星屑の夢 作:ハレルヤ
今回はエデン条約編プロローグとなります。
楽しんで頂けたら幸いです。
Pr-3.あの日のお茶会
◇0
この話は対策委員会と先生が、ヒフミと出会った日の続きである。
ブラックマーケットを歩き回り、時には駆け、結局葛葉邸に帰った時刻は十六時を回った頃だった。
「うわぁ、大きなお家ですね……!」
ヒフミが初めての葛葉邸を前に興奮したように溢した。
敷地面積があるだけだよ、とリョウヤは小さく笑う。
代わりにと言うわけではないが、そもそも僻地と言えてしまう場所なのである。徒歩圏内にはコンビニもスーパーもないので、買い物はどうしても遠出になっていた。砂漠もそう遠くはない。実際に住んでみると、不便な点が多く目立つ立地だった。
「確か作り置きのクッキーがあったな」
「お茶は私が用意しますね! あ、紅茶の方が良いでしょうか?」
大半が手洗いうがいを済ませてリビングで腰を下ろすと、リョウヤとノノミは迷いなくキッチンに入っていく。
「任せるよ。俺より詳しいだろうし」
「任せれました☆」
キッチン内ではリョウヤが冷蔵庫を漁り始め、ノノミは可愛らしく敬礼をすると紅茶の準備に取り掛かった。
詳しいだろう、というのは家柄故の話だ。ノノミはリョウヤの補助、或いは助手のような立ち位置にいることが多いがお嬢様なのである。だからこそ、補助に回るのが新鮮なのかもしれない。
助手のような様というのは……白衣を纏わせる、脱いだ白衣を受け取る。数時間前ならば、たい焼きを買いに行った際に追従したことだろうか。
TS社に於いてもノノミが社長で、リョウヤは創始者でありながらも作る側の一人でしかない。極論、社長と社員だ。
リョウヤは社長としての事務作業をしてくれているノノミを、自分よりも上の立場として扱っている。しかしノノミはリョウヤを上の立場と認識していて、自分は秘書のようなものと考えているのだ。なんなら秘書としての振る舞いを楽しんでもいる。
仕事上はある程度の節度をもって上下関係を築きたいリョウヤなのだが、学校では先輩後輩の関係であることも重なってノノミとは非常に曖昧なものになっていた。
本気で指摘し注意すればノノミも切り替えるのだろうが、そうまでするようなことではなく、同時に本人の希望を叶えたいという私情である。
今も横目に窺ったノノミは、鼻歌でも奏で出しそうなほど楽しげなのだ。
「スリーティアスタンドでも買っておけば雰囲気出せたな」
リョウヤの聞き馴染みがない単語に、ホシノ、シロコ、アヤネ、セリカ、先生が首を傾げた。
「一言で表すとケーキスタンドですね」
「スリーティアはこう……三段になっているものです」
両手の平を使ってノノミとヒフミが三階層を表現する。
言われてみると、貴族やお嬢様がメインキャラクターのドラマやアニメで見たこともあるので納得の声が上がった。
白いお皿にクッキーが盛られて各々に紅茶が行き渡ると、一日の疲れを癒すかのようなゆったりとした時間が流れていく。
途中、室内にはBGMが響いていた。
「――こんなところか」
オルガンの鍵盤を十本の指が踊り終えると、惜しみのない拍手が贈られる。
演奏者のリョウヤが、七人の観客へと三曲だけ披露したのだ。
切っ掛けはヒフミがオルガンに興味を持ったことだった。
弾いている所は見たことがない、とホシノ達は言った。対して先生が「でも弾けるんだよね?」とリョウヤへ確認した。
えっ? と対策委員会女子陣の視線がリョウヤに集まり、あれよあれよと演奏する運びになったのである。
「本当に知らなかったんだね……」
感動した様子のホシノ達を視界に収めて、先生が小さな驚きを露わにした。
「家を買った時点で置かれていたって話は聞いてたんだけどねー」
やれやれ、とホシノは首を振る。
冷蔵庫やテレビ、洗濯機といった家電は残っていなかった。言い方は悪いが、置き捨てられていただけのオルガンである。なんなら壊れてもいた。
リョウヤとしては、そのまま放置しているのも気になって修理しただけで、弾いたのも直ったかどうかを確認した一度だけである。
「自己完結人間……」
「こんなに素敵な特技があるなら教えて欲しかったですね」
セリカとアヤネの半目がリョウヤへと突き刺さった。
「大した腕じゃなかったろう? ほとんど独学なんだ。誰かに聞かせるようなものじゃないよ」
事実、音楽に僅かでも通じている者であれば酷評するであろう技量しかない。手慰みの範疇だ。
恐らくプロの演奏も聞き慣れているであろうノノミに対して、リョウヤは確かめるように視線で促す。
「……確かに技術的にはプロに劣るかもしれませんが、それはその演奏の好き嫌いとは関係ありませんから」
ノノミは満面の笑みを浮かべて、キッパリと言い放った。
「ん、正直に言うと……聞いたところで、技術的な話は私には分からない」
「そ、それは確かに。……でも素敵だと感じたのは嘘じゃないですよね」
「こういうのを温かみって言うのかしら?」
「誰が弾いてくれたが大事だってことだねぇ」
リョウヤは「お、おう……そうか……」と、ノノミ、シロコ、アヤネ、セリカ、ホシノに答える。
たじろぐ姿が新鮮で、先生とヒフミを目を合わせると小さく笑ったのだった。
◇1
「では……物真似をします――お悩み相談を受けたぺろろ様!」
焦点が合わず何処を見ているのか分からない両目。でろんと飛び出た舌。
……を、一人の女の子が本気で表現している。
一拍置いて、ブフォッ! と吹き出したのは先生だった。一人が決壊してしまえば残りは早い。部屋はすぐに笑いに包まれた。
正直どの辺りにお悩み相談要素があるのかは、当人ともう一人以外には不明である。
「凄い! そっくりです!」
元ネタに理解のあるもう一人は――両手の指先を合わせて感動しているノノミだ。
「あっ、やべっ……横隔膜が痙攣を……!」
ゲッホ、ゴホッ! とリョウヤは完全に噎せ返っていた。
アヤネも突っ伏して小刻みに震えている。セリカは笑い過ぎて「お腹痛い」と声を震わせ、シロコは涙目だ。先生にも大ウケである。
「……その顔は、人前ではしない方がいいんじゃないかなぁ」
リョウヤの背中をさするホシノも楽しそうではあったが、思わず苦笑いで忠告してしまう。
端的に言って、女の子のして良い顔ではなかった。
「でもこれ、凄くウケが良いんです!」
何故そんな顔を? の解答はトランプの罰ゲームではあったのだが、ヒフミはヒフミでノリノリである。
だろうねぇ、とホシノは納得するしかない。シンプルに面白過ぎた。
ちなみに、リョウヤの演奏も罰ゲームとして扱われたものだ。
遊び内容は大富豪やブラックジャック、ダウトを経ていた。余談だが一位抜けをしたのは順に先生、セリカ、シロコである。
トランプがひと段落すると、今度は腕相撲が始まっていた。
「なんだか凄く意外な結果です」
腕相撲では悉く敗北していくリョウヤを、ヒフミが不思議そうに眺めている。
今も「ハンデあげるね~」と僅か十度程の角度になる位置に右手を置いたホシノの腕を、リョウヤはミリ単位ですら動かすことが出来ていないのだ。
「でも格闘戦自体は巧いよね、先輩」
「そう言えばシロコちゃんは一回リョウヤとやってたね、格闘オンリーで」
「ふふ、懐かしいですね☆」
シロコからの評価を聞いて、ホシノとノノミは懐かしそうに目を細める。
リョウヤはプルプルと震えながら、右手に必死に力を込めていた。魔力による強化無しでは、口を動かす余裕もない。
「え、その戦いは?」
「私が制圧されて終わった」
セリカがきょとんとすると、あっけらかんとシロコが答える……と同時に、素知らぬ顔のホシノの右手によってリョウヤの右手の甲はテーブルに押し付けられた。
右手が運ばれ始めると「!?」とリョウヤは更に必死になったが、スーと流れていく右手は穏やかな川の流れのようである。
先生が溢すように「あー……」と腕相撲の結末を見守っていた。
「あの時も一瞬の決着でしたよね」
「ん」
力の差があっても、技量で埋めてみせたのだ。
キヴォトス人の膂力や頑強は地球人を優に上回るが、身体の構造や構成物質は大きく変わらない。
受け流して、体勢を崩すことは充分に可能である。
この時はリョウヤも、戦い方を教えてくれた保護者達に心底から感謝を抱いた。
尤も制圧できた理由は……本能的に勝ちを確信していたシロコの、その心の不意を打ったからだろう。
「……、……制圧されても抜け出せた筈なんだけどな。あの時のシロコ、随分と動揺していたから発想がなかったんだろう」
落ち込んだ素ぶりもなく、リョウヤが自身の右手を揉みながら記憶を辿った。
その時のシロコは目を白黒とさせ、自分の状態が理解出来ていなかった節があった。
実際、シロコ当人としては気が付いた時には組み伏せられていたという認識だ。それ程までに素早く、自然な体の流れだった。
そのままホシノが、リョウヤの勝利を宣言してしまったというのも大きいだろう。続行していたのなら、間違いなく結果は違った筈だ。
「武器ありだった場合でも、勝ったのはシロコだろうな」
「でも先輩には工房があるから……」
「そうなると、本格的になんでもありになっちゃうからねぇ。……実践形式って言うなら、ソレで良いのかもだけどねー」
悲観ではなく、正直な自己評価を下すリョウヤ。シロコは首を横に振ったが、前提条件を変えると色々と変わってしまうとホシノは話を打ち切った。
「なんだか凄く意外と言いますか……」
ヒフミは自身の護衛をリョウヤに依頼した経験がある。毎回毎回、荒事に巻き込まれているわけではないものの、リョウヤの戦闘を間近に見たこともあった。
それだけに驚きは強い。
「さっきだって、スタングレネードの扱いが上手でしたし……」
「それこそシロコちゃんの評価通り、巧いんだと思う。適切なタイミングで手札を切る。敵味方の射線に入らないのは当然として、逆に敵の射線に敵を置く……みたいな」
ぴっ、と人差し指を立てて先生は評価を下す。
カヨコ等も気が付いていたことだが、乱戦時のリョウヤは敵の射線に敵を置くように動いている。その事に、この時点で先生も気が付いていた。だからこそ戦闘巧者だという他ない。
よく見てる、とリョウヤが呟く。
「でもシロコちゃんと戦った後、ちょっと気にしてたよねぇ?」
「思う所はあった。だから模擬戦を頼んだわけだし」
「知らない話が出てきた……」
「知らない話が出てきましたね……」
ホシノが流し目を向けると、隠していたわけでもないのかリョウヤはあっさりと肯定した。
呆気に取られたのはシロコとノノミ。二年生の二人が知らないのだから、一年生の二人も知らない。当然ながら先生もヒフミもである。
そして、全員がホシノの実力を知っている。結果はなんとなく予想が可能だ。
六人分の視線を受けて、ホシノは眠そうな笑顔でピースサインをした。リョウヤもまた笑う。
「ボロ負けしたよ。武器ありでも、なしでも」
カラッとした態度でリョウヤは言うが、本当のところ少しは堪えた。
パラケルススという中立主義の陣営に属して尚、実戦の機会はあったのだ。
自分が特別強いと思っていたわけではないが、パラケルススやフルカネルリ、ヤマト、ベルといった面々に戦闘訓練をして貰っていた身だ。
自身ではなく師達への信頼も相まって、手も足も出ないとは思いもしなかった。
尤もシロコとは違い、ホシノにリョウヤに対する油断はない。当然と言えば当然だったのだろうとも思う。
「あの後、鍛える時間をとるべきか本気で悩んだ」
「え、先輩の何処にそんな時間が……?」
「確かにそれなら休息に時間を割いてほしいね……!」
「いや全くその通り!」
驚愕したような、けれど同時に引いているかのようなセリカの瞳がリョウヤを貫ぬく。
アヤネが大きく頷き、先生は力強く同意した。
ですよねー、とノノミとシロコが微笑む。
「そんなに忙しいんですか?」
「今日も三時間しか寝ていないそうです」
「ん、三十分の日もあった」
「そ、それは流石に……問題ですね……!」
首を傾げたヒフミはノノミとシロコからの即答を受け、ぎょっとして苦言を呈してしまっていた。
「味方がいないんだが?」
「味方だから言ってるんでしょー?」
「何も言えない……」
リョウヤがそれぞれの顔を見るも、最終的にホシノからの鋭い反論を受けて項垂れた。
「でも流石にやめたんだね? 戦闘訓練は」
「それは……何処かの誰かさんが“そんな時間を使ってまで強くなろうとしなくて良い”って言ってくれたからな」
良かった良かったと先生が聞くと、その誰かさんへチラリと視線を向けるリョウヤ。
意趣返しのような流し目に釣られて視線が自然にホシノへ集まると、彼女は困ったように目を細めて頬を掻いた。
「いやぁ、当時からリョウヤは作ったり直したりと忙しかったからねぇ」
「戦いでは自分が前に出るからって」
些細を語るつもりの無さそうなホシノに代わり、リョウヤがしれっと付け足すと、おおー! と感嘆が重なった。
「後輩達も俺の事も纏めて護るからって言ってくれたの……あれ、実は結構嬉しかったんだよね」
本心からの言葉に、今度は黄色い悲鳴が上がった。
きゃーかっこいい! と実に素直な感想が巻き起こり、ホシノは薄く頬を染めた。
「あっ、だからいつも戦いになると先陣きっていくのね!」
セリカの推察に納得が巻き起こると、尊敬やら感謝やらの感情が部屋に充満して行き、ホシノは随分と居心地悪そうである。
「うへぇ、大袈裟だよ~? そもそも皆自衛できるわけなんだからさー」
それこそアビドス高等学校腕相撲最弱の称号を得たリョウヤとて、戦えないなんてことはない。
ホシノからしたら結局、自己満足なのだ。
「それにおじさん、それくらいしか出来ないわけでね?」
はいはーい! とノノミが勢いよく手を挙げた。その顔は柔らかいものの、瞳は至って真面目である。
「そういう言い方は良くないと思いま~す!」
「先輩が先頭を切ってくれるから、私達も安心できるんですよ?」
「ん、たくさん守ってもらってる……!」
「我が校誇る最強戦力だものね」
後輩四人から怒涛の如く捲し立てられ、ホシノは「うへぇッ!?」と気圧された。
え~っと、と彷徨った視線がリョウヤの視線とぶつかる。自分の意思を汲んでフォローしてくれる色の瞳でない、とホシノは瞬時に悟った。
「その“それくらいしか”がデカい事だったってわけだ」
案の定、満面の笑みで持ち上げて来た。加えてリョウヤは、ヒフミに対して「なぁ?」と態とらしく促している。
はい! と元気に返事をしたヒフミは「私も何度も助けられました!」と微笑んだ。
当然とばかりに先生も続く。
「て言うか事務能力も高いよね。まぁこれはアビドスの子全員に当て嵌まるけど……リョウヤくんとアヤネちゃんがいるから感覚バグってるだけで、もっと自信を持って良いと思うな」
アビドスの管理を、たった六人で回しているからこそなのだろう。ずば抜けた二人がいるだけで他の四人の能力も高いのである。
先生は茶目っけたっぷりにウインクを飛ばす。
「……うん……良くない言い方だったね……ごめん――ありがとう」
ホシノは何処か複雑そうに、けれど確かにはにかんだような笑顔で返したのだった。
短い時間ではあったが確かに絆を育んで、ヒフミは「カイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と関連がある証拠を得られたら教えて下さい! ティーパーティーに報告します!」と言葉を残して帰って行った。
そして、宣言の通り……否、それ以上の力を貸してくれたのだ。
この日以降、アビドス二年生の二人とヒフミはよく連絡をするようになった。カイザーコーポレーションとの一件が落ち着きを迎えると、遊びに出掛けるようにもなる。特にノノミはペロロ様のこともあり気が合ったのである。
シロコを伴って、布教がてらモモフレンズのグッズ巡りをしているとかなんとか。
そして季節は――夏へ。
「そう言えば先輩、お聞きになられましたか?」
「うん? 何の話?」
「ん、ヒフミの話」
「いや……彼女のことは特に。何かあったのか?」
実はですね、とノノミが語り出す。
事の始まりは、アビドスの二年生二人がリョウヤへ共有した話だった。
以前にも書きましたが、自分は原文となる文章をきりの良い部分まで書き溜め、編集して投稿。次の話も更に編集して投稿というタイプです。
投稿した話と未投稿の原文を確認しつつ、原文を弄っているのですね。
現状、エデン条約編第2章は原文が完成しております。
今までなら一週間から十日あれば余裕で投稿出来たのですが、少々リアルの都合が忙しく……とりあえず次の投稿は今月の30日とさせてください。
それでは、ここまで読んで頂きありがとうございました。