星屑の夢 作:ハレルヤ
黒→白
◇0
その日、初めてリョウヤは土壇場になって補習授業部の合宿所に行けなくなった。
土壇場と言っても早朝に連絡があり、先生が了承の意を返している。
些細は聞かなかったが、緊急の仕事が入ってしまったらしい――と先生はヒフミ達へと説明した。
先生が事情を理解したのは、その日の深夜。フウカと遭遇した時である。
先生と補習授業部は、夜中の街に繰り出してスイーツを堪能しようとしたのだが、ここで一悶着が起きた。
ゲヘナの美食研究会だ。彼女達はトリニティ内のアクアリウムから貴重な魚を強奪、フウカに調理させようと企み、実行。正義実現委員会から逃亡中だったのだ。
コハルが正義実現委員会に属している事、目的だったお店で正義実現委員会のハスミと出会った事が重なり、補習授業部と先生は美食研究会の制圧に協力する運びになったのである。
「お疲れ様でした、先生、そして補習授業部の皆さん。お陰様で事態を無事に収拾することが出来ました」
そう頭を下げたハスミが大きな黒い翼を翻して去って行くのを見送って、先生は納得に夜空を仰いだ。
(ああ……食堂の人手が足らなくなってリョウヤくんを頼ったんだね……)
フウカを失い、調理が回らないと半泣きでゲヘナ学園給食部員がリョウヤを頼ったという話だった。
給食部一同とフウカへ同情の念を送りながら、恐らく丸一日拘束されたであろうリョウヤへは「一日おつかれさま」とメッセージを送っておく。
そうして賑やかな夜は更けていく。
時間はあっという間に過ぎ、日付は第二次特別学力試験前日。時刻、十九時ジャスト。
チャイム代わりに定型分が部屋に響く。
「……はい、おつかれさまでした」
この日ばかりは、リョウヤも夜まで残ってくれていた。時間になると手を打ち、早々に切り上げる。前日に詰め込みすぎても良くないという判断と、これまでの成果を知っているからこそ焦りはないのだ。
「明日は本試験という事で――部長のヒフミさん、一言どうぞ」
満面の笑みを携えたリョウヤからの無茶振りに、ヒフミは「えっ!?」と驚きを溢しながらも他の部員達を助けを請うように眺めた。
当たり前と言えば当たり前だが、アズサ達は助け舟を出してはくれないらしい。
諦めてリョウヤに手招かれるままに、ヒフミは壇上に足を踏み入れる。
教壇からは、着席する全員の顔色をしっかりと見渡せた。それだけで、アズサ達に不安や緊張がないことも察する事ができた。だからだろうか? 用意していたわけでもなく、言葉はするすると流れ出る。
「明日は遂に第二次特別学力試験です! 私達はこの合宿で、しっかりと合格するだけの実力は身に付けました!」
「うん」
「はい♡」
「そうねっ!」
ヒフミが力強く断定するも、やはり否定の声は上がらない。自信に満ちた姿が、どうしようもなく頼りになる。
「しっかりと合格し、堂々と補習授業部を卒業して、今までの勉強が無駄ではなかったと証明しましょう! そして最後……の、前に」
くるりと反転して、ヒフミはリョウヤと目を合わせた。愛らしい瞳を向けられたリョウヤが、驚きに目を見開く。
「――講師役を勤めてくださった葛葉リョウヤさんに感謝を。本当にありがとうございました!」
大きく頭が下げられ、ヒフミの髪が大きく揺れた。
それにアズサ、ハナコ、コハルも倣う。
「……ありがとう」
「ふふっ、ありがとうございました。楽しかったです」
「ありがとうございました! 凄く分かりやすかった!」
最後のコハルに、アズサは「うん」と頷いた。
「特に家庭なら当たり前にある物で作れる爆発物については、本当に興味深かった」
「興味深いのは分かるけど、その話のメインは“混ぜるな危険!”だったでしょ」
「外で行なった、ドライアイスを使った実験は楽しかったですね。最後には花火みたいに打ち上げて……夏空に降る雪を見たようでした」
「カキ氷のシロップが同じ味かどうか確かめるのも……あっ、今更ですけど涼しくなれる実験が多かったんですね!」
「ニュースになっていた話だけど、TS社が毛髪から作るダイヤモンドの特許をとったのには驚かされたなぁ」
至極真面目な顔のアズサへコハルが苦笑で指摘するも、やはり意見は同様なようだ。またハナコの言もありヒフミは今になって理解することが出来、感激に瞳を輝かせた。先生もうんうんと会話に花を咲かせている。
切っ掛け一つで、和気藹々と思い出を語り合う。
期間としては短い筈なのに、たくさんの知識と経験を楽しく得られたのだ。
ヒフミからの意趣返しと、各々の感想を受けたリョウヤは硬直するも、すぐにくしゃりと笑う。
「……こちらこそ。俺も勉強になったし、何より楽しかったよ」
ちょっとビックリ、と呟いたリョウヤがヒフミの額にに優しくデコピンを当てる。
ビックリしたのは私もですよー、とぶーたれたヒフミにククッと笑ったリョウヤは「さて」と改める。
「折角だからもう少し時間を貰おうかな」
見せ付けるようにすっと右手を伸ばして、リョウヤは工房から旅行鞄を取り出した。
「前にチラッと話したけど、補習合宿の話をアビドスの皆……と言ってもまぁ、全校生徒六人だけなんだが共有していてな」
自虐混じりに問わず語って旅行鞄をテーブルに乗せると、ごそりと鞄の口に手を突っ込む。
「俺以外も仕事は多いから……こちらに顔を出すのは結局俺だけになったわけだが、皆の事は他の――ホシノ達も気に掛けていたんだ」
鞄から取り出し、並べられていく品々に補習授業部の面々は目を見開く。
「で、贈り物を用意したらしい」
人数分用意されている学業祈願と書かれた御守りにヒフミとアズサ、ハナコとコハルの口元が上がり――ヘッドがモモフレンズになっているシャープペンシルと同デザインの描かれた消しゴムに前者二人が満面の笑みを、後者二人がスンと真顔を作った。
「も、貰っていいの? こ、これを……!?」
氷の魔女とはなんだったのか。最早アズサは破顔を隠すこともない。
勿論、とリョウヤは軽く一言。
「モモフレンズのぬいぐるみを景品にしてるって話は聞いていたから、うちの連中が用意していたんだ。遠慮なくどうぞ」
「ありがとうございます! 後でノノミちゃん達にもお礼を言わないと……」
「こんな物まで存在するなんて……! 小さくて可愛い……」
「良かったですね、アズサちゃん!」
えへへ、と筆記用具を手に取ってはにかむアズサ。一緒になって喜び合うヒフミ。そんな二人を見ていると、モモフレンズに興味がなくとも嬉しくなってきてしまうというもの。
「ま、まぁ……皆でお揃いって言うのは……悪くない、かも……」
「そうですね……一つになっている感じがしますし……」
微妙な反応のコハルとハナコだったが、モモフレンズがチョイスされた理由には納得する他ない。
景品がモモフレンズである、イコール、モモフレンズに景品としての価値がある……という式が成り立つのは自然なのだ。
それはそれとして、考えようによっては決して悪くないと自覚すると頬は緩んでしまう。
皆で頑張ってきたこともあり、一体感はより強固なものとなると感じられた。口角が上がっていくのは、気のせいではない。
「改めまして――最後は皆で笑ってお別れしましょう!」
ヒフミが両手を胸の前でぐっと握り締めた。
「そうか……合格したらお別れか」
「や、やめてよ。しんみりしたくなかったのに……」
思う所があるのか、アズサのトーンが落ちる。コハルの雰囲気も寂しげに彩られてしまう。
「同じ学校なんだから、そんなに暗くならなくても平気だよ。リョウヤくんにだって、会おうと思えばいつでも会えるだろうしね」
補習授業部が目的を達するというのは、部活動の解散を意味をしている。
合宿も終わりだ。
けれど、それは何もかもが……皆の関係が終わるわけでもない。
先生が柔らかく笑い掛けるも、自身の寂しさを隠しきれてはいなかった。
「合宿という形だったのが、凄く楽しかったですからね。寂しくなるのも仕方ありません」
「ああ。でもやっぱり、出会いがあれば別れもある。全ては、虚しいものだ」
ハナコに淡く微笑まれたアズサの言葉に、リョウヤがぼそりと一言。
「……説教者か」
「あら? リョウヤさんでも、流石にご存知ないんですね。今のはとある古代語の一説なんです」
「リョウヤくん風に言うと“専攻じゃない”って感じかな?」
珍しい姿を見た、とハナコと先生。ヒフミもアズサもコハルも似たような反応で、そこに悪意はなく、心底から意外そうである。
人間なのだから間違えることもある、とその程度だ。
「……それは知らなかった」
恥ずかしいな! と誤魔化すように顔を片手で仰ぎながらもリョウヤは思考は記憶を辿っていた。
久方ぶりの感覚だった。即ち、地球で得た記憶とキヴォトスで知る情報の齟齬である。
(
“コヘレトの言葉”という旧約聖書の一文献なのだが、先生の言う通り専攻していない。無神論者でもあり、その手の記憶も朧げだった。
初めて見る姿もあって最後に楽しく笑い合うと、手早く切り替えたリョウヤは「今生の別れでもない」と軽い調子で去っていく。
――それから一時間。空気は一転する。
「嘘……!? 何かの間違いなんじゃっ」
携帯端末を見つめて硬直するヒフミは、試験の会場について確認をしていた筈だ。
呼び掛けても反応のない姿に、ハナコが彼女の携帯端末を覗き込んで目を丸くする。
「補習授業部の第二次特別試験のお知らせ……試験範囲を拡大……? これは……今までの三倍近くも……?」
「はぁ!? なにそれ!?」
コハルの語気が荒ぶるも、悪い知らせは続く。
合格点を六十点から九十五点に引き上げられ、試験会場はゲヘナ自治区第十五エリア七十七番街の廃墟一階。加えて開始時刻は午前三時に変更されている。
この時点で大概なのだが、更にもう一つ。
先生とヒフミだけは初めから、つい先日に二人からハナコにも共有されたとても無視はできない問題――本試験に三度落ちた場合は退学になるという措置。
退学!? と無茶苦茶な措置にコハルが激しく動揺する。対して、アズサは落ち着いていた。
「……理解した。けど今は出発しよう」
顔色を変えることなく冷静に結論を下したアズサに、ヒフミもハッとなって声を上げる。
「そっ、そうですね! もう出ないと、とても間に合いません!」
「試験さえ受けられるのなら、合格する可能性は充分にありますからね」
「そう……ね! うん、今はとにかく動かないと……」
ハナコが神妙に呟く。不安に心を揺さぶられるコハルも、皆の様子に平常心を取り戻しつつあった。
黒い微笑を携えた少女の姿を脳裏に甦らせながらも、先生は努めて安心させる声音を発した。
「場所がゲヘナになるなら、装備の用意も必要だね」
◇1
ゲヘナが近くなれば近くなる程に治安は悪くなっていく。
チンピラ連中は相手がトリニティの生徒と分かると、身代金目的に率先して狙っても来る。
補習授業部は数度の戦いを経て、どうにかゲヘナ自治区に辿り着いた。
そうしてまた今度は、検問という問題に直撃していた。
「止まれ! ここから先は立ち入り禁止だ!」
「そもそも今日は街全体に外出禁止令が出ている! 早く戻れ!」
ゲヘナ風紀委員会がピシャリと言い放つ。ピリピリとした雰囲気だ。
試験を受けに来たというハナコの正直な主張は「トリニティの生徒が試験を受ける為に、どうしてゲヘナに来るんだ!」という正論に封殺されてしまう。尤も、ハナコも信じてもらえるとは考えていない。
それに、風化委員が言っていることは分かる。寧ろ現状では罰則もなく攻撃も受けていないので、つい先ほどのチンピラとは言うまでもなく善人なのも分かった。
が、しかし。
コハルの正義実現委員会としての顔が割れているのが良くなかった。
正義実現委員会かもしれない、そんな疑念が確信に変わるのに時間は掛からない。
発覚してしまえば後は早い。
風紀委員会は正義実現委員会からの襲撃と断定してしまったのだ。それが正しく、ゲヘナとトリニティの関係性だった。
戦うか、戦わないか。前者の意見を推すアズサに対して、ヒフミは「誤解が深まりませんか!?」と躊躇いをみせる。
その僅か数秒で、風紀委員の二人を爆風が襲った。
「のああっ!」
「こっ、こいつらやはり…!」
二人分の悲鳴が上がり、地面に倒れ込んだ。
周囲から風の音以外が消えると、カラカラと空き缶が転がっていく。
不自然な間を伴って、ヒフミが悲鳴めいた声を上げた。
「アズサちゃーーーーん!?」
「いや、私じゃない」
首を横に振ったアズサの後ろにいた先生は、アズサやヒフミとは正反対を向いて人差し指を伸ばした。
「今のは私達の遥か後方からだったね」
「あれは……光?」
「車のヘッドライトでしょうか」
コハルの疑問にハナコが答えると、皆の視線は光源へと集まるのだった。
オレンジ色と白色に塗装されたオープントップの四輪駆動車は、キキッとタイヤを鳴らして停車した。荷物でも傾いたのか、鈍い音が耳にまで届く。
運転席の金髪と、助手席の銀髪が風に靡いている。
「あらっ★ やっぱり先生でしたか!」
「大当たりでしたわね」
ハンドルを握っているのは、金色の長い髪に悪魔に似た角が黒い髪留めのように生えているゲヘナの三年生・鰐渕アカリ。彼女は場違いに明るい笑顔を浮かべ、横にいるハルナも満足そうに微笑んでいた。
「ご機嫌よう。皆さん、数日ぶりですね。ここで一体何を?」
「え、あ! この前戦った……!?」
ハルナは優雅な物言いではあるが、思い起こされる出来事はとても優雅とは程遠い。
混乱するコハルを一先ずおいて、先生が「ここは私に」と事情を説明すると、ハルナはなんとも言えない顔を晒した。
「それはタイミングが悪かったですね。このあたりは今、結構な騒動でして……」
「温泉開発部が暴れたせいで、とにかく滅茶苦茶なんです」
同情的なハルナを継ぐように、アカリは橋の向こうへ目線を流す。そこでは、今でも時折り銃声や爆発が巻き起こっているのだ。
音こそほとんど届かないが、マズルフラッシュや爆発による炎は時折存在感放っていた。
「――その隙に脱獄したんだろ」
ぐいーっ、と半円を描くようにフウカを横半身で押し上げながらリョウヤがぼやく。
左方へ大きくハンドルを切った急停車により、後部座席にいたリョウヤはフウカに押し倒されるように横になっていたのだ。
その際に二人は頭を打ち合う羽目になったこともあり、声音には僅かな棘がある。
「そうですね。非常事態ということもあって、偶然にも居合わせた給食部部長と助っ人さんが車を快く貸してくれたのです★」
「んんっ!? んーーーーっ!!」
ガツン! という音と共に回る星を見ていたフウカも、リョウヤに押し上げられた頃には意識をハッキリと回復させている。
ブンブンと力強く首を横に振って、必死にアカリを否定していた。
ん? と事情を理解した補習授業部と先生の瞳が、フウカとその隣を交互に行き来する。
当然とばかりに姿を現し、今も「絶対これコブになってる……」と深く息を吐き出しているのは、トリニティにもゲヘナにも属していない男子生徒だ。
「「リョウヤさん!?」」
「君は一体なにをしているの……」
「随分と縛られていますね……もしや、そういうご趣味が?」
「まさかこんな場所で会うことになるなんて……」
ヒフミとコハルが目を丸くし、先生が頭を抱え、ハナコは困惑を溢し、アズサは何処か安心したように頬を緩めた。
趣味ではない、とゲンナリしながらリョウヤがツッコむ。
やっぱり再会は奇妙な形となるのだった。
◇2
エデン条約を控えているが故に、ゲヘナとトリニティ両者共に政治的な問題を避けようとしている。
要は余計な問題を起こしたくはないし、問題なり得る行動もしたくはない。あくまで真面目な生徒や組織に限るが、そのように振る舞っている。それはゲヘナ属する風紀委員会とトリニティ属する正義実現委員会も例外ではない。
つい先日、アクアリウムを襲撃した美食研究会は正義実現委員会と補習授業部、そして先生の手によって捕縛している。
被疑者達をトリニティからゲヘナへの受け渡す際、緩衝材となったのがシャーレの先生だ。
自分達の扱いにも配慮してくれた先生に恩義を感じていたハルナの案で、美食研究会は迷いなく先生達への協力を決定させた。
「とりあえず拘束を外そう。きっと戦力は必要だ」
ボンネットに書かれた“給食部”の文字を視認して「本当に給食部……」と呟きながらアズサが車体に近づく。
拘束されているリョウヤが器用に立ち上がり、目線をフウカへ向ける。
「フウカを……横の子を頼むよ」
フウカは猿轡をされているが、縛り方は雑だ。両手を体ごとぐるぐる巻きにされている蓑虫状態だ。
対してリョウヤは口は塞がれていないものの、二の腕を体ごと縛られ、両手は後ろに回されて手首も縛り付けられている。
「俺は自分でどうにか出来る」
言うや否やピョン! と四輪駆動車から降りると、リョウヤは工房から何の変哲もない短刀を取り出した。器用に指先を動かして手首のロープを切断すると、今度はより長い刀を取り出す。
「なるほど、これが噂の……」
「本当に魔術めいていますね★」
興味深げに工房から物を出し入れする様を眺めているハルナとアカリは、煩く騒がないという理由でリョウヤの口を塞がなかった。この辺りは、以前に誘拐した際のリョウヤが非常に大人しかったのも大きな要因である。
しかし魔術にも見える物の転移については聞いていただけなので、腕は意識して強めの拘束をしていたのである。
尤も意味は薄かったようなので、次はもっと考えないとけないと反省していた。
「……いつでも抜けられたのか」
あっという間に自由になった様に疑問を覚えたのは、ミリタリーナイフでフウカを解放してお礼を言われたばかりのアズサだ。
でも何故? と素直に首が傾げられる。
「一人でなら……って所かな」
「ああ、そうですね。自分一人だけ逃げ出すわけにもいかないですよね」
「んー……まぁ、そうだな」
一度フウカへ目線を流した先生が柔らかく笑い掛けると、ハナコも優しく目を細めて納得する。リョウヤは一人、決まり悪そうに頭を掻いた。
先生の予想の通り、タイミングを見定めてフウカと共に逃げ出す算段だったのである。
自分を見捨てないでいてくれた事に気が付いたフウカは、感動と申し訳なさに「うぅ、本当にすいません……ありがとうございます……!」と体を震わせた。
おう、と短く返したリョウヤ。フウカとのやり取りを満足そうに見守っていた先生が「それはそれとして」とリョウヤを見た。
「リョウヤくん、あれからゲヘナに向かったの? どういうこと?」
ジトーっ、と聞こえてきそうな強い圧を感じさせる視線である。
「明日……もう今日か。フウカ達の朝食の仕込みを手伝う筈だったんだよ。で、トリニティからだとアビドスよりゲヘナの方が近いだろう? だから一晩泊まらせてもらう予定だった」
美食研究会へ事情の説明……試験を受けに来た旨と試験場所を話していたのを聞いていたことあり、リョウヤはそそくさと逃げるようにトランクに乗り込んだ。先生はそれを楽しそうに追い掛けた。
あっという間に追い込まれて、リョウヤは両手を上げる。
「いや……本当だから。そんな目で見ないでくれ。ホシノ達にも予め伝えてある」
前の座席にはアカリとハルナ。後部座席にはヒフミとハナコが着き、アズサとコハルが左右のドアに腰掛けた。
フウカは補習授業部とは全くの無関係だ。リョウヤと先生、補習授業部は慮ったが、リョウヤと先生への恩と義理もあると考える彼女は「どうせ帰る為の足もないから……」と渇き笑いでトランクにぺたりと座り込んだ。
リョウヤと先生の間に挟まったフウカの善性を目にしたハルナとアカリが「計画通り」と言わんばかりに笑みを深めたが、悲しい事に当のフウカは気が付けない。
「それじゃあ、ちゃんと捕まっていてくださいね★ ――出発します!」
アカリの宣言と同時に、車輪は勢い良く回り出したのだった。
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