星屑の夢 作:ハレルヤ
なので本編での描写は間違っている可能性もあります。ご容赦ください。
◇0
リョウヤが補習授業部を手伝うと言っても、その時間は決して多くはならない。
午前中だけ、午後だけ、そんな日もある。
それでも外部からの講師役というのは、補習授業部にとって良い刺激になっていた。
また、顔を出したからと言って講義に徹するわけでもない。
ある程度の進捗で、テキストを解く。自習になる。そんな時間も少なくはなかった。
その間、リョウヤは最後尾の端に座って一人でノートパソコンと睨み合っているのだ。
ただ、今日は普段とは空気が少しばかり違う。
――第三次補習授業部模試の日だからだ。
あくまで模試であり、三度目でもあるのだが、リョウヤが関与してからは初である。
ヒフミやコハルは見るからに気合いが違い、アズサも表情こそ変わらないものの雰囲気は自信に満ちていた。ハナコは一見普段通りだったが、考え込んでいる様子が時折り目立っている。
「じゃあ一旦俺はこれで。……応援してる」
試験開始の一時間前には、リョウヤはひらりと手を振って別室に移動を済ませていた。
行われた模試の結果は、ハナコとコハルが六十九点。アズサが七十七点。ヒフミが八十一点となった。
これは本番で獲得できれば、全員が合格するラインを超えていた。
大きく上がった点数に補習授業部と先生が、リョウヤのいる部屋に顔を覗かせて硬直する。
「……」
眉間に皺を寄せた難しい顔の男の子が、そこにはいた。左肘を立て、その先を拳にして頬を乗せているのだ。
決して長い付き合いではないが、それでも見たことのなかった表情に補習授業部の面々が目を丸くしてしまう。
(私達に気が付かないなんて、それだけ集中してるって事かな……)
先生が感嘆した。同時に「珍しい」とも思う。
今、自分達は普通に歩いて来た。否、普通ではない。何せ、初の全員での合格点だ。その足は随分と軽くなっていたし、話す声も弾んでいたのだ。
本来リョウヤの警戒は強いタイプなのだが……補習授業部にも心を許し始めているのかもしれない。
「あぁ、終わったのか」
補習授業部と先生が近付き影が出来た事で、リョウヤはようやっと顔を上げた。
「おつかれ、どうだった?」
期待と不安の入り混じった瞳でリョウヤが問い掛けると、補習授業部の四人は一度顔を見合わせ、じゃん! と仲良くテスト用紙は広げた。
一先ず点数だけを確認して、リョウヤの目付きが柔らかくなる。
「凄いな、全員合格ラインだ」
おめでとう、この調子で頑張ろう――そんな言の葉が贈られると、素直に首が縦に振られた。
ちなみにリョウヤが関与していない前回、第二回補習授業部模試の結果はハナコが八点、アズサが五十四点、コハルが四十九点、ヒフミが六十点である。一人だけ八倍以上を叩き出している異常事態だが、何にしても今回の点数は誰の目にも快挙だった。
「所でリョウヤくん、今はあんな難しい顔になるほどの事をしているの?」
先生からの指摘のつもりのない指摘に、リョウヤは自身の顔に手をやった。ややあって、気まずそうに表情を彩る。
「……そんなに顔に出てたか……?」
「出てた、よねぇ?」
「出ていましたね」
「出ていましたねぇ」
「それも分かりやすく」
「うん」
各自からの返答は、漏れなく肯定である。
リョウヤは、なんとも複雑そうだ。
頑張っているのは補習授業部と先生だ、とリョウヤは認識している。自身は部外者であり、無理を言って協力しているボランティアの立場だ。そのボランティアが、手助けしている相手が困惑し不安になるような顔をするのはよろしくないのである。そういう意味では、先日の告白は良くなかった。
反省と後悔を伴って言葉を探すうちに、リョウヤの片手がテーブルに触れた。
「……それは設計図?」
彷徨った腕を目で追った生徒が一人。
ノートパソコンや電卓などがテーブルには置かれているが、覗く気がなくとも目に着いたのは紙のノートだ。
細かく書き込まれている数式や電気式、図形を見てアズサが興味ありげに目を細めたのだ。
「これは……あー……そうだな。端的に言うとアビドスを管理する為のシステム設計……の段階」
一概に設計と称しても、そこには種類がある。
システム設計とは言ってしまえば“どう作る”のかを具体的に決める事だ。
先生が「簡単に言うと開発の土台を作る作業だね」と、頭にハテナを浮かべたコハル達に説明する。
「監視ではなく管理、ですか?」
「現地に向かわなくても干渉が出来るようになる……のが理想」
きちんと言葉を捉えていたハナコに、リョウヤは軽く頭を掻く。
「なるほど、それは確かに監視ではないですね」
「そんな事が可能なの……?」
言葉選びに意味があったことも含めて回答に納得したハナコの横で、意味の分からない書き込みしかないノートを眺めてコハルは「め、目が滑る……」とぼやいて疑問を吐き出す。
「度合いによる。例えば監視カメラとドローンを二つ一組で扱えば、即座に何かしら出来るだろう?」
撃ったり突っ込ませたり! と軽い調子で説明して、リョウヤはノートとノートパソコンを閉じる。
パタン、とそれぞれ良く似た音を鳴らした。
「でも理想はそれ以上……って事だね」
言外の意図を察して、先生が難しい顔を作った。何か力になりたい所だが、専攻ではないので「むむむ」と頭を捻るも唸るしかない。
リョウヤは見せびらかすように、置かれていた機材を工房に戻していく。
噂には聞いていても、実際に目にする機会は中々にないリョウヤの空間干渉にアズサも、コハルも、ハナコも、もの珍しそうに消えていく様を眺めている。
「――と、こんな風に空間に干渉する手段はある」
ちなみに工房への空間接続には、空間魔石が関わっている。
リョウヤが所持していた空間魔石は初めから欠片だ。それは、どれだけ小さく砕けても空間への干渉は可能であることを示している。
キヴォトスへ来訪する切っ掛けとなった魔石は、世界を転移した際にヒビ割れ真っ二つに割れてしまっていた。魔力の過剰供給の影響だろう。
そして一方は姿隠しの魔具・WTCC-V2に。
もう一方を、工房という名の魔具に組み込んでいるのだ。
フルカネルリの所持品であり、実質的に遺品である魔石が砕かれてしまった事は心苦しかったものの、言ってしまえば初めから砕けていた石でもある。
フルカネルリ自身も「好きに使うと良い」と笑って言ってくれる性格であるとは理解していたが、なんとも複雑な胸中だった。
「物質の転送ではなく空間の干渉……ということは空間を歪めて繋げているということですか?」
未知の技術にハナコが不思議そうに尋ねた。リョウヤの言葉選びは大抵その理由があるのは先の通りである。
リョウヤは首肯を一つ。
「ご明察。テレポートというよりワープだな」
「なるほど……あら?」
テレポートとワープの違いとはなんぞや? そんな顔でぽかんとしている自分達以外の存在に気が付くと、ハナコは微笑みを濃くしてリョウヤを伺った。
「ふふっ、そうですね――テレポートは遠くへ運ぶ、という意味を待ちます。ですが、物理学や情報工学に於いてはまた違いますよね?」
量子テレポートか、と返したリョウヤもハナコの考えを察していた。察していた……と言うより、周囲の様子には彼女同様に気が付いていたので、脳内で言葉を噛み砕いていく。
「その手の学問でのテレポート……量子テレポーテーションはあくまで“情報の転送”で、目の前で物が消えたり現れたりはしないんだ」
徐にハナコは自身のテスト用紙の裏面をテーブルに広げる。テーブルに残されているペンを借りると、端にAと、離れた位置にBと綺麗な文字を書いた。
「この白紙部分全てが空間、つまり物理的な距離だとします。これを……この様に折り畳むと、A地点にB地点が重なります。端的に言えばこれがワープの原理になるんです」
はぇー、と感嘆が先生達が漏れ出していた。
リョウヤも分かりやすい例えに感心しながら、ミレニアム以外では中々しない類の話題に僅かに声を弾ませる。
「SFなんかでよくあるのは、物だけを転送しているテレポートだろう? あれもあくまで物を転送しているのであって、空間自体に干渉はしていない……いや作品の設定や原理によるだろうけれど、一先ず仮定としてな」
「空間に干渉するかしないか、それがテレポートとワープの簡単な違いですね」
「俺がやってるのは所謂ワープホール……空間に干渉してトンネルを作り、物理的な距離を無視している……が近いかな」
専攻が物理学であるリョウヤはまだ分かるが、彼に着いていくハナコの造詣の深さも凄まじい。
ハナコが賢い事を知ってはいても――ヒフミと先生は勿論のこと、アズサも、コハルでさえも確かな尊敬の混じる瞳でハナコを見ている。
「そんなに熱く見つめられると……照れてしまいます」
「こっちが変な目で見てたみたいに言わないでっ……!」
頬を染め身を捩るハナコに対するコハルのツッコミも、この時ばかりは少し控えめだった。
クッ、とリョウヤが笑う。釣られて、いつもの光景に笑顔が伝播していく。
「とまぁ、なんだ。空間干渉を応用して何とか出来ないかなと考えてるんだが……流石に難しいな」
思い浮かぶ仕組みは、確かに存在していた。
寧ろサンプルケースを知っているだけに、理想は大きくなってしまっていた。
即ち、“ベルの回廊”。
文字の通り――
工房への出入りの設定には三種類存在する。
一つは
一つは
一つは
回廊は文字通り通路が伸びていて、各所に扉が設置されている。その扉の先がそれぞれの工房になっており、入れるかどうかは設定次第というわけである。
(家か学校を回廊として扉を置いて、アビトスの各ポイントにも出入り用の
ベルの回廊とベルの工房は繋がっていて……正確には一体化しているが、監視システムが置かれているのは工房の方であり、工房から回廊に移動し、回廊内の目的地にまで移動するという手間はある。
ちなみに悪魔の
パラケルススは往診の際に、この能力を用いて各国を平気で行き来する。
魔力の少ないリョウヤには到底不可能な
(何にせよ、空間の接続による移動は諦めるのも勿体無いんだよなぁ)
空間転移手段を知っているだけに、どうしても諦めきれない。
誰かが暴れ、取り押さえる為に対策委員会が出向かないといけないパターンも少なからず存在するのだ。
だからこそ以前から、どうにかしたいとは考えていた。恐らくWTCC-V2の魔石を回収すれば……難しくはない。
(が……二つの空間魔石の置き場所を、どちらも固定してしまうのは――)
工房の魔石は基本的に移動が叶わない。工房自体に組み込まれ、空間接続の要となっているのだから当然である。
ベルの回廊を模倣しても、基点となるパーツとして空間魔石は固定化されるだろう。
対してWTCC-V2は……今はミレニアムで置き物になっているものの、片手で楽に移動可能で、工房にあれば何処にいても出し入れも出来る。工房内にある時も厳重に隠されていたし、今もセーフティ機能により空間魔石は隠匿状態になっている。
空間魔石を奪われ、空間干渉能力を攻撃に特化されるという最悪の想定をした時、対抗手段となるのは同じ空間魔石になる。
片方は常に居場所が分からない状態にしておきたかったのだ。
「本当はもっと前から解決したかったんだよ。毎度毎度、対症療法とか嫌だったから」
空間魔石について語るつもりが、リョウヤにはない。胸中を覆うように、しかし本心から疲れと呆れを滲ませた笑みを浮かべた。
その感情の向き先はカイザーコーポレーションであったり、ヘルメット団であったりである。
「タイショウ療法……」
「病気や怪我の根本原因を治療するのではなく、現れている症状を和らげるための治療法ですね」
ハナコが流れるように解説すると、コハルは「別に知ってたし……」と自信なく返す。字面からも何となく想像できるじゃない、とそっぽを向いた。
そんなコハルの様子に、ハナコはにこにことしている。
「問題が起きてから処置するのではなく……原因療法。つまり病気の根本原因を取り除く治療をしたいってことかな」
先生が「それはまぁそうだよねぇ」と強く同意した。
「カイザーコーポレーションという原因は……治療できた、で良いんですよね?」
ヒフミは願望と共に、コテンと首を傾げる。
そこも微妙なんだよな、とリョウヤ。借金は残り、土地は奪われたままなのだ。
「それに原因は他にもある。ヘルメット団とか。ただあいつらをどうこうするのは難しいから……この設計はどちらかと言うと予防だな」
実現すれば原因が活性化するのを抑制するというのは、先生達にも簡単に予想できた。
「監視機構だけなら簡単だ。それこそトリニティにもあるだろう。うちの場合は寧ろ、どの程度カメラを置くのか……つまり場所や規模、住民の意見の方が課題だった」
「意見……?」
「何処にいても見られているのは嫌だーって」
つまり対策委員会は全域を監視できる規模で、かなり細かくカメラを設置したかったということだ。
あー……、と質問主のアズサ以外が納得に声を揃える。
姿を、カメラによっては声までもが、対策委員会に確認されている可能性を理解したのだ。これはカメラを確認するのが対策委員会でなくとも、反発を招く事柄だった。
リョウヤが浮かべる微苦笑は、反対派の意見への理解を示している風だ。
「ですが見られている……というのも中々乙なのではないでしょうか? いえ寧ろ見られているだけで興奮できるだなんて――」
「そういうの反省したんじゃなかったの!?」
「しました。しましたよ? した上で問題ないかな、と思いまして」
「ある! 問題あるわよ! 大体見られて……その……こ、興ふ……」
「見られて興奮するタイプですか? コハルちゃんは」
しない! とよく通る声が響く。
尚、ハナコが今でもエンジン全開なのは反省していないからではない。
仮にリョウヤの前で控えた言動になったとして、そのリョウヤは変化に気が付くだろうという確信。するとどうなる? と考えて“逆にリョウヤが気にする”と行き着いた。何せリョウヤは、既に日常の中のハナコを知っているからだ。本人風に告げるのなら「データがある」と言った所だろう。
普段通りに振る舞っていた方が、気を遣われていると感じ難いのではないかとハナコは判断したのである。そして恐らく、それは間違っていない……と今のリョウヤを見て確信を得られた。
「カイザー連中が一先ず撤退して、改めて住民達と話し合って……と言っても俺はほとんど不参加だったんだが……他の皆が説得してくれてな」
二人の漫才めいたやり取りを無視して、平然と話を進めるリョウヤは、確かにハナコの言う通り問題がなさそうである。
コハルは小さく胸を撫で下ろした。
「どうにも住民側に深夜の警邏も知られていたらしく……」
「昼間は基本的にリョウヤくん以外で交代制だったけど、夜はホシノちゃん一人で見回ってたんだっけ?」
「一人で? アビドスを?」
「でもリョウヤさんの家に住むようになって、皆にバレたんですよね? それ以来、分担しているって聞いています」
人差し指で頬を掻くリョウヤに、先生は顔を複雑に染め、アズサが驚いた様子を見せた。
先生が「基本的に」と言ったのは、時たまリョウヤも気分転換がてら参加していたのを知っていたからであろう。
苦笑するヒフミが言う通り、今では深夜の警邏に二年生と一年生が加わり、基本的に二人一組の交代制で行われるようになったのだ。
「お説教、ホシノだけかと思ったら俺もされた……」
三年生の二人が並んで正座をしたのは、これが初めてである。
後にリョウヤとホシノが二人きりになった際には「ちょっと前までだったら、私達をまとめて正座とか考えられなかったよねー」「それはそう」と、距離が急速に縮まった後輩達を思って笑い合ってしまったのは記憶にも新しい。
「まぁ知っていて隠していたなら……ねぇ?」
「それにシロコちゃんもノノミちゃんも言ってましたよ? もっと早くに知りたかったって。きっと一年生の二人もそうですよね」
「同じ立場だったら私も知りたかったってなると思う……」
「そうですね。後から知る方がよっぽど複雑だと思います」
「体力的にも効率的にも良くない」
先生の確認に、補習授業部は漏れなく首を縦に振った。ヒフミからも、コハルからも、ハナコからも、アズサからも追い討ちを喰らい、リョウヤがかくんと首を落とした。
「俺達も反省したのでやめて下さい……」
対策委員会の後輩達も当然、大事に思われていた結果だとは理解していた。しかしそれでも、もっと力になりたかった。先輩だけの負担だけで終わらせたくはなかった。説教という形の説得は何処か鬼気迫るもので、同時に必死でもあった。
リョウヤもホシノも、別に可愛いお人形を置いておきたいわけではない。折れるのにそう時間は掛からなかった。
で……だ、と逃げるように逸れた話題を修正する。
「とにかく警邏を知っていた人達が結構いて、そういう人達が賛成してくれたらしい」
実態としては、柴大将といった一部の面々も説得してくれる側だったと聞いている。
話し合いの場を設けられ、説得が難航すると「少しでも治安が良くなれば、住む人も増える。地域の活性に繋がる。何より、この子達は本気でアビドスの為に動いている。なら我々大人も、少しでも協力するべきだろう」と大将は静かに、けれど重く響かせた。
それが決め手だった、とセリカは喜色満面でリョウヤへと報告をしてくれたのだ。
「俺は今でも警邏には参加してないけど――」
「当たり前でしょ」
ピシャリと先生が断じた。
食い気味のレスポンスに、ヒフミが口元を隠して顔を逸らしてしまう。「そうですね、そうですよね」と先生に同意する声は震えていた。
してないけど! とリョウヤが強く口にする。
「けど?」
楽しそうに笑いながらハナコが促すと、リョウヤは逡巡した。思わず出た本音を曝け出すか迷ったのだ。
今更隠すのも変な話か、と口は動く。
「……皆の努力が報われたみたいで、嬉しかったんだ」
破顔には、目一杯の感情が含まれていた。
◇1
「そう言えば差し入れの中にハーブティーがたくさんあったね」
切っ掛けは昼食時にされた先生の一言だった。
「ノノミの選んだものだな。色々な味と効能があるから、気分や体調に合わせてどうぞって」
ハーブティーと一言で表しても、種類は多岐に渡る。
言ってしまえば、紅茶や麦茶もハーブティーなのだ。
今回ノノミが用意したのはアソートである。あまり聞き馴染みのない茶葉が多く、先生は興味深そうにギフトセットなのであろう箱の中身を眺めた。
「凄い、銘柄が全然分からない。聞いた事ない」
「けどなんだか、非常に高そう気が……?」
先生とヒフミの恐ろしい事に気が付いてしまったかもしれないという視線を受けたリョウヤ、ノーコメント。しかも笑顔で誤魔化している。
ノノミの金銭感覚のバグりっぷりを、ホシノ達も把握している。
恐らく以前よりはマシになっているのだろうが、TS社の給料という自由に使えるお金が増えたのも事実だ。
今でも他人に何かしてあげられるとなると、途端にお金に糸目をつけなくなるのだ。
故に一応、金額の上限値は設けていたのだが……案の定であった。
「なんだか可愛らしいものも多い……!」
「本当ですね。折角ですし、後で頂きましょうか?」
選んだ人間の人柄か、性格か。女子受けも非常に良いようだ。アズサは小分けの袋のデザインに表情を明るくし、微笑ましげにハナコが頷いた。
「ならおやつにでも用意しておくよ。何か希望はあるか?」
「えっと……、……リョウヤさんのオススメ、とか?」
「お! コハルちゃん、ナイスアイデア」
「シェフのオススメってやつですね!」
「じゃあ私もそれで」
「ふふっ、身体が火照ってしまうものをお願いします♡」
「エッチなのは駄目!」
あまりにすんなりと、リョウヤが茶葉を選ぶ事になってしまう。和気藹々としといるヒフミ達は気が付かなかったが、リョウヤの「……了解した」という返答は一瞬遅かった。
昼休憩を終え午後の勉強会が始まり、後半にはリョウヤが離席する。
そして午後の休憩時間、三時になると両手で一枚ずつトレイを持って戻って来た。
「ではまず部長から」
「あ……わ、私ですね」
一枚には湯気の立ち上るティーカップが、もう一枚にはお茶菓子や角砂糖が並べられている。
後者を先生が受け取り、前者をリョウヤがテーブルに置くと早々に切り出した。
わくわくとした雰囲気でヒフミがトレイを覗き込む。うち一つを、リョウヤがヒフミの前に移動させ、かちゃりと小気味良い音を鳴らした。
「カモミール。冷え性改善。鎮静効果。抗炎症に効いたりもする。消化促進効果もあったかな。何よりリラックス効果が高い」
「ありがとうございます……もしかして少し寒いなーって感じてたのバレてるんですか?」
冷え性だけではない。補習授業部の明かされていない事情を知っている唯一の生徒……という重圧を受けているヒフミに対して、リラックス効果が高いハーブをチョイスしているのは見事としか言いようがない。
「頼まれてから用意するまでの間に、様子は伺ってたってだけだよ」
あはは、と小さく笑うヒフミは「もうそう簡単に驚かされないと思ったんだけどなぁ」と溢す。
人に合ったものを提供するのは、実際の所リョウヤでも結構な苦労があった。本来ならそこまでする事ではないのだが、何を思ったのか、かなり本気を出したようだ。
とは言え相当酷い状態でなければ、分かるのは「なんか疲れてるな」「少し寒そうだな」くらいのものである。
「アズサにはハイビスカス。疲労回復、血流改善、眼精疲労の緩和に有効だ。ビタミンCが多いから、美肌効果や抗酸化作用が高い。今回はレモングラスで飲みやすさを調整してある」
「ありがとう……その観察眼についても話を聞きたいな」
「知人の鑑定士が色々と教えてくれたんだ」
アズサは誰よりも遅くに眠り、誰よりも早くに起きている。補習授業部の仲間は気が付いているかもしれないが、わざわざリョウヤに話すとも思えない。少なくとも、自分の前ではそんな話はしていない。
けれど今回、選ばれたハーブは確かにアズサに合っていた。
興味と関心の入り混じった瞳に、リョウヤは懐かしさに目を細めた。
「コハルはラベンダー。不安や緊張、イライラを沈めてリラックスさせてくれる事で有名だな」
「ありがと……」
コハルは声を荒げる原因となる相手をジトっと眺めた。ハナコは変わらず楽しそうにしていて、リョウヤは肩を竦める。
「ハナコはジンジャー。お望み通り、体を温める事で有名だ。実際には代謝を上げて美容効果が期待できたり、乗り物酔いの吐き気を抑制する効能もあったりする」
「あら、また綺麗に返されてしまいました。本当にお上手ですね」
「それはドーモ! お好みで砂糖は追加してくれ」
リョウヤからのカウンターにも慣れて来ているハナコは、これはこれで楽しんでいる様子だ。
そしてもう一つ。ハナコの脳裏に過ったのは、以前の「知らない事を知るのは楽しい」と実感させたリョウヤの姿だ。加えて、先のテレポートやワープの話をした時の姿もある。とある確信があった。
「先生にはダンデライオン。所謂たんぽぽ珈琲。ホルモンバランスを整えたり、胃とか肝臓の機能を向上したり、冷え性を改善したりする」
「たんぽぽ珈琲! 初めて飲むよ!」
珍しい珈琲に、先生は幼な子のようである。そんな先生も、ハナコ同様にリョウヤの胸中を察していた。
((切っ掛けの提供))
ハーブティーの効能に関してはただの雑学だが、ハーブにしろハーブティーにしろ専門家が活躍しているのも事実なのである。
(……ですね)
(……だね)
些細な興味と経験からプロへの道を目指すかもしれない。本格的に学ぶことを選ぶかもしれないのだ。
なにも自分と同じ物理学者でなくとも構わない。ハーブの研究なのか、栽培なのか、販売なのか、或いはハーブティーを淹れるのか、形は分からない。
マグカップを片手で持ち「俺も珈琲」と水面を揺らすリョウヤは、講師役として生徒達の選択肢を増やす事を望んだ。故に本気を出してハーブティーを選んだのだろう。
「それじゃあ乾杯しようか?」
興奮冷めやらない様子で、すっと先生がマグカップを前方に掲げた。
「補習授業部と対策委員会の未来に……乾杯!」
「「乾杯!」」
「か、乾杯!」
「「乾杯」」
先生の音頭に戸惑いなくヒフミとハナコが、どもりを挟みつつもコハルが、至って冷静にアズサとリョウヤが、揃ってティーカップとマグカップを小さく鳴らすのだった。
冷房の効いた部屋で暖かな飲み物を頂く。“炬燵にアイス”にも似た、背徳的な組み合わせだ。
きちんと飲み易いように味付けされたハーブティーを各々が楽しむ中、リョウヤが思い出したように口を開く。
「ああ、そうだ。種類にもよるが、ハーブは子供や妊娠中には注意しないといけないものもある。事前にちゃんと確認するようにな」
雑談はあったが、内容は真面目な忠告だ。そしてやはり、一つの学びだ。
ハーブティーの甘めな味に舌を蕩かせながらも、茶化すような者はいない。素直な返事が五つ響く。
「……ハーブティーに関しては専門じゃないから、話せるのはこれくらいしかないな」
「「「専門家みたいに詳しかったのに!?」」」
最後の最後に独り言のように落とされた爆弾にヒフミ、コハル、先生が驚愕に怒涛のツッコみを入れると、ハナコは「あらあら」と口元を押さえ、アズサは僅かに目尻を下げた。
「ノノミの受け売りだよ」
面食らっていたリョウヤは、とカラカラ笑うのだった。
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