度はアカネが首を傾げてしまう。

 こちらの疑問にも解答を導き出していたネルは、確信を持って言葉を綴った。

 

「経験と直感。それから……先読みによる反応だな? こっちの微かな初動から次の行動を予測してるってわけだ」

 

「さて、どうだろうな」

 

 アスナとアカネが感嘆する。

 満面の笑みで言葉を濁したリョウヤは、胸中で焦りが広がり始めていた。

 キヴォトスでネル程の実力者は少ない。ホシノやヒナを含めても、上位僅か数人に当てはまっているだろう。

 ホシノとは模擬戦を交わしたことがあるし、ヒナの戦いを間近で見る機会もあった。しかし思えば、その域の生徒との実戦は初だ。

 

(今の僅かな動きで、そこまで理解するかよ。C&Cのリーダーは伊達じゃない、か)

 

 ネルの推察は正解である。

 反射で動くのではなく、思考してからリョウヤは動いている事が多い。

 体のどの部位がどの程度動けば、次は何処がどう動くのかが分かる。医者だからこその、先読み精度の高さだった。

 目の前の胡散臭い笑顔に、ネルは目に見えて不機嫌さを増していく。

 

「で、だ――こっちが素手なのに、なんでお前は武器を取らねぇ? 強味だろうが、手札の多さは」

 

「……俺の目的は相手を打倒することじゃない」

 

 ガリガリと爪先で床を削るようにしながらネルが眼光を飛ばすが、リョウヤはどこ吹く風だった。

 

(メリットないしな!)

 

 リョウヤは表情に出さないままに、心の中でだけ声を荒げる。

 あくまで自分は通りすがりという体である以上、ここで手を出すのは悪手なのである。

 仮にネルを打倒しても、側にはアカネとアスナもいる。ネルを倒して終わりにはならないだろう。一対一を二回三回とやることになるのか、一対一と一対二をすることになるのか、どちらにしてもジリ貧になる。

 そもそも目的はゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部の連合作戦に自分は参加していないと判定して貰うことなのだ。

 極論、負けても鏡の奪還作戦に関与していないと思われるのなら構わなかった。

 リョウヤの胸中を知ってか知らずか、ネルは相変わらずの仏頂面である。

 

「出せよ、本気」

 

「医者に殺しを勧めるな――どうかしてる」

 

 リョウヤが溜め息混じりに肩を竦めると、ネルは目尻を吊り上げる。

 本気イコール殺し合いの式が成立していることが、確かな驚きとしてネルだけでなくアスナとアカネにも襲い掛かっていた。

 だが、ネルは早々に切り替える。

 

「じゃあ、こう言うか。タイマンしてあたしが満足したら見逃してやるよ、猫被りヤロー」

 

「いや、あの……さっきから何で猫被り?」

 

 側で転がっている椅子を足で小さく蹴り遊び、リョウヤは地味に気になっていたことを尋ねた。

 アスナやアカネは特に気にしていた様子はない。普段から聞き慣れた呼称だったからだ。

 

「昔のお前はもっと尖ってたろ」

 

 昔と言われ、リョウヤの表情が顔を蹴られた時より遥かに歪む。

 ネルは三年生だ。一年生の頃からミレニアムに出入りしていたリョウヤのことを知っているのは、何ら不思議な話ではない。

 

「目付きの話?」

 

「目と口調」

 

「目と口調……」

 

 ネルからの回答に、リョウヤは反芻という形で応えた。

 目付きに関しては自覚もあったが、口調が尖っていたというのは初めて指摘された事実である。

 

「で、どうする?」

 

「約束を守る保証は?」

 

「あ? 舐めてんのか?」

 

 約束を反故にするつもりはないというドスの効いた声にも、リョウヤは一切の怯えを見せない。寧ろ、態とらしく肩を揺らす。

 

「舐める舐めないじゃない。気心知れた仲でもあるまいに。口約束にどれだけの価値があるんだってお話」

 

 しれっと放たれた正面からの正論に、ネルは面倒臭いと言わんばかりに大きな溜め息を吐いた。

 

「……こいつは取り引きだ。取り引きである以上、破れば次がなくなるな? C&Cはセミナー直属の組織だ。アビドスの生徒会役員でもあるTS社創始者様が、セミナーとの繋がりを絶つ可能性がある真似は避けたい。これで満足か?」

 

 約束を一度でも違えれば、次も同様のことをされる。或いは、しかねないと判断される。約束や取り引きを反故にすることは、リスクのある行為なのだ。

 誰かを思い出したように慣れた様子で論理を展開するネルは、非常に怠そうな表情である。

 

「詳細にドーモ」

 

 いちいち言質を求められることが面倒であることは理解しつつも、リョウヤは苦笑を浮かべて両手の先の空間を工房に接続した。

 

(魔力はまだある。薬の効果(ブースト)も続いてる)

 

 魔力や自身の魂というエネルギーにより、自己強化を行なうリョウヤにとって、薬が効いているのは非常に大きい。

 改めて自分の状態を確認して、薄く息を溢す。

 右手にはリボルバー、左手にはオートマチックピストルを握ったことを視認して、ネルは口元を緩める。

 

「お前ら! そういうことだ!」

 

 律儀な事に後方の部下にも徹底するネルに、部下の二人は了承の返事を返す。

 仕方ありませんね、とアカネは嘆息を落とした。アスナは楽しそうに頷いた。

 

「行くぞオラァ!」

 

 怒声はともかくとして、そもそも攻撃前に一声掛けることも、リョウヤからしたら律儀だ。

 ネルが両手に持つサブマシンガンの銃口が向けられる。その引き金が絞られる刹那――リョウヤは足元に転がっている椅子を蹴り飛ばした。

 

(うめ)ェ……! けどな)

 

 僅か一つの動作でネルは感心する。

 緩い弧を描いた椅子はネルへのダメージにはならない。しかし視線を遮り、そのまま射線にも重なる嫌らしい飛ばされ方だ。対応しなければ銃を持つ腕に当たるだろう。

 加えて、軽い椅子であっても当たれば確かに体勢は崩れる。避けても同様だ。

 

「舐めんな!」

 

 ならば、とネルが選んだのは椅子を蹴り返すことだった。

 リョウヤが蹴り放った椅子がバスケのスリーポイントシュートなのに対し、ネルの場合はゴール目掛けてシュートされたサッカーボールだ。

 視線と射線を遮っている間に距離を詰めようとしていたリョウヤは、自分とは比べ物にならない速度で返還された椅子を余裕を持って避ける。

 だが、その間に移動していたネルが意趣返しとばかりに横長のテーブルを蹴って滑らせた。

 途中で瓦礫に引っ掛かり、投げ出されたテーブルを――リョウヤはスライディングの要領で両足から突撃して避ける。

 

「「……!」」

 

 リョウヤの左足がネルの両足の間に滑り込むと、前者が左手を、後者が右手の獲物を突き付け合う。

 おおっ!? とアスナは大仰な反応をしていた。アカネも素直に感心している。

 ネルが見下ろすという、両者の身長差を踏まえると有り得ない状況での硬直は瞬き程の時間もない。

 リョウヤが左手でネルの右手を弾き、ネルは左手のサブマシンガンの銃口を向けるが今度はリョウヤの右手とぶつかり合って鈍い音を鳴らした。

 

『――まずいまずいまずい、リョウヤ先輩がネル先輩とかち会っちゃった……!』

 

 普段の態度とは全く違う、焦燥感に満ちたハレの通信が入ったのはゲーム開発部と先生が鏡を手にして暫くしてからの事である。

 既にリョウヤ達より遥か階下にまで辿り着いていた。

 

「えぇっ!?」

 

「なっ、なんで!?」

 

「リョウヤさん、ミレニアムタワーには来てない筈ですよね!?」

 

『来てないよ……でも別の建物の屋上に待機していたリョウヤ先輩の姿に気が付いたみたい……』

 

「え、それなら会わない筈では……?」

 

 ユズ、モモイ、ミドリが声を荒げる。アリスが不自然な点を指摘すると、ハレはネルが行なったのであろう行動を推測して説明した。

 建物間を移動したと聞いて、全員が唖然とする。

 数分後、距離を離したリョウヤを追ってミレニアムタワーに戻ってきたことをハレが共有すると、無事に逃げ仰たと安堵していた面々を更に驚愕させた。

 

「追って来たんですか!? 最短距離で!?」

 

「おかしい! おかしいって!」

 

「ひ、人として間違っていませんか……?」

 

 一階に一度降りて、一階からミレニアムタワーを上って来たのならまだ理解できる。

 けれどビルの屋上から直接戻るというのは、いくらなんでも非常識だ。

 ミドリとモモイよりも、若干だがユズの方が失礼な物言いをしてしまう程の所行である。

 飛行手段を明確に持っているリョウヤとは訳が違うのだ。

 そのリョウヤは「恐らく技術者の干渉があった」と推察しているものの、リョウヤが元いた建物の屋上のカメラではネルの姿を追い切れていないし、建物間も監視していない。今、二人が睨み合っているミレニアムタワーのフロアも光の剣:スーパーノヴァで機器が破損している。

 リョウヤの視界を共有していても、ハレには第三者の干渉に気が付けなかった。そもそもミレニアムの生徒だからこそ「ネルなら可能かもしれない」という先入観もあったのだ。

 

「用意していた言い訳は通じなかった?」

 

 絞り出した先生の声は苦々しい。

 

『どちらかと言うと、ネル先輩が戦いたがってるみたい。二人は多分、本当は昔から知り合いだったんだけど……リョウヤ先輩が“初対面だよな?”って言っちゃったから』

 

「お兄ちゃん……」

 

「お兄……リョウヤさん……」

 

「リョウヤさん……」

 

「魔術士リョウヤ……」

 

「リョウヤくん……」

 

 ハレ同様に呆れて額に手を当ててしまう一同だったが、すぐに表情を改める。

 自分に釣られたミドリの脇腹をモモイがつつき、ミドリはモモイの手を軽く叩いて払う。

 

「私情による交戦なら、言い訳そのものが否定されたわけじゃなさそうだね」

 

 先生が安堵を吐き出した。

 自身でも発言していたが、リョウヤはTS社からミレニアムタワーにまで来ている。

 TS社の監視カメラにもその映像は残っているのだ。

 ミレニアムタワーまでは空路を行っている。つまり、地上の監視システムには映っていない。

 当然ながら、ヴェリタスもハッキングによりフォローをしている。

 まず間違いなく誤魔化し切れるのだが、それでもリョウヤの協力は最低限に抑えることが、互いを尊重した上で出した妥協点だった。

 真剣な顔でアリスが口を開く。

 

「戦況を求めます、オペレーター」

 

「もしかして普通に勝てそうだったりは……」

 

『しないね。リョウヤ先輩も戦い慣れてはいるけど、ネル先輩が相手だと分が悪い。防戦になりがちで、負けなくとも勝てないって印象』

 

 モモイの希望的観測を、ハレはバッサリと否定する。

 ネルを相手に勝てなくとも負けないという時点で凄いのだが、言っている場合でもない。

 

「戻りますか?」

 

 アリスは既に覚悟を決めたようであった。

 モモイもミドリもユズも、リョウヤを助けに戻ることに反対する素振りはない。それぞれ「要はお兄ちゃんを逃がせれば良いんだよね?」「うん、アリスちゃんの一撃で不意を突ければ……」「わたし達は鏡が取られないようにしないと……」と作戦を練り始めていた。

 

『それは……』

 

「ゲーム開発部やヴェリタス、エンジニア部が助けに戻ってしまうと、リョウヤくんの関与を認めるに等しくなってしまう」

 

 ハレは口籠もり、代わりにと先生が断じる。

 

「だから私が行ってくるよ」

 

 コンビニにでも向かうような軽快さで、先生は優しく笑ってみせた。

 先生がゲーム開発部に協力しているのは露見しているが、口八丁でどうにかなると確信している。

 そもそも作戦が終了しているのにも関わらず、銃声が止まっていないのだ。不審に思った自分が音源に向かうのは普通だと、既に言い訳は生まれている。その後は、シャーレの先生として戦いをやめされば良い。

 言い訳を説明して皆の納得を得ると、先生は小走りで動き始める。

 リョウヤとネルの戦いは、苛烈を極めていた。

 時間にすると長くないものの、その密度が濃いのだ。

 アカネとアスナは、いつからか言葉もなく二人の戦いを見つめるようになってしまっている。

 両者は既に傷だらけだが、ハレの判断通り傷の比重はリョウヤの方が大きい。

 アスナ達は当初、ネルの圧勝で終わると予想していたがリョウヤは粘った。ボロボロであっても、確かに喰らい付いている。

 息を呑む戦闘は見応えがあった。

 そして、とうとう状況が動く。

 壁際に追い込まれたリョウヤの顔面に、一丁のサブマシンガンを投げ付けたネル。一投は首だけ動かすという最低限の動作で回避された。

 ネルはその間に間合いを詰める。半回転してリョウヤの腕を避け、内側に入り込んだのだ。

 

「ラァッ!」

 

「ッ……げほっ」

 

 片方の頬を腫らし、片方の頬は掠めた弾丸で血を流しているリョウヤの腹部に、全身を黒く汚したネルの肘が打ち込まれていた。

 空気を吐き出させられながら体を押し出されたリョウヤは、自ら全身で壁を叩くことでバウンドし、可能な限りの速さを乗せてリボルバーを持つ右手を伸ばす。

 

(おせ)ェ! ヘバッてんのかッ!」

 

 掠めた弾丸で傷だらけの二人の腕が交差する。

 リョウヤの右手が伸び切るより先に、喝を入れながらネルは軽く跳躍、外側からリョウヤの腕を体諸共に殴打したのだ。

 

「くっ……言ってくれる! 俺は医者で技術者だぞ!」

 

 戦闘は専門じゃねェんだよ! とリョウヤが強く反発する。

 叩かれた勢いで押し出された腹部に向けて、ネルは左手に持つサブマシンガンを鈍器として振るおうとし、リョウヤの異常に気が付く。

 

(リボルバーを持ってない……!?)

 

 同時に、ネルの足がぐらついた。

 床に無造作に転がされたリボルバーを踏み付けたのだ。ご丁寧に弾薬も散らばされていた。

 罠か! とネルが思うも遅い。

 嫌でも下へと意識が向いた一瞬の隙を狙って、リョウヤがピストルごと左手をネルの首を目掛けて落とそうと動いていた。

 互いに距離が近過ぎるが故の、近接戦闘という選択肢だ。

 対してネルは、無理矢理に体を捻ることで狙いを外させてみせた。

 

「ちっ……」

 

 手刀の要領で肩を叩かれ床に落ちたネルは、舌打ちと共にゴロゴロと転がって距離をとり、素早く半身を起こして残ったサブマシンガンを構える。

 リョウヤは壁に寄り掛かる形になりながらも、ピストルで狙いを定めていた。

 両者が銃撃を再開しようとしたその瞬間、二人の動きはテンポを落としている。

 ダメージがあったというのもあるし、次のアクションを考えていたということもある。何せ、揃って隙だらけの体勢だったからだ。

 けれど、油断なく睨み合っていたのはニ秒にも満たない。

 

「……一つ聞かせろ」

 

「……どーぞ」

 

 時間稼ぎではない。

 倒れたままの姿勢で銃を向けたネルの言の葉に、リョウヤは然程迷うこともなく許可を出した。

 

「なんで剣を使わねぇ? そっちのが得意だろ、お前。結局、武器もハンドガン二丁しか出してないしな」

 

 このまま続けば自分が勝つ。ネルは言外にそう言っていた。リョウヤもまた否定するつもりはない。

 そして恐らく、ネルが指す剣はAWSSのことだ。たった一度の使用で、すっかり情報として広まってしまっている。

 事実、件の戦いを映像として見物していたネルは、刀剣を使い熟すリョウヤの動きを知っていた。その上で断言できる。リョウヤは銃より剣を得意としている。

 

「それは――」

 

「生徒に対して剣は使わないと決めているから、だよね?」

 

 フロアの出入り口からひょっこり顔を覗かせた先生が、リョウヤの言葉を引き継いだ。

 姿を現したことには特に驚いた素振りもなく、リョウヤは胸中を当てられた驚きに息を吐く。続けろと言わんばかりに、ネルは横目に先生を見やっていた。

 

「……気が付いていたのか、先生」

 

「確信したのは、今のやりとりが聞こえて来た時だけどね」

 

 二人が一先ず止まっていたことで、汗を滲ませた先生は深く呼吸をし直す。

 リョウヤが剣を振るったのはカイザーコーポレーションの元理事と、その取り巻きに対してだけだ。

 それ以外にも機会はあった、と先生は気が付いていた。

 例えば、セリカがカタカタヘルメット団に誘拐された際。高周波ブレードを取り出していたのは記憶に残っている。

 リョウヤの機動力であれば、ヘルメット団を相手に刀一本で遊撃することも可能だった筈だ。だが実際には、剣は振るわれていない。

 

「使わない理由を考えて、TS社で武器を取り扱わないことが思い浮かんだ。結果だけを見るのなら、売った方が利益の出る選択をしていないのは、君の優しさであり拘りだ。なら同じように、戦いで拘りがあっても可笑しくないのかなって」

 

 先生がウィンクを飛ばすと、リョウヤは参ったと言わんばかりに手を挙げた。

 

「……白けちまった」

 

 ポツリと溢してネルは余裕綽々に立ち上がると、スカートに付着した汚れを払う。当然ながら、そんな動作では汚れは落ちない。寧ろ意味合いとしては、戦闘の終わりである。

 ネルの意図を悟ったリョウヤが、戯けるように提案を投げる。

 

「問診票でも書く?」

 

「舐めときゃ治る」

 

 リョウヤとしては命を賭けた戦いであっても、ネル――というよりキヴォトスの住民にとっては違う。

 今回の戦いも、ネルにとってはよくある喧嘩のようなものだ。擦り傷、切り傷、打撲、どれも大した傷ではなかった。

 

「……悪いな、計りたかっただろうに」

 

 息を深く吐き出して軽い調子で告げると、リョウヤはピストルを工房に戻し、床のリボルバーとネルのサブマシンガンを拾い上げる。前者を軽く眺めて状態を見ると、すんなりと工房へ戻す。

 ネルは自分の頭をガリガリと掻いた。

 

「ハッ、なんの話か分からねーな」

 

 サブマシンガンの受け渡しを終え、背中を向けたネルはアスナ達のいる方向へと早々に歩き出す。

 途中、動きを止めると首だけで振り返る。

 

「けどま、少しは満足できた。今回の件は適当に報告しておいてやるよ」

 

「ありがとう、で良いのか?」

 

 皮肉るようなリョウヤの返答に、ネルは今日初めて笑顔を見せた。

 ネルがアスナとアカネから労いの言葉を受けているのを背に、先生と並んでリョウヤがエレベーターの前にまで戻るも肝心のエレベーターは残っていない。

 仕方がないこととは言え、どっと疲れが押し寄せてきてリョウヤは深い溜め息を晒した。

 

「って、リョウヤくん顔! 凄い腫れてる!」

 

「ああ、蹴られた」

 

「パンパンだよ!?」

 

 改めてリョウヤを眺めた先生は、顔を青くして慌てふためく。

 平然と答えたリョウヤはアビドスの制服姿で、そのブレザーは至る所に穴が空き、袖もあちこちが裂かれている。

 僅かに覗くワイシャツにも血が滲んでいた。

 

「見た目ほど酷くないよ。かなり加減されたな」

 

 なんともないように笑うリョウヤを、先生は無事な椅子を立て直して強引に座らせる。

 防弾仕様のインナーで止められた弾丸もあるようで、ワイシャツの中でカチャカチャと小さな金属音が響いた。

 先生がポケットからウェットティッシュを取り出すと、リョウヤの顔の汚れを優しく拭い始める。

 

「っ……」

 

「あ、ごめん! 痛かったね……」

 

 割れ物を扱うように丁寧な手つきではあったものの、腫れた頬に触れられると顔が小さく歪む。

 申し訳なさそうな声が出るより早く、先生の手が咄嗟に離れた。

 

「湿布くらい貼っておくか……」

 

 腫れた頬を触ることを諦め、先生が反対の頬の銃弾が掠めたのであろう傷周りをちょんちょんと優しく拭う。

 最中に呟いたリョウヤへ、先生は溜め息もなく口にする。

 

「一人で完結してないで、あるなら最初に出しなさい」

 

「え、あ、はい」

 

 先生が割と本気で低い声を出す。

 ネルを前にして平然としていたリョウヤは、先生の聞いた事のない口調と声音に怯んでしまう。

 昇ってきたエレベーターから降りたカリンが見たのは、そんな光景だった。

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