星屑の夢 作:ハレルヤ
ソファーとカウンターの間に置かれたテーブルには綺麗に料理を食べ終わった食器が置かれ、椅子に座る三人は「ご馳走様でした!」と手を合わせる。
せめて洗い物はするというリョウヤの提案は秒で却下されてしまう。
洗い物が終わると、三人は改めてソファーに移動する。リョウヤの眼前にはホットミルクが、ホシノとセリカには暖かい紅茶がテーブルに置かれていた。
「俺だけミルク……」
「カフェインNG判定出てまーす」
「NG判定出したよー」
リョウヤはコーヒーか紅茶が良かったのだが、こちらも通らない。セリカもホシノも楽しげに笑みを浮かべていても、そこには「なにがなんでも寝かせる」という強い意思がある。リョウヤも流石に圧を感じざるを得ない。
(いや、うん……俺が悪いな)
反省するくらいの頭はリョウヤにもある。今回の件に関してはやりすぎだった。ミレニアムにいた時点で徹夜を繰り返していたのは問題があったし、無理もあったということだ。
ホットミルクに息を吹きかけていたリョウヤに、対面に座っていたホシノが声をかけた。
「そういえばリョウヤ、モモトーク見てないよね」
「えっ」
確認ではなく確信した口調だ。
携帯端末でのやりとりに関して、苦言を呈されたのも本日の出来事である。
やべっ、とリョウヤが零し立ち上がる。
ジャージのポケットを叩いて何もないことを確認すると、早足でリビングから出て行く。
セリカが「あー……」と僅かに同情する声を漏らした。お説教が効いていたのか、リョウヤはどう見ても過敏になっているからだ。隣に座るホシノは満足げに紅茶を啜っている。
携帯そのものはすぐに見つけられた。帰宅してからの行動を覚えていたからだ。気まずそうに苦笑い浮かべ、リョウヤはソファーにまで戻って来た。
「危ない危ない、脱衣所に置きっ放しだった」
なんの言い訳だ! とリョウヤは内心でツッコむ。ハハと乾いた笑いが出ながらも、腰を下ろしてモモトークを開く。
対策委員会のグループは、アヤネからシャーレの支援物資が届けられること、先生が個人的に協力してくれることの報告から始まっていた。
その場にいたであろう面々も、セリカを除いて肯定と確認完了の旨が返されている。リョウヤもメッセージを送ろうと画面を下にスライドしていき、淀みなく動いていた指が止まる。
ソファーで爆睡している自分の姿が映ったからだ。
「……ホシノ」
写真の送り主に抗議の目を向ける。
「皆ちゃんと寝てるか心配してるんだよ?」
そう言われてしまうと、リョウヤも文句を言う気分ではなくなってしまう。
皆が心配していたのは嘘ではないし、言われた側もそれは理解しているのだ。
各々が「ちゃんと布団で寝ないと」だの「かわいい」だの好き放題書き込んでいたので、それらをスルーしてリョウヤは「先生の件、了解」とだけ書き込む。
シロコ[あ、起きた]
ノノミ[眠らないとダメですよ]
アヤネ[ちゃんとベッドに行ってくださいね]
レスポンスが早い。
リョウヤの場合は何かの作業中で携帯を確認する暇がなかったり、集中し過ぎて通知に気がつかなかったりと理由は様々なのだが、現実を直視すると自分は確かに遅い。先日までに至っては結局、返答することすらしなかった。
今回は晩御飯を食べていたことを伝えておく。
いくつかモモトークでのやりとりを経たのを確認して、ホシノは両手で持っていたマグカップをコースターに置きながら切り出した。
「――リョウヤは先生のこと、どう思った?」
質問を聞いてセリカが体を強ばらせる。
「身体能力はともかく、指揮能力に関しては文句なしだな」
問いかけには迷いなく断言する。
それまではアヤネやリョウヤが状況に応じて指揮を兼ねていた。二人の指揮能力も決して悪くはなかったが、先生の能力は群を抜いている印象だ。
「セリカちゃんは?」
「え、あ……それは……私もリョウヤ先輩と同じ意見、だけど」
しどろもどろなセリカを見て、リョウヤはなんとなく事情を察した。
「セリカは先生の協力には否定的なのか」
「っ……」
セリカは俯いて唇を噛む。
前提としてリョウヤがアヤネの「シャーレの先生に対する支援要請」を許可したのだ。そのリョウヤが先生の協力に反対とは思えない。そしてホシノもまた先生の協力には賛成の立場だ。
リョウヤがソファーで目覚めた後に会った時、セリカが気落ちしているように見えたのも、そのことが理由だった。
「会ったばかりの相手だし、今まで大人が気にかけてくれたことなんてなかったから認めないって」
黙ってしまったセリカに代わり、ホシノが日中に聞いたセリカの言葉を告げる。
リョウヤの返しは単純だった。
「それは良くない」
真面目なトーンで放たれた言葉に、セリカはとうとう泣きそうになる。
尊敬し慕っている先輩二人と対立しているのは、心に大きな影を落としてくるのだ。
「相手を説得するなら感情論はな……」
「え……」
セリカはあまりにも想定していなかった言葉を受け、思考が停止してしまう。
そうだな、とリョウヤは頭を掻いた。
「権威効果、つまりシャーレの先生という肩書きによって好印象を持ち信じやすくなっている……と言われたら、一度は冷静に考える切っ掛けになったかもしれない」
「それを先生自身の前で言う難易度高めじゃないかなー?」
「そうか? いやまぁ例え話だよ。理論立ってる方が説得は成功しやすい」
普段の調子でやりとりする二人の先輩をまえに、セリカは目をパチクリさせていた。
思っていた展開と違う。
自分を説得する為に、ホシノはリョウヤの家にまで連れて来たと思い込んでいた。
「リ、リョウヤ先輩はいいの?」
「うん?」
困惑するセリカの胸中をリョウヤは分かっていないのか、素直に首を傾げている。
「その、私が先生の協力に反対してて……」
「そもそも俺もホシノも懐疑的だよ、先生には」
「え……えぇ!? 先輩が支援要請の許可したのに!?」
「それは別に断られても現状維持で問題ないし、支援してくれるならそれはそれで話を聞くのはタダだし」
自分たち後輩には激甘なリョウヤのシビアな対応を意外に思いながら、セリカは隣のホシノを見る。案の定、平然としている。
「ホシノ先輩、先生は助けてくれた大人って言ってよね!?」
「とりあえず、そう言って泳がせておこうかな~って」
うへ~、と笑うホシノ。こちらも結構ひどい事を言っている。
「え、えぇ……?」
「別に絶対信用しないとかではないよな?」
「為人をみる期間はほしいから……現状は中立かな?」
ねー? と頷き合うリョウヤとホシノに、セリカは体の力が抜けていくのを感じる。
驚きつつも、自分一人で空回っていたセリカだったがやがて「良かったぁ……!」と深く溢す。泣きそうな笑顔のセリカの頭を、隣のホシノは聖母の如く優しく包み込んだ。
「ごめんね、あの場で味方してあげられなくて」
数時間前、ホシノはセリカに同調しなかった。それは先生に「自分も賛成派」という印象を与えたかったからで、引き換えにセリカを傷つけることになってしまった。
あの場では反対派のセリカが対策委員会室を出て行き、ノノミが後を追ったが結局は見つけられず終いで、話が終わったあとにセリカ探しに出たホシノも結果は得られなかったのだ。
故に偶然とは言え、帰り道でセリカを見つけられたのは幸運だった。誘拐などとふざけて言いはしたが、実際にはセリカのフォローするためという真面目な理由から連れて来たのだ。
(シロコのスキンシップ、ホシノの影響か……)
微笑ましげにホシノとセリカを見つめいたリョウヤは、昼間のシロコを思い出す。普段から何かあるとホシノは後輩を抱きしめていた。そして自分とホシノもまた、かつてよく先輩に抱きしめられていたものだ。
(……受け継がれていくものはあるんだな)
或いは「その人が確かにいた証」なのかもしれない。
センチメンタルな気分になるリョウヤの目に、ホシノが指先で手招きしている様が映る。ゆっくりと立ち上がり、ホシノと挟み込む形でセリカの横に腰を下ろした。
「俺も意思の確認と調整はしておくべきだった……ごめん、セリカ」
「先輩達は……悪くない、から……」
ホシノの腕の中で小さく震えているセリカの頭に、リョウヤは片手を乗せる。後輩の震えている体にも声にも、気が付いていないフリをする。
多数派同調バイアスもある中で自分だけ違う意見で、仲の良い友人と先輩も対立している。セリカの心にかかった負担が大きなものなのは言うまでもない。
セリカとて同級生とも二年生の先輩とも、仲が悪くなると本気で思っていたわけではない。思っていたわけではなくとも、それでも「もしかしたら」と考えてしまう。けれどそれでも、ホシノとリョウヤという二人の先輩は自分のことも見捨てることはないだろうと感じることができた。それならば他の友人達ともきっと大丈夫なのだと。
「抱きしめてあげればいいのに」
ホシノは悪戯な笑みを浮かべた。
「俺は男だ」
リョウヤは苦笑を伴いながら返す。
なるべく普段通りの、なんてことない雑談を交わしていく。それがセリカの心を解せるようにと願いながら。
「結構そういうところ気にするよね」
「……
ポンポンとリョウヤの手がセリカを優しく撫でつつ、遠い記憶を思い起こす。肉親は残っていなくとも、義理の家族は残っていた。
もう二度と会うことはないかもしれないし、アビドスの問題が片付けば帰還の手段を探すかもしれない。
「――セリカちゃん?」
数分後にはセリカの寝息が聞こえてきて、ホシノが囁くように名前を呼んだ。
「体温や心音で安心した……のかな」
分析するリョウヤの撫で方が、優しいタッピングでもあったのが功を成したのかもしれない。
倒れないように支えつつもホシノが離れると、そこには安心しきった様子で眠るセリカの顔があった。幼い子供にも見える後輩に、思わずリョウヤとホシノもヘニャッとした表情になるのも仕方のないことだった。