星屑の夢   作:ハレルヤ

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エピローグとあとがき②の同時投稿となっております。


Ep-2.そして光のロマンへ…

「んー! 美味しー!」

 

「疲れた頭に糖分が染み渡るよね」

 

「依頼は終わってるのに、ありがとうございます……」

 

 モモイが、ミドリが、ユズが、幸せを噛み締めるように瞳を閉じていた。背景に「ほわぁぁん」と気の抜けるフォントの擬音が浮かんでいるかのようである。

 

「うわぁ! これは何という名前のデザートですか!?」

 

「パンプティング。どれも試作品だから感想くれると助かる」

 

 一口終えた後の満面の笑みでアリスに尋ねられ、リョウヤは淡々と答えるも声の弾みは隠せていない。ユズへ答える形となったお願いには、満場一致で「美味しい!」と返ってきた。

 ゲーム開発部の部室は甘い匂いが充満していて、皆が蕩けるような表情を作っている。

 

「とんでもない幸福感だよ、本当に……」

 

 噛み締めるように言う先生の手にもスプーンが握られていて、テーブルにはコーヒープリンが置かれている。

 モモイはチョコプリン。ミドリは抹茶プリン。ユズは南瓜プリン。そして前述の通り、アリスはパンプティングに舌鼓を打っていた。ちなみにリョウヤ自身もプリンティーの入ったグラスを持っている。

 G.Bibleの中身を、リョウヤが確認させてもらったのが数時間前のこと。

 

[ゲームを愛しなさい]

 

 G.Bibleの正体はゲーム作成に関するノウハウではなく、凡そ精神論とも言えぬ内容だった。

 リョウヤですら数秒フリーズした内容だ。読んだだけで技量や技術が上がるものがあるとは考えていなかった。勿論、愛が大事なことだとも思う。しかし、流石に予想していなかったのである。

 当然ながら、ウッキウキで確認したモモイとミドリとユズは落ち込んだ。が、その時間は短い。

 十分程ぼそぼそと呪詛のような愚痴を溢してこそいたが、三人は己の意志と力で顔を上げたのだ。

 

「上等だよっ!」

 

「ゲームを愛しなさい? もう愛してますよーっだ!」

 

「わたし達の愛、みせてあげよう……!」

 

 落ち込みを遥かに超える怒りを見せた三人に、あわあわとしていたアリスは顔を輝かせた。

 実際の所、モモイもミドリもユズも、読んだだけで望みを叶えられるような代物があるとは思っていなかった。

 正確には、リョウヤの話を聞いて思えなくなってしまったのだ。

 結果を出すのに、近道なんてものはない。

 早々に意識を切り替え、ゲーム作成に着手した四人を眺めて、先生は満面の笑みを浮かべている。

 ゲーム開発部にお呼ばれし、部室に顔を出したリョウヤはG.Bibleの中身を確認して部室を去って、十五時になるとおやつを持って戻って来た。

 パソコンと向き合って疲れも溜まっていたので、ゲーム開発部は皆で休息することにしたのだ。

 和気藹々とした空気の中、先生が穏やかに問い掛ける。

 

「皆、ゲームを作るのは好き? 楽しい?」

 

「え……?」

 

 唐突な質問に、アリスは目をまん丸にした。

 

「えぇと、どうだろう……」

 

 むむむ、とモモイが頭を悩ませる。正直、考えたことがなかった。そして、それは何もモモイに限った話ではない。

 

「作るのは大変なことばかりで……」

 

「最近はあんまり、そういうのは考えた事がない……ような……」

 

 困惑の色を残しつつも、ユズとミドリも自己を分析して絞り出す。

 

「アリスは楽しいです!」

 

 初めてのゲーム作りは、ゲームプレイ大好きなアリスにとってはプラスの感情ばかりだ。

 本当に楽しそうに断言したアリスに心を温めながらも、残りの三人は顔を見合わせる。

 

「別に嫌いじゃない、よね?」

 

「うん、仕方なくでもない」

 

 モモイとミドリが頷き合うと、先生は幼子を相手するように優しく「うん」と相槌を打つ。

 

「喜ぶ人がいたら良いなぁ……とは思います……」

 

 喜んでくれていた姿を目の当たりにしたユズが、熱を灯して溢す。

 アリスやリョウヤが楽しんでくれた事を知って、その感情はより強くなったのだ。

 

「リョウヤくんはどうかな?」

 

「うん? んー、似た様な感じかな。モノを作るのは好きだし……後はまぁ、俺に何か足りなかったら悔しい……とか?」

 

 振られると思っていなかったリョウヤは逡巡して、後進へと言葉を選ぶ。

 うんうん、と先生は満足そうに首を縦に振って五人を見回す。

 

「ユズちゃん。モモイちゃん。ミドリちゃん。アリスちゃん。リョウヤくん。やっぱり君達は素晴らしいものを持っているね」

 

 それは才能とはまた違う、しかし大切なものだ。

 アリスとモモイが、褒められたことに頬を緩ませた。

 ミドリとユズは気まずそうな笑みを作る。

 リョウヤは大きく目を見開いて呆然としていた。

 先生は意識的に全員の名前を出している。特にリョウヤは、名指しでないと伝わらない可能性があることを何となく理解していたからだ。

 

「なんだろう、答えとしてズレてませんでしたか?」

 

「変だった気がします……」

 

 笑顔の先生がパッと両手の指先を合わせた。三人の姿にリョウヤはハッとなって、意識を引き戻す。

 

「まさか! 聞けて良かったよ、ありがとう!」

 

 実際に聞きたかったのは、好きか嫌いではない。クリエイターである五人の想いだ。

 ならば良かった、とミドリとユズも微笑む。

 雑談を交えていると、おやつはあっという間になくなってしまう。

 差し入れへの感謝を改めて伝えた雑談の中、ミドリが問いを発する。

 

「そう言えば、リョウヤさんが初めて作った物って何なんですか?」

 

「あ、それ気になる……」

 

 ユズも反応し、最後には全員の視線がリョウヤに集まる。

 

「料理……ってのは求めてる答えじゃないよな」

 

 冗談を口にするも、すぐに自ら訂正した。

 先生に「先達として」と言われ、リョウヤはそのことに関して深く考えている。

 勉強や料理を教える、という経験はあった。けれど、と。自分の経験や思考を教えた経験は少ない。

 モノを作る時、何を意識しているのか。何を思っているのか。心構え、とでも言うのだろうか。それは確かに、先を往く者として後ろを続く者へと伝えるべきものだ。

 でなければ、技術の発展は止まってしまう。

 後進の技量(レベル)を上げる一助にもなるはずだ。

 かつて自分がパラケルスス、アリーセ、フルカネルリ、ユウカナリア、ヤマト、ヒルブレヒト、ベルから教えられた形のない何かに思いを馳せた。今度は誰かを導く番なのかもしれない――そう結論が出るのは自然なことだったのかもしれない。

 一瞬の瞑目を経て、穏やかに空気を揺らす。

 

「俺が初めて作ったのは短刀……ナイフだよ」

 

 考える時間があったからこそ、始まりの言葉は決まっていた。

 

「魔術士はブラックスミスなんですか!?」

 

 案の定、アリスが瞳をキラキラと光らせる。

 

「鍛冶師で良くしてくれた人がいてな。刀剣の作り方とかは、その人に教わった」

 

 機工魔術士(エンチャンター)で、名をヤマトという。ぶっきらぼうながら妙に面倒見が良く、厳しくも優しい男性だ。

 懐かしさとアリスの素直さに、リョウヤの瞳が柔らかくなる。

 

「あ、本物の鍛治師と面識があったんですね」

 

「珍しい、よね?」

 

「最高レアリティ位にはレアだと思う!」

 

 鍛治師が琴線に触れたのはアリスだけでない。現代に於いて鍛治師は希少だ。ミドリとユズ、モモイも驚き、アリス程でなくとも興奮した様子を隠せていなかった。

 何せゲームでしか見たことがない。

 

「それはそれとして、ナイフはなんか意外な感じ」

 

「ナイフというかメスか。医療用」

 

 あまりに正直なモモイの感想に、リョウヤはそっと訂正した。

 あー! と納得を溢す一同。医者であるのなら、不思議ではなかった。

 ナイフと表現したのは……人間の肌と違い、悪魔にはひどく硬い者もいる。そういった相手に処置を施すために、パラケルススはナイフを使用していたのだ。

 人間視点で言えば間違いなくナイフだった。

 

「七歳か八歳だったかな? 当然、監督ありというか鍛冶師に教えられながらだったけど……ああいや、途中から物理工学者も見守っていてくれたな」

 

「「「七歳!?」」」

 

 大きな反応をしたのはユズ、モモイ、ミドリの三人。先生はリョウヤの環境を知っていたし、アリスはまだ実感が薄かったのだ。

 声を揃えられるのも慣れたもので、リョウヤは苦笑する。

 

「先生には前にも言ったが環境だよ。身近に技術者が多かった。医者は医療具や薬を作ってたし、物理工学者は色んな道具を作ってた。言った通り鍛治師もいて、専攻してたわけじゃなくてもお菓子作りが上手な奴もいた。鑑定士もいてな、言語学に通じてた人で目利きとかを教えてくれたんだ」

 

 何かしらの専門家が多かったのだ。それが全員歳上の大人だと言うのだから、聞けば納得の環境だった。引き換え……と表現して良いのかは微妙だが、テレビゲームに触れた経験がなかったと考えると、当然の技術と技量なのかもしれない。

 アリスは「鑑定士(アプライザー)……!」と震えている。

 

「とにかく、その時に思い知ったよ。どんなに単純なモノでも、一から自分で作るっていうのは凄く大変だって」

 

 懐かしそうに目を細めるリョウヤ。ナイフ一本ですら、作るのには丸二日を要したのは記憶に残っていた。苦労したが、大事な思い出だ。

 

「ナイフはお医者様のパラケルススさんに? あ、リョウヤくんのお義父さんね」

 

「結局、使ってるところは一度も見ることなかったけどな。それからあいつは別に父親じゃない」

 

 穏やかに尋ねる先生に、リョウヤは肩を竦める。前者の文末はゲーム開発部の疑問の解消、後者は細かい点の訂正だ。あまりに自然なやりとりだった。

 アリスが小首を傾げる。

 

「? どうして使われなかったんですか?」

 

「拙い出来だったからだろうな」

 

「あ、そっか! 患者の処置に使う道具だから……」

 

 特に気にした様子もなくリョウヤが返答すると、モモイも思い至り、すぐに肯定される。

 患者の処置中に刃が欠けでもしてしまえば惨事だ。ナイフを贈られたパラケルススの心情がどうであれ、実用するわけにはいかないだろう。

 当たり前のことだが、リョウヤも最初から何かを完璧に作れたわけではないことを改めて頭で理解して、ミドリもユズも気合いが漲る。そんな二人を見つめて、アリスがふわりと微笑んだ。

 

「嬉しそうです」

 

「「えっ」」

 

「魔術士の話を聞く時、二人ともいつも嬉しそうな顔をしています!」

 

 アリスが無邪気なことは把握している。だからこそ、思ったことを口にしているのが分かる。

 指摘されたミドリとユズは顔を見合わせてしまう。モモイが「素直にお兄ちゃんって呼べば良いのに~」とニマニマと笑っている。

 二人揃って頬を赤く染め、ミドリは澄まし顔を作り、ユズは目をぐるぐると回してしまった。

 

「喜んでくれるのは嬉しいが……あと他に話せる事と言えば――」

 

「作ってる時に意識している事とかどう?」

 

 機工魔術士(エンチャンター)が、よく考えて作っていると知っている。後進へと何かを伝えようとしていることも察している。即座に先生がパスすると、上手く噛み合ったようで返答は早かった。

 

「安易な話だけど、役に立つようにとは考えているよ」

 

 口にして、リョウヤは少し考え込む素振りを見せる。

 

「……ベースにあるのは誰かの為にって気持ちかな」

 

「それはきっとゲームも同じだよね。楽しんでもらいたい、喜んでもらいたいって。リョウヤくんが作るジャンルだと他にも……誰かを助けたい、とかかな?」

 

 先生は優しく便乗した。

 リョウヤは気付きを得たようで、独り言のように言葉を綴り始める。

 

「何かを便利にしたり、誰にでも扱えるようにしたり。簡単にしたり。安全を考えたり。細かく言えば、考えていることはたくさんあって……」

 

 それだけでも充分に参考になる話だった。

 UIを便利にしたり、幼い子供でも遊び易いようにしたりクリア出来るようにしたり……と、そう言い換えることが出来る。安全に関しても、今ではそう聞かないが画面の点滅がプレイヤーの肉体に悪影響を及ぼした事例があるのだ。

 ゲーム開発部と先生は急かすこともなく、じっと続きを待つ。

 五秒ほどの停止を経て、リョウヤは一人小さく頷いた。

 

「誰かの……側に存れるように。人の気持ちにまで保安を渡す。例えその事に気が付かれなくても。仕組みなんて理解してもらえなくても、そう考えて作る――きっと、そうあるべきだ」

 

 だから機工魔術士(エンチャンター)魔力付加(エンチャント)までして、よく考えてモノを作るのだろう。

 

「とまぁここまでは作る人間の話で、別に絶対でもない」

 

 ふっ、と微笑んで戯けてみせる。

 

「俺個人としてはやっぱり――頼ってくれる人に応えたい」

 

 言葉は、そよ風のような表情と共に届けられた。

 

「俺を正しいと信じて、時間や力をくれた人がいる。なら俺も自分に出来ることはなんでもして……応えたい。じゃないときっと失礼だ」

 

 贈られた言葉はユズの、モモイの、ミドリの、アリスの心に強く残る。

 ゲーム開発部にとって正しいと信じて、時間や力をくれたのはエンジニア部とヴェリタス。それから……先生とリョウヤがいる。もしかしたら、ユウカもかもしれない。明確にイメージ出来る人達がいるからこそ、伝えられた気持ちはよく理解できた。

 それからは多忙の日々だ。

 時間は、あっという間に過ぎる。ゲーム開発部が存亡を賭けたイベントにして、大きな目標。ミレニアム中の部活が各々の成果物を競い合う、ミレニアムで最大級の品評コンテスト――ミレニアムプライス、その日にまで。

 

「お久しぶりです、ヒマリさん! エイミちゃん!」

 

 葛葉邸にインターホンが鳴り響くと、ノノミが嬉しそうに応対した。来客者であるヒマリと――特異現象捜査部所属の一年生・エイミが、笑顔を浮かべる。

 

「あら、ノノミ。お出迎え、ありがとうございます」

 

「久しぶり」

 

 対策委員会と特異現象捜査部は、気安く名前を呼び合う程度には仲を深めている。

 カイザーコーポレーションとの一件を経て、対策委員会が感謝を告げる為にミレニアムへ訪れた際に顔を合わせているからだ。

 極度の暑がりであるエイミは髪も瞳もヘイローもピンク色だが、何より目を引くのは半脱ぎの上半身である。初対面時はホシノ達も度肝を抜かれたものだったが、その日のうちに慣れていた。尚、エイミに対してもリョウヤは気にした様子はなく「それはそれでどうなの?」とセリカが疑問を呈している。返答は「昔の知り合いを思い出して懐かしい」と呑気なものだった。人型女性悪魔の露出度は、大抵がエイミと同等かそれ以上なのだ。

 ちなみにノノミとヒマリはTS社を通して知り合っているので、他のメンバーより付き合いが少し長かったりする。

 

「リョウヤせんぱーい、ヒマリさん達がいらっしゃいましたよー!」

 

 ノノミが廊下の奥へと声を上げると、リョウヤから「いま行く!」と返答が届く。

 廊下に反響させた宣言通り、すぐにリョウヤは姿を現した。

 ここで問題に直面する。

 玄関を上るには段差があるし、そもそも車椅子は外でも使用している。また工房へと向かうには、階段を降りる必要も出てくる。

 そう、ヒマリが車椅子で生活をしているからこその問題だった。

 

「バリアフリーは大切ですよ?」

 

「分かるけども。あくまで自宅スペースを改造しての工房だからなぁ……」

 

 玄関に入りこそすれ、室内に土足で上がろうとはヒマリとて思わない。

 仕方がないですね、とでも言うように首を横に振ったヒマリは、すっと両手をリョウヤへと開いた。

 

「綺麗系姉属性美少女を抱き抱える栄誉を与えましょう」

 

「部長……」

 

「大丈夫ですよ、エイミ。私は天使の羽のようなものですから」

 

「部長……」

 

 ニコリと笑うヒマリに、エイミは只管に呆れを抱いて首に掛ける赤いヘッドホンを揺らす。とは言え、他にどうしようもない。

 今からバリアフリー化するわけにもいかず、結局リョウヤは容易くヒマリを抱き上げた。本人の希望もあって、横抱き……お姫様抱っこである。

 リョウヤには甘い香りが届き、ヒマリはオリーブオイルの香りに鼻をくすぐられた。

 むふん! と満足そうなヒマリがエイミの名前を呼ぶ。

 

「なに? 部長」

 

「これで写真を撮ってください」

 

 逡巡したエイミが携帯端末を受け取り、ヒマリが両手でピースしたことを合図にシャッターを切る。

 満足そうなヒマリは、手元に画面を投影させた。

 軽やかに指が滑り、リョウヤのズボンのポケットが震える。

 今の写真を送って来たのが明白である。しかし、二度三度と震えると疑問に思わざるを得ない。

 ヒマリを見ると、満面の笑みである。

 

「……」

 

 リョウヤがヒマリのように画面を投影し、携帯端末が震えた理由を確かめる。

 そして、ヒマリは自分がリョウヤにお姫様抱っこされている写真を、当事者以外の三人にも共有していたことを理解した。

 

コタマ[作り笑いが歪んでいますけど大丈夫ですか?]

 

チヒロ[嫌なことは嫌と言わないとね]

 

ウタハ[断り難いのなら、言ってくれればこちらで対応するよ]

 

ヒマリ[羨ましいでしょう?]

 

 TS社の役員にして幹部職、そしてミレニアムの三年生組。リョウヤとの関わりが深い三人が、モモトークにて気遣いの言葉を送ってきてくれていた。

 合計五人のグループだ。

 ちょいっと指先を動かして投影画面をエイミと、エイミの横にいるノノミに向ける。 

 

「うわ、マウントだ……」

 

「ふふっ、仲良しさんですね」

 

 ノノミは楽しそうだったが、エイミはシンプルに引いていた。

 尚、モモトークは更に続いている。

 

ウタハ[私とヒビキは経験済みだけどね]

 

チヒロ[!?]

 

 数回のメッセージを経て、漸く文字でのやりとりは落ち着く。

 そんな一悶着を経て、ノノミがエイミの手を引いてリビングに迎え入れ、ホシノ、シロコ、アヤネ、セリカを含めてお茶会を始める。

 合理主義者のエイミは口数が少なく、特に理由もなくぼーっと立っていることも多い。学友と話題が合わないきらいがあるのだ。勿論、友人はいるのだが、それでもこうして仲良くしている生徒が増えるとヒマリは安心するようで、母にも似た優しい瞳だ。

 

「話が終われば私達も参加するので、エイミも楽しんでくださいね」

 

「……うん」

 

 悪ふざけをしていたとは思えない母性に満ちた表情で、ヒマリはエイミを送り出した。エイミの方も楽しみにしていたので素直に肯首して、ノノミに手を引かれていた。

 天使の羽とまではいかずとも、ヒマリは確かに軽い。鈴を転がすような笑い声を聞きながらリョウヤは苦もなく廊下を進み、工房へと続く階段を降り始めるとヒマリが切り出す。

 

「今日を指定した私が言うのもなんですが、良かったのですか? ゲーム開発部の部室にいなくて」

 

「俺は本来なら部外者なんだ。結果がどうあれ、いない方が良いだろう?」

 

 そうでしょうか? とヒマリは曖昧に返した。

 ゲーム開発部と最後まで一緒にいれば良い、というのが本音である。今日のことは断ってくれても構わなかった。言ってしまえば、拒否される可能性に僅かな期待を乗せて日程を指定したのだ。

 リョウヤの意見が間違っているとは思わない。しかし同時に、明確な線引きをしているのも分かる。

 

(ままならないですね……)

 

 溜め息を溢すことなく、心を悩ませた。

 明確に間違えているのなら、指摘すれば済む。リョウヤは、なまじ間違っていないだけに苦慮してしまう。

 その点、ネルには感謝しかない。

 変わらなくても良かった――なんて、今更ヒマリ達には言えなかったのだから。

 つい先日、ヒマリはネルと話をしていた。

 同じ学校で過ごしているのだから、顔を合わせる機会は当然あったのだ。

 リョウヤを傷付けられたことについて、ネルを責めるつもりはヒマリにもない。

 鏡の奪還作戦でネルがリョウヤに突っ掛かった理由は、リョウヤの実力を測る為――と当事者であるリョウヤは予測している。

 カイザー社との一件で、リョウヤの戦闘能力は大きく更新されたからだ。

 この予測に関してはヒマリもリョウヤに同意見であり、ネルに依頼した人物にも確信がある。

 ネルが戦闘で得意とする距離は中距離から近距離。リョウヤとの戦いで彼女が近距離戦闘の比重を大きくしていたのは、リョウヤが得意としている近接戦での能力を改めて確認したかったからであろう。

 リョウヤがヒマリから依頼を受けていた事と変わらないので、ヒマリにネルへと苦情を入れる予定はない。が、依頼主に関しては別だ。次に顔を合わせる時には散々に文句を言うつもりである。

 ネルはリョウヤへ告げたことを、淡々とヒマリに共有していた。

 最後に曰く「あたしが言ったことで何も起きねぇだろうが、姉だってんなら問題ないか気にしておいてやれ」とのこと。

 口調も態度も素っ気ないが、一年生の頃にリョウヤの食事事情を報告してくれた事も踏まえると、律儀で面倒見の良いことは明白である。

 

「貴方もリョウヤのお姉ちゃんだったのですね」

 

 話を聞き終わった際に口を衝いて出たヒマリの感想に、ネルは形容し難い顔をしたので、図らずも意趣返しする形になってしまっていた。

 口調や態度をTPOで切り替えるのではなく、外面も内面も常に変わってしまったのがリョウヤだ。その事に、ヒマリ達が気が付いたのは後になってからである。

 確かな努力を見てきた。必死なことを知っていた。変わった在り方が生き方としては賢いとも思った。それに何より「変わりたいから」と手を貸して欲しいと望まれたことが嬉しかった。故に否定する事が出来なかった。受け入れると、ヒマリ達は決めたのだ。

 工房内の椅子に優しく座らせてもらうと、ヒマリはお礼を言って切り出す。

 

「ゲーム開発部を見守ってほしい――という、ふわふわとした依頼でしたが、些細は理解できましたか?」

 

「アリスのことだろう? 結論付けるのに、少し時間は掛かったが」

 

 候補としては一にアリスの観察。二にゲーム開発部の助っ人。三に鏡の奪還だった。

 一が結論だったが、何より露骨過ぎたが故に結論は先送られた。

 二は「可愛い後輩の為なら協力を要請しそう。ヒマリなら」と、ヒマリの面倒見を知っているからこそ、簡単には否定できなかった。

 三は作戦の発案までが長かったが、こちらも「ヒマリなら展開を読み切りそう」と信頼があるだけに否定が難しかった。

 

「そうですね。それで――」

 

 アリスの印象は如何でしたか? とヒマリが口にするより先に、作業台に置かれていたリョウヤの携帯端末が震えた。

 画面を中空に展開すると、モモトークからの通知が来ていた。

 先生からのメッセージだ。

 ユズが、モモイが、ミドリが、アリスが満面の笑みを浮かべている写真が添付されていた。

 ヒマリから「何かありましたか?」とでも言うような視線を受けて、リョウヤはすぐに展開された画面を表裏どちらからでも見られるようにする。

 ミレニアムプライスの発表は済んだばかりなので、良い結果を得られたということだろう。涙を浮かべて喜んでいる可愛らしい後輩達の姿に、ヒマリは優しく目を細める。

 じっ、とリョウヤは写真を見つめていた。その顔は、ヒマリがしようとしていた質問への返答として充分過ぎた。

 

「あの子達との関わりはお互いに良い影響を受けると思いましたが、正解だったようですね」

 

 柔らかくヒマリが微笑んだリョウヤの工房……とよく似た、しかし異なる白亜の一室は、因果関係としては逆である。

 その工房とよく似ているのが、リョウヤの工房だ。

 リョウヤの工房の元となった――パラケルススの工房で、ゆらりとローブ姿の人影が動く。

 戸棚から革製のカバーを纏ったナイフを一つ取り出すと、カバーを外して眺めるように頭上へと掲げた。

 新品のように輝く刀身に、人間の頭蓋骨が反射している。よく見ると、ナイフを持つ手も白骨だ。恐らく、纏う法衣の下にも肉はないのだろう。

 どれくらいそうしていただろうか。不意に、扉が勢いよく開かれる。艶やかな長い黒髪の女性と、その少し後ろにヒヨコのような髪色の……姿だけならフルカネルリと瓜二つの男の子が追従していた。

 骨格標本にも似た骸骨の周囲に電気のように魔力が迸ると、次の瞬間――黒髪に切れ長の瞳、赤い右目をした青年の姿となる。

 骸骨のままでは脆いのだ。人間態にならなければ、簡単に頭が吹っ飛ばされて外れてしまう。

 招待したわけではない客人の一人……女悪魔であるユウカナリアは、力の加減が下手且つパラケルススを目の敵にしている。咄嗟の判断だった。

 聞くと、二人はパラケルススから依頼されたナイフの注文について確認しに来たとのこと。ちなみに、パラケルススは注文内容はメモにして渡していた。そのメモを、ユウカナリアは間違って捨ててしまったのだ。

 

「何よ、わざわざハルヒコに頼まなくていいじゃない」

 

 ナイフを眺めていたパラケルススに、ユウカナリアが早々に毒吐いた。

 悪いのはメモを捨てたユウカナリアなので、赤い右目を持つ男の子は乾いた笑いを溢している。

 

「こいつは使い物にならないんだよ」

 

「……確かに魔力付加(エンチャント)も……特にされてないわね」

 

 パラケルススの返答は容赦のない評価だった。

 鏡のような刀身をまじまじと見て、ユウカナリアは唸ると結論を出した。

 近寄って来たユウカナリアの曝け出されている胸元を凝視するパラケルススは、最早何度目か分からないが「でけー」と感嘆する。男の子は気持ちを理解しながらも「こいつ……」と呆れ顔だ。

 

「……あっ!」

 

「ああ? なんだよ」

 

 ビックリするでしょーが、とパラケルススが目を丸くする。

 大きな声を上げたユウカナリアは珍しく遠慮がちに、しかし怯えにも似た色を瞳に宿していた。

 

「もしかして、あの子の……?」

 

「ん……んー、まぁそうだな」

 

 隠すことでもないか、とパラケルススは正直に答える。対してユウカナリアは表情を曇らせた。前者の男の態度は変わらないが、後者は素直な性格もあり顕著な変化だ。

 

「そう……あの子――」

 

 何か言いかけたユウカナリアだったが、ベルから呼ばれたことで口を噤んでしまう。

 程なくして踵を返したユウカナリアを呼び出したのは、会話(ボイス)という遠隔の相手に声を飛ばす、悪魔の能力を用いたものだ。

 逃げるように工房から出て行ったユウカナリアを見送って、置いて行かれた男の子――叶晴彦(カノウハルヒコ)は何か言いた気にパラケルススを見やる。

 

「言いたいことがあるならハッキリ言え」

 

「え、いや、その……ユウカナリアのこと、どう思ってるのかなーなんて」

 

「好きだけど言えなくてすんませんでしたー!」

 

「それは本当にやめてください! じゃなくて……リョウヤって人のことだよ」

 

 鉄板ギャグと化しているのは、ハルヒコ決死の告白である。

 ニヤニヤと台詞だけを真似され、ハルヒコは必死に止めようとするも最後には影のある表情になってしまう。

 

「その……息子だったんだろ?」

 

 ハルヒコの真剣な眼差しを受けて、パラケルススは「息子じゃねぇよ」と大きな嘆息を溢す。

 

「旧い知り合い夫婦のガキだ、年齢はお前と同じ。生まれた直後に両親が殺されて、仕方なく保護した」

 

 ハルヒコの態度に、パラケルススは仕方なく説明を始めた。

 何でもないように言い放たれたリョウヤの経歴に、ハルヒコは瞳を揺らす。

 ハルヒコ自身、激動の一年を過ごしたが、生まれてすぐに両親を殺されたという事実は衝撃だった。

 

「最初はどっかの孤児院に押し付けるつもりだったんだがな……アイのやつが妙に気に入ったんだよ。実際、面倒見てたのもアイだ。だからオレは別に、あいつのことでユウカナリアに思う所なんかねーよ」

 

 パラケルススは平然としている……ようにしか、ハルヒコには見えなかった。フルカネルリなら違う感想を抱けたのかな? と自分と瓜二つの故人に思いを馳せる。

 眉尻を下げて黙り込んでしまったハルヒコへ視線を流すと、パラケルススは「で?」と淡白に続きを促す。

 

「でって……何が」

 

「今になって何を気にしてるんだって話」

 

「それはその……どうもユウカナリアが気にしてるみたいで」

 

 初めは隠そうとしたハルヒコだったが、誤魔化しきれないと悟って正直に口を割る。パラケルススが驚きに目を見開いた。

 リョウヤがフルカネルリの工房で姿を消したのは、昨日今日の話ではない。

 今になってユウカナリアが気にするというのも、元の彼女を知っていると不思議ではあった。

 

「あいつがいなくなったの三年近く前だぞ……」

 

 今更? と不思議そうに首を傾けたパラケルススがひとりごちる――数日前。

 留学を間近に控えながら、どうにか余裕を作ったハルヒコはベルという悪魔の工房を訪れていた。

 

「リョウヤん……ですか?」

 

 可愛いサイズの黒翼と同じ色の尻尾を揺らして、女悪魔・ベルはリョウヤをリョウヤんと気さくに渾名で呼んだ。相変わらず胸の下に下着はなく、太腿をふんだんに晒したミニスカートと胸の下部分が大きく三角に欠けたクロップドトップスだったが、細く黒い尻尾は寂しげに落ち込んでしまっていた。

 

「うん。ユウカナリアに聞いたけど、パラケルススの息子だって」

 

 ベルの工房内には、ベルの機工魔術士(エンチャンター)である九重香子(ココノエカコ)の姿もある。

 ちなみにハルヒコの本題は留学に関することだったので、実際に用があったのはカコだ。彼女はアメリカで活躍しているエンジニアであり、ハルヒコが留学することになった切っ掛けでもある。その為に大きな力を貸してくれている人だ。

 ハルヒコが訪れた際、二人はちょうどテーブルでおやつ休憩をしていた。ベルはお菓子作りが得意なのだ。

 自然な流れでテーブルに招かれたハルヒコは、お礼を言うとカコへと本題を切り出し、終わると即座にベルに尋ねた――葛葉涼哉(リョウヤ)のことを。

 

「あの人、息子もいたんですね」

 

 低身長で童顔であるが、社会人であるカコがやや意外そうに言ってお茶を口に運んだ。

 

「血は繋がってなかったんですけどね。とはいえ……」

 

「とはいえ?」

 

 含みを持たしたベルに、ハルヒコは食い付く。

 ベルの脳裏に蘇るのは、なんの変哲もない一日。リョウヤを構うために訪れたパラケルススの工房で、偶然にも見てしまった一幕。

 フルカネルリを連れ立って帰ってきたリョウヤが、パラケルススへと右手を差し出していた。その手には、革製のカバーが着けられたナイフが握られている。

 

「……」

 

「あ? なんだよ」

 

「作ったんだよ、リョウヤが」

 

 無言のリョウヤをパラケルススが訝しみ、フルカネルリは穏やかに答えた。

 

「おー……フルカネルリにーちゃんに教えてもらったか」

 

 良かったな、とパラケルススが笑う。しかしリョウヤは、変わらずナイフを差し出したままだ。

 フルカネルリが「教えたのは鍛治師(ヤマト)」と訂正する。真面目か、とパラケルススは小さくツッコんだ。

 

「……なんだよ」

 

「分からないのか?」

 

「分かるかよ。こんな無口なトコロまで姉に似る必要ないってのに……」

 

 本当に心の底から理解できていないパラケルスス。フルカネルリは、そんな朋友に対して溜め息を隠すことが出来ない。とは言え、パラケルススに自覚はあるのだろうか? と疑問に思う。アリーセとリョウヤを姉弟と認めているということは――。

 自分を見て溜め息を吐かれたことで、パラケルススは「えー、オレが悪いの?」とでも言うような表情をしていた。

 

「お前のために作ったんだろ」

 

 フルカネルリが優しくリョウヤを見つめて解答を口にする。

 いい年した大人には呆れしか出ないが、幼い子供が父親に何かを作って贈るという行為は尊い。

 

「――」

 

 言葉を発することなく、きょとんとしてしまっているパラケルスス。あまりにも想定外だったのだ。

 既に出会って数百年が経過するフルカネルリでさえ、初めて見る様子だ。

 

「そうか……ありがとな」

 

 たっぷりと時間を置いて再起動したパラケルススは、小さな手からナイフを受け取るとリョウヤの頭に片手を置いた。

 

「ベル、感動っスー!!」

 

 ちなみにリョウヤは、感極まったベルに抱き込まれる形で轢かれている。

 なんでお前が感動するんだ、とパラケルススが呆れてしまう。フルカネルリは「感受性が豊かなんだろう」と笑った。

 ベルの胸に顔が埋もれながらも、リョウヤは二人の会話をちゃんと聞いている。パラケルススは否定するのだろうが、親友同士であろう二人が仲良くしている姿が、リョウヤは好きだった。

 

「――なんて事があったのですよ。その時は親子にしか見えなかったです」

 

「それは嬉しいでしょうねぇ。私もまだ小さい頃にホクトからプレゼントは、どれも捨てられないでいるのですよ」

 

 しみじみと話して微笑むベルの黒い翼が、感情に反応したようにパタパタと揺れる。

 うんうん、とカコが弟からの贈り物を思い出して頷いた。

 

「ですよねー? ベルも僭越ながら、リョウヤんの親戚のお姉さんをやらせてもらっていたので、何度か贈り物をされているのですが……全部大事に保存しています! アイちーも作ってもらったホウキはまだまだ現役みたいですし!」

 

「――って話はベルに聞いた」

 

 ハルヒコは先ほど自分とユウカナリアが訪れた際、ナイフを眺めていたパラケルススを見ている。その雰囲気は、とても言葉に出来ないものだった。

 いつも飄々としているパラケルススは頭を掻くと、諦めたように短く息を吐き出す。

 

「本当に気にしてねーよ、リョウヤもユウカナリア(どっち)もな」

 

 冷たいかもしれないが、それが本音だった。

 

「フルカネルリの話をした時も似たようなこと言ったか。リョウヤ(あいつ)が自分で仕事を選び、倫理観や……感情やら何やらを踏まえて、頼みを引き受けた。なら口出しするようなことじゃないし、頼んだ相手(ユウカナリア)に文句も恨みもない」

 

 人間は、あっという間に流されてしまうのだ。

 長い時を生きてきたパラケルススは、幾度も出会いと別れを重ねて来ている。

 今更、一度や二度の別れに思うところはない。

 そのことに、ハルヒコは少しだけ寂しさを覚えてしまう。

 

「フルカネルリの件もそうだったが、ユウカナリアにはお前から上手く伝えてやってくれ」

 

「……お前に言われても、素直に聞かなさそうだもんなぁ」

 

「ククッ、言うねぇ」

 

 軽口を叩き合うと、パラケルススの頼み事を了承してハルヒコは去って行く。

 ユウカナリアの事も、パラケルススの事も、リョウヤの事も気に掛けるハルヒコを、パラケルススはお人好しと評する。だが、だからこそ人を惹きつけるのだろう。そのことを馬鹿にするつもりは毛頭なかった。

 戸棚にそっとナイフを戻し、誰もいなくなった工房で一人、パラケルススは言の葉を落とす。

 

「ま、時間だけはあるんだ――気長に待つさ」




レトロチック・ロマン、完結です。
合計11話となりました。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
お気に入り登録、評価、ここすき、誤字報告にも感謝しています。

あとがき②にも書きますが、更新は一度停止して書き溜めたいと思います。
また私事ではありますが、仕事の都合で長く待たせることになるかもしれません。
それでも宜しければ、今後ともよろしくお願いします。
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