星屑の夢 作:ハレルヤ
暗闇の中、葛葉リョウヤはベッドの上で目を覚ます。
窓から差し込む月明かりだけでも、部屋の中は充分に視認できた。頭側のスペースに置かれたデジタル時計を手に取り時間を確認する。
「もうすぐ三時か……」
ベッドに入った時間が二十一時頃だったことを踏まえると、充分な睡眠時間が確保できた。
時計を写真立ての横に置き直し、ゆらりと立ち上がって部屋の電気を点ける。
ベランダにつながるガラス戸の手前に天体望遠鏡があるだけで、他はベッドとベッドサイドテーブル、そして壁に埋め込まれたクローゼットしかない簡素な部屋だ。
ひとまず寝間着からジャージに着替え、のそのそと自室を出て行く。
「……」
洗面所で歯磨きをしていると玄関の開閉音が聞こえ、直後に洗面台の鏡にホシノが映り込んだ。
「ただいまー」
「
リョウヤが洗面台から少し横に逸れると、ジャージ姿のホシノがお礼を言いつつ空いた洗面台で手を洗い始める。
ホシノとしては「もっと眠っておけばいいのに」と思うものの、自分が既に起きて活動していた以上は強く言えない。
「今日も異常はなかったよ」
ホシノの報告を受けたリョウヤは「ん」と一言。
ホシノは夜間の警備として、アビドス高等学校の見回りを日課として行なっているのだ。
監視カメラといった防犯対策はしている学校ではあったが、警備員が定期的に見回りをするということはない。その役割を買ったのがホシノだった。
手洗いうがいを終えたホシノが、今度はリョウヤと入れ替わるように奥側へと移動する。
洗面台で口を濯いだリョウヤは「おつかれさま」と労いの言葉を口にした。顔を洗い終えると「はい、タオル」とホシノが棚から取り出した綺麗なタオルを手渡す。
「ありがとう」
「いーえー」
うへへと笑うホシノに釣られ、リョウヤの表情も自然と明るいものとなる。
「俺は少し工房行くけど、ホシノはゆっくり休んでくれ……あ、朝食は俺が」
「うん、じゃあお言葉に甘えようかな?」
また後で、と言葉を交わしてリョウヤは洗面所を出ていく。扉を閉めておくことも忘れない。
一階の洗面所は洗濯機も置かれているし、お風呂場にも繋がっている脱衣所であるのだ。
ホシノが洗面所兼脱衣所の奥にいたリョウヤと場所を入れ替わった時点で、目的がシャワー浴びることなのを察することが出来た。
リョウヤの作業場……つまり工房は自宅内の地下に存在する。
作業台となる大小異なるテーブルに、凡ゆる機材と工具。素材の他にも、冷蔵庫や洗い場となるシンクも完備していた。
リョウヤはこの工房からのみ、物を取り出すことが出来る。先生に与えたスポーツドリンクも、ここの冷蔵庫から転移させたものだ。
本来なら悪魔が所有権を持つ機工魔術士の工房は、悪魔たちの領域……文字通りの別次元に存在している。
当然キヴォトスには存在していない。
モノを作るだけなら、別に悪魔の工房は必要なかった。が工房から直接モノを取り出せるというのは、あまりにも魅力的だ。ただでさえキヴォトスでは貧弱な身なのだから、他者にはない手札がいくらあっても良い。
そうしてリョウヤは「モノを作るのが機工魔術士なら、工房を作っても構わない」という結論に行き着いた。
機工魔術士の魔力は本来なら契約した悪魔のものだ。故にその魔力の大半を工房に移すことで、工房そのものを擬似的な悪魔の領域としたのだ。
地球でなら可能なゲートとなる魔法陣を設置して、何処からでも工房に出入りするなんて芸当も現状不可能。エネルギー問題は深刻。それでもあまりあるメリットがリョウヤにはあった。
「――っと、もう時間か」
雰囲気を元の工房に寄せるために置かれたホールクロックが鳴り、リョウヤの顔が上がる。
ボーンボーンと鳴っている時計だが古いのは外見と音だけで、中身は歴とした最新機械。アラームとして設定した時刻、五時三十分という半端な時間にきっちり鳴ってくれた。
今朝は火も油も使っていないので、シャワーを浴びる必要もないだろう。
すぐに地下工房から上がりリビングに向かうと、ソファーでホシノが丸くなっていた。
規則正しい寝息を耳にしてリビングから出て行ったリョウヤだったが、直後にブランケット片手に戻ってくる。ジャージは洗濯機行きだったのだろう、体育着姿のホシノにブランケットを取りに戻ったのだ。
宣言通りにリョウヤが朝食を作っていると、セリカが六時前に起きてきた。
「先輩おはよー……」
「おはよう、セリカ」
調理の手は止めないまま、リョウヤは顔をセリカに向けて答える。まだまだ眠たげなセリカだったが、ソファーで眠っている人影にはすぐに気がついたようだ。
「あ、ホシノ先輩寝てる……」
ブランケットをかけたホシノを数秒眺めていたセリカは、徐に携帯を取り出し、カシャっと音を鳴らした。満足したのか、それだけしてセリカはリビングを出ていく。
暫くすると洗濯機の音が廊下から聞こえ始めた。歯を磨き、顔を洗ったセリカである。
炊事洗濯に於ける後者は、男女の違いがあるので女性陣が担当することになっているのだ。リョウヤ自身に服を洗ってもらうことに抵抗はなく、セリカ達もリョウヤの服を洗うことに抵抗はないのである。
その後は起こしたホシノを交え、朝食を摂り、仲良く学校へと向かう。
登校するとシロコ、ノノミ、アヤネは既に揃っていた。三人はセリカに気がつくと、ホッとした表情を浮かべる。
「昨日は勝手にいなくなって……ごめん、なさい」
同級生と二年生の先輩の反応に申し訳なさを感じつつも、セリカは真っ先に頭を下げた。
「でもやっぱり、簡単には認められないから」
そう言って、部屋を後にするセリカを追う者は今日はいない。セリカの表情が晴れ晴れとしていたからだ。
セリカと共に現れた二人の先輩を、ノノミが満面の笑みで眺めていた。誰がセリカの心を解したのかが明白だったのだ。ホシノは少し困ったように「うへー」と鳴き声のようなものを零す。
同様の気恥ずかしさを感じつつ、リョウヤはわざとらしく咳払いをする。
「――セリカが先生を懐にまで入れたくないってのは、決して間違っているわけじゃない」
未だ先生が来ていないので、都合が良いとリョウヤは口を開いた。性格が悪い自覚はあるものの、それはそれと割り切っておく。
「昨日見てただけでも、先生は善人だとは俺も思う」
口にはしないが「詐欺師は往々にしてそう見える」のも事実だ。
それでも前置きをしたのは、セリカと同じような心労を他の後輩達にかけないためでしかない。
リョウヤが真剣な顔と声をしたことで、セリカの様子に安心して緩んだ表情を後輩達も引き締めた。
「ただ元々俺は、先生の様子を伺っておくつもりだったんだ」
何か不審な点があれば即時対応できるように、とリョウヤは短く告げた。
ついでに本音では「先生の個人的な協力に関しては、賛否が半々くらいになる」とも思ったものだが、実際に会った先生の人徳は予想を超えたものだった。
「だから、先生を信じたいなら信じていてくれ」
信じたいのなら、ただ信じればいいという主張だ。
先生を信じると決めたのなら、後輩の分までリョウヤが先生を観る。先生を疑いを持つとしても、それが間違いだとも思いやしない。
ホシノが賛成寄りの立場を演じていることもあり、バランスはとれているつもりだった。賛成派はホシノに、反対派はリョウヤに相談が可能な環境だった故に。
しかし考え出すと色々と拙い点が目立ち、リョウヤは自嘲するように嘆息した。
「というかシャーレからの支援と先生個人の協力は別物なんだよな……事前にその辺りの摺り合わせをしてなかった俺が――」
「
「――俺達先輩が悪かったってこと」
リョウヤ個人が悪かったとはホシノが言わせない。普段の雰囲気とは裏腹の鋭い指摘が素早く入り、リョウヤは言葉を改めざるを得なかった。
思わず最後には苦笑いとなってしまう。
「つまりアヤネちゃんはそんな顔しなくていいってことだね~」
「え、あっ……そ、そんなに顔に出ていましたか……?」
ホシノからの不意打ちにアヤネは動揺した。
シャーレに申請を出すことを提案したのはアヤネなのだ。それが解決したとはいえ、自分たちの不和の原因となってしまった。思うところは当然ある。しかも、そのフォローを先輩達にさせてしまった負い目もあった。リョウヤの話を聞くと、迂闊すぎる自分が嫌にもなる。改めると、出会って一日しか経っていない相手を信じすぎているように思えてしまう。
力なく笑うアヤネを、シロコが横から優しく抱きしめた。
「アヤネも間違ってない……そうだよね? 先輩」
シロコの確信を持った問いかけに、リョウヤとホシノは大きく頷く。
「シャーレ所属の先生ってだけである程度の信用はあるからね、そりゃ頼るよー」
「疑ってかかるってのは、どっちかって言うと俺の問題だな」
うんうんと首を縦に振ってみせるホシノと、性格だなと戯けるリョウヤ。後輩に寄り添うことに関しては当たり前なのだ。それは後輩達にも充分過ぎるほど伝わっていた。
「でも、そうやって一歩引いて見守っていてくれている人がいるからこそ、私達は安心していられるんですよ?」
「おう、直球……お菓子でも食べる?」
「わぁ☆ いただきます!」
ノノミからストレートを貰ったリョウヤは照れたように頬を掻き、誤魔化すためのお菓子を手元に転移させる。部屋内の机にも置かれているのに、わざわざ工房から取り出している辺りに焦りが出てしまっていた。
そして一見流された風に見えるノノミだが、リョウヤの反応を楽しんでいる節がある。それが分かっていないのリョウヤだけで、ホシノとシロコは微笑みを浮かべて見守っていた。
アヤネも自然と笑顔になってしまう。反省はしても、落ち込んでいる暇はないのだと心を奮起させる。
「――私、もっともっと頑張りますね!」
シロコに抱きつかれたまま、胸の前でグッと両手で拳を握るアヤネ。そのアヤネをシロコとは逆側からホシノが抱きしめた。更にノノミが後ろから抱きしめる。
「ホシノ先輩!? ノノミ先輩!?」
シロコに抱きしめられた時は特に反応がなかった理由が、メンタルの不調なのがよく分かる良い反応である。
先輩冥利に尽きる後輩の成長だ。可愛い後輩を抱きしめたくなるのは分かるというもの。
「リ、リョウヤ先輩……」
頭頂部にノノミの胸を乗せたアヤネから縋るような声で呼ばれ、リョウヤはニコりと笑う。
自分に近づいてくる先輩を見て、アヤネはなんとなく察した。葛葉リョウヤという先輩は基本的に落ち着いているし、対策委員会ではブレーキ役になることも多いが、こういう状況では意外とノってくることを知っているからだ。抱きしめてくるとは流石に思わないが、それでも味方ではないのは理解していた。
「がんばり過ぎないようにな」
「ごめんなさい、先輩に言われても説得力がないです……」
ぽんと優しく頭に手を置いてきたリョウヤに、スンと真顔になったアヤネは本音を零した。
一瞬の静寂。
ホシノ、シロコ、ノノミの三人が俯き、体が震え始める。
直後、部屋内は大きな笑いで包まれたのであった。