星屑の夢   作:ハレルヤ

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8-3.補習授業部とのスタート③

◇0

 

 

 気安い雰囲気で肩を揺らし合うリョウヤと先生に、遠慮なく割り込む者が一人。

 

「せっかく男女が揃っているのですから、だからこそ出来ることがしたくありませんか?」

 

「まだ言うの!?」

 

「こ、懲りないですね……」

 

 容赦のないコハルとヒフミにも負けずに続けるハナコは、見ていて甲斐甲斐しさすら感じられるが自信ありげである。

 

「いえ、今回は別案です」

 

「別案?」

 

 コテンとアズサが首を傾げる。

 

「ずばり、恋バナです!」

 

「男女で……するもの……?」

 

 先生が訝しんだ。

 修学旅行などの夜、男女が分かれた一部屋で盛り上がるイベントと認識していたからだ。特に女子同士の恋バナは実質牽制であるなんて怖い噂も聞いたことがある。

 いや、男女ですることもあるのだろう。しかし先行したイメージはやはり、同性でするものだった。

 

「折角の機会ですし、男の子の恋愛情……事情について伺いたいなと」

 

「恋愛を経験してないから、何も面白いことはないぞ」

 

 わざとらしい言い間違いには反応せず、リョウヤはキッパリとした態度をみせる。そして同時に、間違いなく真実だった。

 男女でと言う割に標的が自分一人に感じるのは、きっと気のせいではない。

 

「え、対策委員会の人達と一緒に寝てるのにですか? ……あっ」

 

 慌ててヒフミは口を両手で隠したが、飛び出した台詞は言うまでもなく部屋中を泳いでいた。

 まぁ! とハナコは目をルンルンと輝かせ、コハルは裏切られたとでも感じたのかショックを受けている様子だ。

 

「一応、今は一緒じゃない。未だに同居状態ではあるが……」

 

「リョウヤくんって、一人だと睡眠時間を平気で削るんだよね。だから監視の為に一緒に眠っていただけっていう」

 

 ヒフミの暴露を気にした様子もなくリョウヤが補足して、先生がフォローに回ると、アズサが「監視の為……」と小さく反芻した。一体何をすれば、周囲から監視されるレベルに至るのか甚だ疑問だった。

 微苦笑で答えたのは先生である。

 

「研究とかモノ作りとかでね。最近だとゲームをやっていたなんてのもあったかな……まぁそちらは流石にお説教が入ったみたいだけど」

 

 ゲームを遊ぶことに驚いたような反応を見せたのは、コハルとハナコだった。

 揶揄うような先生へ、ここぞとばかりにリョウヤはジトっとした双眸を向ける。

 

「ゲームと言えば、ゲーム開発部に入れ知恵したのは先生か?」

 

「うん?」

 

「テイルズ・サガ・クロニクル2が送られて来たって話」

 

 スペシャルサンクス! そんなメッセージと共にダウンロードコードがプレゼントされたのだ。

 ああ! と先生が両手でポンと音を鳴らした。

 

「私もゲームを貰った側だね。この前シャーレに来ていたユウカちゃんに聞いたら、事情を知っていて教えてくれたよ」

 

 ゲーム開発部は、ユウカにある相談をしたのだ。

 リョウヤや先生含めて、知恵や力を貸してくれた人達の名前をスタッフロールに流したい……という内容である。

 聡いユウカは先日の出来事を思い出し、エンジニア部やヴェリタスの名も含まれているのだろうと察しつつも、以前のように厳しい物言いは出来なかった。本当に感謝を表したかっただけなのが理解出来たからである。故に筋を通す為に自分へ話を持って来たのだろう、と。

 結論を述べると、やはり許可は出来なかった。

 皆揃ってネームバリューが強過ぎるのだ。代案として、ゲームをプレゼントして感謝を伝えることを挙げたのである。

 そして相談のお礼として、ユウカにもメールでダウンロードコードが送られることになる。

 可愛い後輩から頼られたことも相まって、ユウカは後にリョウヤにこう溢した。

 あんなことされたら、可愛いがるのも分かる――と。二人は固い握手を交わすことになる。

 

「……なるほど。そういう流れがあったのか。疑ってごめん」

 

「いえいえ、お気になさらず。やっぱり買うつもりだった?」

 

「先生もだろう?」

 

 互いに合わされた両目は優しく、数秒の見つめ合いを経て小さく吹き出し合う。

 自分達にお礼がしたくて、ユウカに相談し、スペシャルサンクスという短くも多くの感情を滲ませるメッセージを添えてゲームを贈ってくれたゲーム開発部を思うと、本当に心が温かくなる。

 

「それで、どのような女性が好みのタイプなのでしょうか?」

 

「ぶっ込んで来るねぇ!」

 

 今の流れで!? と先生が驚愕を露わにする。

 ハナコは「だって気になりませんか?」と首を傾げ、先生は「……気にはなるけども!」と実に正直な返しである。

 その辺りはやはり女子と言った所だろうか? ヒフミとコハルも興味がありそうにソワソワとしていた。

 リョウヤは苦笑いを経て諦めたように溜め息を晒すと、動きが止まる。側から見ても、頭を悩ませているのが分かった。

 恋愛を経験していないという言の通り、考えたこともなかったのだろう。

 

「どのような、か……――……強いヒト?」

 

 僅かに考え込んで出力されたのは、当たり前ながら曖昧で疑問符の添えられた返答だった。

 

「ずばりホシノさんですか?」

 

「好みのタイプって形容詞で答えるものじゃないのか?」

 

「“ホシノさんのような人”ですか?」

 

 キリリッと聞こえてくるような表情で同級生の名を出されたリョウヤは、きょとんとした後に困ったように笑う。

 

(と言うか他校の生徒にすら名指しされるのか……いや、ヒフミはノノミ達と仲良いしなぁ)

 

 ヒフミと後輩達の繋がりを悟ったリョウヤの横で、ヒフミから二度に渡り飛び出した名前に先生は「名詞出しちゃうんだねぇ」とひとりごちる。

 

(あっ、でもヒフミちゃんは私よりよっぽど先にリョウヤくんと知り合ってるのか!)

 

 先生がヒフミと出会ったのはブラックマーケットで、その際には対策委員会も一緒だった。

 ヒフミは不良に追われていて、真っ先にリョウヤとホシノを頼っている。思い返せば、リョウヤの学力事情に関しても初めから知っていたのだ。今日も含めて意外と遠慮がないと感じたが、寧ろ砕けた仲になる程度の関係はその時点で築けていたという事だろう。

 

「ホシノちゃんはこの子だよ」

 

 知らない名前に首を傾げた他の面々に、先生は携帯端末に保存されている写真を共有する。

 リョウヤとホシノのクリスマスデートのツーショット写真である。

 

「私は前にシロコちゃんに見せてもらいましたけど、良い写真ですよね!」

 

 少し興奮したように写真を見つめるのはヒフミだ。

 現場にいる当事者は「流出しとる……」とぼやく。

 先生が「消した方が良い?」と問うと、返答は「俺は構わないけど、ホシノにも確認はしておいて」と真面目で無難な対処である。

 

「私は気の利いたことは言えないけど……良いな……と思う」

 

「憧れちゃいますよね〜!」

 

 アズサとヒフミの反応はむず痒さがあるものの、嬉しくもある。だがスライドしては変わっていく写真達には「どんだけ流出してるんだ……」とリョウヤが再度ぼやく他ない。

 確かにあの日撮った写真は一枚ではない。自撮りのツーショットだけでなく、スタッフに頼んで撮って貰った一枚もあるし、なんならお互いがお互いを好き勝手に撮影もしていた。その悉くが流れていて、進行形で共有されているのは衝撃的な光景だった。

 

(ホシノが流したとも考え難いし、シロコかノノミだろうな……)

 

 重ねて言うが、先生とデータを共有した事に関してリョウヤに文句はない。ホシノにもないだろう。それはそれとして、後で二年の後輩にホシノと共に詰めておく必要はあるかもしれない。

 尚――実行するとシロコとノノミは「ん、とうとうバレた」「意外と遅かったですね☆」と悪戯が発覚した子供にも似た反応を楽しそうに浮かべた。

 

「こういう写真はね、見てて元気が出るからいくらあっても良いですよね」

 

 癒し! と先生は満面の笑みだ。

 

「素敵な写真がいっぱい……」

 

 笑顔の溢れた写真達を見たコハルのシンプル且つ直球な感想に、ぶっ込んで来たハナコですら「本当ですね……」と思わず口にしてしまっていた。

 同時に、これで恋愛未経験は嘘では? とも思う。これに関しては正直ハナコだけでなく、先生も、ヒフミもコハルも、アズサでさえもだ。

 目は口ほどに物を言う。或いは空気を感じ取ったのか、リョウヤは意味なく前髪を掻き上げた。

 

「……ホシノを嫌ったことはないけどな。感謝も尊敬もしてる。でも付き合っているとか、付き合っていたとかはないよ」

 

 手持ち無沙汰だった手が離れると、掻き上げられた呆気なく前髪が落ちる。

 

「その写真がデートなのは……認めるけど……プレゼントとしてペアチケットを後輩がくれたのであって、デートらしいデートなんて初めてだった」

 

 誰かと付き合った経験のないリョウヤだが、明確にイメージできるカップルにフルカネルリとユウカナリアがいる。

 バカップルと呼ばれることもあった二人であるものの、最も参考になることも事実だ。

 フルカネルリが幼いリョウヤを構い倒したことで、ユウカナリアは嫉妬の感情を抱いた時期があった。

 些細は省くが、要するに自分の為に時間を使って欲しいというのが、恋人としての素直な想いだったのだろう……と、今ならリョウヤにも察せられる。

 

「特定の女性とお付き合いされた経験はない……と」

 

 意外そうなハナコの問いに、リョウヤは頷くと自嘲混じりに続ける。

 

「そもそも誰と付き合ったとしても……多分、大してしてあげられることもない。あまり時間も割けないだろうしな」

 

 長続きしないんじゃない? とリョウヤ。

 アズサも、コハルも、ハナコも、リョウヤと顔を合わせた日の夜に、ヒフミと先生からアビドスの事情を教えられている。リョウヤの多忙さも、左手の指輪に込められた意味もだ。それらを知っていると、あまりに説得力のある言葉だった。

 

「でも恋人に何かしてあげないといけない、なんて事ないんじゃ……?」

 

「確かに。メリットデメリットのない関係のような気がする」

 

「それは……そうですね。側に居てくれるだけで良い、なんてよく聞くフレーズですし」

 

「そんな風に理解ある彼女さんになれたら格好良い……ですよね」

 

 コハルのある意味で真っ当な意見に、アズサとハナコは頷くも、ヒフミは何処か歯切れが悪い。

 

「そうだけれど、やっぱり――きっと……寂しいは寂しいよねぇ」

 

 ヒフミの心情を悟って、先生がしみじみと溢した感想が全てだった。

 折角恋人になれても、寂しい思いをさせる。幸せに出来ないのであれば、最初から特定の人物と特別な関係になることはない――と考えるのは可笑しな話ではない。

 既に納得の空気感の中、言の葉は続く。

 

「一夜限りの関係だとかも世の中にはあるんだろうけど、ベル……昔可愛がってくれていた……なんだろう、近所のお姉さん? みたいな人に“そういうコトは結婚してからじゃないとダメですよ”と強く言われててな」

 

 そうあるべきよね! と繰り返し頷くコハル。

 

「パラケルスス……あー……義理の姉の父親なんだが、そいつが未婚ってことで、その方針には義姉(あね)も同意見だった」

 

 未婚の父……、と白い目になるコハル。ヒフミが「何か事情があるのかもしれませんから……」と渇き笑いを浮かべる。あまり言うべきではないが、やはり印象はあまり良くなかった。

 

「……義理?」

 

 特に理由があったわけでもなく、ただ単語を拾ってしまったのはアズサである。

 

「血の繋がった両親は俺が生まれてすぐに殺された……らしい」

 

 何でもないことのように返され、目を点にしたのは質問主だけではない。ハナコもヒフミもコハルも、リョウヤが両親と死別している可能性は予想していた先生ですら、殺されていたというのは衝撃だった。

 

「そう悲壮な顔をするな。我ながら薄情な話だけど、大して思う所もないんだ」

 

 クッ、と笑う声が漏れる。

 

「産んでくれて感謝してる。命を落としたことを悼みもする。けど、悲しむには……思い出(データ)が無さ過ぎた」

 

 写真でしか見たことのない二人の死を、心の底から悲しむことは難しかった。何故なら――

 

「それに俺は、その後の運が向いていてな。生き残ったのもそうだが、人との縁は凄まじいものがあると思う。おかげで寂しくなることも少なく、色んなことを学べた」

 

 周囲にはいつも誰かが居てくれたのだ。それは確かな支えであった。

 両親の死後もパラケルススらに面倒を見てもらい、キヴォトスではユメに導かれ、多くの出会いに恵まれた。

 

「……うん。こんなに幸福で良いのかって位には幸せだ」

 

 ひとりごちると集まっていた視線を思い出し、「話が逸れたな」とリョウヤは自ら話題の修正に入る。寸前の話は逸らそうとしていたものだが、雰囲気が暗くなった責任は果たさないといけないと考えていた。

 何より、言っておきたいこともあった。

 

「今話したように義姉(あね)やベルみたいに結婚してからじゃなくとも、関係を持つなら愛した一人とって言ったのが……先生は知ってる男だ」

 

「……フルカネルリさんだね」

 

 奇跡のような出会いを思い出して頷く先生は、納得の色を浮かべている。

 

「で面白いことに、その辺は男女でと言うより……個人で意見は違くてな。ユウカナリアっていうフルカネルリの恋人は、別に年齢いくつだろうと愛し合う二人が一つになることに問題なくない? ってスタンスだった」

 

「それはその……実際きっと、そんなカップルさんも多いですよね」

 

 ヒフミが遠慮がちに呟く。年頃の男女が付き合いを始めた場合、大抵の場合は行き着くのだろう。トリニティの生徒でも少ないが聞いたこともあった話だ。

 表立っている場合は注意もされるだろう。罰則を与えられる事もあるだろう。だがしかし、隠しているのなら基本的には黙認されるのが世の常だ。

 少年漫画や少女漫画でも、そういった事を匂わせる描写、或いはより直接的な表現が描かれることもある時代である。

 

「他にも――」

 

 男性であるヤマトは「耐性がないのも問題だろう」と遊びも程々に必要だという意見。

 同じく男性のヒルブレヒトは「道徳的にも感情的にも誠意を持って一人の愛する事が正しいと思う。けれど確かに、極端に免疫がないのは問題だね」と両者を立てた。

 

「ちなみにパラケルススさんは?」

 

 話題に上がらなかった人物について、先生が興味本位で尋ねる。

 

「本人の好きにさせとけって」

 

「ああうん、子供の意思を尊重するのも大事だけどね……」

 

「あ、でも――ヤるならゴムはしろよ! とは言われた」

 

「大事だけどッ! 大事だけどさぁ!」

 

 勢い良く立ち上がったコハルが声を上げるより先に、先生が大仰にテーブルに突っ伏してしまう。

 タイミングを失ったコハルは決まり悪そうに着席し、微笑むハナコと目が合うと恥ずかしそうに身をよじる。

 先生はフルカネルリと対話を果たしている。彼に抱いた印象はよく出来た人だ。

 そんなフルカネルリとパラケルススが朋友であるという話も、リョウヤから聞いていた。だからこそ、医者でもあるパラケルススを立派な大人だと認識していたのである。

 

(いや立派な大人なんだろうけどね! じゃなきゃ、リョウヤくんがこんな風に育たないだろうし!)

 

 複雑そうな先生と、頬を薄く染めている補習授業部の尤もな反応を可笑しそうに見守るとリョウヤは「ごめんごめん、品がなかったな」と小さく息を吐く。

 

「それでも、あいつ以上の医者を俺は知らない」

 

 公開したパラケルススのデータがマイナスに振り切っていたので、思わず足された補足は真摯な響きで、それが本音だと誰にも理解できていた。

 

「知識も技術もあって、進歩も止めなかった。なんやかんやで医学以外にも、たくさんの事を教えてくれたんだ」

 

「……尊敬してるんだね」

 

「まぁあいつ、俺が読み進めていた本棚にエロ本仕込んで説教される奴ではあるんだけど」

 

 どうしようもない奴だろ? と呆れた笑顔は屈託がない。

 

「それはそれとして、そもそも性教育の方針会議を本人の前でするか? ってな。俺がガキの頃から医学を通してその辺りを理解してる奴だったから、そこまで気にする必要もなかったんだろうけれど」

 

 思えば皆、子供の相手をした経験は少なかったのかもな――ズレてしまった話題は、そんな所感で締め括られる。

 そうしてまた、一つ息を吐き出す。本来あまり率先して話すタイプでもないからかもしれない。

 

「うちの連中の名誉の為にも断言するが、俺と彼女達に肉体的な関係は一切ないよ」

 

 随分と関係のない話をしてしまったが要するに言いたかったのは、ホシノ達とは清い関係であるということだった。

 しかし証拠が出せないのも確かだと、リョウヤにも分かっている。

 

「男女が一緒に寝ていたのに、と信用がないのは分かるけれど――あー……うん、そうだな。やっぱり話しておく方が良いか」

 

 決まり悪そうに逡巡して、覚悟を決める。

 

「俺がガキだった頃、自分と男の性行為を見せつけて来たクソ女……いや失礼。キチ……これ変わらないか。魔女――は違うな。とにかく、とんでもない悪女がいたんだよ」

 

「「はいっ!?」」

 

「ガキだった頃って……」

 

 ヒフミとコハルが揃って驚愕し、先生が呆然と呟いた。

 ハナコとアズサも絶句している。

 

「俺が……十の頃だな」

 

 機工魔術士(エンチャンター)になってすぐの出来事である。そして正確には行為の場にいたわけでも、録画した映像を見せられたわけでもない。……いや、録画した映像というのは比較的近しい表現ではある。

 追跡(トレース)と呼ばれる悪魔の技能(スキル)がある。

 端的に言えば、相手の思考を読み取る技能(スキル)だ。

 正確には脳の電気信号をとっているのだが、その応用なのか、レセプターであるリョウヤが相手だから叶ったのかは不明だが、記憶を直接に共有されたのだ。瞳を閉じた所で逃れることも叶わなかった。

 

「な、何のために……?」

 

 あまりに理に反している行動の意味が分からずに、先生が困惑を搾り出す。

 

「知らねェ……分からねェ……」

 

 記憶の共有である以上、実態としては性行為という所謂R-18な場面だけでなく、後ろにGがつく光景も、目を逸らしたくなる惨い有様も見せつけられている。

 リョウヤは嫌悪感を滲ませて吐き捨てた。

 

「パラケルススは強欲過ぎる女って評していたな。己の快楽と欲求に素直な奴だから……目的があったのかどうかも定かじゃない」

 

 笑えない事に極論、本当にただの性癖だったのかもしれないのだ。

 

「やりたいからやる……理屈も何もない類か」

 

「そうだな、きっと獣が近いんだろうが……いや、ある意味で何より人間らしいのか? なんにせよ、なまじ考える頭があるから質が悪い」

 

 アズサが冷静に出した結論に、リョウヤは心底からの軽蔑を隠すこともなく肯定する。

 

「リョウヤくんがそこまで誰かを悪く言うの、初めて聞いたかも……」

 

「私もです……」

 

「確かに悪口言ってるのも想像できないような気がする……」

 

 相応に付き合いのある先生とヒフミの呟きに、コハルも共感してしまう。

 まだ出会って間もないコハルだったが、リョウヤがトリニティに不法侵入していて、そのことを謝罪していることも聞いた。

 大小の話ではないものの、不法侵入自体は軽い問題である事。そもそも不法侵入自体が露見していなかった事。悪い事をしたのなら謝るのは当然なのにも関わらず、それが出来ない人も多くいる事を踏まえる事。そして今日までの印象から、どうしても善人寄りという印象を抱いてしまうのだ。

 当事者は「別に聖人じゃない」と困った様子である。

 

「まぁそいつに関しては……俺、最終的に刺されてるしな。文句しか出ないさ」

 

「「刺さっ!?」」

 

 無意識に腹部へ手をやったリョウヤに、先生とヒフミが声を揃えた。ハナコもアズサもコハルも言葉を失っている。

 その時の怪我もあって、意識を数日手放してしまう羽目になったのだ。その後遺症か、共有された記憶には曖昧な部分も多い。

 

「そっちはパラケルススの反応を見る為らしい」

 

「そ、そんな人いるの……?」

 

「その女性は悪魔か何かで……?」

 

「合ってる合ってる」

 

(あ、本当に悪魔のパターンだね……)

 

 怯えた表情でドン引きするコハル。コハル同様に引いた様子で同情したようなハナコ。

 先生は悪魔の存在を知っているので、クッと笑ってハナコを肯定するリョウヤの対応から真実に辿り着いていた。

 悪魔と人間が共生しているのかと思っていたのだが、そこまで甘いものではないらしいと考えを改める。

 

「いや待って! それってつまり、凡ゆる意味でトラウマになってるってことなんじゃ……?」

 

「そんな大したモンじゃないが、おかげさまで少し……その手の欲求は弱くなってるんだと思う」

 

 だから思考が性的な方面に向き難いのだろう。

 先生が恐る恐る確認するとリョウヤは自嘲気味に答えたが、誰も何も言う事が出来くなっていた。

 同時に合点がいく。先の「背比べ」という解答にだ。

 トラウマではないとしても、無意識下で性的な思考を避けているとしか思えなかった。

 

 

◇1

 

 

 複雑な空気感も、勉強が再開すればそちらに集中すべきである。敢えてリョウヤの事情に触れる事も出来ず、時間と共に意識は学業に割かれていく。

 それから暫くして。お昼前になると、リョウヤ一人が自習室をそっと去って行く。今日に限っては空気を悪くしてしまったので、意識して早めの行動を心掛けていた。

 向かった先はキッチンである。

 料理を用意してくれる人がいる分、目一杯に勉強の時間をとれるのも、リョウヤが来てくれるメリットだ。

 更に時計の針は進み、お昼休憩十分前。今度はハナコが徐に立ち上がった。

 リョウヤを手伝いに行くと告げると、コハルが「じゃ、じゃあちょうどテキスト終わったから私も」と反応し、後者を先生がやんわりと嗜める。

 

「いってらっしゃい」

 

「!」

 

 小春日和にも似た表情の先生から目を合わせられたハナコは、意図を見透かされていることを理解して僅かに困ったように笑い頷いた。

 頭に疑問符を浮かべながらも、コハル達はしおらしさのある後ろ姿を見送った。

 特に気配を潜めることもなく歩むハナコの足取りは重いが淀みない。すぐに目的の人の居る場所に辿り着く。

 既に見慣れたキッチンに、未だ見慣れぬ男の子が見える。

 途中、リョウヤは足音にでも気が付いたのかゆるりと顔を上げていた。

 色の違う両目には特に驚きの色もない。当然だ。キッチンへ訪れる理由などいくらでもある。自分を訪ねて来る可能性も理解しているだろう。

 

「今日は夏らしく冷やし中華だ。……よく考えてみると、既に作った日もありそうな気がするな……」

 

「素麺の日はありましたが、冷やし中華はまだなかったですね」

 

 良いだろ? と本日のメニューについて軽口を叩くも、次の瞬間には難しい表情になる。そんな様に「ふふっ」と笑みを溢して、ハナコはキッチン内に足を踏み込んだ。

 前述したように、キッチンへの用事などいくらでもある。

 飲み物でも求めて来たのだろうと踏んだリョウヤだったが、ハナコは冷蔵庫に向かうこともコップを手に取ることもなかった。

 ピタッと真横で足を止めるハナコに、リョウヤは漸く顔を向ける。

 

(……俺か?)

 

 流石に自身に用があることを察し、エプロンを外してシンクの端に乗せながら、体を向き直す。

 普段から微笑していることの多いハナコが、真剣な面差しを作っていた。

 

「――ごめんなさい」

 

 長い桃色の髪を大きく揺らして発せられた言葉に、リョウヤの思考が動きを止める。

 

「……あのような経験をした人にして良い言動ではありませんでした」

 

 確かにハナコはアダルトな……端的に示すと猥談をする。常識のない言動をするが、決して馬鹿でもなければ善性がないわけでもない。

 あのような経験、と言葉を濁すのも直接的な言い方を避けたからこそ選ばれている。性的虐待といった表現では、被害者の心身に負担を与えると考えたのだ。

 頭が上げられないまま数秒の沈黙を経て、ぽちゃん! と蛇口から落ちた水の音が響く。

 

「大袈裟だな」

 

 後悔を滲ませるハナコとは対照的に、非常に軽い調子で返された。

 そうしてハナコが顔を上げると、リョウヤは少し複雑そうに顔色を彩らせている。

 

「それに謝るなら、俺の方こそだ」

 

「え……?」

 

「どうにも平穏を脅かしているような気がしてな。余計な警戒をさせているだろう?」

 

 先生のように見透かされている……わけではないのだろう、とハナコは直感した。けれどリョウヤは、自信を持っているようだ。

 事実、リョウヤはハナコから探りを入れられている事には気が付いていた。しかし別に文句もない。

 

「知り合ったばかりだから当然っちゃ当然なんだけどな」

 

 会ったばかりの男に心を許されるとそれはそれで不安になる、と戯けたように笑う。釣られて「それはそうですね」とハナコも小さく笑って、真摯にリョウヤと目を合わせた。

 

「――ですがやっぱり、私の貴方への対応は良くなかったと……そう思ったんです」

 

「俺は俺で誤解させてしまったな」

 

 お互い様だとリョウヤは笑い掛けるも、ハナコは何とも言えない表情である。

 知らなかったから仕方がない、とハナコは言いたくなかった。そんな気配を読み取ったのだろう。言の葉は更に続けられた。

 

「本当に問題はないんだ。うちの連中とも一緒に寝てた位だしな。その時も……まぁなんだ。俺が起きて抜け出さないようにと密着していて……そのことを役得だと思わなかったと言うと、それは嘘になる」

 

 人肌の温かさだったり、男にはない柔らかさだったりな、とへらりとした顔になる。

 そしてこれは口にはしないのだが――今は共に眠っていないものの、対策委員会の女性陣はベビードール姿でいることもあるようになった。買ったばかりの服であることや、季節的なものだろう。

 リビング等では上に一枚羽織っているし、何より勿論それ自体はリラックスウェアとしても広く使われている服だ。ただやはりセクシーさは強調されている。

 

(ああ言うのを目の保養って評するんだろうな)

 

 可愛いから買ってみたは良いけど、恥ずかしくもある――というのがベビードールに関する彼女達の感想だ。故に他人には着ていることを明かさないが、リョウヤとて彼女達に女性としての魅力を感じていないという事は決してない。

 ただ記憶の共有以前に、医学を学んでいく上で男も女も体に関しては知り尽くしており、義姉達との直接的な関わりで女体にも慣れているのも事実だった。

 言葉に困っているハナコに、リョウヤは穏やかに続けた。

 

「ぶっちゃけ性欲って、三大欲求の中でも発散しなくて問題ないだろう?」

 

 三大欲求が睡眠欲、食欲、性欲なのは周知の事実だ。

 眠る欲、食べる欲は、発散しなくては生きていく上で支障が出てしまう。

 対して性の欲は、発散しなくても死ぬような事はない。

 ハナコは困惑しつつも首肯を返す。

 

「まぁ種の存続繁栄って意味では、性欲薄いのは問題なんだろうが……」

 

 リョウヤはとある理由から、試験結果とは裏腹にハナコを賢いと認識している。

 思わず、充分に理解してくれるであろうとスケールの大きな方向に話が逸れかけて「これは別の話か」とすぐさま打ち切った。

 

「俺の場合、一年だった頃は食事をサプリで済ます時期が長くて……睡眠時間も未だに長くない。体が求めてる欲の割合は食欲と睡眠欲に比重が傾いてるんだ」

 

 あっけらかんと明かされた自己分析に、ハナコが目を見開く。

 リョウヤの体は、性欲の発散よりも「食事を摂れ!」「寝ろ!」と常々主張しているのだ。

 

「性的な欲が薄くなってるのはそのこともあるってだけで、本当に過去のトラウマとかじゃないよ」

 

「それは……いえ、そう……なんですね」

 

 リョウヤは自然体だが、ハナコは曖昧に微笑むしかない。

 言わせてしまった、というのが率直な感想だった。

 同時に直感もした。言わせてしまったとも、口にしてはいけない。きっとまた何か言わせてしまうことになるから、と。

 数回の出会いを経て、随分とリョウヤの理解は進んだ。

 失敗談や先の他人に話し難いことを口にしたのは、補習授業部の……正確にはアズサ、ハナコ、コハルの三人に歩み寄る為だろう。

 補習授業部は結成から日が浅いが、それでも既に先生含む面々は絆を育んでいた。そこに唐突に現れたリョウヤは、言ってしまえば異分子なのだ。

 理解を深めれば、信頼に繋がる。故に彼は自らの傷を晒したと思われた。

 そしてその事から、自分を軽く見ている。いや、軽くと言うと少し違うのかもしれないが……自身の優先順位が低いと推察も出来た。

 

「あっ、食事の事はともかく睡眠時間の件はオフレコで頼むな」

 

 頼む! と両の手を合わせて頭を下げるリョウヤは、何処かわざとらしい。

 分かっていても、空気感は真面目なものから軽くて楽しげなものへとがらりと変わる。

 

「それは……ふふっ、どうしましょうか?」

 

 ならば、今はその意を汲もう。

 話す必要のない事を話させてしまった償いも兼ねて、ハナコは焦らしてみせる事を選んだのであった。




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