星屑の夢 作:ハレルヤ
アヤネの一言でリョウヤが表情を硬直させ、部屋内が笑い声に包まれて少ししてから先生はやって来た。
先生は入室して真っ先に「途中で会ったセリカちゃんがバイトに行くって言ってたんだけど、何か知ってる?」と疑問を口にする。
対策委員会の面々は回答を持っているので、お昼ご飯は外食にしようとだけ伝えておく。お楽しみに! というやつである。それまでの時間は当然、校内でやるべきことを熟す時間だ。
ホシノとノノミが昨日の戦闘で荒れた校庭周りの修復に。アヤネはリョウヤから頼まれた作業をパソコンで行い、シロコはソーラーパネルを含む校内の電子機器のメンテナンスに駆り出されていた。
破損した物の修理に必要な物の確認のために、ホシノ達に追従していた先生は、全ての確認が終わるとリョウヤを探し始める。最初はアヤネと一緒にパソコンのモニターと睨めっこしていたと記憶していたのだが、部屋を覗いてみるとアヤネの姿しかない。邪魔をするのも悪いと思い、声を掛けることはしなかった。
暫く一人で校舎を彷徨い、一度戻ってアヤネに聞いてみようと思っていた時だ。
偶然にもシロコと合流できたので事情を説明すると、リョウヤのいるであろう場所に案内してもらえるとのこと。先生はシロコにお礼を言い、雑談を交えながら廊下を歩く。
「じゃあ対策委員会のみんなは、機械のメンテナンスができるんだ?」
「ん、先輩が作ってくれたマニュアルのおかげだから、本当にこの学校の物限定だけだけどね」
胸を張って語るシロコを、先生は微笑ましく思いながらも感嘆する。
校庭での瓦礫の撤去作業も重労働だが、ソーラーパネルや監視カメラの状態をチェックするのも、数が数なので大変な作業だ。
話しながら辿り着いたのはコンピュータ室。
扉を開けると靴箱があり、床は出入り口周り以外はカーペット。パソコンが置かれていた筈の机は全て隅に寄せられている。
授業で使われる筈だったパソコンは、リョウヤとホシノが入学した時点で残っていなかった。
白衣を纏ったリョウヤは絶縁性のシートの上に座っていたが、扉が開けられたことに気が付いて顔を向ける。
「先輩、先生が用事だって」
「はいよ」
「あ、そのままでいいよ」
作業を止めてしまうことが嫌で、先生は立ち上がりかけたリョウヤを制した。
シロコはリョウヤの背後でかがみ込み、リョウヤの手元を覗き込む。
もう終わる? と問われたリョウヤは頷いて「後は組むだけ」と告げた。
リョウヤと共にシートに乗せられているのはデスクトップパソコンの部品だ。組み上げる物の正体は明白である。
「最近、工場の動画にハマってる」
「……ああ、見てたいのね」
リョウヤはシロコの言わんとしていることを察した。
先生は「あの手の動画ってずっと見てられるよね、おかげで事務作業が……」と、シロコに同意しつつも一人顔を青くした。自爆である。
「で、先生の要件は?」
「あ、うん。貸してもらったインカムを返さないといけないなって」
シロコの髪が触れてしまいそうな距離感になっていることには気が付いていないのか、気が付いていてスルーしているのか、リョウヤは自然体で先生に尋ねた。その手は既にパソコンの組み立て作業に入っている。
先生もシロコの背後から見下ろす形でリョウヤの作業を見てみるが、非常に淀みのない手の動きだ。これは確かに見ていて楽しい、とシロコの気持ちを理解する。
「いや、それは先生が持ってて」
「え……だってこれTS社のやつだよね!?」
胸ポケットから丁重にインカムを取り出していた手が止まり、先生は驚愕に声を上げた。
最近メキメキと頭角を表す新企業の最新式の製品だ。手に入れる手段が通販しかないのだが、供給が間に合っていないのか中々手に入らない。それでも欲しい人が後を絶たない商品で、簡単に他人に渡して良いものではない。
「そもそも先輩の所持品じゃなかったような」
シロコが小首を傾げる。
「扱いとしては対策委員会の備品。実際に用意したのはノノミだな」
「わざわざスペアも用意してくれたんだよね」
そう、とリョウヤは肯定した。
シロコの言うスペアが、いま先生の手元にある物だ。
「だからまぁどっちかって言うとノノミに確認すべきなんだが……多分俺と同じことを言うと思う」
しかし実際に物を持っていたのはリョウヤである。ノノミから管理して欲しいと頼まれていたからだ。必要に応じて使って欲しいとも言われている。
故に決定権そのものはリョウヤにあると言っても良いのだが、ノノミも含めた二人から「使っていて良い」と言われれば先生も納得せざるを得ないだろう……という判断からの発言だった。
「それ、なら……ノノミちゃんにも聞いてみるね」
少し考える素振りを見せ、先生はそう結論を出す。ノノミにも使用許可を出されたら、大人しく使わせてもらうことにする。あまり強く返そうとするのもくどいし、善意を無碍にする対応もよろしくないと考えたのだ。
それから暫く、シロコと先生はパソコンの組み立てに見入った。
楽器を演奏しているかのような、迷い一つのない動きだ。
程なくして一台のパソコンが組み上がり、
「――うわ、びっくりしたぁ」
顔が真横に来ていたシロコと目が合ったリョウヤは、きょとんとしてしまう。対してシロコは楽しげに笑みを浮かべた。
会話をしながらでもパソコンくらいなら組み上げられるが、それは別に集中していないというわけではない。加えて対策委員会の面々が近付くことに関しては警戒していないし、抵抗もない。シロコとの距離をリョウヤは意識していなかったのだ。
ガチ恋距離だなぁ、と先生はずっと思っていた。
「モニターで確認だけして、大丈夫だったらいつも通り郵送の手続きよろしく」
「了解」
距離感ではなく真横に顔があったことに驚いただけなので、リョウヤはすぐに普段の調子で指示を出す。頷くシロコも特に気にした様子はなく、少し照れながら見ていただけの先生が更に恥ずかしさを加速させた。
「え、えーっと……あ、もしかしてそのパソコンも依頼? の品なのかな?」
「壊れたパソコンの修理依頼だな……この手の依頼は滅多に来ないけど」
僅かに火照った頬を誤魔化すために出した問いかけに、リョウヤは溜め息を吐きながら答えた。リョウヤとしては校内で作業が出来、しかも楽な仕事なのだ。しかしやはりと言うべきか。個人よりも、例え小さくてもきちんとしたお店に依頼がいくのだろう。
付箋に必要なメモを書き込みパソコンに貼り付けると、リョウヤは「さて」と呟き立ち上がる。
「もう昼時だ、そろそろ行こうか」
三人がコンピュータ室から対策委員会室へ移動すると、既に他の面々は集まっていた。おつかれさまー! と声を掛け合い、必要な物だけ持って向かった先は――柴関ラーメン。
店内は多くのお客で賑わっている。
「いらっしゃいませ! 柴関ラーメン……です」
いらっしゃいませ! は満面の笑み。柴関ラーメン以降は苦虫を噛むような表情でセリカは来客を迎え入れた。
「来るかもとは思ってたけどさぁ……」
朝に先生に遭遇した時点で可能性には行き当たっていたものの、思わずぼやくセリカ。そんなセリカに、次々と見知った顔が声を投げてくる。
「あ☆ 六人です!」
ノノミが両手の指を三つずつ立てて六を作り、
「あはは……お疲れ、セリカちゃん」
「おつかれ」
アヤネが苦笑いで、シロコが片手を上げて労う。
「うへ~、ユニフォーム可愛いねー?」
「ああ、それになんか新鮮だ」
ホシノとリョウヤから温かい視線と言葉に、セリカは顔を赤くする。
対策委員会の皆にバイト先は教えていたセリカだが、バイト先に直接来られるのは今日が初めてだった。バイト用のユニフォームを着ている姿を見られるのも当然初めてだ。
「お、リョウヤくんか! この前直してくれたコンロ、あれから調子良いよ」
柴関ラーメンの店長、柴大将が白衣のリョウヤに気が付くとキッチン側から嬉しそうに声をかけた。
「あ、そう? なら良かった」
「本当に助かったよ、ありがとう……っとセリカちゃん、案内よろしく」
リョウヤは「大したことはしてないから」と返す。
柴大将としてはもっときちんとお礼をしたい心情だったが、今は昼食の書き入れ時。惜しみながらもセリカに指示を出すと、キッチンの奥へと引っ込んでいく。
広い席にご案内します、と言いながらセリカが嘆息した。態度とは違い張り切って見えるのは、大切な友人達が初めて自分のバイト先に来てくれたからである。
「先生からどうぞー」
「おっと、ありがとう」
壁際の六人席に着き、ホシノは先生を押し込んだ。何も疑うことなく先生は壁側に収まる。横にはホシノが着いた。
そっちなんだ、とシロコが小さく零す。
初手と次手で片方の三人用席に二人収まるのを見れば、言いたくもなる。
「それなら、私はここにお邪魔しちゃいます」
何が「それなら」なのかはリョウヤにも分からなかったが、楽しそうにノノミはホシノの横に飛び込んだ。飛び込まれたホシノは先生に寄りかかることもなく、難なくノノミを受け止めて「もー、ノノミちゃ~ん?」と笑っていた。
二人のやりとりを眺めていたシロコが、爛々とした目で口を開く。
「リョウヤ先輩、私も今のやりたい」
「えっ」
「あ、なら私が奥に座りますね」
「えっ」
シロコのお願いに頬を引き攣らせたリョウヤは、言外に「受け止めますね」とアヤネに言われた気がした。
先生はリョウヤが非力で打たれ弱いことを知らず、ホシノとノノミはシロコが加減すると思っている。三人は仲良くメニューを眺めていた。
実際加減はするのだろうが、アヤネのバックアップ発言が非常に不穏である。
そこまで勢いつく可能性あるの……? そんな風にリョウヤは考えるも、そそくさとアヤネが着席してしまう。退路が断たれたことを理解するのは充分だった。
「シロコ先輩、ここは飲食店だから……」
「ん、優しくする」
リョウヤが救世主を崇めるようにセリカを見た。視線を受け、セリカは照れたように顔を背け「ご注文がお決まりの際はお呼びください」と離れていく。
リョウヤがアヤネに背中を任せられるように座ると、背中に小さな二つの手が添えられる。覚悟を決めるしかないようだ。
「……どんとこい」
「――お邪魔します……!」
結論、結構な勢いだった。
埃が舞うと言えば大げさで。けれど決して軽くはない。お店が賑わっているおかけで音も目立っていなかった。
それでもアヤネがクッションになってくれなければ、リョウヤは壁に打ち付けられていただろう。
「ありがとうな、アヤネ」
「……はい! これくらいならいつでも任せてください!」
シロコは飛び込む直前、リョウヤの背中を支える後輩に視線をやっていた。目が合っていたリョウヤは、シロコの目線の変化が顕著に分かった。
シロコは今朝の一件があり奮起していた後輩に、先輩を支えさせたかったのだろう。それにしたって物理的すぎる! と思ったのも一瞬。アヤネの嬉しそうな声を聞いただけで「自分でも先輩の力になれた」という自覚は大事なのだと理解させられた。
そしてシロコも瞬間的な目の動きで、リョウヤが真意に気が付くことを期待していたのだ。
(あー……そういう意図か〜)
(なるほど……流石はシロコちゃんです!)
アヤネの反応からシロコの考えを読み取ったホシノとノノミも、ニコニコと笑顔を浮かべながら感心する。
ノノミのホシノに甘える程度の意味しかなかった行動から、アヤネへの気遣いを閃いたのは純粋に凄いと思えた。大したアドリブ力である。
「もうちょっと加減欲しかったなぁ」
リョウヤは呆れたように、けれども後輩を思っていた優しさに感心したように、胸元からドヤ顔で自分を見るシロコの頭にポンと手を添えたのだった。