星屑の夢   作:ハレルヤ

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予約日を五月一日にしてしまった為に、一瞬だけ投稿されてしまいました。
気が付いた人は見なかった事にしてください……。


9-6.黒の一手②

◇0

 

 

「――無駄に着替える羽目になったけど、魔術士なんて呼ばれてる割に大した事なかったし、噂はやっぱり噂だね」

 

 視界に満足そうなミカを収めた直後、先生達の沈みそうになっていた意識が急激に引き戻される。

 凛とした二つの声が響いたからだ。それは宛ら、暗闇を切り裂くようであった。

 

「ん、不意打ちした癖に随分な言い様……!」

 

「その通りよ! せめて正々堂々戦ってから言って欲しいものね!」

 

 怒気が吹き抜け、皆の視線を急速に集めた扉の先は暗闇で人の姿はない。

 直後――ぬるっと姿を現したのは人の形ではなく、自動で動く機械の椅子だった。

 えっ? とミカが困惑し、アリウスの生徒達も騒つき始める。

 雷ちゃん! と喜色を浮かべたのは先生だ。

 既知であることを匂わす反応に、ミカは勢いよく先生を見てしまう。え、嘘? 本当に? と雄弁に語る顔に、先程までの大物感は霧散してしまっていた。

 遅れて、白い椅子の後ろから三つの人影が現れる。

 

「シロコちゃん! セリカちゃん!」

 

 頼り甲斐のあり過ぎる姿にヒフミが満面の笑みを浮かべて声を上げると、シロコは小さく片手を挙げて答え、セリカは得意げに頷く。

 

「シロコちゃんにセリカちゃんと言うと……リョウヤさんの……?」

 

 コハルがすっとアズサを盾にするように見知らぬ二人からの視線を遮ぎる位置に移動するのを、残念そうに横目にしながらハナコは推測を語る。

 

「はい! 二人ともリョウヤさんの後輩で、私のお友達です!」

 

「私はアビドス廃校対策委員、砂狼シロコ。リョウヤ先輩の一個下の後輩にしてヒフミの友達」

 

「同じくアビドスの一年生、黒見セリカ。貴方達の話はリョウヤ先輩から聞いているわ」

 

 動く椅子を眺めた後、セリカは視線を体育館の出入り口に流して「それから」と促した。

 

「白石ウタハ。その子は雷の玉座だ。よろしくね」

 

 微笑みを携えたウタハは、シロコとセリカが制服姿なのに対して黒のパンツスーツでびしっと決めていた。

 まさかの援軍でヒフミ達に希望が戻り始める中、先生の携帯端末が震える。

 表示されている名前は、ウタハと同じく“彼”の姉の一人だ。

 

「もしもし? チヒロちゃん」

 

『ええ、先生。早速だけれど報告をするから、スピーカーにしてもらえる?』

 

 要求を予想していたのか、通話に対応した時点で先生はスピーカーをオンにしていたりする。

 

『あっ、まだ起きちゃ駄目ですよ!』

 

 チヒロの声量より小さな声だが、届いてきたのはトリニティの救護騎士団に属している鷲見セリナのものだろう。

 先生と通話が繋がったことで、怪我を負った誰かが体を起こしたらしい。

 

『コラっ! 寝てなさい!』

 

 次いで、チヒロが叱り付けた。宛ら小さな子供を相手にするようである。

 微かに聞こえてくる笑う声は、コタマのものだ。

 

『……はい……すいません……』

 

 弱い。

 補習授業部は見たことも聞いたこともない弱さだ。

 あまりにも弱い対応のリョウヤの声も届いて、ヒフミもアズサもハナコもコハルも肩を下ろして笑い声が漏れる。

 

「ふふっ、スピーカーにはしてあるよ」

 

『ありがとう。もう分かったと思うけど、リョウヤは無事に確保したから安心して』

 

 チヒロのため息混じりの報告に、先生は合点がいった。

 リョウヤ……アビドスの面々に対して誘拐や襲撃をすると、漏れなく通知が行くことを思い出したのだ。

 察しがついていても、きちんと伝えられると実感が伴うもの。ヒフミ達が顔を見合わせて、安堵を溢した。

 

『以上、報告終了。……忙しいだろうからもう切るわね』

 

「うん、報告ありがとう」

 

 のっぴきならない事態なのは確かなので先生の指が通話を終えようとした瞬間、「え?」とチヒロの声が聞こえて咄嗟に指が動かされる。

 

『もうっ、分かったから大人しく寝ていなさい――先生、リョウヤが伝言を頼みたいって』

 

「おっとと……うん? 何かな」

 

 すっと滑った指は、スピーカー機能をオフにしてしまっていた。少し慌てて、携帯端末を耳元に運んだ先生。

 

『――――って』

 

「分かった、伝えておくよ」

 

 今度こそタップで通話を終えると、先生は携帯端末をポケットにしまい込むと真っ直ぐにミカを見据えた。

 

「ミカちゃんにリョウヤくんから伝言。“俺をミイラにでもするつもりか? 包帯法は三十点。止血は一応されていたから、ギリ赤点回避だ。ありがとう”って」

 

 声もなく、ミカはたっぷり十秒程硬直した。

 

「気持ち悪い……」

 

 やがて理解の及ばない存在に思わず顔を歪めたミカは、目の前に誰がいるのかを思い出してハッとなる。

 

「正直者だなぁ」

 

 ミカが顔色を伺った先生は、思わず吹き出しそうになるのを堪えているようだった。

 アビドスの二人も、ウタハにも不快感はない。分からないんだ? とでも言いたげで、まるで自分達はリョウヤを理解しているとでも言うようだ。

 思わぬ反応にミカが再び硬直する。

 

「私も最近分かってきたけど……うん。そう思ってしまうかもしれないね。けどきっと、色んな事を考えての言葉だよ」

 

 ミカへ止血してもらっていた感謝を伝えたリョウヤだが、そもそも怪我の原因がミカである。

 ある種のマッチポンプだ。

 本来ならミカを責めて然るべきだ。にも関わらずお礼を言うのは、どう考えても可笑しい。

 ミカの感想も仕方がなかった。

 

「あの子自身、反発を覚えられる可能性も理解してる。それでも本当に感謝もあって、打算とか……もしかしたら皮肉とか、そういう色んな感情と判断を重ねたんだと思う」

 

 言葉は容易に他者も自分も傷付ける。しかし同時に、癒すことも出来る。

 本心が如何であれ、感謝を告げるだけで関係が良くなる可能性がある……とリョウヤは判断したのかもしれない。

 計算高いと思うか、優しさを見出すのか、両方か、それはきっと人による。

 少なくとも今回のリョウヤの場合ならば、前者を内包していると理解しつつも後者の感情もある、と先生は考えていた。

 

 

◇1

 

 

 ミカが体育館に現れる一時間程前に、リョウヤは意識を取り戻していた。

 

(……何処だ、ここ……暗い……? 顔に何か巻かれている? いや、被らされているのか)

 

 意識が回復したことを読み取って、コンタクトレンズに文字が走る。

 意識を失ってから経過した時間から始まったのは事後報告だが――それをかき消す勢いでモモトークが通知され始める。無論、音はない。スマートレンズに映像として通知が届いているのだ。

 相手は言うまでもなく対策委員会の面々になる。

 状況分かる? 大丈夫? 怪我は平気ですか? 今から向かうから! もう少しだけ頑張ってください! と次々届く言葉に、リョウヤは痛みも忘れて頬を緩めた。

 

リョウヤ

[とりあえず一人で大丈夫]

 

 リョウヤが何を操作する事もなくメッセージを送ると、嵐のようだった通知がぴたりと止まる。

 おや? とリョウヤが胸中で首を傾げた。

 

ウタハ

[( ˘•ω•˘ )]

[皆こんな顔をしているよ]

 

 顔文字は「こいつほんま……」と言ったところだろうか。一拍置いて届いたメッセージは対策委員会からのものではなく、リョウヤは驚かされていた。

 

リョウヤ

[ウタハ?]

[てことは]

 

ウタハ

[リンケージリングはリョウヤの意識が唐突になくなった事をアビドスへ]

[ハルシオンは私、ヒマリ、チヒロ、コタマに協力を要請したんだ]

[賢い子だ]

 

 脳信号を読み取ってモモトークを送るリョウヤに、簡潔な説明を返してくれたのはウタハだった。何度確認しても、表記されている名前は変わらない。

 リンケージリング……指輪は元が誘拐対策として作られた魔具だ。機能は心拍数を測っていたり、血中酸素濃度を測っていたりするが、今回なら発信機としての役割と、ウタハのメッセージ通り意識の有無を判断した。

 ハルシオンはリョウヤの作った人工知能の名である。

 携帯端末がアラートという形でリョウヤの異常を知らせ、揃って飛び起こされた対策委員会は慌てに慌てた。

 幸いにもハルシオンが、リョウヤは意識がないだけで無事であることを伝えたこともあり落ち着きはすぐに取り戻したものの、現在の対策委員会が持つヘリコプターは一機。ただしリョウヤが手を加えている最中だ。中古で買ったものを確認と整備の段階で、具体的には半分ほど分解されている為に飛べない状態だった。

 とにかく車でトリニティに向かおう……としたのを止めたのもまたハルシオンだった。

 ハルシオンは既にミレニアム三年生の四人へ話を通していたのだ。

 

リョウヤ

[今は何処に?]

 

ウタハ

[アビドスの学校屋上]

[ヘリで来た]

 

リョウヤ

[結論を言うと相手の目的が分からない]

 

ウタハ

[つまり]

[リョウヤを留めている間にアビドスで事を起こされることを懸念していると]

 

 ミカの犯行であることは明確なので、ナギサも関わっており、目的は補習授業部への関与を止める為……というのが最も“らしい”理由だろうか。

 しかしリョウヤの懸念も尤もだ――ウタハと、その携帯端末の画面を覗く対策委員会は唸る。

 普通であればそれはそれとして救援が必要なのだが、工房への空間接続の特性上、リョウヤ一人であっても問題なく逃げられると主張されると、ウタハ達であっても否定はできない。

 

「留守番組と救助隊に別れれば解決するね」

 

 ウタハがにこりと入れ知恵すると、頭を悩ませていた対策委員会の五人が顔を見合わせた。

 

ウタハ

[ホシノ以外でジャンケンが始まった]

 

リョウヤ

[誤字?]

 

ウタハ

[誰が行くかどうか決める為のジャンケン]

 

 ホシノが参加することなく辞退したのは、自身の戦力と影響力を理解していたからである。一先ずリョウヤの無事を知って頭も冷えた。また、後輩達とウタハ達への信頼もあった。であれば、自分は万が一の為にアビドスで待機する事を選んだのだ。

 敢えて残る……つまり皆の帰る場所を護るという選択をしたホシノをチヒロは賞賛し、ホシノが困ったように頬を掻くという一幕から時間は過ぎ、リョウヤは移動させられ始める。

 元々椅子に座らされていたのだが、そのまま動き出したのだ。ガタガタと揺れ、リョウヤは額の鈍痛に顔を顰めてしまう。

 

「起きろ!」

 

「ぐっ……」

 

 移動を終えるとヘイローの投影も消して意識がない風を装っていたリョウヤは頭を叩かれ、血の匂いが鼻腔をくすぐった。ミカからの打撃で、額が裂けているようなのだ。

 ミカのサブマシンガンがぶつかる直前、咄嗟に魔力で防御を固めようとしたのだが……如何せん攻撃に気がつくのが遅れていた。ほぼ直撃と言って良い様相である。結果として一発で意識は刈り取られてしまった。

 台車で移動させられていたリョウヤは、椅子の拘束が外されると無理矢理に立ち上がらされ、銃口で背中をせっつかれて護送車に乗せられた。

 護送車内での拘束も丹念で、両手両足に手錠が嵌められている。その上で頑丈なベルトががちがちに体を押さえ付けている。

 作業が終わった事を確信して、リョウヤが体を揺らす。

 ギシリ、とベルトの軋む音が鳴った。

 

(揺らそうとしても揺れない……ということは、椅子はかなり固定されている)

 

 近くで鼻を鳴らされる。監視しているから余計な真似はするなという無言の圧だった。

 

(両手が前方で縛られてるのは……工房を警戒してのものか)

 

 視界も何かを被っているので奪われたまま。それでもリョウヤに恐怖は微塵もなく、傷で熱を持つ頭は冷静に状況を分析していた。

 

(音からして見張りは二人……)

 

 ハルシオンが見ているのはコンタクトレンズを通した光景という特性上、リョウヤが目を開けていなければ意味がない。が、音はピアス型魔具で拾っている。

 呼吸音や衣擦れの音からして、車体の中央にいる自分を左右から監視しているようだ。

 人間より遥かに優秀な機械も、リョウヤの判定を肯定してくれた。

 当然ながら、そういった情報も救助隊へ筒抜けだ。

 アリウスからしたら知る由もないが、あまりに誘拐犯泣かせである。

 ややあって護送車が走り出すも――僅か五分ほどで停車した。いや、させられたというのが正しかった。

 

「なっ、なんだ! なにが起こった!?」

 

「落ち着け! 運転手、何があった!?」

 

 急ブレーキに冷静さを失う声はリョウヤの左方から。右方からは嗜める声と運転手に繋がる電話を取る音が聞こえていた。

 しかし、混乱しているのは運転手も同様だ。いや、スピード感という点においては監視の二人より酷い。何せいきなり目の前に謎のヘリコプターが舞い降り、目が眩む程の強烈なライトで照らしてきたのである。

 

『襲撃だッ! 正面にヘリが……やばい、奴らミサイ――』

 

 言い切るより先に、爆音が響く。

 護送車は呆気なく横転させられた。

 武装したヘリコプターからの小型ミサイルは、護送車本体からは大きく外して放たれたが、爆風の影響は大きい。ゴロゴロと回転を繰り返した護送車は、即座に煙を上げ始めていた。

 リョウヤにも衝撃は伝わっているものの、拘束がシートベルトの役割を果たしてくれているので無傷である。ミサイルのタイミングもコンタクトレンズに届いているので、覚悟する時間も充分だった。

 

(痛ぅ……)

 

 とは言え、ミカから受けた怪我には痛みが伴う。顔を顰めるも、首周りの締め付けが緩んだように感じたリョウヤは、痛みを覚悟して小さく頭を振る。ぴぴっ、と数滴の血が飛んだ。

 首紐が外れかけていた頭陀袋は左に落下した。左に落下とは……リョウヤの視点での話だ。

 車は横になって落ち着いていた。

 推測通り、リョウヤ自身は固定されているので横転の影響をほとんど受けずに済んだ。

 

(折れたりはしてないだろうが、本当に痛いな……けどコレ、包帯巻かれてるのか……)

 

 頭陀袋が外れても、頭を覆う違和感は消えていない。だらりと目の前を垂れ下がっているのは、赤くなっているが包帯だろう。

 リョウヤが眼球を動かして監視員の二人を探した直後、バン! と乱暴に扉が開け放たれる。

 

「先輩! 助けに来――」

 

「ん、大丈――」

 

 ガチガチに縛り付けられているリョウヤは、壁に縫い付けられているに等しい。

 座ったままの体勢で真横になっているその顔に巻かれた包帯の有様に、セリカとシロコは文字通り言葉を失くした。

 

「ありがとう、二人とも。俺は大丈夫だから、とりあえず下に転がってる二人の拘束を――」

 

 頭を顔諸共に覆っている包帯が全体的に真紅に染まっているのに、当事者は気が付いていない。

 

「真っ赤! 先輩すごく真っ赤! たっ、大変! 重傷じゃないの! えっと、消防……じゃなくて警察……より先に救急車!!」

 

「……セリカ、落ち着いて。私がそこの二人を縛るから、先輩を解放してあげて」

 

「そんなに酷いのか? いや、頭や額は出血すると結構激しいからな……多分それだ」

 

 冷静沈着にシロコから命令を出されたセリカは、しどろもどろに頷いて見せた。

 後にセリカは情けなかったと猛省するのだが、指示を出してもらえるのは有り難く、先輩であるシロコからの落ち着いた語りがなければ正気を取り戻せていたかも怪しかっただろう。

 加えてリョウヤの何処か他人事な、呑気とも取れる態度に、肩の力が抜けたというのも大きい。実際は後輩を前にした痩せ我慢な部分もあったが、効果としては覿面だ。

 工房から取り出したナイフやチェーンカッターを用いて拘束を解き、重力に従った先輩の体をセリカは丁重に受け止めた。

 

「先輩……軽すぎない?」

 

「言われてみると……昨日の昼から何も食べてないな」

 

「そもそもリョウヤ先輩の体重は平均以下だよね」

 

 こんなに軽いんだ――シロコからの情報提供を受けて尚なんと無しに出たのであろう吐息混じりの言葉を、リョウヤはセリカの肩に頭を乗せて耳にした。

 

「自覚したら流石に腹が減ったよ」

 

 空気が読めないのか、読む気がないのか、リョウヤは呑気なものだ。正直に言うと、セリカの体温を感じて彼も安心し始めていたりする。疲れも蓄積しているのだ。気が抜けもする。

 

(私が誘拐された時、皆も今日の私みたいな気持ちだったのかな……)

 

 セリカは胸中でひとりごちる。

 リョウヤの意識が戻るまでは不安だったし、怖くて仕方なかった。心拍や位置情報が分かっていてもこれなのだから、セリカ誘拐の件のあと即座に誘拐対策の会議を行なうも当然だったと納得しかない。

 いつものようなやり取りが出来るのが、どうしようもなく嬉しかった。

 

(ちょっとだけ……あの時泣きそうになってた先輩の気持ちが分かった気がする)

 

 途端にセリカの目頭が熱くなる。

 そんなセリカに気が付いたシロコの双眸が僅かに開かられ、柔らかく形作ったが触れることはしない。

 

「……帰ったらラーメン作ってあげる」

 

 ぐっと涙を堪えたセリカの万感が込められた提案を聞いて、リョウヤは嬉しそうに微笑んだ。

 

「餃子も食べたい」

 

「私はチャーハンが良い」

 

「うん……うん! 任せて!」

 

 一度は少し弱く、二度目の返事は力が強い。

 シロコとセリカが挟んでリョウヤを支え、ゆっくりと護送車から降りていく。

 

「うわ、重傷じゃないか。救急キットは用意して来ているが……」

 

 黒いヘリコプターは地上すれすれでホバリングしており、三人が近づくとウタハが顔を覗かせて引っ込んだ。

 機内で応急処置を行う為の準備に取り掛かっているのだろう。

 

「医療器具は工房にもある……て聞こえてないな……」

 

 瞬間、護送車の運転手が拳銃を向けて声を荒げていた。声はヘリコプターのローター音に阻まれていたが、発砲音は一回。ただし後者の音は、拳銃などと生易しいものではない。

 シロコとセリカが特に警戒を見せなかったのは、コタマが機銃の照準を定めていたことを知っていたからだ。

 ナイスショット、と操縦士のチヒロが一言。

 

「ぶい」

 

 ヘリコプターへ乗り込む三人に向けて、コタマがピースサインを送ると同じサインでシロコとセリカが応え、コタマは満足そうに警戒に戻っていく。

 

「……あいつら、トリニティの制服じゃなかったな」

 

「それについては部長が調べているわ」

 

『どうやらアリウスの制服のようですね。かつてトリニティに存在した分派の一つだそうです』

 

 後輩二人に支えられて機内で腰を下ろしたリョウヤの呟きに、ヘリコプターを上昇させつつチヒロが軽く応えると、すぐさまヒマリが映像通信を繋げて来た。

 リョウヤの姿を確認したヒマリの声には、安堵が混じっている。

 

『ふむ……どうやらトリニティも慌ただしくなって来ているようです。阿慈谷ヒフミさん達補習授業部も巻き込まれていますね』

 

「ヒフミ達が!?」

 

「起きないの!」

 

「ゆっくり戻ってどうぞ」

 

 バッと体を起こしたリョウヤをセリカが押し留め、シロコはそんなリョウヤの背中に手を回して優しくおろしていく。

 胸部と背部に後輩の体温を感じながら、リョウヤは苦笑でヒマリに問う。

 

「補習授業部がいる場所は分かるか?」

 

『ふふ、私にかかれば簡単ですよ。何せ葛葉リョウヤの師匠にして姉の――』

 

「あっ、じゃあ私とシロコ先輩で援護に向かう……?」

 

「ん、ミレニアムの三人にリョウヤ先輩は任せて良い?」

 

「任せてちょうだい」

 

「はい、絶対に無理はさせません」

 

「私は一応、雷ちゃんと共に二人に同行しよう」

 

 ウタハだけでなく、チヒロとコタマもブラックスーツに身を包んでいた。その姿がミレニアム(どこか)の会長を彷彿させるので、ヒマリには不評だったのだが完全に余談である。

 自分を除け者にして作戦を詰めている面々に、ヒマリは唇を尖らせた。

 

『せめて最後まで言わせてくれませんか? それに作戦立案なら私も……あの……聞いてます?』

 

「聞いてるよ。ありがとう、ヒマリ」

 

 ヒマリが破顔する。

 また甘やかしてる、とぼやいたチヒロにコタマとウタハが何度も頷く。

 シロコとセリカが「ごめんなさーい」「助かってる、ありがとう」と笑いかけると、ヒマリのテンションは更に上がっていく。

 そんなヒマリの手によって、あっという間にヒフミ達の場所は判明したのだ。

 ヒフミの力になりたいのは何もリョウヤだけではない。一方的にではあるが、ヒマリとチヒロとコタマ、ウタハも彼女達の事は知っているのだ。

 シロコとセリカ、ウタハの三人が補習授業部のいる体育館に向かう事になるのは、ある意味で当たり前の流れだった。

 

 

◇2

 

 

「アビドスの一年生と二年生は分かるけど……貴方は何? 白石ウタハ、だっけ? これ、トリニティの問題なんだけどなぁ」

 

「君はシロコとセリカは調べた……厳密にはアビドスの生徒を把握しているわけだ」

 

 リョウヤについて調べた。つまりアビドスを調べた。僅か六人の在校生はミカも把握している。

 つまりウタハは他校の生徒か、或いはOGなのだと当たりをつけて苦い面を作った。

 

「私は同僚を助けに来たのさ」

 

「同僚……ミレニアムにあるっていう会社の?」

 

「そうとも、白洲アズサ」

 

「……私の事を?」

 

 同僚という単語に反応したアズサが、自分を知られている様子に首を斜めにする。ミレニアムというワードに、ミカは僅かに片目を吊り上げた。

 ウタハは穏やかに続ける。

 

「リョウヤがね、丁寧な仕事をするだろうからバイトにどうかと会議で名前を挙げたんだ。その際に、他の三人の名も聞いている」

 

「わ、私達もですか?」

 

 ヒフミ、ハナコ、コハルのフルネームを告げて、ウタハは「合っているかな」と確認し、三人は肯首した。

 ヒフミ等からしたらリョウヤ達の知人らしい相手だ、実に素直な返答だ。

 

「元から何かを作ることを得意としているのなら、当然ながら即戦力だ。だが未経験者を教え導く能力も重要だ。そういう意味で、得意としていない者を雇うのもありだから、と。まぁ何より、仲の良い友人達は一緒の方が良いというのもあるだろうね」

 

 アズサが噛み締めるように僅かに俯く。嬉しかった。バイトの話題が上がったのは唯の一度。それも何でもない雑談の中だ。

 日常の中の普遍を覚えてくれていて、友人達もと慮ってくれて、実際に同僚に共有もしていたなんて――と頬が弛みそうになる。

 

「そんな話はどうでもいいよ」

 

 アズサの頬を締めさせたのは、ミカの一刀めいた態度だった。

 

「ミレニアムがこんな場所にいるの、良くないと思うけどなぁ……これ、私がおかしいの?」

 

「いいや、その通りだ。重要なのは、私はミレニアムではなくTS社の一員としてこの場にいるという事実だからね」

 

 ミカは元来、腹芸を得意としていない。不愉快さを隠すことなく、ウタハの答えを咀嚼していく。

 

「ご覧の通り、会社から直接来ていてね」

 

 制服ではなくスーツであるのを良い事に大嘘である。と言うより、わざわざ言い訳の為にスーツを纏っているのだ。

 しかしミカからしたら厄介この上なかった。或いはナギサかセイアであれば上手く返せたのかもしれないが、現状では詮無きことだろう。

 

「ミレニアムじゃなくて、ね……あーでもそっかぁ……」

 

 小さく顔を下げたミカが一度止まり直後に上げた時、清々しい程に笑顔になっていた。

 

「葛葉リョウヤに私は何もしてないよ? 予備電源の修理をお願いしただけ。その時に何があったかは知らないけど、守ってあげる理由も必要も私にはないよね」

 

 こちらも大概大嘘である。

 いけしゃあしゃあと断言したミカに、ハナコが反論するより早くにウタハが切り込んだ。

 

「リョウヤを運んでいたのは、君の周りにいるお友達と同じ格好をしていたのに?」

 

「そうなの? じゃあその人達が勝手にやっちゃったのかも? だったら後で私がティーパーティーとして対応させてもらうから、引っ込んでて欲しいなぁ……そもそも貴方の言う“同じ格好”も、本当なのかな?」

 

 ミカがウタハから視線を切った。

 

「貴方達アビドスも、貴重な人員をここに割いてて大丈夫? もしかしたら、今頃アビドスが大変な事になってるかもしれないよ?」

 

 シロコとセリカは何も答えない。

 嘘であっても無視できる情報ではない、と焦りを覚えたのは逆にハナコと先生である。

 

「存外に舌が回るね」

 

「ですが……」

 

 ウタハは軽い調子なものの、正当性に気が付いたハナコは重々しい。

 ミカは小難しい政争は不得手と聞いていたが、痛い所を指摘されてしまった。

 ウタハの過度な介入は、ミレニアムとトリニティの政治的問題を引き起こしかねない。

 リスクを承知でウタハが姿を現してくれたのは、同時に牽制でもあったのだろう。ミカがミレニアムとの関係悪化を避けようとするかもしれなかったからだ。

 アビドスも似たようなものである。

 リョウヤが襲われ、拉致されかけた。ミカ首謀の元で行われたのなら、ミカへの介入が許されるだろう。

 だがミカが預かり知らない場での出来事なら、責任の一つや二つ追及は出来ようが、“今この場で”のミカへの手出しは難しくなる。

 ……と、ここまでがハナコの思考の一端だ。

 ハナコはまだ、ウタハをよくは知らない。この場にいないチヒロやコタマ、ヒマリを知らない。

 

「もしかして……計算通り?」

 

 態度を崩さないウタハに、一つの答えに辿り着いた先生が確認すると、微塵も焦る素ぶりのなかったウタハは徐にスーツの背中、その内側からタブレット端末を取り出して画面をミカへと向ける。

 

『初めまして、聖園ミカだよ〜』

 

『どうも、初めまして。葛葉リョウヤだ』

 

 画面に流れ始めた一部始終に、ミカは表情を凍り付かせた。

 ミカとリョウヤの出会い。会話の少ない移動。ミカの不意打ち。その全てが、リョウヤの視点で流れたのだ。

 

「早送りやカットはしてあるけど、それ以外の手は加えてないないそうよ。オリジナルのデータもきちんと保存済みだって」

 

「ん、これらの証拠能力は低くない……違う?」

 

 リョウヤが襲撃されるまでの過程を改めて確認する羽目になったセリカとシロコは、怒りがぶり返している。冷静を装いながらも、瞳の中で炎が煌々としているのを隠し切れていない。

 

「……なるほどねー。確かに予想外だけど、それでも問題ないかな。時間はかかりそうだけど」

 

 渋面を経て、深く息を吐き出したミカ。

 ハナコは感嘆していた。

 先の映像はリョウヤのスマートレンズで撮影されていたものだろう。リョウヤの救出。僅かな時間で必要箇所を取り出し編集。ミカの居場所の割り出し。恐らく、外で待機していた人員への対応も済ませているのだろう。でなければ、救護騎士団も大々的には動けない。それら全てを短期間で成し遂げていたのだ。

 

「まったく。セイアちゃんもナギちゃんもいなくなって、ようやく始められるのに、変な邪魔ばっか入るなぁ」

 

 ミカの何気ない独り言に、ハナコは弾けるように反応した。

 

「ミカさん、一つだけ聞かせてください! セイアちゃんを襲撃したのも、貴方の指示だったんですか!?」

 

「……そうだよ。でもヘイローを壊せとは言ってない。殺したいわけじゃなかったし」

 

 ミカは視線を横に滑らせて、ゾッとする笑みを浮かべる。

 

「その辺は私より当事者に聞いた方が早いんじゃないかな? ねぇ、白洲アズサ」

 

「それ、は……」

 

「んー?」

 

 言い淀んだアズサを促すミカは、緩いようで確実に詰めていた。

 詳細は不明のままだが、今のミカの言い方はアズサがセイアのヘイロー破壊に関わっているように思える。自身がナギサにしようとしていることを棚に上げているのだ。

 まるでチグハグだ、と先生は訝しむ。だからこそ、ミカの精神状態が心配だった。

 

「トリニティの生徒が一部、こちらに向かってきます!」

 

 先生が心配をミカへと投げ掛けるより先に、アリウスの一人が声を荒げた。

 

「なんで? ティーパーティーに背くような人はもう……」

 

「いますよ、ティーパーティーにも命令できない独立した集団が」

 

「加えて重ねるけど、音声付き映像データの証拠能力は高い」

 

「確認できました! シスターフッドです!」

 

 確認が早かったのは、彼女達の服装が目立つからである。

 歯噛みするミカへ追い討ちをかけるように、ヒフミ達によって予め封鎖されていた扉が吹き飛んだ。

 けほけほ、とマリーの場違いな可愛らしい咳き込みが響く。

 

「今日も平和と安寧が皆さんと共にありますように……けほっ」

 

 マリーに続いたのは同型のシスター服調の制服を纏う集団だ。

 

「す、すみません、お邪魔します」

 

「シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に介入させていただきます。無関係な被害者も出てしまっているようですので」

 

 先頭にいるのは、自信なさげに黒い髪で左目を隠している三年生・若葉ヒナタ。

 マリーとヒナタに挟まれているのが、不干渉主義を貫いていたシスターフッドの中心人物。ウィンプルと金のエングレーブをあしらった白のフリルのショートスカートを履いているのが、歌住サクラコその人だった。

 ミカとアリウスに対するは、補習授業部とシスターフッド、更にはシロコとセリカにウタハ、そして先生。

 結果は見えていた。恐らく、ミカと他アリアスの生徒も分かっていたはずだ。

 それでも逃げ出す者はおらず、怒号と銃声、爆音は鳴り響いた。

 

 

◇3

 

 

 大凡の予想通りの結末を迎えるのに、そう時間は掛からなかった。

 補習授業部とシロコ、セリカ、ウタハと雷ちゃんまでならなんとかなったかもしれない。それはそれで驚くべき戦闘能力なのだが、現実は無情であり、アリウスという数の優位もシスターフッドの参戦で崩された。

 とどめが先生の指揮だ。

 勝率は限りなく低くなり、それでも止まらなかったミカは朝日を浴びながら連行されていくことになる。

 そして――陽光の下で足を弾ませているのは四人。

 

「リョウヤさん!」

 

「良かった、思っていたより平気そうだ」

 

「普通に重傷には見えるケド……」

 

「両手に花どころか花束ですね」

 

 ヒフミが、アズサが、コハルが、ハナコが、ヘリコプターの床に座ったリョウヤが開かれた扉から足をぶらつかせているのが目に入って駆け寄る。

 セリナが「お大事になさってくださいね」とリョウヤへ天使の微笑みで贈った三分ほど後の出来事だった。

 痛み止めも効いているリョウヤは額に真新しい包帯を巻いているが、それ以外は元気そうだ。

 両手に花束なのは……リョウヤの両手二の腕は、それぞれシロコとセリカが抑えている上に、機内には三人の女性がいるからである。

 少し背中側に倒れれば、後輩二人がちょうど背もたれになる事を受け入れるだろう。

 ちなみにシロコとセリカは、リョウヤが落ちたら倒れたりしないようにしているだけだ。ついでに付け足すと、セリカがカタカタヘルメット団に誘拐された帰り道、リョウヤはノートパソコンを取り出した前科もある。捕まえておくの必然だった。

 少し力が強くなってしまっているのは、自分達から離れた場所で気が付かぬうちに失っていたかもしれない……そんな恐怖が無意識下に渦巻いていたからかもしれない。

 

「お疲れ様さま、皆……っと、紹介しておこう。ヘリの操縦士がミレニアムのヴェリタス所属の副部長」

 

「各務チヒロよ。よろしくね」

 

「副操縦士が同所属の」

 

「どうも、音瀬コタマです」

 

「ウタハは済んでいるんだったか。もうひとり既に通信は切ってしまったんだけど、遠隔で手を貸してくれたのがヴェリタス元部長にして特異現象捜査部現部長の明星ヒマリだな」

 

 応えるように補習授業部も自己紹介を返し、今回力を貸してくれた事へのお礼を告げる。

 

「まぁこちらとしては主目標はリョウヤの救出だったんですけどね」

 

「そうね。皆に手を貸したいと望んだのはアビドスの三人だから」

 

「お礼はそちらに」

 

 ミレニアム三人の言に、ヒフミ達は改めて「ありがとうございました!」と頭を下げた。

 ちょうどリョウヤの両肩に乗るような位置にあるシロコとセリカが微笑んだ。

 

「ん、水臭い」

 

「そうね。ヒフミだって前に私達を助けてくれたわけだし……何というか、補習授業部って他人の気がしないのよね。先輩が色々話してくれたせいかしら?」

 

「食事中の話題に事欠かなかった」

 

「そうそう」

 

 そう言えばこの二人とリョウヤは、更に三人を加えた六人暮らしをしていたのだった――とヒフミ以外の三人が思い出す。

 正直に言えば、リョウヤとヒフミ、先生の存在もあって自分達もアビドスとは他人の気がしていない。

 差し入れも多く貰ってしまった。それに関してはいずれアビドスを訪れ、直接お礼を言おうと話は纏まっている。故にアビドスのメンバーが揃っていない場では置いておく。

 あまり何度も繰り返してはくどいからだ。

 

「四人はこれから試験か」

 

「そろそろ向かわないとだったので、ここで会えて良かったです」

 

「余裕を持つなら走らないと」

 

「もう疲労困憊なのに……」

 

「こればっかりは仕方ないですねぇ……」

 

 リョウヤの確認に、ヒフミは笑顔を浮かべ、アズサは頷き、コハルはげんなりとし、ハナコは苦笑いだ。

 

「と言うわけで、ごめんなさい。私達は試験会場に向かわないと……」

 

「走ろう」

 

「歩くだけでも足痛いのにぃ……!」

 

「少しでも早く着いた方が安心ですし、復習や休憩に時間を当てられるかもしれませんから……コハルちゃん、ファイトです!」

 

「あー、ちょっと待て」

 

 再度頭を下げてからスカートを翻した四人だったが、リョウヤの静止に首を返す。リョウヤはシロコとセリカに支えられながら体を倒して、チヒロ達と視線を交わしている。

 外にいる補習授業部には見えなかったが、シロコとセリカにはチヒロとコタマが親指と人差し指で丸を作るのが見えていた。

 

「こいつで送るから、少しでも休むと良い」

 

 コンコン、とリョウヤはヘリコプターを叩く。

 

「短時間でも眠るだけでかなり違うよ」

 

「君が言うと説得力が違うね」

 

「そう言えば三十分しか寝てなかった事もあったんでしたね、リョウヤさん」

 

 ひょっこり姿を現したのはミカを見送った先生だ。シロコらと初めて会った日の会話を覚えていたヒフミは、「あはは」と乾いた笑いである。

 マジかこいつ――そんな顔を浮かべるコハル。

 アズサは親近感を覚え、ハナコは心配そうだ。思わぬ展開に、リョウヤは「藪蛇だった……」とぼやく。

 そんなリョウヤの姿が可笑しくて、ヒフミ達は笑った。シロコもセリカも、チヒロもコタマもウタハも、先生も笑った。釣られてリョウヤも笑った。

 補習授業部を乗せたヘリコプターは、太陽に向かって飛んで行く。

 夏が本格的に顔を見せる中、補習授業部は最後の特別試験に笑顔で挑むのだった。




今回も分割するか迷いましたが、そのまま投下。
次回はエピローグになります。
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