星屑の夢   作:ハレルヤ

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本当は一話に纏めたかったのですが、約二万文字になったので分割しました。


9-5.黒の一手①

◇0

 

「チームV、チームVI、チームVIII、全て準備完了とのことです」

 

「予定通り作戦を開始する――総員、前へ」

 

 第三次特別学力試験当日に、トリニティでは聞き馴染みのないやりとりが行われていた。

 太陽が昇るより早い時間帯にも関わらずトリニティを蠢く影は、白を基調としたジャケットに黒い防弾装備。ガスマスクを顔に纏った怪しい集団だ。

 そんな集団から隠れるように、闇の中で動いているのはもう一組。

 

「目標を確保」

 

 淡々と口にしたアズサは、ナギサを丁寧に寝袋に押し込んでいた。

 

「少なく見積もっても一時間は起きないでしょうか?」

 

「うん。近距離で5.56ミリ弾を丸々一弾倉当てたから、多分それくらいは気を失っている筈」

 

 アズサの側では、ハナコがブルーシートを敷いている。

 二人は雑談でもするように気安い雰囲気で、ブルーシートの端にナギサの収まる寝袋を置くと、太巻きでも巻くかの如くシートで包みながら転がしていく。

 ナギサの顔が心なしか歪んでいるのは気のせいではないだろう。

 

「ではアズサちゃん、敵の誘導をお願いしますね」

 

「了解」

 

 事前にハナコの立てた仮説が正しければ、これで“本当のトリニティの裏切り者”に嘘の情報が流れ、ガスマスクの集団……アリウスは行動を急ぐことになるだろう。

 証拠がない事もあって推測も混じるが、本当の裏切り者には確信があるとハナコは言っていた。

 

「ところで、さっき……最後の台詞は必要だった?」

 

 アズサの脳裏に過ったのは、数分前の出来事である。

 きょとんとするハナコ。

 

「はい? ああ、“お友達ごっこ”ですか?」

 

 誰より先んじてナギサのいるセーフハウスへ侵入した二人を、ナギサは裏切り者と判断した。そんな彼女に、ハナコは「自分達は駒の一つ」なのだと嗤ってみせた。

 ――では改めて私達の指揮官からナギサさんへのメッセージをお伝えしますね、とハナコは前置くと「それなりに楽しかったですよ、ナギサ様との友情ごっこ……との事です」と言い放った。

 ナギサを様付けで呼称し、且つナギサが友情を覚えた人物はヒフミだ。ナギサの中のヒフミの無邪気な笑顔が、ガラガラと音を立てて崩されることになる。

 

「あれは個人的な仕返しです。大丈夫ですよ。誤解は解けるでしょうし、私も改めて口添えもしますから。勿論、謝罪も」

 

 僅かな申し訳なさを滲ませたハナコだったが、叩き付けた言葉に後悔はない。あれくらいの仕返しはさせて欲しかった。

 ……当然ながらヒフミはナギサと友達ごっこをしていたつもりはないのだが、そんな友でさえ疑い、退学になり得る状況に追い込んだナギサは動揺を隠せていなかった。

 その明らか過ぎる隙に、アズサは銃弾を浴びせたのだ。逆に言えば、心を揺さぶられていたからこそ手早く意識を奪えたとも言える。結果論だが、意味のある言動となってしまった。

 そこでショックを受け動揺を露わにするあたり、ナギサもヒフミを大切に思っていたのだろう。

 やれやれ、とハナコは首を振って呆れをみせるも直後には真剣な空気を纏った。

 

「ところで、アリウスの兵力は分かりますか? より正確には、アズサちゃん一人でどれだけ保つのかを把握しておきたいのですが」

 

「詳しく断言はできない。けど備えはずっと前からしてきたから、相手が誰であれかなり時間は稼げるはず」

 

 すくっと立ち上がったアズサは、誰も入っていない寝袋をブルーシートで包んだ物を軽々しく背負っていた。

 

「では、また後で」

 

「うん……また」

 

 顔を合わせて頷き合い、ハナコとアズサは背中を向けて走って行く。

 

 

◇1

 

 

 その頃、ナギサがいた筈のセーフハウスにアリウスが乗り込んでいた。ターゲットの姿がない故に、合流する筈だったスパイを探そうと声を上げたのとほぼ同時に、アリアスのチームIVが襲撃を受ける。

 スパイ……アズサの裏切りがアリウスに露見した瞬間だ。

 再びアズサとハナコが顔を合わせた時、アリウスの生徒は大半が姿を消していた。

 アズサは学園周辺にトラップや塹壕を作っていたのだ。ナギサを背負っているように見せかける事でアリウスを誘い出し、ゲリラ戦を仕掛けることで時間を稼いだのである。

 そしてアズサが派手に動くことで、目立つことなくハナコはナギサの輸送に成功していた。ちなみにハナコは寝袋とブルーシートを纏ったナギサを、更にキャリーバッグに押し込んで移動していた。

 効率的で合理的な作戦である。

 アズサとハナコが最終的に向かった先は体育館。出入り口が一つになるように、既に大半の扉と窓が封鎖済みだった。

 アリウスの生徒達も、広く木材や塗料、ワックスの混じった特有の空間に雪崩れ込んだ。

 

「……待ち伏せか。だが、それだけか?」

 

 体育館最奥のステージ下には、封鎖作業をこなしたヒフミとコハルも揃っていたが、アリウスの指揮官を務める生徒には余裕ありげに吐き捨てた。

 

「たった四人で何が出来る? こんな退路も何もない場所で!」

 

「あうぅ……」

 

「……っ」

 

 叩き付けられた言葉が事実であることを理解していたヒフミとコハルが体を強張らせた。

 対して、アズサとハナコに緊張の色はない。

 

「そう、もう退路はない。お前達は逃げられない」

 

「ですね、一先ず仕上げです♡」

 

「殲滅戦を始める。先生、指示を」

 

 アリウスの生徒達に誤算があったとするのなら、それは偏に先生の存在だった。

 アズサが言うとステージ袖から降り立った先生に、アリウスの面々は目を丸くする。

 ヒフミとアズサ、ハナコはアサルトライフルを。コハルはスナイパーライフルを構えた。

 武器種こそ同じの三人だが、立ち位置は大きく異なる。

 ヒフミはペロロ様グッズを活用して目立つ立ち回りをしていた。初手で予め仕掛けていた大型ペロロ人形を天井から落下させるなど、嫌でも目を引く。

 アズサは一人で立ち回る事に慣れているので、自己完結した遊撃手として暴れ回る。当然、ヒフミやペロログッズに注目した者から狩られていった。

 ハナコは持ち前の頭脳と観察眼を持って仲間の隙をカバーし、スナイパーであるコハルは最後尾から狙撃である。

 

(完璧ではない……けど、うん――完成はしてるなぁ)

 

 補習授業部での実戦は既に経験して来ており、分かりきってはいたのだが、改めて先生は感嘆した。

 自分の指揮だけでなく、時折りハナコが細やかな指示を飛ばし、誰一人として疑問を抱く事なく従っているのも高得点だ。

 役割が完成された四人を先生が指揮をする以上、最後のアリウス――指揮官を務めていた生徒が倒れ込むまでに時間は掛からなかった。

 

「か、勝った……?」

 

「全員の沈黙を確認」

 

「先生の指揮があって本当に助かりました……」

 

「はい。後は正義実現委員会がここに到着するまで耐えられたのならOKです」

 

 銃声と爆音が止み、代わりに安堵が漏れる。

 正義実現委員会のハスミには、コハルが連絡済みだ。

 ティーパーティーの命令下にある正義実現委員会が待機指令を無視して動けるのは、ティーパーティーの身辺に異常が生じた場合だけである。

 加えて、同組織に属するコハルからの直接的な連絡。

 正義実現委員会が状況の確認に来るのは確実。後はそれがどれだけ早いかどうかの話――だと予測していた。

 目の前に、アリウスの生徒達が並ぶまでは。それもあまりに数が多い。

 

「な、なんでっ……」

 

「大隊単位だ。多分、アリウスの半数近い……」

 

「こ、これだけの人達が平然とトリニティの敷地内に…… !?」

 

「正義実現委員会が動く気配がまるでない……?」

 

 コハルが端から端まで見回し、アズサは顔を強張らせる。ヒフミが驚愕に包まれる横で、ハナコは疑問に包まれていた。

 勝利を目前に浮かれていた空気が、急激に萎み重くなっていく。

 

「それは仕方ないよ」

 

 最後に体育館に足を踏み入れた生徒に、補習授業部も先生も目を見開く。

 

「だってこの人達は、これからはトリニティの公的武力集団になるんだから」

 

 両腕を目一杯広げてアリウスの生徒達を見せびらかすように、長い桃色の髪をふんわりと揺らしながら断言したのはミカだった。

 

「ミカ、ちゃん……」

 

 呆然とする先生に、ミカは「また会えて嬉しいな、先生」と悪戯に微笑む。だがその笑みは、温度があまり感じられない。

 

「残念だけど、正義実現委員会は動かないよ。私が改めて待機命令を出したから」

 

 天使を思わせる笑顔で、ミカは続ける。

 正義実現委員会も、それ以外も。邪魔になりそうなものは事前に片付けておいた、と。

 ティーパーティーの命令が届く全てに、適当な理由付けをして足止めをしていた、と。

 

「ナギちゃんを襲う時に、邪魔されたら困っちゃうもんね――まぁ簡単に言うと、黒幕登場⭐︎ ってところかな?」

 

 “本当のトリニティの裏切り者”が降臨した。

 

 

◇2

 

 

「という訳で、ナギちゃんを何処に隠したか教えてくれる? 私も時間がなくってさ」

 

 場にそぐわない柔らかな雰囲気で、ミカはゆっくりと補習授業部を見渡した。

 

「まぁこの場の全員を消し飛ばしてから、ゆっくり探しても良いんだけど。それは面倒だし」

 

 その平然とした態度に、視線を受けた側は背中に冷たいものが走り抜ける。

 

「君は……なぜ?」

 

 先生がどうにか絞り出す。

 先生に声を掛けられて嬉しそうに、ミカはそっと胸に手をやる。

 

「私、本当に……心の底からゲヘナが嫌いなの」

 

 声は、なんでもないように軽い。だが真に迫っている。嫌悪感も表情には乗ってしまっていた。

 以前にミカは先生に対しては、ナギサはエデン条約を武力同盟として活用しようとしていると話していたが、それは嘘だった。

 ただしミカは本音も話していた。

 アリウスと和解したかった事だ。

 アリウスも元はトリニティの一員。ゲヘナを憎んでいる。だからこそ、手を差し伸べた。

 ゲヘナとの和解条約を結ぼうとするナギサ達を打ち倒そう、と誘い掛けたのだ。

 

「ティーパーティーのホスト“桐藤ナギサ”に正義実現委員会がいるなら、次期ティーパーティーのホスト“聖園ミカ”にはアリウスがつく。そういう取引」

 

 最早、隠す意味もないのか。ミカの口は止まらない。

 

「共通の敵がいるから、敵同士でも手を取り合う。それで私はアリウスを密かに支援してたの」

 

 表情をコロコロと変えていき、最後には「アズサにナギサを襲った罪を被せる」のだと言ってのけた。

 

「でも本当にびっくりしたな。ナギちゃんが正体不明の誰かに襲撃されたって聞いて」

 

 漸くミカの声に感情が宿ったように、先生には感じられた。だが次の一言には、先生の表情も凍り付く。

 

「せっかく可能性高そうな人は処理したのに」

 

 はい? とヒフミが困惑を晒す。

 自身を生贄にすると言われた際にも顔色を変えなかったアズサは体を硬くし、コハルは状況と言葉に理解が追い付けていない。

 ミカがそんな補習授業部を見やって、うんうんと頷いた。

 

「まぁ話に聞くより全然だったし、補習授業部の作戦だったことの方がよっぽど予想外だったかなー」

 

 即座に察していたのは口元を手で隠した先生と――ハナコ。

 

「まさか……リョウヤさんを?」

 

「え? うん。だって何されるか分からないじゃない? だから面倒だけど連絡先調べて、呼び出したんだよね」

 

 ひゅっ、とヒフミが息を呑んだ。

 

「無駄に着替える羽目になったけど、魔術士なんて呼ばれてる割に大した事なかったし、噂はやっぱり噂だね」

 

 ハナコの鋭いを眼光を向けられて尚、ミカは「そんな顔もするんだ」と飄々と笑い飛ばした。

 アズサは体を震わせ、コハルが呆然と視線を落とす。

 皆が自分のせいだと感じていた。

 こんな事になるのなら、リョウヤにもきちんと話をしておくべきだった――と後悔がのしかかる。

 ナギサならともかく……ミカからの介入は想定外だったとしても。こんな悪辣な手段を選ぶとは考えられなかったとしても。ナギサとミカはティーパーティーであることも事実。二人の関係性から警戒は促せたかもしれない。

 ハナコが奥歯を噛み締める。

 もしリョウヤが無事ならば、助けに来てくれるかもしれない。先日のゲヘナでの一件もあって生じていた根拠のない希望も打ち砕かれ、空気は重く、絶望的な状況なのは明白だ。

 

(まずい……!)

 

 先生はリョウヤを心配しながらも、必死に思考を回転させていた。

 この場の誰一人として諦めてはいない。たがリョウヤが対処されていたというのは、肉体ではなく精神面へのダメージが大きい。結果だけ見れば、補習授業部が巻き込んだと言えるからだ。

 当人からすれば「俺が自分から首突っ込んだんだが?」と主張するだろうが、そんな風に考えるヒフミ達ではない。

 自分のせいで自分以外の人……本来なら関係のない人が傷つけられた現実は、心を酷く掻き毟っていた。

 

(それに何か……忘れている、ような……)

 

 ふと、先生が引っ掛かりを覚える。

 リョウヤの状態は気掛かりだが、同時に何か忘れているような気がした。

 

 

◇3

 

 

 時刻は少し遡る。

 試験前日、リョウヤへと届いた「はじめまして」から始まるメッセージは二件。

 一件はナギサからの、明日はトリニティに来ないで貰いたいというもの。

 一件はミカからのトリニティへの呼び出しだ。

 前者は最早言うまでもなく、文字通りのトリニティに来てはならないという内容だ。無論、内容自体は丁寧で戒厳令などの説明もされていた。

 後者は修理の依頼という体をなしていた。ナギサからは「来るな」と言われている旨を伝えるも、ミカは自身もティーパーティーであると主張。ナギサにも共有しておくから、とリョウヤを呼び出すことに成功していた。

 今になって補習授業部に出来ることがあるとも思えなかったが、また争い事か起こる可能性もある。都合が良いとリョウヤも判断したのだ。

 

「初めまして、聖園ミカだよ〜」

 

「どうも、初めまして。葛葉リョウヤだ」

 

 待ち合わせ時間は深夜、それでも朝日が昇る時間に近かった。

 補習授業部やアリウスが行動を起こすより前に、ミカは学園内にリョウヤを連れて行かなければならないからだ。けれど早過ぎて、リョウヤの姿を誰かに見られてしまうのも厄介だ。

 大半の人の気配は時間帯もあって見えず、他ならぬナギサが払ってくれていても、それなりに考えて決めた時間だった。

 

「いやー、助かったよ。あの時間からじゃ修理もやってなくてさ」

 

 ほくそ笑みを隠してミカは、予め言っていた通り叩き壊されていた発電機の修理を促した。

 リョウヤは気楽そうに肩を揺らす。ミカへの警戒心は高くない。自身と彼女の立場を踏まえれば、手を出されるとは考え難いからだ。実際にナギサが、丁重に言葉を伝えて来たことも遠因になってしまっていた。

 

「そういう連中の為の仕事でもあるからな……まぁ毎度対応できるとは限らないんだが」

 

 時間帯の明らかに可笑しな修理依頼は、今日……メッセージを送った時点では明日が、大事な日であるからこそ急いでいるで通った。

 補習授業部とナギサからも、試験日までの戒厳令をリョウヤは聞いている。故にこそ、非常時用の発電機を修理しておくことに違和感は覚えられなかった。

 ミカが伝えておくと言った為にナギサへ改めて確認もせず、わざわざこちらに心を割かせる必要もないと補習授業部にも何も教えてはいない。

 悪癖の自己完結……ではあるかもしれないが、そもそもミカからの依頼が遅かった。というのも、まずは挨拶と深夜の依頼があることのメッセージが届いた。そこには詳細は後で送ると書かれており、厳密には二十三時頃になるともあった。

 トリニティを訪れることが確定したのは二通目だ。既にヒフミ達が眠りに落ちている可能性を踏まえ、メッセージもモモトークも電話もしなかったのだ。

 

「破損って、これ……文字通り叩き壊されてるぞ。事件性あるんじゃ――俺が触って良いのか? 証拠品だろうに」

 

「へーきへーき、もう確認済みだからっ」

 

 ゲヘナでは割りかしよく見る破損状態に、固い雰囲気になったリョウヤが確認する。

 ふぅん? とリョウヤは工具を置くためにかがみ込んだ。ティーパーティーが言うのならばそうなのだろう、という判断だった。

 こいつ面倒くさっ、そんな感情をおくびにも出さないミカはふと思い至る。

 

(発砲したら騒ぎになっちゃうよね……あーもう、面倒だなぁ)

 

 愛銃は当然持っているものの、辺りは静かなものだ。しかし人がいないわけではない。銃の使用はまだ避けたいのが本音だった。

 本来なら予定していなかった展開に、ミカは煩わしげに前髪へと触れると、愛銃のサブマシンガンが視界に映り込む。

 ああ、これで良いかな――とミカが銃身を愛おしそうに撫でる。

 足元に映り込む影の動きに違和感を覚えたリョウヤが振り向いた時、ミカは既に両手で持った愛銃を振り下ろしていた。

 リョウヤが唖然とする間もない。

 

「は」

 

 鈍い音を響かせながら、自身の間抜けな声が耳を抜けていく。

 ――葛葉リョウヤは、キヴォトスに来る以前から戦い慣れている。対人戦闘も、対人外も。殺し合いという形にまで発展したのは後者であり、それも言葉を交わすことの叶わないような異形の魔物である。性質的には獣を相手にしていた形に等しいであろう。

 経験から理解していた。

 初動とも言えぬ微かな動きを瞳で捉えて動く以上、視界に入らない相手からの攻撃を対処することが難しいことを。

 かつてリョウヤが戦闘の修行をしているのを見ていたパラケルススは「見てから動く以上、死角があるのは致命的だな」と断じた。しかしこれは、言ってしまえば大半の人間がそうであろう。死角のない人間は存在せず、見えなければどうしようもないのは当たり前である。

 

「少しでも隙を減らしたいなら空気の流れや影の動き、音を拾うのも手だ。五感を使え」

 

 リョウヤから「身も蓋もない」と据わった視線を向けられ、パラケルススが薄く笑う中、ヤマトは汗を拭うタオルをリョウヤに放り投げると、無精髭を撫でながらぶっきらぼうながら助言を与えた。

 ヤマトへ素直に首を縦に振ったリョウヤの赤い右目の前に、ビシッと人差し指が向けられる。

 

「その手の技能(スキル)も良いがな、魔具を作れよ。お前も機工魔術士(エンチャンター)だろ?」

 

 続け様の挑発的な物言いは、パラケルススなりの激励だったのかもしれない。

 ――弱味という点はもう一つ。

 フィジカルでゴリ押ししてくる相手が苦手である。

 関節技も覚えてはいるが、時折りそれさえ許されない相手……或いは意味のない場合や効き難い事がある。

 記憶に強く残っているのはシンプルに大きく、力の強い竜種ではあるのだが、例えばキヴォトスであれば美食研究会の誘拐行為だろうか。

 彼女達のリョウヤへの拘束は腕を掴むことから始まっていたが、背後からの不意打ち且つ強大な握力によって抜け出せなくなっている。いや、手段を選ばなければ解放される可能性はあるのだ。だがそれは、自身や相手の命を無視する必要が出てくる。現実的には難しいという話だ。

 意識の途切れる直前、走馬灯のようにリョウヤの脳に過ったのは、そんなことだった。




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